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【1本は 利益に 1本は 安らぎに通じる道】

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『おくさん、お家が 明るくなりましたね』

亡くなられた団体長の 玄関に 立っていた。

先達が 亡くなって まもなく
たった1人の 長男も お浄土へと 旅立った。

浪花で 前途有望 落語家として
活躍していたのが 急死 なさったのだ。

『主人に 続いて 長男までが
わたしを残して 逝ってしまって

そのときは 神も 仏も 恨みました。

しかし、1人ぐらしの 今でも
しあわせな 日暮らしを させて頂いて おります。

嫁は 大阪で 生活はしている ものの
若い身空で 再婚もせず
1人 残された 孫は
わたしを 気遣って 足繁く 帰ってきてくれます。

「法主さんが 明るくなりましたね」と
言われましたが

全て 嫁と 孫とで
昔の 百姓家を 改築して くれました』

【1つは 利欲に 通じる道
1つは 安らぎへ 至る道】

財産、地位、名誉。

私たちは これらを 大切にし
次から次へと 追い求めて いく。

これらは 現実的に 利益につながる道だが
同時に 自分を 苦しめる道でも ある。

なぜなら 人は【三毒:貪瞋痴】の
【貪欲】な 心を持っており
手に入れた 利益だけでは

決して 満足することが出来ないからだ。

『あれも欲しい』『これも 欲しい』

貪欲な 心は とどまるところを 知らない。

自分さえ良かったら 良いわ と言う
自己中心的な 考えが 円満して居る

今の ご時世に

本人たちの 大阪での 日々の生活も
たいへんだろ 中、

少しでも田舎で 1人ぐらしの お婆ちゃんが
快適な 老後生活が できますようにと

百姓家を 新しく したのだ。

『お婆ちゃん、本当に しあわせ ですね』

心から そう思いながら 門を 出た。
合掌

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【憎しみを 捨ててこそ 憎しみは 鎮まる】

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『この 掛軸の お大師さんに 助けられました』

お婆さんの 年齢は 80歳。
掛軸は 50年も 経過は しているものの
紛れもなく 先代が描いた 空海の掛軸だった。

若き日の話だが

主人に 思いを寄せる人ができ
心が 離れてしまった 悲しさと
裏切られたという 悔しさで

火のなかに 飛び込んで
海の 藻屑となって

死んで しまおうと
幼い 子供をつれて 死での旅路に たった。

そして 行き着いたところは
洞窟の 中央に 大きな護摩壇があり
その前に 威風堂々とした 黒青色をした

不動明王が 座っておられた。

【小豆島霊場 81番 恵門ノ不動】

『あんた 死のうとしていますな』

中に 檜皮色をした衣を 着た僧侶が
わたしが 何も話していないのに

顔をみた 途端に そう言った。

『なにが あったのかは 知らぬが
憤怒の 形相が ひしひしと 伝わってくる。

一時的な 感情で 子供まで巻き込んで
早まったことを 考えては いけない』

その言葉が その時の わたしにとって
仏様の 言葉のように 聞こえた。

込み上げてきたものが 堰を切り
声をあげて泣いた。

その涙は 止まることを 知らなかった。

『憎しみを 捨ててこそ、憎しみは静まる』

苦しみの 火を 付けることによって
自分自身の 心が その感情に 燃やされ

その苦しみは 増すばかりになる。

できにくいかも しれないが
憎しみや 怒り 悲しみや 苦しみを

この護摩の火に 投げ入れて 焼いてしまいなさい。

心が 安らぎ、悲しみも 苦悩もなくなるだろう。

お大師さんの 絵を 書いて差し上げるから
心の 拠り所と しなさい。

そして、あなたの 願いも きっと叶うで あろう。

『その 心の 拠り所が ボロボロになった
この お大師さんの掛軸で

わたしの 願いも 叶って
肝臓ガンに なって 彼女に 放りだされ

わたしが 死水を とったのが
この上に 掛かっている この アホですワ』

チラッと 遺影を 見上げた その顔は
今日の 秋空のように 高く 澄み切って いた。
合掌

【尊敬と 感謝の気持ちで お爺さんと 呼ぼう】

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『ああ あのお爺さんかな。

みてのとおり 私も この歳を迎え
小豆島参拝には 出れなく なりましたが

若い頃は よく 連れて参って貰いました』

本堂再建の 勧進帳を 前に
懐かしそうに その好々爺は 目を細めた。

『お爺さん』

この言葉を 聞いただけで
思わず 胸が こみ上げてくる。

本人が 旅立ってから 10年近く 経過するが
周辺で『お爺さん』と、いえば

誰もが 【彼のこと】だと 分かる。

遍路団体に 【地区委員】というのが有って
長い間、その 長を 務めていた。

『うらは 小豆島の ジジイだ』

口癖の ように いい、
誰もが それに 呼応して『お爺さん』と呼んだ。

僧侶、宿屋、交通機関、遍路はもちろん
『お爺さん』よりも 年上が お爺さんと 慕った。

そして、私は 勿論、多勢の 人たちが
お爺さんに 可愛がられ 育ててもらった。

【生我者 父母 成我者 朋友】

このよに 送り出してくれたのは 父母だが
私のことを 理解し

ここまで 育て上げてくれたのは
【真の 友】だと、言っている。

何度も 同じことを言うが
真の友、何人いる ?

それとも 1人も いない ?

三国志に 桃林の誓いってのが 出てくる。

【桃林の誓い】

若き日の 劉備玄徳、関羽、張飛が
桃園にて 義兄弟の縁を 結び
やがて諸葛孔明と共に【蜀】の国を 興す。

3人は 義兄弟であって 血縁的には
縁もゆかりも無い。

この お爺さんだって【お爺さん】と、

呼んでいた人は 彼にとって

縁もゆかりも無い 人たち ばかりだ。

万人が 本当の 血縁者のように おもい
敬意と 感謝の気持ちを もっての
お爺さんだった。

わたしを 生み育ててくれたのは父母だが
理解し、玉を 磨いてくれたのは

友人で あり、お爺さんで ある。

道を求める 友の大切さ。
手を取り 導いてくださった先人の 教えも

実となり 滋養となって
わたしを 励まして くれる。

【悲しみ 苦しみに 打ち勝って 今の私が ある】

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野球 パリーグで 【楽天】が 優勝した。

東日本大震災の みなさんの気持ちは
如何許りだっただろう。

星野監督は テレビを通じて、
多勢の プロ野球ファン、日本国民に
そして 被災者のみなさんに 向かって 言った。

『頬っぺたを 抓りたいくらい 信じられない。

胴上げで 宙を舞ったとき
,,やったんだ。
みんなが 一丸となって やってくれたんだ,,と。

就任 1年目で 東日本大震災が 起き
いきなり 地震で えらいことに なってしまったと
思った。

東北の みなさんの ご苦労を 少しでも和らげようと
被災地の みなさんと 諦めないで 戦ってきた。

これで 全て お返しができたわけでは ないが
これからも 東北のみなさんと
共に 進んでいきたい』

【鳥啼山更幽】
王籍

中国 6世紀の詩人。
ちょうど 今頃だろうか ?
もう少し 晩秋かな?

王籍が 山中の あばら家で 1人で 詩を読んでいると
鳥が 一声 鳴いて 去って行ったあと
一層 深まる 静寂感に 孤独を増していった。

【寂しさに 宿を立ち出でて ながむれば
いずこも おなじ 秋の 夕暮れ】
良暹法師

比叡山 延暦寺で 飛ぶ鳥も落とさんばらりに
活躍した 良暹も 晩年は

京都 大原の あばら家で 生涯を 過ごした。

もの 1つ 動かない。
話が できる人は 誰 1人 いない。
鹿の 鳴き声はおろか 鳥すら 鳴かない。

あまりにもの 寂しさに 草庵をでて
立たづんでは みたものの

彼の 目の中に 入ったのは
やっぱり 静寂に 包まれた 秋の夕暮れであった。

この 2つの 詩、何とも 言えなね。

ジジのような なまくさ坊主なら いざ知らず
王籍や 良暹法師のような
法も 行も たっている人が

私と 同じように 寂しさに 編まれ
孤独と 戦って きたのだ。

私たちが なお、一層
人間らしく成長していくに あたり
平穏で 楽しい 日々ばかりで無く

苦しみや 悲しみを 乗り越えてこそ
今の 私たちが あるのだ。

東日本大震災の 被災地のみなさんや
優勝の 栄誉を 勝ちとった
楽天の 選手の ように。

なには ともあれ
おめでとうございます。

合掌

【今日の 秋空のように 澄み切った 心で】

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播州の 信者さんの お家の中。

『先達さんの小豆島との ご縁は どなたでした?』
『最初は 誰に 連れて 参っていただきました?』

これを聞くと その信者さんと
もの凄く 近づいたような 気がする。

『あの 人ですよ。 あの 有名先達 ! 』
『あ…あの人と …』

名前まで 言わなくても、
この地域で【あの 有名先達】というだけで分かる。

自分自身が お身体が 悪かったにも拘らず
300人ぐらいの 団体を 組織し
1年に 何度も 参拝されて いた。

大観音建立 前後して 天国に旅立ったが
この地区で すでに『あの先達』に連れて参って
もらったという 信者が 既に

今回、20組を 越す。

『あの 有名先達』

聞くだけで ジジの脳裏に 悲しい思い出が
甦って くる。

大観音建立は 今の 本堂建立からみると
規模も 総工費も 桁違いに 違っていた。

30代 40代、1番 働きざかりで
大観音建立に 向かって 馬車馬のように働いた。

当然、あの有名先達の お家にも
【勧進帳】を持って お願いに あがった。

雪の しんしん 降り続く 夜の 8時過ぎだった。

『かえれ~。お前の 顔なんか 見たくもない ! 』

寒い寒い 真っ白な 闇夜に
突然 大きな 罵声が 響き渡った。

勧進帳が 虚しく 雪の中に 突き刺さって いた。

それでも 何度か 先達の お宅を たづねた。

三度目の 時、
『まあ、家に あがれ。話だけは 聞いてやる』

思わずしらず 涙を ポロポロ 零しながら
冷え切った 奥の間に 案内された。

『有名先達』と、聞くだけで
あの 寒々とした光景が 蘇って くるのだ。

『あの 先達は 子安観音寺さんや 恵門ノ不動が
根っから 好きでしてね。

その 影響で その頃 一兵卒だった 私どもも
子安観音寺や 恵門ノ不動に手を合わせているのです』

1人 だけでは ない。
お参りする先達、信者が 口を揃えて いうのだ。

《一切有為法 如夢幻泡影》

この世の中は 全てのものに 実体がなく
夢 幻で 水泡や影のように 儚いもの。

永遠に不変なものは なに 1つなく
無情にも 全てが 移り変わってゆく。

生まれ 年を取り 病魔に冒され 死んで行く。

必死で作り上げた 豪邸も 三代も 続かず
愛しき 愛情も 時により、薄れて無くなってゆく。

逆も 真なり

嫌いで ならなかった人が
あるときを 境にして 無二の 友達になったりする。

『先達は あなたの事が 大好きでした。
あの子が走り過ぎないように 諌めるのが
私の 役だ。

口癖の ように 言って おられました』

ジジは 真心をキャッチすることが 出来ないまま
長い 長い 年月、

悶々と 悲しい思いをしていたんだね。

そして 今日、般若心経【空】の心にて
有名先達と ジジの心が 切ってもきれない

不動な ものに なった。

もし 【本堂建て替え】で 先達の お家を訪ねたら
また『かえれ~』と、叱り つけるのかな。

そう 思いながら 門を出たが
その顔は 和かに 笑っていて

今日の 秋空のように 澄み切っていた。
合掌

【折角の 出会いを大切に。真心で 接しよう】

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『ご本尊さまに お陰を いただきました』

岡山県と 鳥取県の 県境で 先達が笑った。

両親も 小豆島霊場八十八ケ所霊場が 好きで
病気に なるまで お参りを続けた。

亡くなられた 後 今度は 家族で
小豆島の 聖地に手を合わせるようになった。

『わたしが 大腸がんと しばらく経って
胃ガンとを 患いました。

両親、オジ、オバ、兄弟と 癌 一家で
私も 御多分に洩れず 仲間入りを
して仕舞いました。

ところが ある日、妙な 夢を みたのです。

両親が 病気封呪専門道場【山ノ観音】の
後来迎の滝で 一心不乱に 滝にうたれて
居るのです。

ハッと 寝汗を拭い、その足で
夢をみた 御来迎の 滝に 飛んで行って
滝にうたれて 祈りました。

父と 母が 背後から 背中を押してくれている
気がして 心強く 手を合わせる事が できました。

あくる日、身も心も 清々しいまま
病院にいって 診断を 受けたのですが

どこを 探しても 有るべき 癌が
見つかりません。

お医者さんも 驚きを隠せず
【あなた、一体 どうしました ? 】と。

いえ、なにも。
小豆島で 両親と一緒に 滝にうたれて
きただけです』

【相送当門 有 脩竹 為君葉葉 起清風】

別れのときに 友は 門まで送ってくれる。
見送るものも 見送られる者も
惜別の念で 胸が 熱くなる。

不意に 門の横に 生えていた 竹やぶの
葉の 1枚 1枚が ざわざわ 揺れ動き

清らかな 風が 吹いてきた。

友だけでなく、庭の 竹までが
親身になって わたしを 送ってくれる。

友と 私の 心情を汲み取り、
風は 私たちの 【真心】の交換を
祝福するように 吹く。

その【 真心】という 風が
御来迎の 滝にうたれながら
わたしと、父と 母の 真心を 1つにした。

小豆島の 霊地を 家役として 引き継いで
参拝する 先達。

そして、それを祝福するように
影になり 日なたになり 護り続ける 両親。

これらが 1つに 合体して
【山ノ観音】の ご本尊さんも
お陰を 下さったのだろう。

『信心で 治したのですか?
ま、何にしても めでたいことです』

医者の 言葉を 他所に 涙が とどめ無く
両頬を つたった。

一期一会

今日 お出逢いした出来事は 2度とは
帰ってこない。

明日も 同じような 日だとは 限らない。

私たちも 折角の お出会いを大切にして
【真心】と【真心】の お付き合いをしたい。

合掌

【今の 地位に 安住するな 更に 進め】

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新進気鋭の 社長ご夫妻が お参りされた。

大変な 信仰心を 持っておられ
先日 亡くなられた ご尊父さんを
大好きな 小豆島の地で 永眠して頂くためと

忙しい中を ご来島 なさったのだ。

【百尺 竿頭に 一歩を進む】

百尺竿頭とは 長い長い 竿の先のことだ。

長くて 厳しい修行を経て、やっと到達できる
悟りの境地を さしている。

その悟りの 境地には 終わりである最終点がなく
竿の 先まできて 更に 1歩 進めという。

私が 可愛がって貰っていた 社長は
別の 仕事をしていたのだが

70歳を 越してから リゾートホテルをつくった。

『仕事に 年齢は ない。
五体が 満足で 動かせて頂ける間、
しっかりと世の中に つくさなければ』

社長は 亡くなるまで そう 言い続けた。

私の 大観音建立も 力 以上の計画で
皆さんの ご浄財で 発願依頼 20年も かかった。

落慶法要後に ホッと 息を 抜いたのだろうね。
後の 宗教活動が 住職に かかってしまった。

私たちは 日々 努力しても 竿の 最突端まで
行き着くことは なかなか 出来ない。

でも、その先が あるからこそ
『あそこまで 頑張ってみよう』と、
目標を 持つことが できる。

ところが そこまで 到達したときに
『やっと到達できる目標の ここまで これた』と、
満足して その場所に 安住してしまいがちだ。

たとえ 成功しても、その地位に 甘んずることなく
奢ったり、怠慢になることなく

ますます 向上心をもって 頑張らなければ
ならない。

今日、参ってこられた 社長も
先ずは 竿の先を 目指し

そこまで 到達したときには
満足することなく、

更に その 先を 進んで 貰いたい。

それが ご尊父さんの なによりもの
供養に なるだろう。
合掌

【国民総生産 3位の日本人が なぜ 不満が多いの?】


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健康で 孫に囲まれた
楽しい日暮らしを させて 頂いている。
これ以上の [しあわせ}など、有るのだろうか?

GDP (国民総生産) 3位の 日本人の
【こうふく度】が 世界 81位なんだって。

先進国、後進国 全ての なかで 真ん中ぐらいだ。

ビックリしない ?

【まんそく度】のベスト 4は 福祉の充実した
デンマーク、スイエーデンフィンランド
3国が独占し3位は何処の国か忘れた。

日本に おいて 何パーセントの 人が
自分を しあわせと 思い
しあわせで ないと 思っているのだろう?

2008年 6月の データー
満足と 思っている人 61パーセント。
不満足 な 人 35パーセント。

1958年度 ( 昭和 33年 ) の データー
満足と 思っている人 60パーセント。
不満足 な 人 38パーセント。

2008年は 中国に 追い越されたとは いえ
GDP 第三位の 経済大国の 我が国。

1958年は 敗戦 間もない 時で
国民が 路頭に迷った 苦しい時代だった。

その 【しあわせ度】が 同じなのだ。

【冥利に 休す】

名聞 ( 名誉 )、利養 ( お金 )の事。

名誉を 求めることも
次から次へと利潤を求めることも
止めて しまわなければ

しあわせに なることは出来ない。

【貪欲】は三毒 (貪瞋痴) の 1つで
溢れるほど 金銀財宝を 持ちながら
目先に あるものが また欲しい。

赤ちゃんのような 症状だ。
手に入らない時は、
腹を立てる、駄々をこね、膨れっ面をする。

その 貪欲を なくせば しあわせになる。

《如実自知心》

実の如く 自身を しれ。

かつて、第日本帝国は
自分の実力を過信しなければ

開戦も無かったし、敗戦もしなかっただろう。

世の中の 情勢を 熟知していれば
第二次世界大戦は 起こらなかった。

評論家の 先生は そのように 言った。

私たちは 経済的にも 恵まれている。
その 今、感謝をしなければ
一体、何に 感謝するのだ。

何に 不平を
何に 不満を
持つにだろう ?

勿体無い ことだ。

ジジは 健康で 鈴虫の鳴き声を聞きながら
孫に 囲まれて 名月を 見る。

これ以上の しあわせが あろうか。
合掌

【お彼岸は 心を 洗い流す 1週間なのだ】

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お彼岸の 中日に 家族が 揃った。

10月になれば 12月 9日の地鎮祭に むかって
馴れ親しんできた 本堂が とりつぶされる。

今まで 私たちを 見守ってくれた 御礼と
これから 落慶法要に向けて 無魔成就するお願いと

今後も 引き続き、お加護を頂く ため

忙しい中を やり繰りして
全員で 墓と 本堂で お勤めが 出来たのだ。

【暑さ寒さも彼岸まで】

聖徳太子は
【魂を 彼岸に遊び 心を道場につなぐ】と、
彼岸を 心を洗い清める修行の時と
述べられている。

昼と 夜の長さが 全く一緒で
灼熱の 太陽がようやく 去って
秋風が 立ち始めると

暑さ寒さも 中和して 快適な時節となり
私たちの 気持ちも 落ち着きを取り戻して

静かに 自己を見つめ直す ゆとりも出てくる。

太子も『毎日 毎日、仕事に追われて
働くことは まことに結構な事ではあるが

たまには 静かに 自分の心と 姿を
見つめなおすことは

人間として 大事なことだ』と、述べている。

お彼岸は 此岸から 彼岸をにわたる
小さな 小舟と 称し【心の週間】なのだ。

【六波羅蜜】
なんども 勉強したね。

● 布施
ほどこし
●自戒
ルールを まもる
●持戒
恥ずかし目を 偲ぶ
●忍辱
精進努力 する
●禅定
心の 平安
●智慧
正しい 知恵

なんども 勉強したので 簡単に説明したが

お彼岸の 訪れは 単に 時節が移り変わる
というだけでなく、

私たちも 聖徳太子のように
自分自身を見つめ直し 心を 洗い流して

これで良いのか 生き方を 再確認する
1週間でも あるのだ。

子供や 孫たちは、しっかりと
自分の目や脳裏に 焼き付けておかなければ

今度 帰ってきた時は
慣れ 親しんできた 本堂を
目にすることは 二度と無い。
合掌

【そっと 木陰をつくる 人に なろう】

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織田信長は 実質 天下を統一した。

『勇猛で突出した 偉大な 武将』

彼の事を そのように 思っていた。
ところが 見聞すると、素晴らしい
政治家であり 経済家であった。

●内部充実
戦国時代、目線は 外に向いていて
自分の 内部のことなどは、
二の次かと 思っていた。

ところが、攻め出る以前に
内部を 充実させ 部下を育て上げ
そして 我がことのように 可愛がった。

●人脈 づくり
今川義元との戦い、桶狭間の戦いの直後、
親戚 仲間を問わず
大勢の 仲間が 袂を分かち 去っていった。

信長は 人脈づくりの為に【接待】に尽くした。
城も 守る城から 見せる城に かわった。

自分の 影響下の山海の珍味を出し
接待は 人に 丸投げせずに 必ず 自分がした。

客は 信長の 心根に 感謝し
影響下の 余りもの広範囲に 驚愕した。

【天下の 人のために 蔭涼と ならん】

蔭涼とは 焼けるように照りつける
陽射しを遮り、
人々に 涼風をもたらす 木陰のこと。

涼風を 送り 困っている人に
自分の身を 投げ出してでも
木陰を作るような 人になろう。

《一樹の 陰の 雨宿り 一がの流れ 汲むひとは…》

歌にまである
私たちが 必ず実行しなければならない
素晴らしい 教えだ。

人に 木陰をつくるどころか、人を 押しのけてでも
自分が 快適な 木陰に入りたいのが

今の 世の中かも しれない。

自分の 辛苦も厭わず、苦しんでいる人に
そっと 日傘を差し出し
太陽の直射を 遮ってやる。

よのような 【優しさ】と 【強さ】を
私たちは 持ちたいね。

そんな 大慈大悲の 心があれば
みなさんも 【天下統一】できるよ。

合掌

【お互いに 信頼して 自然に 身を寄せ合う】

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『見ての とおり 貧しい婆さんで
大きな ご寄進は させて 貰えませんが

貧者の一灯を ささげます』

本堂建立の 勧進の為に 立ち寄ったお家で
お婆さんは 優しく そういった。

『ありがとう ございます』

ジジは 胸が いっぱいになり
心から 頭を下げた。

お婆さんの 心は 打算がなく
1点の 曇りもなく、微塵の穢れも なかった。

勧進の為に 立ち寄る
お家の決まり文句は こうだ。

『2年後に 本堂が 完成 落慶法要とのこと。
心より 応援していますよ。

大変でしょうが 頑張ってくださいね』

ジジが 門を 出でなば、それはそれで
一件落着なのだ。

ところが お婆さんは 期待するような
大きなことは させて貰えないが
でき得ることは 精一杯 させて頂く というのだ。

きっと、選挙のお願いに あがっても

『先生、心より 応援していますよ。頑張ってくださいね』

と、言いながら 1票も 入れないのでなく
シカジカ コウコウの理由で
今回は、あなたに 入れることは 出来ない。

噛んで含んで 納得させて 帰すだろう。

【流水 無心にして 落花を 送る】

風が 吹いたことによって、落ちてきた花を
川の流れが 当たり前のこととして
下への下へと 流していくこと。

花は、流れに運ばれようとして 落ちた訳でなく
川は 花が落ちるのを 今か今かと
待っていた わけではない。

花は 只、無心に散り、
川は 只、無心に 流れていくだけだ。

主張せず、見返りを求めず

高圧的に 傲慢な心も なければ
へりくだった 卑屈さもない。

お互いに 信頼して 自然に 身を任せ合う。
人と 人との関係も こうありたいものだ。

門を 出てから ジジは
もう一度 深々と 頭を さげた。
合掌

【精一杯 頑張れ! 結果は あとから ついてくる】

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【暑さ寒さも彼岸まで】

快い風が 頬を なでる。
天高く馬肥ゆ 秋。

見上げれば 雲 1つない
取っておきたいような 秋空だ。

『あの頃のジジは 心に 雲 一点の曇りもなく
今日の 大空のように 清々していたなあ』

小豆島の地に 大観音建立を 計画した。
●小豆島の シンボルとして
●観光客 減少の歯止めとして
●小豆島 参拝者の 手を合わせる 仏として

その決意と 信念は 岩よりも、大きく
鉄よりも 硬かった。

落慶法要を 目前にして 人生 数少ない
テレビの 取材を 受けた。

ちょうど 大仏ブームで あちこちに
タケノコが 成長するように 大仏が たった。

打算が 先に立つ 私利私欲の
魂の 入らない 大仏たちだった。

マイクを 私の口元まで ちかずけて
『何の ために 大観音を つくったのですか? 』
『お金儲け ですか? 』

と、ひつこく 聞いた。

『お金儲けでは ありません。

一生懸命 宗教活動を させて頂く だけです。
お賽銭は 私の 宗教活動の 結果を見て

ご本尊様が 与えてくださるでしょう』

突き出された マイクに向かって
若き ジジは そう 答弁している。

《鏡を 磨いて 鏡となす》

有名な 懷譲と 馬利道一との 遣り取りだ。

黙々と 座禅を組んでいる道一に懷譲が聞く。

『なんで 精出して 座禅を組んでいるの ?』
『一刻も 早く 仏として悟りを開きたいから』

すると、懷譲は 瓦を 持ってきて
一心不乱に それを 磨き出した。

それを見て 道一は 懷譲に いう。

『懷譲さん、懷譲さん。
いくら磨いても 瓦は 瓦で

決して 光ることは ありませんよ』

『道一。
お前だって、幾ら 座禅を組んでも
決して 仏さんには なれんだろう。

同じことなんだよ』

そこで 道一は ハッと息を飲むという
ストーリーだ。

結果だけを求め、自分の利益だけを考える
修行なんか 止めてしまいなさい。

しかし 反対から 考えると
瓦を 磨いても決して 光ることがないと
分かって いながら、
1つの物事に 切磋琢磨する

素晴らしい 事だ とも考えられる。

結果は 後で 本尊さんが 出してくれるので
欲得を 考えないで

秋の 雲1つない 晴れ上がった秋晴れのように
心を 清くして
ひたすら 精進しなさい。

そのように 言っているのだ。

快い 秋の陽射しを浴びながら
あの当時の 苦労を回顧する ジジが あった。
合掌

【喜びなさい。白羽の矢を 立ててくれたのだ】

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病弱な ご子息が 横たわっていた。

『部屋に 行って 顔を見てやってください。
法主さまを見て 喜びますよ』

全身を お加持を させて いただいた。
ご子息が ジジを見て 微笑んだように思った。

『私は オブザーバーですが
住職は 本堂再建 横で見ていても大変です。

私も いても立っても居られず
枯木も 山の賑わい、少しでも役にたったらと
ご縁を頼って お尋ねさせて頂きました』

『住職は うちのような 貧家でも
何度か 訪ねてこられましたよ。

一世一代の 大変さが 分かります』

先達 夫婦は 一息ついて 絞り出すように言った。

『ご本尊さんが 17世の 現住職に
本堂を 建て直しなさい
そのように 申しているのですよ。

法主さまの時は まだ ご縁が熟してなかったのです。
住職の 次の住職も 建て直すことは ありません』

そして 横たわっている ご子息を
それこそ 優しい お観音さんのような眼差しで

ご覧になり こう 言われた。

『私たちも この子の 面倒は あんた方に託したよ。
本尊さんが そのように 言われた。

有難い 事だ。
本尊さんに わが 息子と 縁をつないで くれた。

本尊さんに お願いしている 只 1つの お願いは
《この子よりも 僅か 1日…いえ 1時間でも
長生きして 最後まで 看取らせてください》と』

『なぜ、私たちだけに、
こんな試練を与えてくれたのか』と 悲観するのと

『これを 乗り越えるのは、あなたしか 居ないよ。
だから 白羽の矢を あなたに 与えたのだ』

どう 取る方が しあわせなんだろう?

本堂再建は ご本尊さんが 住職に
白羽の矢を お立てに なったのです。

喜ばなくては 』

1つの 物事が 起きる。

それを 或る人は
『世界中 多勢 いる中で なんで 私だけが
なんで、我が家だけが

こんな目に 会わなくてはならならいのだ』と、

悲嘆にくれた嘆き悲しむのと

『本尊さんが たった1人、私だけにご縁をくれ
白羽の矢を 立ててくださった』のだと

捉える人と 人生は 大きな差が出来るね。

これが 【般若心経】空の 心なんだろうな。

思わず ご子息が 立ち上がったような気がした。

忘れかかっていた 【色即是空】【空即是色】を
思い出させて 貰った。

清々しい 気持ちで 外にでた。

気持ちいい 秋の風が ジジの頬を 撫でた。
合掌

【布施行は やすらぎの世界に入る 1歩だ】

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少し 熱があるかも しれない。

海外参拝から 帰国し、
その足で 本堂建立の勧進 お願いにまわり
秋彼岸の法要、水子供養法要と行事が続いた。

ひと段落して ホッとしたんだろうね。

自分でも 気づかずに 首や 肩に 手がいっていた。
ふと 気がつくと その手の上に 手があった。

住職だ。

優しい その手は 長い 長い間、
ジジの 方を ほぐした。

お互いに 1言も 発しない。

『じいさん、いろんなヘルプ ありがとう』
『住職こそ、日夜 ごくろうさま』

声に 発しないけれど、言葉は読み取れる。

マッサージの
気持ちの良さを喜んでいる のではない。
お観音さんのような 大慈大悲の 心に

長い時間、浸っていたかった。

お彼岸には 墓に行き、仏壇に手を合わせるより
【六波羅蜜】を行じなさい という。

住職は 全身全霊をかけて 六波羅蜜の 1つ、
【布施行】を 行っているのだ。

《長者の 万灯よりも 貧者の一灯》

お金持ちの布施よりも 貧者の なけなしの
一灯の方が 有難いという。

●話布施
●身施
●心施
●眼施
●和顔施
●座施
●房舎施

布施とは お金を出すことだけではない。

口で 和ませたり、身体で奉仕したり
持てなしたり、譲り合ったり

その全てが 【布施行】なのだ。

自分だけの 欲望を 満たそうとせず
人を おもいやり お互いに 与え合い

見返りを 期待しないで
苦しみも 喜びも 共に 分かち合う。

布施行とは そんな やすらぎの世界 なのだ。

『もう、秋の お彼岸だなあ』
『それと共に、敬老の日 ですよ』
『……』
合掌

【おはようございます。たった1つの言葉が しあわせをつくる】

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ラオス、ベトナム旅行は 楽しい旅だった。

と、言っても 僅かなメンバーで お参りしても
朝朝の 『おはようございます』さえも

かえってこない ときが ある。

疲れが 溜まっているのか…
何かで 気が立っていたのか…
傲慢な 心が 出たのか…。

取り合わない
拘わらないのが 1番 良いのだが

やはり 非才なわたし、煩悩が わく。

もう 30年 ちかくも なるのだろうか?

一世を風靡した 有名な シンガーと、
2人で インド、ネパールと 旅行した。

まだ知り合って 間もない頃だ。
出発前に 彼はジジに 言った。

『2人きりで 旅をすると
その人の 良きも 悪きも 全部出る。

とくに 海外旅行となると
開放感で 心が大きくなり 自我が 出るものだ。

ああ、この人 嫌な人だなあ と 思ったら
お互いに 付き合うのを やめましょう』

それ以来、30年も お付き合いをしている。

《春在枝頭己十分》

ウグイスは 歌い、梅の花が咲き乱れた
春は 何処に きているのだろう ?

あかざの 杖をついて 彼方此方 遠くまで
探し歩いたが、結局 草臥れて 帰ってきただけだ。

ふと 自分の家の 庭先に 咲いている
梅の枝を手折って 一輪 梅香を 嗅いだが

探し求めていた 春は こんな所まで 来ていたのだ。

空海の 【般若心経秘鍵】にも

【それ 仏法 はるかに あらず
しんちゅうにして すなはち ちかし】と ある。

春 = しあわせ

どこか 特別な ところに 或るわけでなく
私たちの そばで 既に垂木芳香を放っている
事に 気がつかねば ならない。

心の中持ちよう 1つで
求めている 春は 直ぐにでも 手が届くし

心、そこに 無かったなら
いつまで経っても 厳冬の中、

梅の花 1輪、手折ることすら できない。

『おはようございます』
『あっ おはようー』

たった 1つの 言葉が
どんなに 快適な しあわせを 醸し出すのだろう。

合掌


【本音で 語れるような 友人を作ろう】

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『いつまでも 先生 なんて 呼ばないで
シゲちゃんと 言ってよ』

ラオスは ルアンパパーンにある
クアンシーの滝の
エメラルド色の 神秘な滝壺をみながら

先生は 呟いた。

『この滝は 何事にも動ぜず、姿を変えない。
そして 人の心ほどコロコロと変わるものはない。

ディナーショー然りです。

《きゃーっ せんせ~い》と、言っている人ほど
口先三寸、[真理] は どこにもない。

今日は この せんせい、明日は あの先生だ。

芸を 披露しながら
『ああ、あの人 来てくれているな。
忙しいにも 拘らず 《シゲちゃん》を
見にきてくれているんだな』

そう 思うと 涙が 止まりません。
名声や 人気と違って
永遠に離れることがない 心と 心の 結び合い。

その 不動の心は この 滝と全く 同じなんですよ』

《紅炉上 一点の 雪》

真っ赤に 溶けている 炉の上に 雪が 舞い落ちても
降っても 降っても ジュッと 溶けてしまう。

ここの {紅炉]とは 仏心 の喩えで
先生からすれば、未来永劫 変らぬ {真理]の事だ。

{一点の 雪]は、煩悩や 妄想の事で

仏心に目覚め それが 光り輝いていれば
どんな 便脳や 妄想が 湧いても

たちまちに 溶けて
この 瑠璃色をした 紺碧の 滝ぞこのように


それに 引きずられることなく、
永遠に 留まると いうことだ。

『先生なんて 呼ばないで シゲちゃんと 言ってよ』

口先での お付き合いではなく
何でも、言いたいことを 言い合えるような

本音で 付き合いしましょう と、言っているのだ。

ジジは 先生の 手をとって 言った。

『シゲちゃん』
合掌

[心と心が 結びついていたら 言葉は 要らない】

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『ラオスの 大本山は 余りにもありがたく
永遠に 脳裏に焼き付くだろうが

それと 同じくらい 忘れられない
出来事が できたね』

『そうだ そうだ 』

それを 聞いただけで、その場は
大爆笑の 渦と 化す。

メコン川 クルーズを
楽しんでいた時の 出来事だ。

ラオスから 中国に向かって
上流に 船を進めていくと

桂林の 揚子江下りに 出てくる
煙突のように 尖った 山々が姿をみせる。

川の 両サイドに 村々が 点在し
あちこちで 家畜が 放牧されている。

1頭だけ 離れた所で 痩せこけた 牛が
ノンビリと 草を 食んでいた。

参拝者の 1人が
その牛を 撫でさすってやる。

牛も 気持ちが 良かったのか
食むのを 止めて 目を細めて 1なきした。

さて、時も過ぎ その参拝者は
乗船の 時間と 相成った。

ところが どうだ。

牛が 彼の後を 追いかけたのだ。
船に乗るためには 岸から船まで
細くて 長い アブミが 掛かっている。

参拝者が 船内に入ると
牛まで 狭いアブミを 渡りはじめた。

その時だ。

『イット イズ マイ カウ ! 』

持主の おじさんが 大慌てで
『おれの 牛だー。! 』と、飛んできて

事なきを 得たのだ。

《拈華微笑》

釈迦と 弟子の 摩訶迦葉との事で
この言葉が 生まれた。

以心伝心 : 心で持って 心に 伝える

参拝者の 1人は 痩せこけた牛が
本当に 可愛く 可哀想にも思い

ただただ 無心に 頭を 撫でたのだ。

牛が ただ 放牧だけされていて
餌らしい 餌は 与えて貰えないだろう
事を 理解し、

それを 言葉でなく、ただ、微笑みながら
身体を 撫でたのだ。

それを 牛が 見抜き 彼に寄り添ったのだ。

牛が 後を 追ったこと。
タラップを 渡る 牛は 始めて見た。

飼い主が 『俺の 牛だ』との慌てよう。

1つ 1つ 思い出しても 可笑しくなって
つい、吹き出して しまう。

人でも 家畜でも、心と 心が
結びついて いるならば

言葉なんて 要らないんだね。
合掌

【当たり前のことを 当たり前に 受けとめる】

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ラオスも 最後の日
クワンシーの滝と モン族の村を観光した。

9月になり 気温もひと段落したと 思いきや
照りつける 太陽は 流石に 暑い。

昔、2月に ネパールに行ったことが ある。

何と言っても、ガンジス川に 注ぐ
根雪を抱いた ヒマラヤ山脈の麓である。

しかも 日本でも、厳冬の 真冬だ。
オーバーにマフラーと、重装備で挑んだ。

ところが 現地に行ってみると
ポカラの 湖で 日光浴をしながら
大雪を 抱いた ヒマラヤ山脈を見上げるのだ。

ラオスも そうだ。
内陸国で 平均 標高が 200mと 言うので
涼しいと 思い込んでいたのだ。

当地で 地図を見てみると ベトナムの横、
福建省とか 温州といって 中国でも

暖かい 地方より まだ 南にあるのだ。

クワンシーの滝では 観光客で
芋を洗うような 殺到の中で

海外から きた若い人たちが 泳いでいた。

《眼横鼻直》

臨機応変に 当たり前の事を
当たり前に 取らなければ ならない。

仏教の真髄を求めて 中国から帰ってきた
僧侶に『真髄とは 如何に ? 』と尋ねる。

その答が 『眼横鼻 直』
はい、目は 横に並び、
鼻は 縦についていました と、答弁した。

そんな 事は わざわざ
中国まで行かなくても みんな知っている。

しかし、そうして当たり前のことを
当たり前として 受け止め

あるが、あるがままに 心に入れること
それが 仏教の真髄で あると説いた。

【真髄】を求めることは
決して難しい事ではなく

私たちが 日暮をする 当たり前の事に
気づく事である。

暑ければ 位かにすれば、
涼しくできるかを 考え

悲しければ 如何にすれば
悲しみを 和らげることができるか

考えることだ。
合掌

【その日、家族が食べられれば 良いでは ないか】

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深夜 目的地の ラオスの古都
ルアンパパーンに 到着した。

北が 中国、東がベトナム、西がミャンマー
南がタイと 四方に囲まれた内陸国だ。

人口は 626万人と 広大な大国からすれば
人国密度は 極端に 少ない。

その 600万人 少々の人たちが
400の少数民族に 別れて

勿論、ラオス語の他に それぞれの民族の
言葉が あるそうだ。

本山に お参りをする前に お供物を求めるために
市場 に立ち寄った。

簡単なテントは あるものの、殆どが青空市で
蛇に カエル 、にわとりに 川魚、

ありと 凡ゆるののが 店頭に 並んでいる。

その お店には 赤ちゃんを 抱いた おかあさん、
走りあるく 子供たち、

一家 総出で 来ているのだ。

極論をすれば、そんな事も ないのだろうが
客の数よりも 売りての数の方が 多い。

聞いてみると 家族が その日に頂けるだけの
収入が あれば、それで良いのだって。

一家が 今日の しあわせを 喜び合い
感謝しあって 1日をすごさせて 頂くことが最高で

余分に 稼いだり、貯蓄することは
何の意味も ないそうだ。

【行雲流水】

行く雲、流れる水のように 自在に姿を変え
何ごとにも 拘りなく 執着しない心をもつ。

ポッカリ浮かんだ はぐれ雲をみて
あんな風に 何物にも拘らず
自由に 生きれたらいいなと 思う。

朝から 晩まで 計算機で
ノルマ、成長、貯蓄の人生。

辛苦こそあれ、なにが楽しいんだろうね。

その日の ご飯を家族で 食べられたら
いいでは ないか。

それ以上、何を望むのだろう ?

マーケットの のんびりとした
風景を見て そう思う ジジであった。
合掌

【人と 話す時は 必ず 目をみて 話そう】

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メコン川 クルーズを している。

湖のように よどんだ水面は 流れがなく
何方が 上流か下流か分からないが

船は 中国の方向に向かって
進んで いるそうだ。

あちこちの村に 立ち寄り
食堂に入ったり、焼酎の蒸留をみたり
毛織物を みたりの 旅だ。

ある村に 立ち寄る為に 船から降りると
物売りの 少女が待っていた。

10歳ぐらいを リーダーに 三姉妹だ。

何を売っていたか 分からなかったので
通り過ぎて 食堂に入った。

ところがだ。
飲物を 頂いている間も
メインディッシュを頂いている間も

少女の つぶらな瞳は 決して
私たちから はなれない。

『新鮮な 魚が 入ったよー !
はい、いらっしゃい いらっしゃい ! 』

日本の 市場や スーパーマーケットの
情景が 思い出される。

大声で 呼びかけているものの
目は 泳いでいる。

客の 顔を、
いや 客の目を 全く見ては いないのだ。

この 少女のように 突き刺すように
直視されると 心は うごく。

【不雨花猶落】

修行僧が とう。

『アサガオの 花は、露をため
あおぎりの 葉は 秋の装いを つける。

この現実から 如何なる現実が
みえるでしょうか?』

住職が 応える。

『花は 雨に打たれなくても
咲いた時点から 落ちることが分かっている。

柳の 種子は 風のちからを 借りなくても
1人で 何処かに飛んで行く。

それが 自然の【真理】で 無常という。

あなたが 見ているのは、
真理 そのままでないか。

なぜ、 ちゃんと 見ないのですか』

目と 目とが 合えば
互いの気持ちが分かるのが
自然の真理だ。

目が 泳いで 口だけだったら
人の心は 得ることが出来ないのも

自然の 真理だ。

社長が 社員と 経営について検討する時も
教師が 生徒を 教える時も
父が 子供を 諭すときも

相手の 目を見て 話すのも
自然の真理だ。

ジジは 食事が 終わってから
少女から ゲットした事は 言うまでもない。
合掌

【美味しい 正気な言葉を】

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本山に お参りをした。

【一期一会】
袖 擦り合うも 多少の 縁とやら。

管長猊下が 特別な もてなしを してくれた。

《布施》
なんの 代償も考えなくて
隣に いる人に 施しをさせて 頂く。

今回は、反対なのだ。
管長猊下ろり 食事の 接待があり、
甘んじて 受けさせて 頂いた。

管長さんより
『ラオスも日本も 同じ 仏教国、
ラオスと日本とが
1本の 大きな 架け橋に なりますように』と、

垂示を いただいた。

ところが 次の瞬間である。
さて これからと、思いきしや

同行の方から クレームがつき
食事を 拒絶しはじめた。

後で、それらの人から 聞きだしてみると
たまたま 出くわした 食堂の風景と衛生状態が

わたし達の 期待以上に 悪かった。

悪いことは 悪い事として
伝染病のように 広がった。

さて、どうでしょうね ?

●最初から 調理場を 望んで 拒否反応を起こした

●実際は見ては 無いのだが
聞いただけで 無関心を 決め込んだ人。

●なんの無償を 考えなくて
賞味期限は そここそ、いみがあった。

絶対に 食べなく なる人を 見ていて
環境 して 推薦したい。

これかだの 私の 色あせて
無心に 何もかんがえなくて
本人をの 掻きてすら いる。
合掌

【仏の顔のつもりが うっかりすると鬼面だったりして】

『一体 何を不機嫌な顔を しているのです?』

ジジは ビックリした。
どんな時でも仏さんの慈悲 慈眼で接しよう。
自分自身でも 気を付けているし

破顔一笑を 演じていたのだ。
● ● ●

ベトナム共和国に なって初代 大統領、
ホーチーミンの ご遺体が
そのまま 安置されている場所があり

彼と 対面して 大雨の降る中、
ずぶ濡れで 自分の 考えに浸りながら

ガイドさんの 説明を 延々と聞いていた時だ。

『どうして 国が管理し 軍隊が 警護してまで
遺体を 観光人に 見せるのだろう ?

《拝む》のなら、話は分かる。

79歳で 亡くなって 50年も 経つのに
昨日、逝去されたように 生々しかった。
本当に 彼なのか ?

全員がドブネズミのように
ずぶ濡れになって
説明を 聞いているのだが

早く バスに乗せてから 説明はできないのか?

色んな 考えが 錯綜している中で
声を 掛けられたのだ。

ジジは 赤面した。

天使のような 顔をしていると
思っているのは 実は自分だけで

ウッカリしていると 鬼面夜叉の
装いをしているのだろうか ?

ただ 【演じていた】だけで
真実の 笑顔では ない。

そんなのは 【欺瞞】では ないか。

《月落不離天使》

月は 明け方になると 西の空に
沈んで 見えなくなるが

あくる日になると
満月で 半月で 新月で
光は 冴え渡り
或いは 傘を被りは するものの

必ず 顔を だす。

昇っては 沈むことを繰り返し ながら
常に 軌道から 外れることは ない。

水や 月と同じように
私たちも さまざまに 形を変えて
生活をするが 決して

仏の 道から 外れることは 無いのだ。

しかし、ジジの心は
気を ぬいたり 他ごとを考えたりすると

完全に 軌道から 離れるのだ。

人は迷い フラリと 何処かに寄り道をする。
軌道修正が 出切るあいだは

まだ、良しとして
水のように 月のように

真理を求めて 元に 返さねばと 思う。

反省しかりの 素晴らしい
ベトナムは ハノイの 街だった。
合掌

【メコン川は 場所により 色んな色を 魅せた】

メコン川を 下った。

今、渡っている ベトナムは バロン湾 、
3日前にはラオス、数年前の ホーチーミンと、

1本の 川を これで3ヶ所で 見たわけだ。

中国 雲南省を 源流として これだけの
国々を 跨いで流れている川も 少なかろう。

ホーチーミンから 見た メコン川は
愈々 大海に流れ込む 最終点とあって

ブンタウ、ダラッド、ニャチャンの村々にも
活気が あり 男性的魅力に溢れていた。

ラオスでは 上流ということもあり、
水が流れているというより、漂っており

目にする それぞれが 女性的だ。

今、目にしている バロン湾は
少し 目を移せば 海南島、
日本本土も 手を伸ばせば 届くというほど

風土も 慣習も 日本、中国に 近い。

面白いね。
同じ 1本の川で これだけ違うのだ。

《水 至れば 渠(きょ) 成る》

功名の 水 至っては自ら 渠なる。

渠とは 溝のことで 水が流れれば
自然と 渠が できる と言うこと。

源流の せせらぎで流れれば 優しい 渠が
下流の 水は 大きな 雄叫びとともに
大海に 流れ込む。

水は 優柔不断で 容器によって姿を 変え
優れた 人とも そうでない人とも

分け隔てなく 共に流れる。

しかし、優れた 人のところには
大海の 水の如く 押すな押すなと集まるが

そうでない方の 周りには
上流の せせらぎ程しか 寄ってこない。

みんなが 寄ってくるような
慈眼 慈悲の心を 持つことも大切だ。

しかし 自分の 1人だけしかいない
秘境であり源流で あっても

誰にも惑わされず 自分の意思で
自分の 思う方向に 流れ行く

侘び寂びの中に 強い 一本線を 貫いた
そんな 道程を 過ぎねば ならない。


【依頼心をすて 自分のことは自分でしよう】

ラオスに モン族の 村があった。

総人数 1~200人 程のちっちゃな村だ。

ベトナムにも
首なが族、バッチャン族のように
50位の 言葉は 勿論、
文化や 生活週間の 全く違う民族がある。

インドも 背の高い民族とか ターバンを
巻いた民族とか 特徴があれば
民族の違いは分かるが

普通、生活をしているのを垣間見ても
さっぱり 見分けがつかない。

モン族は 高山に 住んでいたのだが
政府の保護で この地に 定住させ

観光村として 自活している。

それにしても 人数の 割合からしても
子供の 比率が 圧倒的に 多い。

そして 7才…10歳…。

年端の いかない いたいけない子供が
観光客が来ると、必死で 物をうるのだ。

そんな 年齢の子供が 日本において、
はたして 只の 1つでも、
土産を 進めることが できるだろうか?

わたしは、彼らに
強い勇気を貰ったような 気がした。

【自灯明】【法灯明】

釈迦入滅の 直前、弟子の1人が涙ながらに
『師が 亡くならてたあと、私たちは一体、
なにを頼りに生きたら良いのですか?』
との、問に

『自らを 灯とし、法を灯とせよ』
と、答えた 有名な 教えだ。

暗やみのなかでも辺りを照らす
光が 無くなったら、どうするか?

進むのか ? 下がるのか ? 立ち往生か?

そんな時は 自分自身を 灯明と思って
前に進みなさい。

わたしが 今まで ずっと説いてきた
法を 拠り所として 進みなさい。

『だれも 私の為に 何もしてくれない』

そんな、依頼心の塊は 捨ててしまいなさい。
もし、足を踏み外したら

誰の せいでもない。
自分の せいなのだ。

しかし、モン族の 子供達は
誰に 教えられるでなく、自分で生きている。

自分の 灯明を 信じ
釈迦の 教えを 信じて。
合掌

【可憐な 花は 人しれず 咲く】

『アッ 大観音だ! 』

同行の方の 大きな声が 機内をつんざいた。
雲と雲の隙間から【小豆島大観音】が見下ろせた。

思わず手を合わせながら、一同は どよめく。

住職が 主催する ベトナム、ラオス
仏教寺院 巡錫旅行の 飛行機の 窓からだ。

太陽の光を浴び 白色の光を放ち
小豆島のシンボルとして威風堂々と 立っている。

その 大観音の上を 通り過ぎる パイロットは
《白い ブッダ の 島》と 云う。

【百花春至為誰開】

春に 一斉に咲き 私たちの心を魅了する野の花も
人しれず、散りゆく花も

意識して 私たちの心を 和まそうとして
咲くのでは ない。

誰のためでなく、ためらいも 不平もなく
誰に知ってもらうでなく

与えられた場所で 精一杯 生き
やがて、人しれず 散って行く。

人間は ああ、あれば良いな、こうなれば良いなと
計らいながら、生きて行く。

花は そんな単純な【計らい】もなく、
ただ その時がきた時、花を 着けるだけなのに
それぞれの 色や形で 山々を 錦に彩り

私たちの目を 慰め 楽しませてくれる。


不平不満や ちっぽけな 計らいに惑わされず
只、無心に 生きることの尊さを知らねばならない。

大観音も 小豆島の シンボルとして
大地に根を根を 張っている。

その観音は ヒョウヒョウと立っているが

困っている人は、いないか?
苦しんで いる人は 居ないか?

寸分の間もなく 慈悲の心の み手を
垂れている。

ジジは 機内で 大観音を 拝んだとき
心しれす 安らぎと 力ずよさを 感じた。
合掌

【知ったかぶりは 小物のすることだ】

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ジジの友人に フォークソングの大スターがいる。

会うと とても謙虚で 頭も 腰も低く
この人が フォークソングの
頂点にたって いたのかと 思うほど

驕った態度は 微塵も みせない。

その 友人は いう。

ヒット曲が 100万枚も売れたときは
まだ 若く 右も左も分からないまま

鼻だけは 上をむいていて
多分、天狗の鼻よりも、高かっただろう。

テレビ局、音楽関係者、諸々のスタッフは
最敬礼して 下にも置かぬ 応対してくれ

道行く人は 千切れるほど 手をふった。

ところが どうだ。

時は 流れ移り 無常の風が 吹いたとき
今まで 深々と 頭を下げていた 人たちは

顔を 突き合わせても 声すらかけるものがなく、
横目で 『だれ ? 』と いう顔で通り過ぎていった。

『ああ、あの華やかな芸能界なんて
一皮 剥いてみれば こんなものだったんだ』

【天国と地獄】【裏と 表】【是と 悲】

そして、再び 大きな ウネリが 押し寄せてきた。
ところが 『だれ ? 』と 横を向いて通っていた
人たちが また、手を揉みだした。

《百不知 百不会》

なにも 知らず、なにも 理解せず

どんな分野の 人でも、その頂点に立つことは
至難の 技である。

しかし、苦労して 身につけた物に囚われ
慢心して 鼻にかけるようでは
本物ではない。

立派になれば なるほど、
有名になれば、なるほど

腰を低く 頭を下げなければならない。

百不知 百不会 とは
悟りをひらいても 頂点にたっても

まるで 役立たずの 人間のように
超然として いなさい

修行や 積み重ねてきた 就学を
知ったかぶりして みせあるいては駄目だ。
そのような 意味だ。

大山 元帥は 作戦本部の リーダーであった。
遠くで 大砲の炸裂音が 聞こえる。

『あの 大砲の 音は 一体、何のおとだ?』

歴史に残る 有名な 言葉だね。

自分の 力や 知識を誇示するのは
小物の すること。

利口ぶったり、知ったかぶりをする人は
只々、鼻持ちならないね。

友人は 二度目の大波の時、付和雷同せず
大山の如く どっしりと 構えたことは
言うまでもない。

合掌

【人の 痛みや苦しみの 分かる人に なれ】

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【小豆島大観音】も 恒例行事で
1日だけの 夏季大学が ある。

高野山の夏季大学は 有名だ。

本家本元の 高野山では 長きに渡り
みんなが知っている 立派な講師が
入れ替わり立ち代わり教壇 にたつ。

今を遡ること 2500年前
【安居会 : あんごえ】といって

インドの 長期にわたる 雨季の間に
【祇園精舎の鐘の音 盛者必衰の…】
で 有名な祇園精舎や 竹林精舎での

勉強会が あった。

インド 中国 (朝鮮をへて)日本へと 三国伝来し
その名残りが 【安居】として続いている。

枯れ木も山の賑わいとジジも何度か
高野山の 【夏季大学】に 参加した。

ところが だ。

余りにも 就学のレベルが 違いすぎて
何を 教えてくれているのか

チンプンカンプンの 授業が ある。

講師は 泡を飛ばして 喋っているのだが
聞く側が サッパリ 分からないのだ。

僧侶である ジジが そうなのだから
一般の お方で 『成る程 ! 』と、

手を 叩く人が いれば、大した人だ。

【和光同塵】という 言葉がある。

自分の 持っている 徳とか 才知を 和らげ
外に 出さないことを いう。

仏さんが 自分の持っている 智慧の光を
和らげて 包み隠し、
私たち 衆生と一緒になって

悩める人たちを 教化し 救済する事を いう。

知ったかぶりをして 知識を 鼻にかけては
駄目だと 言っている。

管長猊下は 元 大学の教授でもあり
学長でも あった。

『管長猊下』と 言わずに つい『先生』と、
言ってしまうほど 気さくな お方だが

私たち 凡人が 納得するように
噛んで 含んで 、
かみ砕き、

平たく 教えてくださる。

『今日の 授業は 専門を就学する 学生でなく
一般の 方が 多く 聞いて いるから
噛んで含んで 教えよう』

そんな事を 分かって 居られるのだね。

同じことを 【和光同塵】は言っている。

《人見て 法 説け》

目の前に いる人に 合わせて
お話を しなさい。

若者には 若者むきの 話を。
男には 男の話を。

病人には 病人に 向けての 話を。

それを 『わたしは 知識が あるだろう』と
相手を考えないで 一方的に
自分の 学識に 自己陶酔して
お話をすることは とても よくない。

観音様のように お地蔵さんのように
私たちの 中に 一般人と 同じように
同じ立場で たち

この 悩みの人には この言葉を。
この苦しみの人には、この良薬を。

人の 痛みや 苦しみの 分かる人に
なりなさい。

みなさんは、どう ?

偉そうに 踏ん反り返って
訳のわからん 難しい言葉を 連呼していない?
合掌

【 人の噂も七十五日、変化するから いいんだね】

130903-1写真

彼方此方の 街で 地蔵盆をやっている。

所謂、お盆の行事の 総仕上げだ。
とうとう 無くなってしまったが

ジジの 幼少の頃は お盆からひき続いて
念仏講の皆さんが 朝から晩まで

念仏を唱えては、子供達に お菓子を
くれていた。

お盆は 住職をはじめ 寺の僧侶で
檀家の精霊さんを供養したが

ジジは 2~3の お家で 手を合わせさせて貰った。

今年 旅立った 檀家総代のお家では
多勢の 子供や 孫たちが 里帰りしていて

笑い声が 家の外まで 聞こえる。

『大きな 悲しみは 癒えたんだね』
なんか、ほっとする 気持ちだ。

次は 亡くなって 既に 月日は経つが
生前中は 大変 世話になった おじさん だ。

誰も いない、
震撼とした中で 夫婦が 居られた。

実は ここに入ろうか ? やめようか ?
躊躇していたのだ。

もっと 新しい 精霊さんで 不義理している
ところは ないか?

しかし、『喉元過ぎれば熱さを忘れる』
ではないが 、世話になった ご恩は
忘れることは できない。

凛とした静寂の中で 鳴くセミの声が
なお一層、暑さを 増す。

仏壇の 前には 真新しい ローソクが 2本、
誰かを 待っているように 立っていた。

『ああ、お参りして 良かった。
もし、わたしが 来れなかったら

この真新しいローソクに 誰が 火を付けただろう』

黄泉の国に旅立った直後、おじさんの 仏壇の前は
子供や 孫たちで 芋を 洗うようだった。

幼い 孫の 1人が 『じいちゃんが 暑いから』と、
仏壇と 位牌に向けて 扇風機を かけた。

……月日は 流れ、
みんな 大きく 成長した。

《まさに 住する所 無うして
その 心を 生ずべし》

般若心経の 【色即是空】で
万物、一切の物は《空》である。

全ての ものは 移り変わり
永遠に 不変なものは なに 1つ ない
と、勉強したね。

私たちの 心も 住む場所も
喜怒哀楽 すべてが 豹変自在に 変化する。

しかし、心が 変化するからこそ
私たちは 悲しみやくるしみから

立ち直ることが できる。

愛しい 愛しい 人との 別れ、
腸が煮えくり返るほど 悔しく 腹立たしいこと。

これは 永遠に 不変だったら 大変だね。

【心を 一つところに とめず
ことに 応じて 自在に 動かすべし】

心が 一ヶ所に 留まっている ということは
【執着心】を 起こしていることだ。

怒りや 悲しみは 勿論、
楽しみや 喜び まで。

喜ぶべきときは 喜び
悲しむときは、悲しむ

あとは 心を 縛らずに 自由に遊ばせておく。
これが 【妄想】を生まない 方法だ。

お盆参りを させて 頂いて
色んな 事を 思い起こすことが できた。

それにしても、蝉の 声が やかましい。

合掌

【大地に根をおろし、ぶれない心を 持て】

小豆島霊場 子安観音寺 本堂再建も
愈々 目に見えて 動きはじめた。

9月に入ると ジジが 生まれ育った
あの 思いで深い本堂が 解体される。

本堂、事務所、応接室。
手塩にかぇた 懐かしい 1つ 1つが
彼方此方に 運び出される。

ただ、2つ 3つ 問題が あるようだ。

鐘楼堂を 仮に 移転するか 庫裏の一部を
取り外さなければ 大型重機は 搬入できない。

境内の 真ん中にある 大きなソテツの木は
切り倒してしまうか 移動しなければ
工事に かかれない。

ジジの 心は 決まっていた。

が、現役の 住職がいて
総代、役員、建設委員のみなさんが
我がことのように 毎日、出寺して

頑張っているのに 部外者のジジが横から
口出しをするのも 差し出がましすぎる。

いくら、卒業生せも
『大切な 1件は 相談が あるだろう』と、
たかを 括っていたのだ。

ところが 住職の報告で
『総代や 委員さんの 賛成多数で 民意を得て
既に 大きなソテツの木は切り倒してしまいました』
と、聞いた。

『ありゃありゃ !しまった はやまった 』
地団駄を踏んでも もう 元には帰らない。

後の祭りだった。

『ああ…。いくら 民意を反映しても
善意の 集まりであろうが、

是は是 否は否と
言わなければならないことは
言わなければ ならなかった』

と、反省すること しかりだった。

【 随処に 主となれば、立処 皆 真なり】

勘違えては いけないのは
いつでも、どこでも、

自分が 主役や リーダーになれと
言っているのではない。

何処にあっても 真実の自分を見失わず

周りに 振りまわされることなく
信念に基ずいて 行動しなさい。

そうすれば どんな 環境にいようと
大地に 大きな根を 張ることができる。

今の 日本のように
外から ちょっと 圧力がかかっただけで
心は 右往左往。
定まる ところを 知らない。

どんな 時でも 《寸分も ブレない心を持つ》
ことが 大切である。

政治を 見ていても、よく分かるだろう。

あっちにブレ、こっちに ブレしたら
そんな 政党は 誰からも認めて貰えない。

言うことは いって
それを 心から 納得させ 理解させ

信念は 大黒柱のように
少しも ブレては いけないのだ。

私たちの 心が 邪心があるから揺れるので

執着心のない 無心であれば
人は 理解を示し 納得も してくれる。
合掌

【自分のことは自分で しましょう】

男女平等という 言葉を聞いて 久しい

キャリアウーマンも 大勢 居られ
職場も 給料、立場も 全て平等と

男性よりも 能力の高い 女性も 多い。

ジジが ちょうど 高野山の 本山布教師に
なりたての頃に 法話の材料として
こんな 話を聞いた。


若き ママが パパに 言う。

『あなた、最近 男女平等 雇用法ってできたワ。
わたしも パートに出なくては ならならないし

何もかも 全て 半分ずつに しましょう』

『いいよ』

『洗濯に お掃除、お風呂洗い、
調理から 皿洗いまで

全て 半々で やるのよ』

『いいよ』

そして パパが 付け加えた。

『アッ ! 今から トイレに行くのだが
半分 しておくから 後で 半分

しておいて おくれ』

【他は これ 吾に あらず】

自分は 自分、人は 人 というような
自己中心的な 意味ではなく

自分のことは自分で しなければならない
と、いうことだ。

今、自分は 何を 1番にやらなければ
ならないかは、自分が 1番 よく知っている。

人の 助言や 忠告は 有難いが
一旦 やると決めたら

最後まで やり通す 実行力が
大切では ないだろうか !?

そして、自分が 今 何をすれば 隣りにいる人は、
喜んで くれるだろうか?

社長室に座っていて、タバコをふかしながら
命令だけしていては 駄目だよ。
合掌
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