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【天上天下 唯我独尊】

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【天上天下 唯我独尊】って聞いたことある?

そう、お釈迦さんが 生まれた 直後に
七歩歩いて そのように 言ったんだね。

指の話は また あとで。

直訳すると『世界中で わたしが 1番 尊い』
その ように 言われたんだね。

『なんという 自惚れを』と 思うかもしれない。

【宇宙無双実 乾坤只一人】

宇宙に 2つの太陽は ない。

[乾坤]とは 乾坤震巽 乾兌艮離で
〈天〉と〈地〉のことだ。

森羅万象、
人間も 植物も 生きとし いけるもの
全てを 育んでいる。

そして、この わたしも 天と地の 間に
育くまれた 掛け替えのない 存在なのだ。

誰にも 真似のできない
自分しか できない 働きや使命を 持っている。

釈迦の 《天上天下 唯我独尊》も
ここまで 言えば 説明がつくだろう。

わたしも そして周りにある 全ての存在も
尊い 掛け替えのない 存在である。

相手を 思いやる 優しい言葉と 行動と 心。

自分の 持っている。【慈悲の心】を万物に注ぎ

自分しか できないという
自負と 勇気で 堂々と 進まなければならない。

釈迦も その様に 私たちに 諭したのだ。

限りある 人生。
もう、時間が ない。

さあ、宇宙に向かって 飛び出そう。
合掌
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【大馬鹿ものの 境地に 入った事、ある?】

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【消費税】が上がるか 否かで大変だ。

上がるよりも、上がらない方が いい。
出すよりは、出さない方が いい。

そんな単純な動機で ジジはあげない方に
1票を 投じる。

田舎の 坊さんなんて それ位
政治なんか 分かっていないのだ。

小豆島大観音で 年に1度【夏季大学】がある。

妙な ジンクスがあって
大観音で講師を務めた 方が 立候補すると
必ず 当選するのだ。

昔の話だがその方は【内閣総理大臣】になった。

政治に 疎く 世の中を知らない
私どもでも 諸手を挙げて 喜んだ。

奉賛会の 皆さんや 漁師さんの意気込みも凄い。

『お祝いに とれたての
しかも 1番 大きな瀬戸内海の 鯛を おくろう』

ところが どうだ。

数日して 思いもせず帰ってきたのは
ヌタヌタになり 死臭が 鼻を突く

鮮魚の 変わり果てた 姿だった。

『島を 挙げて お喜びを申しあげたのに…』

関係者の 落胆は 大きかった。

賄賂は 取らない。
日本一の 正義の味方 月光仮面は良かったが

島民の 心、引いては 国民の心が
分かって 居なかったのだろう。

『賄賂では ない。お祝いの 鯛だ !! 』

口角を飛ばしながら
口々に 不平を言いあったのも 懐かしい。

【可及其智 不可及其愚】

悟りに至っても 物事が成功しても
悟りを得たという 自我まですて切れなければ
真の 悟りでは ない。

[おりこう]には なれても[馬鹿]になるには
難しい。あなたは その 馬鹿になれるか ?
という。

この [愚]とは 知恵を 得たものや成功した人が
撒き散らす【慢心 】の心 なのだ。

少し 知っていたら、これでもかと
皆さんに ご披露 申し上げたいみのね。

《策士 策に 溺れる》

偉い人や、成功した人は
その知識や 才能に 頼ることを やめようとはしない。

悟りをこえ 悟りさえ忘れ、
その 臭いすら しない。

全て 知っていても 決して
知ったかぶりを しない。

それこそ、【大馬鹿者】の境地と
言えるのでは ないだろうか ?
合掌

【やろうという気持ちが 上達の 常】

【茶道】 【華道】ってしっている?

住職の妻が 暇をぬって 【お茶】【お花】を
習うことに なった。

茶の湯は 秀吉に 切腹を命ぜられた
千利休を 思い出すだろう。

いろんな お作法があって、

お手前を頂こうと 思えば、
はい回らなくては 出入りできない
【にじり口】という所から

刀や 持ち物を 一切置いて 入室する。

なかなか 難しいと 思うだろう。
それを 利休は 私たちの日常生活と
同じであって なんら難しい事は ないという。

《利休 道歌》

利休が 茶の道に 入るにあたって
10の 教えを といた。

用紙の都合で ここに3つ 紹介しよう。

●[その道に 入らんと 思う心こそ
我が身ながらの 師匠 なりけり]

学ぶ者の 心構え。
茶道に 限らず、学ぼうとする気持ちを
しっかりと 持つこと。

自分で 学ぼうとする 心こそが
上達の 第一歩である。

●[茶の湯とは ただ 湯を沸かして
茶を点 (た)てて、飲むばかりなると
知るべし]

茶の湯は 決して 難しいものでは無く

お湯を 沸かして 茶をたて、
まずは 神仏に お供えし

お客さまに 差し上げ、自分も頂くという
日常生活を 元としている。

会社や 学校、地域で『俺が 俺が』と
欲望を剥き出しにして 取り込むことだけを
考えるのでなく、

互いに 和をもって 尊敬しあって
生活しなければ ならない。

●[和敬清寂]
(和) お互いに 胸襟を開き、仲良くすること。
互いの 胸の内が 通ずれば 友人が増えていく。

(敬) お互いが お互いを 敬い合うこと。

高野山にも 【相互礼拝】【相互供養】とある。

(清) 清らかと いう事だが 目に見えるものの身が
清らかでなく、心の中が
満月のように 澄み切ってなければ ならない。

(寂) 寂しいという 意味ではない。
何が 起ころうとも 大地のごとく

動じない 心を 持つことを いう。

難しいものでは無い。

お客さまが 来られた。
面倒な顔をしないで 心から 迎える。

『まあ、お上がりになって お茶でも、一杯』
『わたしも 一緒に いただきます』

そんな、日常生活を点送りたいね。

ともあれ 住職一家には
頑張ってます欲しいものだ。
合掌

【みんな 同じ 佛心を 持っている】

お盆が過ぎ、立秋を迎え 暦をみれば
1年の 3分の2 を 繰るような時節になった。

新年を迎え 私たち一同が 書き初めをして
今年こそは こうしたいと、願った。

ジジの お願いは 住職とともに
子安観音寺の 本堂再建を 成就する、
この 1言 だった。

【誰家無明月清風】

明るい 月の光や 爽やかな風が
届かない お家が どこにあるだろう ?

天皇陛下の 皇居でも 立派な門構えの豪邸でも
ジジの住む みすぼらしい 貧寺でも

なんら 変わることなく 月光は 降りそそぎ

窓を 開け放つと 爽やかな 風は
舞いあがる カーテンと共に、

快く 吹き抜ける。

【風光清風】は 仏の 心を示している。

誰の 心にも 【仏心】は 平等に宿って おり
慈悲の 霊光は 菊花に満ちて 薫香 馥郁たり。

尊敬していた お坊さんが何時も言っていた。

お観音さんは 東京スカイツリーよりも
もっともっと 高いところから
私たちを 常に見つめている。

1日、24時間 、寸分の間もなく
慈悲の 光(電波)を 放ち続る。

困って いる人は 居ないか ?
苦しんでいる人は 居ないか ?
と。

その 光は お金持ちの ところだけに
届くのでは ない。

私のように 無一文のところにも
平等に 降り注がれる。

大切なのは

受ける側の 私たちが
電波を 【仏の チャンネル】に合わせて
仏の霊光を 上手く キャッチできるか

茶番劇に 合わせるか
どうかなのだ。

そのように 言われた。

録画の 装置が有れば 良いのだけれど
折角の 素晴らしい 特別放映を

無為に 流してしまっては、勿体 ないね。

才能や 知識、貧富の 差も関係なく
私たちは奥底に 【仏心】をもって生まれている。

それで 居ながら、人を 憎んだり 傷つけたり
恐れたり 迷ったり

そんな 生涯で 終わってしまうと 残念だね。

このような 迷いや 執着から 解放され
自分の 心の中にいる 【仏心】に 目覚め

自ら 少しでも、仏に近づこうとする
その 心が 大切だね。

あっ また 私の大好きな ピンクのカーテンを
風が まくり上げている。

どこの 窓にも 平等に 流れているのだろうね。
合掌

【今この時を 大事に 生き抜け】

今日は 久しぶ に家族が全員 揃った。

1粒種のジジに 4人の子供が授かり
それぞれの素晴らしい 伴侶を 得て

今や 15人の 大家族と なった。

ところが 全員集合になると
各々が 忙しい毎日を送っている中で
結婚式か 葬式ぐらいしか 期待はできないだろう。

そんな 中で 不思議にも 偶然にも
今夜は 全員が 一介することが できた。

ジジが 挨拶の中で 言った。
長いので 要点だけを紹介するね。

お姉ちゃんに みんなが 待ち望んでいたものが
ゲットできて良かったね。

2番目の お姉ちゃんところは
パパが 昇進して嬉しいね。

子供達も ダンスに ピアノ 英会話と
習いことが 大変だけれど 頑張ってね。

住職は 子安観音寺の 本堂再建で
必死で 頑張っている。

苦労をしないで のうのうと 暮らしたい。
自分の おり家が 崩壊したのなら我慢できるが

皆さんの 仏様が 住む場所。
放って おくわけには いかない。

そう、思いなおして 手綱を 引き締めて居るんだね。

3女の パパも AKBの コマーシャル作成やら
なにやらで いつも お家に 居ないね。

孫も 英会話や 水泳、最近は ピアノを始めました。

みんな、其々 頑張っていて 嬉しいね』

質素ながらも、
各々が 一生懸命、生き抜いているのをみて
心から 目を細めたくなる。

【一大事】という 言葉がある。

『すわ 一大事 ! 』と 大騒動が 起こった事ではない。

【生を 明らめ 死を 明らめることは
仏家 一大事の 因縁なり】

生とは? 死とは?
私たちは 何のために 生まれ、どう 生きるのか?

それを 少しでも、明らかにすることが
私たち、生きとし生けるものの つとめである。

時は 寸分も待たず 流れ 流れて
見ている間に 黄泉の国へと 去って行く。

生きている 、この瞬間が 一大事だ。

一大事とは ただ今の 心である。
それを 疎かにして 明日と いう日は ない。

ふと 気がつくと 私たちは
無駄な 時間
怠惰を 繰り返しては いないか?

ジジは
懸命に生きている 子供たち家族に
心からの 賞賛と 激励を込めて

挨拶に かえさせて いただいた。
合掌

【どっしりと 根をおろしている 老松になろう】

住職は 子安観音寺の 本堂再建に大変だ。

ジジも 30歳で 【小豆島霊場 山の観音】
本堂建立を皮切りに

【大本山 小豆島大観音 仏歯寺】建立まで
幾多の 堂宇を 造らせてもらった。

晉山式を すませ 無事、成満 卒業まで
拡張 拡張の 毎日だったかも しれない。


僧侶としても 人間としても
1番 いけないことだが

快進撃に 有頂天に なっていた時、
1人の 信者から お言葉を 頂いた。

『東大寺や 金閣寺、高野山や 比叡山、

そのような 不変な 大本山を目指せ』と。

『去年の 暮れに 清水寺の管長猊下が
書かれた 1文字は 何だったのか ?

その 前は ?

歌手でも スポーツでも、
自動車でも 洋服でも、テレビの宣伝でも

新しいものが 現れたかと 思えば
古きは、どんどんと記憶から消え去っていく。

そんな 漫才寺院でなくて
威風堂々とした 本物の 寺院経営を試せ』と。

《松樹 千年に翠》

しょうじゅ せんねんの みどり

日本は ありがたい事に 式折々の花が さく。

『春眠暁を覚えず』なんか言いながら
桜の木のしたで 真っ赤な顔をして
酒を 飲んだのは 昨日のような気がするが

もはや、ススキを 前にして
『中秋の 名月だ』と、杯を かわし

もう少し すれば
『モミジは 竜田の川の 錦なりけり』と、

読まなければ ならないので
忙しい ことだ。

ありがたい事 だね。

ところが、
緑の葉を 両手両足に 一年中 保ち

見た目は 全く 変化に乏しい 【松の木】は
人しれず 恵門の不動の 行場に 根、1本で
立ってい る 松の木も

海の 岸壁に 厳しい風雪に耐え
どっしりと根をおろしている 老松も

強い生命力を持ち、しっかりと 根を張っている。

私たちは 激動する 娑婆の中で
新しいもの、華やかなもの、

面白おかしい 物のみに 心を奪われがちだ。

しかし、仏様の 心理が 不変であるように
絶対に 変わらぬものの価値を

見失っては いけない。

その 信者さんは 有頂天になっているジジに
そんな 戒めの 言葉をくださったのだ。

【大本山 小豆島大観音 仏歯寺】の
落慶法要を 迎えた。

ジジの 集大成でもあり、
ジジなりの 漫才寺院でない

高野山 比叡山に 匹敵する
普遍の 大本山だ。

大観音に手を合わせ 本気で 泣いてくださった。

みなさんも 美しいものや 珍しい物ばかりに
目を 奪われないで 物の 【本質】を見抜く

洞察力を 身につけよう。
合掌

【光る 珠は 私たち みんなが 持っている】

夏休みも終わりに近づいた 今日、
ダンス オブ ハーツの 発表会があった。

ハーツには ただいま上演中の
【ライオンキング】の 子役が 2人いる。

その教室の【サマースクール】があり
勿論、自由参加だから 人数も少ないが

孫は 孫なりに 朝、早く スクールに行き
夜 遅く 帰ってきた。

何日かは 泊まり込みで 練習することも
あったようだ。

その 発表会が 今日 なのだ。

ジジには 訳が わからないが

劇団四季に いつ 抜擢されても
おかしくない本科生も
ジジの 孫のような 小学生でも

日本語は 一切、使わないで
全て、英語で 【英語劇】をやるのだ。

終わった あと、
『ああ、サマースクールに 参加した子供と
そうでない 子供と かなりの差がついたな』

と、思ったのは ジジだけでは ないだろう。

《 明珠 在掌 》

みょうじゅ たなごころに あり

【豚に 真珠】という 諺が あるが

貧乏な人に なんとか 幸せになって貰おうと
明珠を こっそりと わたした。

ところが、貧しきひとは それに気づかず
ますます 貧乏に なって行く。

『あなたは 珠のように 光る石を
持っているのですよ』

教えられた 心 貧しきひとは
自分が 磨けば光る、
宝石を持っているのに きずいた。

それ以来、どんどんと成長し
ますます しあわせに なっていく。

私たちも 自分が持っている
素晴らしい 宝物に きずかず

他ばかり 見ては、
泣いたり、苦しんだり、もがいたり、
していないだろうか ?

《明珠》

人間、誰もが 持っている。

せっかくの 宝石を持っていながら
なぜ、磨かないのだ。

なぜ、無為な 夏休みを ダラダラ送るのだ。
ジジは そう 思った。

そして、いつも 言っている。

やれ 劇団四季だ。
やれ 劇団 どこそこだ。

それは 光り輝く ダイヤモンドを
持っている 一握りの人が 入るのであって、

孫たちは どんな事が起きても 動じない
不撓不屈の 強い心と

自分も 上級生のお姉ちゃんに 優しく
して貰った ように

年端のいかない 子供たち
分からなくて 泣きべそをかいている子を

愛の手をさしのべ
助け起こして あげる。

そんな 思いやりのある
優しい 子供に 育ってくれたら うれしいな。

目を 細めながら
心から そう思う ジジであった。

なには ともあれ、ごくろうさま。

夏休みは もう僅かしか残ってないが
これから 十二分に 満喫して ください。
ジジ
合掌

【1日 作さざれば 1日 食らわず 】

『素晴らしい 夏休みを 何もせずして
ダラダラ 過ごして。

やる気の 有る子と やらない子は
うんと 差が ついてしまいますよ』

夏も 終盤になると あちこちの
家庭で 彼方此方の ママの口から飛び出る。

それだけなら まだ 良いのだが
最後の 一言がある。

『【働かざるのも 食うべからず 】ですよ』

1日 仕事をしなかった日は、
1日は 食べ物を口にしては いけない
という意味で、ジジの学校時代に 流行った。

その当時から この言葉には 抵抗があり
余りにも好きな言葉では なかった。

今でも『働かざるものは…』と、きたら
ギクリとする。

福祉が充実し 多勢の 介護を要する人たちが
順番を 待っている。

【作務衣】という着物、しっているね。

【作務】の時に 僧侶が 衣を脱いで それに
着替える 奴凧のような 俗衣で

最近では 便利だと 一般の方も 着られる。

作務とは 家を建てたり、田畠を耕すこと以外に
衣食住、着ることや 食べること
お家で住むこと

私たちが 生活をする上で しなければならない
諸々、一切の 作業の事を いう。

昔、百丈という 禅僧がいた。

80の 齢を保ち、
当然の如く 日常生活の一環として
毎日、作務に 励んでいた。

弟子たちが いう。

『老僧は お年を召しているので
毎日の作務は 私たちが やります。

どうか、私たちの作務を 見守ってください】

それでも 黙々と 作務を続ける 百丈に
作務が 出来ないように 道具を隠してしまった。

(1番、いい話の所は 長くなるので 省略する)

ところが、それ以降、百丈は
作務をしなくなったばかりか
一切、食事まで 口に しなくなった。

心配した 弟子たちに 百丈は いう。

《1日 作さざれば 1日 食らわず》

ママどもが 連呼している
1日、仕事をしなかったら
1日は、食してはいけない

とは 違う。

1日に 為すべき 勤め 【作務】を果たしていない
我が身であれば、のうのうと
腹を満たす 食事まで頂戴するわけには いかない。

困っている 人に 愛の手を差し出す 事かな ?
一心不乱に お経を 唱える ことかな ?

みなさんは、今日 一日、
わが身に 恥じることなく、過ごせましたか?

自分を 振り返るとき
是非、この言葉を 思い出してください。
合掌

【心頭を 滅却すれば 火も 自ら涼しい】

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小豆島霊場 恵門ノ不動で 【五壇護摩】が
夜を 徹っぴいて 執り行われた。

5人の 行者 ( 僧侶 ) が 入れ替わり立ち替わり
5つの 護摩を 焚くのだ。

その 大きさたるや 写真にもあるように
尋常では ない。

行者も 介添え役も 信徒も 死に物狂いだ。
遊び半分で やっていると

大やけどを してしまう。

護摩行を 修したあとは
みなさん、顔も 身体も 火ぶくれになる。

上から 下まで 汗で ビッショリだ。
しかし、護摩を修している間は

誰 1人、暑いとは言わないし
思うこともない。

高校野球の応援も 野外コンサートも
野外での 肉体労働も 同じだ。


就寝魔前に 暑さに 不快感を露わにし
クーラーをガンガン かけただけでは
あきたらず 団扇でパタパタ 扇ぐ その人が

一心不乱に 手を合わせるのだ。

《心静即身涼》

こころ しずかなれば すなはち 身は涼し

暑いと 感じるのは、身体だけでなく
心も 多いに 関係している。

とても 我慢できない 暑さが
その時の 心 1つで 暑くも何でも ないのだ。

【不是禅房無熱到】 白居易

それ、禅房の 熱の 至ること なきに あらず

いくら 灼熱の太陽が照りつける
冷房のない 狭い部屋に 閉じこもっていても

心を しずめれば なんの ことはない。

【心頭を 滅却すれば、火も 自ら 涼し】

信長に 攻められて 甲州にて 焼け死んだ
恵林寺の [快川 和尚]の言葉だ。

私たちが 涼しいと感じるときは
どんな状況下でも、煩悩を放ち

無心になり 心が 空に なったときだ。

私たちも 暑い 暑いと 癇癪を おこさずに
心を リフレッシュしてみては
どうだろう?
合掌

【えっ 好事 なきに しかず ? 】

住職 悲願である
【子安観音寺】本堂 再建も順調に 進み、
あとは 勧進、ご寄進をつのる作業に なった。

9月には 愈々 本堂 解体と相なって
関係者 一同に きた。緊張感が漂う。

住職が 総代や 役員さんと 最近 建立された
寺院とか 瓦屋さん 材木問屋 等をみて回った。

その中の お1人に 大変な競馬好きの 方がいる。

そして 口癖のように 言うのだ。

『ヘイヘイ 頭を下げて ご浄財を 頂かなくても
ドカ~ンと 一発 当たれば

わたし 1人で 本堂を 建てたい 気持ちだ』

他の人たちに 迷惑を掛けなくていいと
いうのだ。

聞いてみると、少しぐらいは 当たったものの
殆どが 惨敗にちかい 成績だそうだ。

それでも、当たれば 嬉しい。
僅かな 可能性に掛けて ( 失礼かな ? )

今日も 頑張るのだ。

【好事 不 如無】

好事 なきに しかず、と読む。

希望の 大学に 合格した。
一流会社に 就職できた。

結婚した。
海外旅行に いった。

【好事】
その、好い事も ないほうが 良いと言っている。

『うそっ ? 』

私たち 凡人は 1つ 好い事に 出くわすと
もっと いい事が 続かないかと
期待をする。

何も 起こらない 毎日の方が つまらなく
思えてくる。

一度 味わった 贅沢な生活は 忘れ難い。

サラ金でも 何でもいい。
また 再び 好事を 得ようと もがき苦しむ。

自分勝手な 好事を 好み 執着し
さらに もっと、もっとと、求める心、

【欲望】を 募らせる。

それが 実現しなかったら 【苦】となり、
心を 痛め、落ち込んでしまう。

それに 心がとらわれ
煩悩や 妄想の元となるならば

良いことなんか 最初から
無かった方が ましなのだと いうのだ。

私たちも 無駄な青い鳥や
しあわせや 楽しみを 追い続けないように

目を見開いて 日暮らしをし
苦しみの 原因をつくらないように

しなければ ならない。
合掌

【無位の 真人 】

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久しぶりに 友人が 小豆島にきた。

ジジも 飲めない アルコールを頂いて
久しぶりに 盛り上がった。

ジジは 軽音楽、友人は 応援団と
所属クラブは 違うが
先輩 後輩は お互いに よく知っている。

そんな時に、後輩の 1人の事が 思い出された。

彼は テレビ局に 就職した。
入社そうそう 仕事のリズムも 分からず
会社の 玄関口に いたのだが

カラスで 出来ている 扉が 汚れている。

玄関は 会社の 心臓部と、一生懸命
汚れを 落としているうちに、

うだつの上がらない 風体をした
1人の おじさんが 入ってきた。

『君は 何を競技しているのだ ?』

『初めて 会社にきたのですが
ここが 汚い。

玄関は 会社の心臓部と、
汚れを 落としているのです』

『ふーむ』

その方が 社長という事は、
全く知らない 知らなかったし

その日から 社長に 目を掛けて貰えるなど、
その時は 知る術も なかった。

【無位の 真人】と、いう言葉が ある。

私たちには 悪い心を 持っている反面、

なんとも 評価の つけようがない、
価値の判断すら つけようのない、

迷悟を超越した
人間の 究極的な真実を持っている。

お金持ちでも 貧乏でもない。
賢くも 馬鹿でも ない。

好きでもなければ 嫌いでも ない。
そして、男でも女ですら ないのだ。

1人 1人が その両方とも 持っていて
お互いが 私たちの 心や 身体を

出たり入ったりしているのだ。

【無位] とは 大臣であろうが、
無位無冠の人であろうが 考え方 1つで

善行が 出来るよと 言っているのだ。

ジジの 友人たちといい 先程の後輩といい

迷いや 妄想から 抜け出して
菅らしい 日暮らしを している。

まるで、空海の ように。
合掌

【机がなくても ペンがなくても 勉強はできる】

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夫婦して お見舞いに いった。

96歳と 94歳の方で 今や 大観音を
我がこととして 頑張って下さっている方の
お母さんだ。

2人には 私の 若き時から、我が子のように
可愛がっていただき

昭和54年に秋の ジジ最初の仕事
山ノ観音の 落慶法要の 接客、まかない方、
総て お任せをした。

接客、まかないかたと 申しても
参拝者が 1万5000人となれば 大変な事だ。

不思議に 相次いで 入院し
同じ 病院の 同じ階の ほん近くの部屋で
居られるのだ。

『あの当時は お参りも 多かったし
しんどい 思いはしたものの、楽しかったな』

懐かしそうに 上を見上げて 呟く。

『ありがとうございました。
今や 2代目が 大観音を 守ってくださっています』

ジジが そのように お礼を申した時に
ピシャリと 叱られた。

『何が 2台目や。
今でも わたしが中心に
頑張っていると 思っているよ。

今でも 毎日、勉強しているよ。
お料理、お茶、お花…。

勉強机が あり、紙と ペンがなければ
勉強できないと 思っているけれど

その気になれば 勉強は 何処でもできる』

【歩歩是 道場】という言葉が ある。

修行は 寺や 道場だけでするものでなく
日々の 暮らし、言動のすべてが
道場であり、修行である。

行の 場所は それぞれの 心の中に あるのだから
その気になれば 場所なんか 関係ない。

その 行いの 1歩 1歩が
すなはち 勉強であり 行である。

雑念を 取り去り 無心に打ち込めば
如何なる条件で あっても

自分を 磨き 夢に近づく事が できる。

『退院を したら、大観音の 食堂に立とうと
思っている』

96歳の おばあさんが 真顔でいう。

部屋を 出ようとした時だ。

『アッ この廊下を 突き当たり
右に 回って 3つ目の 部屋だ』

『いや、わたしは まだ そこに行くとは
言ってないのですが…』

『そんな 事は お見通しだ。
ちゃんと、顔に 書いている』
合掌

【人を バカにしたり 卑下したりするな】

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町なかで たまたま 友人と 会った。

『例の 人よ。 ゴルフ、へた !』

思い出しただけでも 吹き出しそうな
様子だ。

いつものように 友人が 庭先で
ゴルフの素振り 練習を していた。

と、いつの間にか[例の人]という
講釈師のおじさんが、能弁をふるい始めた。

『ちがう ちがう。
腰を もっと ためて 手を 絞って …』

とうとう 友人が 言った。

『どうも、口で言っているだけでは
分からないので、ここで 一振りしてください』

『いや、ワシは 腰が 痛いので』
と、いうのを 無理やり振らせたのだって。

実際、ゴルフ場なんかで 真っ青な空に
真っ白な 玉が 吸い込んでいかれるような

弾丸ショットを 見ただけで
とてもじゃないが、争う気にも ならない。

今、世界 陸上を やっている。

黒人の方の 引き締まった 筋肉の連動を見ただけで
何をやり 何を競技しても勝てるような 気がしない。

有名人や 成功者の 講習会があると聞くと
あわてて 顔を だし

政治家には へつらうように擦り寄って 行く。


【回向返照】

優れた 能力を持った人を みると
その人の 言葉や 能力を我が物にしようとする。

外ばかり 向いている 心を
自分の方にも 向けなさい。

私たちは
自分よりも 優れた能力を 持った人をみれば
ついつい 自分と 比べてしまい

自分の 小ささや 未熟さに ガッカリする。

反対に 自分の方が 優れていると判断すると
傲慢になり 人を 見下した 態度を とる。

私たちは いつも 可能性を与えられている。

人の 能力を褒め 称賛する事は 大事だ。
だからといって 自分の能力や 可能性を

卑下したり 否定する 必要はない。

自他ともに、
素晴らしい物を 持っていることを
認め合い 讃えあうことが 大切だ。

他人ばかりに 目を向けず
自分の 内側にも 目を向けて

正々堂々と 自分に 自信をもって
日暮らしを したいものだ。
合掌

【いつでも 夢を】

今日は 【竜王さん】の 大祭だ。

ジジの寺と 寒霞渓 山麓の 真ん中ぐらいに
お祭りされている。

所謂、【雨乞い】の 祈祷所だ。

いつ頃から その風習が 途絶えたかは
定かではないが (ダムが 出来てからかな?)

ジジの 青年期に その当時の 老人に
雨乞いの 祈祷の話は よく 聞いた。

この 夏のように 容赦無く
灼熱の太陽が 照りつけ

飲料水や 田畑に送る 水が
無情にも 干上がった時に、
村じゅうの 人々が 竜王さんに参集し

1夜 お籠りをして 【雨乞い】をした。

今も 現地に お参りすると
首をかしげた 参籠所が 当時を忍ばせる。

雨乞いの風習が終っても 老僧の生前中は
祈祷所に 車を停めさせ
至心に手を合わせた ものだった。

『竜王さんには 村人の 《夢》と《願い》が
凝縮されて おる』

人々の 一挙一動が 老僧の頭から
離れなかったのだろう。

徹夜で 声を張り上げて みんなで 拝んだ
千巻心経。

暗闇での 笑い声、ボソボソと 話し声…。

実態がなくて儚く 消えれゆく 【夢】。
醒めると あとには 何も残らない。

何にも 【捉われる】術も ない。

この世は 全てが 儚い 夢なのだ。

『これが 悪い』『これが正しい』
『あれは 好きだ』『これは 嫌いだ』

無情にも 時は、過ぎ去り

『大好きだった あの娘が こんな お婆さんに』
『あんなに お金持ちだった人が 夜逃げを』

夢から 覚めれば 一寸先は闇で?ある。

是非の 判断や 執着心を 超えて
悟りさえ 忘れ去ったところに

【夢】の 境地が ある。

思い通りにいかないことや
不愉快な 出来事が 起こった時は

『これは 真実のない 虚ろな 夢だったのだ。

また、思い通りにも なるときも来るし
不愉快な出来事が 楽しく思える時も

くるだろう。

《夢》という字を 書きながら自身で そう 悟れば
毎日が 楽しく 過ごせるだろう。

みなさんも 《夢》の 大元である
【竜王さん】に 是非、お参りください。
合掌

【お盆を 迎えて: 3 】よもやま話

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今日は 釈迦の教えの言葉は 書かないが
お参りして 学んだ いろんな事を 書こう。

家族、親戚が 次々と 帰ってきて
狭い部屋に 押すな押すなと
笑い声が 絶えない お家。

『今年は 都合で 誰も帰れないんです』と、
広い お家に 夫婦 2人が ガラーンとした部屋で
静かに 盆を迎える お家。

千差万別だが 色んなお家で
色んな 形の違った お盆を 迎えている。

都会から娘、孫たちが帰っている
芋を 洗うように
ごった返した お家に いった。

至心に 手を合わせて 振り返った時だ。

今まで 兄弟 従兄弟連中で 相撲を取っていた
ワンパク共が 全員 正座して
手を合わしている。

ジジは 驚いて きいた。

『みんな、偉いね。
亡くなった お祖父ちゃんや お婆ちゃん
喜んでいるよ』

ところが どうだ。
正座してまで お経を 聞き入っていた
理由が 違ったのだ。

『違うのです。
僕たちが住んでいる 東京には
お坊さんが こうして 拝みにくるシステムは 無く、

余りにも 珍しいので 後ろで聞かせて貰いました。

逆に 驚いたのは、ジジで 聞き返した。

『東京では お盆に お参りをしないの ? 』と。

ガンで 70歳 そこそこで 亡くなった
妻が 言った。

『確かに 平均寿命から 考えると 早すぎます。
でも、これも 寿命と 私の 考えを 変えました。

うちの 主人は シャイな 人で 後ろ向きな人。

ガンの 宣言を受け
『もうダメだ。私の 寿命も尽きた。
受けていた 役職も 次々と返して

悲観をして 嘆き
とうとう 天に 召された。

弟さんは
『ガンぐらい 何するものぞ』
動ける p間にかしなければならない事を
全て 遣り終えなければ ならない。

前向きに 頑張っているせいか
未だに 『本当にいいガンなの?』
と思うくらい お元気だ。

元気の元は 本人の心構えだね。

そのお家は 夫婦 2人で お盆を迎えていた。

『昨日までは ごった返していたのですが…。
でも、これが 本来の 私たちの生活なのです』

寂しそうに ポツリと いった。

『私たちは、第二次世界大戦に出兵した
最後の 学年です。

満州で 終戦を迎え、
その後、何年間か 抑留されました。

抑留中は あの鉄砲の弾が
頭の上を 行ったり来たりしている
戦時中の方が 天国のようで

この何年間は 地獄図のようだった。

寒厳のなか 多くの同年兵が 命を 落とした。

テントでは 1テント 3人で 薄い毛布 1枚。
朝になって 起きてこないなと顔を見ると

既に 息を引き取っていた。

日本に 帰った時は
どんな 苦労が あっても これ以上の
苦労は ない。

『どんな辛苦にも 打ち勝ってみせるそ』

そんな 気持ちで 帰ってきて
その心は 戦争が終わって 70年経つが
全く 変わっていない』

深いシワが 真の辛苦と
それに打ち勝つ 不撓不屈の精神を
語っていた。

色んな 方が 色んな 形で
お盆を 迎えている。

そして、帰ってこられた 先祖さんと

語り尽くせない お喋りを
果てしなく するのだろう。

ジジは あれもこれも
良い勉強と 心に 刻み

世のために 人のために 役立てようと
ロバの耳のように 耳を 立てた。

合掌

【お盆を 迎えて 2 】

徳島の 先輩から 電話が かかった。

『阿波踊りを 見に きなさいよ』

『先輩 ! 寺では とてもじゃないが
そんな 状況では ありません』

『去年も 一昨年も そう 言っていただろう。
そんな事ばかり 言っていたら
1度も 見ないまま 死んでゆくぞ。

だいたい、君は 代替わりをして
住職でも なんでも ないどろう』

『先輩。
そんな事を 言っていたら、
餓鬼どもに 叱られますよ。

みんな、海外旅行を 取りやめてでも
故郷の 墓参に 帰ってくるのですよ』

お盆には 仏壇や お墓には
綺麗な 水、お花、供物を供え

ロウソクや 線香をつけて
先祖さんを 迎える。

それとは 別に【精霊棚】を門に 置く。

今を去ること 2500年、釈迦の 10大弟子の 1人に
【アナン尊者】という 人が いた。

ある日、餓鬼が 醜い身体を晒しながら
彼に いった。

『お前は 3日のうちに 死ぬ。
そして 私のように醜い 餓鬼に 生まれ変わるだろう』

修行中の 尊者の心に 餓鬼が存在して居たのかも
しれない。

アナン尊者は 怖くなって釈迦の元に飛んで行き
こうこう しかじかと 救いを求めた。

釈迦は いう。

『施餓鬼棚を つくり 新鮮な 山海の珍味を供え
僧侶に 施餓鬼会の法要を営んでもらいなさい。

少しの 供物は 無量の供物となり
全ての餓鬼に 施されるであろう』と。

アナン尊者は 命が 助かっただけでなく
釈迦 10大弟子の 1人として
悟りを 開くことが できた。

【餓鬼…】

子供の事を よくその様に言うのを 聞く。

大好きな お菓子をみる
次から次へと 食いあさり

いれで良いという 満足を しらない。

そういう 満足をしらない ガツガツした子を
【餓鬼】という。

しかし、よく考えてみれば、餓鬼は
子供に 限ったことでは ない。

恥ずかしい話だが 大人でも
ガツガツした 不平不満だらけの
心を持った 人が 一杯いる。

物欲、金銭欲、名誉欲、性欲

指を追って 数えても 枚挙にいとまない。

【施餓鬼棚】を供養して
餓鬼を供養することにより

私たちの持っている 【餓鬼 心】も供養するのだ。

全ての 執着の 心を 捨てる。

この行が 出来た段階で
素晴らしい 【お盆】を迎えたと
いう事が 言えるであろう。
合掌

【お盆を 迎えて : 1】

墓参りに 里帰りをしていた 孫たちが
今日、一斉に 古巣へと 帰って行く。

塾と 塾の間を 利用して 墓参りをしたのだ。
パパたちは、ついそ 仕事の関係で
帰ってこれなかった。

『13日の 晩に 3日間だけ 家に帰ってきて
家族と 一緒に 暮らすんだよ』

『じゃあ、いろんな事を
ぞ先祖さんと 一杯 お話が できるね』

お盆の 行事って 知っているよね。

浄土にて 仏さまと しあわせな生活をしている
ご先祖さまと 娑婆で アクセクしている
私たち 衆生とを 結ぶ

大きな 架け橋なんだ。

先祖さまは 13日の 夜に 私たちの家に
帰ってくる。

きっと、大きなトランクに
私たちへの お土産を一杯 詰め込んで
帰ってくるのだ。

嬉しくて 嬉しくて
子供が 修学旅行に出発する 前日のように
荷物を 入れたりだしたり したのだろうね。

あっという間に 無常の時は 流れ
15日には 私たちが 灯す

送り火と 共に お浄土に 帰って行く。

一方、私たちはというと
お腹が 空いたら いけないからと
迎え団子を作り

足元が 暗くて危ないと 迎え火を灯して
家族じゅうで 仏壇や 墓、精霊棚にいって

お迎えをする。

帰るときは、盛大な 送り火を焚いて
お送りを するのだ。

京都の 【大文字焼】が有名だね。

問題は その 2泊 3日の 過ごし方なのだ。

私たちは
花が咲き乱れ 天女が舞い 鳥たちが 飛び交う

そんな 極楽浄土で ご先祖様が仏様と共に、
しあわせな生活を送れますようにと

お水や 花や 供物を 供え
お寺さんに お願いして ご供養をして貰う。

先祖さまは 先祖様で
極楽浄土から 見下ろしていた ときに

あの人と あの人とが 不仲なようだ。

息子が 大病で 明日の日も 分からんという。
孫が 結婚したようだ。

私たちが 家庭の中で 喜んだり
悲しんだりしている事を

ご先祖さんも 共に、喜怒哀楽を行じてくれて
いるのだ。

【お互いが お互いを 思いやる 心】

素晴らしいね。

私たちが 娑婆での生活の中で何が
1番 大切かを 教えて くださっている。

その 素晴らしい機会に 会うために
ジジの孫たちは 忙しい合間を塗って

ご先祖さんと 話を したのだ。

きっと、お教え通り これからの生活も
思いやりのある
心根の 優しい 人間に成長してゆくだろう。

そして、その心を隣にいる人に 向けるだろう。

孫も 帰ってしまい 15日には 先祖さまも
帰ってしまう。

さあ、ぞ先祖さんに 後押しをして貰いながら
頑張らなくては。
合掌

【百聞は 一見に 如かず】

小豆島祭りが あった。

小豆島では 大きなイベントの 1つだ。

打ち上げ花火が 打ち上がり始めたた頃から
祭りは 最高潮を 迎える。

次から次へと 打ち上がる 幽玄さと
1発づつあがる度の 人々の 歓声とどよめきは

実際に 行って見た人でなければ
味わえないだろう。

夏休みに お盆参りに帰っていた 孫たちの
興奮と 喜びは

会社で 必死に お仕事をしているパパたちには
口が 酸っぱくなるほど 説明しても 分からない。

【冷暖 自知】

水が 冷たいのか 熱いかは 人からとやかく
言われるよりも
実際に 飲んでみるか 手をつけて見て
はじめての分かるもの。

【真の 悟り】は 人から 言われて悟るのでなく
自分の 力で 実践してみて
はじめて 得るもの。

ジジの 家内のことだ。

みなさんも 承知のように ジジの寺は
参拝者 全員に 【おうどん】の接待をしている。

今でこそ 全盛期の 10分の 1、 20分の1に
減少したが、
嫁にきたときの 参拝者の数は 大変な ものだった。

僧侶方は 僧侶方で 死に物狂い。
接待方は、接待方で これまた 同じ。

その場は 戦場に 化す。

来たての 家内は 要領が分からす
うどん場で 立ち往生。

そんな 時に 声が 飛ぶ。

『熱いか 熱くないかは 手をいれて見なさい』

あの グラグラ 茹だっている中に
手を入れろと 言っているのだ。

1つの 思いで話として あの 大戦争の話をするが
それが 【冷暖自知】なのだ。

上司から 『こんな 事を 2度としては駄目だよ』
先生から『もっと真剣に 勉強をしなさい』
と、いわれても

実際に 大やけどを してみなければ 分からない。

【真の 悟り】もそうだ。

僧侶や 学識経験者が ああだ こうだと言うのを
ノートに 写すのでなく

自分の 身体で 自分が 自分のものとして
実践して 会得しなければならない。

机の前で 踏ん反り返っている時間が あるのなら
自分の 足で 自分の 身体で 体感しなさい。

そう 言っているのだ。

孫たちは、打ち上げ花火をみて
【小豆島祭り】を 体得 できたかな?
合掌

【一期一会】

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ジジの 娘たちの 友人が 小豆島にきた。

芦屋では いつも 次女と 同じ時間を過ごし
ジジも 娘の 1人と思って 接してきた。

次女が 結婚をして 一家で 関東に移ってからは
会う機会が 少なくなった。

代わりに 三女が結婚をして 棲家を持ち、
2人の 住んでいる家が 近いということで

三女とも 行き来が あるようだ。

そのうち、次女一家が 芦屋に 帰ってきた。

そんな 中で お友達が 長男と 2人で
久しぶりに 小豆島の 地を 踏んだのだ。

今まで 離れていた 時間的、空間的な時間は
アッという間に 縮まり

結婚前の 2人でくっつき合っていた頃と
なんら変わらない

ジジは はた目から その様に 感じた。

【一期一会】

[一期]
人の 一生。
[一会]
只 1度の お出会い。

私たちは 生涯を通じて、いったい何人の
人と 出会うことが できるのだろう。

今日、言葉を 交わした 人と
今度は いつ 会うことが出来るのだろう。

そんな事を 考えたら
今日、この時、この時間、

お出会いしている 人って、凄いと 思はない ?

[時は 人を 待たない]

2度と 戻らない 大切な時間を
無駄に過ごすことを 戒める。

商売で 初めて 会った人。

愛しくて 仕方ない人と 2人きりで 過ごした時間。

夫や 子供達と お茶を飲みながら団欒した時間。

全ては この時間は 帰ってこないし
同じ 時間を 持つことは できない。

この 一瞬、一刹那を 無駄にしてはいけない。

友達を留めるのと 同じで
永遠に 留めて いなければならない。

『ああ、楽しい時間だった』

『素晴らしい お出会いだった』

真心を 持って 接すれば
あなた自身にも 帰ってきて

より豊かな 時間を 持てるようになるはずだ。

聞き間違いだったかも 知れないが
友人の声が ジジの 耳に 突き刺さった。

『よく 考えたら 芦屋の あなたのマンションと
私の 自宅、
車で 走ったら 5分も かからないわね』

合掌


【晴れも 好きだが 雨の日も情緒がある】

雨の日って 嫌だね。

楽しみにしていた 年に一度の
地域の 盆踊りの日に 雨がふった。

孫と ママとが 行ってはみたのだが
『雨降りの せいで 住人より 役員さんの
数の方が 多いようでした』と、いう事だ。

傘を さしていても その横から
雨が 身体を 濡らす。

やっと 玄関まで 漕ぎつけたと 思ったら
両サイドの 傘が ぶつかって
大量の 雨水を かぶる。

気持ちも 滅入ってしまうし
行動も 鈍くなる。

『いやはや、この大雨で 遅れてしまった』

責任をお天道様に 押しつけては 居ないだろうか。

【雨奇 晴好】

晴れていても 雨降りでも、どちらも趣きがあって
素晴らしい そのような 言葉だ。

雨降りだからといって
陰に滅入ってばかりいても 何にもならない。

視点を かえて 雨降りを 楽しんだら どうだ?

『あれ ? 雨降りって こんなに情緒が あるんだ』

お家の 周りの 花々が 一斉に 元気を取り戻し
ますます 美しさを 増す。

カエルが 魚が 喜んで目を覚ます。

しっぽりと 四畳半で 楽しむのも
小雨が 降った方が 情緒がある。

雨だ。天気だ。曇りだと
常に変わる 天気に 捉われた 心を持っていたら

私たちの 心の 落ち着くところが ない。

日々の 生活でも そうだ。

『おとうさんの 機嫌が わるい』

『景気が 大変 いい』

『景気が 落ち込んで 明るい展望が見えない』

そんな とこで いちいち 拘っていると駄目だ。
雨の日も 晴れの日も
おとうさんの 機嫌の いい日も 悪い日も

会社の 業績が いい日も 悪い日も
【清濁を 合わせて 呑む】

それぐらいの 気構えが なければ駄目だ。

【雨奇晴好】は わたしたちに そのように
教える。

僅かのことに ビクビクして対応するのではなく
泰然自若とした 【大山】のような

どっしりとした 心を 持たなければならない。
合掌

【まあ、落ち着いて お茶でも 飲みなされ】

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相次いで 中国から 友人が きた。

1週間前に 来られたのが
西安市の 外務省高官で 女史は

前のアメリカ大統領が 来られたとき
お付き女官として 抜擢され
後に、大統領の 要望でアメリカに行った人だ。

女史とは 西安の友人を通して 知り合い
この 春 に続いて 2度目の 来島だ。

今回 来られたのが 洛陽市の 宗教局長を
長年 勤められ 【白馬寺】の管長猊下ともども

何十年来の お付き合いを させて頂いている。

今回、宗教局を 退職され 卒業祝いで
娘さん夫婦と 4人での 来日だった。

何十年来の 知己の 友は 言った。

『1週間前に
西安から 女史が来られたと聞いたが

私と あなたとは 古き友達、
中国共産党員に 上下 貴賎の差は 無いが

彼女とは 昨今の付き合い
新しい友人も 古き友人も 同様にもてなすのですか』

と、聞いた。

【喫茶去】を 思い出した。

『まあ どうぞ、お茶でも 召し上がれ』
と、いう意味だ。

中国の 寺に 1人の信者が 訪ねてきた。
この寺には はじめてきた。

住職は はじめてきた信者に いった。

『まあ、お茶でも 飲みなされ』

続いて 何十年も 通い続けている
古い 信者がきた。

『よく 来られた。
まあ、お茶でも 飲みなされ』

それを 見ていた 小僧さんが いった。

『はじめてのきた人も 何十年来の信者も
同様に もてなすのですか』と。

住職は 小僧さんに 言った。

『まあ、お茶でも 飲みなされ』

そのとき、小僧さんは ハッと悟った。

立場の違う 3人に対して【喫茶去】と言ったのは
相対する 分別、取捨、過去、現在、

ありとあらゆる 一切の意識を断ち切ったのだ。

そこには、凡聖、貴賎、男女とうの分別は 全くない。

自ら 貧富貴賎を 択ばず 茶をたて
相対する人 全てに 無心に施す心を 養う。

私たちは おうおうにして
好きな人や 有名人、金持ちや身分の高い人には
照り下るほど 丁重にもてなし

大嫌いな人や、知らぬ人、身分の低い人には
傲慢不遜な 態度で接する 習性をもっている。

それを、諭されたのだ。

実際、ジジは 参拝して来られた人を
一生懸命、持てなそうとしているだけで

【喫茶去】のような 深い意味はないが
平等に 喜んで頂いている。

そして、ジジは 友達に いった。

『勿論、あなたが 最優先ですよ』と。
合掌

【わたしは いつも居るよ。時には 思い出して】

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鳥取県 若桜にきた。

ここには 社長の 自慢の小川がある。

ガバッガバッ と 湧き出てくる
源泉から 直接、水を引いているのだ。

『凄いだろう。
いくら君でも こんなのは見たことないだろう』

社長は 有頂天だ。
確かに 源泉から湧き出ている水かもしれない。

しかし 少し登れば見えるのだろうが
肝心要の 源泉も見えないし

目の前に 小川が流れているようにしか
思えなかった。

これが 般若心経 【空】だね。

地中から 水が 吹き上げて それが
ここに 流れてきているのは 事実だ。

ところが、その事を 聞くまでは
単なる 小川としか 思えない。

ところが どうだ。
『凄いだろう。
いくら君でも こんなのは見たことないだろう』
と、言われた瞬間に

それが 世界に 2つもない 宝物に かわる。

【明暦歴路堂々】

歴々
明らかな ようす

あらわす。あらわれる。

妄想を 離れた心には
1点の曇りもなく 明らかにみえる事。

寺の 周りも 四季折々の花が
私たちの 目を 楽しませてくれる。

紫陽花が咲き 芝桜が咲き誇り
今や 朝顔が 全盛期だ。

やがて キンモクセイを始め
秋の 草木が顔を出す。

キンモクセイなど、
今まで目もくれなかったものが

あの甘酸っぱい 香りに魅了され
ああ、こんな素晴らしい花が

境内に あったのだ。
改めて 花をてにする。

大自然は 不変の真理 そのものである。

そして、それらの全てのものは
その時 その時の 着物をきて
ありのままの 姿を 私たちに 見せる。

それを あの甘酸っぱい 匂いを嗅ぐまで
そこに あったのも忘れている。ー

あるがままの 姿を 見えてなかったのは
私たちの 五感が曇り
錆びついてしまったからだ。

『見よ 見よ 開け 開け』は

全ての 五感を開いて 全てを
感得せよ、といっている。

クーラーを ガンガン掛けながら
僅かほどの 感謝の気持ちも持たず

『暑い 暑い』と 団扇であおいでみたり

テレビや 洗濯機や 電気掃除機を かけながら
『忙しい、家事が 追いつかない』と、

不平たらだらで 家事を怠っている
その 心が 消え失せてしまうだろう。

もっと もっと 目を見開いて
物の 本質を 見極めなければ ならないね。

合掌

【思いやりのある 優しい人に なって貰いたいね】

いつの間にか、立秋をむかえた。

《風そよぐ 楢の小川の 夕暮れは
みそぎぞ 夏の しるしなりける》

従二位 家隆

風が 上賀茂神社の 楢の葉を そよがせている。
もうすっかり 秋の気配だが
その小川で 夏越しのお祓いをしている事だけが

夏の 名残を 留めている。

カレンダーを 繰っても
もう 1年の 3分の 2は 過ぎ去った。

この 大切な 時間、いったい 何をしたのだろう。

仕事を 終えて孫たちと一緒に 近くの
公園に いく。

薄明かりの 誰もいない 公園の中、
只、蝉たちが 我が天下と 声を張り上げている。

余計な事を 何一つ 考えるでなく
流れ去る時間の中に 只、身を委ねて行く。

しあわせだね。

と、大きく 声を張り上げている蝉の 下に
抜けがらが 留まっている。

あっ あっちも こちらも…。

抜け殻の上に 抜け殻が 留まっているのもある。
暗くて 見えなかったのだ。

『珍しいだろうから 孫たちが喜ぶだろうな』

頭に よぎった時、1匹の蝉が 近くにとまった。
ジジは 反射的に それを 捕まえた。

蝉を 手にすることができ、
孫たちが 喜んでくれるだろうな。

瞬間に そう 思ったのかもしれない。

ところが 孫たちの 反応は 違った。

『ジジ、なにを やってるの。
逃がして あげなさい。

『そうですよ。
蝉は 何年も 地中にいて、やっと生まれたら、
1週間で 死んでしまうんでしょう ? 』

『かわいそうだ 』

ジジの 心の中を パチンパチンと 叩かれ
這々の体で 両手をはなすと

暗闇の 中に
大自然の中に 喜んで 帰って行った。

【良寛さん】って 知っているよね。
隣の 寺の 住職のことでは ないよ。

権威 権力から 離れ
近所の子供達をあつめ

文字を教えたり 手毬して遊んだりという
逸話は 沢山のこり

わたしも あんな生涯を送りたいなと
思う人は 多いだろうが

本当は 勉強も行も卓越した 高僧なのだ。

わたしは 生涯、身を立てて立身出世など
ここから先も 興味なく

1衣 3鉢 食べることと 着ること
仮に寝泊まりできる場所さえ あれば

それだけで 充分だ。

ましてや 名誉や 利益など
つまらないものには 全く 関心が ない。

そのように 諭される。

そして、その心こそ【菩薩】の心で
おおきな《慈悲》と 深い 《智慧》なのだ。

そして、ジジの孫たちの
『蝉を 逃がして』という 優しい心も
良寛さんに 負けないだけの

思いやりの こもった
仏の こころであり、慈悲の顔なのだ。

ジジの『孫が喜ぶかも』と、蝉を採った
行動も 優しい心なのだろうが

どこか ちがうのかな?

なんにせよ、
良寛さんのように 聡明で、行に足り

その上で 思いやりのある
優しい心を持つ 人間に 育って欲しいね。

合掌

【68年前に 原爆が 投下された】

68年前の今日、広島に 原爆が投下された。

今日のような 入道雲の もとで
しあわせな日暮らしをしていた
多勢の善男子善女人が 犠牲になった。

今日の式典に出席した 総理大臣をはじめ
色んな人たちが 【核廃絶】を訴えた。

昨年、福島で 核施設が吹っ飛んだ。
世界で 只、1カ国の 被爆国である
私たちは 恐怖に 慄いた。

驚いたのは、未だに 【原爆症】の認定が
下りていない 人が いるという事だった。

どうなって いるんだろうね。

今日は [平和の 式典]でなくて
【原爆犠牲者 合同 供養】とともに、
被爆者、被爆者家族、広島、長崎住人が
新たな 希望を持って

大きく 船出する 式典でなくては ならない。

【無事是 貴人】

この場合の [無事]は 平穏無事という
意味ではなく、
しあわせや 悲しみを 自分の他に
求めるのではなくて

自分の内なる 仏性に出会い
自分で しあわせを掴むことこそ
[貴人]であるという。

【世界平和】
【核の 廃絶】
【被曝の 保障】

当然の事ながら、訴えつづける
一方、わが身にかえれば

『あの日、原爆さえ おちなければ』

『あの 地獄図の中での 阿鼻叫喚が
今でも 昨日の出来事のように
忘れることが できない』

気持ちは 重々 分かる。

でも、もう自分の足で 立ち上がり
自分の しあわせを 自分で
掴み取らなければならない。

《それ 仏法 遥かに あらず
心中にして すなはち ちかし》

青い鳥は 何処に いるんだ ?
しあわせを 求めて 心は 色んなところを
駆け巡る。

しかし、青い鳥は 自分の心の中に いた。

あなたの しあわせの 元となるものは
既に あなたの 心の中に あるのだから。

みんなで 核兵器の廃絶と
今、原爆症で苦しんでいる 被爆者のみなさんが
お元気で しあわせな日暮らしが 送れるように

祈ろうね。

合掌

【汝 妄想すること なかれ】

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自動車は 鳥取に向かって走っている。

トンネル また トンネル。
一体、何本の トンネルをくぐるのだろう。

『アッ 天井を吊っている トンネルだ』

『事故は 忘れた頃にやって来ると言うが…』

『また 大事故が起きないかぎり
本格的な 改修は見込めないのかな』

『カマボコ式のは、何故か ホッとしますね』

トンネルだけでは ない。

私たちが [尖閣諸島だ][竹島だ]と
互いが 拳を振り上げている間に

日本列島は1年に 数センチづつ
大陸に 向かって北上し

20万年あとには 竹島を飲み込み
大陸に 激突しながら、ヒマラヤ山脈のような
大山を 造るのだって。

同じ 大地を踏みながら、
互いに 拳を振り上げるのかな?

あと、45億年たって 地球が爆発するとき、
人類は どうなるんだろう ?

ロケットで 脱出する 星はないのだろうか?

45億年先の 事まで心配しなくても
近い将来、人類は 死に絶えるのだって。

【幕妄想】

[妄想 すること なかれ]
現実から 掛け離れた空想や 夢想をして
心配しても仕方のないことを

あれこれと 思い悩む事。

病気に かかった人が
『わたしは 本当に 治るのだろうか ? 』と、
思い悩んだり

新婚直後に
『この人と 末長く 上手くやっていけるかしら』
と、不安になったりすることだ。

肉体や 心の欲望、未来への不安や
過去への執着など 私たちの心を惑わせるのが

【妄想】だ。

済んでしまったことは 忘れよう。

まだ どうなるかも 分からぬことに
恐れ 慄くことも やめよう。

しっかりと 両足を地につけ
1歩 1歩 自分の足で

【今を 生きる】ことに 全力を 尽くそう。

そうしたら、妄想がとれ
霧が晴れるが如く 心が 清々しくなり

素晴らしい 明日を 迎えることができるから。
合掌

【日々是好日】

『ジジ、今日は 記念すべき いい日だよ』

孫から 動画が 届いた。

動画の画面が どの孫も どの孫も
プールで 水しぶきを たてながら
泳いでいる。

5メートル 10メートル 15メートル ……。

『水泳を 習いはじめました』
報告を うけてから そう何年も経っていない。

顔も つけられなかった子が 今やクロールで
ミズスマシのように 泳いでいるのだ。

『ジジ、今日は 記念すべき いい日だよ』

本人たちを はじめ 親たちの努力も
大変なものだっただろう。

【日々 是 好日】

家族が みんな元気で お互いが 思い合って
太い絆で 結ばれている。

四季折々の 花が咲きみだれ
四季折々の 虫や 昆虫が 顔を だす。

何も 変わらない。
平穏無事なのが 【日々是好日】なのかと
思っていた。

『今日 1日も しあわせな日暮らしができて
本当に 良い日だった』

『朝から 茶柱が 立ったぞ』

そして 平穏無事で ないのが
悪い日と されていた。

『朝っぱちから 大嫌い あいつと出くわした。
本当に 今日は げんがわるい』

『外出をしようとしたら
足元で 茶碗が われた。ろくな日ではない。

今日 1日は 気をつけなければならない』

茶碗の 是非、箸の上げ下ろしまでが
{好い日}{悪い日}と、なるのだ。

しかし【日々是好日】とは
今の 一瞬 一瞬を 大切にして

自分の生き方に 手を抜かないことが
素晴らしい 1日なのだ。

麗らかな 春の日も
灼熱の 太陽が照りつける 真夏も
痛いくらいの 寒風吹き抜ける 冬も

私たちの 大切な 人生の 1日である。

楽なとこ 楽しい事ばかりに 目がいかないで
辛いことや 苦しい事を 歯を食いしばって

成就することも 好日なのだ。

その 充実感、達成感の喜びは
味わった 人間しか 分からないだろう。

孫たちは みんなが 楽しく遊んでいる間も
喜んだり 悲しんだりしながら

練習に 励んできた。

その 成果が、今日 一度に 花が開いたのだ。
三度目 書く。

『ジジ、今日は 記念すべき 良い日 だよ』

寺の テレビが 大声で
日本の 水泳人が メダルを取ったと 報じた。

孫たちも 自分の手で しあわせを
掴み取って 欲しいね。
合掌

【挨拶と 笑顔で 心の扉を 開けよう】

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『こんにちは~』

少年は 弾けるような笑顔で
バットやグローブを持って走り去った。

エレベーターの中で 年端もいかない
子供に 挨拶をされてドギマギすると共に

自分の 不甲斐なさを 恥じた。

私たちの 子供の頃は、知らない
おじさん おばさんに 道端で出くわしたとき
よく 挨拶をしたものだが

最近では 本当に 少なくなった。

【挨拶】

『そばに 身を すり寄せて押し合うこと』
相手の気持ちを 知ろうとするときに
押したり 叩いたりして

相手の心の 玄関を 開けることだ。

それが 最近では、
押したり引いたりするだけでなく
幽霊のように 実体が すり抜けてしまうのだ。

両手を ポケットに突っ込んだまま
頭でなく、首だけピョコンと下げ
『あー』とか『うー』とか

訳の 分からない言葉を 聞くと
全く 日本の将来に 絶望を 感じる。

更に 酷いのが
挨拶どころか お誘いの 言葉を無視する事だ。

誘いの言葉に 反抗、
拒否反応を示しているのだ。

口や 態度では 面と向かって
拒絶できないものだから 無視する。

心の中は 不平不満で 充満し
所謂、私たちの言葉で 言えば
【膨れている】のだ。

『エッ 僕は こう思うんだけど』

明るく 返せば、如何に和やかになるか。

挨拶を 疎かにする人間は
人間関係を おろそかにすると いう事。

父と子。
社長と 社員。
先生と 生徒。

店主と 客。
恋人同士。

外国に 行き、言葉が全く通じなくても
身振り手振りで 必死に相手の心を

開ける努力をすると意は通じるものだ。

おかげさまで、ジジは 喋れない癖に
海外の 友人は たくさん いる。

私たちも 朝 1番から

気持ちの良い 笑顔と 丁寧な挨拶で
『わたしは、心の扉を 開ける準備が
既に できていますよ』と、

みなさんに 告げましょう。

それらの方達も 笑顔と 丁寧な挨拶で
あなたの 心の中を 訪問してくれるから。

合掌

【月も 太陽も 平等に 私たちに降り注ぐ】

お盆参りのために 1軒のお家に立った。

息子さんが 満面の笑みで 迎えてくれた。

息子さんは 若き日の交通事故で
お足が悪いが 今や立派な大黒柱だ。


お母さんが 転倒して 足腰を痛めたと
聞いていたが、やがて 痛々しく
足を引きずりながら、仏壇まで案内した。

お母さんが ジジに ボヤく。

『法主さま。
どうして うちの家族だけが こんなにひどい目に
遭わなければならないのでしょうか』

ご自分が 足腰を痛めて 長期入院をし
昨年の 盆前には 実姉が
今年の 初めは 嫁母が 極楽浄土に召された。

なんとかミクスだ。
好景気だと
他の誰もが 浮かれている中、

どうして 私たちだけが しあわせから
見放され、こんな 不運ばかり続くのか…。

中国は 唐代の 千 良史の 詩がある。

《水を 麴(きく)すれば 月 手にあり

花を 弄 (ろう)すれば 香、衣に 満つ》

両手で 水を 麴(すく) うと 夜明けの月が
わが手の中 一杯に 広がり

花を 手折ると 花の香りが
我が衣に しみるほど 満ちてくる。

月の光は 万物を 平等に照らし
道も 全ての 人々に 平等に 開かれる。

月の光は 仏の【慈悲】であり
仏の【智慧】そのものである。

月を 神秘的なもの 美しいとして
崇めてばかりしているだけだと

それに 気ずくことは できない。

それを 手ですくい 花を 摘むという
私たちの 働きかけによって

はじめて 心の中に 宿るのだ。

『ああ、幸せそうに 笑っているけれど
みんな、私たちが知らない間に

悲しみや 苦しみを 乗り越えておられる。

私や わたしの 家族だけに
不運が つき回っているのでは
ないのですね』

はじめて 聞いたのだが
息子さんは、先日 食道のオペを受け、

軽いものならば 食道を通るようななったとか。

『良かったですね。
全く 存じ上げませんでした。
では 事故のあと ずっと流動食だったのですか?』

いつも お出会いしたら 満面の笑みで
迎えてくれる。

その 笑みの 裏には そんな隠れた
悲劇、悲しみが 隠されて いたのだ。

そして、今夜の月も
満遍に 平等に

優しく 私たちに 降り注がれて いる。

私たちも 不平を言ったり
自暴自棄になったり しないで

頑張ろうね。
合掌

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【しがみつかないで 手放して ごらん】

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ミュージカルの勉強をしている
小学生の 孫は サマースクールに参加、

1日 10時間の レッスンだ。

技術も さる事ながら これからの人生で
不撓不屈の 精神力を 身につけて欲しい。

住職も そうだった。

小学の3~4年生から サッカーをはじめ
大学校の 4年生まで 同じスポーツを
やり切った。

技術的な面では 段違いなレベルの人たちが
ゴマンといるが 同じスポーツを通して

強い 精神力を 養った事は賞賛に値する。

【忍辱の行】が出来てない人は
人間としての 信頼度につながる。

『あの 人、また 会社を 変わるそうよ』

『ああ、やっぱり。
彼には 最初から 期待してなかったんだ』

こんな事では 情けないね。

住職に 聞くと 長いサッカー生活の中で
思ように 成績が伸びない。
あとから きた人にドンドン追い抜かれていく。

『やめたい』

挫折を 味わったことは何度もあったらしい。

そんな時
【放てば 手に みてり】

一度、手放してごらん。
そうすれば もっと豊かで 真実の宝が
両手から 溢れるぐらい やってくるから。

その言葉を モットーに 耐えきてきた と。

仕事、事業、経営、勉強、
人間関係、恋愛…

人生の中で 大きな壁に突き当たり
全ての 手段、全ての努力を続け

ついに 力尽き
どうしようも 打つ手がなくなった時、
それらを 手放す勇気を教えてくれている。

断念し 放棄する事ではない。

全てを 投げ出し 手放したときに

『なんだ、わたしは、寺の跡継ぎであって
サッカー選手になるのが目標ではない。

後から 来る人 来る人が
追い越して いく。
そんな 苦悩も 悩みも 放り出したときに

あれ? なんで こんな事で悩んでいたんだろう?

と、目から鱗が落ちた という。

みなさんも 壁に突き当たり
にっちもさっちも いかなくなった時、

全てを リセットしてみればどうだろう。

ああだ こうだと 悩むから
苦悩は 深まるのだ。

きっと 辺りには 光がさし
新しいアイディアと 新しい実行力が
新しい 芽をふき

頭を 擡げるだろう。

『行って きま~す』

孫も 元気良く 出て行った。
合掌
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