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【 般若心経 : こだわらない心 】

般若心経を語るにあって また( 故 )奈良 薬師寺 、高田好胤 管長猊下を思い出す。
【かたよらない心】【とらわれない心】【こだわらない心】
『これが 般若心経【空】の心なり 』
同じことばかり書くが あの 和かなお顔が どうしても脳裏から離れない。
管長猊下を思い出しながら 2 ~ 3日、勉強してきた【空】の たとえ話をしよう。
高僧が 多勢の弟子を連れて 行脚して居ると 河岸で 1人の女性と出会った。
般若心経の【空】では、女性に《美醜 》も《老若 》の概念も無いのだが お話だから
それは それは 見目麗しい女性という事にしておこう。
女性は 向こう岸 ( 対岸 )まで渡りたくて 難儀していた。
船も 橋もなく 他に 頼む人もなかった。
『私を 抱いて 向こう岸まで渡してください』女性は懇願する。
『おお よしよし 』 高僧は にこやかに 女性を抱きあげ 対岸まで渡した。
弟子が 高僧に言う。
『先生、なぜ女性を 抱いたりしたのですか? 』
『そうです。わたしも 疑問に思っていました。あの程度なら女犯とまでは
言えないでしょうが 女性を抱くと言う行為は 慎むべきです』
あれこれ思っていたのだろう。弟子たちが 堰を切ったように 高僧に 意見をする。
その 弟子たちの 意見を 一笑にふした。
『な~んだ。お前たちは まだ 女性を 抱いていたのか。
わたしは とっくの昔に 向こう岸に女性を 降ろしてきたぞ』
そうなのです。
【こだわっていた】のは 弟子たちの方で 高僧はすでに 【拘り】を捨てていた。
僧侶の前に【女性】なんか いやしない。【美醜】も【老若】も全てが【 空 】なのである。
【色即是空】【空即是色】
そして、こだわれば こだわるだけ、執着すればするほど 我々は苦しく しんどい。
さあ 執着をすて 荷物をおろし 自由になろう!
軽やかに はずもう !
春の 息吹のように。

合掌




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【人間は 常に 持ちつ持たれつ 】

家内と 2人で 奈良 東大寺に行った。
用事が終って とんぼ返りで電車に乗り 奈良 滞在時間は2時間 有る無しだった。
ジジは ( ゲーム)で囲碁に興じたり クイズを解いて電車の中の退屈な時間を過ごす。
クイズを解いていたが 、どうしても解答が出ない時は カンニングをして携帯電話にて
正解を求める。周りを見渡すと 誰も座って居ない。この時とばかり携帯電話を開いた所に
車掌さんが来た。
こっぴどく叱られたジジは 頭を掻きながら『すみませんでした』と。
横にいた家内が 『いつも 偉いわね』と、言う。
悪いのは分かっていても、素直に謝れない人が 多い。
隣人に 迷惑をかけないことが 人間としてなさねばならないことで、それを【智慧】と
いい 八正道から言えば【正行】に当たる。
ジジは明らかに 【正行】から 逸脱した行為をしていたのだ。
それは そうと都会は難しいね。
小豆島では 《機械にて》毎日 歩いている。寺の中だから 仕事が終って 夜中でも
可能だし 人目も気にしなくても良い。
嬉しい事に 最近、家内が 芦屋用にと チープな 歩く機械を買ってくれた。
喜び勇んで 歩いたのだが、よく考えると、ここは一軒家ではない。
この部屋の上下には 大勢の方が同居しているのだ。
あくる日 管理人さんが 『下の方から クレームがあった』と。
『え~ 私が 歩くのは 一日になり30分 ( 安物だから 30分 歩いたら止まるのだ)
しかも こちらに出てきた時だけ、一カ月に 5日か やま 一週間ですよ』ジジがいう。
歩く機械を 歩かれた方は 分かるだろうが 実際 歩いても そう怒るほど問題はないと思う。
しかも 僅かな時間で、僅かな日にち。
『我慢できないのでしょうかね~。ちょっと 上がって試してみてください』
『いや、歩く機械でしょう? 下の方もそうじゃあ ないかと言っていました。
わたしも 問題ないと 思うのですが、住人が言われましたので 取り敢えず……』
『迷惑をかけると いけないけど、人間、持ちつ持たれつですよ。
我慢できる事は 我慢しなくては いけません』
『そうですよね。持ちつ持たれつですよね』と、管理人さん。
ありゃ! どちらが 起こってきたのやら ?

【 孫に 教えられた ジジ 】

孫の 発表会で 孫達も 揃った。
住職 一家を小豆島に残し、
ジジは 孫のダンスに酔い浸った。

と、同い歳の孫同士が
何か問題が有ったのか ケンカを始めた。

ジジのように多勢の子供をもったら
いつも見る光景だが。

暫く 見ていたジジが
我慢しきれなくなって
『 喧嘩は やめなさい 』と声を出した。

その声が 効果が有ったのか、
ちょうど 辞める時期だったのか
喧嘩は 治まった。

後、ジジは 一人 モンモンとしていた。
( 大きな声を出しては居ないのだが)

『言い過ぎたかな? 』
『孫は どう 思っているだろう? 』
『ジジの 人物像が変わるかな? 』
1人、こだわりの 大反省の ジジであった。

その時だ。

『ジジ、みんなで 一緒に遊ぼうー』孫の声だ。

なんの 囚われも、拘りも、偏りも何もない。
天使のような声だ。

奈良 薬師寺の (故) 高田好胤 管長猊下の
お言葉が思い出される。
【 とらわれない 心 】
【こだわらない心 】
【かたよらない心】


私たちが 人生を送るに連れて
してはならない【三毒】が有るが
管長猊下 仰る

三つの 【してはならない心】
これが必要だね。

ジジ 一人がこだわって居たんだね。
囚われれば、拘れば、偏れば 心が苦しくなる。

みんなも この三点は しないように頑張ろうね。
合掌

【孫 ミュージカルの発表会 】

愈々 楽しみにしていた ミュージカルの発表会が あった。
【 l feel spring ! 】
《 春の足音が聞こえてくる》と言う 題名らしい。

孫が出演したのが
《ミュージカル キャッツ のスキンブル シャンクス》 。

【劇団四季】のレギュラーの方達も大勢
出演していて 孫たちの発表よりも
そっちの方に 興味が集中して
満席の観客の心を魅了していた。

名簿を見てみると 120~130人 ( 確かではない )
ぐらいのメンバーで
保育園生、幼稚園生の (幼児科)、小学生の( 児童科) 、
中学生の ( 予科)、中学生以上の ( 本科)、
愈々 プロの道の ( 研究科) に分かれているようだ。

その全員が 【劇団四季】入りを目指している。
今年は 児童科で 6名が
【サウンド オブ ミュウジック】のメンバーに抜擢されたり
この頂点の人が 【劇団四季】に入った。

それは それは 前途多難。
狭い狭い門である。

ジジは思う。

先ず 諦めないで 続けよ。
これは 光るね。
六波羅蜜で言えば【忍辱】の行である。

そして、ジジは再び思う。
空海は『出すぎたら いかん』『引っ込み思案も いかん』

【 中道を進め 』と言われている。
もし、孫が 栄冠を手に入れるのも良いだろう。

涙を飲むのも良いだろう。
ただ、諦めないで 前に前に 進んで欲しいね。

ミュージカルだけでなく、
これから 遠い長い 人生も。
それを 邁進して欲しい。
今日の 孫の
ダンス ( ダンスと言うのかな? ) は 素晴しかったよ。

おめでとう!

ジジ




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【胸が締め付けられる 想いとは 】

これ 何に見えますか?




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いや、《見る》と言うのを
《観る》に変えようかな。( 意味の内容は 後日)

今日 5才の孫の ミュージカルの【発表会】が有り
有縁の者が集まった。

勿論、ジジ夫婦も喜び勇んで参集した人の 1人だった。

仕事のスケジュールが合わなかったり
病気なんかで来れなかった人達の事を考えると、
ジジはなんと 幸せな星の下に生まれてきたのだろうと思う。

孫たちも 集まって
大きな円を画いて遊んでいたが
ジジの顔を見ると飛びついてきた。

遊びを中断して それぞれが手を引いて
部屋の中に引入した。

そこには 椅子用のマクラが置いてあった。
ゴミのようなものが一杯 貼られている。



『はて? 』と思って凝視すると
『これは みんなでジジの お顔をつくった』との事。


マクラにゴミが付いているのかと 思ったら
それはジジの顔だった。

トレードマークの
佛さんの《白毫 :びゃくごう》のような物も
ついてある。


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『ジジが 元気に長生きできるように
みんなで お手紙も書いたよ』

それぞれが ジジに激励の手紙を書いている。

【おもわず 胸が締め付けられるような 思いがした】

これを【恩愛】と言うのだね。

慈しみ。
親子、兄弟、友人間などの愛や恩にひかれる
【絆】の事だ。

ジジは反対に 孫たちから 【恩愛】や【慈眼】を頂いた。

孫たちには 慈悲のこころを持って人に接し

優しい心の持った人間に成長して欲しいね。
合掌

【 般若心経の 《 色 》と《空》続き

サンスクリット語

【 空 】シューニャター 何もない状態。あるいは ゼロ。
【 色 】ルーパー 形あるものの 物質的 現象。

【 空 】と 【 色 】が
実は同じのもであると《色受想行識》を使い
例え話をしよう。

● ジジが 居た。ジジの肉体は 【 色 】だ。ここまでは 分かるね。

●ジジにとって何か変化が起ると 何かを感受する。
ルンルンで歩いて居ると、走ってきたクルマに水を掛けられた。【受】である。

●感じたものに対して 心が動く。 快感は 喜びに 。苦痛は怒りの 想念となる。
ジジは 【ムッ】としながら 水を掛けたクルマを見る。これが【想 】だ。

●ここで 想念は 行動を起こす。
ジジは 『こら~ 誰だ ! ジジに水を掛けたのは。謝れ ! 』と文句をいう。【行 】だ。
ここで 喜びは《愛》に 怒りは《憎悪》に変化する。ジジの場合、憎悪だね。

●そして これらの体験の中から始まる 知識や観念や判断する意識が生まれる。
これを【 識 】と言う。
『いやいや、水を掛けようと思って かけたのではない。黙っておこう』
ジジは 《 理性 》とも思う。

この様に 全ての物が 現れては どんどん変化して行く。
《色》を土台とした《色受想行識》の【五蘊】も
快楽と苦という 心の変化で 色んな形を作っていく。

その心 全ての 根源が 【 空 】なのである。

ありゃ! おかしいな。
【空】だけの しかも説明で ページが終わってしまった。

続きは またいつか 書くね。

ごめん ごめん。
合掌

【 般若心経 の 《 色 》と 《 空 》】

今日は 《 色 》《 空 》を 勉強してみようね。

あ…( いろ) と (そら )では ないよ。

『なあ シャリシよ』

心経は 物体のない観音さん(空)が
物体のある シャリシ(色)に
話かけるのから 始まるね。

実体の有る無しの《しき》と《くう》が実は
別々のものでは無い、
同じのもなんだよと今から 噛んで砕いて 話そうね。

我々が住まわせて頂いている地球は
(1) 太陽が当たっている場所 と
(2)当たってない所が
ある事は知っているね。

当たって無い所は
真っ暗で な~にも見えない。
即ち【空】だ。

だが、ぐるりと一回転をして
陽がさしてくると
其処に 様々な風景が現れる。
【色】だ。

しかし 太陽が当たろうが当たらまいが
地球そのものには 変わりない。

全てのものが 【空】によって成り立っている。

難しいかな~。

もっと簡単に行こう。
【空】は私たちの 目に見えるもので
【色】は精神的作用である。
ジェントルマン。
生物的に オス、メスに分けると 【オス】だね。

仕事に 没頭している時は、
オス メス 関係なしの状態になり
即ち【空】である。

ところが、そこに 麗しい貴婦人が現れると
ジェントルマンの 【 オス】が目覚めて
【空】は【色】に一転する。

しかし、【空】のジェントルマンも
【色】のジェントルマンも
ジェントルマンにはかわりがない。

エッ 『それが どうしたの? 』

と言われそうなので、

いつの日か 続きを話そうね。
合掌

《 人の喜びが 即ち 自分の喜び 》

今日も いろんな方々に 助けられた。
彼岸の中日も終り これから 一雨 ひと雨 待ちに まった春がちかずいてきます。
梅の花が 咲き誇り あちこちでウグイスがいい喉を自慢する。
小川では 魚が思いっきり 水面を跳ね上がり 木は新芽を吹き 春の息吹が感じられます。
寺では 今日も色んな方々に支えられ そして世話になった。
子安観音寺の 次期総代が 卵を持って来てくれた。今夜、総代会があり新旧入れ替わる。
『全部 今日 産んだところだから美味しいよ。早いうちに、おあがり』
前回の ブログで紹介した 友人たちは、1人は住職代理で 島外で寺の仕事をし、
もう1人の友人は 芝桜植樹を とうとう4日間 寺に泊まり込みで手伝い、
やっと開放され 今日のフェリーでお帰りになった。
大観音は 再来年に向かって《お衣替え》と称してお化粧直しが あるが、
それにあわせ 大観音奉賛会の事務局の皆さんは 火の車だ。
《人は 人と支え合い 支えられて生きている 》
難しく言えば《相互供養》《相互礼拝》だが、おれが おれがと胸を張っても
1人では生きていけないものである。
経の中に 【 四無量心 :しむりょうしん】というのが有り わたしたちが成さねばならぬ
《慈》《悲》《喜》《捨》を説いている。
慈悲は 何度か書いたね。また、皆さんが忘れた頃には書こうね。
《喜》自分の喜びを1人で満足するのでなく 多勢の人と 分かち合う心。
《捨》自分は犠牲になっても、人の喜びと 幸せを守ろうとする心。
今日のボランティアの方々は ジジにとっては 仏で有り、本人は既に 菩薩の境地に
住しているし その心は慈悲あふれる 観音そのものである。
難しい事を言うと また『もう 読まないよ~』病がはじまるので、筆を置きます。
合掌


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【 3月 21日は 空海 御入定の日 】

空海は今を去ること約1200年前、
承和2年 3月21日 高野山の奥之院にて
ご入定になり 桜の開花が話題になりはじめた21日、
真言宗の寺院だけでなく
お大師さまを祭祀している
寺やお堂では 多勢の大師信者が
お参りをした。
正式には 【 正御影供 】と言い
ご尊像の前で供養の大法要が行われる。
また、これを【報恩日】と言う。

高野山の 御影堂には
真如親王が空海入定 直前に
大師の御姿を描いた軸が有るが
今の 私たちが目にする
空海の《 お軸 》は この掛け軸なので有る。

約 10年目に一度ある【 学修灌頂 】を受けるものだけが
それも生涯に一度、
御影堂にて 真夜中 ご尊影に会うことが出来るのだが、
ジジも昭和64年だったかな~
風呂に入り 下着から足袋まで
新品にかえ マスク、手袋で 栄誉に欲した事がある。
仏 菩薩は 高い所から
我々 衆生を済度してくれるが
空海は 生きたまま《 生身 》
私たちと 同じ 此岸の世界で、娑婆で
苦しんでいる私たちを救って下さっている。
《虚空つき 衆生つき 涅槃なば 我が願も尽きん》
『苦しんでいる人が
この世に1人も居なくなるまで
衆生の中で一緒に苦しもう』と
ご請願をたてられた。
『南無大師遍照金剛 』
と唱うれば 影の形に随うがごとく
祈るところとして 答えたまわざるなし。
私たちの《 おやじ 》である空海は
『おとうさん』と呼んだら いつも隣に居るのだ。
正御影を迎え もう一度 呼びかけよう。
『 おとうさん……』
合掌

http://www.facebook.com/pages/小豆島大観音/283115348429025

【小豆島大観音に 芝桜 植樹 】No.2

昨日、一昨日に 引きつずいて、芝桜を植えた。
2月の末からの 約一ヶ月ぶりの 晴天 春爛漫の 今日【芝桜】の植樹が行われた。
昨日の ブログにも載せたように 今回は4000本の 植樹で 住職が 何人かで植えてみて
『この人数では とてもじゃあないが無理だ』と言うことになり 4山より 僧侶、職員、
全員出仕 総掛かりでの植樹になったのだ。
寺にポツンと残されたのは 留守部隊長の ジジであった。
全山を芝桜で 埋め尽くすには 何万本か必要で 気の遠くなるような時間と空間と
本数だが【始めの一歩】大切な 第一歩を踏みだした。
それらが参拝者の目を引き、心身ともに活性し リフレッシュしてお帰りになるだろう。
【 真は 荘厳にあり 】
《 正見 》《正思唯》《正言 》…
八正道の実践でも まずは 身も 心も清浄にしなければならない。
清浄から始まって 清浄に終るのである。
お家や 部屋 、トイレ、 足の踏み場がない程 雑然とし汚なくしていると居ると
その人自体が自己中心的で ルーズにみえる。
逆に 古いながらも 掃除が行き届き 花壇も美しく咲きほこり、床の間には 美しい花が
一輪 挿してある。窓は開け放たれて カーテンが春風にそよぐ…。
極楽浄土ですね。
そう言う人は 常に 《慈悲の心》を持ち 《人の痛み》の分かる人に違いない。
和気藹々とした 家族構成で 素晴らしい生活を送っていることだろう。
寺の本堂も 皆さんのお家も 同じことです。
《 アッ ジジも 本堂のお掃除 してこよっと ! 》
合掌


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【 大観音にて 芝桜 植樹 】

昨日と 今日とで 芝桜を植えた。

参拝になられた方々に 目で楽しみ、
心で 和んで貰おうと

昨年より だだっ広い境内に
【 芝桜 】を植樹を始めた。

昨日は 除草シートを張り
今日から見降ろした本格的な植樹が始まる。

前回は 2回に分けて 2500本 植え、
今回は4000本と 境内が広いだけに最終目標
全山【 芝桜の山】にするには
気の遠くなるような作業だ。

住職や 大観音職員の他に
先日 ブログで紹介した、
会社の元 管理職 2人も加わって
大掛かりな植樹祭となった。

『お彼岸で 墓参りに
小豆島に帰ってきたのに、えらい墓参りになった』

作業をしながら つい愚痴をこぼす。

ジジが ブログでも何度も 触れた
【お彼岸と 六波羅蜜 】

それに付随して【 布施 】を 話をした。

みんなは この話、
耳にタコができるくらい 聞いているよね。

【布施】も色んな布施があって
お金でする布施もあれば、
心でする布施もある。

今回は 身体で 作業する
【ボランティア 】の布施行 をして貰った。

ちょうど お彼岸であり、
友人たちは墓参りに帰っているのであり
【布施行】は 先祖の供養に 最適である。

『えっ ! 御託はいいから 早く 手伝えって ? 』
合掌



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【 いつでも 夢を 】

競馬が あった。

ジジは 競馬はやったことが無いので
どの馬が勝ったか 負けたかは知る所以もない。

『もし 勝ったら わたし1人で
本堂再建の為の 寄付をするのにな~』

檀家総代が 寺に来られ
大好きな競馬の話の中の 《 一句 》だ。

寺は 過去 三度の火災に会いに、
檀家や信者の皆さんの浄財によって 三回 建立された。

今でこそ コンクリートでも火災に会うと
ボロボロになるという事が 分かってきたが

先代は《 二度と再び 火災を起こさぬように 》と
コンクリートの本堂が出来上がった。

所が それも老朽化し 雨漏りも ひどくなって来たので
ジジの時代に《本堂再建》の話が
浮上した。

バブルが弾け、参拝は減少し
取り敢えずは ご破算になって 現住職に引き継いだ。

『本堂だけ 建立しよう』
『いや、庫裡が先だ ! 』
『両方 一緒にはどうだ ? 』
『いや まだ早い。
最期の最期まで 今の本堂で頑張ってみたら どうか 』

定まらない。

本堂再建と言う事でなく
《寺の維持費 》と言う事で
僅かずつ 集めることになった。

それでも 皆さんに負担がかかる。
その負担を 《皆に迷惑かけずに、わたし 1人
一建立で本堂再建 しますよ》と、なったわけである。

所が この話、初めてでは無いのだ。
競馬が 始まると いつもそう 仰るが 只の一度も
実現したことは 無いのだ。

《大きな 夢を持ち 希望を持つ 》

総代のように 本堂再建の夢を持つのも 良いだろう。

病気が 快癒する様に 希望を持つのも良いだろう。

ところが、その夢が 《 欲望》になったら 駄目である。

その欲望が《執着》になり
それが成就しないと悲しみ 苦しみに変わる。

《欲》を《無欲 》に努力するのが
しあわせを掴む 第一歩なのだ。

《小欲知足 : しょうよくちそく》
【 足るを知る】

それが 最高の幸せではなかろうか ?

【 小豆島大観音にて 春彼会 厳修 】

春の彼岸会を 大観音で行った。
春秋 2度、彼岸会を行い お預かりしている
仏壇、位牌、勧請なさった本尊等を
お参りになった子安観音寺 檀家、小豆島 島民、信者 遍路の皆さんで拝んだ。


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ジジは 彼岸がきたら 毎年 毎回 思い出すことがある。

高野山で 【本山布教師 】を置き、
管長猊下の お代理等で 各地にお説教にいく。

大昔、ジジも そのテストを受けたことがある。
本山で 何日も カンズメの集中講義。

最後の日に 実技のテストが有り 当落が判明するのだが、
そりゃ~ もう難しい。
狭き門であった。

受験生は みんな ご高齢の方が多い中、
1番 年が近く今や彗星のように

飛ぶ鳥を落さんばかりに 活躍なさっている
ある先輩がとても可愛がってくれた。

テストの前日、レポートの提出がある。
その前に『レポートを見せてみろ』と仰る。

こわごわ見せると 『むらがき~! これは 落ちるぞ。』一喝された。
『今すぐに わたしが 書き直して上げるから、
大講堂にいって 明日のテストまでに
文章を覚え、喋りの練習をしろ。
大講堂で試験が有るから自信も付くだろう』
書いてくださったのが 【 お彼岸 】と
それに連なる 【六波羅蜜 】の話だった。
40年近く経っている今でも、
この題材だけは スラスラとお話できる。

そして ジジは【本山布教師】を卒業した今でも
この先輩には頭があがらない。

お彼岸を、そして 彼岸会を通して
先輩の《慈顔》《慈眼》《慈悲心)を思いだす。
そして 弟子の育成は当然のこと、
色んな 方々に お観音の慈悲心で接しなければと

心を新たにする ジジであった。
合掌

【 あなたも 管長猊下 だ 】

お彼岸を迎え 法事、納骨が増える。

昨日も
大観音にて 納骨と法事を厳修した。

大観音だと 365日、毎日 拝んでもらえるし
お水、お花、草抜き等の心配が要らないと
ここ数年 急に【胎内仏壇奉納】が増えている。

施主をはじめ 親戚の方を除いて
4人の友人が参って来られた。

『大好きだった大観音に 永眠できて 本人も 大満足をしています』

奥さんが 生前を思いだし
ハンカチを目に当てながら お礼を言った。

そして お斎( おとき)

友人の4人のうちの 1人が言う。

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【 あなたは 真の友人は 何人居ますか? 】

ジジの大学の大先輩が 参って来られた。
昨夜 Facebookに紹介させて 頂いた方で
先輩と言っても ジジよりも10歳も年上で
当然の事ながら 学校で顔を合わせた事は一度もない。
今は退職なされて居るが
ちょうどジジが挨拶に伺った時は
名鉄観光の常務取締役だった。
大観音が建立され 挨拶にあがった所
『俺の後輩じゃあないか!』と、目をかけてくれ
ジジの娘がその当時 名鉄観光で勤務して居たのもあり
二重の世話になった。
第二の人生に 社長として行かれた
琵琶湖サンケイバレーも退職され 今回は
高校の同窓会で【閑谷学校』を見学され
その足で小豆島にお入りになったのだ。
小豆島には大観音と別に
四国八十八ケ所のミニチュア版で
島四国八十八ケ所霊場がある。
昨日は 大観音を参拝後 ホテルで一泊され、
今日は 【81番 恵門ノ不動』に参拝されてから
ジジが住んでいる【80番 子安観音寺】で
おウドンの接待を食べてお帰りになった。
『先輩、閑谷学校でしたら湯の郷温泉とかの方が良かったのでしょう』
『先輩、小豆島に入られたら 寒霞渓や 24の瞳の観光方が良かったのでは?』
ジジの関係の寺だけ参って お帰るのだから こちらも気がきじゃあない。
『いや、どこも 有難く みんな大満足しているよ』
『どの山でも 誠心誠意 我が身になって私たちを迎えてくれた。
みなさん それが肌で感じとって居ているから喜んで 土産話を持って帰られて居るのだ。
こちらそこ ありがとう』
逆に喜んで頂いた。
誠心誠意 お迎えさせて頂いたら 言葉で言わなくても、心は通じるものなんだな。
転勤などで 新しい街にきて 大勢の無二のお友達ができる。そして やがて時も過ぎ、
また新天地をめざして 旅立つと その友情もそれっきりと いう方も多い。
大昔に ブログに書いた事がある。

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【 思いやりの 心 】

京丹後市に行った。

この 3日に亡くなられた信者さんの
ご供養に住職の代わりに行ったのだ。

91歳の主人を亡くした
老婦人は息子さん夫婦と共に待っていてくれた。

冥福を祈る為に鉢を突くのだが
法事 葬式はいつも住職が行き、
大観音では若い僧侶が突いてくれるので
ジジ自身が鉢を突くのも懐かしく
拝みながらも 新鮮味を感じる。

( 拝みながら雑念を入れるとは 不見識極まりないが )
つい 師僧の言葉を思いだす。

『鉢でも 鐘でも リンでも打てば 鳴るのだ』

『強く打てば 強く鳴るし 弱く打てば弱く鳴る。
悲しい時はそのように 腹立たしい時は
腹立ち 割れ鐘の音で それは具現される。
私たちが 考えなければならないのは供養されている人、
又はその遺族の気持ちになって
打ってあげねばならない』

『本人も 遺族も 嘆き悲しんでいる時に
正々堂々とガンガン打ってはならない。

法事で 親戚が久しぶりに会って
喜びにうち震えている時に
聞こえない様な鉢では駄目だ』

【葬式の時はそのように微音で早口で拝み、
ご法事は中音 中口で拝め とある】

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【まったく その通り 】団体長からの 教え

小豆島は春遍路 、白装束で花ざかりだ。

小豆島大観音や 子安観音寺にも
大小の団体が錫杖と共に 鈴の音(ね) を弾く。

お勤めが終り 名物の
うどんの【お接待】を食べながら、
遍路さんと話をする。

子安観音寺は
過去、3度の火災にあい
復興の都度 多くの檀信徒の皆さんの心を頂き
今の本堂が有るのだが、
先代が
『何とか 檀信徒の皆様に お返しがしたい』
と発願し参拝の皆様 全員に
うどんの接待をお出した。

ジジもそれを 引き継いでいる。

『ジジの 一言、読ませて貰いました。
読み始めると はまりますわー』
団体長が言う。

『ありがとうございます』
『それはそうと 団体長さん。
小豆島 遍路団体の中で
この組が 1番 多くなったのでは有りませんか? 』

ジジが問う。

『大海の中に 入った事がないので
井の中の蛙だが、知っている限りではそうかも
しれません。団員さんの おかげですわ』

『老齢化している遍路のなかで
この団体は若い方が多い。
なにか秘訣があるのですか?』

ジジが 畳み掛けると先達は ケロっとして申す。

『何千人、何万人の規模になると
話が違ってくるが これぐらいの規模だったら
団体長や 役員が 参拝時、
1人1人に 声を掛けてあげることです。
直接 団員さんに接する事です。
《こんなに 若いのに小豆島参りとは
なんか悩みでも有るのですか? 》

優しい言葉で 悩みの1つを聞いてあげる。
その積み重ねではないでしょうか? 』

成る程
『わしは 団体長だ』と、
踏ん反り返っていても、だれも認めてくれない。

《隣の人に慈悲心を持ってこそ
自分のしあわせに繋がる》との《行》の為の参拝が

自身の《おごり》や《自我満足》で終ってしまったら、
なんの為のお参りだろうね。

『1万人の 大企業もしかりだと思う。
全ての人に目が行き届かなかった場合、
その部、その課の責任者が
慈悲の心で 部下に接する。
そうすれは自ずから

《部長の為なら ! 》《課長の為なら! 》と
下から盛り上がってくる。

そして社長や役員は
部課長をこよなく可愛がらねばならない。

一山の 長が
《社長は俺だ》の様な
裸の王様的な会社や遍路団体は
逼塞しますね』

最期の最期のまで 許してくれない。
団体長のお顔が《観音菩薩》に見えたり
《不動明王》に みえたり。

ジジとて そのとおり。

反省をして 明日からの 糧にしなければ…。
合掌

【 お祖父ちゃんの 法燈は わたしが継ぐ】

八幡市まで 法事に行った。

お彼岸が近くなり
昨年、亡くなったご主人の
1周忌 法要だ。

ご主人も 本人も 40年間 教職員を歴任され
奥様は89才になる 今も 矍鑠となさっている。

小豆島大観音には 【ご仏壇の間】があり
小豆島参拝が大好きだったご主人は そこに
納骨されて居り、永遠( とわ )の眠りについている。

ジジが嬉しいのは、
奥さんに3人の娘さんがいて
全部で11人の大家族になるが
ご主人の意思を継いで 年に何度かは
小豆島を お参りなさることだ。

孫のうちの1人が 香川大学にお進みになり
それも来年の3月には 卒表を迎えるとの事。

『愈々、就職ですね』と 水を向けると
『お祖父ちゃんがいつも居る 小豆島大観音と
お婆ちゃんが居る
八幡市の 間で就職したいと申すのですよ』と仰る。

お婆ちゃんの元気な顔も見たいし、
いつでも お祖父ちゃんの
ご供養にいける場所を
選びたいと 言っている。

いやはや 若い子が
そんな心を持つなんて 感心したね。

『俺が 俺が 』と自我を張って居る子と比べ
如何に 心根の優しい 子なんだろう。

既に【仏の心】を持っている彼は
結婚しても お互いがお互いを 思い合い
助け合い 慈しみあい 潤いのある
堅実な家庭を築くだろうね。

そんな子供に育てた
祖父母、ご両親の教育にも感心をした。

教育といっても【 知識 】といっても【智慧】とは違う。

知識をぎゅうぎゅう詰めにした頭より
困っている人を見ると、優しく助ける事を心がけ
優しい声をかけ 優しい行動をとる。

【 三密の行 】と言うのだが その実践をする人の心を
【智慧】といい 【 慈悲心】と言うのだ。

僧侶の身で有りながら
あの子供さんの足元までの域まで達していない自分を

思い浮かべ

更に 【 行 】に励まねばと
叱咤しながら帰島したジジであった。
合掌

【東日本 一周忌追悼慰霊法要 】

午後 2時46分に あわせてジジも 心から手を合わせた。

空海 所縁の 四国八十八ケ所 霊場会 (金剛頂寺 会長)は
11日 同時同刻 一斉に
八十八ケ所全寺で【一周忌追悼慰霊法要 】を営み
犠牲者の冥福とともに、被災地の
早期復興を祈願した。 ( 四国新聞)

同会は 2月16日 総本山 善通寺にて
各県の代表者が集まり 会議を開き 震災発生から
1年に合わせて 法要を執り行うことを決めたそうだ。

同 四国新聞には
【八十八ケ寺で 全寺院が一斉に法要を行うのは、初めて)と、記している。

ジジも 初めてそれを聞き ニュースを聞きながら つい 微笑んだ。

また、いみじくも その日は

奈良 東大寺の 【 お水取り 】の法要にも重なる。

『若草山の山焼きと お水取りが
来れば一雨一雨、春が近ていてくる』と言われる

聖武天皇から 由来し行儀菩薩、
良弁と脈々とつずいて居る 有名な儀式だ。

【修二会】といわれ 二月堂にて
陰暦 2月1日から 14日までの2週間に渡り営まれ

【お水取り】は3月12日 ( 旧暦 2月12日) 深夜から
開け方にかけて 堂前の若狭井戸から
香水(アカ水) を汲み、内陣にお供えをする儀式だ。

その水を飲めば
《 万病が快癒する》《しあわせが 約束される》とされ、
多勢の信者が
しあわせを求めて 全国各地から参集する。

被災地の皆さんも 四国や 奈良までは行けないにしても、
どうか 僧侶の心意気を感じ
1人1人が しあわせを 頂き
万病を平癒して貰いたいものである。

1日も早い 復興を 期待する。
合掌

東日本大震災から はや一年

無念にも亡くなられたかたは勿論のこと

ご遺族のみなさん、

被災者の方々には深くお見舞い申しあげます。

聞くところによれば
被災地では瓦礫( がれき)の除去作業は
まだ全体の5%~10%で
被災者の皆さんは
瓦礫の山の合間で
一生懸命 頑張っておられるとの事、

1日も早く 元通り 快適な生活に戻られるよう
重ねてお祈り申しあげます。

住職は 震災直後 被災地に飛んで参りましたが、
ジジは平成7年の関西、淡路大震災の
お見舞に伺ったことがあります。

その時は《 つなみ 》ではなく
《火事》によって多くの犠牲者を出しました。

ジジが駆け付けた時は
まだ あちこちで火の手が上がり、
燻っている中で大勢の方達が
公民館や 学校へ避難されていました。

僧侶であるジジがいうのも変だが、
当時 冬だったので暖房器具とか個人のプライベート、
特に トイレなんか 想像以上に 大変だったね。

その中で 勇気付けられたのは
自衛隊や消防士の皆さんのご活躍は勿論の事、
pkoやボランティアの皆さんの目覚ましい活躍でした。

彼らの【炊き出し】に泣きながら
長蛇の列をつくり
ホカホカと湯気の立っている
雑炊を貰っている被災者の姿が
20年近く経過して居る今、
ジジの脳裏から離れない。

被災者の方からすれば【神】にも
【佛】にも見えただろうね。

事実、被災者を救おうと 発願し
そのとうり行動に移した人達は
【心】も【身体】も
【口】も菩薩そのもので有る。

ジジは被災地に お見舞にあがり
そこでそこはかと知れない
菩薩に出会ったのだ。

東日本大震災の被災地にも
政府の早急な復興支援と、
皆さんの心暖まるご浄財と共に
1人でも多くの
菩薩の出願を祈るばかりである。
合掌

【人のふり見て我がふり直せ】

ジジは 【四柱推命 】の 勉強を始めた。

少し 理解しはじめ それにつれて 面白くなって来つつある。

と、いっても 表にでて
『はい 鑑定をして 差し上げましょう』
との実力もなく有縁の方々に
『鑑定の勉強をさせて下さい』と、
お願いに回っているのが現状だ。

ジジの《鑑定依頼》にたいして 答は 二つに分かれる。

● もともと 《四柱推命》に興味があり 能動的に鑑定を依頼する 人。
●法主の勉強はどうでも いい。占いは信じないし 占って欲しい筈もなし。

その No.2の (鑑定に批判的な 意見)も二つに分かれる。
●基本的に 占いは信じないのだが 法主の勉強の為なら、鑑定をして頂こう。
●法主の勉強はどうでも いい。あなたの事も知らないし、私の事も 放って置いてくれ。

その人と応答していると その人の心は 一目瞭然に分かるもの。

『ああ この人は 鑑定されるのが嫌なのだが
ジジに気を遣い不承不精 承択したな』とか

『ジジの 不徳の致すところ。
しかし、もっと 人の痛みが分かってくれたらな~』とか。

前者は 人の痛みが分かり お互いが助け合い、
《斎世利人》の慈悲の心を持ち
《蜜厳国土》にて しあわせに暮らしているだろうし

後者は 表面は お観音さまの様に美しいが
心は 自己中心的で 仏心を持ちあわせて居ない。

『オレが オレが !』と、
喧々諤々の地獄の一丁目にての
家庭生活を送っている事だろう。

【人のふり見て我がふり直せ】
ジジも そうならない様に 気をつけなば ならない。
合掌

【 大欲 :ささやかな しあわせ 】

ジジは 最高の 幸せ者である。

一昨夜は 滋賀の子供家族と、

昨夜は ジジの友人と共に

関西の子供家族と夕食を頂いた。

ウイークディーにも拘らず、

忙しい中 娘達の主人も みんな顔を出してくれた。

勿論 【 一炊の夢 】であり【束の間の喜び】かもしれない。

しかし野望なく、無趣味な一老人にとって

この空間が 本当に意心地が良いので有る。

【 孤立死 】が問題になって居る。

何日か前に
『都会の片隅で また悲しい出来事が起きた】と
ブログに書いたところだ。

以前の方は 45才の母親と 4才の長男とが
報じられたが、なんと そこから200mも
離れて居ない場所で 今度は
95歳のお婆ちゃんと 63歳の 娘さんの孤立死らしい。

ジジはこの歳になるまで
【孤立死】と【孤独死】とを同一視して居た。

【孤立死】
● お家に住んでいる人は 1人でない ( 複数で暮らしている)
●誰にも 看取られないで 亡くなっている。
●死後、ある程度 経過して後、発見されている。
らしい。

もう1つ 驚いたのは
『 あなた自身、孤立死をする 可能性がありますか? 』
との問になんと、

75%のかたが 『はい』と、手を上げているのである。

【郵便物がたまっている』
【自治会費を納めていない】
【公共料金のメーターが回り続けている】

等、目安があるなかで

【親族からの 依頼 】が発見の不可欠のようだ。

1番 最良なのは
【 隣近所からの 通報】でなかろうか ?
生かされている元気な間に

《見守られている 側》から《見守る 側》にたち

1人でも多くの友人をつくる。

孤独死、孤立死をなくする
助け合いの 《実践》だ。

そんな 悲しい亡くなり方をして居る人々が

増えている中、ジジは ご本尊さまに

【ささやかな しあわせ】
を頂いている。

小欲で自我を張ったり 大きな事さえ望まなかったら

ご本尊さまはきっと

【しあわせ】をくださる。
合掌

【 孫 の成長 】その2

お昼、孫達と 食堂に入った。

卒業したといっても色々 野望用事のある身体、
今がジジの 1番 至福な時である。

だいたい食べ終った頃 下の孫がお姉ちゃんに向かって
『お姉ちゃん、これ一切れ残っているよ』と、指を差す。

姉も『 最後の一切れだから あんたが おあがり』

どうも 口には出さなかったが
それが1切れしか 残ってないのを意識して居たのだ。

姉が 最後の一切れを取り上げて
『それじゃあ これを半分こしよう』

実際に半分に分けて
『はい、これ。あんたは 小さいのだから 大きな方をあげる。
わたしは こっち』

と小さな方を取る。

それを聞いて妹も

『お姉ちゃんの方が 大きいのだから
大きなのを とって』と【 大 】を譲る。

普通 これぐらいの年端の子供は 、

我先に獲物をゲットするか 大きな方に両手を広げる。

ちょうど ジャングルで 必死で獲物を狩る 肉食系の猛獣と似ている。

ハゲタカにハイエナに 奪われないかと 両手で獲物を狩る覆う。

この姿が 畜生道、餓鬼道 なんだろうね。

姉妹の 譲り合いを目の前にして 1人 微笑むジジであった。

『正しい食生活は 正しい 人間を形成する』

と、申すと

『 正しい人間が 正しい食生活を営む』
と、理屈を言う。

なんにしても 意義の有る 素晴らしい 食事会だった。
合掌

【 孫 の成長 】

神戸に出てきた。
可愛い 孫たちが 集まってくる。嬉しいね。
学生時代の 大の友達が
『 ブログを見ていると あなたが いつ 何処で何をして居るか一目瞭然 】
と言っていたが、『神戸か』と思いながら 読むんだろうね。

大きな孫は 『ジジ 』 から『おじいさん』に変わりつつある。
そろそろ ジジは卒業なんだろうね。

そんな なかで 1歳半になる孫のママが
『ジジが 不在の時に 神戸に来ることがあり
始めて 歩き出した子が ジジが居るのかと思って
一目散に ジジがいる部屋に飛び込んだ』


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そこまでは 感激はそこそこだが
『ジジが 居ないことが分かって 悲しそうな顔をした』

『そこに 行くといつも ジジが笑顔で居ると思って居るのだろうね』
という言葉に、思わず胸を締め付けられる 想いがした。

孫の成長の喜びは 何事にも変えがたい。
始めて 話し始めたカタコト言葉の中に『パパ ママ』の他に『ジジ』もあるそうだ。

昔、書いたね。
【慈悲の印 】と【憤怒の印 】

あまりにも 可愛いので『可愛いの~』といって パーの手で 頭を撫でる。
逆に グーの手で 『可愛いの~』と言ってグリグリしたら『ジジ 痛い! 』と叱られる。

私たちは 《慈悲の目》で《慈悲の心》で 《慈悲の口》で《慈悲の印》で人に接しようね。
それが【 慈愛 】と言うのだよ。
今日も ヨチヨチと大きな姉ちゃんの中に入って 一人前に はしゃいでいる。
合掌

【 春の息吹 】

昨日は 【 啓蟄 : けいちつ 】を迎えた。

冬眠をしていた 生き物が

春の息吹を感じ 土の中で目覚め

遂には這い出てくると言う

24節気の 1つである。

その日には 地方によっては

松の木等を害虫から守るために

巻いていたコモをはがす習慣があるところもある。

誰が教えた訳でもない、誰に指示された訳でもないのに

その息吹をかんじたら

桃や梅の木は 誇らしそうに両手に花を掲げ

その上で メジロや鶯が 自慢の声を張り上げる。

《春眠 》

【春眠暁を覚えず
処処に啼鳥を聴く
夜来風の声
花落つること知る多少ぞ】


突然の書き出しなので、間違っていたら、ゆるして。

【もろともに あわれと思え
山桜 花よりも他に 知る人もなし : 行尊 】


世俗を離れて隠遁修行をして居た 行尊が

山桜に呼びかけて居る 侘しい句だが

『誰1人 知られないような こんな山中にも
誰に言われるでなく、見事に咲き誇っている
山桜よ』 と
彼の唯、1人の友人である 美木に話しかけているのだ。

一生なんて アッという間に 通り過ぎて行ってしまうね。

除夜の鐘をつき『あけまして おめでとう』と、
言ったのは ほん 先日の事と思ったが

月日は過ぎ去り 最早【 啓蟄 】を迎える。

それを50回か100回か繰り返せば
私たちは 天国に召される。

大自然の営みから考えると、

人間の一生なんて 一刹那、瞬きのようなもんだね。

だからこそ、1日 1日 を大切にし

【生かされている短い時間】を

最大限に 有意義に
送らなければならない。

【健康 】【しあわせ】な日暮しを【密厳国土】で送るのだ。

難しくなったら 皆は 読まなくなるので このへんで ペンをおくね。
合掌

【 お観音からの お叱り 】

今日は ジジの【四柱推命】のお勉強があった。

有名でもあり、よく当たり、信仰心の おありになる先生で
ジジも習いながら鼻が高い。

勉強 終って ジジが
『親戚の方で 男の子と女の子がある。昨年、目出度く 結婚したが
今年は 見事に 男の子と女の子を それぞれ授かった。羨ましいですね。わたしは
5人の孫が居ても なんと みんな 女の子です』と話した。

すると 『お坊さんが なにをもったいない事をして言っているのですか』とお叱りをうけた。

『多勢の人を鑑定しているが、色んな方が 喜びや悲しみを胸に秘めて一生懸命 生きている。
親から子、子から孫へと 血が繋がっていると言う 幸せを喜こばなかったらいかん。
いくら欲しくても 授からない 夫婦は一杯いる。
子供が出来る事が 当たりまえと思ったら勿体無い事です』

さらに『養子に迎えても 上手く行っている時は良いが、一つ歯車が狂うと やはり
実子とは違う。猫や犬を ベタ可愛がりして『 ワンちゃんや~』『ミ~ちゃんや』と呼んでみても
どこか すきま風が吹いていて、空虚であり 虚しい。法主さんは ばち当たりな事を仰る』

さすがの ジジもペチャンコである。しかも先生、許してくれない。

『無事 この世に生を受けても 五体満足でない 子供さんもいる。五体が満足であっても
親の 助けが必要な子供も 沢山いる。親が 亡くなったらどうするんやろと 心配な子もいる。
そんな中で 少々、成績が悪くても しょうが悪くても 我が子供や孫が居て、
しかも五体満足である事に 感謝をしなければ』

『法主が 言うて聞かせねばならん立場なのに、不平不満や 愚痴をこぼしたら いかん』

『あ~ さっきのは、例えて言ったんで 住職の事を言ったのではないですよ』

『分かってますよ。 先生 』
合掌

【 この世に 普遍なものは なに一つない 】

亡き母が いつも もうして居た。

『この世の中に 移り変わらないものは なに一つない』

『この お茶碗も そうです。幾ら素晴らしい茶碗もいつかは破れる。

時は寸分として止まらず、世の中は刻々と変化する』

《 物も 心も 》

『愛しいわ。愛しているわ』と金目に糸目を付けず盛大な結婚式をしても

心が移り変わった その時、恥も外聞もなく離婚する。

『可愛いわ。美しいわ』と
持て囃されても 寄る年波を迎えると 頭には雪を覆い、額には 波のもんを 移す。

【 人の噂も七十五日】

【夜の鶴 (子を想う親の慈愛の深さ:白居易)も 年忌と共に 薄れる 】

哀しいものだね。世の中に 普遍というものは 無いのだね。

56億7000万年 経てば 世も果て、その時には弥勒菩薩が 末法を救済するために
私たちの この地に降りてこられる。その間、弘法大師がその代役として降臨なさる。

56億……。今、地球は 約 45億歳で その寿命も100億才で尽きるという。あと55億才。

地質学も 天文学もなかった 祖師の時代に 末法の世界が何故、分かったのだろうね。

ともあれ、弥勒菩薩の代役で お大師さんが 影の形に随うが如く 私たちを救済して
下さっているので、何の心配もない。

親の 大きな胸に抱かれて、残された人生、一日一日を 大切に 悔いのない生活をしよう。

それが お大師さまの ご恩返しにもなる。
合掌

ひな祭り

亡き 実家の両親が 祝ってくれた 《お雛さん》を飾った。


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ジジの 娘たちの お雛さんだから30年前後 眠っていたことになる。

ジジの孫、住職の娘の為に 甦り(よみがえり) 、
嫁の実家のご両親からのと、お飾りした。

今は
『家が狭いもんで 大きなお雛さんは 必要ない』
と、娘たちに先手を打たれ、

ジジはどの 孫にも十分な事をしてあげられてない。

嫁の実家の両親 しかり、
家内の両親も出来るかぎり 精一杯の事をしておくれている。

大変だったろう。
今、その身になって はじめて思う。

《なによりも 深いのが 親子の縁 》

縁の中で 何物にも変え難く 何物よりも深く 強いものが
【親子の縁】である。

これを 【 恩愛の情 】 と言い、
時として 盲目的な 愛情となる。

いまでこそ分かる 親の 子に対する 思い。

《 墓に 蒲団は きせられず 》
《 子を持って 始めて分かる 親の恩 》

子供を持ってみて
はじめて『親の達者なうちは 随分と親愚行をしたな 』
と反省し、

いざ これから親孝行したいと 思っても、もう親は 石の下。

《 樹木 静かならんと欲すれども 風やまず 》

【 風樹の嘆 】

木が 自分は静かになろうとしても、
風が止んでくれなければ どうにもならない。

やっと 親孝行が出来ると思ったその時は、
既に 親は死んでしまってこの世に居ない。

生きているうちに 孝養を尽くせという 教えだ。

ジジも この歳になり どうしようも無いが
せめて親孝行の代わりに 隣近所の人たちに

( 親が 子に対する想い ) 【 慈愛 】 をむけようと思う。

知ってか知らずか、

孫が お雛さんの前で 慈愛をふりまいている。
合掌

雛まつり

実家のご両親から 雛人形がとどいた。


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明日が 節句だということで

人形の前には【 菱餅 】【 白酒 】【 桃花 】等をかざり

孫が 無事に成長するように 一家で祈った。

有縁の方から お祝いを頂いたり、
島内の世話になって居る方に お餅を配ったり
パパやママは お遍路さんの 合間をみて 一日中 てんてこ舞いだ。

雛まつりは 【 上巳 の節句 :じょうしの せっく 】と言ってた
陰暦の最初の【 巳 】の日に
宮中にて 【 曲水の宴 】が催され
上巳の払いをして しあわせを祈った。

やがて民家でも 雛人形を祭るようになり、
人形 ( ひとかた )《穢れ》《災いを》
移してお祓いをする風習も出来た。

鳥取県、 用瀬の 千代川で 毎年行われる
有名な 【 流し雛 】も その一つだ。

悪い物 一切をお雛さんに託し 聖なる川に 流し、禍福を貰うのである。

孫は 実家のお爺さん、お婆さんからの《贈り物》嬉しそうに 触っている。


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その孫の喜びと ご両親の孫への 気持が どうぞ 繋がりますように。

【水魚の 交わり 】とでも言うのでしょうか?
《 花 さかぬ 片山陰も ひなまつり 》 一茶
合掌

【菩提薩埵 からの 教え 】

久々に テレビで 《キンさん》《ギンさん》 をみた。
亡くなって もう何年になるだろう?
『 キン 100才』画面がギンさんに変わって 『ギン 100才 』
2人 揃って 画面にむかって 『 100才!! 100才!! 』
スマした顔で 仰る。大変 懐かしい。
今日は ギンさんの子供を中心に取材されていた。

何人の子供が居たかは定かでないが
98歳の長女を先頭に 平均年齢 92歳の【長寿】家族だ。

それは さておき 生前の ギン お婆さんの コメントがあった。

いや、コメントではない。

【お教え】だ。

『女は 嫁にも 母にもなれるけど、姉は 決して 妹にはなれぬ』

『妹は 決して 姉にはなれぬ。みんな 生涯、仲良くしなければ 』

『親の 遺言を糧として 平均年齢 92才の兄弟姉妹が 今まで 助け合って仲良くきました』

ギンさんの子供達が述懐する。
そんな 内容のテレビだった。

ジジは 暫く 『どう言うことかな ? 』と考えた。

《 姉は姉として 弟や妹に 慈悲の心を持って接せよ。
もし 一大事の時は 我が身にかえて助けよ 》

《妹は 姉を 姉として孝養を尽くし、
もし姉の身に一大事が発生した時は母親に接するが如く 助けよ 》

結局は 仲良く、助け合っていけと言う 教えだろう。

お観音様の《慈愛》とは【困って居る人、
苦しんで居る人を放っておくことなかれ】

【たとえ 自分が 苦しみのどん底に落ちてでも、救いの手を差しのべよ】

そういうものである。


今日は キンさん、ギンさんという 人生の大先輩に 素晴らしい教えを頂いた。

いや キンさん、ギンさんではない。

あれはきっと 菩提薩埵のご化身だったのだろう。

ジジも 【仲良く 】して

【 困って居る衆生に 救済の手を差しのべる】

べく努力をしなければね。
合掌
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