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素晴しい一日

住職の仲人である、

本山の総長さんが

任期満了にて

寺にお帰りになることになり

一家で、

今までのお礼に上がった。

京都で夕食をしたが

休みだったむすめむこまで

世話になり、

みんなに世話になりながらの

フェアウエルパーティーだった。


総長さんをお送りし、

宿泊場所の帰路までの間、

電車は非常に混んで居た。

住職は長女を


総長さんに見ていただこうと

連れてきていたので,

帰りの電車は大変だった。


勿論、

同車の皆さんは一日

働いてクタクタになって居るのは分かります。


勿論、

だれ一人

席を立つ人は居ない。

そんな中、

留学生っぽい外人の若者が


『 どうぞ』


と席を立ってくれた。


ジジにはその若者が

天使の様にみえた。

頭の中では分かっている。


【困って居る人が

居たら、

救いの手を差し伸べよう。

勿論、

この状況だったら席を譲ろう。】


実際はそれが出来にくい。

照れくさいと言うのも

[大]である。

色んな要因の中で


それを実行出来るは、

ほんの一握りしか居ない。


この歳になって、

家内と良く言う。


『電車の中で、

そんな人が居たら

是非、


人の為に


なろうなー。』と。


でも、


立とうと思った人は、


良く考えたら


ジジぐらいの年齢の人だし、



やっぱり、


年齢だの、


立場だの言って、


こだわって居るんだな~。


こだわらなかったら



すっと立って、


変われるもんだもの。


勉強し直し、


勉強し直し。


ジジはまだまだだね。
合掌
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大きな 松茸

農繁期も終り、

晩秋を迎える小豆島霊場、

日曜日もあって

今日は朝からお参りの団体が


引っ切り無しだ。

そんな中、

鳥取の信者さんから


松茸の奉納があった。

信者さん夫婦、

息子さん夫婦、

お孫さん二人の6人で来られたが

大きな団体の団体長さんでもあり、

また


住職と一緒に勉強している

柴燈大護摩(外で焚く、大きなお護摩 )

の行者さんでもある。


『松茸、ありがとう御座います』

『早いこと、ご本尊さまに お供えして下さい』


そして その後は…

よく人の心をご存じで。


『息子さん夫婦と一緒に

お参りをするだけでも大変ですのに

三世代 お孫さんまで


来られるとは凄いことですね』


話題を変えた。

『元気で、揃って一家が参らせて貰える。


これだけで幸せ者です。』

噛みしめるように申す。


『一つには 孫たちが

お観音さまのように

人の悲しみが分かり、

人を慈しむ心を持った

人間に育って貰いたい。

二つには

自分の足で八十八ケ所をお参りし、

修行によって


人に変わって貰えない苦労、


痛みや苦しみの分かる


人間になって貰いたい。


依頼心も


甘えごころも持たない

強靭な人間作りをして貰いたい。

二人にそう

言い聞かせて連れて


参りました。』


『良い家族だなー。

お互いがお互いをに思いやる心。


助け合う家族。潤いのある家庭。』


家の中を覗かなくても


その中の素晴らしさが

後光のように飛び出しでくるようだ。


なんと、知ってか知らずか

分からないが、


寺の孫が それを聞いて


松茸にかぶりついた。


111030写真

みんな 笑顔。
合掌

お見舞い

家内が お見舞いに行った。



広島に住む、


ガンで闘病生をしている

88才の お婆ちゃんである。


運転をして下さる方と


広島に着いたのがもう、


昼過ぎだそうだ。


病院に行こうか、


お家にしようか



迷った挙句、


お家をのぞいた。


ところがどうだろう。


家族の方でも居られるのかと


思いきや、


本人がシーシーと、



お掃除をしている。




家内はびっくり仰天して



『なんと!病院ではなかったのですか?


そんなに無理をして大丈夫ですか?』



思わず駆け寄った。


本人は平然にした顔で



『余命、一ヶ月と宣告されました。

最後迄、病院でお世話になって

先生に見届けて貰おうと思いましたが、

わずか一ヶ月。

この一ヶ月がとても大切な気がして


先生に無理を言って、

家に返してもらいました。

今、部屋や諸々をかたずけて


死ぬ準備をしています。』


悲しんだふうも、


自暴自棄になった様子もなく、


ただ眈々と


死の準備をなさっていた。


あとで家内に聞いてみると、


彼女には実子はおられないようだ。


もし、立場が逆転していて

ジジに余命 一ヶ月が下されたら


間違いなく ジジは


自暴自棄になるか、


気が狂うだろう。


お婆ちゃんは言われた。


いや 諭された。


〈限りある人生、限りある一生。


遅かれ早かれ


いつかはみんな 死ぬんだ。


余命、一ヶ月の診断を頂いたが


わたしはいつ死んでも悔いはない。


一生懸命、前向きに生きた。


そして大きな大きな、


大観音さまのみ胸に抱かれて、


お浄土に導いてもらう。


こんなに有り難い事はない。


大観音さもの胎内に宿して貰ったら、


いつでも


お浄土から、


お観音さまの声や


法主のお経を聞くことができる。


なにが 哀しいことぞや。》



~いや 凄い!


お婆ちゃん

本当にしあわせものやね。


人間、心の持ちようだね。ー



でも、苦しまないで、



一日でも長生きしてね。
合掌

三輪清浄( さんりんしょうじょう )

秋晴の今日、

お寺で素晴しい事があった。


住職と 嫁とが

『お爺さん、チョットみて 。


もう寝返りをしますよ。』と。


その声にジジは飛んで行った。


お大師さまと同じ誕生月の

6月に授かった孫が、


寝返りを


しようとママの横で


もがいている。


なかなか思うようには成らなかったが、


やがてママの


ほんの少しの介添えで、


ゴローンと、


身体を回転させた。



パパもママも


勿論 ジジも


思わず知らず、

大拍手。

その時の、

孫の無心に

ニッコリ笑った 顔 !。


何のもにも替え難いその顔 !


思わず抱き締めたくなる。


『 これが 三輪清浄だ ! 』


ジジは叫んだ。


与える人(能施)、

貰う人( 所施 )、

与えられる物( 施物 )

の三者が共に活かされ


それによって生かされ


喜べる状態が、

本当の布施 ( 施し )


であると言っています。


幾ら 喜びながら、

何かを相手に与えても、

貰った人が喜んでくれなかったら、


何にもならず、


反対に 施す人が


いやいや与えても


貰った人も


本心で喜べなかったり、


恐縮したりしてしまうでしょう。


さらに 与える人も、


与えられる人も


共に喜んでも、


そこに介在する


( もの ) が活かされなかったら、


施物自体が喜べないという事です。


孫の笑顔が

( 能施 ) で


それを受け取りながら、


抱き締めてあげようかと

手を伸ばすジジが


( 所施 ) で、


その間に介在する

しあわせ が

( 施物 ) である。


『孫よ。ジジに

素晴しい

三輪清浄を

ありがとう! 』


ありゃ !


ジジは 孫に


あやして貰っているのかな?
合掌


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ジジの反省

パソコンの調子が悪く、

先生に見てもらった。

会社にお勤めになりながら、

生命学の鑑定をなさって居られる方で、

今、子安観音、四山で


インターネットや諸々をお世話になってる。


ジジのブログも立ち上げから始まって、

今に至るまで先生の

力をお借りすること100%だ。


作業をしながら先生が


『法主のブログをご覧になられる方、

少しずつですが、増えてきました』

『嬉しいですね。

少しは認めて貰ったのかな?』


と、申すと

『大先生もよく 見ておられますよ。』

と、仰る。

『エッ! 大先生がご覧になっている?』

有頂天になり天にでも昇る気持ちだった。


私も 鑑定士の入門を許され、


初歩のしょほを


大先生に教わっている。



『インターネットの時代だから寺も、

導入しなさい。』


アドバイスを下さったのは


大先生である。


それを聞き


先生がそれを具現化して下さり、


今に至っている。



そこまでは良かったのだが


『そんな事で、一喜一憂しては駄目です。』



ピシャリお叱りをうけた。



いつもジジが自戒し、


反省し


〈こだわったら あかんよと〉


と申している努力目標で叱られた。



(ブログを見てくださっている方が


少しずつ増えてきている。


なんと 大先生も見て


くださっている。)


〈嬉しい〉



『ただ、無心に粛々と

書いて居られたらいいのです。


読んだ方の一人が、


持って生まれた



仏心を目覚まし、


菩提心を起こし、


心が豊かになり、


幸せになってくれたらそれで


良いのです』



なるほど、



先生の仰るとおりだ。



ジジの一喜一憂など、


どうでもいいのだ。



それにしても先生、


お坊さんになって、


高野山に上ってもらいたいな。



ジジ
合掌

六波羅蜜の 【 精進 】とは

農繁期も終り、

ご自分が作り

収穫したお米を、

奉納される方が多勢

来られる。


今日も播州から

ご夫婦で来られた。


75歳になられる方で、

一町歩も作っておられる


大百姓、どこか威風堂々、

矍鑠として居られる。


『お百姓をなさって居られるせいか、

年齢よりもお身体が若いですね』

と申し上げた。


お上手でなく見た目、

本当にそう思ったから。

ところが その方は

『百姓のせいもありますが

毎日、

困った人を

私の車で病院に

連れて行ったり、

介護をしたり、

地域の奉仕活動を


させてもらっています。

そのせいで

気力も身体も

充実して若いのでしょう。』

と笑った。


町長から

【感謝状を】


という話があったそうだが、


『当たり前の事をして居るだけで、


お互い様ですから』

と、断ったそうだ。


私には天から舞い降りて来た

天女、ーいや、仁王様のように思えた。


これは六波羅蜜の中の


【 精進 】

という【行】なのです。

精進とは料理の事を


思い浮かべる人も居ますが、


[他の人が幸せになるような


良い(善)行いを続け、


他のひとが

涙を流すような悪い行いはやめる]

と、いう行いを毎日続ける

【 行 】である。


大切な事は、

少しでも良いから

毎日続ける事である。


反対に相手が涙を出すような事を


毎日続けると、


ほんのわずかな涙でも

一滴、また一滴と


落つる涙が、


やがては大海に至るように、


私達の愚かな行いも、

一つ一つは小さな悪行でも


いつしか大きな悪行になってしまう。


奉納して頂いた、


お米は嬉しかったが、


それ以上に


勉強させられ、

反省させられ、


頭を掻きながら喜びに浸った


ジジであった。
合掌

耐え忍ぶ精神

今朝、友人からメールが入った。


友達と言っても大先輩で、

大会社を卒業なさってから、

ヒマラヤ山脈に登ってみたり、


悠々自適に老後を

お送りになっている方で、

去年は四国一周し、

今回は九州に挑戦と


(老骨に鞭打って? )


兵庫県 西宮港を


ご自分のヨットにて出港したのだ。


今日は


『先日は周防灘で大風に会い、


足留めを余儀なくされましたが、



今日は順調に五島列島を


進んで居ます』


と、メールが入った。



順調に航行しているようだ。



ヨットと言ったら、



石原裕次郎の


【太陽の季節】



を思い出し、


私達も


生涯に一度でも



乗ってみたいと


憧れの代名詞の様だが、



実際は 甲板1つ。


その下は果てしなく続く深海と、



私達の想像以上に大変である。



『今日は波浪高くして


ヨットの両サイド、


5メーターの高波、



風力15』


とか連絡が入ったりします。


風力15は何んの事やら


分かりませんが、



5メートルの



高波は想像がつきます。



後は、

お天気任せ、


風任せ、


波任せ、


進もうと思っても進めず、



降りようと思っても降りれず、


私達の意思ではどうにも為らない様である。



九州に挑戦した友達は、


強靭な精神と忍耐力と、


肉体とをお持ちだ。



先日も


六波羅蜜多の中の

【忍辱の行 】


を紹介したが、


全くヨット上の友人にとって、


その


【行】


の実践なのである。



これも書きました


【物、多くして 心、貧しき時代】


に生まれて来た私達や、


その子供たち。



両親の恩愛を一手に受け、



欲しい物は全て買い求めて貰い、


なに不自由なく可愛い可愛いで



スクスクと温室の中で育った私達は、


自分の思いと現実とが食い違った時、



心が大きな音と共にポッキリと


折れてしまうのではないか。



なにが有っても耐え忍ぶ、


血流を出してでもやり抜く、


そんな根性を養わなければならない。



私達も忍辱の行に励むと共に、


大海原に漕ぎいだた友人が


無事、目的を貫徹して



帰って来られる事を、



心から祈るジジであった。
合掌

ブータンのテレビをみて

偶然


つけたテレビでブータン(国)が


紹介されていた。



ネパールまでは


お参りしたが、


隣国であるブータンには


まだ一度も行った事が無かった

ので、


とても興味があり


思わず引き込まれてしまった。


10数軒の小さな集落の一軒を取材したもので、


その集落は農作業に重きをなしていた。



集落は一致団結しており、


全体が大きなファミリーのようだ。


『隣、近所は、

大きな家族のようで


田植えから稲刈りまで、


すべて助け合います。』



『困っている人が出来たら、


我が家によんで面倒をみてあげます。


そして私達も、


大きな面倒を抱えた時、


隣人が私達を救ってくれます。


これは仏様が下さった、


過去から



未来永劫への贈り物なのです。』


と、家長は語った。


国民総生産、


世界第二位を誇っていた日本でも


核家族になり、


個人主義になり、



欲望の歯止めが限りなく無くなり、


その結果、


資源を掘り尽くし


自然を破壊し、



地球環境を最悪な物にしてしまった。



【物で栄えて滅びる】


奈良、薬師寺の高田好胤


前管長の口癖だった。



ブータンの大僧正はいう。


『JNH ブータンの推し進めている


《国民総幸福高》


は先進国の



《国民総生産高》


よりも ずっと素晴らしいことだ。



伝統文化がなくなり、



家族制度が崩壊し、



なによりも自分の方が大切になっている。


個人の豊かさは大家族の絆の中にある。



祖母と孫が一緒にお参りにやって来る

ブータンの人たちは、


決して 孤独死や餓死をする


人はない。』



【足るを知る】



決して多くを望まない


ブータンの人たちは


[家族との絆]

[佛様との絆]

を大切にし、


家族全員が、


幸せであり、


健康でありますように。


お互いがお互いの幸せを



祈っている。


ー ブータンの時は ゆっくりゆっくりと流れている ー




私達は、胸に手を当てて



何か考えて見ることはないのだろうか?


合掌

真心で向かい合う心

大観音にお参りをした。

日曜日と言う事で

いつもよりお参りが多い。


お遍路姿、

ネクタイ姿、

家族、

老人会、

恋人同士、

様々な方が様々なお参りをなさる。


私が大観音に着いた時、


神戸からお参りになったと言う、


3人組がおられた。


『願をかけ


成就させて戴くまで

ずっとお参りを続けます』


『これから


恵門ノ不動にお参りをして


子安観音の住職に


お護摩を焚いて貰います』


そう

言って自家用車に乗り込んだ。




3人組を見送った直後、


丹波より白装束を着た


お参りの団体があった。


そのうちの1人が



『500観音を奉納して居るので、


是非 拝んで欲しい』


と、願いがあった。


見送った後、


虚ろにして居たジジの姿を見て


気合いを入れて下さったのだろう。



拝んだ後、


その方はご自分の500観音様を


無心に撫でたりさすったりした。


『お観音様が、


喜んで居られますよ』


と、私が申すと


振り向いて


『いいえ! お観音様ではありません。


この方は、私の母親なのです。』



と言われた。


坊さんの悪いくせで


『その お観音様自体が


すなわち、


お観音様なんですよ』


と、言おうとしたが


その方の迫力に押されて、


一言も


声がでなかった。


この方も、


先ほどの恵門ノ不動に


行かれた神戸の方も、


私が居ようが居まいが


真剣に拝んで居る。


いや、母親に真剣にお縋(すが)りしている。


私など、色気があって


誰か居ると、


照れ臭くで集中して手を合わせられないが、


その方は一心不乱にお願いする。



誰でも良い。


お父さんでもお母さんでも、


奥さんでも、息子さんでも、友人でも。



手を合わせて真心に相談できる人、


向かい合える人が居たならば、



その人は最高の



しあわせものだ。



そして、先程も言いかけたが、


その縋った方が実は


お観音様なのです。



ジジも、


空虚に口先だけでパクパク拝むのでなく、



真剣に お観音様に向き合いたい。


合掌

褒め言葉で 実力を伸ばそう !

今日は朝から雨が降り、

身も心も湿りがちでしたが、

滋賀県に嫁いで居る 娘から


電話があり、


鬱な心がいっぺんに吹っ飛びました。


修行の身である私が、

一喜一憂しては

いけないのだが、

口元が緩まざるを得なかった。


孫が週に二回、


南草津より芦屋まで、


ダンスのレッスンに通って居る事は、

前にも


述べたと思うが


週、二回とは


本人はもとより親も大変である。


そんな中、


レッスンが



終わってから先生が


母親を呼んで

『センスがある。非常に素晴らしい。


前途有望である。


頑張れ 』

と、申されたそうである。


その後、

先生の言葉を母親が本人に告げると


満身に笑みをたたえて


『嬉しい!もっともっと 頑張る。』


と、益々、

意欲を燃やしたとか。


私までが老骨に鞭打って

踊りだそうとしたくらいだ。


私達の 幼少の時は


親や学校の先生に


『これぐらいの事が 分からんのか 』


と、一喝され


ゲンコを頂いたものだった。


確かに、


人を伸ばすためには、


鞭を打つ方法と


褒めて伸ばす


方法と2つある。


【アメと鞭】


と言うのが通り相場だが


ダンスの先生が孫に下さった


【アメ】


は素晴らしい効果が有ったようだ。


それを一緒に付いて来て居た


妹が


『わたしも お姉さんの様に、

頑張ってみたい』


と、
申したとか。


両親は、大変だろうが


遠く小豆島にいて旗を振るだけのジジは、



特に大きなエールを送る事は忘れなかった。



わたしも、隣に居る方に、


困っている方に


優しい言葉をかけ、


褒め言葉を言ってあげたい。



三蜜の行

【身口意】


しかり、


私がよく述べている


【布施行】


にしても布施行の中でも


言葉での布施が


1番素晴らしい事と言われる。


物品を戴くよりも、



うわべの親切よりも



まず、優しい言葉をかけて貰いたい。


今日も


【負うた子に教えられて浅瀬を渡る】


孫にお教えを頂いた。



これが私達の真の気持ちではなかろうか?
合掌

小豆島霊場 子安観音寺にて 法要

子安観音寺、

檀家の法要があった。

10月21日

お大師さまの日に、

何百年も続ずく最高の


行事である。

昔は結衆といって


島内に10ヶ寺の結縁の寺院が有って、


その住職たちが


子安観音寺まで舟で、

しかも泊りがけで

おいでになって

嚴修していたようだ。


【 お十夜法要 】


と、言う。


春秋のお彼岸、


お盆と同じ、


ご先祖を供養する法要だ。


檀家の皆さんの


〈 依頼の供養者 〉


のお名前や戒名を


僧侶が大きな声で読みあげる。


檀家の

皆さんは老若男女を問わず、

至心に手を合わせる。


荘厳な行事だ。



いつも思う事だが、


新仏の時は若い方も顔を出し、


神妙に拝んで居るが、


年月を経るごとに


参拝数が減り、


やがてはお年寄り中心のお十夜になる。


オギャーと産み落としてから、


本人が亡くなるまで


自分の子供や孫を気使って


口にするしないは別にして


『我が子、我が孫』


と育て慈しんだご両親が


亡くなって1年経っても


10年経っても


自分の両親は両親である。


(生活が忙しい)


と、言う理由で親に対する感謝も



恩愛も渦れ去っている。


今、思い出してみよう。


あの日、あの時、


父ちゃんは わたしを


ぶって こう言ってくれた。


母ちゃんは、



泣きながら私を抱きしめてくれた。



あの受けた


慈愛の1つ1つを感謝してみよう。



思い出してみよう。


忙しいのは良い。


一年間でたった一日だけ何故



ご両親の私達にして頂いた恩に報おうとは


しないのか!


少し前に申したでしょう。



子供は常にあなたの背中をみて育っていると。



『お父さんもお母さんも、

おじいちゃん、おばあちゃんに、


何の感謝もしてなかった。



私達を可愛がってくれるのは嬉しいが、


それよりも爺ちゃんの供養をしてくれた方が


もっと嬉しい。


引きちぎれるような


子供の叫びが聞こえるようだ。
合掌

何事も切磋琢磨しよう

中日ドラゴンズの落合監督が、

今期を持って

監督を引退するという。


昨夜のニュースで

中日球場での最後の試合とあって、

そのシーンが何本も放映された。


『選手は優勝を目指して、

グランドで戦いつずけます。

皆さんも見守ってください。云々』


落合監督と言えば、


何度も三冠王を取り私達の時代には、


巨人軍の王、長島氏に匹敵する


大スターで有った。


選手を引退した時は、


ジジも胸が締め付けられる様な思いがした。


そして又、今

ユニフォームを脱ごうとして居る。


又、新しい監督が就任する。


方丈記の


( 川の水は流れ流れてとどまる所をしらず…)


ではないが、


世の中は


とどまる所なく流れている。


私達も悠久の昔より、


とどまる所なくなくして現代に


至った。


有機物が出来、


アメーバーが発生し、



恐竜が大道闊歩し、


マンモスが全滅し



私達、哺乳類が出来た。



やがて人類は死に絶え、



私達が思いもしない動植物が、



我が世の春を 謳歌する。



幾ら、威張ってみても、


怒ってみても、


泣いても笑っても



私達が生かさせて頂いて居る


《この世》は、


仏様の目見れば


ほんの一刹那。



瞬きをなさったよりも短い時間だろう。



常に流れている

《時》


から考えても、


私達の


生活において、



未来永劫、


変わらないもの、


同じものは決して無いのです。


野球でみても


長島さんも王さんも


球場をさり、


今度は落合さんまで居なくなると言う。



一刹那しか


太陽を見る事の出来る時間のない


私達は、太陽を見れる間、


それこそ



無我夢中、


一生懸命、



生きなければならない。


やがて 闇に落ちて行く時に


『しまった、
あれもしておけば良かった。


こうして居れば良かったと


地団駄を踏んでも、


既に
時遅しなのです。


落合監督に負けない様に、


せめて 過言を残さない様に、


頑張らなくてはならないと



胸に言い聞かせた ジジであった。
合掌

住職、大観音に 桜を株分けする

住職と住職の恩師で

大観音の境内に桜の木を

300本、株分けをした。

恩師とは

ジジが中学生の時は教頭先生、

住職が小学校の時は校長先生と、

親子二代にわたって

教鞭をとって頂いた方だ。


退職後は丁度、

ジジの住職の時代だったが


長年、子安観音寺の


檀家総代として寺の為に貢献され、


大観音建立にあたっても


絶大なる協力を頂いた方だ。


『大観音を 花の寺にしよう。

その季節、季節にその時々の花で、花盛りにしよう。』

『境内に踏み込んだだけで、

参拝者の皆様が、

心も身体も和やんで帰って貰いたい。

家で会社で一生懸命お働きになって

疲れたとき、

また大観音さまに足を向けて貰いたい』

実際、

恩師は境内に沢山の草花をお植えになって、

私達は春夏秋冬、

知らずして

その

【 徳 】


を受けさせて頂いている。

今回の住職の突然の参加も


恩師の発菩提心に

感銘をうけた為だろう。


また六波羅蜜のお話で、

読んで居る方は面白く無いだろうが、

簡単に書くので読んでね。


私達が住んで居る


此岸の世界より、


仏様が住む

彼岸の世界に渡る為の

6つの

《行》

だと言う事は、

この前に述べた。


最初によく出てくる

【布施】


次に


【持戒じかい】

【忍辱にんにく】

【精進】

【禅定ぜんじょう】

【智慧】

と行は進みますが、

一つ一つはまた、

述べましょう。


さて、

恩師の 行は

【忍辱波羅蜜】


と言いまして花を供える行なのです。

『この人が入って来ただけで、

その場は本当に花が咲いたようだ』

そんな言葉をよく耳にします。


そうなのです。

私達、生きとし生きるもの全ての周りを、

一万本のバラで埋め尽くすのです。


心も身体も、視野に入る全ての場所を。


経本には


【忍辱波羅蜜】

の事を、

( 常に心を和やかにして、耐え忍ぶ心を持つ)

と、お教えになられています。


和やむだけでは駄目なのです。

常に耐え忍ぶ精神力を持たなければ。


最近の子供は

自分に興味の無い事には

耳を傾けず、

何をしても長続きしません。


何はともあれ、

何故、

ジジも参加しなかったのかな?
合掌

何事も続けることが 1番

今日も最高の秋晴れだ。


大観音さま、


開山して17周年になるが、

毎年、

春と秋に1泊2日の行程で信徒の方が


境内の草刈り奉仕に来てくださる。


17年と言えば開山当初、

オギャーと生まれた子供が


今はもう17才。


立派な青年である。

当初は組織も大きく、

100名弱の方が、

押し合いながら


奉仕活動をなさったものだ。


昨今は、

組織も脆弱化しているが

それでも今日、明日と


つぎの月曜日、火曜日と


20人ずつぐらいの方がお見えになる。


ー 美は 荘厳なり ー


塵、一つ落ちていない境内は、

凛として、そして荘厳である。

信徒の皆さんは、

身も
心も、

五感で

見える所のそれぞれも

荘厳にしてゆく

【行】

を率先してなさっている。


布施行の実践だ。


『なんで私だけがこんな大変な目に

会わなければならないのか』

『境内を清掃したところで

もっと汚い場所が一杯有るじゃあないか』

不平不満で奉仕活動をしたのでは


なんにもなりません。


『こうして奉仕させて頂ける のも、

健康であるからだ。

家族が笑顔で送り出してくれるからだ』


感謝の気持ちでなさるのとでは雲泥の差であります。


そしてもう一つ。


六波羅蜜多の中で、


17年、

ずっと続けられているという事は、


口では言えても、


なかなか出来る事ではありません。


忍辱波羅蜜といって耐え忍ぶ

【行】


です。


私達もそうですが、


発想は良いのですが、


長続きしません。


やりっぱなしに

なってしまうのです。


皆さんも送り出して覚えがありませんか?


信徒の皆さんの奉仕作業の後姿をみて、

考えさせられる ジジで有りました。
合掌

色即是空

天高く馬肥ゆる秋

秋、本番秋空だ。


子安観音寺にも

大勢の参拝者がおとずれた。


安産、

子もらい、

子育てのお観音さまとして


ご縁がある子安観音寺


《安産、子貰い》

と共に

《無事成長》

のお願いでごった返す。


このごろでは七五三だろうか?

着飾った、ご家族がめだつ。


大家族の中で

7才のお兄ちゃんと5才の弟さんだろうか?


( 実際は7才かも5才かも分からず)


ジュースの缶を前にして、

大きな声が鳴り響いた。

『お兄ちゃんではない、僕が飲むの! 』

母親の声。

『一本しか無いから、
仕方ないでしょう。
2人で分けてお上がり。』


そりゃそうだ。

ここはお寺。

お茶なら有るがジュースは無い。

『お茶はいらないの! 』


折角出したお茶も、

お気に召さなかったようだ。

さて、どうする。


お兄ちゃんがおもむろに言う。

『良いよ。先に好きなだけ飲み。
お兄ちゃんのだけ少し、
残しておいてよ』

兄の言葉に弟は狂喜した。


缶の中だから、

先に弟がどれだけ飲んだかは知る術も無い。

後で兄にどれだけ残って居たかは

誰にも分からない。



昔、食事は心で味付けしなさい

と、申した事が有る。


と、共に、


旧約聖書の


《1枚のパンで1000人の衆生の飢えを助けた》


の一節を思い出した。



般若心経で言えば、

【不増不減】


である。

世の中、本当に

【 空 】

なのである。


『俺が、俺が!
僕の方が多く。

エッ、それ真半分?
ぼんとう?
お兄ちゃんの方が沢山、

飲んだでしょう?』

そんな飲み方をして居たら、

折角のジュースが台無しだ。


『あ、お兄ちゃん、ありがとう』

感謝の気持ちで頂いたなら、

どんな物でも心から美味しく

頂ける。

《 負うた子に教えられて浅瀬を渡る》


お茶を出して、

お茶を濁したジジは、


大反省をしたのであった。
合掌

子供は 親の背中をみて育つ

50歳前後の兄弟が

お母さんをお連れして参って来られた。


小豆島参拝団体のなかで1番

大きな団体の会長をしていた方の

子供さんたちだ。


『わしが死んでも子供達は、

ずっとお参りさせる 』


子供さんたちを前に

元会長は生前中、

よくそう言っていたものだ。


今日は西宮で税理士をして居る次男と

その近くで看護婦をしておられる次女が

母親を連れて参って来られたのだ。

子安観音四山を参り

お二人はこういわれる。


『 復員してから父は本当によく働いた。


やがて商売をはじめ

(そのお仕事は今、長男が継いでいる)


朝は朝駆け

夜は夜星、


子供の目から見ても

本当に良く働いたとおもう。


その父が毎日のように


仏壇に手を合わし


《仏様はホンマに居られる。

困った時はお前らが、


お父ちゃんやお母ちゃんに頼むように

ようようお願いするんや。


必ず聞いてくれはる。》


そう言って仏壇に手を合わして居る


後姿は今でも思い出される。


言うだけでなく、


父は小豆島に子供達を連れて来て、


お参りの実践をさせた。


島に来ると

お大師さまと共に父が居るような気がする。』


と、回顧する。



お大師さまは


《 南無大師遍照金剛と唱うれば


影の形に随ごうが如く

祈るところとして


応えたまわざるなし 》


と、

お教えになられている。


困っている人が居たら、


この1つの


この身体を幾十万に分けてでも、


その人の所に飛んで行ってを助けてあげるね。


そのように仰られているのである。



小豆島の霊場に参り、


一カ所一カ所のご本尊さまに出会い、


自分で歩き、


自分で拝み、



自分で難行苦行した後、


人の 痛みを分かる人間になりなさい。


そうすれば、きっと


自身が幸せに、


家庭が平穏に、


平凡だが和気藹々とした生活を

送れる事ができる。



『私達、兄弟は父の背中をみて育った。

私達もまた、私達の背中を子供達に見せて


生活しようとおもう。

今日は5人で参ったが、


次からは子供達も一緒に連れて参ります。』


最後に次男はこの様に締めくくった。
合掌

いろはにほへど ちりぬるを…

テレビで


『 秋も深まり、お鍋のシーズンを迎えました 』

と聞きました。


よく考えてみれば、

今年も残す所

二か月半。

一体今年も何をして居たのだろう?


小野小町合掌

《 はなの色は 移りにけりないたずらに わが身よにふるながめせしまに》

の歌を思い出す。

いくら美貌を誇っていても、


やがては我々の顔・身体は、

波の紋を為し、


我が頭は雪の色に変ずる。

(髪の本数の少ない人もいるが)


また川柳に

《世も中に 娘が嫁と花咲いて カカと萎んで(しぼむ) ババと散りゆく》


と、ある。

あのお嬢ちゃん、可愛いで。

小豆島小町や。


こんど嫁いできたあの嫁さんの


あの美しいこと。

うちの息子にも貰いたいようだ。


言っている間にカカになり子育てに励み、


アッと言う間に見るも無残なお婆ちゃんに


なってしまう、


人生の哀れを歌った歌である。



お大師さまも イロハ歌の中で


《 色は匂えど ちりぬるを我がよ誰ぞ常ならん 有為の
奥山けふこえて あさき夢にし えひもせす》

と、お教えになられている。


特に いろは歌は

今の五十和音、

あいうえお かきくけこ…

の大元になって居るのだから、


関係者の1人として鼻が高い。

エッ お大師さまはお前など知らないって?

そんな…


ともあれ、


一年なんかあっという間に来るんだよ。


一生なんか一刹那に通り過ぎて


しまうのだよ。


限りある我が人生、


悔いのない毎日を送りましょう。


悔いのない生涯を


過ごしましょう。


鏡をみて顔のシワばかり伸ばすよりは、


心を磨き心のシワを伸ばそうよ。


そういって居られるのである。

さて、ジジは何を伸ばそうかな?
合掌

生命の大切さ

昨夜からのニュースで

ミャンマーの受刑者、

3500人が解放されて

ア ウン サンスーチンさんが

大変お喜びになったとか。

また逆に、

無抵抗の住人に

無差別乱射して


大勢亡くなったとか。


いろんな事が目に耳に飛び込んでくる。


日本でも年間の自殺者が



二万人を超え

一日平均でも

55名と大きく新聞にも載らず

闇から闇に静かに去っている方が


跡を絶たない。


今日は夫婦で久しぶりに


三宮の神戸市立博物館にいった。


《和ガラスの神髄》

と言うのを


やっていて薩摩切子や、

私達の目を満足させてくれる

ガラス製品は枚挙にいとまない。


その中で

[ 1600年 作 ]

と言うのが目にとまった。


ガラス製品は全く分からないのであるが


『オヤッ 子安観音が誕生して

約100年ぐらい後の作品らしい。


1代を30年とみれば私が16代ですから、

480年。

現住職が17代で510年、

経過している
計算だ。

その当時のお坊さんは結婚してないので、


先代さんは17名しか居ませんが


わたし達のご先祖さんの事を考えてみましょう。


私達にはお父さんとお母さんが居て


そのご縁で私達が誕生します。

その父母はまたそのお父さんお父さんの縁を頂きます。


そう見ますと5代さかのぼれば


32名、10代で 1024名、

私の16代で6万5536人、

20代さかのぼれば

なんとか104万8576人の

ご先祖さんが居られるわけで、


その中の只の1人欠けても

今の私は存在致しません。

なんと私は

わずか20代さかのぼっただけで

100万人以上のご先祖さんの


ご縁を頂いて居るのです。


自分で生きて居るのではない、

生かされて居る私達は

《生命の大切さ 》

を胸に刻み


生命を粗末にしないで

一日一日を大切に生きよう。


そう思いながら

、薩摩切子をみた

ジジであった。
合掌

青い鳥は 私達の近くにいる。

昨日、誕生日を迎えた孫の為に

( ためにと、言うのが少し奢っているかな?反省を)


芦屋まで出てきて、

家族や友人

(友人といっても家族のようなものだが)

も相 集い


パッピーバースディ ツーユーを

歌って真っ暗闇の中で、


本人が火を消した。


暗闇みの中の

顔、顔、顔、

みんな笑顔だ。

孫の誕生日
孫の誕生日2
孫の誕生日3
孫の誕生日1

『 今日は動物園に連れて行ってあげる 』

本人を喜ばしておきながら、

残念ながら


今日は閉館。


大喜びだった孫にとって

散々たる誕生日だった。


お大師さまの

[ 般若心経秘鍵]

というお経の中で

《 それ 佛法 遥かにあらず。

心中にして即ち近し 云々…》

と言う御文がある。


チルチルとミチルはしあわせを


求めて世界中、

探し歩くのだが結局はカナリヤは自宅の庭にいた。



同じ事を言って居るのだが、


お大師さまは もう一つ踏み込んで

『 しあわせは 私達の

心の中にあるのだよ』

と、仰られて居るのである。


少しの事でも大喜びをする人には


青い鳥は、

手の届く我が家の庭にいて、

生きながらにして極楽国土で生活できているし


何をして貰っても不平不満を言い、


感謝もせず、

喜ばない人には、

青い鳥はその人の


心から遠く飛び立ってしまいます。


青い鳥は私達の心の中に居るのだよ。



動物園にも行けず散々たる誕生日を


送った孫は

『わざわざジジ達が小豆島から


来てくれてありがとう。

みんなの中で、

ローソクの火を消させてくれて

ありがとう』


と、大喜びをした。


孫の 身体の中に

青い鳥が飛び込んだのを見たのは

ジジだけだったのだろうか?

盛者必衰 会者定離

岡山の甥夫婦が

『今日は大安吉日で先日、

生まれた娘をまだ

おじちゃん おばちゃんに


見て貰ってないから』

と、3人で来られた。

うちの住職と同い年で

娘も同い年。


なんとも 可愛い。


私の三女の長女が

今日がバースディ。

パパもホリデーで家族で、


三重のアンパンマンに


行っている。


有頂天のメールがはいる。


思えば大きくなったものだ。



私の次女の長女が

ダンスのレッスンの日で

南草津から芦屋まで来ている。

パパが


ボリディーの日は一家で通うというから


大変な“ 行 ” だ。


どうも上手いようだ。



私の長女夫婦も頑張っていて、

結婚したのが今年だから文句は言えないのだが、


早く
孫の顔を見たいものだ。

どの家庭も、

どのパパも、

どの孫も一生懸命、

頑張っている。



その分、じじの影が段々、薄くなる。


召されていく、


ヒタヒタという足音が聞えるようだ。


あと、何回

お正月を迎える事が出来るのであろう?


先日も二年先輩のお葬式が有った。


《盛者必衰 会者定離 》


栄えて居るものは必ず廃り、


会うは別れのはじめ。


生まれた者は


必ず死ぬのである。

自然の摂理でこれだけは

どうしようも無い。


お大師さまも

祕蔵法訳というお経の中で


《生まれ生まれ生まれ生まれて、

その生に暗く、

死に死に死に死んで、

その後に暗し。》

と言われてある。


限りある、

しかも生かされて居る

この生命。

大事に使わなくてはならない。

送らなくては

ならない。

死した後、

子供や孫たちが

『ヘンコツだったが、

言い爺さんだった』

と、言ってくれたら言う事がない。

そう言われるように

一日一日を大切に。


死ぬる直前に

『ああ、言い残す事も、

思い残す事もない。

素晴らしい人生だった』

と思いながら死ねるよう、

今から努力をしなければ。


頑張るぞー。
合掌

『 神様、仏様は 絶対に居られる 』

鳥取の大学受験生が

小豆島大観音に


お写経を 100巻、

奉納なさった。


写経と言う言葉は聞き慣れない言葉だが

【 般若心経 】


と言うお経を書き写す

“ 行”だ。


初心者は

1巻、お写経するだけで

1時間はかかる。


東大を受験なさるとかで

ご自分が
信じている大観音さまに


『どうか 合格させてください』


受験と言う分刻みな時間の中で、


彼女は自分の心の奥底の雄叫びを、


ご本尊さまに向けているのだ。


『この世の中に、神様なんて居るもんかいな。

仏はんいうて居るんやったらみせてーな。』


こんな事をいう若者が増えている。

いや、おっさんも居るなか?


【居る! 絶対に居る…いや、居られる。】



少し前に、クイズ番組で、


全問正解したら 1000万円、


ゲットと言う番組が有った。


皆さんも
1度ぐらいは ご覧になった事が有るだろう。


過去には、恋人選びの番組があった。


それがどうだろう。


老若男女を問わず、


『 神、仏なんかなこの世の中に居るものか!』と、


豪語していたその方が、


1000万円を前に手を合わせて一生懸命、


拝んで居る。


恋人候補者を前にして


ハエの様に手をすり合わせて居る。


いやいや、気持は分かりますよ。


人間、切羽詰まったとき、


自分自身を晒け出しているのです。


自分の信仰した人に自分の雄叫びを晒け出して居るのです。



戦地にいかれた兵隊の

『おかあさーん』


スポーツ選手の試合前の十字架。


父も母も夫も妻も

キリストもアラーも私達に取って


、ご本尊なのです。


神や仏は絶対に居る。



そしてその少女は大観音さまに


『お父ちゃん、お願い! おかあちゃん、助けて!』



ぬかずいて縋っているのだ。


ただただ一心に。


( 任せといて。

気持はよくわかった。


及ばずながらジジも、

毎日、毎日一生懸命拝んで、


一緒にご本尊さんに

お願いしたる)


頑張んなされ 受験生!


明日は晴れるよ。
合掌

健康でしあわせ程、尊いものはない

子安観音、三山で

お布施を頂いた。

私も勿論会ってないし、

初めて聞く名前なので

尋ねてみると山の僧侶達も、

『知らない、初めて見る顔だ』

とか。

小豆島八十八ケ所の寺院にて

何処かでお供をして帰ろうと島に来たが、


子安三山は
お掃除も行き届いており、

また僧侶の唱えてくれるお経の有難かった事。


『思わず出してしまった。』


そうなのである。



ー シンは 荘厳にありー


身も心も、

寺も境内も、

家庭も、


私達の心も荘厳でなければならない。



荘厳であれば有る程、

有難い。


落ちつき、


清らかな心になる。


子安三山は有難い。


それを僧侶達に言い続けてきたジジに取って、

何と嬉しかったことか!



『なにか 大変なお願いでもなさったのかな? 』


と申すと


『とんでもない。

健康でしあわせな


日暮らしが出来ますように』

ただ、それだけでした。



『実は私も聞いたのです。


大病ですか?


商売繁盛ですか? と。』


『 逆に叱られました。


《人生で健康で、しあわせ》


これに勝るお願いなんか有るかいな と。』



恥ずかしさで、真っ赤な顔をした ジジであった。



そのお方は、

菩提心を起して島巡拝し、


既に 菩薩の境地に達しておられるのだ。



ジジも寺で生活をしながら、

恥ずかしい。


その方の、


爪の垢でも煎じて飲まなければ。
合掌

真の 友人とは ?

天高く馬肥ゆる秋

孫の幼稚園も今日は運動会だったようだ。

母親から

『 一等賞だった』


と、連絡が入った。


真に おめでとう。


流石にじじの孫である。



最近、子供達の 間で


『わたしの友達が…云々』


と、言う文言をよく耳にする。



自身の事として振り返って考える。


寺に帰った‘ 桃園の誓い ”

も含めて保育園から大学



卒業まで 色んな


“ 友達 ” が相集まり、


散じていった。


兄弟、友達といって肩を抱き合い、


街をのし歩いた、

あの

“ 友達 ”


は一体、何で、

何処にいってしまったのだろう。


この歳になり、


【 友人 】


と呼べる人は


残念ながら非常に少ない。


不覚の致すところ
だろうが、


もしわたしが冥土に行った時、


遺族は別して


( いや、遺族も分からん 笑 )



遺体を前に、


位牌を前に、


一体、何人の人が自分の事として


泣いてくれるのだろう?



あ…また こだわってしまった。


何人、葬式に来てくれようが良かったのだ。



何の代償も考えないで世の為、


人の為に尽くす事を


【布施】


と言い、


その善行をお観音さまの


【慈悲】


であり



【智慧】



である事は、



再々 述べて来たが、



でも実際
相手の心の中に入り、



相手の身体の中に入り、



相手の気持になり切った時、


相手もそれを感じ、


切っても切れない、



真の友情が芽生えるのではないだろうか?



仏様と私達の間にこんな事が有る。


【入我我入】



われ 仏の心中に入り、



仏またわれの心中に入る。



我ら一体なり、と。



友達が、友達が…。



折角の友達、


言うだけでなく、



真の友人をゲットしよう!



ジジも 頑張るぞー。
合掌

お観音様の心は [ 赦す心 ]

新聞の社説にこの様な記事があった。


1970年後半の


旧ポル、ポト政権による大量虐殺を経験した

カンボジアはいまだ


復興、民主化の途上にある、

と。



750万人んの総人口のうち150万人以上。


国民5人のうち1人は虐殺されたといいます。


父母、兄弟姉妹、一族郎党…。


何が善で何が悪か、


何が正義で何が不正義なのか。


当事者で無ければあの状況は理解出来ない。

100歩譲っても絶対に許す事は出来ない。


あ… 坊さんの言う事ではないか。


そんなカンボジアに新しい変化が起きてきて居るらしい。


最初は感情の縺れも有った
だろうが、

お互いの方々が30年以上も共存共栄し、


喜怒哀楽を共にし、

日々の暮らしの中で、


人間関係を積み重ねる事によって、

縺れを解消して居るのだ。


悲劇的な歴史の犠牲者として
でなく、


それを乗り越えた人間の逞しさこそ、


素晴らしい観音の心であると結んで居る。



以前、師僧である塩田僧正がおっしゃた言葉を思い出した。


『恩讐の彼方に!人と生まれて
人間は許し合わなければならない。

でなければいつまで経っても、

喧嘩は絶えない。

中近東のように。

アフリカのように。…』



お観音さまの慈悲の心は、


怒り合う心でも、いがみ合う心でもない。

お互いが

お互いを拝み合う心なのだ。

そうだね。


もう一度、

初心に返って、

わたしも努力をしてみよう。


カンボジアの
人達のように。


じじ
合掌

北海道からご供養に

大観音にて、

ご法事があり住職共々

3人の僧侶で懇ろに供養した。


北海道、名古屋、大阪の方、全員で5人で。

聞くと北海道の夫婦が

子安観音の13代住職の

縁者の方だった。

大きな 牧場を経営なさって居て

小豆島には

なかなかお参りする時間も


ゆとりも無い。

『今日は本当に良い日だ。

叔父叔母も喜んでくれて居るだろう』

と涙ぐんだ。


私も胸が熱くなりながら

『私が死んで50年以上経って、

誰か 私の墓で手を合わせてくれる

人は居るだろうか?』


と考えた。


昨今の葬式は大ホールから家族葬に。


これは良い。


驚くのはお葬式もあげないで


病院から


直接、斎場に、


と言うのもあるという。

ご法事にしても

渋々、


葬式はあげたものの、


『ご法事は 遠慮させて頂きます』


だって。


産まれ落ちて今日まで


《我が子一筋》

こよなく育て上げてくてた

両親、祖父、祖母への

恩愛の気持は一体、


何処に行ったのだ。


因果応報、


そういう人は生きながらにして、



自身の子供、孫たちから


『お父さん、

お母さんだってじいちゃん、

ばあちゃんに辛く当たってたじゃあないか。

お葬式もあげないで』


その方がした行為と同じ事をされる訳です。



『叔父、叔母も喜んでくれるだろう』


とても良い言葉です。


きっと13代住職夫妻も、


後々の人が、


いつ迄も手を合わせるような、

そんな善行を


尽くしたのでしょうね。


わたしもマネをしよう。

勉強しよう。

修行しよう。



大徳のある先代のように。
合掌

先天性四肢欠損症に負けないで

お昼の食事の時にテレビのスイッチを付けた。

1人の女性が映った。

なんと その女性は手足が無いのだ。

後で

女性の名前は佐野有美さん、

22才と分かった。

美人だしその上、

明るく利発なだけに衝撃は大きかった。


生まれ落ちたその時から

【先天性四肢欠損症】


と認定され

ご両親も

『自殺も考えた』

そうだ。

当然だろう。

本人が

『私と他の人とは違う』

と感じたのは幼稚園ぐらいで、

それから22才の

今に至るまで

本人は元よりご家族揃っての

苦難の連続が待ち受けて居た。


私だったら、

引きこもり

自身を人目にさらす事を躊躇しただろう。


しかし

彼女は公立の


小学校に通い、


どうどうと明るく振舞い、


一般の生徒と差別なく同等の教育を受けた。


今は花が開き一流音楽家を目指して居るらしい。


昼食を頂きながら誰も、

声が出なかった。

突然、
家内が

『私達は 幸せ過ぎるぐらい
幸せものやな』

と、ポツリと申した。


家族全員が五体が満足で、

曲がりなりにも生活させて
頂いている。』


こんなに幸せな日暮らしをさせて頂いて居るのに、

どんな不平不満があるのだ。

私達は、自分で生きて居るのではない。


仏様に生かされて

生活をさせて頂いて居るのだ。


1人1人がしっかりと手を握り合い、


佐野有美さんに負けないような、


強い人間になり



愉しい日々を送りたいものだ。



最後に 佐野有美さん 頑張れ !


じじ
合掌

離合集散 世のならい

寺内でも、

先輩が去っていって

新発意が去っていく。


私が帰ってきた時も、

勿論 そうだった。

たまたま 寺内で小川おないどしが3人、
集まった。

『三ツ矢といってニ矢よりも強い。

此処に3人集まったのも、

何かの因縁だから

死ぬまで頑張ろうな。』

桃園の誓いをしたその年に、

三ツ矢はバラバラになり、

その消息
さえもしれず。

『ああ、あの時にあの人の為にああしてあげれば良かった。』

『こうして
あげて居たら、あの人はどんなに喜んだだろう。』

還暦もとっくに越し、

今になって 人の

痛みが少しでも分かるようになった。

が、

生涯を通して1番ショックだったのが

《桃園の誓い》一年未満 崩壊だった。


離合集散は仕方が無い。

ただ

辞め方、

その後の対処の仕方が1番大事。


辞めてから余り交信のない方。

我が家の様に、

友人と共に帰ってこられる方。


千差万別ですが、

辞め方、

辞めてからの対処の仕方が、


何よりも重要だなと感じさせられる

今日この頃です。


今年ではこんな事がありました。


キウリ加持祈祷の時です。(山之観音)


わずか2週間ぐらいの時ですが


猫の手を借りたいほど忙しい。


そんな時に、

昨年、縁あって長野県、諏訪市に後住に入った
方が、


『キウリ加持は忙しいでしょう』

と檀務を老僧に任せて2週間、

手伝いにきてくれた。


『ああっ! お観音さんやな』


慈悲の心、

彼は本物のお観音さまでした。


色んな事があって、

その人と別れた時、

別れたその後の対応が如何に大切か、

お観音は

《 智慧 》


もってお教えをして下さっております。


勿論、


私もその努力はしようと思っているのは、


言うまでもありません。
合掌

お大師さまの教え 【中道を歩きましょう】

今日の新聞に
[ 石川 遼、五大会ぶりに賞金トップ陥落 ]

という文字が飛び込んで来た。


東日本大地震、被災者に対し

『今年の私の全賞金を 被災者の方に使って頂きます』


彼は誰よりも 一番に手を上げた。

人間的に尊敬もし技術的にも期待して居ただけに
なんとも残念な気がした。


先日のスポーツニュースでは

[ 大リーグ、マリナーズ :イチロー選手ついに11年間、
200本安打、達成成らず ]

とあった。

10年間続けてきた連続200本安打が途切れた
のだ。


スポーツキャスターだったか、アナウンサーだったか

『それでも、イチロー 清々しい顔を
して居ます』

と解説した。


でもこれで本人は〈 一区切り、ついたな〉と感じたのだろう。


10年間、記録を達成し、

『また今年も、また今年も』

と、記録におわれ馬車馬の様に

頑張って居たのが、

記録から開放され重圧から解き放され、

残念だった悔しさよりも


今、やっと心の底からホッとしているのだろう。


お大師さまのお教えの中に


【中道をすすみましょう。】

出過ぎてもいかず、

遅れてもいけない、

と言うお言葉がある。

まさに石川選手にしても イチロー選手にしても

『お疲れさん』

一休みしてから、


またエンジン全快で頑張りなさいよと


言われているのだろう。



心の重圧感をリセットして、また来季から頑張って欲しいですね。


私達のためにもー。
合掌

500延命常楽観音 法要

大観音にて500観音の法要があり、

私と泰道住職の師僧で有る塩田僧正のご臨席も賜り


大勢の檀主さん出席で荘厳華麗に厳修された。


500羅漢という言葉が有るが、

私達が生活をして居るこの世にて色んな方が、

日々、


喜怒哀楽、喜んだり悲しんだりしている。

隣のかたの傷みが分かり合いますようにと


500羅漢霊場が創られた。


お観音さまも羅漢さんと同じ、


この衆生にて私達とともに
喜び悲しんでくれる。

そんな道場を大観音に参拝に来られた

すべての皆さんに体験して


貰いたい。


その様な気持で500人の檀主さんに声をかけて


完成した曼陀羅霊場が出来たの
です。



高野山にお参りをしますと


本山の大柱の両サイドに

【 相互供養 】

【 相互礼拝 】

という





文字が掛っています。


簡単に説明すると今も申し上げたとおり、


お互いがお互いを

供養しましょう、

お互いがお互いを礼拝しあいましょう、

とお教えになっているのです。



私達も、人の痛みが分かる人間になり、


〈身口意〉三密の行といいますが


私達の心と
口と身体での実行によって、


人に喜びを与える人間にならねばなりません。



『お観音の教えは智慧と慈悲。

それが実践で来たあなた方は、
既に、観音菩薩の境地に
立っている。

あなた自身が既にお観音なのですよ』


そんなお話をした。


法要でした。
合掌

朗報です !

今日、10月 1日、

西宮に住む孫が

来年の幼稚園入園を巡っての抽選があり、

2つ受けて
2つとも駄目だったようです。


私達の場合は川で芋を洗うように全員合格でしたが


今の子供達は本当にかわいそうです。

パパから相重なって2つのメールが来ました。

【第一志望の幼稚園は本人がクジをひいて
残念だったようです】

つずいて

【 朗報です !
私が第二志望の幼稚園のクジをひいて、
今年度
は入園出来ないけれど、

来年優先して入園出来る切符をゲットしました。

本人は勿論、
家族の頑張りがむくわれました。】

と、届きました。


【 ありゃ、残念! 】
と書きかけ慌てて消しました。


私達は、限りない欲望を持っている。


その欲望が満たされなかったら、


不平不満が出て

生きながらにして奈落の底に落ちていく。


欲望が叶ったなら、

新たな次の欲望が芽生えてくる。


《 小欲知足 》足るを知れ。


孫の幼稚園入園の話では、

受験した人 みんなが入りたい。


1人1人が 全員、入園したい。


良かったではないか。

どちらも入れない園児さんも沢山居る。


その中で 今年度は入園


出来ないが、来年度は出来るパスポートを手にして居る。


それだけでも良かったでは
ないか。

《 朗報です! 》

良い言葉です。


パパは素晴らしい、心の持ち主でした。


あとで、パパに聞くとなんと、


ラッキーナンバーは《 7 》だったそうです。
合掌
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