スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【土用期間中 子安観音寺 4山で 法要 目白押し】

土用期間中は わたしの 4つの寺は
遍路 信者の 参拝で 賑わう。

小豆島唯 1ヶ所 病気封呪専門道場【山ノ観音】は
7月 17日 お祭りから 土用期間中
【きうり 加持】厳修している。

弘法大師 空海 入唐の砌、真言密教とともに
きうり加持祈祷法を 伝授され
弘法大師 ゆかりの寺は 彼方此方で おこなっている。

きうりの 中に 病名や 願い事を書いた 祈祷札を いれ
野菜の中でも 1番 腐るのがはやい きうりが とけ
水となり 土地になるのと 同様、
病気病難を 取り去って貰うという祈祷法だ。


山ノ観音に 参拝の人には
寒霞渓 山麓から 湧き出ている 【御来迎の滝】の
霊水でつくられた [流しソーメン]の 接待が ある。


140802-1image.jpeg

image.jpeg








【大本山 小豆島大観音 仏歯寺】では
8月15日の夜に 境内にて 【精霊 供養】がある。


12日の 夜に 2泊3日で 帰ってきた 先祖さんが
また お浄土に 帰ってゆく。

京都の 大文字が 有名だが
大観音でも いつの日は 赤々と 眩いばかりの境内から
精霊さんを お送りしたいなと 思っている。



【小豆島霊場 恵門ノ不動】は、
27日が 年に 1度の 大祭だ。


今は 信者の大半が 広い護摩堂を 埋め尽くしているが
元々は 地区の法要の 一環として 栄えたもにで
村々から 浴衣姿の 老若男女が そぞろに お参りし

その日だけ 設けられら 夜店で
トコロテンや 綿菓子を ほうばる子供の姿が 目立った。

いつの日か、逆転して 浴衣姿が 白装束に 杖と
一変してしまったが
地区の 人たちも 昔を 思いおこし
お孫さんを連れて 参拝して頂きたい ものだ。




140802-2image.jpeg

image.jpeg








その 恵門ノ不動では 7月27日には
【五大護摩】といって 木火土金水を 表し
夜の 6時から 翌朝まで 5人の 僧侶が入れ替わって

写真で みても 分かるとおもうが
そこいら近所では ない 大きな お護摩を焚く。


まさに 僧侶も 行者も 信徒も 檀家も
まさに 命がけの お護摩なのだ。
残念ながら わたしの出番は 最早 1度も ない。



キウリ加持祈祷、五大護摩。精霊供養と
夏まいり 一杯、法要があるなかで
ご縁が あれば みなさんも 是非、お参りをして欲しい。
合掌



140802-3写真

写真.JPG









iPadから送信
スポンサーサイト

【念仏には 無義をもって 義とす 歎異抄 第10章】

140710-1image.jpeg
140710-2写真
【般若心経】よりも 短い経で
【延命十句観音経】が ある。

短い 経なので その場で 覚えてしまえるが
【朝念観世音】【暮念観世音】が 出てくる。

朝に 夕に 経を唱えるのだが
せっかく 唱えるのだったら
口先で パクパクするのでは なくて
心から 唱えなさい という。

念仏婆さんの 話し 以前にもしたよね。

十句観音経では ないが 朝から晩まで
念仏を 唱えている お婆さんがいた。

『こんにちは。南無阿弥陀仏…』

こんな調子だから 死ぬまでに
何十万回 いや 何百万回 唱えただろう。

僧侶の 光明真言を 百万遍唱える【行】があるが
並大抵で できるものでは ない。

だから 婆さんの 【行】たるや たいしたものだ。

ところが とうとう 寿命尽きて
婆さんは閻魔さんの 裁きを うける。

『おまえは 地獄行きだーっ』

『ええっ ! 閻魔さん、それは 無いでしょう。
ご存知のように わたしは 何百万回と
念仏をとなえ 人々は 念仏婆さんと言いました』

閻魔さんは 婆さんの申告書の 【束】に
フーと 息を 吐きかけた。
すると 何百万札の申告書の 束が
四方八方に 飛んで行ってしまった。

『それみろ、おまえの お経には 魂が 入っとらん』

閻魔さんが 申告書を よく見ると
生前に ただ 1つ 良いことをした紙が 出てきた。

西国33箇所の 長谷寺が 改築の砌り、
一生懸命に念仏をあげて 寄付までしているのだ。

『うむ、この念仏は 本物だ』

婆さんは それを 認められ 極楽に行ったとさ。
めでたし めでたし

歎異抄 第10巻に このように 書かれてある。

【念仏には 無義をもって 義とす】

念仏は
子が 親に対して 万頼の信頼をし
無心に 縋りつくように
只々 仏を信じ 邪念や はからいを 捨て

一心不乱に お祈りをする。

仏に 何かを お頼みしたり
とくに 念仏を 唱えている 最中に
そんな 邪念や 雑念を 起こすこと自体、
大変 失礼なことである。

私たちも 念仏だけでなく
何かをするときに

見栄や 体裁でなく
心の 誠をおこして やろうね。

『これこそ 真の 念仏だ』
と、言って もらえるように。

合掌

【 笑顔 】

歳を とってくると昔の思い出が 懐かしい。

学生の 頃だ。
学校の エレベーターに 3人乗り合わせた。

わたしと 教授 2人だ。

1人は さあ年齢は定かではないが
60歳 近かったのでは ないか
インド人の 先生だ。

もう 1人は 40歳そこそこの
スラリと背の高い イギリスの 先生だった。

事実、ドギマギしながら
教授の 顔をみながら 微笑んだ。

インド人の先生が イギリスの先生に いった。

『おはようございます』

ところが イギリスの先生は それを無視して
1点を 見つめたまま微塵も 動かなかった。

つられて わたしも 言った。

『おはようございます』

『ああ おはよう』

イギリスの先生が 答えた。
反射的に インド人の先生も 答えた。

『おはよう』

アッというまに 年月は 流れ
卒業の 歳になった。

哀れなる わたしは イギリスの先生の
教授室の ドアを 叩いた。

『あとは 卒業単位が クリアされていると
思うのですが 先生の 教科次第で
大変な事に なります』

ところが 驚いたことに
わたしを 覚えていたのだ。

『数年前に エレベーターで 一緒になった
学生だね。
あのとき 何故 インドの先生の挨拶に
素直に 返答できなかったか
自問自答していたのだ。

その時の 君の笑顔が 救いだった。

「おはようございます」に
飛びつくように こたえた。
「ああ おはよう」と。

あれは 君に言ったのと 同時に
インドの先生に 謝ったのだ』

先生の教科を 見事クリアして卒業をしたが
無論、実力でしたと思っている。

僅か 一瞬の 笑顔を 何年も覚えてくれている。

笑顔とは 仏の 顔も 笑顔だ。
仏頂ズラもしなく バカ笑も ない。

仏の笑顔は わたしたちの 難儀なときに
なさるものだ。

困っていれば いるほど、
苦しんでいれば いるほど
微笑んで くださる。

【無財の 七施】とか いろんな 布施の 仕方がある。

⚫︎財施
困っている人に 金銀の財宝や 衣食住を 施す

⚫︎法施
まだまだ 釈迦の心が 分かってない人に 教えを説く

⚫︎無畏施
災難などに あっているひとに
慰めて 恐怖心を とりさってあげる

⚫︎和顔施
笑顔を 見せることによって
それを見る人に しあわせ感を 与える

⚫︎和顔施と 同じで 言葉によって
それを聞いたひとに しあわせ感を 与える

笑顔は 【和顔施】といって 布施行の 1つだが
確かに 穏やかに 微笑まれている
その顔に 接すると
究竟に 立たさせているときでも
癒され 気持ちが 和らぐ。

微笑みは 仏さんに 限らず
人々を しあわせにする 力を 与えているのだ。

みんなも 【和顔施】
わすれないで 実行して 欲しい。
合掌

140424-1写真

【強く 拘れば 強く、少し 拘れば弱く 苦しみが待っている】

芦屋で 運動のために 歩いている。

【西宮】との 市境まで 1時間 歩くのだが
今日は 大変 疲れた。

啓蟄も 東大寺の お水取りも 終わり
気温は 1度にあがり
鳥は鳴き 花は咲き乱れる。

歩いていると 色んな 新しい発見がある。

自分の 健康もかねて 犬の 散歩。
団塊の世界。
そう 私ぐらいの 年格好の 人の 散歩。

ふと見ると 目の前に お年寄りが歩いている。

見た目では 古希ぐらいだが
身体自体が 右に 傾いて
病気の後遺症で そうなっているのかと思った。

きっと 直ぐに 追いつき 追い抜けるだろう。

警察の スピードの 取締りが あった。
1人の 警官が 椅子に座って 機械を見ている。

それを 横目に 通り過ぎると
200歩の ところで 5人の 警官が
違反した 人を 取り締まっている。

白バイも 2台 止まっている。

面白いもので なにも悪いことをしてないのに
顔が こわばり 緊張を 隠せない。

『こんにちはー』
『ジョギングですか? お気をつけて』

警察官たちが 柔和な顔で 手をふる。

ジジは 真っ赤な 顔に なった。
こちらから
ご苦労さまと 言わなければ ならないのだ。

頭を かきながら 前をみると
先ほどのお爺さんが 身体を 右に傾けながら
彼方 先の方を 歩いている。

『えっ お爺さんの方が 余程 速い ! 』

何を 思ったのか 私の 快進撃が始まった。
みるみる 追いつき 当然のごとくと
追い抜いた。

散歩が 終わってから
いつもよりも 10倍も 疲れをかんじた。

『決して こだわりの 心を 持たないぞ』

常に 自分に 言い聞かせている 拘りが
この ジョギングでは 色んなところにでた。

犬の 散歩に 感激し
警察官に 感謝もしないで 硬くなり
お爺さんと 速さの 競争をした。

【四諦 八正道】のところで 勉強したね。

欲望を持つから 物事に【こだわる】から
私たちは 【苦】が 生まれるのだ。

犬も 警察官も お爺さんも
最初から 居なかったと 思えば いいのだ。

いや、当然の事ながら 居てもいい。
それらに 遭遇しても
拘るから 我が心に 苦しみが生まれるのだ。

どうして お爺さんに
寄り添って 方を 抱いてあげる
優しい 心が 持てなかっらのだろう ?

歩くペースを上げ過ぎ 我が身体も 疲れた。

我が心も 自分の あまりもの 哀れさに
立ち上がることすら できない。
合掌140318-1写真

【打てば響く 人間関係】その2

130208-1写真
130208-2写真

【打てば響く 人間関係】って素晴らしいね。

物は 必ず 下に落ちるし
川は 上から下に 流れる。

光は 必ず 闇を払う。

反応したり、しなかったり、無視するのは
むしろ 人間かもしれません。

仏も 大自然と一緒で 呼べば必ず
答えてくれる。

呼びかける心に 答える仏。

空海はいう
【人間の 全存在に 仏の力が及ぶことによって
人間に もともと 秘められている
悟りは 直ちに 現れてくるのだ】
プロフィール

子安観音寺

Author:子安観音寺
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
フリーエリア
検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
フリーエリア
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。