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【最高の しあわせを得る 方法を見つけた人】

私たちは 大きな会社の 中にいた。

社長も 息子さんたちも不在で
奥さんが 応対して くださった。

30年来の おつき合いで
走り回っていた 2人の 長男 次男も 成長した。

『長男も 次男も 私が パートナーを
見つけたんですよ』

久しぶりに 会った奥さんはハツラツと話す。
子供達が 女性に興味がなかった 訳でなく
もてなかった 訳ではない。

『お母さんと 1番 長い間、一緒に居て欲しいので
お母さんと 気の合った人が 1番 いいと思う』

親が 居なくなって から
関係が もつれたら いけないので

両親が 健在な 今、
会社の近くに 家も 会社も 分けたようだ。

長男が 結婚して 別々に 暮らしていたけれど
一ヶ月も経たない間に 嫁が 長男をつれ
『一緒に居て住まわしてください』
と、両手をついたと 話す。

『急遽、倉庫を 改装して そこに住むように
しましたが、大変 幸せです』

『私たち 年寄りの所には 5人の 孫が
代わる代わる 顔を出し、子供達 家族も
「ああ、今日の ディナーは美味しそうだ」
と 食べて帰ることも 多いんです』

『親が 子供達の 事を 思う以上に
子供達が 私たちに 思いやりを 持ってくれる。

その 機微に触れる 1つ 1つが 分かるだけに
嬉しいのですよ。

私たちの お家には もう1つ 素晴らしい物が
有ります。

法主さまが 高野山で 【伝燈大阿闍梨】を
昇供 なさったとき、小豆島に 帰らずに
直接、私たちの 会社に 来て
《お札》を 置いて行って下さいました。

その時の 《お札》。
今でも、大切に 会社の 真ん中に
お祭り しています』

『え~ 奥さん、そんなに大切にして
おくれて いるんですか ?
《学修勧請》が終わって もう20年も経ちますよ』

『24年です。
新しい 会社が 出来た年だから 間違い ありません。
法主さまは あんなに若くして
お大師さまに なられた。
私たちも 負けずに 頑張らなくてはと
手を取り合って 誓い合った ものです』

私の【 伝燈大阿闍梨】登供を 心から喜び
それを 励みにして 頑張ってこられた
と言うのだ。

釈迦と 空海の 言葉がある。
前半が 釈迦で 後半が 空海だ。


【道に おいては、八正道 ( なんども、勉強したね)
が 最上で ある
真理に おいては 四諦 ( これも 勉強したね)
が最上である】

【彼岸に 渡る 筏の 友綱を解き
八正の船を 迷いの 河に 漕ぎ出して

悟りの 岸に 達しよう】

《四諦 八正道 》忘れている人がいたら
ページが 足らなくなってきました。
また、いつの日か 復習しようね。

八正道を 守り 実践すると 心の穢れ
( 煩悩)が 次第に 浄化され ついには

仏さんと 同じように、涅槃に導かれる。

社長も 奥さんも 子供さんも お嫁さんも
孫までが 八正道を実績し

お互いが お互いを 思いやる。
お互いが お互いを 拝み合う。

正しく 高野山の 大講堂に掲げられている
《相互 礼拝》《相互 供養》をしているのだ。

不幸せで ある 筈が ない。

『その お気持ちを いつまでも…』

門を 出てから 心から 門の中に向かって
手を合わす 私が あった。
合掌
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【襲いかかる 煩悩の 数々とは】

皐月を 目前にして 雨の日は、肌寒い。

こんな日は、よく【加行】といって
お坊さんに なる為の
修行を積んだことのことを 思い出す。

朝から 晩まで 滝にうたれ 護摩三昧の
毎日だった。

燃え盛る 護摩の火を前にして 師僧は言った。

『煩悩を 打ち捨てて 無我の境地に なれ。
護摩の 火は 私たちの 三毒 ( 貪瞋痴) や
煩悩を 全て 焼き尽くしてくれる』と。

釈迦も いう。

【白鳥は 太陽の道をゆき
神通力の ある者は、虚空を飛ぶ

賢者は 悪魔と その軍勢に 勝利して
世界を 離脱する】

煩悩を 無くして しまった人は
いつでも、
自由自在に 心を 安定させることができ

白鳥のように
何処にでも 飛んで行くことが できる。

釈迦も ブッダガヤで 初転法輪を説く以前は
この 悪魔 ( 煩悩) に際悩まされた。

悟りを 開くには この悪魔の襲来を
撃退し 勝利する (降魔) ことだ。

【経集】の中に 書かれている
10種類の 悪魔を 説明してみようね。

●【欲望】
貪欲と いうことで、飽くことなく
自分の 欲するものに 執着すること。
●【不快】
快くない こと。面白く ないこと。不和、不会、病気。
●【飢渇】
餓えと 渇き
食べのもや 飲みのもがない 苦しみや
欲望が 満たされない 状態。
欲望が満たされず あるものを強く求めている状態。
●【渇愛】
渇して 水を求めるように 五欲に 執着すること。
( 五欲)
眼耳鼻舌身。色声香味触。財 色 飽食 名誉 欲望。
3段ある5文字を 1の1。 2の2と 3の3と
スライドしてみれば よく分かるよ。
●【沈鬱、眠気】
気分が 沈み 塞ぐこと。
今にも 眠りに 入りそうな 状態。
●【 恐怖 :くふ 】
恐れ おののく 事。
●【疑心】
疑いの 心。
ありもしない 鬼の形が 見えるように
何でもないことが 恐ろしく 感じること。
●【被覆、強情】
覆いかぶせる 事。
頑固で 意地を 張り通す事。
●【利得、名声、敬礼】
利益を 得ること。
誉れ良い 評判。
慎み 敬うこと。
●【自己を 褒めること。
相手を 貶すこと。

お釈迦さんが 言われた ことだ。
これらに 打ち勝つ。
そんな 実践を してみよう。

煩悩が 全ての吹っ飛んでしまい
欲望や 執着の 心が 消える。

その心は 白鳥のように 自由に
何処にでも、飛んで行くことが出来るのだ。

雨に 濡れた 花々を見ながら
自分の 若かりし頃を 振り返るので あった。
合掌

【 一点の 曇りもない 慈悲の 心】

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芦屋まで帰ってきて 孫と 寛いでいた。

今日は 奈良、大阪、兵庫と ご縁のある方の
お家を 訪問させて 頂いた。

孫の顔をみると 一度に 疲れがぶっ飛ぶ。
1番 至福な 時だ。

と、隣の 部屋にいた お姉ちゃんが
ジジに お菓子を 持ってきた。

動物の 形で作られている ビスケットだ。
丁度、夕食が 終わって 最終の歯磨きを
済ませたところだった。

『はて ? 歯を 磨いたところだが
それを 言うと 水をさすし…』

菓子を 前にして 悩んでいたところ
2歳 8ヶ月になる 妹が きた。

『この お菓子を 半分個に しましょう。
半分は わたしが、半分は ジジが 』

言うか 言わないかの うちに
ビスケットは 2つに 割られ
1つは 自分の 口に。
1つは ジジの お口の 中に。

『どうしよう ? 』
と 迷って居る 暇など ないのだ。

思わず知らず ツルツルと
お口の 中に 入って しまった。

これが お観音さんの 【慈悲】と【智慧】なのだ。
そして、お姉ちゃんと 3人が 顔を見合わせて
お互いに 微笑み合う。

これ 以上の しあわせって あるだろうか。

【曇りのない 月の ように 清らかで 済んでいて
歓楽の 生活を 望まない人
彼を われは バラモンと いう】

釈迦の 諭しの 言葉だ。

衆生に 手を合わされながら
中央で鎮座ましている お釈迦さん。

それと、別個に 【苦行釈迦】といって
お城を 出られてから 初転法輪を悟られるまでの間、
肋骨が浮き出て 骨と 皮と だけになり
目だけ 引き剥いている 釈迦像が ある。

お坊さんは 【三衣一鉢】といって
糞掃衣をきて 托鉢を 受けるための
鉢を 1つ持ち、その他には
身につけるものも 保管するものも 無かった。

故に いわれの無い 罵倒や 暴力、束縛にも
心静かに 耐え、忍耐と 勇猛な精神を
持っている。

その 心や 一点の 曇りもない。

【三衣一鉢】を持っても
身につけるものが 溢れ
保管するものが 多ければ 多いほど

それを 守ったり、増やしたりするのに
苦労するだろうね。

昔の お坊さんだったら、
一休さんや 良寛さんを 彷彿させる。

ボロボロの 擦り切れた衣を 纏い
子供たちと 同じ目線で 共に遊ぶ。

今日は 孫たちが 一休さんであり、良寛さんだった。

ジジの 一日の 疲れを癒そうと
同じ目線で 対等に 【慈悲】と【智慧】の
心を 頂いた。

思わずしらず この 小ちゃな 一休さんと良寛さんの
身体を 強く強く 抱きしめた。

『どうか 大きくなっても、この心を 忘れないように』

合掌


幸せ分かち合いと言うページを作っています。
是非ご覧ください。


【執着すれば するほど 苦悩は 増す】

『私には 子供が ある。私には 財がある』

愚かな人は このように 悩む
自己でさえ 既に 自分のもので ないのに
どうして 子がある 財があると 言えようか

釈迦の 諭しの言葉だ。

産み 育て 目の中に入れても 痛くない
我が子が 可愛くない 親が 何処にいようか?

汗水たらして 必死で築いてきた 財産に
執着を 持たない人は 居るだろうか。

それでも、釈迦は その執着を
手放せと 言っているのだ。

ミルクを 飲まない、病気では ないだろうか?
交通事故や 虐めに あってないだろうか

良い お嫁さんが 見つかりますように…。

親の 願いは それだけでは すまない。

親も 子も 家族が ひとつ屋根の下で
楽しく 暮らせます ように。

もっと もっと頑張って 社長まで
登りつめて ほしい。

『ああして 欲しい。こうなって 欲しい』

親の 子供への期待は
とどまるところを しらないが
それが 成就しなかった時、
期待が 大きければ大きいほど 落胆も大きい。

【求不得苦】
四苦八苦の中の 1つだが
【求めて得られない時の 苦しみ】の事だ。

釈迦は 『祇園精舎の 鐘の音…』で有名な
【祇園精舎】や【竹林精舎】などで
多勢の衆生に 教えを 説いていた。

ある大富豪が『 釈迦の為に【竹林精舎】を
建てたい。王子の 土地を 譲ってください』
と、 お願いを する。

王子は馬鹿に したように
『いいよ。
この敷地 全てを お金で敷きつめたら
目的は、叶うてあげよう。
お金持ちだから、できるだろう?』と。

そこで、大富豪は 持っている 全ての金を
敷きつめ はじめた。

『おおつー、一生懸命に 働いて財を 築き上げ、
人々から 【長者】だ【金持ちだ】と
言われていたが、生涯を通じて、貯めてきた
金が こんな物だったのか !』

大富豪の 敷きつめた お金は
園の 入口に パラパラと 置いた だけだった。

長者は 自分の邸宅を全て売り
授業員も召使も全て解雇して
その金を 敷きつめた。

王子も感激をして【精舎】が完成した。

『自分の 財産が あった時は、
これを 減らしてはならない、増やさねばならない。
ああも こうも しなければと
心休まる 時が なかった。

こうして 一文無しに なった今、
なんと 心 豊かで 清々しいか』

王も 王子も 釈迦の弟子に なった。

私たちの 【子供】も 【財産】も
執着心が 強ければ、つよいほど
苦悩は 増大する。

執着の かたまりである 自分自身は
本来の 自己ではないという事を 知ろう。
合掌

【ただ 虚しく 歳を とるべからず】

仕事を 卒業したら 何を始めようと思う?

私は 大先生に 四柱推命を習うことにした。
第一線は住職に 任せ
【大観音】なり【子安観音寺】で
困ったり、苦しい人の悩みを聞いてあげたい。

そのような 動機だった。
やり始めて その奥義の 深いこと深いこと。
人を みるなんて ほど遠い。

ある方は 校長を 卒業したのち 家役を 継いで
遍路団体の 拡張 充実に 情熱を 注いだ。

『退職後 、直ぐに 僧侶になれば 良かった。
今となっては どうすることも できない』
と、悔やむ。

ある方は、趣味に徹して 助役を辞めたのち
仏像の彫刻や、切金ずくり、表装の実践等に
情熱を 注いだ。

今年、黄泉の国に 旅立ったが
わたしの 寺にも 何点か 奉納くださり
今や、寺の 寺宝と なっている。

【頭髪が 白くなったから といって
(長老)と みなされる わけではない

ただ 年をとった だけならば
(虚しく 老いた 人) と 言われる。

釈迦の 痛烈な言葉だが、
自分が 老いに 向かいつつある、
又は すっかりと 老いてしまったと

悟った 人には 耳の痛い 言葉かもしれない。

『あっし自身には なんの貫禄も 御座いませんが
《正座に ハゲ頭》とある。
ハゲ頭に 免じて 長老の 座る
正座を 穢させて 頂きやす』

【長老】
誠意と 徳を持ち備え、慈しみと 慎みをもち、
人を 傷つけず、自らを 整え制して
汚れを すっかりと 吐き出した人。

かれこそ 人は 長老と よぶ。

ここからが 大切である。
せっかく 頂いた 命。
ながらえて 歳を重ねるなら

ただ、老いさらばえ 死んで行くのでなく
真の 教えを実践し、
長老の道を 歩まずして どうするのだ。

『あの人は 長老だ』と、
言ってもらわなければ ならない。

釈迦は 更に痛烈に 諭す。

【聞いて 学ぶことの ない人は
牡牛のように 老いて ゆく。

その肉は 増えるが
その智慧が 増えることはない】

無意味に 時を過ごしていると
ふと 気がつけば
その中で 得たものは
ダブダブに肥えた 肉だけだったとは
余りにも 悲しい事である。

若き みなさんも 勿論そうだが
老いが 始まった人は

特に 長老の道を まず 1歩
踏み出さなければ ならない。
合掌

【大本山 小豆島大観音にて 総会が あった】

春爛漫な中、大観音で 総会が あった。

開会に先立ち 【般若心経】1巻。
物故会員の 供養をした後に議事にはいった。

わたしの 挨拶
『大観音には 年中で 2つの 大きな 行事がある。
1つは 【夏季大学】と称して 本山布教師の僧侶と
有名 知識人 先生の ペアで 勉強会をする。

昨年は 諏訪病院 名誉委員長 鎌田 實先生
一昨年は 自民党の 石破 先生が 教壇にたった。

今年は 参議院の 丸山 和也先生、
漫才コンビの クワバラ 小原 さん、
本山布教師の 荒城僧正の 3本立だ。

5月の 12日 日曜日 1時より計画している。

奉賛会の 皆さんには
身体の奉仕、金銭の 布施と 大変で
「もう やめろ」という 声も ある。

今を去ること 2500年に前、
釈迦は インドにおいて 雨季のあいだ
【祇園精舎 】【竹林精舎】のような大講堂に
一定の期間 弟子や衆生を集め 説法を 続けた。

今は 高野山なんか 本山で 【安居会】から
【夏季大学】と名前を かえ 4~5日 かけて
優秀な講師たちの 元で 勉強会をしている。

大観音は そこまで大体的には 出来ないが
せめて ミニ夏季大学をと 始めて20年になる。

奉賛会の 皆さんが「や~めた」と言われたら
どうしようもないないが、耐力の続く限り
続けたいと 思っている。

今、境内は 芝桜が 満開だ。

【花の 大観音】をめざして 住職が
多勢の ボランティアの方達と 植樹したのが
かれの心が 今、開花したのだと 思う。

小豆島の 観光客、遍路巡拝の 活性化のため。
【島の シンボル】として 島民の生活に土着して
信仰し 心から笑い 心安らんで帰ってもらう
ユートピアを作りたい。

住職の 努力の お陰で 今年は
多勢の島内の ご家族の姿が 見受けられた。

島民に 喜んでもらえるという 私の希望も
叶った ような 気がする。

第ニは 秋に 柴燈大護摩を焚く
秋の 法要だ…。』

続いて 大観音奉賛会長の 県会議員 先生の挨拶。

『大観音に 入ってくるなり 色とりどりの芝桜が
私の 目の中に 飛び込んできた。

先日、海外より 高松空港に 帰っていたら
一面、絨毯を 敷き詰めたような 花畑の中に

真っ白な お観音さんが 建って居るのが
目に入った。

パイロット達は 島の事を【小豆島】とは言わず
【白い ブッダの 島】として 紹介している。

老僧が 『島の シンボルとして…』と、
常々 言っているが
まさしく 島を代表する お観音さんであり、

奉賛会員の 1人として 胸を張りたいような
衝動に かられた』

会長さんは 飛行機の 中から
【密厳国土】をご覧に なったのだ。

周り 一面の お花畑。
これを 極楽浄土とも ユートピアともいう。

とうとうと 春の 小川は せせらぎ
鳥は 鳴きかわし
天女が 舞う。

人々は 密厳国土にて 毎日の疲れを 癒し 浄化し
リフレッシュしては 帰ってゆく。

新しい 心と 強いられエネルギーを貰って。

1日も 早く そのような
大本山作りが したいものだ。
合掌

【事を 起こしたあと その善悪を 確かめよう】

20日の夜、 【本堂 再建】の建設委員の会合があった。

『あの 総代が いたらな~』
現役の 委員の方が 口々に いう。

大観音 建立時に 全面的に協力を惜しまず
落慶法要の年に 本尊を見ずして 亡くなった。

なによりも 人望が あった。
『お前がいうのは 分かるけど今回は こういうしようや。
協力ししてくれ』

彼が こう言うと、有無を言わさない 迫力があった。
その上、記憶力が 抜群に 良かった。

『総代は 記憶力が 良いですね』

『わしは 学がないから 寝る前に
今日 1日の 出来事を 全て振り返って
納得したり 反省したり している。

あの 件は …良かった。
この 件は…まずかった。言い過ぎたか…』

釈迦も 言う。

【行った のちに 悔いて苦しみ
涙に 頬を濡らしながら、その報いを受けるなら
その行為は 善に あらず】

カルマ ( 業 ) となる行為の 【善】か【悪】の
判断基準を 示した言葉である。

行為のあと 悔いて涙を流しながら
声を張り上げてなくような事であれば
その行為は【善】にあらず【悪】とする。

行為のあとで 何の苦しみもなく
喜びを感じながら 報いを受けるようだったら
その行為は【善】とする。

行為の 直後に 自分で善悪の判断が
つかなくても、人の心を 傷つけたり
うしろ指を さされるような事をすれば

人間の 本性は 悔いて 苦しむ事に なる。

逆に 困っている人を 助け、
弱いものを 守った時、

その本性は 密厳国土で抱かれた ように
心 穏やかに 穏やかに 落ち着くのだ。

後々に 苦しさに書き悲しむような
報いを受けたり

喜びに 胸弾ませるような報いを 得て
【善業】か【悪業】がハッキリとする。

悪業を 作らない為にも
心静かに 人の目線で 人の心を察して
人の為に 行動することが 大切である。

ふと、総代の 偉大さを 思い出し
わたしも 実践してみようと
いらぬ 空想に ふけったものだ。
合掌

【蜜の味に 浸ろうとは 思うな】

『ああ… やはり ダメでしたか…。
仏さんには 嘘は つけませんね』

大病院で ガンを宣告された 第一声だった。
子安観音寺に 僅か 3年間だけ 留まり
駆け抜けて行った 1人の 僧侶の声だ。

子安観音寺にには 住職と 弟子の墓がある。
弟子以外は 弟子の墓に 入らないが
客僧の 彼だけが 弟子の墓で眠っている。

その 墓には 耐えず 立ち登る線香の煙りと
年中、四季折々の花が 枯れたことがない。

『若い頃は、私は大変 やんちゃだったんですよ』

自分に 厳しく
人には、仏さんのように 優しかった。
行は 厳しく そのお陰で
救われた信者の数は 枚挙に 暇あらず。

その 僧侶にも たった 1つの悪業が あった。
ガンに なるまで 【不飲酒】を 守られなかった。

『一生懸命 【行】をすれば 持っている病気は
たちどころに 消えてなくなると 信じていました』

宣告されて わたしと2人こりに なった時
ポツリと そう言った。

『自分に 厳しく 人には、優しく…』

実は 子安観音寺に 入寺するに あたって
内臓の 異変を告げられて いたそうだ。

『なんとか【行】によって 本尊のお陰を頂き
治して頂こうと 期待したのですが。

『最期の 最期まで お酒を止めなかった。
いや、心から 【行】をしていたら
少しぐらいは ご本尊さんが 許してくれると
甘えもありました』

本尊は 蜜の味に 浸るのを 許さなかった。

釈迦の 諭しの 言葉だ。

【なされた 悪業は
搾りたての牛乳のように 直ぐに 固まることはない

業は 灰に覆われた 火のように くすぶり続けて
愚かな 者に ずっと つきまとう】

私たちがちょっとした 悪業 ( いたずら)をして
その 【苦い 果実】が たわわに実るまでに

{灰に 覆われた 残り火のように
ずっと くすぶり続け
その人に 苦しみを 与え続ける}
という。

【愚かな者は 悪業が まだ 熟さない間は
悪事を 蜜のように おもう

しかし 悪業が熟し 報いが現れたとき
苦悩に さいなまれる】

ちょと 僅かの いたずらと 思っても
悪事の 炎は くすぶり続け
いつか 業火となって その人に

耐え難い苦しみを 与えるのだ。

『因果応報 ですな…。
ご本尊さんに お叱りを 受けたのです。

今となっては もう どうすることもできないが
あとあとの 人に 悪業の 因果は 巡ってくる。

蜜の味に 浸ろうとは 思うなと伝えてください』

こうして 墓前で手を合わせていると
あの日 あの時の 一言一句が
走馬灯のように よみがえってくる。

私たちは ちょっとした ミスでも
見逃したら だめだ。

彼に 背中から そう言われて いるような
気がする。
合掌

【心身の 健康が しあわせを 与えてくれる】

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『本堂の 屋根が 飛んで 丁度 1年になるな』
傾いた 本堂を見上げながら、ポツリと言った。

友人が 1年前に 今日と同じように
芝桜の 植栽に 小豆島に帰っていた時に

思いもせぬ 大風で 威風堂々たる大屋根が
みるみる 飛んでしまったのだ。

『1年は 早いね』

『先日、私も 高齢者の仲間入りをしたよ。
これから 医療費も 安くなる』

『なんと お爺さん ですな』

『あなたも 直ぐに 追いつくから。

お爺さんといっても 健康診断には
ひっかからないし 健康なのが
何よりもの しあわせだと 思っている。

こうして 小豆島に 帰ってこれるのも
家族が喜んで小豆島に行かせてくれるし
そんな今が 1番 しあわせだからだと 思う。

家族が 和気藹々と 手を取り合って
生活させて貰っているし 都会に出ていって
気軽に お付き合いできる友人も出来た。

こうして 心静かに 考えると
これ以上の しあわせは 無いと おもう』

小学校 中学校と 生徒会長で 勉学優等、
スポーツ万能と 男女を問わず、
憧れの的だった 彼は、

早く父親を亡くし
高校に いかずに 就職の道を選んだ。

勿論、成績優等な方だから 大手の会社に
就職した。

家長として 先に 弟と 妹を優先し
本人は 苦労して 母親を支え 遅く結婚した。

釈迦も 彼と 同じことを いう。

【健康は 最高の 利得であり
満足は 最上の 財産で ある

信頼は 最高の 家族であり
涅槃は 最上の 安楽で ある】

無病で 健康であれば、喜びは喜びとして
憂いなくて受け止めることができる。

誕生日や 入学 就職 結婚などの
【祝】も 家族の中で 病気の方がいると
心から 喜ぶことが できない。

そして 今の自分に 満足 すること。
【足るを知る】
わたしとも 何度も 勉強したね。

思い上がったら 駄目だ。
大したことない わたしは
あれも欲しいこれも欲しいと
貪欲にならないで
僅かな 物でも 喜びを 感じましょう。

心が 満たされていると
どんな宝物よりも 価値のある 宝物となる。

家族や 友人の中であっても【信頼】がなければ
本当の 家族や 友人とは言えない。

逆に 本当に 固い絆で 結ばれると
最高の 家族や 理解者と なれる。

そして どんな時でも、冷静に 心静かに
安らいだ 気持ちで いられるのは
何よりもの しあわせだ。

これを しっかりと支える 大黒柱が
【健康】【満足】【信頼】なのだ。

この 4つを しっかりと掴んでいる友人は
本当の 幸せ者である。

わたしも 彼を みならって
しあわせに なりたい。
合掌

【執着や 悪しきものは 根こそぎ 抜け】

小豆島大観音の 境内に 24000本の
芝桜が 我が世の春と 咲き誇っている。

思えば 住職が お小遣いをはたいて
自ら 一昨年 4000本、昨年 2万本、
合計 24000本 植栽した。

今日、植栽の 苗を頂いた 会社が
大観音まで 視察にくるからということで
留守番の 私を残して 寺内総出で
大観音に向かった。

『住職 1人に させては、可哀想だ』と、
ボランティアも 1人増え 3人増えした中で
例の 私の 同級生も 奈良から お手伝いに
帰ってきた。

1番 大変なのは【草抜き】で 雑草が生えないように
一面に シートを張り、芝桜の本数だけ
30センチくらいの 穴を開ける。

『大切なのは 雑草を 頭だけ取るのでなくて
根から 抜かなければ ならない ことだ。

頭だけでかると 直ぐに伸びてきて
その 背 たるや アッというまに
芝桜を 追い越してしまう』

『がん細胞と 同じですね。
細胞の 1つでもが 残っていれば
その時は 元気に快復するが またすぐに 転移する』

釈迦も 私たちが持っている 心の悪しきものは
根こそぎ 脱いてしまわなければならないと
警鐘を鳴らす。

【1本の 木ではなくて林を 伐れ
恐怖は 林から 現れる

修行僧よ 林や 下生えも 全て 伐り
林を 脱した ものと なれ】

林とは 私たちが持っている 1番 厄介な
【煩悩】の事で 【三毒】に出てくる
貪瞋痴の ( 貪 ) 貪りということになる。

1本の木 とは そこに含まれている
【金銭欲】【名誉欲】【食欲】【性欲】
等が 含まれているが これらの【欲】を

根こそぎ 脱いてしまわねば
1本 1本 脱いているようでは
間に合わないと 諭されている。

《たとえ わずかでも、
女性への 男の欲望が 断たれずに 有る限り
彼は、心が縛られて いる

母親の 乳を 欲しがる 仔牛の ように》
法華経

林を 脱したものとは 一切の妥協をすて
煩悩を 断ち切り 三毒を 断ち切った
解脱者のこと。

私たちも 早く 竹林から 脱しなければ
心に 闇夜が立ち込め、くだらぬことで
【苦】を抱き続けなければ ならない。

《抜苦与楽》

早く 苦を抜け 楽を 得るためにも
一刻も 早く 悪しきことは
根こそぎ 脱いてしまわなければ、ならない。

春を通り越して 初夏の兆しを感じさせられる今日
住職、職員を はじめ 多勢の ボランティアの
方達と 共に 大観音の 芝桜の 手入れは 続く。

花を見て アッと驚き
心 洗われて 浄化して 帰って行く
多勢の 参拝者の ために。
合掌

【愛するものも 救えない 死の理不尽さ】

【帰らぬ 無邪気な 8歳】

淡路島を震源とした 地震で
心臓が止まりそうになった今日、

またしても衝撃的なニュースが
飛び込んできた。

アメリカは ボストンで 2度にわたる 爆発があり
マラソンを 応援していた 多勢の人が怪我をし
3人の 犠牲者が でた。

その1人 リチャード君は 家族 5人で
応援をしていた。

アイスクリームを買って ポジションに戻ったとき
第一回目の 爆発があった。
逃げようとして 逃げ切れす そうしているうちに
二回目の 爆発があり それに巻き込まれた。

マーチン君の 妹 ( 7歳 ) は片足を 失い
母親は 頭を やられ 、兄と 父は、無事だった。

マーチン君を 失い、娘の 片足まで
吹き飛ばされた 父親は こう 叫んだ。

『私たち 家族のために 祈りを捧げてください』
と。

テロリストか 誰か
何が 目的で 爆発させたのかは 分からないが
全く 無慈悲な事を したものだ。

私たちが 同じ立場に 立たされたら
一体 どう行動し なんと 泣き叫ぶのだろう。

愛しい 人の 死や 大病に際して
私たちは、余りにも無力で
只々 泣きながら 天に祈るしか できない。

ましてや 死にゆく ものを誰も1人、
助けることも できないのだから。

崩れたものを 1つ 1つ 拾って 積み重ねても
元どおりには 復元できない。
ましてや 魂 など。

『オーマイ ガッド』
頭を 抱えたあと、このように言ったはずだ。

『これから 後、
残された わたしの 全ての
しあわせを かけて 誓う。

もう これから先、2度とこのような
惨劇が 起きませぬ ように。

惨劇に 会われた ご本人と ご家族に
哀悼と 励ましの 言葉を 送ります』

違うかな ?

そして 死の 理不尽さを知った人間だけが
本当の 【慈悲心】溢れる 優しさを
身につけて 生きてゆくのだ。

リチャード君 良いところに 召されてください。
アーメン…。
合掌

【真の 友人と 共に過ごせば しあわせは増大する】


中国 西安から 友人が きた。
彼の 名前は 範さんと いう。

10数年前に 【小豆島大観音】で 【結縁勧請】があり
その 御導師の 青龍寺 寛旭管長の 世話役として
2週間、大観音で 寝起きして縁を結んだ。

私が 中国に お参りしても、面倒をみてもらい
来日すると、必ず 小豆島にお寄りになる。

寛旭管長は残念ながら、
小豆島に お立ち寄りする時間は無かったが、
範さんは 松山での仕事が 終わりしだい
3人づれで 島に お入りになった。

わたしの 長女も『 範さんが おいでる』と
芦屋から わざわざ 帰ってきた。

本人は 美男子だし 日本語は 日本人よりも
流暢だし、なによりも人柄が いい。

一緒に 来島なさった方は
【局長】を勤める女性で
クリントン大統領が 来中したとき
世話係で ずっと大統領につき 後で、
アメリカまで 招待があったほどの人だ。

もう1人は 17年間 松山大学で
中国語の 教授として 教鞭を振るわれ
今は 卒業して 老人ホーム関係の
お仕事をなさっている 。

1泊 2日の 慌ただしい 小豆島だったが
食事の 後、家内が 私にいった。

『範さんが 後の 2人よりも
上席に 座って いましたけれど…』

わたしは そんな事に 頓着してなかったが
そう言われてみれば そうか?

気になって 誰も いない時に
日本語 ペラペラの教授に聞いた。

『範さんは 西安市でも とても偉い人ですよ』

なんか 思っていたよりも ずっと
ハイクラスの ポジションに いるようだ。

私にすれば はじめて会った ままの
範さんであり、
なにも偉そうにも 威張りもしない
家族同然の 範さん なのだ。

釈迦の 言葉がある。

【聖者たちに 会うことは素晴らしい 事だ
彼らと 共に住むのは、実に楽しい

愚か者たちに 会わずにいるなら
常に 安楽に いられるだろう】

【善知識】
良い知識を 一杯もっている 人の事でなく
仏道に 正しく導く人
正しく 仏道を 歩んでいる人 の事だ。

そして、その人を【聖者】と呼ぶ。

良き人と 交わっていれば
知らず知らずに自分も 感化されていく。

『霧の中を 行けば、覚えざるに 衣 しめる』

霧の中を 歩いていると 知らないうちに
着物がしっとりと 濡れてくる。

そのように 聖者と 常にみじかに接していれば
知らぬ間に 自分も多くを学び
優れた人格を 身につけて いくものだ。


範さんは 自分で 『わたしは、偉いのだ』とも
『偉く なったのだ』とも 言わないが
黙して座る 体全体から 射して来る後光は
智慧と 品位を かみそなえている。

あまり【聖者】でも ない人が
『わたしは、忙しいのだ。てんてこ舞いだ』
そう言う言葉を よく聞く。

『自分は 偉いんだ。
君らとは 違う ハイクラスなのだ。』

自分では そうは 言えないし
他の誰もが 偉いとは 認めてくれない。

その 妥協案が 『わたしは 忙しいのだ』となる。

その 言葉を聞くと、何故か 空寒しくなる。

私たちは、真の友人から 真の【善知識】を
学ぼう。

そして 真の友人と 幾ら 長時間の語った所で
全く 苦痛は 感じられないのだから。
合掌

【中道こそ 安らぎに 至る】


小豆島でも 私の寺のある地域は
あちこちに 竹やぶが みられる。

春の 陽射しを さんさんと 浴びて
竹の勢いも 止まるところを 知らない。

元々は ここは、果樹園で
お爺さんと お婆さんとで
沢山の果実を 出荷していた。

お爺さんが亡くなり お婆さんも 90歳と
としを重ね 数年前から お仕事をやめた。



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【ごめんなさい の 一言は 気持ちいい】

130401-1写真

孫たちが 悪さして それを認めたとき
叱られる前に 『ごめんなさい』という。

理由 (わけ) なしに 抱きしめてあげたい。
美しい 姿だ。

何期も村会議員、町会議員を歴任し
村の みんなから慕われいてた叔父さんが
私の 住職の頃、法事の度に口癖のように
言っていたことが ある。

私の 祖父の話だ。

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