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【心経 般若波羅蜜 とは? 】

電車が プラットフォームに 滑り込んだ。
乗客は 長蛇の列だ。

【座りたい】
他の人たちを 押しのけて
一刻も早く 車内になだれ込み 安楽を得たい。

席を 確保してから ホッとしながら
母親を 見る。

『座れて 良かったね』
『良かったね』

人は 安楽の椅子を 覚悟しようとして
あらゆる 競争をする。

あたかも 100メートル競争をするかのように。
安楽の椅子を 求めたいがために
鼓動は 大きくゆれる。

安楽の椅子のある 島は
私たちの目の前に ポツンとある。

誰もが 平和を求め しあわせを求めて
その島に 行きたいと願う。

その島には たった 1艘の 舟が 行き来していた。
誰もが その舟に乗り 誰よりも早く
たどり着くことが 良い事だと 思う。

ありとあらゆる 人を 払い除けて
『しあわせが 欲しい』と 望んだ時、
人と争い『島に 到達するのだろうか?』
『しあわせを求めて得ることが できるのか?』

とても不安な 悩みを持つことに なる。

渡し舟の前で 立ち止まった人が いた。
その人は あとからきた人、困っている人に
『お先に どうぞ』と、順番を 譲った。

自分よりも 先に
『安楽の椅子がある島に お先に どうぞ』
と 席を譲ったのだ。

とたん、心の中に
なんとも云えぬ 安らぎを覚えた。

椅子が とれるだろうかとドキドキしながら、
スタートラインに並ぶより、こだわりを 捨てたその時に
一切の 心の 安穏を 得ることができる。

自分だけが 早く、安楽を得ようとする
心を すてた その時に。

これが 【般若波羅蜜】の悟りで ある。

と、そんな時、
1人の 少女が 『どうぞ』お座りください』と、
席を 譲った。
合掌
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【オカメと お多福と ヒョットコ】

娑婆の中は、いろんな所で 諍いがおきる。

孫たちの 小さな 言い争いから
会社、商売上、親子兄弟、夫婦、…
大きくは 国と国の 争いまで。

何故 無くならないのだろうね ?

自我がでて それを無理矢理に
他にも押し付けようとするから 問題が起きる。

一方的に 【我】を押し付けられたときに、
押し付けられた方は
恨み、怒り、苦しみ、膨れる。

【自我】と【自我】が正面から ぶつかれば
喧嘩がはじまり、大きくは 戦争が勃発する。

あの 拗ねたり膨れたときの顔、
何かに 似ていない ?

そう 《般若の面》だ。

常に 嫉妬して 怒りと悲しみで
頭に 角まではえた 女人の 顔だ。

朝から 晩まで 仏頂面をしていると
本人も 大変だろうし周りも 面白くないね。

残念ながら 当人は 生きながらにして
【じごく】奈落の底に 落ちているのだ。

辛いね。
苦しいね。

お互いが ちょっとしたものを 手放すと
生きながらにして 楽しさに満ち溢れる
天国に いけるのに。

私たちは 自分の考え ( 自我 ) という
余りにも重い 十字架を背負って
悩みながら 歩き続けている。

自分の 思い通り 我が意見を
人に 押し付けて歩こうとすると
それは それは 辛い 旅になる。

一人ぽっちにならず、みんなと和気藹々と
愉快な 毎日を 送りたいと思うなら

まず、自分だけ都合のいい【エゴ】を
キッパリと 捨てることだ。

すると 生まれたての 赤ん坊のように
何の被害もなく穢れのない 純真無垢の
自分に 立ち直り

平和で しあわせな 境地を取り戻すことができる。

【般若の 智慧】
{真理を 認識して悟りを開く 働きの事]
修行の 結果、得た 【悟り】のことだ。

【お多福】のように 少々 鼻が低くても
心も 顔も 身体も 丸く生きる方が

余程 、楽しい一生を 送れることだろう。
合掌

【激さないで 一呼吸 おこう】

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この世は いろんな所で、争いが 絶えない。

国を みても そうだ。
隣国 どの国とも 火種を抱えている。

待ちに待った やっと戻った株価が 、
1日にして 1200円 下落した。
何とかミクスといって
経済の立て直し、
デフレーション脱却、
株価上昇と、喜んでいた庶民は 驚いた。

ある政党は 言った。
『なんとかミクスは やがて こうなると
思っていた。景気もこれまでだろう』と。

指示 政党は 好き嫌い、色々と ある。

しかし、景気を取り戻し、
給料も あがり
投資を失敗した 株価が上がってきた矢先、
誰しもが私のたじろいだ。

人の世に なぜ 平和が 訪れないのだろう?

誰もが 専門的な知識を持ち、
豊富な 知識を持ち
多くの 教育も 受けている。

にも拘らず、私たちの生活には 平和がこない。

誰かが 軽はずみな 言動をし、発言をしたら
足を 引っ張ろうとする 人たちばかりである。

喧嘩をしている 全ての 人間が そうだ。

余りにも 過去の 記憶に とらわれて(固定観念)
それに 執着しているからである。

お互い 1人1人の 意見は 大切だ。
しかし、それを無遠慮に ぶつけ合っているうちに
人は 分離して バラバラになる。

人の世の 悲しい 過去の出来事に
終止符を打たねばならない。

お互いが お互いに 『俺が(我)、俺が(我)』
自己主張をやめ、
自然の 尊さと 親しむことだ。

心の 安穏とは、自分を生かしてくださっている
自然と 同化することによって 生まれる。

一呼吸 置くことによって
物事は ガラリと 代わるものである。

平和の 心は 大宇宙の中に ある。
それが お観音さんの【自在】である。
合掌

【なんの意味もない 赤袈裟】

ある コラムで面白い記事を みた。

僧侶、大反省の 内容だ。
満員電車の中で たまたま 私のカバンが
老僧に あたった。

勿論、故意ではない。

『おまえ 何処をみて 歩いとるんじゃ~。
《赤袈裟》も 見えんのか !
ホンマ 腹が立つ』

『へっ ?? 赤袈裟 ?』

赤袈裟。
滲み出てくる気品と 大きな器が備わった
出家者の筈なんだが、
一般人は そんなこと 知らんわな。

『いやいや、そんなこと かまわんよ』
とでも言えば、気品や 大器を感じ取れるが
器が無いのに 【名誉欲】だけが
昇格したんだろうね。

赤袈裟は ヒケラカスものではなく
隠すのが 良いね。

偉い人は 隠しても 満ち溢れた オーラがでる。

ー 完 ー

本山から 赤袈裟を頂けるのが
僧侶として 大きな夢である。


昔、拝命された時、管長さんより
『おめでとう。弘法大師の教風を信じ
世のため人のために 頑張ってください』
と諭された時、身の引き締まる思いがした。

師僧も 手放しで喜んでくださった。

『君の寺の 歴代住職で
赤袈裟をつけた人が 何人いる?
名誉なことだから、檀信徒に披露しなさい』

一般的には 檀信徒が お祝いをするようだ。

何かの都合で それは出来なかった。
いや、ジジが したくなかったのかも知れない。

檀信徒の 皆さんとお出会いする時は
赤い袈裟をつけた坊さんを見るだけで
それ以上の なにものでもない。

知っているのは、僧侶だけで
一般の人たちからみれば
なんの意味も 価値も ないのだ。

ありがたく 頂戴している袈裟の横に
ゴミが散乱して孫や猫は またいで歩く。

【ありがたい】【きれいだ】【おおきい】【ちいさい】

自分 1人が 思っているだけで 実体はない。
全てが 幻、借り物なのである。

私たちが 命がけで固執する
考えや価値観の 虚しさを 注視せねばならない。

ある人は 有難くても あるひとは
有難く ないのだ。
ある人は 美しくても
ある人は 美しく ないのだ。

その儚さを 【観】破らねばならない。

【正しい】【ただしくない】
考え方の 相違で おこる

私たちの 悲劇を 見破れ!

その時、心が安らぎ しあわせを
取り戻すことが できるだろう。
合掌

【長閑で 静寂で しあわせな ひぐらし】

なんとも言えず、心地よい。

境内には 四季おりおりの 花々が咲き乱れ
今や この世の春…初夏と
ツツジの花が 目を楽しませてくれる。

軒先に ツバメが 巣づくりをし
ウグイスの声が 谷から谷へと木霊す。

蝶々が 蜂が…森羅万象
全てが 自分と溶け合っている。

『天国 天国、これを天国といわねば
何を 天国というのだろう』

現役を離れ、心 静寂にして 始めて気がつく
しあわせの 空間だ。

ずっと この ぬるま湯に 浸かっていたい。
健康にして 年取らず、
出来売れば 永遠に 死ぬることなく…。

しかし やがて忍び寄ってくる 生老病死に
恐れおののく。

釈迦は いう。

【誰しも 我が家での生活は 快い。
しかし 色んな物事が 発生して
この ぬるま湯から 出たくない
いつまでも浸かっていたい気持ちが 発生する。

もし 親しく 慣れることがないならば
《執着》の心をなくして毎日を送ることで
諸々の 塵が 染み出てくることは ない】

【四諦】
昔、勉強したね。

●【苦諦】
この世は おぎゃ~と 生まれ落ちと共に
苦しみみ満ちている という心理。
生老病死、八苦 等だ。

●【集諦】
苦しみの 原因は【煩悩】とする心理。
三毒といって《貪瞋痴》迷いの心だ。

あれも欲しい これも欲しいと貪りの心
気に入らないと 直ぐに腹をたてる心
道理を わきまえ無い 心

●【滅諦】
煩悩を滅すれば 必然的に苦も滅する心理。
煩悩によって 苦しみがあるのだから
煩悩を無くしてしまえば、苦の無くなる。

●【道諦】
八正道といって 正しい修行と正しい生活を
実践しなければ 煩悩は退治できないという心理。

病気を 治療する前に病状をよく観察するように
まず、苦しみの 正体を知らなければ ならない。

病名が 【煩悩】とわかれば それに
正面から ぶつかって
それを取り去らなければ ならない。

悪いところは 切除し、薬をのみ
適度な運動をし規則正しい 生活をすることを
思いつく。

そして、愈々 それの治癒に かかるのだ。
正しい修行と 生活をし
つねに【八正道】を実践する。

『私は 聖人君子だ』
どんな謙虚な かたでも、自分が気づかないうちに
【三つの おごり】を持っている という。

①若さに 対する おごり
若き日に 老人をみると 汚くもみえ
1つ1つの 比較の上で 優位に思ってしまう。

②健康に 対する おごり
自分の 身体が 丈夫な時は、病人に対して
憐れみとともに 優越感をもつ。

③死者を まえにして 私は まだ生きているんだ
という おごり。

やがて 老人になり 身体の不調を訴え
死に 直面したときには 煩悩として
私たちを 苦しめ

全てが 苦となって 跳ね返ってくる。

【諦】とは 【あきらめる】とも読める。
『え~い、もうやめた ! 見切りをつけた』
と、いう意味にも とれるが

本当の意味は 道理を明らかにする
真実を 明らかにして
たとえ 自分に都合の悪い事でも

そのまま 受け入れるという 意味である。
難しいね。
『ガン ですよ』と医者から宣言されて
動じない人は 少ない。

釈迦は その【四諦八正道】を実践してこそ
【抜苦与楽】

苦を抜き 楽を 与えてもらえるという。

メジロの 鳴き声が 聞こえた。

長閑で 静寂で
こんな天国が 他にもあろうか ?
合掌

【肉体 朽ちても 心は 永遠に】

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亡き ご両親、ご祖父母、愛夫、愛妻…。
楽しく 懐かしかったあの日を 思い出さない?

お父さん お母さんは 居なくても
心の中には、未だに生き続けて居るんだね。

ちょっと 取っ付きにくいかも 知れないが
ご詠歌を 勉強してみよう。

【ありがたや 高野の山の いわかげに
大師は いまだ 在しますなる】

今を去ること 800年、鎌倉時代の僧、
天台宗 比叡山の座主(管長)で
【慈円猊下】の作だ。

彼は、教学の面は勿論のこと
歌集拾玉集の 六歌仙の 1人で 高徳の僧だった。

猊下は 高野山の奥の院に 【入定】され
今だに 民のために、苦しんでいる人の為、
慈悲の手を 差し出していると伝えられる
弘法大師の お姿を 拝したい。

【即身成仏】の実証を得たいと
比叡の山から 高野山に 登られた。

奥の院は 一の橋から 2キロの 道のりがあり
その両横に 20万基を越える墓が立ち並ぶ。

天皇家をはじめ、有名な 武将 著名人の墓が
所狭しと 立ち並び
あれだけ 憎み合って 戦い続けた 2人が
今や 手に手を繋いで 仲良く
隣同士の 墓の中で 眠っている。

私も 若き日に 本山布教師として
お勤めをさせて頂いた 時は
夜な夜な 奥の院まで お参させて頂いた。

墓の周りには 20mをこす 杉の木が立ち
昼間でも、鬱蒼としている。

その中を お参りするのだ。
彼方此方で 山犬の遠吠えの声を聞く。

今でも 決して快適な参拝とは言えないだろうが
当時は、いうに言えない ご苦労があったろう。

そんな中、御廟前で修法三昧に 入られ
ついぞ 大師の姿を 拝することが出来た。

【ああ、ありがたや。
高野の山の 御廟の なかで (前で)
今だに 元気な姿でお大師さんは おいでた】

嬉しさのあまり 慈円猊下が
お読みになったのが これだ。

さて、皆さんは『そんな馬鹿な。
科学的に考えても、医学的に考えても
無茶苦茶だ』と、考えるだろう。

そこで 冒頭の
『お父さん お母さんとの 楽しい日々を
おもいださないか ?』と、くるのである。

お身体は 私たちの 目には
触れることないが、
心の中では、いつも優しい顔の
両親が 、愛しい目をした 旦那が、 妻が、

脈々と 生き続けて居るんだね。

結論だ。

空海は 【済世利人】といって
苦しみ悩んでいる人は、
分け隔てなく 御手を 垂れたもう。

ご両親も そうだ。

恥ずかしがる事なく
疑う 事なく

心の 底から 自分の本音を 出してみよう。
『お父さん、苦しいんです』
『お母さん、悲しいんです。
お母さんだったら、どうします?』

仏前で 花を供え、墓前で手を合わせて
心の 雄叫びを聞いて貰いなさい。

きっと 素晴らしい解決を
してくれると おもうよ。

そして、空海も 申している。

『いつでも、来なさい。
如何なる 悩みも 聞いてあげるよ。

初夏を迎え、高野山の お山は 密厳国土。
鳥も 鳴き、なんと長閑なことか』
合掌

【心と こころの 架け橋】

久々に 感動を覚える 素晴らしい出来事があった。

小豆島で【サーズ】云々で 騒いだ事がある。
人の噂も七十五日というが、あれだけ
メディアも含め 騒ぎたてたのが 嘘のようだ。

今年で 10年目がくる。

関係者が 10年を 1つの節目として
みなさんに お詫びをして
新たに 1から スタートされて 頂こうと

あの騒ぎの中、親身になって世話になった
台湾の有名歌手をお呼びして
老人会を中心とした 島民のために
盛大な コンサートを おこなった。

場所を移して 知事や 歴々のメンバーが
10年目、1つの節目を 締めくくった。

凄い ことだね。
なかなか 出切ることでは ないね。

そこで 登場したのが 関係者の 大親友でもある
浪曲師【天光軒 満月先生】だ。

『そんなに素晴らしい事を 計画しているなら
是非 協力をさせて 頂きたい』と、
【川本 三栄子先生】共々
友情出演を かって 出られたのだ。

善行を 計画実行した人に 善行で返す。
こころを 感じとり 心で 返す。

できないことだね。
私たちは 口では 言えても
なかなか 実行が ともなわない。

【唯我独尊】、自分さえよければ良いと、
自己主義な方が 増えてきている。

老人と青年、社長と 従業員、先生と 生徒、
親と子供、夫婦関係、

大きくは 国と国、民族や 宗教、

人と人、国と国、民族と民族、宗教と
それぞれが バラバラになって
断絶や 争いがおこり

実に 稀薄な 薄情な 世の中に なっている。

そんな中、
【サーズ関係者】は迷惑をかけた 全ての方に
2人の先生は 関係者の機微に打たれ

【こころと こころの 架け橋】
大きな 虹のような 架け橋が 掛かったのだ。

【従果向因】
それぞれが それぞれの持っている
最高の時長を 発揮し

お互いが お互いの 生命を拝み合い
助け合いの 関係を保って
架け橋をわたり

絆を深めていく。

それこそ、私たち人間が 成さねばならない
使命では なかろうか ?

今日は いい 勉強をさせてもらった。
合掌

【写経の 功徳は ありがたい』

和田山 写経会が こられた。

27年目だ。
当初、ジジの住職の頃、
『弟子が 500人も 600人もいる。
そんな寺も そんな住職も 居ない。
写経会を 作ったら どうだ』

直後に師僧の寺と 和田山写経会ができた。
1番に 本山の ジジの写経会が 潰れた。
ジジ以外は どちらも 続いている。

大観音建立にて 写経の時間がとれない と
大義名分は立ったが(勿論、それもあった)
写経に対する 動機が不純だったのだろうね。

写経とは 色んな お経を書き写す事だが
【般若心経】が 代表的なものだ。

【西遊記】で有名な 三蔵法師が
孫悟空等を 連れて インドの天竺まで
仏教の原点を 求めて旅をするのだが

やがて【大般若経 600巻】や
色んな 経典を持ち帰って
西安にて 編集をした。

その 1番 凝縮された エキスが【般若心経】だ。

それを 読み 聞き 写経することが
何よりもの 功徳であるとされる。

1番 大切なことは 目の前の写経以外
何も考えない【無我の境地】に 入ることである。

没頭して居るか 否か 直ぐに分かる。
【凛】としている 会場から 私語が飛び交うのだ。

『もう 終わったの ? 』
『終わった 終わった、50分もあれば 書ける』
『あっ あの オバサン もう終わりそうだゾ』

【凛】としていた会場の 雰囲気が 崩れる。

ジジは いつも 言っている。
●他人に 迷惑をかけるな。
●自分が されて嫌なことは 人にはするな。

【禅定】という 言葉がある。
座禅瞑想も それに含まれている。
所謂 【三昧】に 入らなければ ならない。

それを 申すものだから
早く書き終えた 人は
みんなが 書き終わるまで【禅定】の
三昧に入らなければ ならない。

【写経】といったら、誰もが
般若心経の 功徳を並びたてるが
そうではない。

写経する その前後左右の配慮が肝心だ。

それと、もう1つ。
始めたら 【忍辱】の行。

言い訳 しながら、途中で 辞めないことだ。
【続ける】という 事の 大切さ。

それだけでも世間の 【信用度】は 100% だ。

納経をしながら、 20年前の 写経会の 1コマ。
師僧の 教え、
色んな事が 蘇ってきた。

…と、我が息子を捕まえて 声がきこえた。

『住職、あなたも写経を はじめられたら?
お父さんは 棒を おった』

『ありゃ~』
合掌

【空海と ともに 歩こう 八十八ケ所霊場】

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元 団体長の 奥さんの葬式が あった。

息子さんの 挨拶の冒頭に
両親は こよなく小豆島が大好きで
父が旅立ったあと、残された家族で
父の教えに従い 大師の遺徳を偲び
年に何度も 聖地を 踏んだ 。

知らなかったが、信心な2人が 出会い、
結婚まで至ったのは、小豆島での
ご縁だったと 話した。

昔は、小豆島でも 結婚までに
乙女は 八十八ケ所霊場を 巡錫するという
風習が あった。

そんな時に 結ばれたのだろうね。

多勢の 遺族のなかで
長女の姿が 見えないことに気がついた。

『今日、団体を連れて
小豆島に参って いるのですよ』

『え~ 今日 ? 』

長男は いう。
『亡き 父が いつも 申していました。
1人でも、多勢の人を 聖地にお連れし
大師の教風に合わせることこそ

自身も 同様に お陰を 頂ける。

我が身 1人でも参ろうとするならば
是非、同行を お誘いしなさい』
と。

『そして 初めての参拝の日が 今日で
彼女が 団体長。

生前、この事を 母も大変よろこんでいました。

どうしようかと 相談が あったのですが
兄弟姉妹で 話しあった結果、
姉には 島に出てもらう事に なりました。

しかし、初めての参拝の日が
お葬式の日と 重なるとは…』

空海は 42才で 厄除けのため
病気病難で 苦しんでいる人たちの為、

八十八ケの 堂宇を制定し
【四国八十八箇所 霊場】を作った。

小豆島霊場でも お陰を頂いた 方の
コルセットや 義足などが
所狭しと 奉納されている。

当時は 家族 親戚と 水杯でわかれ
本堂の入口で 誰しれず息を引き取ったり

不治の病に かかった人々が
逃げ隠れするように 堂宇の一角に
屯していた。

《行なやむ 浮世の人を 渡さずば
一夜を 十夜の 橋と 思ほゆ》

八十八ケ所霊場 巡錫の 砌り、
伊予は大洲の橋下で 困りたて空海が
自分の 辛苦より
民の 苦しみや 悲しみを 嘆いた詩だ。

その空海の 大慈大悲の心を求め、
多勢の 善男善女が 大師の誓願を信じ
今日も 聖地を 踏むのだ。

皆さんも 是非 聖地を踏み、
同行二人で参拝することを進めます。

『お大師さーん』
『おとうさ~ん 』
『おかあさ~ん』

積もり積もっている 心の雄叫びを
涙とともに聴いて貰ったらどうだろう。

きっと親身になって
助けてくださると 思うよ。

合掌

【獅子のごとく 苦節に 耐えて】

アニー役を 頂いた
孫の リハーサルを 拝見に いった。

飛び上がるほど 嬉しかったが
ジジの 仕事の都合で 断念していた。

ところが、信者のお葬式ができ
お参りするには、前日までに
近くまで来ておく必要があり

思わぬ ご縁に 会えた。

ミュージカルって 大変だね。
ダンスと 歌と アクロバットを
1人や、団体で 一糸乱れず 披露するのだ。

最近まで [お昼寝]が義務ずけられていた人が
小学校に 上がった途端、
練習内容が ガラッと 変わった。

本番を 前に 9時ごろまでの
レッスンが 続いた。

『あのこは 上手だねえ』
『ずっと ライオンキングに出ていた子ですよ』
『この子も うまいね』
『この子は、
サウンドオブ ミュージックに出演して います』

そんな お兄ちゃんや お姉ちゃんに
混ざって 頑張るのだ。

1番 最初に アニーが 歌いながら
飛びだしてきた。
愛孫だ。

ところが、お兄ちゃんやお姉ちゃんのように
上手く 表現できない。

歌や 踊りは レッスンの甲斐があって
上手に できている。

緊張のあまり、笑顔が ないのだ。
歌が終わった後、
お兄ちゃん達は、手も足の置き方も
ピシッと決めているのだが
アニーだけが モジモジしている。

父兄の前で 反省会が あった。

愛孫に 先生から 痛烈な指導が あった。
『ああ…やっぱり…。
でも、年端の いかぬ子に
そこ迄 言わんでも、いいだろうに…』

そう 思った直後 だった。
『もっと 真剣に やりなさい。
既に あなた方は プロでしょうが! 』

『はい ! 』
団員達が 応じる 大声で
練習所の鏡が 壊れる ようだ。
その中には
劇団四季に抜擢される 人もいる。

プロ。
言い訳も、妥協も、甘えもない世界だ。
ついて 行けなかったり
棒を 折ったりしたら
そこで 終わりなのだ。

釈迦も いう。

【1滴ずつ 雨水が 滴り落ちる
小さな 小さな 1滴だ。
しかし、やがて大きな瓶は水で満たされ
やがては 大海となる

そのように 悪は 積み重なる
善は 積み重なる

そして、人生という瓶を満たしてしまう】

苦労して 苦労して 努力の結晶が
今、大海となり 花 開いているのだ。

反対に 少しの悪でも
積もり積もったら、とんでもない
大罪になる。

人生の終着点を迎えようとしている
ジジをも 度胆を抜き
今までの 我が怠惰を
反省させられるぐらいの

激しく 厳しいリハーサルを
見せてもらった。

アニーよ、
どうか 本番では にこやかに笑って
聴衆の心をひきつけて おくれ
合掌

【わたしも あなたも みな 同じ! 】

今日は 悪い例から あげようね。

【 怨憎会苦 】だ。
『あっ 向こうから 来るのは、
大っ嫌いな 例の人だ。

知らなかった事にして 無視するか ?
道路を 変えるか ? 』

四苦八苦の中の 1つだが いやないやな人と
顔を合わせる事は 苦痛な ことだ。

だが 残念な事に こちらが見えている事は
一般的には向こうにも こちらの行動が
全部 見えているのだって。

良きも 悪しきも 人間は、
人の心が 手に取るように 分からねばならない。

釈迦は このように、いう。

【覚ったものは こう言う。

彼らも 私たちと 同じだ。
わたしも また彼らと 同じだ。

自他に なんら 区別が ない】

空海の言葉に【入我我入】という 言葉がある。
真言密教の 根本理念だ。

仏の心が 我が心に入り
我が心が 仏の 心の中に 入る。

わたしと 仏とは 一体不ニである。

と、言うことは 私たちも
【慈悲】と【智慧】という
仏と同じ 心を 持たなければ ならない。

隣の人に 、
困っている人に
救いの み手を 差し出そうと思えば
その人が 何を考え 何を苦しんでいるにか
仏の 洞察力で 見抜かなければ

救うことも できない。

その時には無力な 私たちは
『たすけよう』
『たすけまい』

善と 悪、天使と 悪魔、仏と 鬼が
共存しているという。

岐路に 立った時 【入我我入】、
仏と 私が 1体になっているのなら
悪の方には突き進む 筈はない。

そして、仏と私のみではない。
卓越した 洞察力で知り得た
隣の人も 困っている人も

みんな 同じ心を 持った友人である。

冒頭に 戻ろう。
大っ嫌いな人と 出会い頭にあった時は
岐路に たつ。

向こうの 人も 此方の腹の中を
すべての見抜いているから 岐路にたつ。

『逃げようか ? 』
『挨拶 するか? 』

逃げるな。
わたしも あなたも みな 同じではないか。

そして、話してみたら 案外 好い人だったりして。
合掌

【欲しがるな。あれもこれも 要らんだろう】

長女一家の お家に いった。

主人が 少々 頑張って 芦屋で
憧れの マイホーを手にいれたのだ。

低金利時代で 今が 買得と考えたのだが
アベノミクスで 金利も固定にするか
変動か だいぶん 悩んだようだ。

駅からも 近いし 綺麗なし
掃除は 行き届いているし
お邪魔しても、快適だ。

次女 一家も 最近、芦屋に越してきて
三女一家 共々 仲良く 行き来して
親としては 嬉しい。

買いたての 絨毯、
ソファーに 腰掛けて 長女が いう。

『1番 下の 妹一家も お互いに
行き来があって 嬉しいのだけれど
西宮なので、少し 遠い。

うちの 近くで 良い物件が 有ったので
来年の 4月からは、消費税も あがる。

買い替えたらどうかと 勧めたのだけど
子供が 丁度、友人もできて
塾や 習い事も ここの方が 便利。

お姉ちゃんの 進言のマンションは
どうみても、私たちには
高嶺の花。

手に届く時、手に届くものを
求めように 思うが
今のところは このままでも、しあわせです。

だって』

ジジは それを聞いて なかなか 利口だな
と、思った。

釈迦の 言葉がある。

【大地は 空になりたいとは 思わない
なにも 欲しがることなく
ただ、雄大に 広がっている

屋敷の 門は 静かに閉じ
慎み深さに 静寂が 広がっている』

人間の欲望は 際限なく 広がる。
あれも 欲しい、これも 欲しい。

手に入ったら、
実はそんなに 必要な物でもなく
案外、あっちに置いたり、
こちらに 置いたり するものだ。

我慢をし、その時に 本心から
しあわせを 感じることができたら
素晴らしい ことだ。

大地は 空になりたいとも思わないし
海に なろうともに思わない。

私たちも 心静かに 【真実】を見つめ
本当に仲間って必要な 物は なにか?

熟慮に 熟慮を重ねた上で、行動にうつす。

子供たちの 話を聞いて
【真実】とは何かを
真剣に 考えるジジで あった。
合掌

【何があろうが 起ころうが たじろぐな】

『いらん いらん いらん ! 早く 帰って』
シッ シッと犬のように 追い払われた。

縁のある 信者さんのお家に
仏壇を 拝ませてくださいと
お家を 訪ねた時の 話だ。

あれ? 同一人物かな ?
小豆島参拝のおり 満面に笑みをたたえて
指針に手を合わせる姿は 何処に いったの。

信者の お家を お伺いすると
天国から 地獄、いろんな事に 遭遇する。

無表情な顔で 逃げるように通り過ぎる人が、
お家では 大歓待を してくださったり
又は その逆だったり。

人の【真】と【不真】を見せて貰える。
そんな時に 【一喜一憂】しないように
と、釈迦は いう。

【頭から 湯気をだして激怒する人も いる
賞賛してくれる 人もいる
ジェラシーを 剥き出す人も いるだろう

何があろうが 起ろうが 決してたじろぐな
心を 動かすな

大木が 心を ざわめかせ 枝や葉を
あちこちに 振りまわすな

嬉しいからと隣の木と 喜びを 共有して
凛とした森に 嫌な音をたてるな。

《苦あれば楽あり》

岩のように 動ずるな
大きな 岩 そのもので あれ】

私たちは、その時 折りおりで
腹を立てたり、悲しんだり、妬んだり
ふくれっ面を する。

その時は【執着】という【煩悩】がおき
そして【苦】を生じる。

自分だけが 辛いのではない。
もっと もっと 苦しんでいる人は
一杯 いる。

これくらいのこと なんでも
ないでは ないか。

さあ、気を取り直して 次を お邪魔しよう。
合掌

【静かなること林のごとく 動かざること山の如し】

犬たちの 鳴き声が聞こえる。

門の 中をのぞくと 4~5匹が
私の 姿をみて 一斉に 吠えている。

専門家に聞くと 自分が 恐ろしい時にだす
威嚇の 声らしい。

『本当に 強い犬は 泰然自若としていて
そう むやみに鳴きませんよ』

釈迦の 言葉がある。

【深い 湖のように 生きなさい
静かで 静寂で 清い 湖のように。

我が心を 深い深い 湖の底のように 保て
風に 動かず
光陽にも 暖められず
凛として そこにある 湖

あなたの心に 湖を 持って 生きなさい】

深海でも そうだ。
太陽の光さえも 届かない水の 底。

水面では 灼熱の 太陽が照りつけようが
寒風が 吹きすさもうが
何が 起ころうと 動ぜず

澱まず 静かで 凛とまでしている。

水面での 出来事とは
私たちが 娑婆で 繰り広げる
【泣き笑い】のことだ。

【風林火山】
孫子の 句

はやき なること 風のごとし
しずか なること 林のごとく

侵かし 涼めること 火のごとく
動かざること 山の ごとし

武田信玄の 軍旗にまでなった
戦争の 詩なので、釈迦の言葉とは
結びつかないところも あるが

泰然自若と 山のように
微動だもしなかった 人が

疾風の ように 早く 動いたり
火のように 激しく 攻めよと
いった 句だ。

動かないばかりが 能ではない。
やるときは やり、
攻める時には 攻めなさい 。

お仕事でも 会社でも 学校でも
政治でも 家庭でも

時期や 情勢に応じた 機敏な行動を
とりなさい と言われる。

今日の 観点は そんな時に
臨機応変の対応が できるためにも

小さなことに 拘り 一喜一憂せず
大山のように どっかりと
微動だもしない 精神力を持ちなさい。

釈迦は そのように諭されて いるのだ。

ありゃ!
よくみると、キャンキャン 吠えながら
尻尾を振っている 子犬も いるぞ。
合掌

【僅かな 時間も 無駄にするな。精進せよ】

スイカの お供えが あがった。

寺というところは ありがたいね。
四季折々に 珍しい 山海の珍味を頂ける。

スイカといえば、
あまりにも悲しい 思い出がある。
10年以上も前の 話だ。

ちょうど 今頃、スイカのお供えがあり
私たちが 頂くのは、勿体無いからと
友人の奥さんの入院している
病院に 持って行った。

『美味しい…』

一口だけ 口にした。
蝕まれた身体で 激痛に苦しむ中、
私の方を向いて 微笑んだ。

その天使のような顔は 2度と見ることなく
1週間後に 旅立った。

友人に 聞いた話だが、愈々 息を引き取る前に
虫の息で 語ったそうな。

『おとうさん、今日まで ありがとう。
子供たちが もう少しで 成人するが
今、置いていくには 余りにも忍びない。

仕事も お父さんと2人で 立ちあげて、
やっと軌道にのったところなのに』

子供達にも それぞれて辞世の言葉を述べたが
その 後に付く言葉は
『今、去ってしまうには 余りにも残念だ。
後髪を 引かれ、この身を引き裂かれるようだ』
と、続くのだろう。

釈迦の 言葉が ある。

【死は すみやかに おとづれる
野の花を摘む 乙女を 死は さらっていく

望みを 果たすときが たっぷりあると
思っているうちに、死はおとづれる】

空海も 甥の 智泉大徳が 遷化した時、
泣きの涙で 綴った【諷誦文】に
こういう書かれている。

【われ 飢えば 汝もまた 飢え
われ 楽しめば、汝も 共に楽しむ】

今も 御詠歌となっている 有名な句が続く。

【阿字の子が 阿字の古里 立ち出でて
また共に立ち帰る 阿字の ふるさと】

私たちは、早かれ遅かれ 仏様のお浄土に
帰って行くのでは あるが
私の命は 仏さんのいのち、
自分の心は 仏様の こころ と言う意味で

生きとし生けるものが 生かされている間、
寸分の間も惜しんで 精進しなさい。

そのように 仰って いるのだ。

【望みを果たすときが たっぷりあると
思っているうちに、死は おとずれる】

ぼんやり していると
アッという間に 死は 訪れるよ。

合掌

【一度 決心したら 迷わず つき進め】

『ああ 言っていたけれど 無かったことにして』

『え~ 100% 大丈夫だからと 仰ったから
その線で 進めていますよ』

よく あることだ。
時はながれ 状況もかわり 人の心も変化する。

しかし、この変化によって
約束を【反故】にする事は、
その人間を 信用されないばかりか
人間性まで 疑われる。

約束は よくよく吟味した上で決断し、
一旦 約束をしてしまったら
大損を しようが 何であろうが
破っては ならない。

釈迦の 言葉が ある。

【人の 体は 水瓶のように 脆いものだ
だから 意識して 真っすぐに 立てよ

安全な場所に 置け
気ずかえ
粗末に するな いたわれ】

人間の 身体は 実際に 水瓶のように脆い。
しかし、それよりも脆いものは
私たちの【 心 】である。

お正月に 『今年は これを頑張るぞ』と、
一年の計を 立てた人の中で
実行している人は、なん%居るだろう。

『タバコを やめます』
『ダイエット します』
『愛しい 愛してます』
『生涯 添い遂げます』

怠惰 怠慢なら ともかく
完全な ドンデン返しをしたならば
もう 修正は きかない。

そこで人として 認められないのだ。

【安全な 場所におけ
粗末に するな いたわれ』

体を 【心】と置き換えてみれば よく分かる。
釈迦は 凄い ところを ついて居るね。

【六波羅蜜】だったら、忍辱の行。
【三密】だったら、身口意の 心の 行だ。

水瓶のように グラグラしていたら
【オオカミ少年】のように誰も認めてくれないし
誰 1人、【真の友人】は 出来ないだろう。

水瓶が割れてしまったら、中の水は
【覆水盆に返らず】なのだ。

さあ、ジジも 自分の心を
もっと 安全な ところに おこうっと。

【真の友人】が欲しい もの。
合掌

【分かち合うことは 素晴らしい】

小豆島の対岸 日生町にいる

お参りを済ませてから 色んな話を聞いた。

床の間に 飾ってある(祀っている?)
【慈眼慈衆生】と書かれた
お観音さんの お軸を指差し
『小豆島の 子安観音の先代に 貰ったんじゃ。
あれから 50年、よくぞ元気で 参らせて
貰った ものです』
感慨深そうに いう。

仏壇の周りをみると、ミカンや リンゴが
所狭しと 置かれている。

『沢山 あるじゃろう。
28日の お不動さんの日に 月に 一度、
多勢の お参りが ある。

お供えに 上がったものや 頂いた物を
私が 1人で 食べるのでは なく
みんなに 平等に 分けて 頂くのです。

不思議なもので いつの間にか
また、みなさんが持ってこられ
こんなに 沢山になる。
回向 というのでしょうか? 』

釈迦は いう。

【ケチケチするな。
相手が 必要なのだから 喜んで 与えなさい。
物惜しみ する事は よくない。

与えることは 奪われることではない。
与えることは 互いを 分かち合うことだ。

馬鹿なひとは 物を それが必要な人に
与えた時、自分が 損をしたという思う。

そんな 貧しい心は 捨てなさい。
分かち合うことは とても豊かなもだから】

仏教では【布施】という。
【喜捨】ともいい 見返りを 考えないで
喜んで それを 与えることだ。

【無財の 七施】と 言われるが、ページの都合で
最初の 3つ だけを紹介しよう。

●第一の布施は 【飯食施】
何と言っても、食べることが 1番だ。
食べ物が不足したり、不平等になると
争いが起きる。
1番 よく分かるのか 平山郁夫先生の絵や
タイやスリランカにお参りした時、
托鉢の お坊さんに 振舞うのを
目にしたことが 有るだろう。
食べ物を分け合う事、これが基本だ。

●第二の布施は【珍宝施】
自分の 持っている【宝】大切なものを
独占しないで みんなに分け与える事。
資源などを 独占しないこと。
これを実行すれば 国と国との
戦争は なくなりますね。

●第三の布施は【身命施】
金銭 云々ではなく 自分の持っている
能力を 自分の身体で 奉仕をする事。

【人生 苦なり】
その句を 救うものが 施しである。
たとえ 物品に 恵まれてなくても
自分の身命によって 施しができる。

日生町の お婆さんが 言ったように
施しをすれば 必ず 【回向】といって
周り回って 自分に 帰ってくる。

私たちも 最初から
大きな事を しようとは考えないで、
電車の中で 年寄りや妊婦に 席を譲る、

それぐらいからの 布施から始めれば
どうだろう?
合掌

【小豆島大観音 100観音霊場 檀主会】

参議院議員 行列のできる法律事務所 出演していた
丸山和也先生を お迎えして 檀主会が あった。

先生は 7月にある 参議院議員選挙を 控え
大変 お忙しいなか 檀主の 皆さんの為にと
わざわざ 時間をさいて 大観音にこられた。

控室にて 【小豆島大観音 建立 名誉総裁】の
故 福田赳夫 先生や 息子さんの福田康夫先生、
今の 【顧問】石破茂 先生、炭山嘉伸 大学理事長
と、共に、掲げているご自分の 写真を

感慨深そうに ご覧に なられた。

福田赳夫の 写真をみて ポツリといわれた。
なにしろ 30年前の 話だ。

『いろんな政治家が 居られたが、
先生は 高野山の 総裁もなさっており
心からの 信心家にだった。

しかし、この時の あなたも 若いなあ』

丸山先生とは この写真の時を前後しての
30年来の お付き合いだ。

その頃、大観音建立 前後は
色んな問題が 山積していた。

そして 先生が 縺れた糸を 1つ1つ 解くように
物事を 解決を してくださった。

その後、先生が 東京に居を構え
テレビに出て 大有名人に なるとは
夢にも 思わなかった。

ジジは いつも 【仏縁】を大切にしている。

せっかく 仏様を通じて 知り合った
数少ない お出会いを大切に したいのだ。

因果は 巡る【因果応報】。

晉山式、結婚式、夏季大学 等
数々の 法要ごとに ご無理を言っては
ご支援を 頂いている。

檀主の 皆さんの前で 話させて頂いた。

『信者のみなさん 小豆島島内の皆さんも
きっと知らないままに大観音を 見過ごしている。

大観音が建立されて 来年で20年を迎えるが
建立さなった清水建設の その当時の
現場所長が 今や 大清水の 執行役員になられた。

たいしたものだね。
その 執行役員が ある新聞にこの用に 掲載した。

『入社して今まで 数々の 建立をさせて貰ったが
3つの 心に残る 事業が あった。

1つは 先日の 福島大震災で 原発の1号機に
覆いをする お仕事。
長時間 携わっていたら、
致死量の放射能を 浴びるので、短時間に作業を
終らせなければならない。

それには 何千人という 人間が 一斉に携って
一度に 事を 終わらさなければ ならないのだが
それを 僅かな人間で 済ませる画期的な
方法を 見つけた。

2つ目は シンガポール空港に 携わった事。
バンコクの 飛行場と同じく、アジアでは
屈指の 空港だ。

そして、3つ目は【小豆島大観音】の建立だ。

【アークArc国際コンテスト】で見事、
【世界一 美しい お観音様】と認定され
パリで 受賞の栄誉に欲した。

観音像を 建立させて頂いたものに取って
これほど 名誉なことは なかった』

そんな 素晴らしい お観音様が
横に居られたにも拘らず、
知ることもなく、
『大きな お観音さんが おられるわ』で
終わっていた。

これからは、自信を持って
『世界一 美しいお観音様が 横に居られるよ。
是非、拝みに行きましょう。
知人に 知らせましょう』と、胸を張って 貰いたい

貴方と共に、建ったお観音様です。
どうか お観音さんを中心とした 日暮をした
楽しく しあわせな 毎日をお送りください』

その点に ついてついてだけ
拍手喝采を 浴びた。

明日は 【小豆島大観音 夏季大学】を控えている。

みんなも 『小豆島に 世界一 美しいお観音様がいるよ。
是非、お出会いしてきて下さい』と、
口から 口に 伝えてもらったら、嬉しいなあ。

何はともあれ、丸山和也先生 共々
明日も 頑張るよ。
合掌

【友人は 賢者を 選べ。きっと しあわせに なる】

菊池 寛 の【恩讐の彼方に】覚えている?

史実を 元にした 小説だが 凄いね。
何度も 何度も 読み返しそれだけでは 済まずに
とうとう 耶馬溪まで飛んだことがある。

どこまでが 実話で どこからが小説かは
わからぬが【青の洞門】は あった。

【了海】という 1人の僧侶の 悲しい物語だ。

越後の 市九郎 ( 了海) は 主人の妾と恋仲になる。
怒り狂った 主人を 逆に 殺めることになり

お弓という 妾と手に手をとって 出奔し
諸国を 彷徨うことになる。

3年目に 改心をして お弓とも 別れ
主人の 供養をするために
美濃の国にて 得度 剃髪をして 出家する。

了海が 九州は 宇佐八幡にお参りをし
耶馬溪に 入り 人を頼って行くのだが

とても 難行苦行の場があり そこでは
多勢の 人々が 大切な生命を落としていた。

『ここに 洞窟を 掘れば 人々が
大切な 命を 落とすことは ない』

そこに行ってみれば、納得するが
今のように 大型重機で 掘ってしまえば
アッという間だろうが、
当時は 本当に 大変だったろう。

近隣の方達の 冷笑を横目に コツコツと
掘り続けた。

なんと その 年月たるや 18年間。

『人生 僅かな50年』
と言われていた 時代だから
人生の 半数は トンネル堀の 奉仕活動に
従事したのだ。

そこに ここに 親殺しの 憎っくき
市九郎が 居るのを かぎつけ
主人の 息子が 駆けつける。

『やあやあ 親の 仇、憎っくき 市九郎め。
尋常に 勝負、勝負~ !! 』

怒り狂う 息子を 前に 了海は 云う。

『この 命、いつでも差し出す
覚悟は できている。
しかし、ご覧のように この難所に
トンネルを 掘り続けている。

もう少しで 開通する。
それまで 敵討ちは 待っては くれんだろうか?』

はやる 気持ちを抑え、無事 開通を見守る
息子で あったが、了海の 冗談半分でない
必死の 覚悟で 取り組んでいるのを見て
自分も 手伝い始めた。

そして 月日が 流れること 1年 半。
トンネルは 夢魔、開通し
今も 【青の洞門】として 人々の
心の中に 永遠に 生き続けている。

『さて、待って頂いた 私の 命。
どうぞ 存分に おとりになり
父君の 仇を お討ちくださいませ』

2人して 掘り上げた 青の洞門を 前にして
仇を 討つどころか、唯々 泣いた。

了海の 【大慈大悲】の心に 打たれた
実ノ助は 改心をして 了海の弟子になる。

息子は 素晴らしい【 師】であり【友人】を
持つことが できた。

釈迦は いう。

【愚かな 物ども、
腐った 物どもと 決して 交わるな

賢者と 親しくなれ

彼らと 友情を 分かち合い
心の底から付き合うべし

そこに しあわせの 花が さく】

ここで 云う【賢者】とは【学識があるもの】
【人から 偉いと言われている人】では ない。

真実を 語り、思いやりのある
優しい 心の 持ち主の 事だ。

喧々諤々、殺伐とした心を持っている
友人と交わるよりは

心根の 優しい 人の心が わかる友人と
交わるほうが ずっと 楽しい。

どうだろう?

わたしたちも 死に直面して
『ああ、しまった。
なんで、あんな人と 戯れて居たんだろう』と、
後悔することは 無いだろうか?

『元気な 今から 気を引き締めて
友人を 選びなさい』

釈迦の 言葉が ジンジンするほど 耳に 響く。
合掌

【天使の 放つ香りは 万人に 漂う】

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信者さんの お見舞いに いった。

ジジの 住職の時代は、大型参拝団が多かったが
今は 本当に 家族か近所 親戚の集まりのような
個人参りが 重きを しめる。

参拝の年齢が 丁度、私の年齢ぐらいになっている。
小グループに 声をかけると
『父が 参拝団で 参っていて、幼少の頃
私も 父に連れられて 何度か お参りをしました』
という方が 多い。

しかし、大半が 親が 亡くなると
参拝とは 無縁の となる。

今日は 5年前に お亡くなりになった
大きな 団体長の 奥さんの お見舞いだ。

約 3000人 ぐらいが 1週間 宿泊するのだから
2万泊 近くの 団員を 島にお連れしていた。

団体長には 2人ずつの 男女 4人の 子供が居られ
それぞれが それぞれの お仕事を頑張っている。

何にも増して 素晴らしいのは
大成功している 子供さんたちが
揃って ご両親を 尊敬しているのだ。

『今の わたしが あるのは、父母のお陰、
小豆島の 大観音さまの おかげだと
つねずね 感謝して居ます』

『父が 他界してから、相談する人がなく
ただただ 大観音さんの 見前で佇んでいました。

すると、どうでしょう。
お観音さまが 私には向かって
微笑んで くださいました。

その お顔が 父に そっくりに 見えたので
思わず 涙し、見前に 抜かずいて
宵の帳が 降りかけた中、
長い間、長い間、話しました。

立ち上がったとき、胸のつかえも とれ
なんとなく 清々しい 気持ちで 帰りました。

それからは、事業も 順調で
父が お観音様に なり変わり 救ってくれたと
喜んで おります』

『父は、花が 大好きでした。
この美しい 花色を 万人に 見せてあげたい。
素晴らしい 花の 香りを、世界中の人たちに
嗅いで 貰いたい。

常に そう申していました。

父亡き後は、私たちは兄弟姉妹で
手を 取り合って 父の 意志をつぎ

世の皆さんに 素晴らしい華の匂いを
嗅いで もらおう。

それが 父に対する なによりの 供養だ。
そのように 話し合いました』

釈迦も 申す。

【昼に咲く タガラの 花
白檀の 花 バールンカの 花

どの花の 香りも 風に逆らわない
しかし 賢者の香りは 風に逆らい

全てに 向って 香って ゆく】

心の澄んだ 太陽のように明るい人が
輪の中に 入ってくると 人は
『まるで 華が 咲いた よう』という。

『奥さ~ん。 お加減は 如何ですか ? 』

病室の ドアーを開いた 瞬間、
どこからともなく、甘い 甘露のような

なんとも云えない匂いが
漂って きたような 気がした。
合掌

【隠さずに さらけ出せ、友人は それを見ている】

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芦屋での お話だ。

お願いごとが あって、
夫婦 揃って 芦屋神社に お参りを した。

丁度、孫が 幼稚園から 帰る時間だったので
そちらに むかう。

『孫を渡してくれないかも しれないから
ママから 先生に 電話をして 貰おう』

よくよく 考えたら、孫どころか、
子供を 送り迎えしたことなど 1度も ない。

電話の 効果あり 幼稚園 園内で
孫が 飛びついてきた。

帰ろうとしたら 迎えにきていた
2人の ママ達が 話しかけてきた。

勿論、その子供たちは 孫とは 大の友人で
登下校、一緒に送って行動しているらしい。

孫たちは、黄色の帽子を 被っているのだが
青帽子の 集団に 出くわした。

『年長さんの クラスですよ』

ママの 1人が 教えてくれる。

と、驚いたのは 孫が 年長さんの
お兄ちゃん お姉ちゃんに
『誰それ ちゃーん』と、声を掛け、
彼らも 孫の名を 大声で 返してきた。

『お友達が 多く、クラスの仲間だけでなく
年長さんの お兄ちゃん お姉ちゃんに
可愛がって 貰っているそうですよ』

もう 1人の 、ママも 云う。

『天真爛漫としていて、
包み隠さず 自分を さらけ出してしまう。
それで 共感を 得て 友人が増えるのでしょうね』

もう 1人の ママ。

『そうですね。
自分だけ 言うことも 言わず
自分の 殻だけに、閉じこもっていて
友人に なろうとしても、
子供たちは よく見、よく知って いますものね』

確かに、そうかも知れない。

大人に なっても
自分を さらし出さずに
自身の事は 棚の 上に 置き、
友人に なろう、作りましょうと言っても
無理な話だよね。

釈迦も 申す。

【雨は 覆い隠されたものに 降る。
あらわに 開かれたものに 雨は 降らない。

覆われているもの 隠されているものを 開け
そこに 雨は 降り注がない】

共に喜び 共に泣いてくれるのが【真の 友人】。
私 自身の事を 充分 知ってもらわなければ
喜怒哀楽を 共に求めても

無理な 話だよね。
そして その 真の友人が 何人かいるかで
私たちの【しあわせ量】が 決まるのだ。

あなたは 何人 居る?
1人 ? 2人 ?

それとも 居ない ?
真から 全てを 話せる人は。
合掌

【端午の節句だ 子供たちよ 心身ともに強くなれ】

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今日は 【こどもの日】だ。

節句を いわう行事が 全国各地で行われ
テレビでは 『こどもの日を考えよう』と
イジメと 体罰の問題を 泡を飛ばして
やっている。

加須市では 25000人が見守る中
全長100m 重さ350kg のジャンボ鯉のぼりが
クレーン車で吊り上げられたり

塩原市では 100匹の 鯉のぼりが
優然と 大空を舞ったりしていると報道。

わたしの 幼少の頃は あちらの お家も
こちらのお家も 所狭しと 競い合って
鯉のぼりが 大空を 舞っていたが

今日、寺の 境内から 眺めても
風を切っている 真鯉や 緋鯉は
数える 程しかない。

【端午の節句】
【端】は 物事の 初めを意味し
【午】は 数字の (5) に通じる。

【5月の 初めの 5日】と いう事に なる。

【こどもの日】と制定されたのは
祝日法が 施行された 1948年からだ。

東周時代の政治家の 供養から始まり
三国志の 時代に 日本に 伝わった。

特に 日本では 【男子】の節句で
【強く】【たくましく】【健康】で【聡明】
と、 わが子の成長を 祈った。

寺では 外孫 内孫 あわせて
5人の孫を 授かっているが
見事なくらい 5人ともにお雛さんで
鯉のぼりは 未だに 授かって 居ない。

『1人ぐらいは 男の子が さずかれば…』と
愚痴を 申すと 子供に 叱られた。

『欲しくても 授からない ご夫婦は一杯いるのに、
そんなに勿体無いことを 言っては いけません』

釈迦に 説法ではないが、これには 参った !

【三毒】貪瞋痴の [貪欲]が出たのだ。

あれも欲しい これも 欲しい。
女も孫は 居るが 男も欲しい。

手に 入らなければ 腹を立てるぞ、膨れるぞ。
際限なく 煩悩が 湧いたのだろうね。

【少欲知足】【抜苦与楽】

玉のような 可愛くて 秀麗で 健康な孫を
5人も授かっているのに
これ以上、なんの 欲が 必要だろうか。

『言うは 易く 行うは 難し』

まばらに 宙を舞っている
鯉のぼりを 見ながら、大反省をする
私が いた。

【子供達よ、心身共に つよくなれ】
合掌

【常に 礼儀と敬意を忘れないで】

陰徳という 言葉がある。

人知れず 密かに 良いことをすることだ。

自動車にのって 走っていると
蛇が カエルを呑んだように
急に狭くなり やがて、元の広さに
かえっている 場所がある。

『道路拡張に際し●●さんの土地交渉が
できないのですよ』
『それにしても、長い年月ですね』

昔 住職の時に 5回にわたり道路拡張の
土地を提供させて貰った。

町会議員の おじさんが交渉にこられた時
二つ返事で オッケイしたのだ。

きっと これが 寺の土地で あって
誰がこの 土地を提供したかは
未だに誰もしらないだろう。

自分を褒めるようだが、
これを 【陰徳】と言うんだろうね。

【常に 敬礼を守り 年長者を 敬う人には
4つの 事柄が 増大する

即ち 寿命と 美しされ楽しみと力である】

人は 人しれず 陰徳を積むべし。
陰徳を 積めば、必ず冥加顕益あるなり。
道元

人は 必ず 隠れた善行を積むべきだ。
そうすれば 必ず【冥加】
目に見えない加護や
目にみえない 利益が あるものだ。

そしてその利益として
長生きができて
美しさが磨かれ 喜び安らぎが 増え
パワーさえ 頂けるという。

総括して しあわせな日暮しが出来る事だ。

晩年 道路拡張の 交渉にこられた
町会議員のおじさんが 入院したとき
見舞いにいった。

『あの時は 二つ返事で 了承してくれて
私の顔が たった』

『調子に乗って 4回も 5回も お願いしたけど
みんなが 喜んで下さったら、私も嬉しいと
おまえは 全部 提供してくれた。

わたしの 生涯を通して、嬉しかった出来事の
1つだったな』

その 1ヶ月後に おじさんは 亡くなったが
何十年前のことを 覚えてくれていたのだと
胸が 熱くなった。

人目に付く 表立った 善行は苦手という人も
【陰徳】なら積めるはず。

お年寄りに 手をかしてみたり
お腹の 大きな方に 席を譲ったりすることから
はじめて みては どうだろう 。

電車の中で 良い年をした 口髭のおじさんが
子供連れの 家族に席を譲る。

隣で見ていても きっと 素晴らしい
絵の 1枚だと 思うよ。
合掌
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子安観音寺

Author:子安観音寺
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