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【瞋恚とは 殺人鬼であり その行為は 地獄絵図だ】

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ニュースを 知って驚愕した。

京都 綾部市の 河川敷で 34歳の 父親が
2歳になる 長男を 叩きつけて 殺害した。

男児の 右足首も 鋭利な 刃物で
切断されて いたらしい。

心の 病気を持っていようが なかろうが
この父親を殺人鬼といい この状況を
地獄絵図と 呼ばなかったら
1体 なにを そう 言うんだろう。

ジジに 孫が いる。

保育園の まごは
『大きな 栗の 木のしたで ♫』と
歌いながら 振付まで 覚えた。

4歳の 孫は 絵を書くのが 好きで
『案ずるより産むが易し』とか
『論より証拠』
お姉ちゃんに 負けず劣らず 頑張っている。

幼稚園の 孫は 学校の勉強は もとより
英会話、ピアノ 水泳、
いろんな 物に 挑戦を している。

小学校の 孫は 勉強も 頑張っているし
走るのが 圧倒的に はやい。
今、ダンスに 夢中だ。

どの 孫を見ても 一挙一動が可愛らしく
強く 抱きしめたいし 頬ずりも したい。

親が 我が子を 殺すなんて
どんな 神経をしているのだろう。

釈迦の 言葉が ある。

【嫌で 嫌で ならぬ 人や
怨敵からの 仕打ちが どれほど強くても
邪 ( よこしま) な心がもたらす害には及ばない】

私たちは 嫌いな人や 怨敵にたいして
自分でも 想像できない 仕打ちを
してしまうことがある。

それは 三毒の中でも 1番 してはならぬ
【瞋恚】の 心からくる
怒り 憎しみ 暴力なのである。

正しくない 邪心が 芽生え始めると
お坊さんは よく【結界】という 言葉をつかうが

心の中は 密厳国土 澄み切った楽園にし
その結界から ユートピアのなかに
悪魔が 入り込まないように

心を 強く 持たねば ならない。

いつも 自分で 自分の心を 常に 見つめ
自己管理をする 必要が ある。

ジジは 目に入れても 痛くない
孫たちに 囲まれ 孫たちと 共に

殺人鬼によって 投げ殺された 児童に
哀悼の意を 表する。

南無大師遍照金剛
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【人に 迷惑をかけるような事は やめようね】

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『ひょっとしたら 私の家の苦情かもしれない』

娘が 深刻な 顔で言った。

家族は 都会の マンション暮らしだ。
その 掲示板に 【うるさい】と 貼り紙がでた。

聞くところによれば 先日、
子供達の 友人や 父兄が 10人ぐらい集まり
その時に あまりもの 楽しさに 興奮し
つい、羽目を外したのかも しれない。

ジジも 【歩く マシーン】で 30分 歩いて
下の 階の方に
こっぴどく 叱られた 事がある。

『小豆島の 寺ならば 四股を踏んでも
誰からも 苦情は こないのだけどね』

『でも、人に 迷惑をかけたら いけないね』

釈迦の 言葉がある。

【水路を作る人は 水を導き
矢を 作る人は 矢を 調え
大工は 木を 調え

善を 行う人は 自己を 整える】

水は 水路を伝って
田畑に流れ込むことによって 役目を果たす。

枝は 真っ直ぐに 整えれば 矢になるし
木も 用途によって 加工すれば
それに そった 役割をする。

そのままでは
何の役にも 立たないものでも
少し 手を加えることによって
多くの人が 喜んで 利用できるようになる。

人間の 心も 同じ。

放っておくと 三毒( 貪瞋痴)にて
貪欲になったり 何でもない事で 怒ったり
放漫 怠惰な 生活に流されてしまう。

1日に 1度は 自己反省をして
良かった点は もっと努力をし
悪かった 点は 改めるように
務めねば ならない。

この例文は 社員や 弟子は
良い 指導をすれば メキメキ実力を発揮するが
放っておくと なんの役にも立たないまま
埋れてしまうと いう ことも いえるね。

家族で ポツリと 言い合っている
声が聞こえた。

『済んだことは 致し方ない。
でも、人に 迷惑の かかるような事は
これからは やめようね』

ジジの 心も 秋晴れの 澄み切った空のように
晴れ渡って いた。

【私たちは 知らぬうちに 人に 傷つけている】

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『天高く 馬肥ゆる 秋
今日も 素晴らしい 秋晴れで
取っておきたいような お天気だね』

『小豆島 寒霞渓の モミジも
そろそろ 紅葉するでしょうね』

暑くもなく 寒くもなく あたかも
春の 小春日和のような 縁側で
子供達と 話す。

『モミジと言えば 昨年は 忙しい中、
京都の【貴船神社】まで 紅葉見物に
連れて いってくれたね』

『モミジに 限らず 折角の 花を手折って
持ってかえるような マナー違反を
平気で するような国が あるそうです』

『美しい 花は 是非とも
自分の 満足のために 自分のものにしたい。
出来れば 1人じめに ……ですよね』

釈迦の 言葉が ある。

【蜂は 花の色も 香りも 損こなわずに
蜜を とって 飛び去る】

ああ 綺麗だ。持ってかえって
わたしの お部屋に 飾ろう。

持って帰った 花は 色も 香りも失い
やがては 萎れて しまう。

自分だけの 満足のために
花に 傷を つけるのだ。

それに 比べ 蜂は あちこちの 花から
蜜を すうが 吸ったからといって
傷つく 草花は 1本も ない。

わたしたちは このように
自己を 満足させる事に 夢中になり
他の人が傷つくのに 気づかない事がある。

それよりも 与えられたものに
満足して 草も 木も 心があり
命があると 教えられてきた 草木にも

仏さんの 真心
【慈悲の心】【思いやりの心】を
持って 接してもらいたい。

そんな 心を持った 人は
きっと 家庭でも 地域でも 会社でも
思いやりのある 心根の優しい
人で あろう。

突然 娘が 言った。

『ジジ、昨年 貴船神社に行ったのは
モミジの 頃ではなく 夏だったよ。

だって【 涼 】を 求めて
神社に お参りを したのだから』

『え… えっー! 』
合掌

【物事は 長引けば 長引くほど 溝が深まる)

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『人間、歳をとるのに
可愛い 取りかたと 悪いとりかたがあるね』

友人が 寺に来られた時の 出し合いばなしだ。

『あの奥さんは 現役の頃は側によるのも
怖かったくらい シッカリして居たが
年を取り 少し 忘れっぽくなってからは
童女に かえったようだ』

『ご主人も 10歳ぐらいの子供に
話しかけるようで 見ていても 微笑ましい』

『お元気な頃よりも 真の友達ってのか
ご自宅への 出入りも 多いみたいだ』

四方山話だから 話は あちこちだ。
友人が いう。

『ときに あの人は 最近、来られて いる? 』

『いや、5年前に 晉山式を 済ませ
新しい 住職が誕生し
それでも 何年かは 顔を出していたのだが

本堂 再建ばなしが 進んでからは
さっぱり 顔を 出さなくなった』

『寺のことで 会議を開いていても
あのひとは
年寄りはどこだ 年寄りを だせ !
と言うね』

『住職は 世代交代したのだから
わたしは 顔をだす 気持ちは ないね。

私が顔を だせば
住職は 自分の発言を言わないだろうし
それでは 成長しない』

『私たちが 寺の事で頑張っていたころ
住職は 子供だった。

住職ごときになにが 出来るか、
私たちのころは こうだったと言う
慢心が 足がとうのいた 1つだろう』

『どちらにしても 好い事では ないね。
5年前に あれ? おかしいな ?と思った時、
修復をしていれば 良かったのだが

5年も経つと 溝は 余計に深まっている』

釈迦も言う。

【悪事は 搾りたての 牛乳のような もの
すぐに 熟し 固まらない】

釈迦は 悪事の例をあげ 教えてくれるが
この件は
【物事は】と、置きかえたほうが よい。

私たちが 悪事を働くと 必ず報いが くる。

しかし 搾りたての 乳が 直ぐには
固まらないように その報いが現れるまで
ゆっくり ゆっくり 時間が かかる。

本堂が 焼けた時、
布団の綿についた火は水をかけても かけても
ブスブスと 燻り アッと 気がつけば
再び メラメラと 燃え続けた。

知らず知らず やっていた小さな 悪事が
気がつけば 手のつけようのない
大きな 悪事( 大火) になるのだ。

小さな 悪事って ガン細胞のようだね。
はやく 悪の根を 断ち切らなければ
取り返しが つかないことに なる。

『もっと 早い時点で 人間関係を
修復をしておくべきだったね』

『今からでも 遅く ないよ。
住職のためにも 早い方が いいね』

『そうだね。
そして 私たちも
可愛い 年の 取り方を したいね』

合掌

【坊さんである 私も 座敷芸者だ)

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『娘さんも お腹のお孫さんも 順調ですよ』

突然に 現れ 笑顔で話しかけられた 先生に
ジジは 掛けていた 椅子から飛び上がり
最敬礼して 結果をきいた。

今月のはじめに 【小豆島霊場 子安観音寺】にて
着帯し 安産の祈祷をした
娘の 検診の日で 用のない
ジジが 右代表で 付き添いで 行ったのだ。

先生は 先日まで 大学病院の 副院長をして居て
定年退職を 期に、ご長男の 個人病院に移られ
大学病院と 個人病院にを 行ったり来たりしている。

副院長の 時代から 可愛がって頂いているが
医者の 1言は 有頂天になったり
落ち込んだり する。

別に 私の 尊敬している 先生が いる。

学長を 経て 今、
理事長として 君臨しておられる 名医だ。

その方が 学長に就任するときに
言われた 言葉が 忘れられない。

『今までは 医者として 患者を 診て
心の ケアを していたら 良かったのだが
これからは 経営学を 勉強しなければ
ならない。

所謂、病院も 仕事(商売)の1つとして
考えなければ ならない。

健康になり 心が 豊かに笑顔で 退院し
ああ、この病院は 良かった
何かのときは 是非 ここに お願いしよう

そんな リピーターのつく 大学病院作りは
どこを どう 改革しなければ ならないか
頭を 捻っている』

それには 問診の時から 患者目線で
患者 1人 1人に 挨拶する 話しかける
しんな 単純な ことから 始めたようだ。

実際、その病院は 経営も黒字に転じ
今回、建て直すそうだ。

寺の 本山でも 同じことだね。

お坊さんが 沢山いるから 私 1人ぐらい
気を抜いても 参拝者は 分からないだろう。
…ところが お参りの方は
鋭く 無抜かれて いる。

本山でも そうだから 自坊に帰ると
余計に しっかりしなくては ならない。

葬式や 法事のお願いに 来られたときに
心から 満足して 帰ってもらわなければ
ならない。

医者や お寺さんに 限ったことでは ない。
実生活している 皆さんでも 同じことだ。

【長着物】

芸者さんと 同じで お坊さんも
長着物を 着ている。

袖すり合うも 他生の縁とやら

芸者さんは 来られたかたの
心を ほくし 1日の 疲れを癒すのが 仕事だ。

僧侶も 【大慈大悲】の 心で
頼ってこられた 人の 気持ちをくみ

その 悩み 悲しみ 苦しみを的確に 捉えて
【抜苦与楽】
苦を抜き 楽を 与えてあげなければ ならない。

お父さん先生の 心のケアに 感激して
立ち尽くしている ジジの 横を
息子先生が 影のごとく スーと
通り抜けて いった。

『あ、せんせい こんにちワ』

きっと、ジジの 声は 届かなかっただろうね。
合掌

【我が心は ちょっとしたことに ざわめき 動揺する】

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本堂の 大屋根は すっかり姿を消し
今、奥殿の 屋根瓦が 1枚づつ 解体されている。

先代が 生涯の仕事として 立ち上げた 本堂。
いろんな、思い出が 凝縮されている 本堂。

それが 視野から 永遠に消え去るのだ。
悲しむな と言えば 無理があり
動揺するなと 言っても 心は 乱れがちだ。

播州路を 歩いていて 夫婦の話を 聞いた。

『私たちの命は 勝手に生きているのではない。
仏様に 護られ 生かされて いるのです』

86歳の 主人のほうが シミジミという。

『志願して 第二次世界大戦に 入隊したが
配置が 決まったのは 潜水艦でした。

今でこそ バチスカーフだの なんだのって
花形ですけれど 開戦中は
潜水艦といったら ゼロ戦の突撃隊と一緒で
死ににいくような ものでした。

志願で 入隊したので 年齢が 若く
海兵隊 1員として 軍隊にはいたのですが
とうとう 終戦まで 潜水することは無かった。

終戦を 迎え 涙とともに
天皇陛下の お言葉を 聞いたとき

心の底から ああ ご本尊様に 護って頂いた。
生かされたのだと 実感しました。

1度は 死んだ この 身体。
なにが あろうと 起きようと
動揺せず 平常心で 堂々と生き抜こうと
決心したのです』

奥さんも いう。

『わたしは 胃を 三分の二で よろしいと、
言われていたのですが
手術の 際に 全摘して しまいました。

闇に 奈落の底に 堕とされたようで
悶々とした 日を 送りました。

そんな時に 先達に 進められて
昔から 信仰をしていた
【小豆島霊場 恵門ノ不動】に参拝しました。

先達は 今の あなたの体力では
とてもでは ないが 本堂まで辿り着けない、
私が かわって お参りをしてくるから
ここに 残っていなさい との 事でした。

それでも 折角 小豆島の 聖地まで 踏んでいる。
一身を 捨身が岳から 飛び降りたような気持ちで
時間を かけ 1歩 1歩と のばりました。

本堂に 辿り着き 護摩の火に あって
【病気平癒】の 祈祷をすませると

そこの 僧侶が とうとう お陰を 貰いましたね
と、肩を 優しく 撫でてくれなした。

そして 5年、わたしは こうして 元気です。
動揺して 投げやりになっては
決して 生かされて ないと 思います』

釈迦も 諭す。

【心は ざわめき 動揺し、
守ることも 制することも むつかしい

真理を 知る人は これを 正す
弓師が 矢を 直すように】

わたしたちの 心は ちょっとしたことで
動揺する 不安定で 弱いものだ。

強く決意したものも あくる日には
あっさりと 破って 元の 木阿弥になってしまう。

そんな 心では 楽な方ばかりの道を
選んでしまい 怠惰な一生を 送ってしまう。

真理を 追求しようと する人は
何にも 動ぜず、決意を 岩のごとく 変えず

心を 制し、正しくするように
務めなければ ならない。

本堂が 無くなった 建立されたと
ジジの ように 一喜一憂していたのでは
【真理】を 追求することも できず

ロウソクの 炎のように
風向きによって あちこちに
揺れ歩く 心のまま 生涯を 事になる。
合掌

【あれもこれも 自分のものと思うから 執着する】

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『わたしは 91歳 ! 』

『私は 80歳』


本堂の勧進帳をもって 播州路を歩く中
陽だまりの 良い 縁側で 2人の
老婆が 笑顔で 話していた。

『で、本堂の 完成は いつですか? 』
80歳が 聞く。

『再来年の 秋です』

暫くして 80歳が 聞く。
『落慶方法は いつですか? 』

『再来年の 秋です』

3度目に 80歳が 聞いたとき 91歳が 答えた。

『再来年の 秋だとよ 』

2人は スケさん カクさん 名コンビで
大勢の 遍路を引導しては 島 八十八ケ所を
巡った。

91歳が 80歳に 聞こえないように
私に いう。

『あの子は ちょっと 忘れっぽく なってな。
わたしが ついて居て やらなければ
どうにも ならん』

暫くして 80歳が 91歳に 聞こえないように 言う。

『若い頃は 矍鑠としていたけれど
91歳、よる歳には 勝てない。
ちょっと、ボケが きているから
私が 毎日のように 顔を見に くるんですよ』

91歳が いう。

『本堂の 寄付か ?
させて もらうで。
この歳になって 欲も 得も ない。
なんぼ のこしたかて
あの世までは 持っていけんからなあ』

『そやそや 病気になったり
死んでしもうたら
向こうに 行ってから 悔いが残るからな』

釈迦も 教える。

【これは 自分の 子供だ、財産だと 考えて
愚かな人は 悩み苦しむ 】

親は 子供の 成績が 悪かったり
自分の 思いどうりに ならなかったら
腹を立てたり 悩んだり する。

家を 失ったり 財産を無くすことに
異常なほどの 恐怖心を もつ。

これは 我が子にしても 地位、財産にしても
《これは 私ものも》と
猿が 桃を 抱えているように

余りにもの 執着心から くる
心の 乱れなのだ。

諸行は 無情にして 森羅万象
世界中の 全てのものが 永遠に
元の 形で あり続けるものは
なに 1つ ない。

老 病 死 財産、地位、名誉、
そして 私たちの 心までも
1秒まえの 心と 今とは 違う。

死にたくない。
財産は 手放したく ない。
愛しているわと 誓い合った 我が心も
永遠に 不変なみのと 執着するから

私たちの 心は ゆれ
苦しいのだ。

2人の 老婆は 元から ない
カゲロウのような 物を

あたかも 自分のものと 勘違いして
無くなることに 執着する。

そんな 執着の 心をすて
ご浄財を 本堂に 寄進すると いうのだ。

有難く 頂戴して お家を出ようとした時
91歳の ヒソヒソ話が 聞こえてきた。

『……して、あの お坊さんは 誰 ? 』

『…… さあ ?…』
合掌

【これぐらいだと 大丈夫だと いう悪事、慎もうね)

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子供達が イギリスや フランスで
勉強していたころ ジジも 何度か顔をだした。

20年前と言ったら 子供達に 叱られるが
ヨーロッパに お邪魔して 余程になる。

色んな 楽しい思い出は 大方 忘れたが
只 1つ、恥ずかしくも 忘れられない事がある。

イギリスで エンジェルという 田舎町まで行って
骨董品を 見てまわったり
マイセンの お店に 3日間も 通って
結局 求めることが できなかったり

持ちきれない位の 思い出を トランクにいれて
愈々 帰路に つくために
ヒースロー空港に ついた。

空港は 思わぬ 人出で 恰も 芋を洗うが如くだ。
最初は 列の 最後尾について 出国手続きを
待っていた。

『おとうさん、
急がなければ とっても間に合わないですよ』

時間を みれば 確かに フライトの時間に
間に合わない。
失敬して 列を崩し 前に前にと 進んだ。

と、その時、後ろから 声がした。

『まちなさい ! 』

背の高い 細面の 20歳前後の 青年だった。

『ルールを 守りなさいよ。
みーんな これらの人は ルールを守っている。
守ってないのは あなただけだ。

中国人か ? 』

『いや、日本人です』

くだらん事だが まだ その頃は円も 強く
中国よりも 日本と 言いたい時代だ。

『ルールを 守るのは 当然ですが
フライトの 時間に 間に合わないのです』

それに 青年は ピシャリと 打って返した。

『わたしの 切符を 見てみろ。
君が 乗る 北回りの 日本行きよりも
僕の 乗る 飛行機の方が 早い。

ここに 居る人たちは 全員 そうだ』

若き ジジは 一言もなく
真っ赤な 顔で 列に 並んだ。

釈迦の 教えが ある。

【しっかり ふいた屋根が 雨漏りしないように
よく 修行した心には 欲は 入り込まない】

安普請や いい加減に 作られた屋根からは
陽が射し 雨漏りが 絶えないが

基礎から しっかりと 作られた屋根から
雨が漏れることは 絶対に ない。

心も 同じだ。

イケイケどんどんで 自分の 思うがまま
行動する 未熟な 心は

簡単に 屋根が抜けてしまい
身体全体に 大雨が 降り注ぐ。

迷いから 脱して 自己を 高めようと
日々 努力している人は

つまらない 欲に とらわれて
自分を 見失い ルールを 破るというような
軽はずみな 行動は 取らないであろう。

私たちも よく あるね。

悪いことは 分かっているのだが
『これぐらいなら いいだろう 』って
行う 悪事。

お互いに 慎もうね。
屋根が 抜けてしまっては 大変だ。

【ヒースロー空港】

やがて 何時発、何便の 日本行きの
お客さま……と、空港 アナウンスが 流れた。

合掌

【回向とは ぐるりと 回して 還元することだ】

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台風の 余波の中、播州路を 歩いている。

仏壇の お勤めがおわって
ひと段落 ついて居た 時だった。

子供さんが 今まで拝んでいた 仏壇に
走ってきて お菓子を お供えした後、
チーンと 鐘 ( リン ) を 鳴らした。

男の子が お供えを したあとで
紅葉のような 両手を 合わせ
『アン』と言って いる。

『お孫さん、おいくつですか?』

圧倒されながら ジジは 聞く。

『孫でなく ひ孫なんですよ。
1歳と 2ヶ月に なります。

おやつを 頂くと
おじいさんに 食べて貰うのだと
1番に 仏壇に お供えします。

『素晴らしい 事ですね。
それにしても 1歳 2ヶ月とは 背が高い』

『このお家は 柔道一家で
みんな 身体が 大きいです』

私たちの 周りを 見渡しても
あの人も この人も

欲の皮が 突っ張っていて
取り込んだら最後、絶対に 出したくない
人が 多い。

布施の 事を 【喜捨】という。
苦渋の 顔を作り 渋々 差し出すのではなく

なんの 見返りも 考えないで
[喜んで 捨てる]と いうのだ。

しかも 2歳にも ならない
いたいけない 子供が…。

【慈悲】と【智慧】の 光を
煌々と 光放っている 後ろ姿を
そっと 手を合わせた。

【回向】という 言葉が ある。

ご仏壇に むかって 四季に咲き誇っている
色とりどりの 花を お供えし。

新しい お茶や お水を 取り替え
お物販を お供えし

お線香を 立てて 香りを 楽しんでもらう。

本尊さんや 先祖さん は
それらの 1つ 1つを 喜び
心から 頂いて くれる。

『全て 美味しく 頂きました。
これらは 全て あなた方に あげるから
心より 頂きなさい』

仏壇を よく見てください。
お供えした 花であろうが 饅頭であろうが
お茶であろうが 線香で あろうが

全て 前を向かずに 私たちの方を
向いている。

鳥が 両羽を広げて 【大事な 卵】、
欲や 財産を 大切に 抱えている中、

1歳 2ヶ月の 子供が 布施をし、
その 布施に対して
本尊や 先祖は 回向、グルリと回して
私たちに 分け与えて くれるのだ。

お孫さんは 『アン アン』したあと
その お菓子を とっ
大急ぎで 飛んで行って しまった。
合掌

【人の笑顔を みて わたしも しあわせになる】

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『ほら 大屋根が 落ちるよ。
両眼を 見開いて 目に 焼き付けなさい! 』

サイレンの音が 延々と 鳴り響き
村の人たちの 怒号が 飛び交う 猛火の中、
両親の 声が 聞こえた。

ドーン !!

天まで登るのかと 思われていた
燃え盛る火が 轟音とともに 崩れ落ちた。

真昼の ような 明るさが
元の 暗闇に もどった。

『大屋根が 落ちたゾー ! 』

暗闇の中を 悲鳴と 怒号が 飛び交う。

先代、私の 両親にとって 3度目の 火事だ。

建っては焼け 建っては焼けした
本堂が 今、焼け落ちた。

身を粉にして 檀家と信徒で 立ち上げた
本堂が またしても 目の前から 消えた。

流石に 檀家も 信者も 手を上げた状態で
3度目の 本堂を 立ち上げた 両親の
心痛を 思うと つい 目頭が 熱くなる。

1代で あの 威風堂々とした 本堂を
3度も建立した 人が 多く いるだろうか?

両親の 集大成とも 思われる
【大屋根】が 今、取り壊された。

【大屋根】

灼熱の太陽が 照りつける炎天下でも
寒風 吹きすさぶ 厳冬の 中でも

常に 大屋根として 建物の 中心部を覆い
全ての 物を 庇護してきた。

所謂、大黒柱だ。

【慈しみの 心を持ち 仏の教えを信ずる者は
必ず 安らぎを 得ることが できる】

慈しみの 心とは 自分を 犠牲にしてでも
人の しあわせや 喜びを 願う心だ。

時には そのために 逆恨みされ
悲しい 思いを することも あるだろう。

しあわせの 原点は
自分が しあわせになるのでは ない。

人を 庇護し、護り、助けあげ
その 喜んだ 姿を見て
はじめて 自分の しあわせを 掴むことができる。

自分の しあわせは 周りの人たちの
しあわせ なくして あり得ないのだ。

この 大屋根のように。

そして その 大屋根も あっと言う間に
視界から 永遠に 消え去ってしまった。

『ほら 大屋根が 落ちるよ。
両眼を 見開いて 目に 焼き付けなさい』

先代の 声が 耳元で した。
合掌

【自分 1人の しあわせは ちっぽけな ものだ】

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『今 団体長が来られて
「うちの 団( 遍路団体) を潰すのか」と
カンカンに 怒って 帰られました』

『本堂再建の 寄附勧進に回らせて頂き
心から 喜んでくれる方と
激怒する 方とが いる』

取り潰される 本堂を 見ながら
ジジと 住職の 会話だ。

『遍路団体に お願いに あがれば
本堂は 檀家のものだから 檀家で 建てろって』

『檀家の皆さんに お願いすると
あれは 坊さん 個人の ものだからって…』

『残念だねえ。
僧侶が 3代 入れ替わったら
誰が 本堂を建てたのか 誰も分からなくなる』

『そして 子供や 孫たちが
僧侶に なることを 拒んだとき、
全く 関係ない 住職が 後住として 入ってくる』

『宗教法人って 個人のものでは ないのにね』

『先代に こんな 話を聞いたことがある』

ジジの まだ 若かった頃、老僧が
『檀家の みなさんが もっと
【寺は 私たちの ものだ】と理解してくてたら』

ジミジミ 聞かせて貰ったのを 思い出す。

檀家の 何なの用で 寺に来た時の 話だ。
ちょうど、老僧は 境内の掃除を していた。

『あなたも 境内の草の 1本も 抜いたらどうだ』

当然、ヘイヘイと 横に座って 手伝うとは
思わなかったが 受け答えに ビックリした。

『用が あって 寺に きたんですよ。
掃除は あなたが やったら いいでは ありませんか』

その 1言に 大変 寂しい思いを した。

せっかく お檀家の 1人なのに あたかも
自分は よそ者で あるかのように 振る舞う。

本堂も 庫裏も 境内も お寺の 全てが
【私たちの もの】と 自覚をすれば
寺に 愛着が湧き 寺の 更なる 発展の為、

美化にも 気をつけるだろう。

車から タバコの ポイ捨てを 目にするが
まさか 自分の 部屋のなかでは しないだろう。

自分の 部屋、自分の自動車さえ 美しかったら
良いという 考えは 貧しく
ちっぽけな 欲 ( 小欲 )である。

この 街、この国、この世界の全てが
私たちの ものと 自覚をし
世にため 人のために 尽くしたとき、

どれだけ 心が 豊かに なるだろう。

私だけの しあわせ という【欲】でなくて
世の中の 人 みんなの しあわせという
【大欲】という。

自分 1人のしあわせは どれだけ
素晴らしく 大きな しあわせでも
自分 1人だけの しあわせ だ。

世界中の 全てのかたの しあわせを
思う心は 無辺に 大きく
その 心は 空よりも 高く 海よりも深い。

『老僧は そんな事を 仰って いたなあ』

『素晴らしい 言葉ですね。
そして 檀家の 皆さんも
寺は 坊さんの もんだと 投げつけるような事を
言わないで 自分の 寺を 自分たちで 建てる。

旗振りは お坊さんが するんだ。
そんな 気持ちに なって 貰いたいですね』

『本当だね』

2人の 目の前で 本堂は 音を立てて
崩れて いく。
合掌

【物事は ずっと続ける事は 難しい】

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なんでも【続ける】ことは 難しいことだ。

今日は 信徒団体が 恒例の【小豆島大観音】の
草刈りに 多勢 ご出仕 くださった。

大観音の 3万本の【芝桜】を 我が事として
面倒をみてくれている 友人が
大阪から 来られた。

【村垣】の墓が 高松の バーガ池という
所にある。

そもそも 高松藩士で 明治維新で
祖父が子安観音寺の 弟子になったことが
小豆島との 始めての 縁だ。

この写真は 乳母だった コミノさんに
高松藩の 殿様から 頂いた お墓だ。

当然、高松には 本家が おられて
ジジなどが 小豆島から のこのこ
拝みに いく必要など ないのだが。

高松に 用事がある時は 必ず 足を延ばす。

奈良 薬師寺の 前の管長猊下
髙田好胤 僧正も よく このように 言われた。

西洋では 仏壇の事を 【小さな お寺】という。
小さな お寺に 手を合わせ
喜びも 悲しみも 聞いてもらいなさい。

えっ マンションは 狭くて
仏壇を置く場所がない ?

そんな ことは ないはずだ。
ふわふわの ベッドが 部屋を 占領し
家の 創りに 合わぬ 大きなテレビを 置き

弾きもしない ピアノが 居り場所を占領している。
これを 処分すれば 仏壇くらい
いくらでも 入るでは ありませんか。

『弾きもしない ピアノ』
で 聴衆は ドッと 笑う。

でも、ここは 笑う 場面では ない。
やり始めると 続けなければ ならないのだ。

お仕事 しかり
習い事 しかり
何事も しか

それが 人間の 【信用度】に繋がってくる。

『あの人に お願いしたのだから
絶対に やり遂げてくれる。
任せられる』

『あの人に お願いしたのだが 不安で仕方がない。
また 何時ものように 棒を おるのでは ?』

同じ人間でも えらい 違いだね。

でも 何にしても 本当に続けるとなると
至難の 技だ。

忍耐は 六波羅蜜の 中でも 【忍辱の 行】と言い、
1番 難しい 行だ。

遍路団体の 草刈りは 大観音建立から 20年、
芝桜の 友人は 3年目。

続ける事が 難しい中、今年も きてくれた。

そして 住職 の家族も ジジと 一緒に
高松まで 墓参りに 参加するように なった。
合掌

【欲望の 赴くままに 行動することは 子供にも 劣る】

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本堂再建に向かって 解体工事が 始まった。

泣いたり 笑ったり お勉強をしたり…

取り壊されてゆく 本堂の 1つ1つに
数え切れない 思い出が 詰まっている。

『ああ、先代に叱られたのは ここだったな』

先代は 所謂 学者タイプの人で 物静か
滅多に 大声も出さなかったし 叱らなかった。

今の 孫ぐらいの 年齢の時だったかなあ。
境内で シッコを していた わたしを見つけて
言った。

『これこれ どこに 仏さんが 居られるか
わからんだろう ?
仏さんに かかってしまうでは ないか』

『確かに そうだ…。
目には 見えないけど
仏さん、何処に 居られるかわからん。

トイレには 居れれない なあ』

噛んで 砕いて 諭された言葉が
解体工事と 共に 彷彿される。

妙な話だが お風呂でトイレをしたことは
1度も ないし
海のなかで したと 聞くが
それは 聞くだけで 驚きだ。

老僧だったら
仏さんが 居てはる 居てはらへんに 拘らず

常識として しては いい事 悪いことを
諭すだろうな。

心を しっかりと見つめれば
真理を 知ることが できる。

心を 見つめ直す 努力を 怠れば
真理を 知ることは できない。

自分の 心のなかを しっかりと見つめ
自己を 整えたときは
より良く 生きるための
真理を知ることが できる。

欲望の 赴くままに 行動し
自分を 見つめることが 出来なかったら
真理を 知ることは できない。

みなさんは 日常生活の中で
イケイケ ドンドン
欲望の 赴くままに 事を進めることはない?

1呼吸 おいて
この 行為は 是か 悲か ?

どうすれば 人様の 迷惑にならず
自分の 糧ともなり
ひとさまが 喜ぶ 行動だろう ?

そう 感慨に 耽っているまのなく
解体作業は 進んでいく。

3週間で 更地に なるそうだ。
合掌

【自分だけにエールを振ってくれる人など 誰もいない】

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『いえいえ 、拝んで貰わなくて 結構です』

本堂建立の 為に 勧進帳を持って歩いている
ジジが 残念ながら お家に 入って
仏壇を 拝むのを 断られた 瞬間だった。

信者巡りは 本当に大変だが 楽しみもある。

『次は この人だ。
お出会いできるのが 楽しみだなあ』

『先ほどの 先達さんは 遠いところから
ありがとうと 心から 喜んでくれましたね』

『ありがとうの 1言で
今までの疲れや 心痛が 吹っ飛んでしまうね』

『次の家は きっと 喜んでくれるでしょうね。
大観音の建立から 子安観音寺の 玉垣奉納まで
ずっと 協力して くださった 人だもの』

その 結果が 玄関払い だった。

意気消沈した 自動車での 帰り道。

『なにが どう なったんでしょう?
私たち、なにか 不手際 ありました? 』

『世の中、全てが 無我だよ』

わたしたちは 知らず知らずして
色んな物を 自分のものと 思い込み

当然ながら 自分の方に
エールを振ってくれるのが
当然の こととして 思い込んで しまう。

しかし 指をおって 数えてみても
自分を中心に 世界は回っていることなど
なにもない。

必死で 築き上げてきた 自分の 財産も
ウンと 目をつむった 時点で
お浄土まで 持っていけるものでも なく

すべて この娑婆世界に 未練と共に
残してゆく。

地位も 名誉も 最愛の 妻も…。

自分の 命までが 自分の 自由にはならず
空海に 召された その日には
黄泉の国に 旅立たなくては ならない。

そして 私たちの 心すらも
昨日の 心と 明日の 心は 全く 異なり

諸行は 無情であることを
ヒシヒシと 感じさせられる。

『これまで 本当に 良くしてくださった
信者さんが これからも
子安観音寺の信者だと 思い込み

それに 執着するから 悲しいのですよ。

執着から 離れ 我欲をすてた その時には、
私たちの 心は 軽くなる』

『それは よく 分かるのですが
執着を すて 我欲を 捨てた そのあとで

もう一度、
子安の 信者さんに 戻ってもらう事も
私たちの 役目では ないでしょうか? 』

『そ……その通りですね』

自動車は 勧進帳と共に
次の 信者さんの お家に 進んでいく。
合掌

【何事も 感謝して 喜んで おこなおう】

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『おとうさん、私に フォアグラお願いね』

『ガッテン 承知の助 ! 』

娘の 本気とも 冗談ともとれる 言葉に
何の気なしに 承諾した。

今日は ジジ夫婦にとって 記念すべき日だ。

もう1人の 娘が
先日の戌の日に腹巻きを 着帯した嬉しい日だし

爺さん 婆さんの 39回目の 結婚記念日に
2人に ディナーの場を 作ってくれたのだ。

シェフは 今年の 料理大会で
日本一に 輝いたという名料理人で
お店も 芦屋の 中心にある
夢のような レストランだ。

シェフも良い。
料理も 素晴らしい。
密厳国土のような レストランも 夢のようだ。

しかし その お料理よりも
無理をしているのは 分かっているが
2人の 心意気が 嬉しかった。

その パーティーに 招待されたときに
例の 娘からの おねだりが あったのだ。

『かんぱ~い おめでとう !! 』

1品目 2品目 …。
そして とうとう 問題の フォアグラが出てきた。

『ジジは この フォアグラ、持って帰る』
『えっ お父さん フォアグラ お嫌いなんですか?』

娘が 目を剥く。

『コースなんだし、全部 完食してもらって
私たちも 招待したかいもあり 嬉しいのだから』

『いや…… 持って かえる』

気まずい ムードに ウエイターが飛んでくる。
『なにか 不備が ございましたか ? 』

家内が 中に はいる。
『あなた マナー なんだから。
フォアグラ いただいて ください』

成る程、法事の 残りを
包んで持って帰るのとは わけが違うのだ。

師僧が よく 仰る。

『不平不満で ビフテキを 頂くのだったら
感謝と 喜びの 気持ちで
お茶ずけと 沢庵を 頂くほうが 美味しい。

味付けは 醤油や 砂糖でするのでなく
心で 味付けを しなさい。

心 1つで お茶ずけが 銀シャリに なり
ビフテキが 砂を噛んだようにも なる』

知らぬ人と しかめっ面して 鯛を 食べるより
家族や 友人と 談笑をしながら
メザシを 食べる方が 美味しい。

心を 注ぎ 執着すれば するほど
辛く 苦しい ものとなる。

どんな 事にも 楽しみと 悲しみが 交錯し
苦を抜き 楽を与える【抜苦与楽】の心こそ

素晴らしい 日暮らしをおさせて 頂ける
要因となる。

ジジも 執着の心を 捨て出てきた コースを
1つ残らず 頂くことに よって

苦しみから 解放され
美味しい、楽しい ディナーは 幕を閉じた。

ジジの 顔をみて 先出の 娘が 言った。

『あれ~ お土産の フォアグラは ? 』
合掌

【桜の花は 人の心のように 美しかった】

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『パパやで。パパやでー。分かるか ?』

おじいさんの 必至の呼びかけに
麻酔から 覚めた ベッドの上で
娘さんは 深く頷いた。

『娘が 大変だ。
すぐに 山ノ観音で 病気封呪の
祈願を お願いいたします』

小豆島 唯 一ヶ所の 病気封呪道場
山ノ観音の 電話が 激しく鳴り響いた。

40歳代の 娘さんが クモ膜下出血で
意識不明に なって もう 2ヶ月に なる。

この度、起死回生の願いをかけて
伸るか反るかの 手術をすることになり

その時間に 合わせて 病気回復の
お祈りを した。

病院で 見守っていた お爺さんから
結果の 報告の 電話があった。

その声は マリのように 弾んでいた。

麻酔から 覚めたところの 娘に
必死で 話しかけたところ

2ヶ月ぶりに 意識をとりもどして
頷いた という。

空海は いう。

『病気のときは 医薬の 助けを 得なさい。
病院に いって 医者の診断を 受け
処方箋に従って 治療しなさい。

病気のときは 神仏の霊力を 信じなさい。
疑いの心でなく 【真心】をもって
信じている人に 手を合わせ
お陰を 頂きなさい。

真心で 体当たりをすれば
祈りは 両親の如く、必ず 聞いてくれる』

病気に かかったら 医療だけでは 駄目だ。
医療なくして 祈るだけでも ダメだ。

その 双方を 施して
治療に 励みなさいと いう。

祈るにも
疑ったら 駄目だ。
不平不満、不足を 言っては ダメだ。

娘さんが 倒れたとき おじいさんは
直後に 病院平癒の お願いをした。

にも 関わらず 娘さんは 2ヶ月
目を覚ますことは なかった。

それでも 1言も 不平を言うことなく
只々 真心から 快復の手を合わせた。

『わたしの 真心が 仏さまに 通じた。
お大師さまと お医者さんに
お陰を 頂きました』

電話の 向こうで おじいさんは
涙ぐんだ。

10月の 今月 今日
桜の花が さいた。

昨年の 写真では ない。
不思議にも 今、現在 咲き誇っているのだ。

そして その 花びらの 1枚 1枚は
おじいさんの 心のように

清らかで そして 美しかった。
合掌

【命 尽きるまで 全力を 尽せ】

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中国の ある州で 橋が 二つに割れ
大勢の人が 水中に落ち 怪我人も出た
と、テレビ放送で 流れた。

原因は 国慶節で 中国人の
4人に 1人が 旅行 ( 移動 ) し、
万里の長城も、兵馬俑も、天安門も

人 、人、人で 埋ったらしい。

その時に 一度に あまりの 多くの人が
乗りすぎて 例の 大橋が 崩落した。

テレビ放送なので その真否は 定かではないが
あまりにも マナーが 悪いらしいのだ。

【旅行法】が 新たに 成立した。

寺院、観光地、人が 行くところ 流れる所、
ゴミ ゴミ ゴミで 一杯 なのだ。

高速道路の 車 大渋滞の 中で 苛立ち
車外に出て ラジオ体操を したり
ペットの 散歩、なんと テニスまで映る。

微動だもしない ライオンに
腹を立て ペットボトルを 投げつける。

フラミンゴに イタズラを する。

余りにもの マナーの 悪さに 成立した
【旅行法】なのだ。

【怒らない事で 怒りに 打ち勝て
善をもって 不善に かて

施しで 物惜しみに かて
真実を もって 嘘つきに かて】

釈迦の お諭しの 言葉だ。

怒りを 投げかけられても 一呼吸して
落ち着いて 心静かに 接すれば
怒りは 行き場を失い 消えてしまう。

悪には 善行で

物惜しみにには 逆に 分け与えることで
嘘や 妄想は 真実を知ることによって
それらは 消え去ってしまう。

間違った 心に対して
同じように 間違った 心で 対処すると
その 間違った心は 増幅してしまう。

自分が 正しい 心と、行動を心がけると
間違った 心と 行動は 自然と消えてしまう。

そして 紫禁城も 青龍寺も 莫高窟も
そして 1人 1人の 心も

美しい 様相をみせ
尚 一層の 観光客を 生み出すことだろう。

他国の 話では ない。

我が 日本に 置いても 世界遺産
富士山を はじめ ゴミの山 らしい。

私たちの ちょっとした 心で
それは それは 美しい

【密厳国土】を つくりあげよう。

命 尽きるまで 全力を 尽せ。
合掌

【無財の 七施】

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『あいよ !!
いつものように 1つ オマケだからね』

『表面張力 いっぱいだよ。
あんたは いつも ナミナミでなかったら
気が済まない 人だから』

最初の 言葉は 時々 いく
たこ焼き屋の おじさんの 言葉。

2つ目は お酒を いただく時に
いつも グラス 盛りきりに ついでくださる
料理人さんの 言葉だ。

これは 単なる 物糧の 問題でなく
たこ焼き 1個、目薬を 注ぐぐらいの

僅かな お酒で
『ああ、わたしは 人とは ちがうんだ』
と、大満足する。

収支決算は 知らねども
人間とは 哀れなもので 雀の涙 くらいの
サービスで 大臣になったが如く 満足する。

【無財の 七施】

人の 心とは 猫の目よりも コロコロ変わる。
コロコロ変わる から 心だと
冗談を いう 人もいる。

泣いたかと 思えば ゲラゲラ 笑う。
手を 結んだかと 思えば 直ぐに 裏切る。

愛しているよと 言った あくる日に
別れ話を 持ちかけたり する。

心って とんでもない 奴だね。

そんな中で 【絶対に 変わらない心】ってある。

【慈】【非】【喜】【捨】という 真実の心だ。

⚫︎慈の 心
森羅万象 全ての ものに 慈しみをもつ 心
⚫︎非の 心
人の 悲しみを 自分の 悲しみとして 捉える心
⚫︎喜の 心
人の しあわせを 自分の しあわせとして喜び
自分の喜びを 人に 施す 心
⚫︎捨の 心
自分を 捨てて 喜び しあわせを 守ろうとする
菩薩の 心

絶対に 変わらない この心を
【四無量心】という。

慈悲は 大慈大悲の 観世音菩薩といって
お観音さんの 心なんだね。

家庭でも 会社でも 学校でも

そして セールスを含めた 商売でも
基本的な 基本で 絶対に 必要な 心だ。

ジジは たこ焼き屋で
お酒を 頂くとことで

この 【無財の 七施】によって
束の間の 喜びを 感じ

『おやじさん、 また くるね』と、
上機嫌で 帰ってゆくのだ。

そんな 帰り道
『へ〜い いらっしゃい !! 』

客の 顔を 見ないで 横を向いて
大声をあげる 呼び込みの 姿が あった。
合掌

【正夢と 逆夢 大夢と 大覚 】

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【鉄腕アトム】って 知ってる ?

寺の 境内で キャッキャと 走り回っていた
ジジが 母親に 生まれて初めて
『アトムの 人形 買って』と、喘がんだのだ。

当時、【鉄人 28号】と、ともに
当時の 子供達の 憧れの まとだった。

あなたの 机の上で にっこり
アトムが 微笑むでしょう

そんな キャッチフレーズだったように思う。

しかし とうとう 机の上で にっこり 笑っている
人形は 微笑むことは なかった。

その頃、ジジは ニワトリを 30羽ほど飼っていた。

餌をやり 掃除をし、産んだ卵を お店に
持って行くのだ。

1日や 2日なら ともかく
365日 となると これは 大変だ。

毎日 お店に 卵を 売りにいくのが
楽しみでならなかった。

どうだろう?

買ってくれた 餌代と 売りに行った卵代を
相殺すると 全くの 赤字であった

売った 卵の 料金が 全部、
ジジの 預金口座の 中に 入っていたのを知ったのは

母親も お浄土に召され
かなり 経ってからの ことだった。

私たちは 夢を見る。

嬉しい 夢もあれば 寝汗を かくような 夢もある。

妙齢の 女性が 『あなたの 事、好きです』って。
もっと、続けば 良いのにと 鼻の下をのばせは
無情にも 目が覚めたり

墜落する 飛行機に遭遇して 絶体絶命と 思ったり
大嫌いな人と 会いたくないなと、思っている人と
偶然、遭遇して 嫌な 思いをしたり

目覚めた時に 嫌な 寝汗を 一杯 かいていたりする。

逃げ回るような夢から 解放され 現実に戻ったときは
夢を見ていた時には 存在して居た ものが
皆無に なって 夢の存在は 何1つ ない。

そして この現実な シャバ生活を 【大夢】といい

大夢から 目覚めた もう1つの 現実 真理を知ることを
【大覚】という。

そして あの時、ジジの 机の上で 鉄腕アトムが
微笑むことが なかったのも

終始決算をしていて 大損をしているのを
分かりながら ジジに 鶏の世話を させた

母の 心は 物の真理をつく 【大覚】で あったのだ。

1言も 発せないで 物の 有り難み、
我慢 (忍耐)、自己啓発を 教えてくれた。

叶わぬ 夢を見て それに 一喜一憂することなど
あっては ならぬことだ。

もう一度 復習しようね。
夢から 覚めた 現実の世界の事を 何と いったかな?

そんな 些細なことは 全て ど返しし
本当の 真理を 突きとめる事を なんと言ったかな ?

寝汗の 夢でなく 真理をつく 夢を
ジジも みなさんも みようね。
合掌

【おせっかいも 親切も 紙一重だ)

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孫の 5回目の 誕生日の日、運動会があった。

ジジの 子供たち、孫たちを 含めて
生まれて はじめての 運動会だ。

運動会どころか PTA も 事業参観も
只の 一度も 参加したことが ない。

忙しさに 追いかけられ 子供達には
本当に 肩身の狭い 思いを させた。

『ジジ、因果応報。
因果は 巡ってきますね』

今日、はじめての 運動会に ママからの
強い 当てこすり パンチだ。

でも 孫は しあわせものだ。

4人の 爺さん 婆さんと
3時間だけ お休みを貰い また現場に
帰ってしまった パパの 応援があったのだ。

『小豆島の ジジさんは はじめての
運動会と いうことらしい ですね』

おじいさんが 私の 顔を みた。
言葉を 返そうとした 矢先、
家内の声が 私の声を 抑えた。

『みんなが ありがた迷惑ですよ。
おせっかい と 親切は 紙一重と 言いますから』

『……え? おせっかい ? 』

心の中で 何度も 煩悶した。

【おせっかい】
いらぬ事を 口出したり 余計な事を すること。

猫が 、お手玉や 毛糸の巻いたのを
前足で 掻き寄せている仕草が
杓子に似ているのだって。

相手の 気持ちを 考えず
不快なほど 好奇心が 強いことを いう。

世の中に 【絶対に これが 正しい】という事は ない。

ライオンに 草を与えても ライオンは肉を 好み
牛に 肉を 与えても 牛は 草を 好む。

人でも 動物でも 【おしつけ】は いけないのだ。

【親切】
相手の 見になって その人の 為に
なにかを すること。

思いやりを持って 損得を 考えないで
世のため 人のために 尽くすことだ。

これは ジジが いつも 申している
【布施】の心であり 六波羅蜜の 行なのだ。

片方が 自己満足で
片方が 物の 真理を 付いたものなのだ。

みなさんは おせっかい している?
親切 している ?

ジジが 今回、運動会に来たことは
自己満足でなく

心から 孫の 運動会を 祝い
ともに 楽しみ
惜しみない声援を 送らなければ ないのだ。

天高く 馬肥ゆる 秋

吸い込まれるような 秋晴れの中、
孫は 弾けるような笑顔で 走り抜けて いった。
合掌

【自分が されて 嫌なことは 人様には するな】

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東京都三鷹市の 自宅前で 高等学校3年生の
女生徒が 無残にも 殺害された。

彼女の 自宅内で待ち伏せ 執拗に逃げる
女生徒を自宅前まで 追いかけ
馬乗りになって 刺したらしい。

女生徒の家族は 【ストーカー被害】として
警察に 相談していた 矢先の事件らしい。

自分中心に 育った わたしたちは
哀れなるかな あわれなるかな
人の 迷惑も考えず
自分の 欲望の 赴くままに 行動する。

『自分が されて 嫌なことは 人様には するな』

言い続けている ジジは 苦虫を噛んだようだ。

空海の 【般若心経秘剣】という 教えが ある。
凄いね。
いろんな お諭しの言葉を 勉強させて貰ったが
こんなに 素晴らしい 言葉を聞いたことがない。

そのまま 注釈なしで 書くから 読んでみて。

【哀れなるかな 哀れなるかな 長夢の 子
苦しいかな 痛ましいかな 狂酔の 人

痛狂は 酔わざるを 笑い 酷睡は 覚者を 嘲る】

ずっと 寝ている人は なんて 哀れなんだろう。
ひどく 酔っているひとは 苦しいだろう。

心から 悲しい ことだ。

ひどく寄っている人は 素面の人をみて 笑い
煩悩に 苛まれている人は
悟った人を 馬鹿にして 笑う。

優れた 医者に 診察してもらわなければ
決して 病気が 治らないように

そのままだったら いつになっても
仏と 遭遇することは できない。

長眠の子供は ずっと迷いの中に いて
苦しいことを 苦しいとも 思わず

自分の 欲望を 満たすことだけに
喜びを 感じ しあわせと おもい

アッと 言う間の 刹那の 快楽だけを
楽しい ひと時と 勘違いする。

『ああ、わたしは
長い間 つまらぬ夢を 見ていたのだ。

夢から 醒めてみると
今まで 馬鹿にしていた 覚者のことが

酔っていた ときに 全く酔ってない
素面の人を 見下しことが

悔やまれて ならない。

私たちが 覚者と 出会ったとき
ジジが いつも 言い続けている

【自分が されて 嫌な事は 人様にはするな】

の如く 自己中心的な 行動は 慎み
世のため ひとのために

合いの手を 慈しみの心を
差し出すことだろう。

そして あの 痛ましく 凄惨な事件は
起きることは なかった ことだろう。
合掌

【つまらぬ 喧嘩はするな。勝っても負けても 苦しい】

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『先達が 存命なら 心から喜ばれるでしょうに』

ジジは 耳を 疑った。

本堂再建の 為に 勧進帳をもって
先達のお家を 伺ったところ

その先達から 前任者の 話が でたのだ。

前任者は ジジの不徳の致すところで
とうとう 心 打ち解けることがないまま
亡くなった。

前任者とは その前の 先達の頃から
懇意にさせてもらい、
【山ノ観音】には 大きな 記念碑すら立っている。

小豆島参拝中に 病気になり 島の病院で
1ヶ月 ぐらい 入院して いたのだ。

ところが ジジは 退院するまで それを
知らなかったのだ。

先達は さあ 憤怒の形相で 怒った。

謝ろうが どうしようが 為す術も なかった。

『他の 住職が 次から次へと 見舞いに来る中で
お前が 来ないとは なにごとだ。
小豆島で しかも 1ヶ月も入院して いたのだぞ』

それから ジジも 僧侶として あるまじき
行為だが その方とは 疎遠になってしまった。

【勝利は 憎しみを生み 敗者は苦しんで過ごす】

喧嘩しても 口論をしてもこれに 勝ったものは
その時は 有頂天になり 鼻高々と 気持ち いい。

しかし 期間が経つと 戦いに勝ったものの
なんとも 心が晴れず 釈然としない。

敗者は 敗者で 悔し涙をながし
戦いに 負けたことを 根にもち
悶々とした 毎日を おくる。

争いは 勝っても 負けても
不幸の種を 生み出すだけだ。

勝敗などは わすれて 心静かにしておれば
自ずから しあわせを 得る事が できるのだ。

そんな中、その 先達は 亡くなるまで
私のことを 案じていた という。

今日まで その事を 知らなかった。

【恩讐の彼方に】との 言葉があるが

先達の ほうが 本当の 【真実】を持っており
ジジの方が 【こだわり】を 常に 抱えていた

夜叉で あったのだ。

『先達が 存命なら 心から喜ばれるでしょうに』

その 心こそ 仏のこころで あり
その 行為こそ 釈迦の おこないである。
合掌

【ああ 痛い哉、悲しい哉、慣れ親しんだ本堂】

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本堂の 解体作業が 始まり
大勢の 檀信徒が 集まり 別れを惜しんだ。

諸行は 無情であると いうが
あんな 威風堂々と 栄光を放っていた

本堂が 跡形もなく 無くなってしまうのだ。

先代は 大正末期の 火事、昭和 28年の 火事、
昭和32年の火事と 一代のうちに

3度の 火災にあい 3度、本堂を 建てた。

檀家の皆さん、信徒の皆さんの
心からの ご喜捨を 完成を みづして

またもや 焼いてしまい
慚愧の念にてこの燃え盛る 火の中に
飛び込んでしまおうかと

猛火を 彷徨う。


苦節を 重ね
『今度は 絶対に 焼けない 本堂を』と
鉄筋コンクリートの 本堂が 見事、

完成をしたのだ。

世の中は 常に 移り変わり
全てのものは 消え また 生まれる。

朝露のようなものであり 幻である。

本堂にしろ 城にしろ 私たちの家にしろ
いや、私たちの 存在すらが

永遠に 存在することは 絶対にありえない。

私たちは その変化に 気づきにくく
目の前のものは 変わることがないと
思いがちだ。

だから 強欲に 持つことに こだわったり
無くしたり 失うことを 極端に
恐れたり するのだ。

全てが 【般若心経】の【空】であり
私たちは 僅かの 間、わずかな時間、
仮の宿で 暮らさせて貰っているのだと

気がつけば
拘りから 解放され あらゆる
不安や苦しみが消え

心 安らかに 生活できるのだ。

栄耀栄華を 誇った ご本堂は
この 3週間で 影も 形もなく 消滅する。

2年後に 新しい 本堂が 完成をするために。
合掌

【どうして 山ほど くだらない物を抱え まだ 欲しがるの?】

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明日からの 本堂解体のために
寺内 檀家 業者 総出で 道内の物を 運び出す。

幼少からの 色んな思い出が
走馬灯のように ついたり消えたりする。

明日から 思い出の 一杯詰まった
本堂が 跡形のなく ジジの 視野から消えるのだ。

ご本尊は 法要の 後に 昨日 お移しをした。

預かっている お位牌、お骨、お写真…
これも お勤めの後、仮の宿に お移りになった。

比較的 がランとした 本堂内を見て 唖然とする。
ようも これだけの 要らぬものが あったなと

感心するような 物が 何十年と 積もり積もって
出てくる。

『なんで こんな くだらない物を 大切に
とって置いたのだろう? 』

『どうする ? 』

『捨てて しまいましょうよ 』

『いや、 これと これは 残しておこう』

『こんな物を 残すのですか ?
また、ゴミの 山に なりますよ』

『同じことを 繰り返すが
なんで こんな物を 大切に 残したのだろう?』

『人間の 1番 悪いもの 執着心ですよ 。
釈迦は 執着から 離れよと 説く』

皆さんの お家は どうですか?

家移りを する時に 捨てるようなもの
一杯 残してない ?

これは 私たちが 持つ、【煩悩】であり
【執着心】なのだ。

そして これだけ くだらない物を 持ちながら
更に 多くの 物を 欲しがります。

しかし どれだけ 持っても
それが 喜びにかわるのは ほんの一瞬だ。

手に 入らなかった時には
恐れ、不安を 伴い

フラストレーションが 溜まり
爆発して (瞋恚 ) 怒りと なる。

所有物を 捨て、物に 頼ることなく
生きてみよう。

私たちは 裸一貫で 生まれてきたんだから。

そうすれば 不安や 怒りから 解放され
本当の 喜びを 感じるはずだ。

道内を 空にするに あたり
分かっていながらも

【一切は 無】である事を 再認識さされた
ジジで あった。
合掌


【行く河の 流れは絶えずして しかも元の水に あらず】

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ご本尊が 愈々 借り屋に お移りになった。

『老僧が 御導師を してください』

本堂解体を 2日後に 控え 僧侶、檀家、信者、
工務店社長等 関係者が 相揃い

本尊が 借り屋に 移動した。

その 御導師を ジジにと
住職が花を持たせてくれたのだ。

【願文】といって 仏さんと お約束をする。

これから 新しい本堂を建てるために
今の本堂を 取り壊さなければなりません。

その間、ご不自由でしょうが 暫く
仮屋の方に お移り頂きます。

1刻も早く 素晴らしい 本堂を完成して
居心地の 良い お住まいに ご案内します。

どうか 無事に 本堂が完成し

私たち 一同、
工務店のみなさん 以下 関係者各位が
健康で 怪我が 無きように お護りください。

ほ本尊は 仮の宿に お入りになった。

【行く河の 流れは絶えずして しかも 元も水にあらず
淀みに いかぶ うたかたは かつ消え かつ 結びて

久しく 留まりたる ためしなし
世の中にある 人と 栖(すみか)と またかくのごとし】
方丈記 鴨長明

この世に 生まれ落ちて 死んでいく人たちが
どこから やってきて 何処に 去るのか

誰も 知る人ぞ ない。

今 必死になって 金を貯め、荘厳煌びやかな
家を建て、人から 羨ましがられても

ほんの 一刹那、まばたきをする ぐらいの
時間だ。

その仮の宿に すぎない家を
誰のため 苦労して建て
何の ために 小金を貯めては 微笑むのだろう。

国破れて山河あり 城春にして 草木ふかし…。

私たちの 栄耀栄華など 3代もたてば
誰も知らない。

そんなことに 現を抜かすよりも

生かされている 僅か 瞬きをする短い 時間、
怠惰な 時間を費やさず

慈悲の心と 方便の羂索なもって
互いに 助け合って

楽しい しあわせな 日暮らしをする。

ウンと 目をつむったときに
『しまった、しくじった。
もう一度 最初から やり直したい』と、

後悔のないように 1秒 1刻を大切にして
生きて行きなさい。

お運びしている 本尊が そのように
諭してくれているような 気がした。
合唱

【わたしたちは 無理な 願いを 掲げては 涙する】

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大本山 小豆島大観音で 恒例の
500体 常楽観音の法要が 盛大かつ 荘厳に

厳修された。

法要の後、ジジの 挨拶が あった。

日本全国の お寺さんに 500羅漢さんが
お祭りされて いる。

ご承知のとおり 500の羅漢さんは 1人として
同じ お姿の方はなく、各々が 色んな姿を
している。

私たちの 喜怒哀楽の 日常生活を 表しているもので
羅漢さんを観音様にかえ
大観音に 居ながらにして 苦を抜き 楽を与えて

頂くように 500体の 【常楽観音】霊場を こしらえた。

十句観音経の中に 【常楽我浄】の文句が 出てくる。

私たちは 4つの 満たしたい 尺度を持っている。
それが 満たされなかったら 500羅漢のように

苦しみ もがくのだ。

【常】
文字の とおり いつまでも いつまでも
という 果てしない 願い。

死なないで いつまでも 生き続けたい。
いつまでも 健康でいて 年を取らないでいたい。

【楽】
楽しい ことが 大好きで 不都合を 嫌う。

裸の王様や オハラショウスケさんのように
刹那的な 快楽は好きだが

努力や 苦労 苦痛を 極力 嫌う。

【我】
いつも 自分が中心であることを 主張し
無視されたり 馬鹿にされることを

なによりも 恐れる。

【浄】
自分や 自分に属するものが 常に良きことで
非難されすことは 何 ひとつないと 主張すること。

この 【常楽我浄】が 私たちの理想であり
これを 成就せんとして 日夜 努力しているのが

私たちの 姿だ。

ところが 残念なことに いくら 努力を重ねても
この 4つは 到底 成就することは至難の技である。

生まれれば 年を取り 病気になって
黄泉の国に 旅立ってゆく。

時間の 経過とともに 最愛の 友とも別れ
無常の風と共に 栄枯盛衰をみる。

【四顛倒】

『ああ、そうだったのか』と、

常楽我浄が 道理に背くことである事を
知りながら 四顛倒を追い続け

成就しないからと 私たちが
苦を 生まないように

500羅漢さんに
延命常楽観音さんに
そして 大観音 本尊である 聖観世音菩薩に
お願いを したのである。

どうか 毎日を しあわせな 日暮らしをして
来年の 今月今日には

こんな お陰を 頂きましたよと
喜び合いましょう。

【腹が立っても 怒りを鎮める 努力をしよう】

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今日は 雨降りで 楽しみにしていた
運動会が 順延されて 孫は ガッカリだろうな。

お祭りや 運動会の シーズンになると
いつも 思い出すことが ある。

『政教の分離 だから 絶対に 駄目です ! 』

校長先生 ( 園長先生かな ? ) が
夜叉のような顔で 言い放った。

寺と 学校は 上と 下に あり
昔から 住民は 一体化したものと 考えていた。

『寺の お祭りも近づいてきたので
いつものように 学校の 空き地に

車を 止めさせて 頂けるようにお願いをしておこう。

この辺地には 始めて来られた 先生だから
早めに 了承を 得て おななければ』

檀家総代と 話す。

『上と 下、近隣同士が
お互い 必要なときに必要な ものを 融通しあう。
大昔から あった 慣例のような ものだ』

ところが 先生は 絶対に 駄目だと 言い張る。

『慣例の ようなもので 昔から 今に至るまで
歴代 校長は 黙認してきたのですよ』

『道義的な 観点から 考えても 助け合うベキでしょう』

押し問答の中で 総代が いった。

『お互いさまですよ。
運動会や 父兄参観の日に 寺の 駐車場は
檀信徒の方が とめられない くらい
父兄が 駐車場を 求めて やってきます。

寺は いつも どうぞ どうぞと 門を 広げていますよ』

総代連中は 先生が これで 理解してくれると
思ったのだろう。
ところが、話は 進展しなかった。

『わかりました。
これからは 学校関係者の 車は 一切 とめさせません』

『先生、そんな 子供のような 事をしたら
学校でなく 寺が 笑われます』

もう 1人の 檀家総代が いった。

『先生、この頃は 秋祭りは 取りやめているのですか?
私たちのころは 秋祭りが くると 学校が 休みになり

お祭りで 綿菓子や キャンディーを 買って食べるのが
楽しみの 1つでした』

『秋祭りは 休みにして 行かせて おります』

『政教の分離 というのなら それ おかしいですよ。

慣例ですし、いい事だから みんな喜んでいますがね』

【憎しみの 中でも 怒ることなく
おおいに 楽しい 生活を する】

釈迦の 諭しの言葉だ。

あの時は、怒りということではなく
どこでもある ギクシャクとした 近隣関係だが

私たちが 住まわせて頂いている 【此岸の世界】には
こうした 喜怒哀楽が 必ず ついて まわる。

そんな 中で 自分は 感情に 囚われることが
無いように 気をつけなさい。

そんな 世界だからこそ 心を 穏やかにして
人には 優しく 思いやりを持って 接しなさい。

釈迦は そのように 言われている。

腹が立ったときは 一呼吸 置いてから
対処するように しようね。

怒りが 何処かに 吹き飛んでしまうから。

えっ ?
ジジも いつまでも くだらん事に 拘って ないで
そろそろ 荷物を 下ろしなさいだって ?

合掌

【割れ鍋の ように 叩かれても 耐える心を】

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私たちは ちょっとした 意見の相違や
ボタンの 掛け違いで

泣いてしまうくらい 悲しいことがある。

お互いに 心を許しあった人 同士とか
親密な 友人だったら なおさらだ。

陰で 中傷されると 腹が立ち
目の前で 剥きつけて 言われると 悲しくなる。

讃岐の 詫間って いう町で 活躍しておられる
師僧が いつも 言っておられる。

本堂にも 民家の仏壇にも 【鐘】がある。

お経の 区切りや 終始を 表すものと
勘違い している人が 多いが

実は 鐘の音や お経の声を 本尊さんに
気持ち良く 聞いていただくのが 目的だ。

鐘を 打つ人が 腹を立てて 叩いてみたり
無意識に 割れたような 音をだすと

聞いている 本尊さんは 耳障りで 仕方が無い。

『心ない 接待は もう やめろ』と。

【壊れた 鐘のように 静かで声を 荒らげなければ
既に 安らぎを得ていて

もはや 怒りや 憎しみは ない】

今度は 【壊れた 鐘】のほうから 物事をみると
本人が いくら 良い音を 本尊さんに

聴いて頂こうと 努力に 努力を かさねても
強く 打とうが 弱く打とうが 横から打とうが

本尊が 喜んでくれるような 音は 発せない。

で、【役立たず】かと 言えば そうでは ない。

どんなに 悪くちを言われ 中傷をされても
それに対して 心を 乱されることなく

いつも 同じ 顔、同じ様相で
黙って 本尊の方を 向いて 座っている。

師僧は 仰る。

『役立たずと 思っていた 割れた鐘は
実は 私たちの 生活の中で

1番 尊い物であった。

悪口どころか 地震がおころうが
天地が ひっくり返っても

怒かったり 泣いたり
憎しみに囚われる 事なく

心を 落ち着かせ 平然と 座っている。

鶏の ように バタバタと 一喜一憂してはならない』

余分だが
100人 居て 50人が エールを振ってくれる人。
あとの 50人は 批判をしたり
冷静に見ているのだって。

もっと 細かく 分けると 三分の一 が 賛成をし
三分の一が 反対をし、三分の一が無関心だって。

『全員に 賛同してもらおう』

賛同が 得られなかったら 悔し涙を 流す。

『そんな 無理な 事を 考えては いけない。
50%を 如何に 51%に 持っていくかの

努力を すれば いいのだ。

そうすれが 悲しみも 苦しみも 減るであろう』

なるほど。

ジジも 100人が 100人に
こちらを 向いてよと 思いすぎて居たのかも
しれない。

合掌

【怒りながら 100年 過ごすよりも 笑って 1日の方が 良い』

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『かえれ~ クソ坊主 !!』

本堂 再建の 勧進帳をもって
播州の 小野市に入ったところの玄関先で

怒号が 静寂を 破った。

『押し付けがましい事を するな!』

エッ まだ 顔を 見せたばかりで
なにひとつ お願いして ないのに…。

残念な思いで また ご参拝を楽しみにしています
と、 玄関を でた。

『播州に はいって
帰れと 怒鳴られたの 2度目 ですね』

『小豆島大観音 建立の時は 若かったからか
余り 思わなかったけれど

この 歳になって 怒鳴られるの、こたえるね』

『法主に 慢心の 心が 出ているんですよ』

そうかもしれない。
いや、その通りだと 反省を する。

『でも 、あの おじさん。
小豆島参拝を なさって
特に うちの 4山は
熱心に お参りを なさるだろう ?

気に食わない 事があれば、
怒鳴りながら 参拝するのだろうか ?

瞋恚の 火を 消すための参拝 なのにね』

『心が 貧しいんですよ。
事あるごとに あんなに 怒鳴って いたら
本人は 決して しあわせでは ありません』

【心の 迷いを 背負って 百年 生きるより
真理を 得て 安穏で しあわせな
たった1日、生きる方が 良い】

と、釈迦も 私たちに 諭す。

《貪瞋痴》
三毒の 火を消そうともせず
不平不満で 怠惰な 日暮らしをするのなら
健康で 100歳まで 長生きをしても

なんの 意味もない。

物事の 真理をつかみ
三毒の 火を消し

感謝と お互いを 思いあい 拝み合う 心、
【相互供養】【相互礼拝】ができたなら

たとえ 1日の人生でも 素晴らしいものに
なるだろう。

1日 実践する人と 1日 怠惰な 生活を送る人とは
もの凄い 差がつく。

『おじさん、今ごろ きっと反省して いますよ。

お茶の 一杯までは、出さなくても
小豆島のような 遠い島から ご苦労さま。

気をつけて 回ってくださいね。

優しい 気持ちと 思いやりの心で
私たちを 見送ってくれて居ます』

『そうだね。

さて、私たちも そろそろ
《おじさん》を 背中から 降ろさなければ

【執着】の 心で 重たくて 仕方が無いよ』

合掌

【思いも 言葉も 行いも静かな人はしあわせに なる】

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結婚式の 祝辞を お互いに考えてみよう。

スピーチは 終盤に 進みます。

どんなに 愛し合っている 夫婦でも
毎日の 生活の中で 必ず【 自我】が出てくる。

【こそこそ こそこそ こその つけどころ
私なりゃこそ あなたのなりゃこそ】という
教えがある。

『わたしだからこそ これが成就したんだよ』
『あなたなりゃこそ これが成就できたのよ』

同じように [こそ] を使っているが
使う場所によって
片方は 自我と 慢心が充満し
片方では 思いやりと 感謝の気持ちが とれる。

さて この[自我] と [自我] が ぶつかると
2人の 恋は 爆発してしまいます。

小さな 風船が 大きく膨らみ
やがては 耐えきれなくなって 爆発するのです。

爆発させない 方法があります。

最高特典を 10とすると
平時は 5 と 5 です。

11になれば 爆発するのです。

『あっ 主人が 7まで きたな』と、思ったら
おくさんは 2を 引いて 3にしなければ
大変な ことになります。

1日 たって 主人が 平静に戻ったとき 逆襲です。

『あなたは、腹を立てたけれど 実はこうだったのよ』
『えっ なんだ そうだったのか 』

ボルテージをみると
おくさんが 7で 主人が 3に 逆転しています。

風船を 爆発 させない 方法。

それは お互いの 【思いやり】なんです。

ここで 一挙に 結論に 持って行きます。
時間が ありませんものね。

さて
【思いも 言葉も 行いも しづかな人は
生涯を 通じて 安穏な日暮らしが できる】

不満や 怒り 心労が重なったりすると
つい、行いや 言葉や 心の持ちかたが

乱暴に なったりする。

【身口意】

わたしたちは 身体のおこない 言葉、
心の 持ち方を 重要視 しなければならない。

正しい 真理を得て 心が 安らかであれば
自ずから 三密は 静かで
落ち着いたものになる。

その時、
悲願の広大なること 大空に 等しく

慈悲の心と 智慧の力で
人にも しあわせや 安らぎを 与えることができる。

それが 先ほど 述べた 【思いやりの 心】である。

これは 新婚に かぎらす
家庭で
会社で
学校で
社会で

日常生活で 発揮して もらいたい。
合掌
プロフィール

子安観音寺

Author:子安観音寺
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