スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【 大孝 】と 【 小孝 】

120827-1写真


ジジの 親族に 僧侶が 8人 居る。
珍しい だろうね。

私たちは 『おじいちゃん』と、呼んでいたが 妻方の父は
3人の 孫が 僧侶に なっている。
きっと 笑顔で 私たちを 見守ってくださっているに 違いない。

《小孝は 力を 用い、大孝は つきず》

続きを読む

スポンサーサイト

【ジジは 明日香村 石舞台古墳の前に 立った】

120826-2写真



【夏草や つわもの共が 夢のあと】
お盆が 終わったとはいえ 残暑は 容赦なく ジジの 頭に
襲いかかる。
そんな中、聞こえてきそうな 詩(うた)だ。

平安時代には 藤原氏が 『我が世の春』と 謳歌していたが
明日香の 蘇我氏も 645年 【大化の改新】までは
全くの それだった。
今や、つわものどもが 夢のあとで 『多分、この墓が
蘇我 馬子の墓だろう】と、言うだけで 確証もない。
哀れな ものだね。


続きを読む

【 わかちあう 心 】

120816写真


今日は 有名な京都の 【大文字焼】がある。

餓鬼を 供養しようと いう事で、先程は ナンダの 話をしたね。
餓鬼とは インドの言葉で 【プレーター】と言い
精霊の中でも、祀ってもらえない 供養して貰えない者の事を云う。
【焔口餓鬼】のように 折角の 美味しい ご馳走を 戴こうと
口に持っていくと 炎になって 燃えあがり 食物を口にする事が出来ない。
腹をすかした 精霊とは 祀られない事によって 心が満たされない
餓鬼道に居る』鬼たちを 指しているのだ。

続きを読む

【 小豆島大観音にて 灯籠供養 厳修 】


8月 15日の夜、送り火として 真っ暗な 大観音の境内一面の
無数の【灯籠】に 満艦飾の 火がともった。

今日 突然の 悲報を聞いた。
『まだ 家族にも言ってない。あなただけに 話すのだけど…』
住職が ジジに 囁いた。
その方は 末期の胃ガンで 気がついた時には、あちこちに転移し
既に 手の 施しようが ないらしい。
大観音の 建立にあたって、土地の購入時から 今に至るまで
世話になった方で
ジジを 可愛がってくれた 方が 次々と いなくなる中で、
数少ない 友人で 心から 尊敬もし 頼りきって いた人だ。

[広告] VPS

続きを読む

【 棚経 】



今日は 檀家の 盆参りの日だ。

檀家の皆さんは 仏壇供養 と共に 表に 棚を作る。
棚の上には 今とれたばかりの 茄子や 胡瓜が 所狭しと 置かれている。
所謂【お施餓鬼】だ。

お盆の 由来としては【木蓮上人】が 有名だ。
神通力で覗いてみると 母親が 餓鬼 畜生界にて 鬼どもに 責苦をうけ
苦しんでいる。お釈迦さんに 救済方法を 聞いた。
● 僧侶を 供養して お母さん救済を 拝んでもらいなさい。
● 餓鬼、畜生どもを 供養しなさい。
● 自身が 三宝に帰依し 三密行を修し、三毒を 取り除きなさい。

お釈迦さんの 教え通り 行をして 母親は 無事に 餓鬼界から 救済できた。
その [餓鬼]を[供養]する【施餓鬼】だ。

120815-2写真

続きを読む

【多勢の人の 支えがあって 今がある 】

120814-3写真


孫の ダンスの 発表会が あった。

【 ダンス オブ ハーツ 】
芦屋の ルナボールで 昨夜 1ステージ。今日は 2ステージ
計3回の公演があったが どれも 満席 だ。

はらはら しながら見守った 孫も 無事に 踊りおわった。
昨年とは 雲泥の差で 1年間の 練習の成果が 如実に現れた。
ジジも 少し 鼻が高い。

続きを読む

【 名ドライバー は あなた だ 】



お盆参りは 続いている。
ジジは 一軒の家の前まできて 入ることを逡巡している。

住職が 【花の 大観音】づくりを目指し、100人を越す ボランティアの方と
境内に 26000本の 芝桜を 植え あの 竜巻まがいの 大風で 吹き飛んでしまい
再チャレンジして 見事に 密厳国土を作ったことは すでに 申した。

その前に やはり 【花の 大観音】づくりを目指し、2000本の モミジを
植えてくださった 大社長が いた。
苦労人で 一代で 大会社を おこし、モミジにしても 他人任せの
【まるなげ】をするのでなく 自分が 自分の手で 1本づつ 植えたのだ。

大事件が 起こった。
26000本の 芝桜が 植わったとき、大社長の 【布施】の心を 踏み躙り
血と 汗と 涙の 象徴の モミジを 痛めてしまったのだ。
さあ 怒った !

長男の 現社長が 言う。
『あの 我慢ずよい 父が あれだけで怒るのだから 余程でしょう』
その 言葉が 頭に 残っている。
息を 吸い込んで 門を くぐる。

奥様が 出てこられた。
『奥さん このたびは …』
『まあまあ 法主猊下、遠いところを ありがとうございます』
謝罪する間もなく満面の笑みで 仏壇の間に 挙げて頂いた。

社長は まだのようだ。
ジジは 先に 拝むことにした。
拝み終って 振り返ると ジジの 真後ろに 社長が 座っていた。

『社長、この度は 本当に とんでもないことを しました』
『どんな 申し開きをしても お詫びの 言いようもございません』

ジジは 詫びながら そっと 社長の 心を みる。
『いやいや …』
言葉少なだが 思っていたより 柔和だ。

『法主猊下、まだ あの事を 引きずって おいでたのですか』
『わたしは、とっくの昔に 荷を 降ろしました』
『見てください。毎日が 楽しいですよ』

【囚われない 心】

『社長 ! 凄い お方ですね』
『言うのは 言い、思う事は 心で 思っても
なかなか 実行できる ことでは ありません。
頭が 下がります』

ジジは 平身低頭に 頭を 下げた。

『どうぞ、頭を お挙げください』
『こだわらない 心をもて と、言って聞かせたのは
法主猊下 あなたでは ありませんか 』

顔から 火がでた。
門を出て もう一度 お家を 振り返った。
同じことを 同じように 勉強して
【名ドライバー】は 社長、あなただ。
そして わたしは ハンドルを取っても 乗ることの出来ない
【ペーパードライバー】だ。

もう一度、深々と 頭を下げて 家を 去った。

合掌


【 入定 留身 】

120812写真


ジジの お盆参りは 続く

1軒の お家に お参りした。
床の間が 10畳、控えの間が 8畳、その奥に 仏壇が鎮座ましている。
70才を迎える 奥さんが 1人で住んでいるが 昔の大家族を 偲ばせる。

『ちっとも 寂しく ありませんよ』
『仏壇の中には 主人と 主人の妹と 2人 入っていますが 娘たちが 嫁いだ今、
家には わたしと 主人、妹、3人で 楽しく 暮らして居るんですよ』

奥さんは 仏壇の方に 視線を 移す。

続きを読む

【 平和は つくるもの】誓う

120811写真


1945年 8月 6日 午前8時 15分 広島に 原爆が 投下された。
一発の 原子爆弾 投下により、平和なしあわせな 夏の朝を迎えていた
皆さんが 一瞬にして灰じんに帰し、約 14万人の尊い命が 奪われ
67年後の 今、生き残った被害者の皆さんは 壮絶な人生を送っている。

あの痛ましい事件より 2週間後の 8月15日 日本は 敗戦をむかえる。
【ぬぐえぬ 黒い雨】をかぶった皆さんや ご家族は 身体だけでなく、
心まで 深い傷を 残している。

続きを読む

【 魂 宿る 自然と 生きる 】



高野山 坐主 【いのち つながる】に比叡山の 坐主との ご対談があった。

両 菅長猊下は 記事の上で 仰る。
昨年の 未曾有の 大震災の時、被災地に 出向き、また 山に 篭り
● 一人でも 多くの人が 助かって欲しいと、祈りつずけ、
●被災なさった方を はじめ、これからの日本人が これから
どうすれば良いか 考え続けた。

続きを読む

【 百万本の 薔薇 】

120809写真


【朝顔】が 枯れた。

ジジは [ 朝顔 ]と [ 満月 ] が 大好きだ。
盆参りで 島外に出張している 約 1週間の間 、大切にしていた 朝顔の
約 半分が枯れ、半分は 青息吐息になった。
出張の 都度、引継ぎをして参るのだが 今回は それが上手くいかなかった。

昭和 54年 9月 17日、母が ガンの為 61歳の 短い生涯を閉じた。
まさか こんなに早く お浄土に 召されていくとは 本人はもとより
家族も 誰も知る術もなかった。

続きを読む

【恩愛の 絆 】

友人が 遊びに来た。

お盆参りを していて いつも 思う。
【檀家】と【旦那寺】との関係は 住職が 有能なかたでも そうでない方も
檀家は 全力をつくして 自分の旦那寺を盛り上げようと 努力をする。
その 檀家と 旦那寺の関係も 余程、力を入れなければ これからは難しく なる。

【信者さん】の場合は それが やや 気薄になる。
同じ寺から 参っても その時の 気分次第、状況、現在の寺との 親密度、
また お参りした 僧侶等に よって 居留守や 門前払いを 食らわされる事がある。

『砂を噛む 思いを する事が あります』
『人の心は 猫の目のように コロコロ かわる』
【三毒】の1つで 絶対にしては ならぬ事だが 未熟ゆえ つい ボヤいてしまう。

友人が 切って返す。

続きを読む

【お盆参り】



今日が 第1回目の 最終の日で トータルで約 1000km 走っていた。
天橋立から その近辺をまわる コースだ。

『ああ、この先達は このような事を 教えてくれたな』
『一緒に 遍路をした時には、あんなに お元気だったのに』
遺影を 見ながら 若き時代を 回想し 1人1人 心より お礼をもうした。

続きを読む

【真の友の 大きな胸に 抱かれて 初めて 平安を知る】



お盆参りの 途中で お葬式が あった。
今日は ジジは 岸和田~大阪。住職は 岡山 担当だった。

【高砂の 尾上の松 咲きにけり 外山の霞 立たずも あらなむ】権中納言 匡房
百人一首 でも 有名な 播州の 高砂の 方だ。
何十年 先達について 小豆島八十八ケ所 参拝を続けられていた。
先代も 子安観音寺の 境内に お祭りしているぐらい 小豆島が好きな方で
生前より 『もしもの事が あれば 子安観音寺の 住職に 送って貰いたいな』と
言い続けられて いたそうだ。

行年 77歳。少し 早い気がするが 家族いわく 苦しみも なにもなく
家族全員が 見守る中、弘法大師の 大きな手の中に抱かれて 眠るがごとく
天国に 召されていったのだ。

続きを読む

【同じ 人面をして 正道と 非道を 持ち合わす】



咄嗟の 出来事の 【大人の 対応】【子供の 対応】

住職と 手分けをして 島外の 信者の盆参りを している。

お勤めが 終ってから 『おばあちゃん、何歳に なられました ? 』
お数珠で 丸く 曲がった 背中を 撫でてあげると
『88歳になりました。一日として 小豆島を 忘れた事はありませんが、
もう お参りが 出来ません』 涙ぐみながら 答える。

ある お婆ちゃんの お家に いった。
チャイムを 押しても 押しても なんの 応答もない。
『ああ、忙しい 人だから 今日も お留守なんだろう』
いつもの 事だ。
『小豆島から また 出直して来るのは 大変だから、仏さんだけには手を合わせて
帰って 下さい。ああ、それで良い。ありがとう、ありがとう』
ジジの 勝手な お婆ちゃんとの お約束事が もう30年以上 続いて いて
今回も 勝手に 上がりこんで 拝みはじめた。

続きを読む

【空海 少年の日 好んで 山水を 歩( さんずい) 覧す】 空海

120804写真


今年も 多勢の 子供達が 希望に胸を膨らませて 小豆島を 離れた。

空海も せっかく 勉学に励んでいた 大学を 離れ、
仏道を求めて(求道) あちこちの 海や 深山を 放浪する旅を続けた。

たまたま 彼が目にしたのが 八葉蓮華の 山並みに囲まれた 小さな盆地、
その中に 清流が 滔々と仰る流れていた
深山霊谷にして 幽玄たる 聖地、この地こそが 高野山だった。

そして 真言密教の 聖地として 嵯峨天皇に 上奏したのが 若き日、目にし
夢にまでみた 高野山 密厳国土 だった。

ジジは 昭和 41年に 生まれて始めて 高野の 山に 登った。
この年に お坊さんの登竜門である 【得度】という 儀式を受けたのだ。

続きを読む

【還源 を 思いとす】 空海



晩年の 空海が 若き日々を過ごし回想した 言葉だ。

[生][老][病][死]四苦八苦の前半分の言葉だが、
私たちが 生をうけて 絶対に 逃れのことの 出来ない 苦しみだ。
許しを買おうが、泣こうが 喚こうが、絶対に 逃れられないのだ。
『おぎゃー』と 生を受けた瞬間から 猛烈な勢いで 死に向かっているのだ。

《花の色は 移りにけりな いたずらに 我が身よにふる 眺めせしまに》
若い若いと 思って 無駄な日々を送っていると
あっという間に 歳をとりますよ。

時はめぐり、人は 走る。暴利を求め 愛欲を求め 名誉を求めて
馬車馬のように 走る。
あたかも [時]を 追い抜こうかとするように。
運命が投げかけた 繁栄を享受したとき 人は ふっと知る。
『ああ、時はもう 私を 追い越したのだ。死は 近い…』と。


続きを読む

【人の 憤り(いきどおり) を 写す、何ぞ 志を言わざらん】空海

120802写真



ロンドン オリンピックが 始まった。
今日は 日本国民の 念願である 金メダルをとれた。
メダルをとれた選手も取れなかった人も 他人 が 全く関心を示さない中
黙々と 練習 努力に明け暮れた 日々をおくった。
日の目を見て 始めて脚光を浴びるが 努力とプレッシャーの 連続だったろう。

よく 選手たちの 幼少の 姿を テレビで 放映したりする。
『大きく なったら 何に なりたいですか?』
『はい ! オリンピックに出て 優勝したいです』

空海も 官僚を 目指し 京の 大学に入ったが[人間が 煩悩に苦しむ姿]を見て
[もう1つの 自分]を見つける。
大学を中退してからの 約10年間は 誰も知らず きっと 四国八十八ケ所の
元となる雪深い深山や 怒涛が足元をすくう 海岸をさすらう【難行】を
おこなっていたのだろう。

暫く 一切の記事もなく次に空海が 日の目を見て 歴史の中に 登場する時は
[遣唐使]の1員として入唐するために 得度、受戒を 受けた時である。

その時の お言葉だ。

続きを読む

【 大空位 に 遊歩す】

120801写真


空海 の 有名な お教えだ。

[カラ~ス なぜなくの~ ♬]
[カラスの かってでしょ~ ♬]

昔、おもしろ おかしで 流行った。
空飛ぶ 鳥は 一体 どこから来て 何処に 飛んで行くのだろう?
カラスの 勝手で 鳥の 意のまま 心のまま …。

月が 傾き 太陽が 海の水平線から顔をだし 夜の帳を開けるか あけないかで
[コケコッコー]朝一番の雄叫び。
メジロや ウグイスの可愛い囀りが 冴え渡り
雀が 無心に 賽銭箱の中の コメを 啄む。
各々が 好き勝手に 躍動するのだ。
山の お寺の鐘がなり 太陽が 西の山に しずんだころ
小さな黒い影が 帳の中に 一直線に 吸い込まれていく。

続きを読む

プロフィール

子安観音寺

Author:子安観音寺
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
フリーエリア
検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
フリーエリア
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。