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【 おじいちゃんの 法事に 教えられる】

家内の実家の 父親の法事があった。
行年 77歳で 今年で 17回忌となる。


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結衆 ( 仲間うちの 寺院) や 檀家総代、
檀家の方を 案内しての 法事はすんでおり
実家の 義弟が 島外にいる 親族の事を気ずかって
もう一度 法事をしたのだ。

『 私たちの為に 2度も法事をしてくれて おじさん ありがたいな』
子供や 姪や甥の 素直な 意見である。
『おじいちゃんが 死んでから生まれた子供は
沢山 居るけど ひ孫は何人になったの ?』
『5人かな ? 』
『 ちがう ! 6人よ』
今年、義弟の長男宅に 7人目の男子が1人
増える予定で 、これから11人の孫に
数えきれないくらい 多勢の ひ孫達を 授かることだろう。
義弟は云う。
『本来なら 結衆や 檀家の皆さんと一緒に ワイワイ 法事をするのも良しと考えたのだが
全員 お前たちは 島外で生活している。
忙しい中、よく帰ってきてくれた。子供や 姪や甥の 伴侶も おじいちゃんを
知らないにもかかわらず ようこそ 来てくれた。ありがとう』
『わたしが いつも 言っている事だけど
《私たちは どうすれば おじいちゃんは喜んでくれるだろう》
《おじいちゃんに対して、私たちが どうする事が一番の供養になるだろう》
そのことばかり 考えていた。
わずか 3人しか居ない 兄弟姉妹。しっかりと手に手をとって 親交を深め
寄り添い 支え合い 助け合って行く…。
その姿が その姿を見ていただく事が なによりの供養だ』
確かに 義弟は 今回だけでなく いつも口にしている言葉だ。
そして その言葉は 《おじいちゃんからの 贈り物》として 大切にとっておこうと思う。
孫や ひ孫たちも ジジと同じようにその言葉を 末長く 忘れないだろう。


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合掌
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【 無垢な 心 】

韓国ドラマ 観たこと ある ?

ジジは 今、夢中だ。

チャクグム、イ サン、そして 今、トンイ。

トンイの 話を かい摘んで しようね。

スクチョン 第19世王 がいる。
その王に 1) 王妃 2) ヒビン 3) スクピン 3人の妻がいる。

王妃は 子供に恵まれないまま 他界。

ヒビン (王妃の次の妻)には
セジャ (皇太子) なる息子が居て、
主人公 トンイは
スクピン(ヒビンに次ぐ
3番目の妻)でトンイにも息子の
皇子がいる。

王様の息子である 皇太子と皇子はとても

仲がいいのだが、宮廷内では 皇太子派と
皇子派に別れて
第20代王の座を求めて権力闘争を繰り広げる。
ある日、仲のよい 兄弟で
皇太子が『宮殿を抜け出して
下界の空気に触れて見たい』と、
皇太子と皇子 手に手をとって
宮殿を抜け出る。
楽しい ひと時はアッという間に過ぎ去り
皇太子が『宮廷に帰ろう』と言ったのだが
『兄さん これからの宵祭りが面白いので少しだけ
それを見て帰りましょう』と、
宵祭りの客の一員となる。

ところが、大アクシデントに見舞われ
宮廷の兵隊 総動員での救出劇になる。
まあ 無事 救出されて めでたしめでたし
だが その後の兄弟愛が胸を締め付ける。
皇太子と皇子の会話。
『兄さん。兄さんは 宮殿に帰ろうと言ったのに
私が 宵祭りに誘いました。
そのために こんな大騒動になって 悪いのは私です』
『何を 言って居るのだ。外に行こうと言ったのは わたしだ。
私のせいで苦しんでいるのは 皇子のほうだ。
そなたは 私を 庇い 自分を責め 心配してくれた。すまない 事をした』
そこで、19代王 スクチョンの登場。
『皇太子と皇子。どちらが 嘘を ついているのかな~』
『どちらが 嘘をついていても良い』
『お互いが お互いを 思いあって居るのだから、それが1番 大切だ』
そうだよね。
私たちなら『 私はこう 思って居たのだが、あの人がこう言って 悪いのはあの人だ』
人に向かって 指をさすよね。
ジジが よくいうね。多勢の友人がいる中で、真の友人は 一体 何人いるのかって?
我々が 死んだ時には儀礼的に葬式に参列してくれるので無く、心から
嘆き悲しんでくれる友人が 何人いるかって? 何人もいないよ。
そして、どうすれば そんな真の友人が つくれるのかって。
【無垢な心】
辞書を紐解けば《汚れなく 純真なこと。うぶなこと。また そのさま》とあるが
実際の無垢な心は《 煩悩の穢れを離れて 清浄であること》である。
その 心が 友人を広め その人達によって 助け 助けられ 心が 一つになる。

韓国ドラマも 勉強になるよ。
一度、ご覧になってみたら ?


合掌



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【 もっと もっと 忍辱の袈裟を 】

小豆島霊場 第八十番 子安観音寺の大屋根
が ぶっ飛んだ。

【夜来風雨の声、花落つること知る多少ぞ 】

昨夜からの大風で 花だけでなく
本堂の大屋根が落ちた。

子安観音寺は 昭和になってから
3度の火災にあい 最期の32年の火災の時、

『もう 火災を起こさぬように。
焼けないように コンクリートで』
と建立した本堂が
コンクリートの耐久年数がきている。

雨漏りがしている と、本堂再建の話が 点いたり
消えたりしていたが、とうとう 大風で飛んだのだ。

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銅板が、 新聞や シート状態になり
銅板の空洞の中を風がとおり 屋根の上で
繋がったまま ハタハタと 棚引いているのだ。

檀家総代や 世話人達が 飛んできて
善後策をたてたが、取り敢えず

雨漏りがしないように 大工さんに 応急処置をしてもらった。

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『大観音の 芝桜しかり ! 』『 なんで うちの 寺だけが……』
住職は 芝桜植樹で 心身痕倍しているうえに
又の 重荷にて 落ち込み様がひどい。

ジジは 住職と話す。

『なんで うちだけが…と、受け取ると 本当に 目の前が真っ暗になる』

『でも、うちだけでない。
あのお家も このお家も あの人も この人も 色んな事がある。
そして その辛苦を乗り越えて 今があるのだ。』

『御本尊さんが もう少し
《忍辱の行》をせよと 申されているのだ』

《忍辱》

六波羅蜜の第三番。
屈辱や 苦しみに耐え忍び 心を動かさないこと。
『そうですね。一生懸命がんばるので 老僧もできる限り 助けてね』

住職が 腰をあげた。
そして《 忍辱の行》にはいった。
合掌

【 天光軒 満月 先生】小豆島大観音 参拝

満月先生より お教えを頂いた。
ちょうど ベン ペルポーラ ビパッシー僧正が
スリランカより 来られており
3人は 100年来の知己のように
打ち解け 話し合った。


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満月先生は 大阪リガーボテルにて ディナーショーを行い 住職も参加させて頂き、
折り返して 先生が小豆島に お入りになった。ビパッシー僧正も一年の半分ぐらいは
スリランカ~日本の架け橋の主軸として 活躍なさっており話が 弾んだ。
先生が 『人間は 前姿を見ていただく人と 後姿を 見ていただく人がある』と申す。
『わたしを はじめ奉り、歌手、俳優、ダンサー、売り子、講演する人、
前から 客や人々に 接する人は 前を 大切にしなければならない』
《威儀を正す》
『あなたのような お坊さんや 先生、一般衆生は 後ろを大切にしなければならない』
後姿を 拝んだだけでも 光々しく 手を合わすような人にならねばならない』
薬師寺の 前の管長 高田好胤猊下が よく仰っていた。
『子どもの躾( しつけ)は 口や手で 教えるのではなく 後ろ姿で 教えねばならない』
『わたし (猊下ご本人) の書いた本にも 紹介しているように 《 ナスビの話 》を
読んでください。母親が 大嫌いだったナスビを 食べなさいと申し、それでも
嫌いなものは 嫌いと食しなかった。その時、母親は 口や手で 躾をしないで
ただ、無言で 小さな 丸い 背中をみせた。その寂しそうな 後ろ姿を見て《おかあちゃん
かわいそうやな》と、いう気持ちが湧いたとき 大嫌いなナスビが ツルツルと
口の中に 入ってしまった。きっと 口で ガミガミ言われていたら、未だに ナスビを
嫌いなまま 終わっていたかもしれない』
管長猊下の笑顔と 満月先生のお顔とが交錯し、何とも言えない おかげを頂いたような
気持ちになった。
私たちも 勉強してみようね。顔をみて貰わなくても、後姿を拝んでもらえるような
人間に成長することを。そして、口でなく、後姿でお世話人心を
引きつけられるような 人間になることを。
合掌

【母の 大きな愛に 抱かれて 天国に…】

北海道から 納骨に来られた。

本人は ちょうど一年前に
亡くなられ、行年 54歳だ。

80歳前後の お母さん、ご家族 8名で
遠き 小豆島にこられたのだ。

『あなたの 念願の 小豆島大観音に
来ることが できましたね』

ご遺骨を前にして 母親が ポツリと呟いた。

10年前に 病気になり
医者からは『もはや 余命幾ばくもない』
と言われていた。

仏縁により 本人はもとより、
家族が一丸となって
小豆島八十八ケ所の全ての霊場に
【快復】の祈願をし、参拝も続けた。

ここからが 般若心経の【 空】の心の 変化だ。

10年前に 発病し
『余命幾ばくもない』
と宣告を受けた。
彼女、家族が一丸となって
小豆島をお参りし、
因果関係は分からぬが
10年間 延命された。

ここでだ。

『10年間、お大師さまをすがって
小豆島を参り続けたのに 結果、死んでしまった』

『残念だ。神も 仏もあるもんか !』

また、別の 捉え方がある。
『ありがたい ! もう無い命と 言われていたのに
10年も 長生きすることが出来た。
お大師さまの おかげだ。仏さまのおけげだ』

これは ジジが 言いつずけている
般若心経の【空】だね。

亡くなった、と言うのは事実だ。
そこで、本人が 家族が どう取るかだ。

【ありがたい】と取ったかたは
その時その場で生きたまま【極楽浄土】に行けるのだ。

不平不満を述べている人は
生きながらにして【地獄の一丁目】に落ちてしまう。

【空】を観応して
【良いように、良いように】取ることをしなくてはならない。

召される直前

『おかあさん、みなさん。今まで 本当にありがとう。
今から わたしは、仏さんの世界に行きます。
そんなに 悲しい顔をしないで。
おそかれ はやかれ いつか 皆が 行くところだもん。
一足 先に行って 待っているからね。
小豆島の あの真っ白な 大観音さまに
抱かれて 旅立ちます。
皆さんに 無理な お願いがあるんだけど。
もし 抱かれて、旅立ったら
わたしを 大観音さまに納めてください。
お母さんに 永遠に 抱っこされたいから』

みんな 泣いた。

10年の 年月をこえて
母なる大観音に 抱かれて 永眠した。

ながく ながく……。
合掌

【 六根清浄~】を勉強してみよう。

今日は 久しぶりに お勉強をしてみようね。

雪が溶け、タケノコが顔を出し
若葉が青空に向けて 両手を広げはじめた 昨今、
大峰山や 石鎚山でも
【山開き】がおこなわれ
『ロッコン ショージョ~』の声が
深山の峰々をこだますように なった。

6つの 悪い根を断ち切って
心、清浄にする。

【貪:とん】
【瞋:じん】
【癡:ち】
【慢:まん】
【疑:ぎ】
【見:けん】

【貪欲】
貪りの 心。求めても求めても やまない 欲望のこと。
物事に対する執着、むさぼり、
欲望が悪行を発する。物欲、金銭欲、名誉欲、性欲、睡眠欲、エトセトラ…。

【瞋恚】
怒りの心。怒りとは 自分に都合が悪いことから
起きる心で 自分の都合が良い時には
決して 起きない。

【愚痴】
よく グチをいうと 言う言葉を聞く。
愚かな心。無明といって 智慧がなく
道理をわきまえないこと。学校で道徳を
勉強したが 道理を理解できない心。

【我慢】
一般には《耐え忍ぶ》事を思うが、
本当は、《たかぶりの 心》の事をいう。
自分を 偉く思い、他人を軽くみる。
傲慢 といわれ 我執の虜になる心。

【疑惑】
疑いの心。ある物事に対する疑いを抱き
心に惑う心を持つことをいう。
こちらが 疑惑を持っているのに
相手が真摯に考えてくれるはずがない。

【悪見】
誤った 物の見方。『善をなすことを
怠るものは この心 悪を喜ぶ』と、ある。
自分の 考え 見解のみが正しくて
他人のそれは認めない心。

どうですか? みなさん。

普段、よく 使っている 言葉ですが
もっと 追求してみると 少し違うようです。

そして 知らずしらずのうちに
六根を腐らせてはいませんか?
欲張りになったり、ちょっとした事に
腹を立てたり、グドグドと愚痴を言ったり。
なおそうね。 ちょっとした 考え方一つで 治るんだから。

【六根清浄~! 】の意味、分かったかな?
合掌

【2万 6000本の 芝桜と 延人数 100数十人の心が 一瞬に 吹き飛んだ】

【諸行は 無常なものである】

22日の 台風 もどきの 暴風で
多勢の心と人力で (布施行) 1週間も 10日もかかって
植樹した 26000本の 《芝桜》が


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一瞬のうちに 吹き飛んでしまった。


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吹っ飛んだ シートと芝桜を見て、

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多勢の人は 某然と 立ちすくんだ。

誰 一人として 言葉を発する 人もいない。

《全山を 芝桜で埋めつくそう》と、
おこずかいをはたき 先頭に立って植えた
住職の事を考えると どう申し、
どう慰めていいか分からなかった。

と、暫くして 一人の方が
飛び散ったビニールシートを拾いあげ
復旧にかかった。

その姿を某然と見ていた人達が
我に帰り 弾けるように 作業に取り掛かった。

その心境 いかばかりか !!

我が子、我が孫に 災いが 降りかかったように。

我が両親が 目のまえで 交通事故に会い、
瀕死の重傷を目撃したかのように…。

明日からは お願いして植樹して頂いた
皆さんに再び 声を掛けることになるが
この惨状を見た時は どの様に 思うだろう。

芝桜自体は 飛ばされたのも有るが
なんとか 手を加えれば、生きつくだろうもあり
1本でも助かればと すがるような気持ちだ。

住職の念願どうり 生きつき 根を張り
来年の今頃には この境内に!
この大地に!

大盤石の上に 半加座して 住したまい
可憐なる花を咲き乱し 参拝者の心を 12分に
なごますことだろう。

《布施行》の 賜物だ。

多勢の 心の《絆》に よって。
合掌

【 家族 愛は つよし 】

暴風の中、 岡山より お参りがあった。
『今日、お参りをさせて貰おうと思って居るのですが フェリーは動いていますか?』
本人から 電話があった。
たしか 今年、93才になる。果樹園を経営しながら 永年に渡って 消防に従事され
岡山県の消防団長として 活躍され 船舶振興会の前の会長とも親交が深かった御仁だ。
大観音の建立に 絶大なる力を貸して頂いたことは いうまでもない。
卒寿もこされ 、ここ2年くらい お参りが無かったが 今日は 奥様、長女嫁ぎ先の
大阪組み ご夫婦、長男在住の 東京組み ご夫婦、関空に勤めている お孫さん 7名での
お参りだ。
『今日は 子供や孫たちに 死に土産を作りに 参拝させてもらいました』
翁は シワの間から 嬉しそうな笑顔を綻( ほころ)ばす。
東京の長男が仰る。
『今回は 小豆島の子安観音寺で授かった子供( 翁からすれば 孫) が結婚する事になり、
その報告に 親元にあがったのですが 是非、小豆島にも ご報告にと 大阪夫婦も呼び、
みんなで お参りをさせて 頂きました』
ジジは 嬉しかった。
翁の お元気な お姿を見ることができたこと。
翁の 心から 嬉しい お心が 読み取れたこと。
家族愛が 強く、絆がしっかりと 結ばれていること。
孫を 小豆島で戴いたという 感謝と、お礼参りにという 至心信楽の気持ち。
父母を 小豆島参拝させて 喜ばせたい、その 心。
いつも お爺ちゃんを気使って、同行される 関空勤務の 孫の気持ち。
全てに 胸が 締め付けられた。
『死に土産なんか 言わないで、お元気にして100歳まで 参ってください』
これは ジジのお上手でなく 本心から出た 言葉だった。
みなさん どうですか ? 93になる あなたのご両親が 小豆島でもいい、観光地でもいい。
一緒に 連れてきて あげられますか?
忙しい 云々で 逃げてしまうのが オチです。
その 優しい気持は、家族にも 隣の人にも 困った人にも 全ての人に 向けられます。
きっと 潤いのある、素晴らしい家庭で 充実した生活を 送られていることだろう。
合掌

【老人の 話は 迷信では ない 】

オジが 団体を連れて 参ってきた。

オジと申しても 血は繋がっておらず
先代、所謂 ジジの父親の弟子なのだ。

ジジの法的な 【おじ】は沢山 いたのだが
今は この老僧 1人になった。

『わたしが 13才で この寺にきた時は
まだ この子は 生まれてなかったのに』

この子とは ジジの事で 家内に話す言葉だ。

なぜ 13才で 子安観音寺に弟子に入ったかを
話しはじめた。

在家の生まれで 4才で
発病して8歳までの4年間、
大阪の 日赤にかかっていた。

今から80年以前の話であるから、
胸の裏 ( 背中)に穴をあけて そこから
膿を出すだけの 治療であったらしい。

8歳の時、とうとう 医者から 【死】を宣告された。

本人はもとより 家族の悲しみは
いかばかりだっただろう。
と、お婆ちゃんが
『どうせ 助からぬ 命ならなら
小豆島八十八ケ所を参って
お大師さまに すがってみたら』と、
家族と泣きの涙で お別れして島に渡った。

81番札所 【恵門ノ不動】に参ったら、
そこに墨染めの衣を着た お坊さんがいた。

『この子は もう 死んでいる』と、言ったそうな。

驚いて その お坊さんの顔をみると、
『ここより 山坂 18丁 上がった所に
【山ノ観音】という
島に只、1カ所の
病気封呪 専門道場がある。
そこに行ってお大師さまに すがってみなさい』と、
いわれた。

山ノ観音にお参りし そこで、
不思議なおかげを 頂いた。

長くなるので仔細は述べられないが、
病気が全快したのだ。

すぐに 日赤に駆けつけると
(4年も入院していたら 先生も看護婦も みな知り合い)

先生連中が 頭を突き合わせて
『ウム 不思議だ。どこで どんな治療を受けましたか』と。

『恵門ノ不動にて会った
墨染の衣を着た お坊さんが
正に《お大師さま》に違いない。

『お前は 生きているのではない。
お大師さんに 生かされているのだよ』

祖母は 亡くなるまで そういい続けた。

そして 御歳 13才にて
【恵門ノ不動】の親寺
【子安観音寺】に弟子に入った。

よく おかげ話や、老人の話を
『それは 迷信や。実際に ある訳がない』で
すます人がいるが
実際に 八十八ケ所の現場に立って
色んな方に接してみると
言うに言えない 体験を為さっている方は
枚挙にいとまない。

一度、お四国でも 高野山でもいい。

お大師さまに 触れられては如何ですか?

きっと なにかを 頂けますよ。

今日の オジの 昔話を聞いて

ジジも どこか お詣りがしたくなった。
合掌

【 中に立つ 薄紙を取り払はなければ 心と心は 触れ合わない 】

このジジが ショックを受け 残念に思った。

小豆島大観音は 皆さんの協力で平成6年に完成し
7年に 盛大な【落慶法要】を厳修した。

年月が過ぎるのは 早いもので
あと3年すれば、20年になる。

20周年にむかって
お色直しや 境内の整備等をしなければならない。

一つの区切りとして 法要を計画するにあたり
各山の管長経験者をはじめ
有縁の方々にも20周年法要についての
【激励文】をお願いしている。

ある 国会議員になられた先生にもお願いをした。

大観音 建立以前からの付き合いで、
ジジが いろんな苦労に直面していた時、
心身ともに 世話になった。

電話 一本で 何事も 解決していた。

ところが どうだ。

国会議員になった途端、
2人の間の 流通が 急に悪くなった。
( そうしなければ ならないのだろうが)
必ず 2人の間に 秘書が介在するのだ。

天井の 隙間から 目薬をさすような
2人の間に 薄いカーテンのようなものがあり、
その 幕を取り除かなければ いつまで経っても
心と心が 触れ合うことができないのだ。

【新約聖書 使徒行伝 第九章: 目から鱗が落ちる】
いまは 目のまえに 靄が掛かっている。
その 靄を取り払うには …。

みなさんも そんな 経験が有りませんか?

また、知らず知らずのうちに そんな事を していませんか ?

秘書を使い、第三者を使って
当人に 殺伐とした回答をだす。

そんな事を されても 当惑するだけで
何にも 嬉しくないでしょう。

10秒ですむ。自分で 心からの伝達をすべきだ。
愛情をこめて 是は是、非は非と。

そんな 中、秘書から 【賛同します】と、連絡が入った。
合掌

【小豆島 大観音に 2万6000本の 芝桜が 植わった】

住職の 執念で あろうか。
『参拝の 皆様を密厳国土に おむかえしよう』と、
住職が 自分のおこずかいをはたいて
芝桜を 植樹した。

昨年 2000本 植えたのが 写真のように こんなに美しく咲いた。

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今年は 2万4000本 植え、トータルで
2万6000本を植樹した事になる。

来年には 大観音の境内一面に
芝桜の曼荼羅もようで参拝者を魅了する事だろう。

植わったと言っても 芝桜が自分で
土の中に潜ったのではない。

この 一週間に渡って
住職自からの お手植えは勿論の事、
子安観音の檀家総代をはじめ
檀家の皆さん、大観音の奉賛会、
行者の皆さん、島外からの信徒の皆さん、のべ
100人を越す 多勢の心が一丸となっての 植樹祭だった。

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これは 皆さんの布施行の 賜物である。

【布施】
布施とは 【物】と【心】の分かち合いの事だ。…
物心は【施しの行】と、なって
始めて現実のものとなり、
仏教の菩薩とは布施の行をなす人の事を云うのである。

ジジは難しい仏教用語を羅列するのは好きではない。
極力 平たく書いているのだが
今日は ほんの少し、布施行に触れてみよう。

【布施行】は三施と七施とがあり…どうも長く なりそうだね。
三施を 簡単に書きます。
● 飯食施 ( おんじきせ )
● 珍宝施 (ちんほうせ)
● 身命施 (しんみょうせ)

今回、植樹の お手伝いをして下さった皆さんは
【身命施】の行をなさった訳で
自分の身体と 能力で 奉仕をし
人助けをすることである。

身体と 心の施しが 人の苦しみを救うのであり、
たとえ 物に恵まれて居ない人でも
身命によって 施しの行をする事である。
植樹奉仕の皆さんは 旦那氏で 物質には
ご不十分ないのだが…。

【無財の七施】はまた いつか 書こうね。
来年には 奉仕の皆さんの 【身命施】が実り
多勢の参拝者の心を和ますことだろう。
大手会社を 卒業した ジジの大親友が
一週間の奉仕活動を終え 、満足そうな顔をして
大阪に 帰っていった。ぼんとうに ありがとう。
合掌

【 電車の中で 可愛い 孫が 泣いた 】

ジジの 可愛い可愛い 孫が 泣いた。

既に 娘から 報告を聞いていた 家内から仔細を聞いた。

南草津から 芦屋まで
週に二回 ダンスのレッスンに通っていることは 既に 述べた。

母親が 本人と 妹を連れて 週に二回、電車に乗るのだ。
大変だ。

たまたま その日は 空席が多く
四人掛けの席に 座ることができた。

『今日は 良かったね 』
車内で立ったまま 芦屋に着くことも多かったのだが
今日は座れた喜びを
分かち合える間もなく子供達は 睡魔に 襲われた。

保育園に行けば 分かるように この時間、
普段 幼児の【お昼寝】の時間だ。

とろが 芦屋に着き
『 さあ これから 頑張ろう ! 』
と意気込んでプラットホームに
足をかけた時、おばさんに 叱られたのだ。

一つは 只で 乗っているのだから、
幼児は 母親の膝の上に 抱いて 座るべきだ。

次は、大声で お喋りしたり 走り回ったり うるさい。
ちゃんと管理監督をするべきだ。

現場に 居たわけでないので
軍配の是非は定かでないが
四人掛けの一席が空いている位、
空いていた。

幼稚園児の常で もしか運が良く
座れたとしたら お昼寝の時間だ。

大声で話しても居ないし、走り回ってもいない。

おばさんに その旨を申したが 聞き入れられず

駅員さんに 一部始終を 報告に行った時
姿を消したという。
脇目をはばからず 大声で 泣いた。

お電話で 家内が 孫と話した。
『今日は ビックリしたねー。
でも あなたに とって良い お勉強に なったのよ 』

『ジジが いつも 言っているでしょう。
他の人に 迷惑をかけては いけない 』

『他の人に 自分がされて 嫌なような事は、
他の人に してはならない』

『もし できたら 隣にいる人たちが 喜ぶことを しなさい』

ありゃ ! マジでこれは ジジが
口が酸っぱくなる位、申し続けていることだ。

そして その日の 是非はともかく、
孫には 良い お勉強になったことだろう。

芦屋から 南草津に帰る 電車の中、
隣にいた方が 孫に 席を変わってくれた。
合掌

【 諸行無常 は 世の習い 】

但馬まで お葬式に行った。

大きな遍路団体の 会長の 妹さんが
行年 73歳で 浄土に旅立ったのだ。

妹さんは 30年前に病魔に冒され
30年間の 壮絶な闘病生活の末 召されたのだ。

【会葬御礼】で団体長の 兄が 素晴らしいお礼を言った。

2人は《良き 兄 》であり《よき 妹 》で あった。

兄は 心から 妹を可愛がり、妹は 心から 兄を 慕っていた。

礼の最後に
『あと 10年は 元気でいて欲しかった』と涙して
声を絞り上げた時、
会葬者 みんな 声をあげて泣いた。

兄も 妹も 信仰熱心で 小豆島八十八ケ所霊場に
手をとりあって よく参拝された。

闘病生活は 《長く》《辛く》《痛く》《苦し》かった。
そんな辛苦を一切 見せず、
只々 心から ご本尊様に 、
お大師さまに《 病気回復》のお祈りをなさった。

とうとう 小豆島にお参りが出来なくなった時、
兄が お供物を持って帰った。

《病気回復》の為に ご本尊様にお供物をしていた
果物やお野菜だ。

彼女にとって
それは 只の 《フルーツ》や《野菜》ではなかった。

そのもの自体が ご本尊様であり弘法太師なのだ。

病魔に苛まれながら その度、お手紙を頂いた。
きっと 書くことすら辛かっただろう。

【この度は ご本尊様の お供物を兄におことずけ頂き
誠にありがとうございました。
《中略 》
このお供物を ご本尊様と思い
おかげを頂き、辛くて苦しいけど
もう一度 もう一度 快復し 小豆島の地を
踏ませていただく所存であります……」

最後の お手紙は もう 読むことすら出来なかったが、
ジジには その文字は一言一句
全て 読み取ることができた。心眼で…。

みなさん 余命を宣告されたら 30年間、病気と 闘う気力が有りますか?
石に 縋り付いてでも もう一度、元気になろうとする勇気が有りますか?

ジジは 思う。

妹さんには 彼女の両親であるとも頼り、
信じていた《ご本尊様、お大師さま》が居られ、
実兄が 常に 影になり日なたとなって
見守って下さったのだ。

お大師さまは 言われている。
【右の手と 左の手を合わせ 南無大師遍照金剛と 唱うれば
この 1つの身体を 幾十万に分けてでも、
その人の心の中に入り 助けてあげるよ】と。

そして釈迦も キリストも マホメットも 同じことを言うだろう。
苦しい時、困った時 『おかあちゃ~ん』と、
すがりつく人が必要なのだ。
妹さんは 今、お大師さまに手を引かれ
素晴らしい レンゲ畑を 渡っていることだろう.。
南無大師遍照金剛

【 餓鬼は この世にも居る 】

《 倶舎論 》
餓鬼の 話が出ている。六道を彷徨っているのではなく、この世に居るのだ。
【 無財餓鬼】文字のとうり 全く 財産を持たず 真っ裸で居る。
落ちている 馬糞や 残飯を拾って 食べようとすると、メラメラと火を吹き
口にすることすら出来ない。痩せ細り お腹だけが異様に出ている。
【小財餓鬼】小金と ボロ切れ 一枚持って居るが 財産といったら、それだけ。
いつも 残飯を食べたり 腐水を呑んで 飢えを凌いでいる。
【多財餓鬼】この餓鬼が一番 厄介で 手に負えない。
お金を 一杯 持っている餓鬼。小判を山のように 積み上げ 山海の珍味を
たらふく食べ、限りなく 贅沢三昧をしている餓鬼。
《 餓鬼 》
【自己の 所有物に 満足できない 存在のことをいう 】
無財餓鬼と 小財餓鬼は 食べ物も 財産も無いから 満足できないのだ。
僧侶も 三衣一鉢 ( さんねいっぱち )さえあれば 心身とも見たされ 十二分に
修行に打ち込める。それ以上は 要らないのだ。
ところが 有り余るほど 財産を所有していても 【 足ることを知らない】人は
その時、その場で 【餓鬼道】に陥る。
今は バブルが弾け 経済も落ち込みはじめた。ほんの 少し前までは 私たちは
【物質 多きにて 心 無き時代】と、言っていた。
お金は 腐る程 持っている。しかし『 もっと もっと』と、とどまる所を知らない。
【多財餓鬼】とは 足るを知らない 私たちの事を言っているのではなかろうか。
そして 全てが 低迷している今、私たちは 餓鬼から抜け出して
光明を見なければならない。
世のため、人のため 【 布施行】の実践の為に。
合掌

【 反省して 謝罪することは 恥かしい事では ない 】

プラットホームで 孫たちと別れた。
【孫は東】に【ジジ 西】に まさに 安寿と 厨子王である。

電車に乗る前に みんなで うどん屋に入る。
日曜日とあって 大入満員 大盛況である。
子供ずれ、家族ずれが 多い。

『早く 早くーっ』 席を確保する為に 大急ぎ。

『ああ 良かったね』
椅子に座ったあと 悲しい人間の性( さが)で 周りを見回す。

子供ずれ 家族ずれ多い中、
1人で 来られている男性が目に とまった。

【最後の晩餐】ならず 【最後のうどん】とあって、
子供のテンションも高い。

【人に 迷惑をかける事が 1番 いけないことですよ】
【人に されて 腹が立つ事は 他人にするのは 慎もう】

ジジが 誰にでも 何処でも 言い続けている言葉だ。

ところが これが 般若心経の【 空 】である。

隣の子供がドタバタ走り回るのは やかましい。
大声で 話すのは うるさい。

平気で靴のまま 椅子に上がるのは、汚い。

ところが どうだ。

自分の子供の ドタバタは喧しくない。
大声も うるさく無い。

土足も 全く 汚くない。
【 空 】わたし達の 心の作用、心の持ち方である。

……と、1人の 男性が ツッと席をたった。
先ほどから気にして居た 男性だ。
『 しまった~っ ! 』

余程 煩かったのだろう。
食事をしながらの お説教は 食事が余計に 不味くなる。
『わたし達が されて 嫌な事は、人には しないように しましょうね』
『分かったー』
愈々、食事の時間も 終り お店を出ることになった。

かなり 離れた場所で あの 男性が居る。
怒り顏で食べている。
何をどう思ったのか 孫が 男性のところに 行った。

『おじさん、騒がしくして 申し訳ありませんでした。これから 気をつけます』
と、頭を 下げたのだ。

自分で【反省】して その結果【謝罪】したり、また【許す】たりもする。

悪かったと思ったら、直ぐに、謝るのだ。
メンツも体裁もないのだ。

孫に 謝られた男性の 嬉しそうな顔は 今でも、忘れることが出来ない。

この歳になって また 1つ 孫に 教えられた。
合掌

【 持続は 宝なり 】

ジジが 田舎から出てきたと言うことで、
みんな 集まってくれた。
子供たち、孫達、テレビ局の役員をして居た友人、
小豆島の同級生で 現役ヨット社長。

只でさえ 狭い部屋が ぎっしりだ。

『 《ジジの一言》の ブログは 長い間、
続いていますな』友人がポソリという。
『いつ 棒をおるかと 思っていたのだが、
上手い下手は別にして 大したものだ』

褒めていただいているのか
けなされているのか。

『大きな 区切りがある迄は
私の元気な間 続けようと思う』
ジジがいう。

ジジには 友人に 有名なシンガーが居て
若い頃は (遊びで) 時々 指導を受けた。

『むちゃくちゃやけど
お経を唱えているだけあって 声だけは 良いな 』

友人は 笑いながら よく言ったもんだ。

ところが ジジも歳をとり
歌う機会もめっきりと減り いつの間にか、
今まで歌えていた 曲が 声がでなくなった。
音域が狭くなったのだ。

今まで 歌えて居たのに歌えない。
声が出ない。
自分で満足できず 歌っても面白くない。

歌わないから余計に 声が出なくなる。
お経も含めて悪循環である。

極めつけは 管楽器の 【フルート】だ。
フルートを口にしなくなって30年も経っただろうか ?

何かのイベントで 其れを吹く機会があった。
『昔 とった杵つか、なんとかなるだろう』

自信があった。
なにも 押さえないで『ふー』と吹いた音が【G】の音だ。

なんと その音も出ないで
風呂の吹き竹の様に 『フー フー』鳴っただけだ。

ジジが 何を 言おうとしていると思う?

【よし! 】と 心に決めたことは途中で棒を折らないで
最期までやり通して欲しいのだ。

毎日 やって居ても 上手くいくことは 少ない。

それを やって見たり 辞めてみたりでは
世の中は そんなに 甘いものではないと 言いたいのだ。

仏教的にいえば、
六波羅蜜の【忍辱:にんにく】の行だ。

苦しくても 辛くても
【 不撓不屈】の精神で歯を食い縛って頑張って欲しいのだ。

【持続は力なり】
下手は下手なりに 下手で固まる。

上手な方でも 3日休めば元に 戻る。

ジジもウグイスのなき声でも、真似ようかな …
合掌

【 汝 他人の過去を 見るなかれ 】

【懺悔】【布薩】
《他人の 成したこと 成さなかった事を批判するな》とお釈迦さんは云われている。
自分の事を棚にあげて 平気で人を批判する人がいる。
同じ事をして居ても 他人の行いは 批判の対象となるが 自分自身の行いについては
全て 許せるのだ。ジジが いつも 言っているの般若心経の 【 空 】だね。
《悟り》
[ 人格の完成] とは 自己反省をし あらゆる欠点をなくして完璧な人格をそなえた時、
その人は [悟りが 開かれた] と人は思い、自身も自覚する。
悟りを目指す わたし達にとって [悟り] とは 自己をとことん 見つめ直して
欠点を撲滅するにある。
反省するのは自分であって、他人の 一挙一動を とやかく詮議するのは
された人にとって迷惑千万 甚だしい。
《布薩》
ふさつ と言い 大本営のインド近辺は勿論のこと 小豆島大観音でも行っている。
仏様の 前で 過去の自分の行いを よくよく見つめ直し 善悪を判断する。
そして【 悪 】と判断した時には、罪を犯していれば、2度とそれを 繰り返さない様に
反省し 仏様と お約束をし 自身、その様な行動をとる。
みなさんも ありませんか?
『 あの時、ちょっと 言いすぎたかな ? 』
『あの 行動で あの人は 深く傷ついて居ないだろうか ? 』
お寺さんでも【 布薩 】やってくれますが、先ず ご自分の家庭で行ってください。
仏壇があれば 仏壇の前、なければ あなたの部屋でも 良いのです。
一日に 一度は 事故反省する 時間をつくり 明日からの 糧としてください。
さて、ジジも 【 ざんげ ざんげ 】【 ふさつ ふさつ 】と。
合掌

【 芦屋川 にて 】

お昼弁当をもって 芦屋川に 来た。


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先日からの 雨風で
満開の花々を 楽しむ間もなく、葉桜になりつつ…。

『花の生命は 短くて…』思わず つい 出てきそうになる。

《 ひさかたの 光のどけき 春の日に しず心なく 花のちるらむ》
紀 友則

陽光の うらうらと のどかな 春の日に 静かな落ち着いた心もなく
どうして 慌ただしく ハラハラと 散って行くのだろうか…。

《花の色は うつりにけりな いたずらに わが身世にふる ながめせしまに》
小野小町

桜の花は すっかり あせてしまったなあ。
春の 長雨が降り続いた間に…。

そして、わたしの美しかった容色も何時の間にか
衰えてしまいました。

虚しく 世を過ごし ぼんやり もの思いにふけっていた 間に。

他国が ロケットを打ち上げるの どうのと 言っているので、
万が一 落ちてきたら
避けるスペースだけ残して 木の下に小さな陣を張った。

実際、『綺麗だ』『汚いわ』『咲いたわ』『散ったわ』
申している間に 時は どんどん流れ、

気がつけば、
《白頭を掻けば 更に短く すでに かざしに 耐えざらんと欲す》で
アツという間に わたし達の一生は 終る。

麗らかな 春の日に感謝して 残された 短い時間、
悔いのない 日々を送らねばならない。

【愚痴は 言ってたいませんか?】
【不平不満を言っていませんか?】
【人を 羨んでは いませんか?】

楽しい 有意義な 日々を おくろうね。
ありゃりゃりゃ !
住職に 無理を言って芦屋川まで来させて貰ったのに
クドクド 書くと 折角の弁当が 美味しくないね。

この辺で 筆を置きます。
合掌

【 涙の別れ 】

住職の 嫁のお父さんが お帰りになった。


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私たちから言えば 【密厳国土】
西洋人からみれば【ユートピア】。

仲睦まじい 楽しい楽しい
夢のような二泊三日も
アッという間に過ぎ去り、

嫁と 孫とが 船着場まで お送りをした。

『この3日間 本当にありがとうございました。
実家の父も喜んでいました』と 語る 嫁、

また愛娘を小豆島に残して帰る
お父さんの胸中は いかばかりであろう。

【恩愛】

血肉を分けた 親子、兄弟の
計り知れない 思い合い 慈悲心の事だ。

私たちが 喜びの中で 1番 しあわせを感じることは
親、兄弟がしあわせな事だという。

また 1番 悲しい事は
彼らが 嘆き苦しむ姿を見ることだ。

誰が 何を どう言おうが この事実は 否めない。

亡き ジジの母親が よく 申していた。

『60年の 人生の中で
1番 しあわせを感じたのは
あなたが 生れ落ちて 私の横で
《オギャー》と泣いた時だった。
何ものにも 変え難き しあわせだった』と。

【恩愛】とは別に【恩威】という言葉がある。

恩恵と 威光の事で《暖かい情けと厳しい しつけ》の事だ。

ジジの母親は 【恩威】を持ち合わせた人で
是は是、非は非とお観音さまという不動明王とが
同居した様な人だった。

今、子供の《しつけ》が問題になっている。
他人の子供どころか 自分の 子供の
教育さえ出来ない親が 増えている。

そんな中、私たちは【恩愛心】は勿論、
【恩威心】を 持ち続けることは 不可欠である。

お父さんは 嫁に そのどちらも 授けてくれた。
きっと 素晴らしい子育てができるだろう。

最期に
【恩威 共に 行われて 真向かう所を示すことあれば 云々】
学問のすゝめ
合掌

【 小豆島に 鯛が 上がった 】

住職の 妻の お父さんが 来られた。
私たちも 心からお迎えして 笑顔で 孫を抱きしめている 姿を見ると 一日でも
長く 滞在して頂きたい 気持ちだ。
寺とは 余り似つかわしくない話だが、お父さんは無類の釣り好きだ。
そして、お父さんも小豆島にて『鯛を100匹以上 釣ったよ』との話を聞いたりして
『私も それに続こう』と、 それを楽しみの 一つとして来られたのだ。
所が 今回に関して 予定していた おじさんが 急に用事が出来、さてはて困り果てた。
苦肉の策で 夜の10時も越したのだろうか?
ジジの親戚に無理をお願いして 朝の6時から 船を出してもらうことになった。
住職と おとうさん、船頭をしてくれる 親戚の方 3人での 船出と相成った訳だが
今朝に関してだけ 『あの 100匹以上釣ったという話はどうなったんだ ?』
と聞きたい位、1匹も釣れない。
『坊主が 釣りをしたら坊主で 帰るのかな』
住職が 頭を掻いたその時だった。お父さんの 釣糸が 弓のようにしなったのだ。
結局、お父さんは それこそ、それこそ、大きな鯛を1匹だけ 釣り上げた。

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もう 観念して居ただけに その喜び様は、大変だった。
『あとも先も、一匹だけ。お大師さんが お父さんに くださったのかな? 』
『お大師さんが 殺生の 手助けなんかは しないでしょう』
笑の中で 意気揚々と 寺に 凱旋した。
寺で アッという間に【 活きずくり】が出来上がったが、丁度 ジジも お客さんの
お相手をしていて その鯛が そこに出された。
そして その【 お造り 】もアッという間に 無くなった。
みんな 笑顔だ。
そして 誰も 口には出さなかったけれど 昨夜 10時も過ぎてから 無理をお願いした
親戚の方の 愛情と 労苦、お父さんの 執念の賜物を口 一杯 満喫した。
【感謝の美味】だった。
『本当は 釣れなかった所を お大師さんが 一匹 下さったのかな ? 』
『それは ないでしょう 』( 笑 )
合掌

【 故 俳優 :安岡 力也氏を 偲ぶ 】

桜 咲き誇る 8日 午前6時1分 安岡 力也さんが 散った。
彼は 《シャープ フォークス》と云うグループサウンズに所属していて
若い頃、ジジも感化されて 下手くそなギターを弾き、下手くそな歌を歌ったものだ。
『この頃は お姿を見ないな~』と、思って居たら、体調を崩されて居たんだね。
テレビニュースでは ジジは病名はさっぱり分からないが《ギランバレー症候群》とか云う
奇病にかかられ 最終的には、心不全だったとか。
驚いたのは ご長男の方で 安岡 力也さんの《生体肝移植手術》の際、
自分の肝臓の 64パーセントを提供したのだ。
テレビを観ていた 横にいた 家内が 『凄い ! 人間の 鏡ね ! 』と、絶叫した。
確かに 凄い。
64%と云う 生命の危険を顧みず、ただ 父君の 快復を祈ったのだ。
自分が 可愛い。自分さえ 幸せだったら 良いと言う 人間が増えた中で正に 《鏡》だ。
お釈迦さんの逸話がある。
深山で 修行中に どこからか【 諸行無常】【是生滅法】と言う声が聞こえてきた。
その後が 聞きたくて仕方がない。『次の 句は ? 』と 待ち望んでいるところに 鬼が出た。
『俺は 腹が減っている。今から お前を 食べさせてくれたら、教えても良い』と。
お釈迦さんは 鬼に 自身を供養して 【 生滅滅己】【寂滅為楽】の最終句を得た。
4 句の内容は 省略するが、世のため 人の為 【初転法輪】を得るために自身を投げ出した。
ところが 実は その鬼こそ お観音様だったのだ。
ウサギと クマと キツネが 仲良く遊んでいると 1人の哀れな 老人が来た。
お腹も 空かしているだろうし 今にも死にそうだ。
3匹は老人の為に あれこれ 食べ物を探した。クマとキツネは 老人が大満足するだけの
食料を集めてきたが、残念ながら ウサギは 取ることが出来なかった。
そこで、ウサギは燃え盛っている 火の中に自ら飛び込んで 老人を供養した。
その鬼こそが 実は お観音様だった……。
諸々の 逸話が出てくるが 今回の ご長男の取った行動は 正に お観音様である。
安岡 力也さんが『俺は 負けたな』と申すと『お父さんは 負けていない。勝ったのですよ』
力也さんが『お前は 俺のエンジェルだ』と申すと『お父さんは 私のゴッドファーザーだ』と。

最期に 『世界一の おとうさん。誰よりも家族思いのおとうさん。
わたしは、いつまでも ずっと 尊敬していますよ』と、結んだ。
ご長男には 人間の生きる道として 良い 教訓を 頂いた。
ご冥福を お祈りいたします
合掌

【 な~んでも 1 番が 良い 】

ドイツ家具を 扱っている 社長が 参ってこられた。
今年も 多勢の新入社員が 入社され、このように 訓辞をしたと 言われた。
会社経営と無関係なジジも それを聞き 良い勉強になった。
『世界で 1番 高い山は どれですか? 』『エベレスト』
『正解』
『日本で1番 高い山は どれですか? 』『富士山』
『正解』
『世界で1番 大きな湖は どこですか?』『カスピ海』
『正解』
『それでは世界で 2番目に高い山は どれですか?』『……………』
1番は誰もが知っていても、2番、3番と数字が増える毎に 知る人が減る。
会社の中でも 1番に 出勤する人。1番 最後まで残って 仕事をする人。営業成績が 1番の人。
【 やる気が ある】とみなされ【責任感が ある】とも評価される。
大きな事を 考えず その場、その時に 1番になる努力をする。
そう言えば ジジが 子供の頃 マラソンをした時、先生にこの様に言われた事がある。
『ダラダラと 牛のヨダレの様な 走り方をするマラソンは 何処にもない。
どれもこれも【小グループ】を作って走る。そのグループで 1番になれ。
そして、前方にグループを見つけたら その最後尾にくっつけ。
そして そのグループで1番になれ。自動的に 一等になる』
と、正当な理論を頂いたが、現実は思う様にいかなかった。
会社でも 【 課 】の中でトップになれ。次は【部 】の中で1番になれ。
そして、トップになるためには 多勢の上司や 友人の ヘルプが 不可欠。
上司や友人のヘルプを 頂こうと思えば、【助け合い】【絆】【信頼】
《心と心とが 結ばれ合ってなければ ならない》
『俺が 俺が』と、自我を張っている人に 何で 上司や友人のヘルプなど あろうか。
最期にこの様に 締めくくられた。
『目標を持って 目標に向かって 歩け』『目標は高いほど良い』
ありゃ ! なんか ジジに 言われて いるみたいだね。
それはそうと 小豆島大観音。
フランスであった アーク ARC プラス 国際作品で
《 美しさ 》では世界一をとったのですよ。
合掌

【 宝燈 】

姫路より 123名での 参拝があった。

団体長は 会社の社長さんで
お父さんの時代から 今に至るまで
ずっと可愛がって貰っている。


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特に 大観音 建立にあっては
会社繁忙の中、小豆島に足繁く 来られ、
中心的存在で建立に携わり
恩義もあり 心から尊敬する人だ。
父君 ご壮健の砌、社長は父君を先にたて
決して表には 出なかった。
団体の募集から 団体の把握、
総務から後始末まで 全ての社長が やった。

『早く お父さんのような 素晴らしい 団体長になりなさい】
社長の 偉業を知らない お坊さんたちは 社長によく 言ったのもだ。
『親父の 宝燈を続がなければ、ならない』それが社長の 口癖だった。
そして、偉大な 団体長が亡くなっても 【遍路団体】は微塵も揺らがなかった。
そんな 中、社長にも ジジにも 嬉しい事が 有った。
東京で仕事をして居た長男が 社長の会社を継ぐ為に 姫路に帰ってきたのだ。
『子供の時から、爺さんや私に付いて 小豆島参拝をしていたのですが、島遍路の
三台目を継ぎたいと今日、一緒に参ってきているんです』満身笑みで 社長は 申す。
今を去ること 2500年、お釈迦さんが 仏教を広めた。
大乗仏教、小乗仏教、信徒 挙って 【宝燈を】を守っている。
空海 高野山開創 1200年。全ての 大師信徒が 数年後に来たる 開創法要を待ち望んでいる。
これも 【宝燈】を受け継ぎ、守っているのだ。
そして今回、社長の長男が 【会社の宝燈を】【信徒団体の宝燈を】受け継いだのだ。
挙って 称賛したい。
『お爺ちゃんが、お父さんが 私が どの様に考え、どの様にすれば 喜ぶだろう』
『いつも そんな事を 考えていました』
そのように 申す。
【人の心を察知し、それを 喜びに結びつける】
これをがジジが口酸っぱく言っている【慈悲】の心であり 観音様のお考えなのだ。
『良かった、良かった。社長、おめでとうございます』
合掌

【 愛別離苦 】

孫たちが 帰り フェリーまで 送って行った。
はじめから【 会うは別れのはじめ 】と理解して居てもいざ 船に乗り込み
モミジのような手をちぎれる程 振っている姿を見ると身を引き裂かれるほど 悲しい。
自分たちが作って その中に入って楽しく遊んだ 《 我が家》。食べ残しの御菓子、
脱ぎ散らかした服、歯ブラシ…そのどれを見ても 胸が張り裂けそうだ。
フェリーに乗って 数分 経ってから パパからジジに電話が入った。
パパは40度近くの高熱が続き、今日は少し 引いたものの それをおして
『今から 九州に出張です』との事。
『可愛い 子供達に会えるのは 残念ながら 明日になります』と、結んだ。
《ジジは 何を 甘いことを言っているのだ。家族が居ない寂しさや病苦を乗り越えて
パパは1人、一生懸命 働いていたのに》
パパの 家族に対する 愛を 《 慈愛》と云う。
ジジの愛は 《溺愛》から 《渇愛》に変わっていたのだね。
慈愛とか 恩愛は何度も 語ったから それこそ割愛して 《渇愛》を見て見よう。
サンスクリット語では【トリシューナ』と言われ 《愛》とか《愛情》の意味だ。
【喉の渇いた人が 水を欲しがると云うような 激しい欲望】のことで、
それは海上を漂流する者が 余りの渇きに耐え兼ねて 1口、海水を飲んだ状態に似ている。
海水は 渇きを癒してくれるが 1口 飲んだ海水が益々 渇きを強める事になる。
そして 死を迎えるまで 延々と 海水を飲みつずけなくてはならないのだ。
ジジの欲望は 盲目的な欲望。満足するまで やまない 激しい妄執だった。
広くは 欲望を現し、狭義は 貪欲である。
『ジジ、渇愛は だめでしょう』
孫たちが ジジを 叱る声が 聞こえてきそうだ。
さあ ! 今から 仕事仕事 !
困っている 世のため 人のために。
合掌

【 潮干狩り 】

春風の頃、島に 来た孫たちと 貝を掘りにいった。

本来、自分が掘った貝は 『私のもの』。
隣りの 籠は『あなたの貝』。

やれ 『私の方が 沢山 取った』
『しかし 私のは 大きなのが沢山ある』と、
大変なのだが、


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誰から 言い出したのでもなく、
取った貝は 一カ所に集めて 増えていく。

【競争の原理】ではなく、
【協力、友愛の原理】である。

【絆】

今年のテーマだが、ジジはあることを 思い出す。

高野山の巡回布教師になって 始めての年に
( ジジの30歳ぐらいの時だったのだろうか)

昨年、未曾有の大震災が起こった 東北地方に辞令がおりた。

一日の 説教が 終って ホッとして居ると
支所のお坊さんたちが ジジの所に来られて

『能化さん 《 布教師の事を のうけ と云う》
この辺は 何も お持てなしをする所が無く
せめて、名物の温泉にでも
お連れしよと思いまして』と、仰る。

まだ 若く 温泉に そう 魅力も無かったのだが、
無碍に断るのも悪く ついて行った。

ところが どうだろう!
行ってみると その温泉にて
毎日、素晴らしい 《ショー》が
催されていて 老若男女で押すな押すなの 大盛況なのだ。

次から次へと 催される ショーに 魅了される。

そして、目を凝らしてみると、
1つの ホテルや旅館が この温泉をやっているのでは無く

《A》の ホテルも《B》の旅館も《C》も《D》も 、
とに角 近辺の宿泊所に泊まった客は

全て 其処に 送り込まれ そこで、疲れを癒すのである。

利益の 配分なんかは ジジの知った所ではないが、
全ての宿泊所が 1つになり
協力しあい 連帯して 客に接するのだ。

どの ホテルでも 旅館でも
『俺が 俺が ! 』『うちの ホテルだ~け 』と両手を広げ
客を 外に出さないのが 世の常だが、ジジの目からは鱗が落ちた。

そして、この歳まで いまだに
感激 感動したものの、1つとして 覚えている。

『あの 温泉は いま どうなって居るだろう? 』
『あの 連帯感は 今、どうなって 居るんだろう ? 』
『地震は大丈夫だったのか ? 』

ジジの 色んな 心が 錯綜する中で
協力しあった孫たちの 籠は
彼らの希望のように 大きく 膨らんだ。


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合掌

【 経験することによって 他人の痛みを分かる 人になろう 】

春休みで 帰っている 孫たちが
菜園に お野菜を植えた。

昨日、スーパーマーケットで野菜の苗や 種を求めてきたが、
今日は みんなで小さな小さな 菜園に出かけた。


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トマト, キュウリ、茄子、エトセトラ……。

草を抜き、土を耕し、肥料をまいて、
畝を作り、苗をさし、種を植え、水をやる。


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午前中の作業だったが 春陽とはいえ、
全員 汗 びっしょりだ。


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『何にも 考えなくて 美味しい 美味しいと
食べて居たんだけど、お百姓さん大変だね』

何を 思ったのか 全て完了した時、孫が ポツリと言った。

『そうだよ。朝早くから よる遅くまで。
それも 毎日だよ。』ジジ

『ありがたい と、【感謝】しなくてはね 』母親

『どんなに 苦労してお野菜を作っているか
自分で体験するのも 大切なことだね』

そんなに しんどいか、苦しいか、
相手の喜怒哀楽《痛み》を体験しなければね。

その体験が有れば、不登校も 校内暴力も
家庭内暴力も イジメも 無くなるんだけどね。

自分が そうされたら、どれだけ 痛いか、
苦しいか、哀しいか、辛いか、
体験して 身体で そして、心で 覚えているものね。

それが 般若心経の【 智慧 】と目をつむって言うんだよ。

『その お勉強をするには、
八十八ケ所 巡りが 最適なんだよ。
あの 山を越えるには
どれだけ しんどいか、この坂を登るのに どれだけで苦しいか。
体験を通じて 始めて人の 痛みが分かる。

参拝している お婆さんに
『ばあちゃん、手を引いてあげましょう』と
言える子供に 成長したら、素晴らしいね。
【慈悲】の心というんだよ。

うちの 孫たちは【 体験 】に よって
人の痛み苦しみが分かり 毎日を感謝の気持ちで
過ごすようになるだろう。

さて、ジジも もう一度、 菜園で汗を流すか。
合掌

【 春雷 】

思いがけない 春の雷が
日本全島を 襲った。

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【 春雷の 鳴り過ぐるなり 湾の上 : 虚子 】

知ってか知らずしてか、
子安観音の境内で咲き誇っていた
梅の花が 花を散らし
自慢の喉で そこはかとなく
囀っていたウグイスの姿も見えなくなった。

その横で 桜の木が 蕾を胸いっぱいに 膨らませた。

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【 春宵 一刻 あたい千金。花に 清光あり、月に影あり 】
【春眠暁を覚えず、諸所に啼鳥を聞く 、
夜来風雨の声、花落つること知る多少ぞ】

そんな 春夢
《 人生の 儚さを憂いる たとえ 》
を語っている時ではない。

知らぬ間に 梅が落ち 桜が咲き誇る。

そしてアッという間に 桜も散ってしまう。

【花の色は 移りにけりな いたずらに 我が身 世にふる 眺めせしまに 】
私たちの 人生の無常を 物語っているのだ。

【 世の中は 娘が 嫁と 花咲いて カカと萎んで ババと散りゆく 】

美しい娘さんだ 嫁さんだと 言っている間に、すぐに歳をとってしまうよ。

【白頭を掻けば さらに短く すでに 翳に 耐えざらんと 欲す 】

うろうろ キョロキョロ していたら 人生なんか 直ぐに 終わってしまうよ。

生かされている しかも 限りのある 人生。

【うん! 】と目をつむってしまってからではもう遅い。

娑婆で 暮らさせて 頂いている 今、
後悔せぬ 毎日を送らねばならない。

世のため 人のために。
健康で。
明るく。
楽しく。

あっ ! ジジも 乗り遅れないように 悔いのない 人生を 送ろ~と ! 。
合掌

【エイプリルフール】

一本の電話が 寺内を鳴り響いた。
家内が 受話器をとる。

話の内容から 娘からの電話のようだ。

『えっ! もう 印鑑を押してしまったの ?
相談もなしに 早まった事を ! 』

いつもの 柔和さがなく 顔面蒼白だ。

私の方に振り返って
『離婚届に捺印したそうです』との報告。

『え~! あんな良い子のどこに 文句があるの。
罰当たりな! 。もう 離婚届は提出したの ? 』

悲痛な ジジの 叫び。

『ワッハッハ 。 今日はエイプリルフールで~す

【 その物は 心の持ちようで 綺麗でもあり 汚くもある 】

今度は 比喩でなく
実例をあげて 【 空 】を語ってみよう。

ジジが【新発意】の頃
師僧について 前座を穢し
全国を布教して歩いたものだ。

寺で一泊する事もあれば、
ホテルを用意してくれる時もある。

長旅で ホテルを用意して頂くと
心身ともに くつろぐ。

『グラスを 二つ持っておいで、ビールでも 飲もう』
和かなお顔で師僧が仰る。

『君の 法話もだいぶんと 上手くなってきたよ』

ビールを飲みながら 先ほどの利点を褒め欠点を諭してくれる。
と、その時

『しっ 師僧、いつも このコップに入歯を お入れになるのですか? 』
ジジの悲痛な叫び。

『ああ そうだよ。入歯を入れたまま ビールを飲むと不味くていかん」
済ました顔。

その瞬間から ジジはそれらのコップで ビールを飲めなくなった。

入歯は 【綺麗】【汚い】に分けると
ジジの感性からすると【汚い】部類に入ったのだ。

入歯はまだ良い。
決定的な汚物をコップの中にいれ
それを 洗剤でゴシゴシと気にいるまで
洗い落としたとして、
皆さんは そのコップでビールが飲めますか?

これは 私達の【心】が洗剤で洗い
美しいはずのコップを 汚くしているのです。

コップ自体は 全くの 無菌で
衛生上も 美しさも 何の問題もない。

この心を 般若心経の
【 空即是色 】【空】と言う。

あの日 あの時の コップは
師僧の【心】では 不浄な物ではなかったんだね。

欠点を指摘された事よりも
【 入歯 事件】の方が
懐かしく 微笑ましく思い出す。
合掌

【 回向 : えこう 】

何時の間にか 水 温む 卯月に なりました。
梅の花が 任務を終え 色あせ 桜の蕾が いつ開花しようかと錯綜している中、
今年に入っての貴重な三ヶ月 、如何に 無駄な日々を過ごしたのかと嘆く ジジがある。
朝から 住職のヘルパーで ご法事や 納骨に参った。
母親の三回忌で『私が 住んで居る京都に 父も連れて行き 小豆島は空家です】を聞き、
『ああ、小豆島は益々 過疎化が進むな】と、悲哀を感じながらの お勤めだった。
法事は【 追善供養 】とも【 回向 】とも言う。
【 回向 】とは、自分の修めた功徳を 他人にも差し向け それがため、自他 共に
《喜びを感じ》《しあわせを掴む 》ことである。
難しいのは やめにして 法事作法に於いての 【 回向 】を考えてみよう。
お坊さんを 迎えるにあたり、位牌を別座に移動して ロウソク 線香をたて、
御仏飯を供え、お水をあげて、お花を供える。
『おじいちゃん、おばあちゃん、このお花、生前中に 2人で作った花ですよ。
こんなに大きく 立派に咲き誇るようになりました。どうか 心 和ごんでください』
すると 位牌の中に居られる 祖父母はどう言われるだろう ?
『うわ~ 綺麗だね。あの時の 花が こんなに大きくなって』
『私達は もう 納得したので 今度はあなた方が 心 和み、お供の饅頭でもおあがり』
よく みてください。花も 線香も 水も 花も、み~ んな 位牌の方を向いて居るのではなく
私たちの方に 向いています。お供をした 私達の心を 喜んで召しあがり、今度は
それらを グルリと廻して 私たちの方に 差し向け 施しているので有る。
私達は、仏様と2人で 【回向】のしあいをするので無く 他人に向って 施しをしなさい。
先祖さんは それを 教え、そうする 私たちを見て お喜びになるのである。
そして、その行為自体が ご法事に於いての最高の 【ご回向】になるのだ。
合掌
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子安観音寺

Author:子安観音寺
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