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【苦しんで 苦しんで 美しく 花ひらく 】

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小保方 晴子さんって 知ってる ?

常識破りの 新型 万能細胞
( STAP細胞 ) 開発に成功。
30歳 美人先生 時の人だ。

早稲田大学 ハーバード大学等
エリートコースを歩んだ彼女も
今日に至るまで 順風満帆では なかった。

しかし 並はずれた努力家の彼女には
血の滲むような 努力が あった。

( 英科学誌ネイチャー) では
『過去 何百年の生物細胞学の
歴史を 愚弄している』
と、レポートを 突き返された。

彼女 曰く
『なんども 辞めようと思ったけれど
あと 1日 頑張ろうと 続けてきて
いつの間にか 今日に 至った。

やめてやると 思った日も
泣きはらした 夜も 数知れないのですが
今日 1日、明日 1日だけ 頑張ろうと
思って やってきた。

空海が 真言密教を 求めて 入唐した時の
決意の 文が ある。

【波濤 万万にして 雲山 幾千ぞ
来ること わが 力に あらんず
帰ること 我が 志に あらんず】


越えてきた 波の数は 幾万か
我が足で 越えてきた 山々は 幾千か。

ここまで 来ることが出来たのは
自分の 力では ない。

帰ることも また 私の 意志ではない。

真言密教 第7世 恵果阿闍梨より
お教えを受けることも
万里の波濤を 越えて 入唐したことも

恵果阿闍梨が
『早く 日本に帰って 密教を 広めなさい』
との 指導で 20年の留学を
足掛け 3年で 帰国したことも

自らの 能力ではないし
自らの 意志でも ない。

真言密教 布教伝導という大きな 志をもって
帰国するに あたって
空海は このようにも 言っている。

【願わくは 大いなる福運をもって
国土が 安泰で 万民が豊かで
しあわせに なりますように。

1度 この密教の 教えを聞き
1たび 目にするものは
おしなべて 悉く
煩悩から 解脱するだろう

入唐 学法 沙門 空海 】

晴子さんも 【万能細胞】を 研究するため
万里の波濤を 越えて 渡米して
それを 【1日もはやく 実用化する】という
大きな 夢と 希望を 抱いて 帰国した。

がんばり屋の 晴子さん、
1日も 早く 1ときも 早く 実用化させ

苦しんでいる 大勢の
善男子 善女人を 救済して貰いたいものだ。
合掌
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【共に 手をつないで ユートピアを 目指そう】

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小学校の 孫が言った。

『学校でウイルスが 蔓延して
6年生は 学年閉鎖になった』

母親が 口癖のようにいう。

『学校から帰ってきたら
手洗いと うがいは 必ずしなさいよ』

『日曜日には ダンス オブ ハーツの
発表会が あります。

風邪を こじらせたら 出れなくなりますよ』

ノロウイルス ロタウイルス
中国では ブタウイルスまで流行のようだ。

対岸の火事の如く 他人事と思わず
大流行せぬように 常に予防するという
弛まない努力が必要だ。

空海も 更に 諭す。

【咄なるかな 同志よ
何ぞ 優遊 せざる】

さあ どうしたのです。
友よ 同志よ。

どうして 山に [法身の 里] に 入らないのか。

24節気で 皐月 21日は [ 小満 ] に あたる。

秋に蒔いた 種が頭を擡げる 時節で
穂がつくと 『ああ 今年も良かった』と、
一安心したことから ( 少し 満足する ) と
付けられた 名前だ。

そこで 空海は 警鐘を 鳴らす。

私たちが 生まれ育った この娑婆生活の中で
大小 ありとあらゆる 諸問題が起こっている。

政治、経済。
戦争。

会社の 問題。
地域の 問題。
対人関係。
家庭内の ゴタゴタ。

そして 今回の 孫の 学校での伝染病の問題。

大きな問題から 取りに足らない問題まで
指を折って 探すと 枚挙に いとまない。

その全てが 般若心経の 【空 】で
私たちの もっている 心の 問題だ。

【小満】なんて 悠長なことを 行ってないで
一緒に 手をつないで 山に登ろう。

私たちが 目指している ユートピアへ。
密厳国土へ。

【求道が 芽生えたら 迷わず 突き進め】

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【小豆島霊場 第80番 子安観音寺】
本堂再建の スケジュールも進み
来年 秋の 落慶を目指して
昨年 12月 9日に 地鎮祭が 行われた。

多勢の 寺院さんと お参りの方で
厳粛にも 盛大な法要が 厳修された。

今、改修中の 姫路城にも タッチしている
宮大工の 棟梁 ( 社長 ) が
『こんな 正式な 地鎮祭は 見たことがない』
と、絶賛した。

これは 1から 10まで
住職の 叔父にあたる 僧侶が 取り仕切った。

実際は 私の従兄弟だが
互いに 【兄】【弟】と 呼ぶ。

彼は 1つの事を 始めると
誰がみても『これは 素晴らしい』
と感嘆するまで それに 集中する。

仏教大学でなく 国立大学を 卒業し
獣医の 資格をとり
善通寺にある 少林寺拳法も 4段をとった。

僧侶に なってからも
お経、ご詠歌、説教( 布教師 )と 極め
若き僧侶には 密教の 奥義を伝授する
凄い パワーの 持主だ。

地鎮祭の 前には 住職も おじさんの寺で
お教えを頂いたり
また 直接 寺に来て 伝授した。

空海も いう。

【道に 殉じて 斗藪 ( とそう ) し
直ちに 嵯峨 ( さが ) に 入る 】

心から 仏道を求めるために 世俗を 捨て
そのまま まっすぐに 険しい 山に はいる。

空海が 中禅寺湖畔の 神宮寺 開祖である
勝道に 送ったお祝いの 言葉だ。

彼は 86歳にして 四本龍寺 北の岩山で
天命を全うするまで 自身を 行じ
世のため 人のために 尽くした。

物事を やり始めたら
それに 真面目に 真剣に 取り組み
やがて それが 血となり肉となるまで
やり通す。

勝道上人と 住職の 叔父とは
共通した 想像を絶するパワーの 持主だ。

さて
『いいな いいな。
凄いな 凄いな 』

大笑いをしながら 上をむいて
手を 叩いていては ダメなのだ。

私たちは どうだろう ?

英会話の スクールに 行き
水泳教室に 通い
ピアノを 叩く

その 1つでもが 人前で 披露できるものが
有るのだろうか?

英会話の 教本は どこかに高く 積ん読され
蓋も 開けたことのない ピアノは
捨てるわけにはいかず
お家の 粗大ゴミに なっている。

お仕事 然り
趣味 しかり

せっかく 求める心 (求道)が 芽生えたのなら
直ちに 嵯峨の道に 入らなければならない。

一人前に なってこそ
人さまに 評価されるんだね。
合掌

【真剣に 本気で頼ってごらん。きっと 助けてくれるよ】

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【小豆島霊場 第81番 恵門ノ不動】に参ると
余りにも古く 消えかかっている【縁起】に

大同 4年に 空海が 参拝したと 書かれてある。

遣唐使の 1人として 入唐していた 空海が
その年に 即位した 嵯峨天皇によって
待機していた 九州の寺から
京都に召喚された道すがら 小豆島にも
立ち寄られたのだろういうことだ。

【恵門ノ不動 縁起】に 書かれている。

《右の手と 左の手を 掌に合わせて
南無大師遍照金剛と 唱えた人のところには
この 1つの身体を 何千 何万に分けてでも
飛んで行って 助けてあげるよ》

空海は 天皇の待つ 京都に 登らねばならない。
衣の袖を 引っ張って 涙にくれる
善男子善女人に 後髪を引かれる思いで
いったのだ。

『恵門ノ不動 36峯 見渡すと なんと
播磨の 海が 一望でき
はっきりと 鳥取の 大山が みえる。

わたしの 心は
海よりも深く 空よりも高く 虚空よりも広い。

空海が 文字にも 残している。

【日 出でて先に 明らかに
月 来たりて 晩くいる
天限にに仮らずして 万里は 目前なり
何ぞもとめて こくに乗らん
白雲は 足下なり】

朝日が登ると まず 明るくなり
夜は 月が登る 最後の最後まで 明るい。

神通力に よるものでなくても
この 高野山から 日本の 隅々まで
見渡すことが できるよ。

白鳥にのって わざわざ 行かなくても
大丈夫だよ。

実際 空海が 仰せのとおりだ。

若き日に 高野山で 修行に明け暮れていた頃、
余りにも 寂しくて 行場をこっそり抜ける。

八葉の蓮華の如く ある 密厳国土にて
四方八方 杉山に 囲まれている。

そんな 杉と 杉との 間から
眼下に 町並みが見下ろせる 場所がある。

『あの 町なみは 何処だろう ?
あの 遠くえる 山々の向こうには
瀬戸の海があり 懐かしの小豆島は
この 方角に あるのだろう…』

眼下に 雲海が たちこめ
その 間から 遥かとおくの 山や 町並みが
手に取るように 見えるのだ。

そして 空海は 見下ろして いう。

『南無大師遍照金剛と
真剣に 唱えるものの所には
すっ飛んでいって 助けてあげるよ』と。

空海は 高野山を 入定留身の 地として
そこを 密教の 根本道場と したかったんだね。

みんなも 真剣に 両手を 掌に合わせてごらん。
きっと 飛んできて 助けてくれるよ。
合掌

【美しい水面には 良きも 悪しきも みな映し出される】

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何年か前に 釈迦の故郷 ネパールに行った。

首都のカトマンドゥでの 用事を 終え
古都 京都のような存在であるポカラに いく。

プロペラ機で インドから ガンジス川を
縫うように 飛ぶのだが
その両横は 飛行機の中からでも 万年雪を抱いた
見上げるような ヒマラヤ山脈が つきたっている。

『南無大師遍照金剛…』

哀れなもので 思わず知らず 手を合わす。

今は 変わっていると思うが ポカラも同じこと。
コンクリートを 打っていないグランドのような
小さな 飛行場に 木の葉のように 舞い降りた。

ポカラは スリランカの キャンディと 同じで
大きな湖に 寄り添うように 街ができている。

ボートで 湖の 真ん中ぐらいまで 漕ぎ出す。

しかし私たちの視野に飛び込んできたのは
風光明媚なんていう 表現では 語れない
夢の世界に 迷い込んだようだった。

先ほども 語ったように 万年 雪を抱いた
ヒマラヤの 山々が クッキリと
湖面に 映し出されて いるのだ。

『なんとも 綺麗だ。
でも 怖い。
私たちの 心を映し出されているようだ。

良い心のときは 良い姿で。
悪い心のときは すの姿で』

空海も いう。

【池鏡 無心にして 万色 誰か逃れん。
山水 相 映じて たちまちに看て 腸を絶つ】

空海が 日光 補陀落山 中禅寺の開祖
勝道上人を 讃えて贈った 詩だ。

全ての風景が
何一つ 残さずに 湖面に映し出されて
それは あれこれ 想念(雑念) が起きるものではなく
侘び寂びの 禅の境地の ようだ。

私たちの 心も行動も その通りに映し出されるのだ。

湖面に 写った山々は 更に 溶け合い
山に 水面が 映ったようにも 思える。

その風景を見れば 余りにも小さな
自分の存在に 超絶する。

絵から抜け出たような ヒマラヤ山脈が
透き通るように 湖面に瑶映し

その幽玄な 大自然の中で
気づかない間に
猫の目のように変化する我が 心。
我が 身体。
我が 言葉。

気をつけなければ いけないな。
この水面に 小石をなげて
波紋がひろがらないように。

侘び寂びの中で 禅の境地のように
何物にも 惑わされず
常に 泰然自若としておかねばならない。

ボートに 横たわりながら
夢心地のなかで そんな事を 思ったことが
懐かしく 思い出される。
合掌

【ああ この水は美味しい。甘露 甘露】

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ソチオリンピックを 目前にして
テロが 多発している。

ジジが 1番 行ってみたい国の エジプトも
テロによって 多くの犠牲者が でた。

友人も 『キリストが 張り付けになって死んだ
嘆きの丘に いってみたい』という。
キリスト教徒にしても イスラム教徒にしても
聖地は 同じなのだ。

それらの国をはじめ 各地で暴動が起こっている。
市民を 無差別に巻きこんだ
仁義なき戦いが くりひろげられているのだ。

そんな時、空海は こう言う。

【甘露 乳水 醍醐の油
濛々漫々として 山谷を 流れる】

甘露とは あまくて美味しいものを頂いたときに
『ああ カンロ カンロ しあわせ』と 喜ぶ。

忉利天にある 甘い樹液で 呑むと
絶対に 死ぬことがない。

また 仏教の教えでは 悟りを開き
私たちの 持っている【苦悩】を除いてくれる。

乳水とは 仏さんに お供えする 水のことを言う。
インドでは 王子から 王になる時の 儀式に
この 聖なる水を 頭から 頂いた。

釈迦が 悟りを開いた( 初転法輪) 時、
こんな 話が ある。

釈迦族の 王子であった 釈迦は
思うことがあって こっそり城をでて
6年間の 苦行にはいる。

身体は 骨と皮に 痩せほそり
ニゼレンガの 畔で 身も心も朽ち果てていた。

そこで たまたま 通りかかったスジャータという
村娘に 乳水 ( 乳粥 ) の 供養を うける。

『ああ 悟りを 開こうとするには
心や 身体を 痛めることではなくて
困っている人に 優しい慈悲の手を差し伸べる事だ』

川の 畔の 菩提樹の木の下で 悟りをひらく。

醍醐の油 とは 鳥羽天皇の平安時代は
醍醐寺にも 東大寺にも 油があり
それは 赤々と 燃えていたのだが

それも 大きな寺か 貴族 金持ちに限られていた。
高野山の 【万灯会】の 貧者の一灯の 話をしたね。
油とは それくらい 有難く 希望の灯火 だった。

そんな 私たちの手に入らないような
宝物が 濛々漫々と 山谷を 流れる
私たちが 住んでいる 此岸の世界にも 流れいるのだ。

【正直に 梅雨 雷の 1つかな】 一茶

梅雨時期には 草木は 繁殖し 葉は日増しに
濃いさをます。
入梅という 長雨のシーズンの雨が
やがては 秋の 実りを 約束してくれる。

だが 折角の 慈雨 ( 恵みの 雨 ) も
降りすぎると あちこちに 害を 及ぼす。

風雨順時 五穀豊饒を 祈らずには おれない。

その慈しみの雨が 甘露 乳水 醍醐の油となり
わたしたちの 心と 身体を 癒すのだ。

癒された 心で 私たちは 思いやりの心で
接さなくては ならない。

そうすれば 世界中の 彼方此方で
無差別 殺人なんか 起こるはずが ない。
合掌

【私が 愛しいあなたの心の中にはいり あなたは 私の真心の中に入る】

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『えっ 小豆島大観音の 法主さんが
いらっしゃった? 失礼のないように
綺麗にお掃除してから お通ししなさい』

玄関で 待機している ジジの耳に
家内の テンヤワンヤが 聞こえてくる。

『ご夫婦で 騒動をして いるのだろうか ? 』

暫く待ってから 仏壇の間に通されて驚いた。

90歳も 越えているだろう お婆ちゃんが
定年退職をして お家でおられる
私ぐらいの年恰好の方に 叱咤激励しているのだ。

煩悩を 持ったらいかんと 言い続けている
ジジが なんとも 羨ましく思った。

緒形拳の【楢山節考)では ないが
わたしも 年寄りに…母親にご指南もらいたい。

その両親もとっくの昔に 楢山にお参りしている。

【南方に 独り立ちて 幾千年
松柏を 隣となす 銀漢の 前
日を 頂き、籮衣(らい) して 物外 久し
函書 今向かう 相公の 辺】

この松の木は 南山(高野山)に 育って 幾千年。
その古い松や拍の木が 私の 唯一の友人である。

ボロボロの 蔦の衣を まとい
頭の上に太陽を受けながらの
修行生活も 長くなった。

空海の 書である。
百人一首の中で 藤原興風も うたっている。

【誰をかも 知るひとにせむ 高砂の
松も 昔の 友ならなくに】

長生きは 理想とされ 誰も望むことだが
歳を 重ねるにしたがって
長年の友人が 1人 また1人と居なくなってゆき
遂には わたし 1人残されて しまった。

気をおけない 友人とも死別してしまい
大昔から 立っていた老松が
私の たった1人の 友人であるという
老いの 悲しみの 歌である。

私たちの 心は 猫の目のように
コロコロ 変わる。

好きなものが 嫌いになったり
また その 反対で あったり。

急に 親しくなった 友人は
別れるのも 早いと聞く。

それは 別にしても
折角 縁あって友人になった わたしと あなた。
それを コロコロ変えて行くようでは
決して 【真の 友】は できない。

【入我我入】という 言葉があるが
わたしが 愛しい 友人の心の中に はいり
友人は 私の 真の心の中に 入っていく。

その 相手の 気持ちになり
互いの 思いやりの心を もつ

『そんな友人を つくり 大切にしなさいよ』

空海は 南山から 下界を見下ろして
私たちに そのように 諭されているのだ。
合掌

【同じ 事態を体感し なぜ 人によって思いが違うのだろう】

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赤穂路を 歩いていると
有年という場所に【弥生の里】があった。

『大寒とはいえ 今日も 寒いね。
ここで生活していた弥生時代の 人たちの
寒さは 如何許りだったのだろう』

『えっ ? 今日は 暖かですよ。
テレビで 今日は 小春日和と言っていました』

『へっ ? 』

同じ気温を 体感しながら
固定観念で 大寒は寒いと 思い込む 私と

テレビの天気予報で 小春日和と聞いた
人との 感じ方は こんなに 違うのだ。

若き頃、フランス料理を前にして
ある社長に『もったいない』と
呟きを 頂いたことが あった。

小豆島大観音 建立で 寄付 勧進のため
何度も 上京することもあった。

その日は 勧進の中休みで
1日の 予定が
小豆島子安観音寺にも お弟子さんとともに
参拝された 相撲部屋の 親方に
チャンコを いただき

ディナーは 社長と 共に
ご馳走を 頂くことに なっていた。

ところが お昼に頂いた ちゃんこ鍋が 重い。

美味しい 料理を 目の前にして
いくら頂こうとしても口に 入らないのだ。

『もったいない』

社長は 呟いたのだ。

同じものを 同じ レストランで
同じ時間に 同じものを頂いても

ある人は 美味しく 口に運び
ある人は ご馳走を目の前にして
箸が 進まないのだ。

空海も いう。

【夏月の 涼風 冬天も 淵風
一種の 気なるも 嗔喜 おなじからず】

真夏の 涼風も 厳寒の 寒く冷たい風も
人によって 受け取り方は 違う。

高野山の 真冬の風は
同じ 冷涼なる 風であっても
真冬では 喜びも 有難味も 異なる。

私たちも 【般若心経】空で
勉強したね。

小さなことに 一喜一憂せず
大きな 山のように
大黒柱の ように

揺らぐことなく 毎日を 送りたい。
合掌

【全力で走って立ち止るより 1歩1歩 弛まなく進もう】

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『こだわったら 駄目ですよ』
『とらわれると ダメですよ』
『かたよったら いけませんよ』

薬師寺の 高田好胤 (故) 管長猊下が生前
般若心経の 【空】の講義のとき
必ず こう 仰っていた。

住職を譲って 何か趣味を持たねばならないと
【四柱推命】を 習い始めた。

自信の しあわせを 見てみたいし
あわよくば 参拝の方の 悩みも聞いてあげたい。

ところが 毎日のように 物事に
拘り 囚われ 偏った 生活をしているのだ。

明日の 自分の 【運勢】を 調べる。
夜になって おこなう 比較対象が
こだわり とらわれ かたよって 居るのだ。

『昨日 調べた運勢は ここが 悪いとあったが
実際は 今日は 素晴らしい 1日だったぞ』

逆も 真なり。
そんな 毎日が 繰り返されるのだ。

空海の 教えがある。

【雲 蒸して 谷 浅きに以
雷 渡りて 空 地の如し
風風として 風は 房に満ち
祁々(きき)として 雨は 嵐を 伴う】

高野山の上を 流れるあの 雲もそうだが
この高山を埋め尽くす雲海によって
深い谷も すっかり 浅くなったようだ。

ゴロゴロと 鳴り響く 雷音は
まるで 地響きのようにさえ 思われる。

さつさつと 吹き抜ける風で
私の 住んでいる 貧しい庵にある
カーテンが 風とともに 踊り

音もなく 降り続いている雪まじりの雪は
烈風に まとわるように降り続いて いる。

空海が 京都の 高雄山の寺で
行に 励んでいた時の お言葉だが
雲海も 雷も 雨も風も
大自然の 脅威から考えると
人間の存在なんて如何に ちっぽけなものか。

あの 空海でさえ そう 思ったのだ。
『夜 深くして 寝ぬること 能わず』

高田好胤 (故) 管長の お諭しも実行できず
悶々とした 日暮しをしていることなんて
当たり前の ことだろうか。

ちっぽけな 私たちも
『良いな』と 思ったことは
少しずつ 1歩 1歩 弛まなく実行してゆく。

この 切磋琢磨が 私たちに 課せられた
最大の テーマで あろう。
合掌

【嫉妬心を 捨てれば 心は 楽になるよ】

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みなさんは 嫉妬心って ある ?

あの人は 私よりも この人の方を重要視している。

友人の お家の方が 私のお家よりも 素敵。

出身校が 余りにも 違う。
一流会社で お給金も 差があるのはあたりまえ。
そう 思いながらも…。

【本能寺の変】の 根底は ジェラシーだったと
専門家が テレビで 語った。

丹波 亀山城の 明智光秀で 織田信長は
豊臣秀吉と共に 高松城を攻めることを命ずる。

老いの坂で 道は 2本に 分かれていた。
1本は 備中 高松城に 行く道。
あとの 1本は 信長が 宿泊している 本能寺だ。

『敵は 本能寺に あり』

意を 決して 軍隊は京都になだれ込み
歴史を揺るがす【本能寺の変】が おこった。

光秀は 信長の 子飼いの 武将で
それは 自他ともに 認め合っていた。

比叡山を 焼き討ちし、丹波を 平定した。
これも 可愛がってくれる
信長への 一途な気持ちの 現れだ。

ところが 信長の子飼いに 伏兵がいた。

徳川家康だ。

信長は 家康への 饗応の接待役を
光秀に 命じる。

そこで 『私こそが 1番』と自負していた
光秀に メラメラと 嫉妬心が 燃え上がる。

『信長さま、なにも 家康ごときに
そこまで しなくても いいではありませんか』

この 言葉の直後に 信長に 足蹴りされる。
この事件が 信長と 光秀とが 出会う
最期の 時だ。

空海は 高野山での 【行】によって
私の 心は 雲 1つない 、塵 1つない
晴れわたって しあわせな日暮しをしていますよ
と、言っている。

【不滅不生にして 三劫を 越え
四魔百非、憂うるに足らず
大虚は 蓼廊(りょうかく)として円光 遍く
寂莫 無為にして 楽なるや いなや】

わたしは 深山で 懸命に 行をした 結果、
全ての 物事は 全て 変化する。
生まれ落ちたものは 必ず 死がまっている
諸行無常で 陽炎なようなものと 悟った。

全ての 煩悩 魔障は 既に
空海の 心を 乱すものは ない。

大いなる虚空は 世界に 遍満し
そこに まどかな光が 遍く 満ちている。

それこそ 寂莫無為の 境涯
これを【楽】と いわなければ
一体 何を 楽と いうのだ。

全ての 物事が 変化するように
私たちの もっている 嫉妬心も
刻 1秒と 変化している。

好きな人が 大嫌いになったり
また その 反対であったり。

信長の心も 光秀の心も 家康の心も
刻一刻と 変化するのだ。

空海の ごとく 【諸行無常】を知っていれば
【本能寺の変】は 起きなかったかも しれない。

私たちも 人ごとでは ない。

【煩悩】を 【嫉妬心】を 捨て去ってしまえば
心は 楽に なるよ。
合掌

【鳥が うたい 花は咲き乱れ…そんな理想郷で生活をしたいね】

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お茶の香りの 東海道 遠州森の石松は…♬

『次郎長には1000人ぐらい 子分がいるが
その中にも
次郎長ぐらい凄いのが 沢山 いるぜ』

広沢虎造の 森の石松【千石船】にも
登場するのが
豊臣秀吉の 軍師 竹中半兵衛である。

半兵衛は 【日本の 諸葛孔明】といわれる位
優れた軍師で その秀でた才能を 買って
織田信長が 三顧の礼を 尽くして
遂に 天下取りに 参画した。

信長が 本能寺の変にて 悲運をとげる 少し前
播州攻めで 秀吉が 立往生していたのを見て
荒木村重が 毛利と連なり
小城を 巻きこんで 造反する。

信長は 勿論の事、秀吉も
烈火のごとく 怒った。

その時に 半兵衛は 秀吉に いう。

『殿、怒ったら いけません。
村重には 村重の 考えが あったのでしょう。
村重を 思いやる心を持たなければなりません。

怒りは 平常心を欠き 失敗につながります。
冷静に なぜ 造反したか 反省してみましょう』

実際、思い遣りの心に 感激した
黒田官兵衛の 主、御着藩主や 諸藩は
毛利から 去っていく。

空海も いう。

【山鳥 時に きたりて 歌うこと 一奏
山猿 軽くはねて 技は 倫に 絶す
春花 秋菊 笑って われに 向かい
暁月 朝風 情塵を 洗う】

どこからか 山鳥が 飛んできて
1声 ないて また 何処かに 飛んでいく。

山猿が 周りで ピョンピョン跳ねて
これみたかに 絶倫の 技を 披露する。

七堂伽藍に 遥映する 春の華も
瑜伽三密の 道場にそよぐ 秋の 菊も
和かに わたしに 微笑みかけて くれる。

そして 夜明けの月、朝の風が
知らず識らずのうちに 溜まっている
心と 身体の 塵を 払ってくれる。

私たちの 毎日は どんなのだろう。

物事に 執着して
だまし合い、恨みあい、ジェラシーしあい
心の 平安なく
悪口雑言が 飛び交う 毎日である。

娑婆の 生活って 悲しいね。

花が咲き、鳥は 唄う。
森羅万象 全てのものが わたしに 囁きかけ
裏切りの心も 不平不満もなく
我が 心は 至って 平安だ。

そんな 高野山での 空海の生活って 最高だね。
せめて 私たちの心の中だけでも
空海の 理想郷で しあわせな 生活をしたいね。
合掌

【満天の 星空】

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広大無辺って 言葉が あるね。

ジジの 子供の頃 夏になると
父親に連れられて 海辺まで星を見に行った。

歌ではないが 海と 空の境界線から
視野 一杯に満天の星空が 飛び込んでくる。

2人して 砂浜に 寝そべる。

『宇宙って 不思議だな。
宇宙の果てに大きな 壁で 境界をすれば
その 向こうには 何が あるんだろう ? 』

本当に 不思議だ。
壁の 向こうには 一体、何が あるんだろう。

天下無敵の暴れ者 孫悟空が
三蔵法師と であった場面を思い出す。

宇宙の果てまで いって その柱に
印を付けてこいとの 仰せで
そらきた ガッテンと キント雲に乗って
意気揚々と 出かけるのだが

実は ご本尊さまの 手の 中指に印をつけ
得意満面に 帰ってきたのだ。

孫悟空は そこで 自分自身が
広大無辺な 大宇宙から見て
如何に 小さな 存在であるかを 知る。

飛行機から 見下ろしても
私たちの存在は 蟻や 蜂のようなものだ。

どの蟻が 頭がよく 端正な顔をしていて
よく働くかは 知る術も ない。

それが 大宇宙となると なおさらだ。
私たちの 存在は ミクロの 世界だね。

その ミクロが 偉そうに いう。

怒ってみたり 泣いてみたり
喜んで見たり 哀れんでみたり…

いくら傲慢になっても
声たかだか 叫んで見ても
大宇宙からみれば 塵のような もの。

自分自身は ちっぽけな ものだった。

空海も いう。

【空際は 人の察するなく
法身のみ 独りよく詳(つまび)らかにする】

この世の果てが どうなっているか
誰も それを 計り知ることはできない。

この 大宇宙 そのものである
大日如来だけが この広がりを知り
隅々まで ご承知だ。

私たちは 【足ること】を 知らなければならない。

そして【慈悲】は 広大無辺であって
私たちが 如何なる振る舞いや
恥ずかしい 振る舞いをしたとしても

それは 大日如来の 手の中だけのことで
如来は 決して 手から溢さずに

きっと 救ってくださる。

父と砂浜に 寝そべって
満天の星空をみた あの日が 懐かしい。
合掌

【健康で幸せな 毎日。それ以上 私たちは何を望むのだろう】

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本堂再建も 目標だけは 今年の秋 棟上げ
来年の 秋 落慶法要と 決まったが
手元 不如意にて 勧進の方が 大変だ。

播州路を 歩く。

『わたしは 母の 45歳の子供です。
長年、子供に恵まれず 人づてに
【小豆島霊場 子安観音寺】が あると聞く。

すがる気持ちで 小豆島の聖地を踏んだ
その月から わたしが お腹に入ったのです。

その後に 妹まで 授けて頂き
母は 亡くなるまで
あなたは 子安観音寺さんで頂いたんだと
感謝もうしていました』

『私たちの 本当のしあわせとは なにか
と、聞かれたら 迷わず
日々 反省をし 悪しき点は 懺悔し
心から 仏さんを信じ すがることだと申します』

『同じように 子安観音寺さんで 頂いた
私たち 姉妹ですが
妹には 心から信じ 縋る心が欠如していました。

もし お陰を頂いた あかつきには
立派なものを ご寄進させて いただこうと。

わたしは 妹に いつも 申していました。
信心とは そんなものではない。
今、お供えや 勧進できなくても 良いではないか。
それよりも 心から 信じ すがることだと。

そんな時、妹が 重病に 陥ったのです。

それは それは 私も妹も 心から手を合わせました。
そして 小豆島霊場で 不思議な お陰を頂きました』

空海は いう。

【家もなく 国もなく 郷属を はなれ
子に非ず 臣に あらず 子として 貧に安んず

渇水の一杯 朝に命を 支え
山霞の 一咽 夕に 神を谷う】

わたしには 家も 国も 故郷の親類の関係もない。
人の子でもなく 誰かの 家臣でもない。
ただ 1人、忽然として 貧しい生活に甘んじている。

朝には 谷川の 水を 一杯。
それが私の命を 支えてくれる。
夕べには 山の 霞を 一咽。
それが わたしの 心を 養ってくれる。

『私たちには 国も 家も 家族も 親戚も
全て 持っている。

贅沢は できないけれど 日に日に
其れなりの 生活を させていただいている。

それで 良いではないか。

それ以上、一体 何を望むのだろう。

健康で しあわせな 日暮らしをさせて 頂いている。
手を合わせ 感謝の日々を 送ろうと
思っています』

ジジは 門を 出でてから
もう1度 振り返り
深々と 頭を さげた。
合掌

【早く 執着心を おろしなさい。楽に なるよ】

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今日は 孫たちは ウキウキしている。

久しぶりに パパが会社が休みで
ジジも 何十年かぶるに 参加して
ボウリング場に 行くのだ。

いうも 朝、出かけて行くと
帰りは 深夜になるので 嬉しくてしかたがない。

ところが アクシデントが おこった。

この日のためにと パパが
お仕事をパソコンに一生懸命打ち込んだのを
ちょっと 拝借していた時に
瞬時にして データーが 飛んでしまったのだ。

周囲は 慌てたが
パパは 声を荒げることもなく
笑顔で 再び パソコンに 向かった。

物理的に ボウリング場にいくのは無理になり
お茶を濁すといっては なんだが
近所の カラオケに 行くことになった。

カラオケとなって ボウリングに行くよりも
大喜びをする 孫の中で
ボウリングを 待ち望んでいた 孫は
涙ながらに カラオケにいくのを 拒否した。

空海は いう。

【斗藪 ( とそう) して 早く はいれ
法身の 里】

法身の里とは 密厳国土である 高野山のことで
『どうして あなたは 何の楽しももない
寒い山に 好んで 登るのですか?』との

友人の 質問に

『素晴らしい 法門の 道ですよ。
あなたも 早く 入ってらっしゃい』
と、答えた 名文句だ。

『私たちが 持っている《苦》の原因になる
【執着】を 一切 捨てることができますよ』

一切の 拘りから 抜け出せると いうのだ。

1つの 逸話がある。

1人の 僧侶が 向う岸まで渡りたいが
渡れなくて困っている 裏若き娘とであう。

僧侶は 哀れにおもい 娘を 抱き上げて
向う岸に わたした。

暫くして 連れの僧侶が
『君は 僧侶の身で ありながら 娘を抱いた』
と 避難した。

すると 当の本人 曰く
『えっ あなたは まだ 娘を抱いていたのですか』
と、驚く。

その 僧侶は すでに 執着からはなれ
連れの僧侶は 執着から 離れることができず
悶々と していたのだ。

孫も 『ボウリングに 行く』という
煩悩から 抜け出すことが できなかったら
心に【苦】が生じ 悲しかったのだ。

パパと 膨れて駄々をこねている孫を残して
先に カラオケに行くことに なった。

そして 1時間。

カラオケ場に パパと 孫とが顔をだした。

パパの パソコンが 回復したのだ。
そして 孫の顔は 弾けるような
天真爛漫とした 顔だった。

『ああ 孫は 執着心を 何処かに おろしてきたな』

カラオケ場の 室内は 急に 明るくなり
マイクも 今が花と 鳴り響いた。
合掌

【曼荼羅模様】

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ネパールに お参りする。

大雪を被った ヒマラヤ山脈を見上げて
寄り添うように 生活する住民は
その 彼方此方で 【曼荼羅】を 書いている。

ネパールは ヒンズー教が 大半で
仏教が 少し 入り込んできているが
ヒンズー教の 影響を受けているのだろうね。

【曼荼羅模様】ってのを 聞くよね。

『クリープを いれない コーヒーなんて』
コーヒーに クリープをいれた時の感じが
曼荼羅模様で 大日如来を 中心に
ありとあらゆる 仏さんが おられる。

喜んだり 悲しいんだり
私たちが この此岸の世界で もがいて居る
1つ 1つを それぞれの仏さんが
役割を分けあって 済度してくれる。

空海は 自問自答する。

【遮那は 中央に 座す
遮那は 阿誰の 号( な ) ぞ
本 是れ 我が 心王なり】

毘盧舎那如来 大日が 曼荼羅の 中央に
座して おられる
だが その 大日如来とは 一体 誰をさすのか

大日とは 即ち 私の 心である。

空海は 3つのご誓願の元に
高野山を ひらいた。

⚫︎弟子の 教育のため
花の都、京都では 命がけの行はできない。
人里はなれた 修行の場として

⚫︎真言密教 伝導のため
日本中に 大師信仰を 広める。
その 根本道場として

⚫︎入定留身
衆生を 済度するため この身を 生きたまま
永遠に 留めおく
その 入定の 聖地として

高野山を 私たちは【法身の里】と 云う。

その 中央には お山の象徴である壇上伽藍
【根本大塔】があり 法身大日如来を
祭祀してある。

その 大日如来とは 一体 誰なのかと 聞き
それは 【私の 心】であるという。

如来の 考えていることは
いわゆる わたしの 考えであり

如来の 行いは
いわゆる わたしの 行いであり

如来の 言葉は
すなはち わたしの 言葉である。

相撲の 1番大切なことは【心技体】というが
その 頂点にいて 中央に 座す 横綱は
誰が みても 誰が 考えても

名実ともに 認められたもので
なければ ならない。

私たちも 大日如来なのだから
その名前に恥じぬ 行動をしなければならない。

ウンと 納得しながら
クリープをいれて飲む コーヒーは 美味しい。
合掌

【絵画も 宝石も 本物は いつまでも 飽きない】

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海の彼方の 遠い地鳴りが 現実な地鳴りとなり
やがて ドーンと大きな音がして 揺れた。

19年前 5時45分52秒 正月17日 今日だった。

『地震だ ! 』

『大きかったぞ。
ご本堂は 大丈夫か ? 小豆島大観音は ? 』

寺内 一同で 事態を収拾していた 時、
1本の 電話が なった。

芦屋で いる 次女からだった。

わたしは 無事だったが
兎に角 街は 壊滅状態だ。
殆どの 建物が倒壊し
あちこちで火災が起きている。

何度 電話をかけても
それ以来 繋がることは なかった。

『芦屋まで 迎えに いこう !! 』

ジジも 20年まえは 若かったんだろうね。
もう一度 揺り戻しがきたら
大津波が 起きるかも わからない。

そんな中を 大海原を 突っ切って
芦屋まで 小舟で漕ぎ出し救い出して
島に 連れて帰ろうというのだ。

『どこに 避難しているのだ ? 』
『わからん。なんとか 小学校と言っていたぞ。
とにかく 芦屋まで 行くのが先決だ』

5人の 決死隊が集結した。

大袈裟に 言うのではなく
本当の 死を 覚悟した 瞬間だった。

地震の 影響か 舟は 全く 進まない。
家島群島まできて 1時間過ぎた景色と
1時間まえの 景色では 前の方が 先にあった。

『進まんぞ。
押し流されて いる』

船長が 悲痛な声を 張り上げたとき
携帯電話が なった。
( 当時は いまほど 普及されて いない)

『よかった。
避難していた 小学校から 大阪に移ったらしい。
芦屋まで 来なくて 良いのだって』

結局、目的を 果たすことなく
親戚の お家に 集まった。

寒さに ガタガタ震える中、
用意していてくれた 熱燗の味が 忘れられない。

そして 死を覚悟した
決死隊で 小舟に 乗ってくださった 5人の
ご恩も 片時として 忘れることは ない。

空海は いう。

【南山の 松石は 看れども あきず
南岳の 清流は 憐れむこと 已まず】

高野山で 見ることのできる松と石は
いくら 見ても 見飽きることはない。

高野山の 奥の院に 流れ込む 清流は
変わることなく 常に心を 癒してくれる。

お家でも 絵画でも 衣類でも 宝石でも
二級品だったり まがい物だったら

その時は 気に入っても直ぐに飽きてしまう。

お山の 石も 崖も 小川も 草木も
懸命に 行をしている 空海にとって
全て本物であって 掛け替えのない物だった。

それと 同じく 19年前の 今日、
一緒に 死出の旅の 舟に 乗ってくださった
友の 心は 何物にも変えがたい
本物の 【心】だった。

時が 流れて 過ぎ去ったからといって
決して 風化させては ならない。

今日も みなさんに その時の話をした。

そして 助かった 次女も
今や 2児の 母親と なった。
合掌

【一喜一憂しないで 足が地についた 毎日を】

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本堂再建の 勧進帳をもって
播州の 1軒の おうちの 門前だ。

『うちは 真言宗で ないので
あなたに 拝んでもらわなくて 結構です』

『お四国参りや 小豆島の 大師信仰は
8割方 真言宗でない方が 多いのですよ』

『昨年までは 先生を中心に
お参りをさせて頂いていましたが
亡くなってからは 小豆島とも縁がきれました』

要約すると 先生を慕って 全国各地から
教会に 来られていた信者さんを
1年に 何度か 小豆島の 聖地にお連れしていた。

その先生が 昨年 お亡くなりになり
教会の 一切合切は お弟子さんが持ち帰り
拠り所を失った 信者たちは
散りじりバラバラに なってしまった ようだ。

『それでも 小豆島には お観音さまや 玉垣など
沢山 足跡を残されているので
これからも 是非 お参りを続けてください』

『いや、小豆島参拝も 先生 あってのこと。
先生なき今、もう お参りをすることは
ないでしょう』

そう言って 門は 閉ざされた。


諸行は 無常である。
山川草木、この世にある 全てものは
人心までも 永遠に不変なものはない。

分かっていながらも なんとも後味のわるい
砂を噛んだような思いをしたのは
ジジだけだろうか 。

空海は いう。

【孤雲 定処なく 本( もと )より高峰を 愛す
知らず 人里の日 月を見て 青松に 臥す】

空に 1つだけ浮かんでいる孤雲は
一箇所に 留まる事をしらず 流れてゆく。

もとより 高い山々や 峰に 心を寄せる。
ザワザワした 人里の 起こっている事など
知ろうとも 思わない。

青い松の木の下に 横たわって
月を見上げている方が
無心になれて 心を痛めることもない。

私たちに 今から 山に住み 松の木のしたを
枕にして 行をなさいと 言っても大変だ。

繁忙の 毎日を送っていても
心だけは 空海の教えのように

雲のように流れて 野山に あそぶと

何物にも 惑わせられず
足が 地についた 楽しい生活がおくれるだろう。
合掌

【好き 愛してるって 心から 思う】

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小豆島で 【しあわせ巡り小豆島】が発足した。

小豆島には 島四国 八十八ケ所霊場が あり
年間 多勢の人が しあわせを求めて参拝する。

小豆島は 別名 【オリーブの島】で
エーゲ海さながら しあわせの島だ。

小豆島大観音は スリランカ大統領より
国の宝 釈迦の歯【仏歯】を頂き
パイロット曰く【白い仏陀の島】で
開山当初から しあわせの寺と 親しまれる。

そんな小豆島に 【しあわせ巡り小豆島】が
発足した。

坪井栄 先生の 二十四の瞳 【映画村】
箱庭の美 秋の紅葉の寒霞渓 【寒霞渓ロープウェイ】
島のシンボル オリーブ有する【オリーブ公園】

島の メイン観光施設が しあわせ巡りを 立ち上げ
その中に 【小豆島大観音】が 入ったのだ。

住職の念願で植樹した 3万本の 芝桜に
期待を持って 頂いたのとともに
ジジの 竹馬の友の 尽力の賜物だ。

大観音に 【しあわせ駅】導入の 発案から
この 半年、いや 1年を しあわせ巡りに
費やしてくれた。

友達って 嬉しいね。
空海も そんな書状を 友人に送っている。

【貧道と 君とは 遠く 相知る
山河雲水 なんぞ 能く 隔てん】

あなたと わたしは 古き昔から
良しきも 悪しきも よく知りあった
旧知の 間柄だ。

山河雲水が 遠く 私たちを隔てているが
通いあっている この心は
決して 隔てることは できませぬ。

これは 陸奥守として 赴任した 友人に
遠き 高野山から 宛てた手紙だ。

【真心】とは 煌々とひかり輝く 月のように
明らかで 決して 嘘偽りが ない。

損得勘定なく
邪心なく 猜疑心なく 嫉妬もない。

皆さんは そんな 友人、何人 持っている?
1人も ない人も 居るかもしれない。

友人は しあわせ巡り 小豆島の為に
手弁当で 1年を 費やした。

【言うは やすし 行うは 難し】だ。

もう1人の 友人も 今年で 3年目になるが
境内の 芝桜の 植栽から 草抜き 掃除まで
大阪から 定期的に来ては 助けてくれる。

ジジは 本当に しあわせ者だ。

【しあわせ巡り 小豆島】を 早く 軌道に載せ
一刻も はやく 友人 みんなで
お礼の お茶が 呑みたいものだ。
合掌

【浮かれた 人生よりも 着実な 1日を 】

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今日 年甲斐もなく 変な 夢をみた。

今の 1番 年下の孫と 同じくらいの
現 住職を 抱きあげたのだ。

暗闇の中を ガバッと 起きあがると
寝汗を いっぱい かいていた。

無邪気に遊ぶ あの頃の住職は
本当に 可愛かった。

高々と抱きあげても 胸に強く抱きしめても
あどけなく 笑うその顔は
何物にも 変えられぬ 宝だった。

『なんの 暗示だったのだろう ? 』

目は ますます冴えてきて
まんじりともしないで 朝を迎えた。

空海が 遠く離れた友人に 手紙を書いている。

【京邑の 梅花は 春に先んじて 開き
京城の 楊柳は 春日に 茂し
辺城は おそく 暖にして 春蕊(ずい) なく
辺塁は 早く 冬にして 茂実なし】

都の梅華は 春が訪れるよりも早く
花をつけ 寒々とした中を 甘酸っぱい
香りを 遠くまで 放つ

京の柳は 春の盛りを待って 葉を茂らせる。
都から うんと離れた城は 春の訪れはおそく
辺鄙な所にある 砦は冬を迎えるのが 早く
果実が 実を結ぶこともない。

人生の 殆どが 苦難に満ちた 道程で
春のそよ風が 頬を舐める時間というのは
本当に 瞬きをするごとく 短い。

住職も 晋山して 6年目を迎えるが
ジジが やりたい放題 ひろげた
後始末を 黙って 1つ 1つ やってきた。

ジジは 『頑張れ 頑張れ ! 』と、
横で 旗を振っていれば いいのだが
当人は 言うに言われぬ
茨の道の 連続だった ことだろう。

あの夢は 横で 旗だけ 降っていた
ジジの 心に 【親心】が 芽生えたのかも
知れないね。

なんにしても 灼熱の太陽が
降り注いでいるときに
そよ風が 吹く時間は 誠に 短い。

みなさんも
その 短いチャンスを逃さないように
日頃から 浮かれた妃ぐらしをせず

堅実な 毎日を 送らねばならない。
合掌

【鳥がなき 花は咲き乱れる。そんな境地に なぜ 気づかなかったのだろう】

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大河ドラマの 【黒田官兵衛】みた ?

日本における 3英雄である
織田信長 豊臣秀吉 徳川家康に
多大なる 影響を 与えた勇将だ。

座右の名に
【われ 人に媚びず 富貴を 好まず
人に 左右されず 信念を 貫く】とある。

最後まで No.2で 留まり リーダーには
成らなかったが 良きことだと 思ったら
主従を越えて 手厳しく発言する人のようだ。

彼の 人生ドラマを 考えて
あの 天下取りの 信長 秀吉すらも
人の 哀しい【 性 】と言おうか
人心の希薄さに 大きな淋しさを 感じた。

官兵衛が 山陰にて 交渉に失敗し
1年間、捕虜のみとなる。

『うぬ 官兵衛、寝返った』と、信長は
秀吉に 人質の 1人息子の首をはねよと命ず。

秀吉は 人質の息子を こっそり 隠し
寝返ったのではなく 捉えられていたのを知り
『しまった 早まった』と、悔やんだところに
元気な 息子を引き合わす。

この時の 官兵衛の 気持ちは
信長に対する 恨みと
秀吉に 対する 忠誠をつくす感謝の
2点に 別れたのは 言うまでもない。

やがて 信長が死に
秀吉の 天下とりが 始まったが
忠誠を 尽くす官兵衛に 反して
秀吉の 心は 離れていく。

余りにも 勇将すぎて
『自分に 代わって天下を治めるに
ふさわしい 人物は 官兵衛 1人』
『天下とりを 乗っ取られるのでは』と、
一抹の 恐怖を感じたのだ。

九州 一円を 平定した時、
小早川や その他の 武将には
50万石も 分譲したのに
官兵衛には 13万石しか 与えなかった。

ここにも 人間の 悲しい 【性】を 感じるね。

官兵衛、感じるところあって
家督を ( 捕虜のとき 殺されかけた)
長男に 譲って 隠居する。
45歳だ。

こんな 猜疑心が 生まれなかったら
1600年の 天下分け目の 関ヶ原の戦いで
まさか 豊臣を 捨て 家康に 付いたりは
しなかっただろう。

醜い 人間の 生き様だね。

空海は 言う。

【熱を 風巌の上に避け 涼を 滝の 飛翔にあう
へいらの服に 狂歌し 松石の 房に 吟酔す
渇きては かん中の 水を飲み
飽くまで 煙霞の 糧を 喫う】

長いので 簡単に 説明しようね。

灼熱の 太陽が降り注ぎ
身も心も焼けつくかと おもわれる真夏には
涼しい 微風のふく 小川の横の 岩の上で
暑さを 避け

喉が 乾いたときは
なんの 遠慮もしないで
谷川の水を 欲しいがままに 飲む。

誰にも 気兼ねなく しがらみなく
自分の 思いついたままに
猿のように 飛び回れる
誰もいない 山での 生活。

怒ってみたり 泣いてみたり
恨んでみたり ジェラシーを みってみたり

今までも 娑婆、俗世間での生活は
なんだったのだ。

鳥は なき 川は ながれ
花は 咲き乱れている。

どうして こんな境地に
気がつかなかったのだろう。

私たちも 同じだね。

恨んで みたり
羨んで みたり…

一刻も 早く そんな境地から
抜け出したいね。
合掌

【過ぎ去った 時間は 取り戻すことはできない】

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今日は 檀家総代はじめ
檀家の みなさんさんが 来られ 餅つきだ。

14日に 【お日待ち】の行事があり
檀家のみなさんが 参ってこられ
本堂で お護摩を焚く。

その時に 健やかに しあわせな 1年が
送れますようにと 供えてあった
お餅を お渡しするのだ。

『我々が子供の頃は 酒屋の爺さんがきていたな』

『ああ 体の おおきな 爺さんな。
総代 していたのかな ? 』

『散髪屋の 爺さんも 漁師の爺さんもいた』

『わずか 4~50年前のことだけど
世の中の 移り変わりが 激しいな』

『あと 50年も 経てば 今の若いものが
ワシらの事を 覚えているかな』

『無理やろ。あの 爺さんたちのように
インパクト ないもんな』

『寺の ことにも 関心が ない』

空海は いう。

【一身 独り 生没し 電影 これ 無常なり
鴻燕 更も来たり去り 紅桃 昔芳を落とす】

私たちは 身体を1つで 生をうけ
1人 寂しく お浄土に召される。

まさにイナズマのように
一瞬のうちに 現れ 一瞬のうちに流れ去る。

雁や ツバメが 来たかとおもえば
既に 姿 なし。

桃園の誓いの 桃の花も 今咲いたかと思えば
香りすら残さず 散じてゆく。

長いと思われる 人間の一生も
稲妻のような 一瞬の 出来事である。

万物は 此の如く 移り変わる。

そして 私たちの 心の中も。

昨日の 友は 今日は 敵。
昨日の 敵は 今日は 友。

友人は いう。

『私たちは 変な性癖をもっていて

隣の お家が逼塞すると
可哀想にと 言いながら 喜ぶ

隣の お家に 蔵がたつと
おめでとうと 言いながら 羨む。

つまらん事を 思ったり したり
しているうちに おさらば ですわ』

そう そして その大切な時間は
もう 帰ってこない。

鳥の 一群が 今 本堂の前で
大喜びをしていたと 思ったら
いつの間にか 1羽も いなくなった。
合掌

【この 今を 大切にしよう 】

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今にも泣き出したいような寒厳のなか
小豆島霊場 子安観音寺で 初護摩が厳修された。

恵門ノ不動、山ノ観音の 本尊を
子安観音寺に 勧請して
今年 1年の しあわせを 祈願する
3山 三壇の柴燈大護摩を焚くのだ。

【ラン字の火焔な 三毒 ( 貪瞋痴 ) の 罪障を
悉く 墳焼したまう】

貪欲になったり
瞋恚:つまらん事で怒ってみたり
愚痴をいったり

長年 苦しんでいる病気や
私たちの持っている あるとあらゆる 悪種を
護摩の火に よって 焼き払って貰うのだ。

問答の 1息 1息にも 吐く息 白く
それは それは 身体も 心も 凍らんばかりの
寒行だ。

松明が 灯り 三つの壇の 点火となる。
今までの 寒さが 嘘のように
壇の 周りから 春風が 吹き込んでくる。

行を している者の 台詞ではないが
なんとも 心地が いい。

ところが 段々と 火が燃え盛ってくると
いい 心地など 呑気なことを言っては
居られない。

1壇のでも 熱いのに 3壇も あるのだ。

ジャンヌダルク さながら
逃げ出したいような 気持ちだ。

その 熱地獄が 通り過ぎれば
また 厳冬の 現実に 逆戻りする。

空海は いう。

【柳葉は 春の雨に 開き
菊華は 秋の霜に はなる】

柳の葉は 春の雨にあって 若芽を開き
菊の華は 秋の 霜にあって 花びらを 散らす。

厳しい寒さが ぬるむ春
耐えまなく降り続く 春雨が
柳の枝に しがみついているような
新しい芽に 降り注ぎ

やがて 春の光を 待ちきれんとばかり
若葉が ゆっくりと 顔を出す。

やがて 夏もおわり 木枯らしが吹き荒み
木々も 全山を 真っ赤に紅葉し
咲き誇っていた 大切な 葉っぱを
ものの見事に 落として いく。

薫香 馥郁として 両手いっぱいに
手を広げていた 菊の花も
色を 失い 枯れ落ちてゆく。

『時間よ 止まれ ! 』

愛し 愛されている 2人は 大声で 叫ぶ。

『このまま 永遠に 愛し合っているまま
時間が 止まって ほしい』

だが、時は 無情にも 1刻も停止することなく
流れ去って いく。

寒厳の お護摩も 春風が 優しく頬をなで
夢心地のなかを 灼熱の 太陽が 降り注ぐ。

『もうダメだ』

灼熱地獄に 落とされたかと 息を飲んだその時、
また 木枯らしが 身体を 舐める。

春の柳も あっという間に 時は 過ぎ去り
晩秋の 菊の花の如く 花を 落とす。

人生は 短い。

うかうかしていると 何もせぬまに
お迎えが くる。

《今を 大切にして 悔いのないように
精一杯 生きなさい》

空海は そう 言っているんだね。

みなさんは 悔いのない 楽しい日々を
送っている ?
合掌

【頭髪が 白いからといって 賢者ではない】

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お正月には 多勢の友人が初詣にきた。

新春の お手伝いにきて 嬉しそうに
孫に 新年の挨拶をする おじいちゃん。

初孫を 中心にして 一族郎党
笑顔で 参拝した 新米おじいちゃん。

娘さんと 息子さんが 昨年 相次いで
華燭の典を あげられ 未来のおじいちゃん。

昔は みんな ヤンチャ だった。

還暦を 迎え 還暦が 過ぎ去り
そのごとに 薄紙が剥がれるがごとく
角が とれて 丸くなっている。

若い パパ達だって そうだ。

学生時代には ジジのことを『慧晃さん』と
言って 胸を張っていた パパが
今は『おっちゃん』『ジジさん』と よぶ。

【頭髪が 白いからといって 長老では ない
年をとって 虚しく 老いただけだ】

『白頭をかけば 更に短く
既に かざしに 耐えざらんと 欲す』

『それじゃあ ごめんと 正座に ハゲ頭。
あっし自体は なんの 貫禄も ござんせんが
ハゲ頭に 免じて 正座を 穢させて 頂きます』

年を 重ね 白髪が 増えれば
それだけ 年長者として 扱われる。

法事の 席で よく 耳にする。

『いつの間にか お斎の席には
坊さんの横に 座るようになってしまった。
あの世に 行くのが 1番 近くなったと
いうことだろうな』

しかし、歳を重ねただけで
敬意を 持たれるわけでは ない。

毛が 薄くなり 白くなるにしたがって
万人に やさしくなり 慈悲の心を持ち

もし 良くないところがあれば
悔い改めようと 自省する

そういう 心を持った 年寄りこそが
敬われるのだ。

空しく老いただけの人にならないように
万人が 心から 尊敬する
そんな 年寄りに なりたいものだ。

ジジの 友人は
『こんなにも
人間というものは 変わるものか』
というぐらい 好々爺に なった。

さて みなさんは 如何に ?
合掌

【知るものぞ 知る、それで 良いでは ないか』

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【献体】知っているよね。

我が 身体を 献づることだ。

僧侶で [献体登録]している人が いた。
最期のさいごまで 小豆島霊場を愛し
子安観音寺に お手伝いにこられ
ジジを 助け 可愛がってくれた 御仁だ。

『献体することを 何故 言わないのですか?
家族も 友人も 驚くでしょう』

『献体ってのは 私は献体します しますと
吹聴するものでは ない。
熟慮して 熟慮して 自分で決めるものだ。

知るものぞ 知る。
誰が 知らなくったって お大師さんが
知っていて くださったら
それで いいでは ありませんか』

愚問を したものだと 頭を かいた。

献体登録されて いる人は 260万人。
その中で 献体されたのが 115万人。

遺体解剖実験は

医学部生で 2人に 1体、
歯学部生で 4人に 1体、
その他、社会福祉士や 介護福祉士等も
献体者の お身体で 勉強をするそうだ。

ちなみに 日本で 最初の 献体者は
1836年 天保7年。
1869年には 34歳の若さで 梅毒によって
死亡した美幾という遊女が 献体したそうだ。

その 僧侶が 語る。

『昔は 世間体や 周囲のことばかりが
気になりましてね。

ご寄進をしてあげたら 相手はどれだけ
喜ぶだろうか

寺の土地を 道路拡張のために 譲ったことを
みんなは 知っているのだろうか?
感謝しているのだろうか ?
とかね。

しかし、その 煩悩こそが【苦】の原因に
なることを しりました。

献体によって 研究が進み
1人でも 大勢の人の 難病が救われれば
こんな しあわせは ありません』

【煩悩 眼を障えて みて奉るらずといえども
大悲 倦きることなくして
常に我を 照らしたまうと いえり】

朝の 光のごとく 仏の教えがさんさんと
注いでいるのに
私たちは 煩悩に 心を 遮られていて
光に 気がつくことも できなかった。

光に 照らされていることさえ
気づかないでいる 私にも
仏は 平等に 照らしてくれ
闇夜を 取り除いてくれる。

僧侶が いう。

『仏さんの 大慈大悲の お心は
365日 24時間 寸分も 休むことなく
テレビの電波の如く投げかけてくれる。

その電波を私たちが
上手く キャッチできるか否かで
しあわせが 吸い寄せられるか
逃げて行くかに 別れるのです』

『 お釈迦さん、お大師さん、
おとうさん、おかあさん…』

真心で 真剣に 縋っていくと
仏は けっして 私たちを 見捨てないで
両手で しっかりと 受けとめて くださる。
合掌

【素晴らしい 師と 出会い、素晴らしい 教えをもらう】

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ジジぐらいの 年輩の夫婦が 孫を連れてきた。

彼らの 父親は 遍路団体の 会長をしていて
生前中は 大変 お世話になった。

小豆島霊場参りを 引きつづいて行づるのは
父との 固い約束でもあり
自分自身の 強い 願望でもあったので
父の足跡を 巡錫させて もらっているとの事。

『嬉しいときも 苦しいときも
心 ぶれないで お大師さんに おすがりしろ。
心が 通じれば きっと お陰を いただける』

亡くなる 直前まで そう いい続け
そして お大師さんに 抱かれるように
健やかに お浄土に 召されていった。

『父は 父親であり
人生の 師 であり 友で ありました。

今 この時、父だったら どう言うだろう ?
どう 動くのだろう ?

つねに そう 考えて 今まできました』

彼は 大きな 製造業を 営んでおり
この度、長男が 帰ってきて 新しい仕事をはじめ
製造業を 妹夫婦に 継がせることに なった。

『父だったら こうゆう 決断をするだろうな。
ゆくゆく 兄弟が 喧嘩をしないで
手を取り合っていく そんな決断をしただろうな。

そう思い その通り 実行しました。

私は 自分の生き方を決定的に 変えた人と
出会うことが出来ました。

父です。

本当に会いたい父に こうして会うことができ
本当に会いたい 父の 教えを
直接 聞くことができた。

なんと 喜ばしい ことでしょう』

親鸞は 9歳で 出家し 比叡山にあがるが
29歳のとき 思うことがあって 山をくだる。

空海が 遣唐使の 1員にて 入唐したとき
青龍寺の 恵果和上と お出会いしたように

その時、親鸞は 人生の 最大の師、
法然との 出会いがある。

〔たとえ 法然和上の 教えに従って
たとえ 地獄に 落ちたとしても
決して 後悔しない』

そして 親鸞の 法然に対する 信心が
生涯を通して 決して 揺らぐことは なかった。

みなさんは そんな 師や 友人 いる ?
後輩や友人の いい 師となっている?

親鸞は この お出会いによって
【安心 ;あんじん】を 得た。

迷いも 不安も 消えた
心 安らかな 世界の ことだ。

その 夫婦も 父親と であい
その 教えを 得て、それを 実行する。

そして それを 子に 孫に
引き継いで いくのだ。

心の安心のなかで しあわせな 日暮らしをする。
素晴らしい ことだね。
合掌

【やしきたかじん さん 天に召される)

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あの やしきたかじんさんが 逝った。

64歳だった。

初期の喉頭ガン ということで
テレビから姿を消したが
もうそろそろ 復帰なさると期待していた矢先、
誰も知らないまま 帰らぬ人と なった。

豪放磊落なお方だと 思っていたが
とても シャイで面倒見の良い 人だったようだ。

府知事になる時に 背中を押してくれたり
テレビ局を 退社して フリーになるとき
円満退社に 力を かしてくれたり
紅白歌合戦に 出演するのに 尽力してくれたり

死をいたんで 涙ながらに思い出を語る
友人の全てが『私がしてあげた』という
言葉でなく『して 頂いた』という受動態だった。

『なんで こっそりと 逝って しまうんや』
『こんなに悪いのだったら 見舞いに行ったのに』

世話になった 人だけでない
ジジのように 縁もゆかりも無い人間でも
早すぎる 逝去を 痛むのだが
本当に この世って【諸行無常】だね。

インドの舎衛国に キザー ゴータミという女性がいた。
彼女は なかなか 子供に恵まれなかったが
高齢になってから 玉のような子供を授かった。

しかし 目に入れても 痛くないほど
可愛がっていた我が子が 突然 死んでしまった。

【愛別離苦】とは言うものの
それはそれは ゴータミの 嘆きと言ったら
見ていられないものだった。

『どうか この子を 生き返らせてください』

腐りかけた 我が子を胸にだいて
懇願する 彼女を 釈迦がみた。

『かわいそうに。
きっと その子を生き返らせて あげよう』

『わたしの 申すことをよく聞き
その通り 実行しなさい。

その薬を作るには ケシの粒が 必要だ。
その辺の お家に行って 貰ってきなさい。
ただ、そのお家は 決して 葬式を出してない
お家から 貰ってこなければ 効き目がない』

ガッテン承知の助 ゴータミは 大喜びで
ケシの粒を 頂きに 各 家をまわった。

しかし ついぞ 死人を出していない
家なんか 只の 1軒も なかった。

人間も 動物も 森羅万象全てものもが
生まれてきたものは 死ぬのが 定めなのだ。

生きとし 生けるものの 全ては
生まれたのと同時に
死と向かい合わせに生きて行かねばならない。

その 1人1人が 1軒 1軒が
死の悲しみを 乗り越え
笑顔で 一生懸命 生きているのだ。

やしきたかじんさんの あの 笑顔が
2度と 見られないのは 残念だ。

しかし 私たちは 与えられた
命の重さと命の尊さとに感謝して
たかじんさんの 分まで 頑張らなくては
ならない。

ご冥福を お祈り申し上げます。
合掌

【無明の闇】

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『ジジ トイレに ついてきて。
ドアを 閉めたら だめだよ』

孤独所 閉所 とともに 暗闇が怖いというのは
私たちがもって生まれた本能なのかもしれない。

電灯のない 暗闇を 延々とあるき
彼方 遠くに ポツリと 光が見えたとき
なにかに 救われたように
安堵の気持に 胸を 撫で下ろしたと いう人も
多いのでは ないか。

灯りを つけ 陽が差し込んでくれば
闇は すぐに 無くなるのに
自分が いま 暗闇に閉ざされていると
いうだけで
心苦しく もがいたり する。

信仰の 三大 原則を 覚えておいてください。

《火 水 暗闇》

火は お護摩の 火によって
私たちが持っている 煩悩を 焼尽してくれる。

水は 水行に よって これまた
私たちの 心の 垢、身体の 垢を
洗いながして くれる

暗闇
戒壇めぐりといって 真っ暗な道を歩く行だが
有名なのは 善光寺さん。
高野山の 奥の院にも
ジジの寺の 【小豆島霊場 山ノ観音】にも ある。

面白い もんだね。
明るいところでは 貪欲になったり
瞋恚に うち震えてみたり
愚痴ばかり 言ってみたり できるのだが

辺りが 暗闇に なった 途端、
仏様の ように 無口になり 良い人になるのだ。

いまだに 無明の世界( 娑婆)にいる 私たちは
生き方に 悩み苦しみ
思い道理に いかない毎日に
泣いたり 怒ったり 悔やんだり する。

そうした 【苦】をうむ 心の闇は
闇という 存在に支配されているわけではなく
光が 当たって いないだけなのだ。

もともと 闇には 実体がなく
思い切って カーテンを 開けひろげると

そこからは サンサンと 眩いばかりの光が
差し込んできて
その時、闇は たちまちに 消え去ってしまう。

闇を つくりだしているのは 自分自身なのだ。

孫も やがては 無明の闇を 取り払い
1人で トイレに いけるように なるだろう。
合唱

【継続は 力なり】

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【小豆島霊場 81番 恵門ノ不動】には
お正月に 続いて 参拝者が絶えない。

住職の悩みの種は お手伝いの お坊さんだ。
お正月だと 自寺が 特に忙しく
他寺への お手伝いどころでは ないのだ。

そんな中、
正月がくると 何十年もの長きにわたって
応援に駆けつけてくれる お坊さんがいる。

住職の おじさんだ。

彼が お経の大家だということは
真言宗では 知らない人は いないだろうし
本山の 仁和寺においても 重鎮だ。

そんな 忙しい中を 事あるごとに指導に来てくれ
先日の 子安観音 本堂 地鎮祭も
彼が 伝授し、彼が 全てを取り締まった。

1日や 2日。
1年や 2年 できても
やり続け やり通すという事は 至難のわざだ。

みなさん、今年の お年始も 続けて いった ?

昨日も【長続きは 成功のもと】と 書いたが
それが 生きていくうえでの 【信用】に
つながるのだ。

釈迦の 説法が ある。

今を去ること 2500年。
釈迦の時代に インドにコーサラという国があった。

そこに チッタドーサー、マンダドーサーという
兄弟の 宝飾品 細工師をしている
兄弟が いた。

今の エジプトなどをみれば 名残が残っているが
その当時は 全てが 世襲制で
細工師として 生まれれば 死ぬまで細工師で
それを 後世のものに 託すのだ。

兄の チッタドーサーは 頭も良く 手先も器用だった。
弟の 方は 不器用で 物覚えが 悪かった。

そんな時、父親は このように弟を 励ました。
『怠らず 毎日、コツコツと努力することだ。
頭で 覚える事ではない。
身体で 指先で 覚えるのだ』と。

ある時、兄のチッタドーサーは
父親と 袂を分かつて 無理やりに 独立する。

弟の マンダドーサーは 牛のよだれのように
陽がのぼって 日没まで
不器用な手で 宝飾品の細工を し続けた。

そんな時、細工工場の前に 1人の乞食がたった。

『あっ お兄さんでは ありませんか』

兄は 景気良く商売繁盛していたが
湯水のように 流れ込んでくる 金を
全て 使い込んでしまい 店をたたんだのだ。

『気を 落とすことは ありません。
ここで 私と一緒に やりましょう』

弟の 言葉に 兄は 更に 方を落とした。

『駄目だ。基礎が 出来ていないから
すっかり忘れてしまった』

『それならば 1から基礎を やり直せば
いいでは ありませんか』

そこで 釈迦の 説法は 終わった。

簡単に 手に入った物は 簡単に
手から 擦り抜けていくことは おおい。

この兄の 湯水の如く 入ってきた金のように。

しかし、途中で 投げ出さないで
コツコツと 基本から 習得したのもは
どんな事が あっても 消えるものは ない。

お金は 勿論、身についた技術でも悟りでも。

住職の おじさんは 正月には 必ず
応援に駆けつけてくれる という
その 心が

お経の 大家にもなり 本山で認められる
大僧正と なったのだ。

《継続は 力なり》

この言葉を 忘れないようにして
あれも やめた
これも 棒をおったと
言い訳を 言わないように 頑張ろうね。
合掌

【長続きは 成功の もと】

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【小海 少年恵門講】のみなさんが
小豆島霊場 81番 恵門ノ不動に 参拝した。

恵門ノ不動は 【大同4年】今を去ること
1200年前の 正月 4日に
手のない不動明王が 海中より 出現と ある。

[小海地区] は 麓の [小部地区]まで 5キロ程あり
地元のお堂で お勤めをしたあと 麓まで 歩き、
そこから 山坂 18丁、徒歩で 登るのだ。

今でこそ 乗用車での 参拝が可能になったが
12時 かっきりに 堂を出て
年端もいかない小学生から 中学生までが
朝の 5時に 到着するのだ。

【伝統を まもる】【持続の 力】などで
テレビなどで 紹介されたことも ある。

釈迦が 仏教をひろめて 2500年、
空海が 密教をひろめて1200年前、
手のない不動明王を 恵門に 祭祀して 1200年、

微塵の 揺らぎのなく
連綿として 今の世まで 受け継がれている。

私たちは どうだろう ?

せっかく やりかけたものを
折角 習い始めたものを

子供が 玩具に 飽きて 投げ捨てるように
いとも簡単に やめてしまっては ないだろうか。

【六波羅蜜】のなかに [精進]という教えが ある。

人生の 荒波、誹謗中傷 苦節に耐え、
目的に向かって コツコツと努力をすることだ。

今の子供達のように 泡満飽食の 時代に
生まれた子供たちは 親が 【欲望】の元凶である
欲しいもの 欲しいものを
次から 次からへと 買い与えている。

なんの 努力もなく 手にした玩具は
いとも簡単に 飽きれば 捨てれば いいのだ。

簡単に手に入ったものは 簡単に失うが
苦労して 手にしたものは 簡単に失うものはない。

お金 しかり
技術 しかり

そして 1番大切な 悟り しかりだ。

私たちも 少年恵門講の 【持続する 力】を
真剣に 学ばなくては いけないね。

もっと もっと 大勢の人々に
彼らの事を 知ってもらいたい。

そして それが 私たちの 明日の活力と
なるように。
合掌

【合掌の こころ 】

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正月 三ヶ日が 恙無く終わり 4日の夕飯から
待ちに待った 私たちの お正月がはじまる。

『新年 おめでとうございます
いただきます』

新しい年を迎えた お祝いと
正月の間の 労を 全員で ねぎらうのだ。

大きな手、モミジのような手、
誰に 教えてもらった訳でもないのに
どの手も ど手も 合掌している。

この 4日間で 一体 何回 合掌しただろう ?
生まれて このかた 何回 合掌しただろう ?

高野山の 大師教会の 左右の大柱に
【相互礼拝】【相互供養】とある。

右 ほとけ
左 衆生と 合わすての
中ぞ ゆかしき
ナム の 一声

手と手を 合わせて
しあわせ
ナ ~ム

『わたしが わたしが』
『俺が 俺が 』

つねに 私たちは 『俺が』の【我】をだす。
空海は 手を合わせる事によって
お互いが お互いを 拝み合いましょう。
お互いが お互いを 供養しあいましょう。
と 諭す。

この世に 生きとし生けるもの
人間は もちろんの事 一切の 生き物
山川草木 みな 仏性を備わっている

お互いが お互いに 手を合わすのだ。

『俺は 神仏なんか 信じないゾ』
威張って 居る人間が 苦境に 立たされたとき
誰よりも 真っ先に 合掌をする。

宝くじの 抽選の前は 俄か 柏手まで うつ。

【合掌】と 申したら 決して忘れることのない
素晴らしい 出来事があった。

もう ご遷化なされている 薬師寺の
高田好胤 管長猊下の 話だ。


新幹線の 中で バッタリ で食わせた。

若き 私たち夫婦が 先に 降りることになって
なんと 断っても 断っても
管長猊下が ドアまで 見送ってくださる。

お互いの 姿が 見えなくなるまで
ずっと 合掌なさって いたのだ。

管長猊下の お姿は もう 2度と 拝めないが
その お心は 今でも 心の中に 宿り続けている。

最後に 合掌の 功徳を 紹介して 筆を置こう。

⚫︎ 祈りをこめて ご本尊 合掌すれば 信心となる

⚫︎ 父母に 合掌すれば 孝養となる

⚫︎年上に 合掌すれば 敬慕となる

⚫︎互いが 合掌しあえば 異体同心となる

⚫︎事物に 合掌すれば 慈愛となり

⚫︎自分に 合掌すれば 自己改革と なる

合掌
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子安観音寺

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