【 回向 : えこう 】

小豆島霊場 八十八ケ所巡拝に 薬師寺団体が こられた。
ジジが 知っている薬師寺巡錫団は 橋本堯胤 管長猊下の元 客船を一隻 チャーターして
小豆島 有縁の 寺院、関係者が 港まで 出迎えに行っていた。
今年は 管長猊下を筆頭に 寺の執事と 歴代 家持団長を始め 約80人の参拝だ。
本部の 皆さんは 団体よりも少し早く 子安観音に入られて お茶を飲む。
高田 好胤管長、松久保 秀胤管長…と、お徳の 高い ( 近寄り難い) 管長が続いたが
今の 管長は 本当に 親しみのある 失礼を承知で書くならば その日、その場所で
100年来の 知己になれそうな そんな慈悲心の溢れた お方だ。
昨年は 中国 西安 在住の青龍寺 管長をお連れして 東大寺と薬師寺に お参りした時
管長さんや 事務長さんには 言うに言えない お世話になった。
『今年は 団体数が 80だけれど 来年は 100を越したいね』
『管長さまが ご一緒に参って頂いたら 直ぐに 越しますよ』
団体は 予定時間よりも 大幅に 遅れた。
子安観音寺では 3度の 火災に負けず 再建して頂いた 檀信徒の皆様に
御礼に おうどんの【接待】をしていると 昔 話した事があるね。
時は、もう午後 6時が目前だ。
寺を出て 10分もすれば お宿で 美味しい 夕食が 待っている。
こんな ケースでは 寺が『 召し上がれ』と、ホカホカの湯気が立っている
おウドンを お出ししても 手を付けず、宿に下がっていく 団体が 多い。
ところが、どうだ。
『365日 一日も 休まずに 参拝者全員に接待をして居る所が 他にも有りますか?』
『心から ありがたいと 感謝をしなければ なりません。
同行 80名、全員が接待を うけますよ』
10分後には 美味しい夕食が待っていながら 全員が 喜んで 食してくれた。
子安観音寺は 参拝者に 《大衆 供養》している 訳だ。
そして 管長猊下は それに《 回向》と 云う 形で お返しになった。
お互いが お互いを 拝みあう。
《相互 礼拝 》《相互 供養》
なんと 清々しい 皐月の 夕べで あったことか…。
合掌

【 京都 スカイツリー 】

子供や 孫たちと 京都で会うことに なった。
平日だが パパたちが 休みがとれて 久々に 多勢 揃う。
パパ達の 会話。
『 いつから 会って いないかな~』
『正月に 小豆島 かな? 』
『いや小豆島には 帰れなかったから 年末でしょうか』
『かれこれ 半年も 会って なかったんや 』
京都に集まるのが みんなが 揃いやすいと、京都駅に 集合したのだが、
多勢の子供や 孫に囲まれて 1番 嬉しかったのは ジジかもしれない。
僅か 3時間ぐらいの ディナーだが 食事が終った 孫達には じっとして 居られない。
孫と孫の 喧嘩。
食後の 時間を 持て余して はしゃぐ 孫。
その時、その時に 神の声が 聞こえてくる。
『ケンカ しないで 仲良くしようね。あっちで 仲良く あそぼ 』
『沢山の 人が ご飯を食べているから 大人しくしよう。
ジジが いつも 人に 迷惑を かけてはいけないと 言っているでしょう』
親ではない。 孫同士が 言っているのだ。
親たちは、真っ赤な顔をして 『カンパ~イ !! 』をやっている。
地獄で 仏に 会ったような、そんな気持ちだ。
ジジは 知らぬ。聞いては おらぬ。見て おらぬ。と、平静を装うのがが
ジジは 喜びのあまり 耳は像さんの耳になり尻尾を千切れるぐらい 振っているのだ。
おかげで【慈悲心】を持つ 孫に成長した。
やがて 1人の孫が 聞いた。
『あの 背の高い 建物は なんだろう ? 』
『アッ あれは 京都 スカイツリー だ ! 』
もう一人が すかさず 答える。
そうだ。あれは 《京都 スカイツリー だ 》
『天高く 空広く 海深く 崇高で 健康な子供に、育って欲しい』
あの 大空に向かって 両手を 広げている ツリー のように。
と、願う ジジがあった。
合掌

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【 小豆島大観音 百観音霊場 法要 第二日目】

法要も 昨日、二日目を 迎えた。
おとといは 開会 の後、ジジが 挨拶をした。
その後に 写経、座禅瞑想 実践、経本 読み方等の【 行 】をした。
今日は 【理趣三昧】法要のあと 文化保護審議会長 中村 利夫 先生が
《大阪城 再築石垣石の残石について》という題目で 公演を頂いた。
その後に 大観音にて 昼食会があり 解散をした。
ジジの 下手くそな 挨拶を 記載して おこう。
【大観音の境内に 居ながらにして 【西国、坂東、秩父】と百観音霊場に
参拝できるよう】と 100人の檀主を募り 見事な霊場が霊場が出来上がった。
西国霊場 第一番札所 檀主は ○○ ○殿。第二番札所 檀主は△△ △殿と なる訳だが
年月が 10年も経つと 突然 無常の風が吹いて 天国に召される方が 増える。
『あなたの 札所のご本尊様は、あなた 1人のものでは ないのですよ』
『あなたの 家族でお祀りをするんです。もし 皆さんの中で 調子が悪かったら
代わりに 子供さんが世襲して ご本尊を お祀りして欲しい』
『日本 風物詩の一つ 京都の【大文字山】にお参りをした。小豆島大観音でも
お盆には 【大文字】の送り火ができないか? 小豆島大観音だから、また 此処が
小豆島だから 【小 】の送り火でもと、現場まで 研究に上がったのだ。
豈図らんや そう 簡単なものではない。火事とか 近辺の同意等は差し置き
あの 【大】と云う 護摩壇 一つとって見ても 多勢の大檀主によって構成されている。
そして その檀主は 何百年 いや多分、一千年を超える 長き 世襲制度によって
成り立っている。ジジが 今 突然に 『檀主になります』と、手を上げても
とてもではないが 輪の中には 入れない。親から子に 子から孫に 受け継がれて居るのだ。
だから 皆さんも 各霊場の 本尊を大切にし 永きに渡って 祭祀して欲しい』
その他、今年から ゴールデンウイークのまでの 参拝状況。26000本の 芝桜 植樹。
色んな 話をしたが、長くなるのでこの辺で 筆をおく。
ジジにとっても 檀主にとっても 素晴らしい 1泊2日だった。

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合掌

【 小豆島大観音 :百観音 檀主 法要 】

大観音にて 1年に 一度の百観音 法要が有った。
小豆島大観音にお参りをすると、大観音に居ながらにして 百観音霊場
《西国三十三所》《坂東三十四ヶ所》《秩父三十三所》
にお参りができるようにと 檀主をつのり 見事な霊場が出来上がった。
一年に一度、檀主の皆さんが 自分の 札所のご本尊にお出会いし お身拭いをする。
一日目の 法要も無事に終り お斎の席で 檀主さんとの交流会を催した。
● 住職 挨拶
檀主の皆さんが 段々 亡くなり 病床につかれて 非常に寂しい。
あとに続く人が 多勢の家族を お連れして 自分の本尊を護ってください。
●小豆島大観音 奉賛会長 :香川県議会議員
檀主の皆さんで 大観音を盛り立てて下さって有難う。
閑話休題 : あと2年 経ちますと 大観音落慶法要 20周年がくる。
今日、皆さんがなさった お身拭いをして 大観音自体の お色直しをしなければ
ならない。檀主の皆さんの 力を 是非 貸してください。
●小豆島大観音 奉賛会 : 土庄町議会議長
去年は 震災で 被災地は勿論のこと 日本中、どこもが 冷え込んだ。
落ち込んだ 小豆島をもう一度 活性させたい。
檀主の皆さんが その 架け橋になって欲しい。
●信徒 代表
【熏習 :くんじゅう】という お話をなさった。
日本に 《三道》ある。すなわち、《茶道》《華道》そして《匂道》だ。
(偉そうな事をいっても、まさか匂いの道が有るとは ジジも 知らなんだ)
そこで《熏習》が出てくるのだが。
香が 物に その匂いを移して いつまでも 残るように
ある物が 習慣的に 働きかける事によって 他の物に影響作用を植え付け
自らの行為が 心に 習慣となって 残ること。
ここからは、間違っているかも知れないが ジジの 解釈。
私たちが 高級ホテルやレストランに 行った時、何処からともなく 良香が
鼻を突くことが有る。なんとも言われぬ 極楽の 香りを嗅ぎ 至福をいただく。
その香りは 暫く消えず、場合によっては 家に帰っても まだ
匂いが 染み付いている事もある。
仏は 手を合わす者には 常習的に 《慈悲心》を頂ける。
さて、私たちも 子供の教育に 習慣的に《良匂》を齎さなければならない。
溺愛するのではなく 躾けはきっちりと。躾が 綻びると 子供は 非行に走ったり
依頼心の塊になったり ニートになったりする。
《良香》躾けは 子供の 心の中に いつまでも 浸透するように習慣的に
働きかけなかれば ならない。
しかも、優しく 包み込むように…。
ジジの 為の 良い 勉強会でした



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【栄枯盛衰 世の習い 】

ユカタ遍路が 小豆島霊場 春参りの最終を飾る。
その 1団体が 8名で 参拝された。全盛期は 200名を超える大団体だった。
遍路は 今でも人数 × 2~3泊。昔は人数 × 1週間と 遍路宿にしたら 上客だ。
【栄枯盛衰 世の習い】とは申せ、なんともに悲しい。
《いにしえの 奈良の都の 八重桜 けふ 九重に 匂ひぬるかな 》伊勢の大輔
遷都された 宮中には 八重桜があり、その桜は 元の都の 奈良から 持ってきたものだ。
昔 栄えた奈良の都に咲いていた 八重桜が、今日は 京都の宮中で 一層 華やかに
栄えて 色美しく 咲き誇っている。
すべて 思いのまま、意のまま、我が世の春を 謳歌している 歌だ。
《ももしきや 古き軒端の しのぶにも なほ 余りある 昔なりけり 》 順徳院
ああ、ここは宮中だというのに 古ぼけた建物の軒に ぺんぺん草が 生え茂っている。
いくら 偲んでも、忍び足りない 昔であるが つい かっての華やかな頃を思い出す。
順徳院は 承久の乱で 佐渡島に流されて そこで寂しい 生涯を過ごす。
1192年。鎌倉時代のはじまりで ある。
794寝覚めぬ 平安京だから 300年の月日が過ぎ去るあいだに 威風堂々たる
同じ 宮中が こんなにも 変わるのだ。
国破れて山河あり 城 春にして 草木ふかし
私たちの 一生は 露のようなのもで アツという間に 過ぎ去ってしまう。
【慢心】にならず、つねに 【謙虚】で、いつ、どこで、なにが 起ころうとも
微動だもしない 体力と 精神力を備えなければ ならない。
勿論、ささやかな 預金と ささやかな 衣食住も含めて。
時がめぐり 咲き誇っている八重桜と八重桜の間を 白装束で身を固めた
多勢の老若男女が 鈴の音も高らかに 島 八十八ケ所の 御本尊の前で 手を合わす姿を
目にすることだろう。
合掌
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