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【いのち つながる 3 高野山 管長猊下 御本】


空海は 高野山を開創されて【勧進して 仏塔を造り奉る知識の 書】を書いた。

土地だけは 嵯峨天皇より 頂いたものの これから 勧進して 堂宇から
始まって 密厳国土を 作り上げて いかねば ならない。
最初に 【金剛界】と【胎蔵界】の二基の仏塔を 建てるのだが
その時の [多勢の 信者さんに お願いしますと]と言った 趣意書だ。

その 内容は

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【 いのち つながる その 2 】

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今日も 高野山 管長猊下 御本 【いのち つながる】を勉強しようね。

平成 27年は 高野山の 開創 1200年の 大法要の 年を迎える。
空海が 御歳 43才の時、嵯峨天皇より 7里四方の 高野山の地を 頂いた。
【深山の平地 もっとも 修禅に良し 空海 少年の日、好んで 山水を 渉覧し…
名ずけて 高野と言う。四面高峰にして 人跡はるかに たえたり。
上は 国家のため 下は 修行者のため 云々…】
これは 高野の 地を いただくための 嵯峨天皇への 上奏文だ。
1つには 私たちの しあわせを 祈るため。
1つには しあわせを 祈る人を 作る 場所と 機関 をつくるため。

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【いのち つながる 】

高野山の 菅長猊下より 御本が 届いた。


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【いのち つながる】と云う 御題 だった。
菅長猊下は 事相 【経典を 読むだけでなく 実践的な 行をすること】のみならず
教相【実践的な 修行に対して、教義を 理論的に 研究すること】の大家で
その 出版物等は想像を絶する。
高野山大学の 学長を 経て、専修学院【僧侶 養成所】の責任者になり
無投票で 【菅長】に就任なり 今期で 2期目だ。

2冊 送ってこられ 1冊は ジジに、1冊は 住職にと云うことだった。
素晴らしい 配慮だね。

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【恵門ノ不動 徹宵大護摩 厳修 】

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恵門ノ不動で 夜を徹して 護摩供養が あった。
お写真、ご覧ください。
僧侶が 反り返っているでしょう ?
ただただ 熱いのです。
皆さんが いつも お受けになっている 護摩の 10倍以上は あります。
ジャンヌ ダルクでは ないが、とにかく 熱いのです。

今夜は 僧侶 10名、行者、先達 40名、合計 50名の スタッフで
住職を中心に 一年に 一度の 護摩を炊いた。
全ての人が 全身全霊をささげ 猛火に煽られながら、一心不乱に錫杖をふる。
一晩中、太鼓の音と共に 多勢の信者さんの 熱祈祷の 般若心経の 【音魂】が
恵門ノ不動 36峰の 峰々に 木霊した。

騒然とした中で 【凛】と 一本 筋が通っていて 『暑い』だの『眠い』だの
不平不満を いう人は 誰1人 いない。
ご本尊の 御心と 僧侶の心と 行者、信徒の 心、三者が 一つに なった。

信仰の 原点
【火】
【水】
【暗】

掘り下げれば それだけで無い もっと深い 真理が有るのだが ここでは

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【小豆島 第 八十一番札所 恵門ノ不動 大祭 】

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年に 一度の 恵門ノ不動の 夏祭りだ。

今日は 恵門ノ不動の 行事が 3つ ある。
● 従来の お護摩の上に 【五大護摩】と言って 何千本の 添え護摩を
地 水 火 風 空 ( 識) と、5回に 分けて 5人の僧侶が 1人づつ入れ変わり
夜を 徹して 焚きあかすのだ。
火の 大きさが 半端ではなく、僧侶、行者、信者、檀家世話人と 50人を越す
スタッフも 遊び半分でやると 大火傷をする。
まさに 命がけだ。
●それでも 焚ききれないだろう 添え護摩を お昼に【柴燈大護摩】として
炎天下、お炊き上げをするのだ。
立っているだけでも、汗が 吹き出し 倒れそうになるのに
その上に 大護摩の 大火だ。
僧侶も、行者も、信徒も、檀家も、余程 性根が入ってなければ できない。
●【恵門講】と云う 恵門ノ不動を 中心とした 講があり、7月の27日には
【柴燈大護摩】を焚いて 法要をしていた。それに 【五大護摩】が
便乗させて もらったような かたちだ。

その上に 山の観音 では 土用期間中 ずっと 続いている 【きうり加持】がある。
ジジが 山ノ観音を、住職が お護摩を 担当した。

多勢の 人たちの お助けによって 恵門ノ不動の お祭りが盛大に 行われたが
ジジに とって たった 1つ、不満がある。

地域の人の お参りが 減った という事だ。
ジジの 子供の頃は 地域のみならず、島をあげての お参りだった。
沢山の 夜店が出て 浴衣を着て、ウチワを持った 子供達が
学校と違った 感じで、澄まして 通る。
お教と 太鼓の 音と共に、大衆の ざわめきが 今でも 耳に 残る。

それが 50年 経過した こん月 こん日、様子が 変わってしまった。
【恵門講員】を中心に 島外からの 信徒が 増え、
地域の皆さんの 姿が 激減してしまったのだ。
信徒におされて 檀家 地域が 減ったのだろうか ?
時代の 波に よって 減少してしまったのだろうか?

総代や 世話人さんと よく 話をする。
『昔の ように、地域の人たちに 参って もらいたいね』
『信徒の方は 大勢 参ってきても 2時間も 拝めば、潮が引いたように
いなくなるもんね』

地域の みなさんが、寺を つくり、山岳寺院をつくった。
その つくった方達の 子孫が 参ってこそ、寺の 祭りというものだ。
【五大護摩】も【柴燈大護摩】も、その真剣さ、ありがたさに、
それだけに来る 徹夜参拝が 増えている。
地域のかたも 一度 浴せば、きっと 感動することだろうが…。
【仏作って 魂をいれず】

そのような 事に ならないか 心配で たまらない。
合掌

【生かされた 人生、大切に おくろう】

今日も 炎天下の中、蝉が 鳴き続けている。

10年は 一昔 ああ 蝉の声

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【お施餓鬼 】

暑い 土用が おわれば 直ぐに 【棚経】が やってきます。
分かりやすく 言えば 表に 棚をだし【 お施餓鬼】を します。
《餓鬼》を《施す》と、書きますが さて その 餓鬼とは ?
[六道輪廻]と云う言葉を ご存知でしょうか ?
私たちがが 生前の 善悪の行為によって 生死を繰り返す 迷いの世界をいう。
[地獄]
[餓鬼]
[畜生]
[修羅]
[人間]
[天界]
餓鬼道は広辞苑に よると[生前の 悪行のため 餓鬼道におち、
いつも〈飢え〉と〈渇き〉に苦しむ 亡者]と、ある。
食事を ガツガツ 食べる人の事を [餓鬼]のようだと 申す所以だ。


煩悩の 根本は 〈三毒〉とよばれる。
[貪]貪り
[瞋]怒り
[痴]おろそか

《餓鬼道》とは 《煩悩》の象徴に 他ならない。
自己の 欲望に 引きずられて むさぼりの限りをつくし
求めても求めても 満足することが出来ない 心の 飢渇の状態を 言っている。

【餓鬼][畜生]に 食べていただこうと ( 供養する) 私たちは、
わざわざ 表に 棚をだし 田畠で とれた 茄子や 胡瓜を お供えするのだ。
その行為は 自分自身が 持っている [貪りの 心]を供養するに他ならない。

お葬式や ご法事で お墓に お参りしたとき、必ず 【御物販】を供える。
『こんなものを 供えると 鳥や 猫の 餌に なるだけだ』
思い切り 不平不満な顔で 仰る。
『そうです。猫や 犬、カラスを 供養するのですよ』

それが 三毒の一つ、むさぼりの心を 無くし、執着心を 取り除く 原点なのだ。

《貪る 人々の あいだにあって われらは むさぼらない
いとも 楽しく 生きて行こう 貪っている 人々の あいだにあって
われらは むさぼらないで くらそう》
[第 三十章 たのしみ 四十三 中村 元 訳]
合掌

【言うは やすし、行うは 難し】

山ノ観音 【きうり加持祈祷】
今日も 全国各地から 多勢の お参りがあった。

《よかれ》として 言った事が 結果として 相手の心を 《不愉快》にした。
配慮に 配慮を重ねたつもりでいたが ジジが この歳に なってだ。

団体が 100人で 参ってきた。
毎年 3度に渡って 参拝するが 100 × 3 で 300人だが 今年は 少し 少なかった。

先達さんが 申す。
『時代の 波には 勝てないですね。
以前は 400人 以上 参って居たのですが、今年は 300を切りました』

その 答えが 失敗だったのだ。
『いやいや、会長。400では ありませんよ。全盛期は 1000人 参ってました』
これが 先達の 心を 逆なでしたのだ。
顔色が かわった。

ジジにしたら、300人 300人と 僻まないでください。
先達の 会は ずっと 1000人を キープする 大団体であったじゃあないですか。
今でも 300人とは 大したものです。
そう 言おうと したのだ。

それが 取りように よれば どうだろう ?
『あなたが 会長になる 前の 会長の時は 1000人から いた。
それがどうだ ? あなたが 会長に 就任した 途端、みるみる 団員が 減り
最早、風前の灯火では ありませんか?
そう 取れるのだ。

《いじめの 問題の 時も 申した》
『自分が 他人に されて 嫌なことは 絶対に 慎もう』
『自分が 他人に させて頂いて 喜ぶんで もらえることを 実践しよう』

それが 《智慧》であり 《布施行》である。
良かれと 思って 申したことが 結果的に 人の心を 【不快】にさせた。
【 言うは やすし、行うは 難し】

高い 希望をもって それに向かって 努力する。
希望、構想を 練るのは いいが、実際、それを具現化 しとうと思えば
並大抵ではない。

空海 と 最澄の 手紙のやりとり 《 風信帳》を 思い出す。
きうりを 加持しながら、ジジは 今日も いい お勉強を させて頂いた。


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合掌

【女性の 理想像】

市長が 不倫を して居た事が 放映された。
本人は 『 7~8 年も 前の事で タレント時代の話だから 時効だ』と、申す。

テレビ局も ここで放っておけば良かったものの、街中に でて 一般市民に
『あなたの 主人が 浮気をすれば、あなたは どうしますか?』と、煽る。
横に 主人が 居る居ないで 微妙に 意見が 違う。

『 即 離婚 ! 』
『お金を 貰う、もしくは 高価な物を 買って貰う』
『ぶっ飛ばして やる』

不倫をする 亭主が 悪いのは 重々 分かるのだが、100点満点の 解答ではない。
浮気から 少し 論点が ずれるが 【女性の 理想像】を 勉強してみよう。

お釈迦さんは 女性の道、 夫人の 在り方について《五善 三悪》を 説かれた。
● 長幼に 施しを する
お年寄りや 年端のいかない 子供達に いつも 手をさしにべる。
● 謙譲 の 心を もつ
( 電車の中でも )どこでも いつも 譲り合いの 心をもつ。
● 操を 守る
これは 皆さん 分かるね。
● 夫に 仕える
傅(かしず)く という 意味でなく、互いに 手をとって 助け合う。
● 夫の 留守と 家計を 守る
主人が いない時は 身を張って 家庭を 守るという事だが
これが 1番 なされて ないようだ。

三悪 とは
● 不遜な 態度
へりくだる 気持ちなく 傲慢な 態度を とる。
● 浮気 の 心
ここで お釈迦さんが 説かれているのは 色恋 ( いろこい) だけで ない。
● 他人の 美醜を 噂すること
これは 十善戒でも 出てくるね。
私たちも よく しているのではないないだろうか ?

どんなに 美しい人でも 年月が経てば、かわる。
この 変わると いう事が 諸行が 無常である同級生をという事で
いつ迄 たっても 普遍なもの、磨けば 磨くほど 光を増すもの
それは 《 心 》だと 述べられた。

【 女性の 美しさは 外見や 容姿だけではない 】
【本当の 美しさは 心の 美しさ である 】

さて 最初の 市長の 浮気問題の 一般市民への アンケートの 答え、
変わりましたか?
あなたなら マイクを 向けられたら、どう 解答 します ?
合掌

【小豆島 山ノ観音は きうり加持 参拝で いっぱい】

たぶん 全ての 土用中日、土曜日 日曜日と比較しても今日ほどの
賑わいは ないであろう。ジジも 7時 30分に登壇 ( 法要などを おこなう時に
導師が 壇の上に 座る) して 2時 30分までの 間、一度 少し下礼盤しただけで
ずっと キウリを 加持していたのだ。

各地から こられる 既成のお団体の皆さん、ジジの寺の 特別 信者さん、
たまたま 来られた観光の 方 、そんな中に 島内より 参集された 【お滝の 会】の
皆さんたちが 今日の 法要の 花をそえて くださった。

小豆島には 有名な 銚子渓の滝と 同じくらい 大きな 滝がある。
[男滝][女滝]を有している【ご来迎の滝】だ。
そこに 空海が 本尊をつくり 自ら 病気封呪の 加持をせられたという
言い伝えが あり、バス道もない 滝に 多勢の信者が 集う。

ジジが 新発意として 勉強をうけている 【四柱推命】の大先生が
山ノ観音の 上にある【ご来迎の滝】のご本尊さまを中心に
【講】を作られている。
今日 全員が参拝をできなかったが その講員たるや かるく 100人は超えている.。

【加持 祈祷を受ける】ということは、帰りには 何もかも 吹っ切れ
秋空が 晴れわたるように 清々しい 気持ちに ならなければ ならない。

ご本尊の 慈悲の心と 仲介役の 僧侶の心と 行者 ( ご祈祷を 受けるもの) の心が
1つに ならなければならない。この3者に 少しでも すきま風が吹いたら
絶対に 清々しくも 有難くも ない。

その上に お手伝いの 皆さんの 心、4者が 一つになれば
【ご本尊は ありがたかった】
【僧侶の お加持も 性根が入っていて、ありがたかった】
【故に 知らず知らずのうちに 一生懸命 手を合わせた】
【ボランティアの 方から受ける 施しほど ありがたいものはない】

この次は、信者さんが お手伝いの 1員に 加わっているかもしれない。
なんだかんだで 素晴らしい 【きうり加持】の 一日 でした。

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【山ノ観音 きうり加持】

梅雨が あがって 暑さが 見にこたえる。
土用の 土曜日とあって、朝から 【きうり加持祈祷】のお参りが 絶えない。

多勢の 団員さんと一緒に 岡山から こられた。
10年ほど前までは、【きうり】に なれば 1番に 駆け付けてくれていた。
今年 90歳に なるとか。
『なんと 90歳 ! 』と、驚いても 紅顔の 美少年の ジジが こんなんに
ひからびてしまって居るのだから 人生は 酷い。

多勢の ボランティアの 方達の お力を 借りての 【きうり加持】だが
今年も 沢山の [菩薩]さんの 【慈悲】の心によって 成り立っている。
先ほどの 90歳の 先達さんでは ないが、もう 奉仕歴 20年と、いう人も
珍しくは ない。

僧侶方は、完成した【 きうり 殿】を 性根をいれ 加持をし、
【きうり 塚】に、納める 作業。

奉仕団は 【きうり加持】の受付けから 始まって、祈祷札を きうりの中に
入れ、胡瓜を お化粧して 本堂まで 三宝にのせて 持ってくる。
大変だ。

土用期間中 【きうり加持 中】参拝者、全員に 15丁 上にある 【御来迎の滝】の
水から とった霊水で つくった 【流し ソーメン】の接待が ある。
冷たい 霊水で作った ソーメンの 味は また 格別。
大汗を 描きながら ソーメンを お口に持っていく。
どのようお顔をみても 天真爛漫として 笑顔だ。
その、接待も ボランティアの皆さんに おんぶに抱っこだ。

戦いすんで、日はくれて、一日の 業務が終わった時、皆さん クタクタで
横にある おソーメンも いただく 気力も ない。

【無財の七施】の 布施行の 実践。
1日や 2日なら、なんとか 顔はだせても 10年も 20年もというと
本当に 頭が 下がる。

90歳の 先達さんの 後姿を 見送りながら、思わず 手を合わせた
ジジで あった。

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合掌

【一皮剥けた プロゴフファー】

ジジは ゴルフの事は 全く 分からない。
その ジジが そのゴルファーとのテレビ対談に 釘付けに なった。
その方の 実力度、知名度は ジジのような 物知らずでも 知っている。

『この頃は 日本でも 海外でも 成績が 上がっていないな ? 』
ジジですら 薄々 気づていていたが なんと 1年 8ヶ月 優勝はなく
48位に 低迷しているらしい。
その ゴルファーが テレビ対談において 今、1番 心掛けていることは
【飛距離 より パッティングだ】と、申した。

【飛距離】と いうのは、第一打を 如何に遠くに 飛ばすこと。
【パッティング】とは グリーンにのってから 如何に少なく ホールに入れるか。

この 1言をきいて 『ああ、一皮剥けたな』と、頷き 耳を 大きくして聞いた。
【飛距離を伸ばす】ことは プロゴルファーからすれば 1打でも、
少なく ホールに入れる為には 必要な事である。
しかし、素人の戦いで 前の人が 遠くに 玉を飛ばした。
後の 人が 負けん気をだして 『ウヌ 負けるものか ! 】と、クラブを振り回すと
ボールは 自分が 思っているところには いかない。

対談の ゴルファーは 申す。
『タイガー ウッズの フォームを 見ていると、玉を 打っているのだが
玉を 打っていない』
『その 心も 身体も 全く 静かで よどみがない 』

【他人との 競争で あるのだが、実は 他人との 競争ではない』
『ゴルフとは 自分自身との 戦いである』

ジジの寺の 1つに 【小豆島霊場 第81番 恵門ノ不動】がある。
《祈祷道場》として 全国より 多くの 善男子善女人が従姉妹参拝されるが
特に 【厄除けの寺】として 有名ある。

その 恵門ノ不動に 時々 プロ ゴルファーの 卵たちが 修行にくる。
社長 は『技術的には そのいきに達しているが 要は心の問題である』
『一週間、他人と 戦うのではない。自分自身との戦いなのだという事を
《行 》させて下さい』と言われる。

修行によって 煩悩を 取り払ってくれと もうしているのだ。
心が [捉われず][揺れず][崩れず]この1打に専念する。
それが 結果的に 優勝に つながる。

なるほど。
ゴルフだけでない。
私たちの 日々の生活に おいても その心が 必要なのでは なかろうか ?

なんにしても、ジジが知っている 数少ない ゴルファー。
どうか 一皮剥けた その心で 身体で 一日も早くの 復活を 期待する。
合掌

【 聖人は 物に 凝滞 ( ぎょうたい) せず 】

スリランカ から お客さんが きた。
ビパッシー 大僧正から 電話で 『寺で 接待してください』という事だった。
スリランカ ミニスターは 10本の指をかるく 越えるくらい 来寺されているが
今回 来られた方は なんとも 品の よい ご家族だった。
寺は寺で 【きうり加持】でバタバタしているし、ビパッシー僧正は その日、
スリランカに 帰るとかで お互いに 意志 疎通 確認のないままの お迎えだった。
威張りもしない。清楚な 感じで 何故か 好感がもてた。


あくる日、大騒動だ。
たまたま 議長と会うことが あり、スリランカの おとうさんが 議長に
ネームカードを 渡したついでに ジジにも くれた。
なんと ! スリランカ の 大要人 である。

スリランカ 女性初の 首相を 長きに渡って 務めた 【バンダラナイケ】が 叔母に
第5代 スリランカ大統領 【クマナトウンガー】が 従兄弟に あたる。

ジジは 好々爺然とした 風貌の 普通の 方かと思っていた。

【聖人は 物に 凝滞せず 】
聖人は 物事に 一喜一憂せず、静かに 時勢を知り 自然に身を処し
泰然自若として 物事に こだわらない。

すごいね。
本当に いい 勉強をしさせてもらった。
ジジも そのうちの 1人に 入るのかもしれないが
始めて 会った人に 名刺を配り歩き、自身が どのような 者か
相手に 少しでも、知ってもらおうと 拘り 努力する。

考えたら 哀れなもんだね。
そんなことは やがては 分かるんだから 物事に拘らず 泰然自若と
していたほうが 余程 大人 ( たいじん ) なのにね。
バタバタ している方が 余程 小人に みえる。
(あ… 営業は 別 ですよ)

【小人の あやまつや 必ず 文 ( かざ ) る】
品性の 卑しい 人は 過失を犯しても 反省し 改めようとはしないで
その場凌ぎの 言い訳をして ごまかそうと する。

聖人たるや なにか ?
小人たるや なにか?

言わず語らず 教えて いただいた。


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合掌

【きうり加持にて 成住壊空 を悟る】

今日も 山ノ観音に 出仕する。
土用期間中 修している【きうり加持】のためだ。
ウイークデーと言うのに 多勢の参拝者で 本堂は次から次へと 満杯だ。
一段落 ついて 下山しかかった時、駐車場に 2台の乗用車が 止まった。
1台は 姫路、1台は 鳥取ナンバー だった。
降りてきたのは、どちらも 30歳に なるかならないかの 家族だった。

『昨日と 同じように 若い家族参りが 増えたな』
そう 思いながら すれ違いざまに 家族の皆様に手を合わせた。
…と、ジジは もう1度 2台の乗用車を 見くらべた。
別々に 来ているのに、どちらの車にも 【81番 札所 恵門ノ不動】の
交通安全の ステッカーが 張られていた。

問い合わせてみると、やはり ジジの感が 当たっていた。
両方の 家族ともに お婆ちゃんが 大きな団員の 1人として 参って来られている。
お婆ちゃんは お元気で 来春も 遍路の1人として参拝を楽しみにしている

【毎年 おばあちゃんが どんな ところに お参りにいっているか
一度、見てきてらっしゃい】と いう事で 家族で 足跡を たどらせて頂いている。

『山 あり、谷あり、人には 頼れない』
『すべてを 自分の足で歩き、自分で 拝み、自分で 手を合わす』
『私 自身、1人で生活していると 過信していたが
いかに 他人に 依存していたか 嫌というほど 思い知らされました』
『1人では どうすることも できない』

『遍路行は 如何なことでも 全て 自分で行わなければならない』
『人の 苦しみも 痛さも 体験して始めて 手にとるように 分かる』
『ささいな事でも、どんなに 喜んで 頂けるかが 分かる』

『目から 鱗が落ちました』
『遍路行とは 私たちが 毎日を生きていく上で、人への配慮、
人への気配りが 如何に 大切かを 勉強させられました』
『明日から 会社にいっても、学校にいっても 人への接し方が
変わるような 気がします』

ジジが いう。
『四苦八苦 しています の、《生老病死 》と 同じで《 成住壊空》といって
私たちが 生きていくうえで、避けては通れない 教えなんです』
『人生の中で 苦があり それを 取り除くことによって 楽を与えて貰うのです』

『来年から 時間があえば お婆ちゃんと、一緒に 小豆島参りを しようかな』
あの、後ろ姿は 本気で考えて いるようだった。



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合掌

【病気封呪 専門道場 山ノ観音; お祭り 】

年に 一度の 山ノ観音 の法要だ。
今年も無事 恙無く 生活をさせていただお礼と また この一年間
無事息災に暮らせますようにと いうお願いの 参拝者でごった返した。

山ノ観音には 小さな 洞穴があり 大昔には 結核とか レプラとか
不治の病の方達が 世間から 幽閉されるような 形で肩を寄せ合うように
そこで お暮らしになっていたようだ。

大同 4年、ちょうど 空海が 遣唐使の 1人として 入唐し 青龍寺にて
【真言密教】の秘伝を授かり 都 ( 京都 ) から呼び出しがあるまで
九州にて 待機して居た 年代だ。

云 伝えがある。
山ノ観音にて 明日の命も知れない 生活を送っていた 患者たちの前に
1人の 檜皮色の 衣をきた 僧侶が 現れた。

『かわいそうに。
世間とも 家族とも 隔離され、あすも知れない 人生を送っているとは。
私は 今、京に 上がる途中の 修行僧だが、【不動明王の加持力】に お縋りして
あなた方の 病気を治して しんぜよう』

山ノ観音より 5丁 上がったところに [男滝][女滝]を有する【後来迎の滝】がある。
大きな滝 なのだが、銚子渓の滝ほどは 知られていない。
【ご来迎の滝】にて 不動明王を勧請し そこで 1日 3座、3 × 7 = 21座、
1週間に 渡って 死に物狂いで 病気を 封じ込まれた。

なんとも 摩訶 不思議。
明日もしれない 病気病難を抱えた 方達は みるみるうちに 快癒した。

『いつ迄も、ここに 届まって 私たちに【真言密教の秘法】を伝授下さい。
衣に すがる 善男子善女人に むかって こう 言われた。

『なにを 言って居るのです。あなた方は もう すっかり 快癒しました。
一刻も早く、首を長くして待っている 家族の元に 帰りなさい』
『ここに 置き土産として 《 なで守り》を残しておこう。
病気病難で 苦しんでいるものがいたら、この なで守りで 悪いところを
1週間 なでさすり 8日目の朝に 流れている 清い川に 病気と一緒に 流しなさい』

檜皮色の 衣の 僧侶は 立ち去ったが 今でも、山ノ観音には
空海の 《おき土産》がある。
《なで守り》だ。
【小豆島 只 一カ所の 病気封呪専門道場】として 言い伝えられている所以だ。

その お陰を 信じて 今日の お祭りにも 多勢の参拝者でごった返している。
合掌

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【 無縁墓 増える 】



社会全体で 無縁墓が 増えているそうな。
薄暗い 霊安室で 寝ている方の 引取り手が無い。
なんと 8年前の 1、7倍だそうだ。
行き倒れ等で 身元が 分からない。
身元は分かるのだが 親も兄弟も親族も、お祀りをする 人が いない。
【生涯 未婚率 】だが 50歳まで 一度も 結婚をして居ない 人をみると
10年前には 女 ; 4・4% 、男 ; 2・6% だったのが、今年は 女 ; 10・6 % に対して
男 ; なんと 20・1% に跳ね上げっているそうだ。男性の場合は 5人に 1人は
【生涯未婚者】と、いう事になるが これは 色んな ご事情が有るだろうから
触れないで おこう。(%だが ジジが 慌てて記録したので、正解でないかもしれぬ)
問題は その次の 【身元も 分かり 親子 兄弟 親族】が 判明 しながら 引取りを
拒否する方達だ。どんな 事情があり 如何なる 経緯が有ろうとも 決して
しては ならない 事である。
よく 言うよね 『色々 有ったけど、死んだ人には もう 罪が 無いものね』と。
そう、終焉が無く いつまでも引っ張るのでなく【死】を機会に 【許す】
リセットする 気持が 持てるか どうかである。
全てを 【ご破算】にし、心 新たに あなたの お墓に迎えた時、煮え繰り返る程の
腹が立つだろうか ?
いや 死んだ 人をみると目前にして (不謹慎だが) ニンマリと微笑む筈だ。
『おかえり。色々 あったなあー。今日からは 私たちと、一緒に暮らすんだぞ』
その顔は きっと 笑顔の筈だ。
いくら お金を 持っていようが 【遺骨 拒否】する 心のない人の 家庭は 殺伐とした
ものだろう。だって、鬼が 住んでいる居るんだもの。
孫を 連れて お墓参りにいく。
『お爺ちゃんは あなたに こんな事を してくれたよ』
『おばあちゃんは 生前中は とっても 可愛がって くれたよ』
『ほんと~ パパ。おばあちゃんの お墓に 水を あげようね』
『咲いている 野バラだけど、お爺ちゃん 喜んでくれるかなあ』
墓参りを しているのではないない。
心根の優しい 【慈悲心】を持った 子供に 成長するのだ。
互いが 互いを 思いやり、互いが 互いを 拝み合う家庭。
『素晴らしい 家庭だね』
そんな 家庭を ジジは 作りたい。
となりも その となりも 思いあい 手を 合わせあう 家庭を。
合掌

【悔いのない 悠々自適な 人生を】



ジジの 子供や孫たちは 4人のジジ ババの他に もう1組の それが居る。
その ジジ ババに 今日は 私たちまで おご馳走になった。
数年まえまで 大手の テレビ局の 取締役まで なさった方で、
ジジの友人である ヨット(⛵)会社 社長の紹介で 知りあった。
律儀なお方で ヨットの進水式の時は、ジジに 白羽の矢があたり
本来は 神主さんが多いのだが 仏式で 【開眼法要】を行い、
ヨットの前で メラメラと お護摩を焚き、参加者を 唖然とさせた。
ジジの 子供達が みんな 同時期に都会の学校に 通い 田舎でいるジジには
【いざ鎌倉】の時には どうしてあげる分けにもいかなかった。
ヨットの友人夫婦と共に 1人 1人が 言うにいわれないお世話になった。
夜中に 救急車で 搬送されたり 入院させらり 今になって思い出しても
『よくぞ ジジさん ババさんが 居てくれた』と 拝むやら 胸を撫でおろすやら。
その 子供達も 母親に なった。
孫たちからすれば、正真正銘の 『ジジさん、ババさん』である。
その ジジさんも お仕事から 開放されて 今や 悠々自適な生活を送っている。
今、申した ヨットを始め、 スキー 、ゴルフ、マージャン、指おり数えたら
10指で 足りない。
最近はババさんもゴルフを始められ その実力たるやジジさんに 肉薄する程だ。
年金の 話が 出た。
何故か ジジの 年齢に なると 年金の話が よく出る。
その ジジさん がいう。
『時代が 良かったというか、勤めていた 会社が 良かったというか
生活を 満喫するに 12分の 年金を 貰っている』
『平均年齢までは まだ 暫くあるが 動ける年というのは そう…長くない』
『ヨットは いつ迄 乗れるだろう? ゴルフは?』
そう考えたら この 一刻一刻を 大切にしなければ 残された時間は 少ない。
『悠々自適に 毎日を 楽しく暮らさせて貰って《うん! 》と 目をつむった時に
今、貰っている お小遣いが ポン と叩ければ それでもいう事が ない』
『今、毎日が 楽しくて しようがない』
ジジは 羨ましい。
ジジの 生涯は 悔いのない 素晴らしい 一生だったのだろうか?
囲碁を ちょっと習った位で、ヨットも ゴルフも スキーも マージャンも知らない。
ジジも これからは 考え方を 変えねば ならないね。
『ウン! 』と 目をつむった時、丁度 ご破算。
なんと 素晴らしい 人生だろう。

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合掌

【仏様から 仏様に 】



家内の 術後の 検査の為に 神戸に出てきた。
ジジは 両手、両肩に 重い 荷物を 背負っている。
後で 聞いたのだが 3件の 檀家から 飛び跳ねている とりたての お魚を頂いた。
晉山式も終え 既に 数年。
当然といえば 当然だが、すっかりと 住職と 政権交代してしまった。
法事、葬式は 勿論のこと 先日の地域の 公民館の落成式も 数々の 結婚式も
全て 住職あてだ。
『奥さんに 生きのいい 魚を 食べて貰って 早く 良くなってください』
『お孫さんに 食べさせてくださいね』
頂き物の 殆どが ジジの頃の名前が 上がらない中で 今日はジジだ。
『老僧は 元気にして居るんかな? また顔を出すように お伝えください』
嬉しいな。爺さんでも 気にしてくれている方も あるんだな。
『せっかく 娘たちの 所に行くのだったら こんな新鮮な お魚は普段
食べてないだろうから 全部 持っていってあげたい』
家内の 親心だ。
今日の お魚の 背負い荷物は 何故か 全く 重くない。
ルンルンと 持ってきた 魚を アッというまに 料理をしてしまった。
ジジは 全く 値打ちがない。
子供たちと一緒に 友人たちも きてくれ 楽しい 晩餐会が 始まった。
どの顔も どの顔も 笑顔だ。
喜びと 感謝の心に 満ち溢れている。
仏様の 心が 仏様、菩薩さんに 届いた。
【慈悲の 心だ】
小宴ながら、晩餐会は 延々と 続いた。
合掌

【何事も 尻しまい が 肝心】



先日、別々に 元の檀家総代が こられた。
ジジの頃の 総代で 昭和54年の
病気封呪専門道場の 山ノ観音 本堂 建立から
小豆島大観音 建立まで
その数 指おって数えても一々 枚挙にいとまない。
大観音は 再来年が 20周年を迎え、
お祝の大法要を挙行するに当たり
今年から 【お色直し】から【境内整備】予定をしていた。
ところが 降って湧いたように
子安観音寺の 本堂の 屋根瓦が吹っ飛び、
本堂 再建を 余儀なくされた。
総代 役員の皆さんが 毎晩のように 集まり
【建立 実行委員会】を発足するに 至った。
総代をはじめ 檀家の 皆さんには本当に 頭がさがる 思いだ。
ところが 大観音には 御覧のとうり 檀家が 只の 1軒も ない。
それでも 仏壇を 預かって 心からの 供養を始めたら、1件増え 1件ふえして
気がつかないうちに、かなりの方が お納めに なった。
『365日、多勢の お坊さんがいて、好きな時に 拝んでもらえる』
『都会から 奉納して居るのだが お墓の 管理の心配が いらない』
いろんな ご都合での 奉納だが
1件でも増えることは 寺とすれば 嬉しい。
さて、先日こられた 元の 総代さんだが
大観音 20周年法要について
ジジが思っているよりも ずっと 真剣に 考えていた。
『大観音には 檀家が 1軒もない』
『今回の 子安観音寺 本堂の建替えで
如実に分かったことだが、その点
檀家の皆さんには ご負担がかかるが
子安観音は 恵まれている』
『檀家のない 大観音の
【お色直し】から【境内整備】【落慶法要】まで
考えると 途轍もない 金額が いる』
『この通り みての年金生活者だが、
2年間を 目標に ほんの雀の涙のような
もんだが、そのために 少しずつ 貯金している』
たまたま 別々に 2人の 総代さんが来て
叱咤激励してくださったのだ。
嬉しい !
お遍路さんから、このような話を 聞いたことがある。
『船着場で、前の 筆頭総代が
《子安を 頼むで~》《あんた しか居らんからな》
と、よく言われる。
我々でも そうだが 役を降りたら しりくらえ観音だ』
『いい 総代さんに 恵まれましたな~』
その 筆頭総代は だいぶん前に 亡くなったが、
あの日、あの時、あの顔 あの声 あの体
いつになっても 思い出す。
人間には 《尻くくり》が1番大切であり 1番難しいのだね。
合掌

【どうして 流行ったり 廃ったり するのだろう ? 】



都会に 出ていくと 子供や 孫たちと 時々、外食する。
その 多くは 子供達の 学生の時からの店も多く、ジジも顔見知りの 1人だ。
一概に 食堂と言っても いろんな 店が あるね。
顔だけではない。ジジの 名前や出身地 子供との 間柄まで 把握して
愛想よく対応してくれて お店に入っても 非常に 気持ちが良い所。
逆に 10年も 20年も 出入りさせて貰っているのに、わたし達の 存在など
全く 意にかえさず 最初に 門をくぐった時と 同じ対応の 店もある。
1番 大変なのは、主人や奥さんが 【気分屋】で、愛想の良い時と
悪い時が 極端に 違う店である。
機嫌の 良い時は 『どうぞ 食事に 専念してください』と、
幼い 孫まで取ってくれるが 逆の日は 言葉さえ かけて貰えない。
私たちは 彼女の事を 『天気屋 おばさん』とか『意地悪 ばあさん』とか
茶化すのだが、身内では いけても 絶対に 人は お連れできない。
【無愛想な 店】は、『ここは こんなもんだ』と、100点満点の 20点ぐらいの
評価をしてから 入るので、食べるのもさえ 美味しければ なんの問題もない。
《A》の店も《B》の店も《C》の店も どれもジジにとって 長年選手だ。
『ここを もう少し こうすれば ジジにとって 快適なのにな』
『あそこを こうすれば きっと よく 流行るだろうな』
味 云々は ちょっと 横に置いて、その他は 全て【心】の問題なのである。
それが 私たちが いつも 勉強している 般若心経の 【空】なのである。
お店も、間取りも、中に居る人間も、ネタも 食材も 全て 同じなのにね。
それが どうして【流行ったり】【廃ったり】するんだろう。
以前にも ブログに書いた。
私たちの食事は 物で味付けするのではない。
【心で 味付け する】
私たちの 会社や 店、家庭においても 人さんからみて 果たして
快適に お迎えが出来ているのだろうか ?
合掌

【 信ずる 心 とは…】



ニュースで 知った。
男生徒が イジメを苦にして 自宅マンションから 飛び降り自殺をしたらしい。
学校、教育委員会 から 警察まで 巻き込んで 大騒動に なっている。
自殺した 生徒、誰にも 話せる人がなく 悶々として 辛かっただろう。
しかし 飛び降りる勇気が 有るのなら
なぜ 【信】に相談しなかったのか ?
【信】について 簡単な 比喩で 解いてみよう。
港に 同じ大きさの 同じ形をした 船が 二隻、停泊していた。
一隻は 錨を 下ろしていないが、もう一隻は 海底まで投錨している。
タライに水を張ったような 麗らかな 天気の日は
どちらも のたりのたりと
揺れて どちらが どの船かも分からない。
しかし、一旦 大嵐になると 錨を下ろして居ない 船は 沖に流され
時には 難破をしてしまう。
ところがどうだ。
投錨している 方は 海底深く 両足を踏ん張って 微動打もしない。
【錨】すなはち 【信仰】は 外からは見えない。
私たちの 心の 奥底にあるものだ。
【嵐】 私たちが この世の中 娑婆世界において 直面する【苦悩】は
私たちが【信仰】してようが してまいが 突然 やってくる。
【信仰】そう…頼れる 経典と 頼れる 人、そして 強靭な 肉体と 精神を
身につけているものは 人生の 激動にも 吹き流されることなく
やがて、嵐は 治まるものと 平常心で 対処できるのだ。
年端の いかない子供に
『何故、自分で 対処しなかったか ! 』など 言えない。
たった、1人でも 良い。
相談 する人は なかったのか ?
すがりつく 人は なかったのか ?
そう 考えたら 残念で 仕方が ない。
ジジは お釈迦さんに 帰依しなさい。空海が いいですよと 言っているのではない。
キリストでも マホメットでも
『おとうちゃーん ! 』『おかあちゃーん! 』と
胸の中に 飛び込ん いける人が あるのか 無いのか ?
いるのか 居ないのか? と 言っているのだ。
少年だけでない。
大髭を はやした おじさんだって、たまには 飛び込んで 行きたいのだ。
母の ふところに。
なんにせよ、ご冥福を お祈り申し上げます。
合掌

【 七夕まつり 】



今日は 七夕祭りの 日だ。
五節句の 1つで 7月 7日に 天の川の両側に 座している
《 牽牛 》と《織姫》が 募る思いを 胸に秘め 1年に 1度、出会う日だ。
ジジの 寺の前には 《こぼれ 美島 》といって 大小 4つの 島がある。
その 1つに 弁財天を お祭りしている《弁天島》と言うのがあり、
村の 子供達は 思い思いの 願い事を 書いた 短冊を 竹につけ
【七夕 送り】が終ると
老若男女 こぞって 青年団の 方達が 用意している
《てんま舟》というのに乗り 弁財天を お参りに 行くのだ。
なんの楽しみも無かった 村の子供達や 村人には
【盆踊り】【運動会】と、
時々の 行事が 楽しみで 仕方がなかった。
今なら 【保険だ】やれ【救命胴衣だ】【親の 同意だ】と大変だが 、
青年団の 方達は 団長の 命令1つで
恙なく 多勢の村人を 往復させるのだ。
青年団は ジジが島に帰った 昭和46年ぐらいまで 存在し、
ジジも【青年団活動】で確か 2~3回 コーラスに行ったのを 末期に 姿を 消した。
団長の 下に 各リーダーが居て
おじさんのような人から はなたれ小僧まで
上下の 規律が 取れていた。
自分たちもそうであったように おじさんのような人は
はなたれ小僧達の 痛みが分かる。
思い遣りの心で 我が事として 可愛がるのだ。
【家庭内暴力】や【校内暴力】等は 当然 考える余地もなかった。
今の 子供達に 欠如しているのは この 規律なのかな?
そして、思いやりの 心かな ?
ジジは《牽牛》と《織姫》に 素晴らしい 贈り物を 頂いた。
合掌

【悔いの ない 人生を 送ろう 】



有名な ご詠歌が ある。
【 阿字の子が 阿字の ふるさと 立ち出でて
また 立ち帰る 阿字の ふるさと】
私たちは 大宇宙より 生まれた 【阿字の子】である。鯵 の子ではない。
あらゆる 存在物を包容する 無限の空間と時間の広がりの 中より
仏様との 縁、両親の 縁によって この娑婆世界に 舞い降りてきた。
その世界で よろこび 笑い もがき苦しんで、
身体は 老いさらばえて 50年か 100年か 短かき 生涯を 閉じる。
また、あの 果てしもない 大宇宙に 帰って いくのだ。
【阿字本不生】という 言葉が ある。
密教の 根本理念の 1つだが
[一切 諸法の 本源が 不生不滅である]
[すなはち 般若心経の 空 である ]
と、言うことを 阿字が 象徴している。
肉体は 腐り 焼かれ 消滅しても 心は 永遠に 消滅しないのですよ。
そして 娑婆世界で 喜怒哀楽の人生を送るのも 【光陰矢の如し】
グズグズしていたら、アッという間に 終って
また 立ち帰る 阿字のふるさとに
なりますよ。そのように ご詠歌として 教えられているのである。
今日は 何を しました ?
いい事が 有りましたか?
悲しい 事が 有りましたか?
ほんの 僅かしかない 私たちの 此岸の世界。無意味な 一日。
無駄な 日々をダラダラ 送っては しませんか?
お大師さんの [いろは歌]に【有為の奥山 けふ 超えて】と、あるが
無常の この世の中を 如何に 嬉しさや 悲しみをを 乗り越えて 茨の道を
進んで 行きましょうぞ と ある。
さあ 悔いのない 生活をしなければ お大師さんが 高野山の奥の院から
『おいで おいで』と、手招きをなさったら 私たちの 身体に
《無常の風》が 吹きますぞ。
合掌

【 フェイスブックの 素晴らしさ】



寺に 1本の 電話が 鳴りひびいた。
親戚の 姉さん ( 従兄弟なのだが ジジは 姉さんとよんでいる) からの電話だ。
家内がでた。
どうやら、家内の 入院を知った 見舞いの電話らしい。
『いえ……盲腸 みたいな ものだから…』
途切れ途切れに 話の 内容が よめる。
娘が【小豆島大観音】のホームページでなく
Facebookで ジジの投稿を 発見、
慌てて 寺に電話をしたが『会議中』とかで ようをえなかったようだ。
ジジは 彼女の事を 姪と言い、彼女もジジの事を おっちゃんと言う。
『失礼な ことをした』
家内が 東京に 住んでいる 姪に 電話をした。
もう 10年も前になるのだろうか ?
住職が イギリスに 次女が フランスに留学した時、
姪 一家も 主人の仕事の関係で ドイツに住んでおり 厚かましくも
ジジも一緒にお邪魔して ドイツを 楽しんだことがある。
男女 2人の 姉弟がいて愈々 帰る時に 『かえるな』と住職に縋りついて泣いた。
昨日の 出来事のように 思い出すが
その子供達も 両親とおなじく 優秀で
今や 東大合格数 1位 ( 1位か どうかは 分らぬが 優秀な学校だ)
の名門校に通っている。
大きくなったものだ。
姪も 住職も 働き盛りの歳になり、嬉しい限りだが、反対に ジジは
干からびて 老醜をさらけ出している。
人生は アッというまに 通り過ぎていってしまう。
儚いね。
『あれもこれも しかった』
『あんな 事をしたが、今だったら こうするのにな』
反省すれば きりがないが 過ぎ去ってしまった
大切な時間は 取り戻せない。
残された 短い時間。
悔いの ないように 有効に 使おうと思う。
今日は 姉からの 見舞いの電話。
姪からの 心あたたかい 電話。
ありがたかった。
そして、ホームページって Facebookって 凄いね。
合掌

【結婚記念日は ご法事も 同じことだ】



昨日は 住職夫婦 結婚2周年を迎えた。
長女が昨年の 1日違いの 結婚式で 場所は違っても 各々で お祝いをした。
今日は いつも可愛がってくださっている 社長からの お祝いとあって
特に 嬉しそうだ。
【銅婚式 ; 7】【銀婚式 ; 25 】【金婚式 ; 50 】と、
結婚してから 今までの健康と しあわせを 喜び、
ふしあわせを 反省して【三密の行】に励むのだが
皆さん 驚くかもしれないが 【法事】も同じことだと思う。
[法事]を辞書で調べてみよう。
追善供養 ; 死者の 冥福を祈って 行う 仏事 とある。
お盆の始まりと 目蓮の話は 余りにも有名だが、法事も 同じことだ。
可愛がってくれた 父母も、愛しい妻も、我が子も、
とうとうと 川がせせらぎ咲き誇った 花畑の上を
鳥がさえずり、天女が 舞う。
そんな 別天地で 院号を貰っている方は 【院殿】で居士号を お持ちの方は
【居士殿】で 信士の方は【信殿】で それぞれ 仏様に 守られて生活している。
わたし達は【三十三回忌】とか【三回忌】とか 法事をしますが これは
仏様に 供養をし 僧侶にも 供養をして 死者と仏様の 縁を 深めて 貰うのである。
『法事を したら なんで 坊さんが 上座に座って パクパク 物を食べ、
真っ赤な顔をしてグイグイ飲むのかな ? 』と、不思議に 思われる方も 多いとおもう。
仲介役の 僧侶を 供養して ご先祖さんの しあわせを お願いしているのだ。
僧侶も 拝むと直ぐに 寺に帰ると楽なのだが、
『ギャーテイ ギャーテイ』と拝んだ後、
『これから 親戚がホテルで 食事を計画しているので、
帰ってくださいね』がある。
なにも 欲しいわけではないのだが 『それは 違うだろう ?』
と苦笑いする事がある。
これは ジジ 曰くで、管長猊下に 聞こえると 大目玉かも知れないが、
法事だって 本来、毎年 行っても良いのだ。
『50年で 切り上げです』と、申しても 向こうの世界( 極楽浄土) に行けば
ご先祖さんは 仏様と一緒に 此岸の世界でもがいている 私たちを見下ろしながら
心配をなさっている。そのお姿を考えると『51年目から どうするの? 』とも思う。
お大師さんの場合は 【御遠忌】と申して、50年に一度は 大きな法事をするし
一年に一度は【御影供】と言って法事をする。
なお、 21日には 月々拝むし日々は 朝々 拝む。
決して 50年では 切り上げない。
結婚記念日だって、そうだ。
やれ【金婚式】だ【銀婚式】だと 言わないで
出来れば 細やかでも 良い、
毎年 行えば 良いのだ。
健康に、しあわせに 感謝し、三宝に帰依し 三密の行に励む。
最高の 人生では 有りませんか?
住職夫婦、おめでとう。
合掌

ビパッシー 大僧正



ビパッシー 大僧正が こられた。
成田と 群馬に 2つの大きな寺を持ち、
年に半分は 日本、半分はスリランカと
多忙な毎日を送られている。
ビパッシー財団を立ち上げ、日本とスリランカの
仏教を通じて経済、文化、教育と 大きな架け橋となられている。
大統領やミニスターとも パイプが強くジジも
4代に渡る 大統領は言うに及ばず
ローマ法王( 一代前の方) や
ジジが 普段 会えない様な 著名な方に
数多くお出会いさせて貰っている。
妻が 入院、手術をしたと聞き、
取るものも取り敢えず 駆けつけてきた。
一昨日、日本についたのだ。
妻には 観るからに 立派な ありがたい 仏陀の 仏像をプレゼントした。

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『タイの 国王が わたしに下さったものだが奥様に あげます。はやく良くなってね』
妻は 思わず 涙した。
【釈迦 生誕 2500年】を 祝い、
タイのバンコクで 世界各国から 有名人 知名人
官人 相集まり 大きな お祭りがあった。
その時、国王から 直々に 頂いたものだ。
この ブログに載せている 仏陀像は
一昨年、小豆島大観音 主催の スリランカ参拝を
致した時、官邸にて 大統領から 戴いたものだ。
銃を [捧げつつ]した アーミーが 居並ぶ中、
全員の 参拝者が 手荷物を 全て
一時保管され、空港と同じように
パスポートを 提示し 緊張の中、会見した時に
いただいたのだ。よこのレリーフは
番号が打たれており 数少ない人しか
いただくことが 出来ないかが よくわかる。
僧正とは 昭和 55年来の 付き合いで ジジの事を『アニキ』とよぶ。
人心を 失い [使いずての 雑巾]のように
次から次へと 【友人】を変えて行く
現代人とは わけがちがう。
謙虚で 驕らず 温和、そして 何よりいつまでも 変らず 接してくださる。
これは 孫が 高僧の 頭を 触っているところだ。
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昭和55年、3歳ぐらいだった
住職も 同じ頭を 触った。
年月は 流れ 風貌は変じても その幽玄の心底は 少しも変わらない。
皆さんは こんな 友人を 何人、持っていますか?
多くの人は 友人であって【真の友】ではない。
『いつまでも お元気で…』
心から そう願う ジジで あった。


【融通し お互いを 助け合う】

浪曲師の 満月先生が 5名で 参ってこられた。
前回は 【大島紬】を頂いた。
今回は ご自宅で大切に お持ちになっていた 【黒熊】を 奉納された。

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実は 寺には 【白熊】がいて それを ご覧になっての 出来事だ。

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『弘法大師が 高野山を開かれた時に、白犬と 黒犬に 道案内された』
『きっと この熊たちが 私達 凡人を 無為の道から有為の道に
案内してくれるでしょう』
ジジが 礼を申す。
『先生、前回に 重ねて 立派なものを ありがとうございました。
寺の 寺宝として 末長く 大切にお祭りをさせて いただきます』
『が、しかし 先生。余りにも もうしわけなくて』
先生が 仰る。
『法主猊下、なにものも 天下の 回りものです。
クマさんも 私の 家に ポツリと居るよりも 寺にきて 多勢の人と
接することが出来て喜んで いますよ』
【飽食の時代】
昨今 凶悪犯罪が増え 殺伐とした世の中になったのも 全ての価値を
【物】や【金】に換算して
それらを 沢山 持てば持つほど しあわせになれると
錯覚を 起こしているからだ。
世の中には 【物】や【金】が有りながら
施そうとしない 吝嗇家( けち)や
もっと 増やそうとする
貪欲家の自己中心的な生き方を よく見かける。
『お互いが 持てるものを 回しあい 融通しあって、
助け合うことが1番 大切だと思う。
持って 死ねるわけでは ないので 生きている今、
多勢の人に 喜んで貰ったら それを見るだけでも自分の心が 豊かになる』
先生は 平然と そう言われた。
クマさんは 寺に 来たのと同じくらい、先生の心意気を 喜んでいるかもしれない。
合掌

【家内 生還会 】

子供たち、親戚、友人、相 集まり 生還会をしてくれた。
元来 生還とは
[危険な状態を 切り抜けて 生きている帰ること]だが
『ものは 心の捉えよう。
意気消沈して行くのも 海外旅行 ルンルンでいくのも
結局は 手術をしなければならない』と、ルンルンで入院した
家内が 無事、帰ってきても【退院祝い】では済ませてくれなかった。
狭い部屋に 総員、20人 参加した。
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ジジが 礼を述べた後、本人が ジジよりも
ずっと 素晴らしい挨拶をした。
『今回の手術は ご本尊様に 助けられたと 思う』
『みなさんの 暖かい心が 冷え切った私の 身体と 心をあと押ししてくれた』
『執刀して くださった先生が 病院No.2 副院長先生で 仏様と 出会ったように
[心の支え]になった。心が 清められ 無条件で 手を合わせたくなる』
信心を おこして 更に 深められて行くのだが【五力】を考えてみよう。
【信】【勤】【念】【定】【慧】
信仰生活における 具体的に働く 5つの パワーだ。
信 ; 衆生が 仏教徒の あるべき生活における 信が如何に 重要かを言っている。
勤; そのためには 努力をし、信を 長続きさせねばならない。
念; 法や 教え 実践によって 心に刻みつけ 忘れないように 念じる。
定; 頭の中だけで 考えるのでなくて 実践をしなければならない。
座禅、瞑想、写経、断食、参拝…。
信; 一時的でなく 一生涯をとうして 持たねければならない [生きる 道]だ。
【五力]によって 救われた 家内は 物事に 感謝をし 、一層 信心の心を深めた。
ジジも 負けないように 初心にかえって 1から やり直さなければならない。
今回の 【生還会】は 有難かったし、ジジに 色んな お教えを頂いた。
合掌
プロフィール

子安観音寺

Author:子安観音寺
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