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【除夜の鐘】

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いく年 くる年
ジジの 子安観音寺 3山でも 除夜の鐘が
陰々と 私たちの胸の中に 打ち込まれる。

祇園精舎の 鐘の音 諸行無常の 響きあり
沙羅双樹の 花の色 生者必衰の 理を表す

また 廃校になった 我が大部中学校の校歌も

夕べに聞くや 霊場の 平和の鐘に 祈りつつ
と、ある。

[晦] は月々の 旧暦 30日の事をいい
大晦日は 1年の 最後の日のことをいう。

[晦] は その日には 月が隠れて
真っ暗になることから 大晦日を
[おおつもごり]と いうように なった。

その夜は 1年間 使った 日ごよみを
破るということで[除夜]と よばれる。

[除] とは 古きものを捨てて 新しき未来に
希望を託すとおいう 意味がある。

陰々と 鳴り響く 鐘の音を聞きながら
家族全員で 衣服を整え
昨年 1年の しあわせに 感謝して

新たに 迎える年には こんな年にしたいと
切なる希望を お願いするのだ。

【除夜の鐘】って 何回 打つか 知っている。

ピンポ~ン。108 回ですね。

小豆島霊場 81番 [恵門ノ不動]願文に

【大智の利剣と 方便の羂索な もって
96種の 御敵を 摧伏し
ラン字の火焔な 三毒の罪障を悉く 噴焼す】
と ある。

お数珠の 数は 108個で あるし
私たちの 厄年の数を たしても
13+33+42+61=108で

これら 全て 私たちの持っている
ありとあらゆる 【煩悩】の数を 示している。

96種の御敵も 108個の お数珠の数も
数え切れない 煩悩の 数を言っているのだ。

貪瞋痴の【三毒】から 始まるのだが
何度も 勉強したから 今日は いいね。

お金が 欲しい。
有名に なりたい。
腹が たつ。
嫉妬に 燃え狂う。

これらが [苦しみ] の 元となり
それが 手に入れば 再現なく 欲望が漲る。

その 1つ 1つを 【除夜の鐘】を つくことで
また、その ワビサビを 聞くことで
ギラギラ光っている 欲望を
洗い落として いくのである。

今の1つで お金の 亡者から 抜け出せた。
今の1つで 名誉欲から 離れることができた。
と。

[夜] は 文字の如く 道理に暗く
道理に 背いた生き方ゆえに
招いた 悩みや 苦しみの ことだ。

そして その悩みや苦しみに 導かれ
真実に 目覚めんとする 姿
まことの しあわせを確立せんとする姿が
【除夜の鐘】を 撞く姿であり

その音に 心を 傾ける姿なので ある。

どうか 一切の 悪種を 全て洗い流し
清浄な 気持ちで お正月を お迎えくださいませ。

合掌
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【積もった 塵も科も取り去って 新しい年を迎えよう】

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昨日から 住職 寺内 檀家総代 世話人の方で
子安観音寺 4山の 清掃が 始まった。

奈良の東大寺大仏殿で 大仏さまの
塵を 払いますね。

今年 1年間で やり残した全てを 整理して
家の部屋べや 人の身体や 心の中に
1年間でつもり積もった
塵や スス 穢れを全て 落とし

密厳浄土にて 清々しい気持ちで
来たる 新しい年を迎えるのだ。

そして 年越しのあり方は
お蕎麦を 頂いて 家族団欒もいいが

しあわせで 健康で 健やかに
生活させて頂いた 感謝と
更なる 来年の 安穏を祈るのである。

互いに 1年間の 苦労や 頑張りを認めあい
思いあい いたわり合い
反省する事があれば 猛省をして
新たな 決意をするのだ。

仏様との約束は【懺悔】することから始まる。

懺悔とは 今まで犯してきた 罪を
神仏の前で 告白し
2度と 罪を犯しませんと 約束することだ。

人々は 懺悔したときに 【煩悩】は離れる。

⚫︎【我慢】
我慢といえば 耐え忍ぶことを 言うが
本来の意味は 常に 高め目線で
自分のことを偉くみせ 他人を軽視することだ。

我執 強情の 虜になり
高慢ちきから 過慢、傲慢へと 進む

⚫︎【疑惑】
[疑惑の人]とか 誰でも使う言葉だが
疑心暗鬼にて 疑いの心を持つことを いう。

心は 常に揺れあるき 全てにためらいが出る。
生活そのものに 乱れを生じ
反対に 誰からも 信用されない。

⚫︎【悪見】
八正道に 正見 正思唯…と あるが
反対に 誤った 物の見方のこと。

[善を なすことを 怠るものは
その心、悪を よろこぶ]

有身見、偏見、邪見とあるが
自分の 意見 見解だけを 正しいとする
考えを 持つことである。

いつも 申している【三毒】貪瞋痴に
この【三種】を加えたものが
【六根本煩悩】といい
それを 細かく分けて 考えたのが
百八煩悩で 除夜の鐘を つくことで
その煩悩を 1つ1つ 消滅していくのである。

もうすぐ 新たな年が 始まります。
来年こそは みなさんにとって

良い 年でありますように。
合掌

【信は 荘厳に あり】

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お正月を 迎える準備、進んでいる ?

寺では 今日、お花の先生がこられ
仏様と一緒に 新しい年を迎えるために
あちこちに お花が生けられた。

昨日は お餅つき。
その前は しめ飾りの 奉納が あり
境内や 庫裏の お掃除も おわり、
いつ 御本尊さんや先祖さんが 来られても
恥をかかないよう 準備万端 行き届いた。

でも いつもしなければ ならないことを
なんで 正月だ 盆だと 大騒ぎをするんだろう。

お⚫︎も⚫︎て⚫︎な⚫︎し

神様や 仏様に限らず
いつ 誰が どの用な要件で 来られても
直ぐに 気持ち良くお通しができるように
お掃除は しておかねば ならない。

《信は 荘厳に あり》

おもてなしの 最初の一歩は
掃除から はじまる。

心も 身体も お家の 中も。
清掃された 清々しい部屋で
心 落ちついて頂く お茶の味は また格別だ。

お帰りになられるときに

『ああ 心根の優しい 思いやりのある人だ。
家の中も お庭も 綺麗に整っている。
また 来てみたい』と、

『あんな 自己主義の人とは 知らなかった。
家の中も汚いし、きっと ルーズな人なのだろう。
もう、二度と 行きたくない』

と、帰るのと 大きな違いだ。

神仏や お越しになられた 人たちが
喜んで くださる おもてなし がある。

【六種供養】と 言うんだが
これは 特別なことでは ない。

みなさんが いつも やっている事だ。

⚫︎ お茶湯
これには 布施の 徳がある
⚫︎塗香
これは 持戒の 徳がある
⚫︎花を お供えする
これは 忍辱 慈悲の 徳がある
⚫︎焼香
これは 精進の 徳がある
⚫︎お物販
これは 心が落ち着く 禅定の徳がある
⚫︎灯明 ローソク
これは 智慧の徳がある

よく考えると 六種供養は
六波羅蜜の行 なんだね。

正月には 待ちに待った
子供や 孫たちが 帰ってくる。

神や 仏を迎えるのと 同じように
心から おもてなしをして
差し上げたいものだ。
合掌

【おじいちゃんからの 伝言】

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ジジが 生涯 大切にしているのが ある。

20年前 義父から 今の住職に 当てた 手紙だ。
現 住職が イギリスに 留学していた頃、
おじいちゃんから 孫にあてた 手紙である。

そのまま 書いてみよう。

【泰道 ( 住職 ) もう 最後の 年だ。
頑張っていることを 聞き
安心 している

ぢいちゃんは 今、病気と 決闘中、
なんとか 一日も早く 元気になるのを
楽しみに している

お互いは 精神の 持ち方
病気は 気から

勉強も その通り
お待ちしています
ぢいちゃん


胆管癌を 宣告され 闘病生活の中で
イギリスで 勉強していた 住職にあてた手紙だ。

おじいさんは 今、必死で 病気と戦っている。
病気なんて 気のもんだ。

病気に 打ち勝って 元気になって
馬鹿な 義息子や まごたちに
愛の手を 差し伸べるよ。

勉強が できないと言って なげくよりも
一生懸命 努力すれば どうにか なるよ

一度、帰ってきて 元気な 顔を 見せてよ。

そんな 文章かな ?

確かに そうだ。
私たちも 『もう 駄目だ 』と
頭を 抱えてしまったら それだけの もの。

それを 打破して 【苦】を【楽】に 変えなさい。
そんな 文章だ。

私たちも もう 手の届くところで
挫折を 味わっては いないだろうか ?

おじちゃんの メッセージの横には
家族の 写真 が ある。

私が 1人だったのが
4人の 子供に 恵まれ
お爺ちゃん おばあちゃんを含めて 8人になった。

みんなが 一枚の 写真の中で 笑っている。

『おじちゃんの 今 望んでいるものは なんだろう?』

みんなが 出世 すること?
みんなが お金持ちに なること ?

ちがう。

じいちゃんの ただ 1つの 望みは
この 写真で 笑っている 子供 孫たちが
健康で しあわせな ひぐらしを すること。

1人 1人が 思いやり
【入我我入】
わたしは 仏様の 胸中にはいり
仏も わたしの 心の中に 入ってくる

人さまが 今、何を 考えているかを察知し
人さまに どのように してあげれば
人さまは 喜ぶだろう。

その 観点で お互いに 優しい 心を持つ。

ゴミのような 小さな ことは
胸の中に 飲み込んで
大きな 心で 相手を みる。

特に 写真に 写っている人は 何人も いない。

互いに その 心と 心が 結ばれあって
永遠に 手を 取り合っていく。

その 姿をみて
心 よろこび 草葉の陰で よろこび
安堵することだろう。

そして その 反対が おこなわれば
心の底から 嘆くだろう。

おじいちゃんは この手紙の 半年後に
天国に 召された。
合掌

【良かれと思ったら 躊躇しないで やり通せ】

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今日という 今日は ジジは 大失策を演じた。

孫の ミュージカルがあり その帰りの
電車の中の 出来事だ。

『ジジーッ 早く はやく ! 』

電車の 中は 超満員。
芋を洗うようだ。

『ママが 孫を連れて 座ればいいよ』
『何を 言っているの。
年寄りが 孫をだいて 座ってよ』

結局 お言葉に甘えて 孫をだいて
座ることに なった。

『ジジ、座れて 良かったね…』

そんな会話が 終わるかどうかの時だ。
目の前に 大腹を抱えた女性が飛び込んできた。

『ああ…かわいそうに…』

先日も お腹の大きな ジジの娘が 言った。

『ジジは 偉いね。
困っている人を見ると 必ず 席を譲る。
この頃の 人は お腹が 大きくても
お年寄りでも 子供ずれでも

それを見て 席を かわってあげましょうと
言う人は 数えるくらいしか いない』

ジジが 女性に トントンして 言った。

『あの~ お腹が 大きいのですか ? 』

その後の 女性の 行動を思い出しただけで
未だに 冷や汗が でる。

トントンで
ジジの顔をみて 意を理解したのだろう。
慌てて 自分の お腹を押さえ
2度 3度、お腹を 叩き
お慌てで 着ている オーバーで
お腹を 隠した。

『りゃりゃ …
こりゃまた 失礼を…』

帰ってから ママたちに 悉く 叱られた。

『あんな 失礼な 話は ない。
叱られて あたりまえですよ』

『あの トントンだけで セクハラ行為と
大声を だされるよ』

『そうそう うちのパパなんか 電車の中では
そんな間違いが ないように
両手を 上げているそうよ』

釈迦の 言葉が ある。

【人は 沈黙する者を 非難し 多言を 非難し、
言葉 少なくても 非難する】

人から かって1度も 非難されたことの
ない人は 少ないだろう。

静かに沈黙をつずけても 言葉を尽くしても
簡潔に 伝えようとしても

人は それが 自分の 意にそわない事や
気にいらない 言葉だと
相手を 否定し それが 悪口となる。

悪口や 非難は それを言う人の
自分勝手な 思いから 生まれる。

でも、良いでは ありませんか?

自分が 良かれと思って
言ったり 行なったりすることで
批判されようが どうであろうが。

そんな 言葉に 惑わされず
良かれと思ったことは
最後まで やりとおしなさい。

釈迦は そのように 教える。

今回は その 女性には
失礼な事もしたし 大汗をかき
反省も した。

でも また するだろな。
同じことを。

それが 釈迦の 教えだもの。
合掌

【怠惰を繰り返す時間があるなら 目の前の事を一心不乱にやりなさい】

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孫が 宝田明 ミュージカルショウに
出させて もらった。

彼は みなさん ご存知の 大スターだ。

『僕は 今年 さんじゅうに なりました。
30歳 ? いえいえ 傘寿ですよ』

冗談の中で 実年齢を 私たちに 申したが
傘寿…もう 80歳に なるのだ。

背が高く 流石に 美男子で
矍鑠としている。

もう何十年も どんな活躍をしておられたかも
消息すら 忘れかかっていた 大スターが
今、目の前で 歌っているのだ。

一回り以上も 年上が 頑張っている姿を見て
『もう わたしは 高齢者だから』
『定年退職で 卒業したから』
と 言っている自分が 恥ずかしくなった。

孫が 通っている【ダンス オブ ハーツ】の
先生が【劇団四季】の卒業生という 縁で
今日の 共演が決まったそうだ。

更に 四季の卒業生という 男女が
友情出演に 駆けつけていたが
流石に 圧倒的な演技は
観客を 魅了した。

『おじいさん こんにちは』

コンサート 当日、孫と一緒に出演する
小学校 6年生が 孫を迎えに来た。

可愛い 可愛い 普通の小学生のお子さんだ。
ところが 舞台にたつと
ひかり輝く のだ。

このコンサート出演が 決まり
夜の 9時過ぎに帰って来るぐらい
血の出るような レッスンが続いた。

【清い行いをせず 若いうちに財を得なければ
昔を懐かしみ 悔やみ過ごす
的を外した 矢のように】

私よりも歳増の人が こんなに頑張っていると
このコンサートをみて 刺激を受ける。

そして コンサート云々でなく
『あの時、なぜ
もっと一生懸命に取り組まなかったのだろう』
『あの時、なぜ
もっと 努力をしなかったのだろう』と、

慚愧の念で 悔やむことも 多々ある。

仕事にせよ 趣味にせよ 友情にせよ
その 必要な時に 必要なことをしなければ
ならない 大切さ

過ぎ去った時間は もう 2度と 取り戻せない
という大切さを
学ぶ きっかけとなった はずだ。

《今からでも 決して 遅くはない》

怠惰を 繰り返す暇があるならば
なにごとも 一生懸命、取り組みなさい。

そうすれば 誰でも ひかり輝くから。

そのような お尻が ムズムズするような
素晴らしい コンサートだった。
合掌

【真心】

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かれは フォークソング界において
超有名人だ。

その友人が 忙しい中、芦屋まで来てくれた。
孫たちの 喜びようと言ったら なかった。

人間は えらくなれば なる程
有名に なれば なるほど
傲慢になり 鼻持ちならなくなる。

かれは 傲慢にて 有頂天で話すでもなく
といって 卑屈になりお上手をいうでなく

自然体で 終始 笑顔で 接してくれた。

『これが 真心…』

大昔に 私に申したことがある。
以前、ブログに載せたので
今回は さわりだけ 書くことに する。

若き日に 大ヒットした時は
芸能関係の 偉い人から 1ファンまで
だれも かれも バンザイ バンザイだった。

若い時の ヒット曲だったので
本人の 鼻も 千切れるのではないかと
心配するほど、
天狗の鼻 ぐらい 伸びたそうだ。

ところが 潮が引いて しまうと
バンザイ バンザイと 言っていた人たちは
声も掛けてくれず
目さえ 合わせて くれなかった。

泣き面に蜂
落ち目の 三度笠……

長く伸びた 鼻は 二重 三重に折れ
人生 最悪の 惨めさを 味わった。

『現実が これで
今までは 方丈記で 申しているように
川面についたり 消えたりする
泡の ような ものだったんだ』

【般若心経 色即是空 空即是色】

森羅万象
私たちが 目に見え 手にしする
全ての ものは 全て 変化する。

永遠に 同じのもは なに1つ ない。

【諸行無常 是生滅法】

国破れて山河あり 城春にして草木ふかし…。
栄枯盛衰
生老病死

大金は なくなり 命も 果てる。
大海は 潮によって 変化し
高山も その時 その時に 姿を かえる。

悲しいね。
私たちの 周りにあるもの全て 変わるんだ。

そして 私たちの 心まで…。

『愛しているよ』
『死ぬまで 離さないわ 』

そんな事 言ったっけ?

私たちは 父親や 人さまに 殴られる。

痛い。
腹が たつ。

しかし 本当に わたしの事を おもって
叩いてくれるのが 分かったときは
どんな お仕置きを受けても 痛くない。

これが 【真心】だ。

真心は 良いときも 大変なときも
決して ブレる ことがない。

友人は その 真心で接してくれたのだ。

その直後、再び 大潮が来て
大ブレーク した。

いままで 突き当たっても
横を向いていた 人たちが
再び 手を 揉み始めた。

でも、かれは知っている。
【般若心経の 空】を。

【真心】を。

もう ブレませんよ。
合掌

【素晴らしい クリスマスプレゼント】

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どの お家も どの おうちも 門松…
いや、クリスマスツリーが 飾られ

町も 村も 商店街も クリスマスソングが流れ
煌びやかな イルミネーションで彩られ

大はしゃぎの子供たちが 両親に手を引かれ
持ちきれないような 大きなプレゼントを抱え
クリスマス一色の イブの夜だ。

12月 24日

キリストが 降誕した日だ。
恐れるな。
全ての民に 与えられる大きな喜びを
あなた方に つたえる。
今日 ダビデの町に 救世主が お生まれになった。
その方こそ キリストである。
マタイ伝

4世紀の ロウマで 主教である ニコライが
キリストに代わって 愛の プレゼントをしたのが
クリスマスの 始まりらしい。

彼は 3人の 娘を嫁がせることが出来なっくらい
貧しい お家の 存在を知った。

救世主の 誕生日の 夜、
その お家の屋根の上の煙突から金貨を 投げ入れた。

ちょうど 暖炉には 靴下が 下げられており
偶然 金貨は その中に はいった。

ジジも 子供のころに 靴下を枕元に 置いて寝た。

『サンタさん、来てくれたら いいなあ』

父が 言う。
『うちは 寺だから サンタは 来ない 』
『本堂にも 庫裏にも 大きな煙突は ない !

それよりも もっと素晴らしいプレゼントを
あげよう』

【諸仏が 現れるのは 喜び
正しい 教えを説くことを 喜び
衆徒の 和合は 喜び
和合する 人々が 励むのは よろこび】

聖徳太子の 教えにも【三宝】が 出てくる。

私たちは 信頼できる方を 拠り所にし
信頼できる方の 教えをよろこび
その教えを 伝える 僧侶や 先生を
友としなければ ならない。

そして その教えを 実践することこそ
何よりもの プレゼントである。

クリスマスケーキは 食べれば 無くなるし
素晴らしいプレゼントも いつかは壊れる。

しかし 仏の教えは 未来永劫に普遍である。

『サンタさんは イブに来てくれるが
仏さんの 教えは 365日 24時間
一刹那の休みもなく

私たちに しあわせを 与えてくれる。
寺に 生まれて 良かったなあ』

あくる朝、目を覚ますと
靴下の 中に プレゼントが入っていた。

仏さんが クリスマスプレゼントを
持ってきて くれたのだろうね。
合掌

【机上の空論では ダメだ。実践を しなければ】

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【哀れなるかな 哀れなるかな 長眠の子
苦しいかな 痛なるかな 狂酔の人】

ああ 悲しや。
人生 古希を目前にしてまで
こんなに 悲しみが 襲うとは。

ジジの 苦痛と 悲しみは
とても 言葉では 言い表わせない。

物を比較することが 如何に愚かなことか。
そして それが 【苦】の根源であることは
重々 承知している。

家内が ポツリと 呟いた。

『あの お坊さんの お話はとっても
お上手なんですって。
先日も小豆島大観音の 奉賛会の方が来られて
大絶賛をして 帰られました。
お説教の 書いてある用紙は 勿体無くて
毎回、大切に 取ってあるんですって。

わたしも 拝見したことが 有りますが
とっても 素晴らしいものでしたわ』

ジジの 【悲しみ】は 2つ ありました。

1つは 住職を卒業をしたものの
認めて もらえない という 悲しさ。

もう1つは 【苦しみの 原因は 執着から】と
大声で 布教している本人が
たった 其れだけのことで
嘆き苦しむという 浅はかな自分自身をだ。

現役時代は 高野山 本山不教師を 拝命し
駐在不教では 高野山で
巡回不教では 全国を 布教して歩いた。

『あのお坊さんは とっても お上手』

その 一言で ジジの 驕り高ぶった
慢心の 鼻が へし折られ
認めて貰えない 屈辱感だけが 残るのだ。

釈迦も いう。

【骨を もって城とし 肉と血で塗り固め
中に 老いと 死と 慢心と ごまかしを蔵す】

私たちの 身体とは 所詮
骨と 肉と 血で 構成されたものだ。

その容器は おごり高ぶる心と
嘘とが入り混じり だんだん 古びて
やがては 無くなってしまうものに 過ぎない。

もろく 壊れやすい 我が身体に頼って
戦々恐々と 生きてゆくよりも

【真理】を 拠り所にして たのしく
しあわせな 日暮らしをすることを
心がけなければ ならない。

ジジも 掛声だけは 大きく かけられる。
だが 実践となると
心は 思うようには いかないのだ。

ジジも みなさんも 努力して みようね。

そして 共に手をつないで
【密厳国土】を 築き上げましょう。
合掌

【気がつかなかった。私、こんな顔をしていたの?』

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『ソフトクリーム 6つ くださいます』

わーい と、孫たちが両手を広げて
喜ぶ姿が 目に浮かぶ。

『ジジさん、恥ずかしいですよ。
一体、だれが 見ているか 分からないです』

『なーに 悪いことをしているのならば
ともかく、いい事を しているのだから』

家内の 忠告も 聞かずに
滴り落ちる ソフトクリームを 手に
僧衣を纏った おじいさんが
やっと、お家に 辿り着いた。

『わーい 』

孫をはじめ 一家で 年寄りの訪問を喜んでくれた。

ところが 僧衣を纏った年寄りが
どこで 幾つ ソフトクリームを 買って
滴り落ちるのを 大切に 抱えて歩いたか
みんなは 知っていたのだ。

学校の 先輩が ジジを発見し
誰が 何を どうしたか 逐次 メールで
やり取りを していたのだ。

昔 【魔法の 鏡】という 題で
お話を したことが ある。

好い事を することは 素晴らしい事だ。

笑顔を 絶やさず 笑う門には福来たると
そのつもりで 接しているつもりで いる。

ところが 【魔法の 鏡】を とっさに見せられた時、
自分自身、ビックリ仰天する。

『仏様のような顔を 絶やさずにと思っていたが
【魔法の 鏡】を 見るまでは
こんな 疲弊した 仏頂ズラとは 思わなかった』

【仏の 弟子は 常によく 目覚めている
夜も 昼も 仏を念ずる】

夜も昼も 仏を念ずるということは
どんな時でも 仏をわすれず
常に お縋りをする 心を 忘れていない
ということだ。

【阿字の子が 阿字のふるさと 立ち出でて
また立ち返る 阿字のふるさと】

有名な 御詠歌で 少し観点がずれるが

尊い
仏様のお心は 真心を持ってお縋りすれば
365日 24時間、
いつでも どこでも 聞いてあげますよ
と 言っておられる。

そして 私たちも 365日 24時間
仏様に 見守って頂いて いるならば
決して 仏様が悲しむような

考えを 起こしてはならない。
行動を 起こしてはならない。

ジジも 良かれとおもって したことが

かえって
後ろ指を刺されることのないように
気を 引き締めて 日暮らしを しなければ
ならない。
合掌

【僅かな 時間でも 聖者と過ごせたら 嬉しいな】

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一足 早い サンタさんに 孫たちは 大喜び。

今夜は 孫や 子供達だけでなく
年寄りまで お食事を振舞って いただき
家族して 楽しいひと時を 過ごした。

サンタさんは 10年ぐらい前に
有名テレビ局 役員を 定年退職し
その後、悠々自適の 毎日を 送られている。

ヨット、ゴルフ、山登り、スキー、マージャン等
多趣味で 友人も それぞれ 広範囲におられる。

『グループが 6つあり 学校時代の グループ、
会社の 現役グループ、卒業生グループ、
そして 卒業後に できた グループ、

それも 大切で、満遍なくおつき合いをすると
毎日が 忙しい ことですは』

『3回 続けてお誘いを 断れば、
この人は こないと 次のお誘いは なくなります。
5回 連続で欠席すると 忘れ去られてしまいます』

冗談を いう 顔つきで サンタさんは
そう言ったが ジジは 違うと 思った。

彼が 人間として 素晴らしいから
お呼びしても 輝いているから
お声が 掛かるのだろうと 思う。

そして 大変 羨ましかった。

釈迦も いう。

【聖者と 会うことは 素晴らしい
聖者と 暮らすのは 喜びだ】

自己中心で 貪欲で 瞋恚がメラメラしとし
愚痴ばかりこぼし、

自分は 安易な道ばかり 辿るひと。

そんな 人が 横に寄ってきたら
耐えられないね。

反対に よく自省し、深い 思いやりを持ち
どんな困難にも 耐えうる人、

そんな 聖者が 集まってきたら
どんなに 嬉しいだろう。

僅かな時間でもいい。
一緒に過ごせたら これ以上のしあわせはなく
無常の 喜びと なる。

サンタさんと ヨットにのり
共に ゴルフに 興ずる お友達は

その 一刹那、極楽浄土にいるような
心から しあわせが 湧きこぼれることだろう。

ジジも 家族の 誰もが
サンタさんの 笑顔の中で

私たちも見習って 【聖人】の真似事でも
したい。

そんな 少し早めの クリスマスイブでした。
合掌

【苦しいのは 私だけではない。だれも 苦しさを秘めているのだ】

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本堂再建の 勧進帳を持って
播州の信者さんの 仏壇を 拝んでいる。

先日、造園業をお仕事をなさっている
ご主人の 会社の方に 行かせてもらった。

『どこの寺の お札も
有難いのは同じですが 会社に 入った途端、
正面に お祭りしている 【恵門ノ不動】の
お札が 祭祀されているのを見て
嬉しくなりました。

ご主人との お話で 是非、
お家の 仏壇もお参りしたいと無理をいい、
今日の運びと なりました』

主人は 今年の 9月に 娘婿と代替わりをし
会長職に 就任した。

『親の代から 小豆島八十八ヶ所霊場に
家族 総出で 詣らせて 頂いて いますが
【子育ての ため】と、大義名分をつけ
何年かは お参りをやめていた頃がありました。

と、申しますのも
うちは 3姉妹で 長女は 夫と一緒に
造園業の 後を継ぎ
次女 夫婦も しあわせに 暮らしている。

只、三女だけは 軽い障害を 背負って
生まれてきた。

驚いたし、悲しかったのです。

これだけ 小豆島八十八ヶ所霊場に 参拝し
おがげを 頂こうとして この子を 頂いた。

神も仏もないワ と、神仏を 恨み
自暴自棄に なったことも ありました。

三女が 5歳に なって
主人が 久しぶりに小豆島にお参りをしよう。
君だけ お参りが 出来ないのは残念だ
と いうことになり

家族で【恵門ノ不動】に お参りをしました。

自動車を 降りてから 山坂 500メートル。
代わる代わる 三女を サポートしながら
石段を 踏みしめていきました。

その 三女の足をみると 余りにも 細くて
痛わしくて いたわしくて…。

ところが もう1組の 参拝者と出会いました。

家族連れです。
お父さんが 子供さんを 背中に背負っています。
お母さんが それを サポートしています。

ふと みれば その 子供さんは
とても 歩ける状態では ありません。

その 後ろから 息を切らせて 石段を
登っているのは 鼻から酸素を いれている
お爺さん でした。

むこうの お父さんが 言いました。

『おたくも 子供さんの お願いですか。
みてください。
こんなに 元気に なりましたよ』

その お父さんの 言葉を聞き
頭の中が 真っ白に なりました。

どうみても うちの子の 障害の方が 軽い。
でも、この お父さんは 希望を持っている。
神仏の 力で こんなに 元気になりました。

この子の お父さんだけが
そう 見えるのかも しれない。

でも 信じたり 信じるのを やめたり
腹を たてたり よろこんだり…

そんな いい加減な 信仰でなく
この お父さんは 【真】から 信じているのだ。

絶対に この子は お陰を 頂けるのだ と。

つまらぬ事に 一喜一憂したり
不平不満で 悶々とした ひぐらしをしたり

無駄な 5年間を 過ごしてしまった。

この時、私は 目が覚めました。

お堂に 着いたのが ちょうど 一緒になり
同じ 護摩を焚いて頂きました。

そして 今 ここに来て
三女も ずっと 元気になったような
気が いたします。

何にしても 中途半端は ダメ。

心から 、真から 縋り、
挑戦してみれば きっと 視野は開けてくる。
私は 今 しあわせ です』

ジジは 門を出て もう1度 振り返った。

『奥さんは 今 本当にしあわせだろうな』

主人が 仕事を譲って 会長職に。
娘婿が 後を継ぎ 会社もうなぎ登り。
次女も しあわせに 暮らしている。

三女も みんなの 愛を 一手に貰い
1日 笑顔を 絶やさない。

晴れ晴れした 気持ちで
師走の 播州道を あとにした。
合掌

【八風ふけど 動じない 強靭な 心をもて】

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5000万円 献金疑惑の
東京都知事が 今日、辞職 表明した。

テレビの 画面 いっぱいに 知事は
東京オリンピック パラリンピックを 控え
これ以上 都政を 停滞させるわけにはいかない。

都民や 国民の みなさんには
大変 心苦しく 申し訳なく 思っている。

お金を 借りたことは
悪いことだとは知っていたが
素人 ( 知事 ) なので 理念を 誠心誠意
払拭さすことは できなかった。
と 締めくくった。

真相の是非は ともあれ 1ヶ月 前までは
過去 最高得票で 東京都知事に 踊りでて
今年は 東京に オリンピックを 誘致し
押しも押されもせぬ 国民の 花形だった。

【栄枯盛衰は 世の ならい】とは 申すが

私たちが アクセクと日暮らししていると
良いこともあれば 悪いことも ある。

喜びに 満ちあふれることも あれば
悲しみに 明け暮れることも ある。

【世は 泡沫( うたかた) と見よ
世は 陽炎 ( かげろう) とみよ
そう 世間を見る人を 死王は見ることが ない】

世の中での 物事は 泡のように 生まれては消え
移ろいやすく カゲロウのように
現実が ない。

生も 死も 自分自身までもが
不確かな 現象の 1つに 過ぎない。

作家から 都知事になり
国民的 英雄に なり

1ヶ月 後には 束の間の 泡のごとく
今まで 差していた 陽炎の ごとく
無情にも 移り行く。

奢れるものは 久しからず
只 春の夜の夢の ごとし
たけき者も 遂には 滅びぬ
ひとえに 風の前の塵 に おなじ

それに 気づき 実感を得たときに
私たちは 生や 死からの 執着から 脱却できる。

自分への 拘りも消え
死ぬことや 陽炎や 泡のように 消えゆく
現実にも 平然と 立ち向かうことが
できるであろう。
合掌

【長続きは 信用の みなもとで ある】

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京都で 結婚式が あった。

ジジの 友人の長男で
有名先生の元で 仏像を彫っている仏師だ。

10年前に 美大を卒業して
親子で 何度も 先生の工房を 訪ねた。

【三顧の礼】で やっと自分の寝る場所、
半畳を 頂いてから 苦節 10年。

父親が その時の 親の気持ち、子の気持ち、
その時の 状況を 涙ながらに 話した。

先生と一緒に テレビに 出演し
華やか中で そんなに苦労があったとは
つゆ知らず 思わず貰い泣きをしてしまった。

先生が いう。

『弟子の 入れ代わりは 激しく
次々と 入所してくるが 定着しない。

[石の上にも三年] というが そんな中で
よく 10年間、頑張ったと思う。
30人の弟子の中でも キラリと光る 子で
今、金庫番を させています』

『継続は 信頼に つながります。
弟子と 師匠の 関係も 然り』

【忍辱】の行は 六波羅蜜の中にも
書かれているように
私たちの 日暮らしの中でも
もっとも 重要な 事だ。

会社の 採用試験でも そうだろう。
経歴書の 中で、
余りにも長続き出来ない人は
敬遠される。

以前にも 紹介したように
大晦日には 【81番 恵門ノ不動】に篭り
その年の 干支の 仏様を 彫る。

その 仏様も もう 10体にもなる。

私たちでも その通りだね。

1年や 2年は できても
5年 10年と 続けることは むつかしい。

一年の計は元旦にありと 今年こそはと思っても
松の内が取れないうちに
断念して しまったり…。

まだまだ 長い 長い 道程の 半ば。

先生や 兄弟子たちに 教わって
やがて いつの日か
暖簾を分けて いただいた時も

それに 負けないだけの 実力を
身につけて もらいたい。

最後に 賛美歌 312番を
紹介しながら 筆を おこう。

いつくしみ深き ともなるイエスは
罪 咎 憂いを とりさりたもう
こころの嘆きを 包まず のべて
などかは 下さぬ 慰めたまわん
アーメン

合掌

【付き合って 分かるだろう。悪い友人とは 距離をとれ】

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今、孫どもは Lineに 夢中だ。

パパやママと 実況中継できるし
今、孫は 学校を出ましたよと
セキュリティーも 万全。

しかし 一歩 使いかたを 間違えると
大変な ことになる。

この 7月 26日に 起きた
【広島 Line 殺人事件】が 記憶にあたらしい。

Lineで 繋がった悪友が 16歳の高等専修学校生を
集団暴行したのちに 殺害に及んだのだ。

40人前後の Line仲間のなか
6名が 実行犯で 逮捕された。

その やりとりを 1部 見せて頂いたが
身の毛も よだつおうな ものだった。

⚫︎いま 行方不明で さがされよる

⚫︎なんで 殺したん

⚫︎わからん
はら たったけん

⚫︎グルチャで いいあいになって
いまから来いや ゆてなって
タクシーで はいがみねに いって
殴って 蹴ってやら 根性焼きやら しよったら
あんま 動かんようになって
それで 首絞めて 最後に首の骨折って
投げ捨てた

暴行中に Lineで 40人ほどの 仲間に
実況中継していた 人間もいた。

⚫︎耳の中を 根性焼きしたら
気絶したので 外に放置して 対策をねる

⚫︎『いけいけ ! 』
『やっちゃえ』

どうだろうね ?
自分が 同じことを されたら ?

殴られて 蹴られたら ?
耳の中を 根性焼き されたら?

果てて 動けなくなった時、
せめて その時でも 助けもしないで
放置されたら ?

挙げ句の果てに 首をしめられ
首の骨を おられて 投げ捨てられたら?

もし ジジの 可愛い 孫や
愛しい 子供や
大好きな 知人が そんな目に あったら
きっと 気が狂うだろうね。

釈迦も いう。

【悪い友達と 一緒に いるな
卑しい人と 交わるな
善い 友達と 一緒に いよ
尊い人と 交われ】

自省することなく 自分勝手なことばかりして
嘘をつき なんでも 自分の ものにしたがる
人間とは 距離を 置いて付き合った方がいい。

やがて 自分も 染まってしまい
悪を 悪と 感じなく なるから。

人を 愛することを できなくなるから。
合掌

【私たちも みんなから 可愛がられる人に なりたいね】

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南アフリカの 偉大な 父
ネルソン マンデラ氏が 亡くなった。

行年 95歳。

小雨の降る ヨハネスブルク郊外の 球技場で
行われた 告別式には
数万人の 葬儀参列者が 埋め尽くした。

そのなかに アメリカ、フランスドイツ等
100カ国を超える 首脳が顔を連ね
日本からは 皇太子殿、福田 前総理が出席した。

同国の ズマ大統領は
『わが国は 偉大な父を 失った』

ある 大統領は
『世界中から 大きな 灯火が 消えた』

と、マンデラ氏の 死を いたんだ。

ズマ大統領のみならず、全アフリカ住人が
いや 世界中の 人々が その 功績を賞賛し
【我が 父】の 死を 哀れんだ。

反アパルト運動に 身を投じ
国家反逆罪で 27年間、
あの 恐怖の ロベン島で 獄中生活を 送った。

偉そうに言っても 【ゴルゴ 13】で
知る知識しかないが、1度 入獄すると
絶対に 出獄することはない 恐怖の 牢屋だ。

出獄後、アフリカ民族会議 議長
アバルトヘイト撤廃に 尽力し
ノーベル 平和賞 受賞の 栄誉に 輝く。

南アフリカ 初めての【全人種参加】選挙を経て
大統領に 就任する。

人種差別 運動が 世界中の人々から認められ
名実ともに 【パパ】が 誕生した 瞬間だ。

【よく敬礼を守り 常に年長者を尊ぶものには
四つの事柄が 増える
寿命と 美しさと 楽しみと 力を】

釈迦も 申している。

礼儀や 敬意が 疎かになり
偉大なる パパやママを 軽んじてはないだろうか。

船や 電車の中で 年寄りが 往生していても
我 関せずで 席を譲ろうとすら しない。

私だけ 幸せだったら 他の人は どうなっても
かまわないよ。
自分だけが お金持ちになったら
他の人は 食うに困っても 関係ないよ。

自分だけが フランスベット 羽布団で寝ても
他の人は センベイ布団で寝ても 知らないよ。

これは 【慢心】している証拠で
人への 思いやりは おろか
自分を 大切にする 気持ちも 失われている。

日々の 礼儀礼節 、敬意を 大切にしていれば
自心が 整い 良い心が 生まれる。

そして そんな人間は
いざ 自分がその立場に 立たされたとき
誰も 見向きもせず 通り過ぎていくだろう。

マンデラ氏は 違った。

人民を 敬い 国家を 敬い 人種を 敬ったからこそ
【世界の パパ】と なったのだ。

私たちも 【素晴らしい パパ】を 目指して
みんなに 可愛がられるような
人間に なりたいね。
合掌

【君を 虐めたり 泣かしたら パパは 生命を張るよ】

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【父の 肩を揉む
刻々と 刻まれる年輪に 父の愛を感じる】
本人

若くして 父親を亡くした 娘さんが
生前中の 父の 大きな背中を 想い浮かべて
綴った 歌だ。

顔や 手には ご苦労された
年輪が 深く 刻まれていたんだろうね。

『パパは 君の 笑顔が一番 嬉しいだよ。
もし君を 虐めたり 泣かしたりする人がいたら
パパは 身体を張って 君を守るからね』

抱っこしては 笑ながら そう 言い続けた。
その パパは もう 居ない。

少女の 綴った 歌を見せ
親の 子供に対する心を 話すと
友人は 顔を 歪めて 言った。

『昔の 事なんだけどね。
僕は我が家の 飼い犬に ひどいことをした』

『仔犬を 貰ってきて 飼い始めたのだが
はじめは 僕と 仔犬の 二人三脚で
睦まじい 日々を 送っていたんだ。

家族が 増え、
それと共に かれは 15年と 年を取ってきた。
ある日、夜遅く 酔っ払って 帰ってくると
僕に 向かって 《ワン ! 》と 吠えたんだ。

二人三脚で 仲睦まじい 日々を 送っていた
僕と 君が 《ワン》か』

なんとも 言えない無念感と
勢いで 思わず ポカンと 叩いてしまった。
彼は キャンと よろめいたが
あくる日、目を覚ましてみると 驚いた。

今まで 尻尾を 振って 飛びついてきた犬が
隅の 方に 後退りをして
ブルブルと 震えているのだ。

驚いて 頭を撫でてやると 余計に 尻込み
震え方も 大きくなる。

釈迦も いう。

【すべての者は 暴力を 恐れる
命は 全てのものが 愛する ところ】

わたしも あなたも 暴力を受けるのは
恐ろしく 命を 愛おしく かんじる。

【十善戒】の 1番 始めに 【不殺生】とある。
汝 生き物を 殺すべからず

私たちは 隣のひとに
愛の手を 差し伸べはしても
決して 殺したり 暴力を振るったり
悲しませるようなことを しては ならない。

どんな 小さな生命でも 尊く 大切なもの。

それを 忘れて 私たちは 職場で 学校で
悲惨劇を 繰り返し 悲しませることが
多々ある。

パパが わが身に かえても 守ろうとする
可愛い 命を。

『畜生でも されて 嬉しいこと、
されて 嫌なことが わかるんだ。

ましてや 人間が 人間を 傷つけることなんか
絶対に 許せない』

本当に そうだね。

自分自身が 気づかずに
あいての 心を 傷つけているかも しれない。
合掌

【その時 その時 理路整然とした 対応を】

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1本の 大変 お怒りの電話が かかってきた。

『電話を かけてこいと 言っているのに
礼の 電話も かけてこらないのか。
大きな事は 出来ないが 貧者の一灯で
させてもらったのだが 馬鹿にしているのだろう』

いやはや 大変な 怒りようだ。

『えっ ? まだ 引きづって いたのですか』

先日、本堂再建の 地鎮祭があり
多額の ご寄進をもって 出席して くださった。

家内が 耳打ちをした。

『大変 お怒りで 後で 電話が欲しいと
言っておられます』

多勢の 出席者の中で その姿を 発見するのは
容易なことでは なかった。

そこには 平家カニの ような顔をした
本人の 顔が あった。

『この おめでたい日に 怒らんでもいいだろうに』

家内には そう言ったが

『これでは いかん。
電話で 話すことでも お礼を申すことでも ない。

今、飛んで行って お礼と
お礼が遅くなった お詫びをしなくては』

お礼や お詫び、忙しい中、出席をいただいた
感謝の意を 誠心誠意 伝えたら
平家カニの 顔が 和んだ。

電話で 言うようなことでも なく
この件は 既に 一件落着したものと 思っていた。

そこに 今日の 電話だ。

【大きな岩が 風に揺れないように
賢人は 避難にも 称賛にも 動じない】

私たちは 褒め言葉をいただくと 嬉しくなり
けなされると 腹がたつ。

これは 世の常だが 喜びの先には 慢心が
怒りの 先には 憎しみが 生まれる。

その心の 乱れは 三毒【貪瞋痴】として
もっとも 反省をしなければ ならないことだ。

どんな 荒波にも強風にも 揺れることのない
大岩のように
小事に 一喜一憂せず 泰然自若と した
心を 持たねば ならない。

物事から 逃げたり 無視したり
先延ばしにすることは
人間として 1番 良くないことである。

言うべきことは 言い
謝るべきは あやまる。

これが 人間としての 最低の
マナーでは ないだろうか。
合掌

【悪を見たとき 逃げないで 教え諭せ )

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中学3年生 (15歳) 男子生徒を 裸にして
監禁し 性的虐待を加えたと
尼崎に住む 43歳の 女性が 逮捕された。

女性の長女と 15歳少年との 交際トラブルから
『奴隷になって 家に 住み込むか』と、
虐待に 発展したのだが
背景は それだけでは 済まされないようだ。

女性の 3DKの マンションを
14歳~16歳の 男女6人に 提供し
その 少年少女は 不適切な生活を 送っていた。

彼らは 虐待をしたわけだから
逮捕は 免れないだろうが
ジジが 顔を しかめるのは その 暮らしぶりだ。

16歳だと 懸命に 働いている人も
居るかも しれない。
しかし 14歳ということは どうみても中学生、
義務教育中の 子供だ。

テレビの中で 隣近所の 住民は
顔を しかめて 言う。

1番 多いときは 20人ぐらいが 出入りし
昼夜なく 奇声をあげ 散財をしていたそうだ。

43歳 女性にしても
出入りしていた 少年少女たちの
親 兄弟にしても
奇声を 毎日のように聞いて 生活をしていた
近所の 住民にしても

なぜ このような 逮捕劇になるまで
事を 放置していたのだろう。

なぜ 諭すなり
他の救済方法を こうじなかったのだろう。

釈迦も いう。

【教え諭し、良くないことから 人を遠ざけよ
その人は 善人に愛され 悪人には 愛されない】

人が 間違った事を したり 考えたとき
その 間違いを 教え諭し 守ってあげよう。

その気持ちを 無視して
助言に 聞く耳を 持たない人は
反省も 向上心もなく
益々、悪に 染まって いくだろう。

教えや 諭しを 素直に受け止め反省をし
自身を高揚していく人は 悪を 寄せつけず

また 悪に染まっている人に
自ら 救いの御手を 差し出すだろう。

知らぬふりをして 事から逃げるのでなく
我が事のように 教え諭し

諭された 方も 素直に反省をして
悪の道から 抜け出していく。

これが 【真理】であり
わたしたちの しあわせに 繋がることだ。

【富も 名声も 100年経つと 忘れ去られて しまう】

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【地鎮祭】を前にして 歴代住職に報告した。

現住職が
『初代住職から はじめ奉って歴代住職が
喜怒哀楽を 共にした本堂の跡地に 立たせて貰って
感慨深いものがある。

新たな 子安観音寺の 幕開けとともに
気を 引き締め 護持 発展につとめたい』
と、決心を のべた。

ところが 式典にはいり 住職から質問がきた。

『初代住職の お名前は 誰でした ? 』

妙なもので いつも スラスラ出ていることが
不意に尋ねられると 出てこない。

考えると 考えるほど 出てこない。

我ながら 驚いたことは 初代を 含めて
5人の お名前しか 知らなかったのだ。

寺の 歴史を紐解いてみると
讃岐 飯山より 太郎兵衛 次郎兵衞の 兄弟が
小豆島に移り住み、
各地の 寺や 庵を 統合して 子安観音寺ができた。

兄は 【宥澄】と名乗り 初代住職に。
弟は 【母倉】と名乗り 寺の下で 歴代 寺を支えた。

村垣家というと 大政奉還まで 高松藩に仕え
明治になって 私の 祖父が 子安観音寺の
小僧に 入った。

それまでは 【結婚】という 前例は なく
弟子から 弟子に 引き繋がれて いた。

そんな 中で 5人のお名前しか
頭に 浮かんで こないのだ。

みなさんは どう ?

ご両親が居て、おじいさん おばあさんが居て
その前の 祖父母は ご存じだろうか ?

大概が 3代ぐらいまでは 把握していても
4代前となると なかなか むつかしい。

【ああ…この身は 直ぐに
地上に横たわるであろう

意識を 失えば捨てられ
無用の 木切れの ようである】

私たちは 生きているときは
富や 地位や 名誉に 差があっても
ウンと 目をつむれば

誰も みんな その辺の 棒切れ 木切れのように
地上に 横たわるのだ。

国破れて山河あり 城 春にして草木ふかし…

栄枯盛衰は 世の習い

如何に 財産を残し 名声を残しても
100年も経つと 忘れ去られてしまう。

世の中の 無常であることを 知り
俺が 俺がと 自我を張らず
心 静かに しあわせな 日暮しを
送りたいものだ。
合掌

【怠惰を 繰り返し 不平不満な 毎日を 送っていては 駄目だ】

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『あと 半年ですね~。
でも 人間の 生命、不思議なものです。
5年も 10年も 長生きした方も います。

本気で 病気と 闘ってください』

ジジは まだ その経験はないが
そんな 宣告を受けた かたは
最初は 頭が 真っ白になり
やがて 医者の言葉を 理解して
泣き叫ぶ そうだ。

【人々は 《私たちは 死ぬものだ》と
悟っていない。
もし それを 悟っていれば 争いは 終わる】

諸行無常の 風が吹き 生命あるものは
いつか 旅立つ。

しかし いつか 死ぬのだろうなと 思っても
元気な 間は それは 漠然としか 分からない。

今から 20年も 30年も 以前の 話だ。

寺の下に ジジと 仲の良い 同級生がいた。
その 母親の話だが
この人は 医者に 宣告を受けたのでは なく
突然、無常の風が 吹いた。

父は いつものように 石を出すために 山に
母は 縫製工場へと 元気に出かけた。
ところが 母親が 行ったきり
帰らぬ人と なったのだ。

葬式の後、父親が 顔をクシャクシャにして
声の限り 叫んだ。

『こんな事が 分かっていたら
出かけるとき 喧嘩なんか しなかったのに。

こんなに 若く 早く 死ぬのだったら
もっと もっと 大切に したのに』

そう 私たちも 同級生の お父さんも
限られた 命を知っていれば

つまらない 怒りにかられて争うことが
如何に 愚かなことであるか 気づくであろう。

そして 争いよりも 今、私たちが
何を どのように しなければならないか
考えるだろう。


無常の 風は いつ吹いて来るか 分からない。
その時に 後悔しないように
元気な 今、
悔いのない 毎日を送らねば ならない。

怠惰を繰り返し、
不平不満な 毎日を 送っていては
駄目だよ。
合掌

【良いおしえは 誰でも 何処でも 伝道できる】

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『これが 小豆島に来れる 最後かもしれない。

わたしの 思いを 住職にお伝えしたいので
時間を とってほしい』

彼は 現在 92歳。
高等学校の 校長先生だった。

『しまった しくじった
こんな 素晴らしい世界だったら
教師でなく 僧侶に なるのだったのに』

定年退職してから 小豆島八十八ヶ所巡拝を
縁に 仏教書との お出会いがあり
小豆島大観音 建立には 絶大なる世話に なった。

その 先生が 自分で 人生設計を立て
多分 これが 聖地を踏む 最期の機会だろう
と、仰るのだ。

時が経つのも 忘れたかのように
住職と 2人、お話し合いが つずいた。

ジジも
少しだけ お話を聞く事が できた。

『親が 子を殺し、子が 親を殺す。
いじめの 件数は年間 公表されているだけで
20万件。
いじめによる 自殺者は 300人を こえる。

これは 全て 自分の欲望さえ満たされれば
人は どうなっても かまわないという
自己中心な 思い 行動からの 出来事だ。

そして その心を 改心させるのが
釈迦や 空海が説く 仏法であり
それを 広め 伝えるのが あなたがた
僧侶の つとめである。

本堂は なくても 身体 1つあれば
どこででも 伝道できる』

釈迦も いう。

【恥を知り 清きを求め、執着を離れ 謙譲で
真理を 求め、浄く暮らす人の生活は し難い】

わがままで 厚かましく 恥も知らず
平気で 人を傷つける人、
そんな人の 生活は 容易な ものであろう。

反対に 執着や 欲望から離れ 謙虚で
恥をしり 物事の真理を見極めようとする人は
それを 実現するために
懺悔し 後悔し 悔し涙をながし
困難に 立ち向かっている。

しかし その 人生は 真理にふれる 喜びに
満ち溢れた もので あろう。
と、結んでいる。

その 釈迦の 教えを伝道することに よって
人々が 目を覚まし

世界が 平和になり
いじめや 自殺者が 減り

和気あいあいと 手と手をつないだ
明るい 社会 職場 学校 家庭を
築いて いきたいものだ。

誰かが 先生に 言った。

『先生、この前 来られた ときとりも
すっと 顔色もよく お元気そうですね』

そして 誰かが いった。

『先生。
こんなに お元気でしたら 100歳までは
大丈夫ですよ』

笑顔で
『そうな なあ…』
合掌

【小豆島霊場 第80番 子安観音寺 地鎮祭】

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小春日和のような じっとして居ても
汗が流れる 今日、地鎮祭があった。

【住職 挨拶】
初代 宥澄法印から 4~500年
歴代の住職が この本堂で 境内で
多くの 檀信徒のみなさんと 泣き 笑い
喜怒哀楽の歴史の中で 今日、
私がここに 立たせていただいている事は
感慨深いものを 感じる。

皆ざんとの 深き ご縁えお大切にして
共に 助け合い 立派な堂宇を完成して
新たな 子安観音寺の 1ページを 築きたい。

【日本 スリランカ 友好協会会長
ペルポーラ ビパッシー大僧正】
人間が しあわせになるために
4つの 条件が 必要である。

村、寺、仏舎利、池。

山の中で 1人で生活しても 幸せを得られるが
それよりも 村ができ 都会が形成され
大勢の人が 寄り添い 助け合い
切磋琢磨して【 市 】を開くことが大切だ。

それには 心の拠り所 【寺院】がいる。
寺は 1人のものではない。
その寺を 信仰する 全ての人のものである。

寺院には【教え 法】仏舎利が いる。
釈迦の教えを 読み 聞き 実行せなば ならない。

大勢の人が 集まるところには 水が必要。
農業、飲み水 エトセトラ。
なによりも 心の 洗濯をしなければばらない。

今日は その 4つの条件のうちの 1つ。
本堂を 建てるための 地鎮祭があり
大変 めでたいことだ。

【信者 代表 】
堂宇を建立し
その堂宇が 大きければ大きいほど
美しければ 美しいほど
威風堂々と 荘厳であれば あるほど

素晴らしく こんなに 有難いことは ない。

しかし その堂宇は 外を覆っているもので
それに見合うだけの 中身が 入ってなければ
ならない。

1人でも 大勢の人が 参拝し
その 人たち 全てが 馥郁と 帰っていく
そんな 寺院づくりを しなければ ならない。

それには 釈迦の 教えを説く
その時、その寺の 住職の 姿勢が 大切だ。

参拝者に しあわせを もたらし
また しあわせを頂きに 寺に行こうと
リピーターを作る そんな 住職になって 欲しい。

【棟梁:西嶋工務店 社長】
雲 1つない 冬晴れの中 地鎮祭を執り行ったが
こんなに本式の 法にそった
地鎮祭を 体験したのは 始めてだ。

昨夜は 夜寺院、檀家、業者、相 助け合い
夜 遅くまでかかって 今日の準備をした。

全て 準備万端 相整い、
それでは 明日と 解散したあと
現場に 小ちゃな 電気がついている。

不思議に 思って 覗いてみると
木枯らしがふく ミッドナイトの近い 夜更け
一生懸命 1人で 現場を 掃き清める
住職の 姿が あった。

言葉だけでなく 本当に 熱いものが込み上げて
思わず駆け寄って
わたしも ほうきを 持たせて貰った。

ああ 住職は 真剣なんだな。
そして 2年後に 本堂完成の 暁には
立派に 護持して いかれるだろうな。

その 住職のためにも 一丸となって
素晴らしい 本堂を 建てなければ。

心と 顔を クシャクシャにして
ほうきを 持ちながら
強く決心を させて もらった。

残念ながら ジジの 出番は ないまま
ポカポカ陽気の中で 地鎮祭は 終わった。
合掌

【他人との 戦いでなく 自分自身との 戦いなのだ】

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フィギュアスケートで 男女とも日本人選手が
見事、優勝をした。

19歳の 選手が 優勝会見をした。

『試合に出た以上、相手に勝つことが必要だが
それよりも自分が 今まで励んできたものを
全て出し尽くすことの方が 大事だ』

【人事を尽くして天命を待つ】

人は 人。
自分は 一生懸命 努力研鑽を 積み重ねた事を
精一杯 出し尽くす。
それで 負ければ 残念だけれども仕方が無い。

そう 言っているのだ。

わたしも 20年ぐらいまえに
ゴルフを 教わったことが ある。

本当は 素質がなかったから
上達しなかったのだが
『大観音 建立と 重なったから』と言い訳して
挫折して しまった。

友人は
『やる時は 集中して 毎日のようにやらなければ
上達しないのに あなたのように 1が月に1度や
2ヶ月に 1度では 、折角 身につけたものが
ご破算に なっている』
と、慰めて くれた。

その 友人が このようにも 言った。

『ゴルフは 人との 戦いでなく 自分との 戦いだ』

そうかもしれない。
打った 玉が 大きくそれたり 谷の中に 落ちると
『しまった ! 』とも 思い 頭に血が上る人もいる。

冷静に 対処すれば
少々のしくじりは 取り戻せるのだろうが
頭に 血が上ってた 人間は 大振りしたり
それにも 増して ミスショットを する。

【この身は 水瓶のように もろいと みて
この心を 城のごとく 安住させよ 】

私たちの 身体は 素焼きの 瓶のように 脆い。

どれほど 身体を鍛えても 心の中に
次から 次へと 欲望が 泉のように
湧いてくるのは どうしようもできない。

しかし どこから 攻め込まれても
決して崩れない 頑強な城のように
私たちの 心の 持ちよう次第で

心を安定させ 欲望や怠惰に捉われなくなる。

私たちにとって 身体を鍛える以上に
大切なことは、精神を安定させ
生半可なことでは 決して 揺るがない

強い 心を作り上げることだ。
合掌

【せっかく 頂いた生命。最後まで 突っ走れ】

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『失礼ですが 法主さまの仏様に対する
縋りようは 私に対する比では ありません』

『なんと…。
己達の 域には 達せぬまでも
それなりの 修練は積んだはず。

心から 本尊にすがる 心はできていると
おもいますが…。』

58歳の 主婦の前に ひれ伏して
身体も 心もズタズタにされた 瞬間だった。

『法主さまの 縋りようなんて まだまだ甘い。
真から 心から お縋りしたことは ありますか?』

『……』

『3年前、55歳で ガンに なりました。

ガンを宣告されるということは
死刑を 宣告されるのと 同じほど
心の動揺と 戸惑いど 大きな 悲しみの中で

瞬間 何をしていいのか 分からぬ
方針状態に なります。

真っ先に 付添いで 来てくれていた
主人と 子供達に すがりつきました。

家族は 只々、涙するだけで
言葉には なりません。

両親に すがりました。

[かわいそうに、
出来ることならば この私と かわってあげたい。
泣きながら 見守るよりも どうすることも
できない]

医者に 見放され、家族は なくだけ
両親は どうにもならない 現実の前に
ただ、うなだれるだけ。

そんな時、知人より
【小豆島霊場 第81番 恵門ノ不動】
【小豆島霊場 島 只1カ所の 病気封呪道場
山ノ観音】を 知りました。

取るものも 取り敢えず
飛んで行ったのは 言うまでもありません。

今まで 教職について 30年、
只の 1度も 神仏に手を合わしたことのない
この わたしが 両山の 洞窟で
全身全霊で おすがりを しました。

『あなたは 絶対に 助けてもらえるよ』

洞窟のなかでの お坊さんの1言が
私を 勇気づけてくれました。

小豆島霊場で お陰を 頂き
あれ以来 3年になりますが 今だに 元気です。

わたしは 前向きに 生活しています。
折角、頂いた 生命なんですもの
粗末には できません。

来年からは 復職を 考えているんですよ。
こんな わたしでも
使ってくれるところが あれば。

救って頂いて有難いのですが
抗がん剤やら なにやらで 月に 2~30万円は
必要で 家計は 火の車なんです』

【起きるべきときに 起きず
若く 強いのに 無精で

心が弱く 怠惰なら
真理によって 道は 目覚めることはない】

私たちは ゲットアップする 時間がきたら
しなければ やるべきことが 出来ない。

生かされた命を 充実した 日暮らしを
しようと思えば、まず
起きる時には 起きるということから
始まる。

若くて まだまだ 力があるのに
その体力を生かさずに
誘惑に負け 怠惰な 日々を送っていたら

死を 直前にして 後悔することに
なるだろう。

ジジの 目の前の 奥さんは 違った。

一度は 死んだ。

頂いた 新しい人生は 12分に 活用して
お返し しなければ

ご本尊さまに 対しても
夫にも
子供達にも
両親にも

申し訳が たたない。

くよくよ しないで 残された人生、
しっかりと 生き抜きますよ』

ジジが 奥さんに 諭されたような
清々しい 気持ちで お話に 聞き入った。
合掌集落

【三日坊主は ダメ。続けてこそ 価値がある)

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『ああ 分かった。
やっと 解けた 糸が つながりました』

本堂復興の 勧進帳を持って 播州路を歩いている。

小豆島八十八ヶ所を 熱心に家族で
お参りしている 信者さんの おうちだ。

『熱心に 島霊場を お参りしていますが
きっかけは 何だったのですか? 』
との 気になっていたジジの質問に答えたのだ。

『母親の お教えですよ』

彼の 母親は播州路 きっての有名先達だった。
ただ 1番札所から2番札所という お参りでなく

《ちいさな 助け合い 参拝》
と、銘打って バス 2台の お連れの方全員が
1日に 1度、ちいさな 助け合いをしながら
八十八ヶ所を 巡錫するのだ。

山岳霊場で お年寄りが 困っているとき
『寺まで もう少しですよ 頑張ってね』
優しい 言葉とともに 手を かしてあげる。

ゴミ拾い、草履の整理、席の 譲り合い…

なんでも ないような 小さな助け合い運動が
アッというまに 広がった。

その先達は わたしの 住職就任と
同時ぐらいに 亡くなったから
だんだんと 《ちいさな 助け合い》も衰退し
やがて 無くなった。

その 母親の名前を 教えていただいたとき
始めて 点と 点が 1本の線に 繋がった。

『困っているひとを 見て手を差し伸べることは
誰でもできることで
それは 人として 成さねばならぬことだ。

ただ、その善行を それだけで 終わらすか
死ぬまで 続けるかが 問題である』

亡き 母は 常々 そう 申していました。

【読誦しなければ 聖典は汚れ
補修しなければ 家が汚れ 怠ければ 容色が 汚れ
励みなければ 人が 汚れる】

聖典を 買いもとめても【積ん読】だけだと
大切な 教えを身につけることが できない。

家屋も 傷みかけたその都度、
補修をしていかなければ

カビが生え、蜘蛛が巣を つくり
やがては 住めなくなってしまう。

私たちの 容姿とて そのとおり。

そして 私たちも せっかく 今まで
心を整えて【善行】を積み重ねても
その 努力を やめてしまい

怠惰を 繰り返すようになると
【良き 心】を 忘れてしまい

反対に心の中に 【悪】が 蔓延るようになる。

『良いと 思って やり始めたことは
最後まで やり 貫く。

これが ご本尊さまとの お約束でもあり
三日坊主は 誰からも 認めてもらえません。

母は この世にいなくなっても
わたし、子供、孫まで
母の 教えは 生き続けて います』

ジジが 向こうに行ったとき
何人の 心の中に ジジがあるだろうな…』

首を 傾げながら 門を後にした。
合掌

【サビは 鉄から生じ やがては 鉄を滅ぼして行く。わが心の ように】

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愛知県 豊橋市で33歳の父親が
双子姉妹を 虐待し 脳挫傷による
死に いたらしめたと ニュースは報じた。

45歳の母親が 5歳のいとし子を殺害した。

母親の 年齢からみれば 高齢出産の中で
天から 授かった それは それは貴重な
宝物で あったに違いない。

私の若い頃は
親族が 殺人事件を起こしただけで
その村に いられなくなり 一家で 家を捨てた。

人を 殺すということは それ位 罪深いことで
有っては ならぬことだ。

母親は 33歳の 厄年に ジジを 産んだ。
その母が 死ぬまで 言いつづけた。

『喜怒哀楽 嬉しかった事、悲しかったこと
多々あったが 、生涯を通して嬉しかった事は

生まれ落ちた おなたが わたしの横で
アンアンと 泣いたことですよ。

あの 喜びと 光景は 忘れることができない』

この子に 何かあったとき、
絶対に わたしが 代わって苦しみを
背負いましょう。

……可愛かったのだろうね。

ところが どうだ。
今時の パパや ママは 自己中心で
暴力でも 悪口雑言でも 虐待でもして

自分の 思うどおりに する。

【鉄から 生ずる 錆は まさに鉄を 蝕む】

ジジは 若い頃から 刀剣が 好きで
『なにも 喋らないのもが そんなに面白いの』
と言う ぐらい
1時間でも 2時間でも 見ていた。

しかし 刀剣を愛し
念入りに手入れをしている間は
その鉄は 芳香を放ち 露をたし
鈍い光が 私たちを 魅了する。

ところが 熱が冷めて 1年間も放置しておくと
愛が覚めたのを 悲しむように
風疹のごとく ポツポツと 錆が 顔を出す。

サビの ついた 鉄を 放っておくと
アッというまに 鉄はひろがり
やがては 鉄を ボロボロにしてしまう。

鉄は 自分が 産んだ( 作った) 錆によって
我が身を 滅ぼしてしまう。

私たちの 心も 然り。

悪は 私たちの 心の中に 芽生え
それを 放置しておくと
やがて 悪は 私たちを 苦しめ
しまいには 滅ぼしてしまう。

私たちは 刀剣への 愛を忘れず
常に 手入れを 怠らないのと おなじ

いつも 自省を心がけ 自分の心の中に
サビ( 悪 )が 生まれないように
気をつけなければ ならない。

合掌

【大嘘は 勿論、小さな嘘でも 必ず 報いがくる】

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ジジの 本堂再建の お願いの旅が続いている。

ある お家の前まで来ると 様子が 変だ。
[忌中][お通夜][葬儀]などの文字が 並ぶ。

『お葬式 だ』

信者さんの お宅を回っている時、
本人や ご家族の 葬式に よく 出くわす。

遺族の方は 当然ながら 必ず 聞く。
『なぜ、うちの 葬式が 分かったのですか? 』
と。

その時の 対応で
『風の 噂で聞き、
いつも お世話になっているおじいさんの 事、
取るものもとりあえず飛んでまいりました』

このように 申すと 深い悲しみの中で
遺族は 心より 喜んでくれる。

でも 嘘は つかない。

『ご存知の 本堂復興のために
ご縁のある方を 頼って 歩いています。
門の まえまでくると おじいさんが
お亡くなりになられたとのこと。

こころから お悔み 申し上げます』

小豆島大観音 建立だから 25年も前、
嘘をついたが ばっかりに
若狭の ご住職に大目玉を喰らったことがある。

高野山真言宗でも 大変 お徳の高い人だった。
【団参】といって 檀信徒の方を連れて
小豆島 参拝をするのだが
ご住職は 300人ぐらいの団体だった。

遍路団体は 離合集散 世の常で
大きくなると 小さなグループが 離団して
新しい 会を 結成する。

ご住職の 団体も 80人ぐらいの 団体が分かれた。
ご住職には 可愛がってもらい
分かれた 先達とは 柴燈大護摩の行者で 縁があり
どちらも 懇意に おつき合いを していた。

ご住職が 聞く。

『あの 行者の グループの所には 行ったかね ? 』
『いえ、ご住職。
離団してからは 行って おりません。
ご住職から 離れるなんて とんでもないことです』

しかし 事実は 寺の前に 停まっている
ジジの 車の中で 帰りを 待っていたのだ。

律儀に 門前まで 見送ってきた
ご住職に みつかり
それは それは 大変な事になった。

【真実を 語れ 怒るな。乞われたときは
自分の物が 少なくとも 与えよ】

あちらでも こちらでも 天真爛漫と
悪気なしに ちいさな 嘘をつく。

日常生活の中で こういう事はよくあり
こういう人は よく 見かける。

それは 決して 責められるもので
ないかもしれない。

それが ちいさな 嘘でなく
大嘘となれば なおさらだ。

だからこそ 私たちは
常に 【真実を 語り】【怒りの 心を 鎮め】
【協調性を 持ち 人と分かち合える】

努力を しなければ ならない。

25年 前の あの大事件は
陰で ご住職に 行者の悪口をいったという

双方から 大目玉をくらう出来事だった。

『ああ 懲りた。
金輪際、絶対に 嘘はつかないようにしよう』
合掌

【わたしたちは 良い意味で 競争に勝たねばならない】

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午後 9時も 回ったときだろうか。

『おとうさん、今日は 一杯のみましょう』

娘夫婦が 美味しい ワインを用意してくれた。
今日が 結婚 8回目の 記念日だそうだ。

毎晩 12時に ならなかったら 帰ってこない
パパが 今日は 9時に 帰ってきている。

『本当は 昨夜 帰ってすぐに
2人で お祝いをしたかったのですが
社長が 大阪までこられ 今日になりました』

パパと社長は 始めてお出会いするということで
懇談会では 緊張の あまり
完全に酔っぱらってしまったそうだ。

『社長は 本社でいながら パパの存在を しっていて
高く評価をしてくれている みたいよ』

娘が 次第を 解説する。

その 記念日の リベンジを たまたま 来た
私たちも 一緒に お祝いしましょうという訳だ。

釈迦の 教えが ある。

【他の人を 利することが どれほど重大でも
自分に 益することを おろそかにしては
ならない】

《恩讐の かなた》の 実話のように
その 目的のために 一心不乱に 努力をしている
人をみれば、わたしたちは 自分のできる
手助けを 惜しまないだろう。

釈迦の教えの中で 最も重要な《慈愛》も
その人の 心の中に入って 思いやりをもち
優しい心で 手を 差し出して あげなさい
と ある。

しかし 釈迦は その人の 目的が
どれほど 重大で かつ 立派なことでも

それが為に 自分を 疎かにし
成長する努力を 忘れてはいけないと いう。

今日の 結婚記念日の夜、
パパは 社長に 認めてもらったことを喜び
ママは その 喜んだ顔をみて 微笑んだ。

1つの 会社の中で 何百人という 人間が
切磋琢磨して 頑張っている。

お相撲さんでは ないが その上にある
僅かしか残っていない 椅子を目指して
努力を しているのだ。

ただ 自分が その目的をしり それが 為に
邁進するのは 見上げたことだが、

それが為に 他人を 傷つけたり
蹴落としたりしては ならない。

全ての 人が なお一層 努力し
競争しあうことが 釈迦の 教えの
最たる ものである。
合掌

【惰眠を 貪っているのは ブヨブヨ肥えた 牛のようだ】

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ジジに とって 大変なことがおきた。

先日 子安観音寺で 厳修された
【報恩感謝の 柴燈大護摩】御導師に
住職 よんなき事情で
わたしに お鉢が 回ってきたのだ。

一夜ずけ ならば まだ勉強ができるが
今が今のことなので 時間がない。

こんな 背を腹に変えられない
突発的な 出来事って みなさんもあるよね。

全く やれなくて 失笑を受けるか
オロオロしながらでも なんとか やるか
万雷の拍手の中で 堂々と やり遂げるか

これは 毎日を 弛まない努力をしている人と
平々凡々と 惰眠を貪っている人との 違いだ。

【学ばぬ 人が 老いるのは 牛のようだ
肉は 増えても 真理を知る力は ふえない】

テレビで 紹介される 大草原の牛も
北海道や いろんな牧場に いる牛も

彼らは 朝から晩まで 無心に草を食んでいる。
そして 眠った あとも 今まで食んで居たのを
忘れたかの如く また 夜まで 草を食む。

そんな 毎日を繰り返した 牛は
ただ 醜く 太り やがて 老いさらばえて いく。

皆さんの 中にも 何の目的もなく
おこたの中で ミカンや饅頭を 方貼りながら
ぶよぶよした お腹を捩らせて
テレビの おもりを している

そんな人、多くないだろうか ?

わたしたち 人間も 目的も 楽しみもなく
成長をめざす 努力も なければ

それは 呑気に 草を食んでいる 牛と
全く変わりがないのかも しれない。

先日 逝去なさった 巨人軍の 名監督も
連戦連勝 無敗の大投手も

『次の五輪は わたしの 集大成です』と
スランプを 跳ね返した アスリートも

一時は 引退をしていた ママさんの 復活も

私たちが 知らないところで
血の滲むような 努力に 努力を 重ねた
賜物であろう。

私たちは そんな大きな事を 考えなくてもいい。

急がなくても いい。

小さな 目標をたてて
牛のよだれの 如く その 目的に向かって
弛まない 努力を重ねることこそ

人間として 生かさせて頂いている
私たちの 使命では ないだろうか。
合掌
プロフィール

子安観音寺

Author:子安観音寺
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