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【人や 物を 比較するのでなく 真心で 接する】

年寄りは 孫が 可愛くてしかたがない。

目の中に入れても 痛くないとは
このことだ。

ところが
『言っては いけない、しては いけない』
と、思いつつ
つい、偉そうな態度をとったり
命令口調に なったりする。
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『ジジは パパやママの おとうさん』

そう言っては 威厳を保っているだけだ。

考えてみれば 1番 年下の 3歳の孫にして
勝てるものは ないのだ。

ジジの 置きっ放しの iPadをつかって
1人で 音楽を聞いたり ゲームを する。

こちらは 音楽も 聞けねば
ゲームも できない。

6歳になる 孫は
最近 駒なしで 自転車に乗れるようになり
出来なかった フラフープを 回し
ピアノが 上達し、
水泳の ランクがあがった。

姉が やっているのを みて
悔しくて ならなかったのだが
曲がりなりにも とうとう 追いついたのだ。

一心不乱に 愚直に 1つの事に打ち込む
その姿勢と 向上心とが上達させたのだ。

こちらは 饒舌に なるのは口だけ。
全ての面で 孫を凌いでいるのは
過去の栄光と その気持ちだけだ。

人間は 無意識のうちに 自分の前にいる人が
自分よりも 能力が あるかないか
相手を 見定める。

『これは どう もがいても 勝ち目はない』と、
判断すると
卑屈になったり、おべっかをつかう。

ところが 自分の方が 上と判断すると
傲慢になり 上目線で 接するようになる。

大きい 小さい
多い 少ない
深い 浅い
高い 低い
綺麗 汚い

【般若心経】の 【空】のところで
物事には 比較する事なんて ないんだよ、
と 勉強したね。

【牛と 蛙』の 話。
『牛ってのは これより 大きいのか ?』
と、腹を 膨らませるから
カエルの腹が 爆発してしまったのだ。

蛙は 自分が 大きいと 思っていたんだね。
ところが 実際は そうでは なかった。

自分の 【心】次第で

食事が 美味しかったり 不味かったり
嬉しかったり 悲しんだりするものだ。

競争したら なに一つ勝てるものがない
孫に 向かって ジジ風を 吹かしているんだね。

そして 彼らは 風のように
ジジの 背中を 追い越してしまった。

合掌
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【僕に 出来たのだから 誰にでも できるよ】

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私は【ジジ菜園】を持っている大百姓だ。

住職を 長男に譲ってから寺の 一画に
6畳間ぐらいの 菜園をひらいた。

今日は 胡瓜、ナスビ、トマト、ゴウヤ等を
所狭しと 植えた。

7年前の 話だ。

初めて 開墾した時、
畑には 畝があって
山と 谷があるのは 知っていた。

ところが
『はて 山に 植えるのか? いや谷か ?』

腕組みをして 10分ぐらい考えたのち、
谷の方に 植えた。

雨が 降っても、人間が 水をやっても
必ず 水は 谷の方に 落ちてくる。

お百姓さんは 絶対に 谷の方に
植えるに 違いない。

7年後の いまでも
周りにいた みんなが 畑を見ながら
歯を剥いて 笑ったのを 思い出すと
身が 竦むような 気持ちだ。

『ジジ、スーパーで 買ってきた方が
簡単で しかも 安いですよ』

しかし、今は 堂々たるものだ。

少なくとも 苗は 山に植わっている

【マンガの神様】と言われていた
天才 漫画家がいた。

【鉄腕アトム】等 数々の名作品を残したが、
彼は 医者であり アトムも
彼の 科学者的 発想から 生まれたのだろう。

その中でも ジジが 大好きだったのは
【ブッダ】という 漫画だ。

シャカの 一代記を 説法とともに書いており
今年、その漫画が 映画化され
【アンと雪の女王】と共に 大好評となった。

その 【漫画の神様】が
『僕に 出来たのだから
(その気持ちで 一生懸命 切磋琢磨したら)
誰にでも できるよ』という 名セリフを残した。

これを 『ああ、天才の 仰る 雲の上の話だ』と
右から 左に 流してしまうと
余りにも もったいない 話だ。

【ブッダ】の 漫画の話に 戻るが
本人の 卓越した能力と
本業の 医者としての経験を 駆使しても

漫画のストーリーから 実話、逸話と分け
釈迦の説法までの 作業が続くのだから
凡人には 計り知れない
数々の 試練が あったことだろう。

つまり 大巨匠は

漫画を 書くことであれ
商売であれ 営業であれ 実務であれ
勉強であれ 音楽であれ スポーツであれ

『やるからには 一生懸命 やりなさいよ』

必死で 頑張ったら 結果がついてくるが
怠惰になり 怠けていては
そのまま あっと言う間に 年をとりますよ。

そのように 私たちに 鞭打ち
警鐘を 鳴らしているのだ。

ジジも 懸命に野菜作りに専念したから
美味しい野菜が 作れるようになったのだ。

えっ ?
私の 作ったのは 要らないって ?
合掌

【大嘘 と 方便 】

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あの痛ましい 沈没事故がおきて
かれこれ 2週間に なる。

やっと 沈んでいた船が 姿を現したが
現在、死者188名 行方不明者114名。

今日、責任を取った形で首相が辞任した。

救助に影響し 最悪の結果となったのは
【にせ 情報】【にせ メール】とのことだ。

第 1報
船が 横転し 行方不明者 293名と 入った。

第 2報
11時 4分、368名 全員救助の 情報がはいった。

『やれやれ 良かったな』ということで
海洋警察は 勿論、
民間ボランティアの皆さんは 引き返した。

誤報だったということで 慌てふためいて
現場に 駆けつけると
転覆した船は 頭を少しだけ出した状態で
今にも 沈む 超然だった。

学校や 父兄に いろんな メールが入った。

『元気で いるよ。
船には 海水が入ってきて 今にも沈みそうだ。
さむいよ。早く たすけて』

これも 嘘メールで 18名の
少年少女が 逮捕された。

救助を 遅らせた 原因の 1つだった。

引き揚げて 船を回転させたら
船内の生存者が 既に入っている水によって
悪い結果をもたらせると言う事だ。

しかし このメールは
救助活動に 手間取る姿を見て

『船の中に いる おにいちゃん おねえちゃんを
早く 助けて貰おうとおもって
偽メールを 送った』と、供述。

しかし、この 嘘ずくしの中で
前者の 【嘘】と後者の【嘘】
明らかに 違う。

私たちは よく【嘘も 方便】と いう。

仏さんと お約束をしている【十善戒】にもある
【嘘】をつくことは 大きな罪であり
嘘を つかないことが 大きな 美徳とされる。

【方便】とは 手段のためだけ
嘘をついてもいい事である。

かなり 前にも【火宅の人】で 書いたね。

大金持ちの お家が 火事になった。
父親が いくら『火事だ』といっても
遊びに 夢中の子供は 振り向きもしない。

そこで 『早く お家から出ておいで。
あなたが 好きな 玩具が一杯 あるよ』と
叫び、子供達は 難を逃れた。

釈迦 説法の 有名な 話だ。

偽メールを うった子供達は
した行為は 非常に 悪いことだが
【方便】としては 素晴らしい事をしたのだ。

私たちも 責任逃れのような 嘘をつくより
この子供たちのような【方便】で
隣の人の 心を 和ませたいね。

この 悲惨な事故。
2度と 起こらないように 願うとともに
心より ご冥福を お祈りしたい。

南無大師遍照金剛

【中途半端な 施しは かえって 仇となる】

万能細胞として ノーベル賞確実とまでいわれた
【スタップ細胞】が 発表されたのは
つい 先日のことだった。

『やれ うれしや。
癌が 発生しようが
手足が損傷しようが これで 治る。

理化学研究所も 国も 全員が一丸となって
1日も 早く 完成させてください』

誰もが 共に 万歳の声をあげ
感涙に 咽んだに ちがいない。

ところが どうだ。

一緒に 研究していたのもたちが
『いち 抜けた』を、やり始めた。

彼女が 華々しく
テレビに登場するように なってから
これが 起きなければいいがと
一抹の 不安があった。

これは 紛れもない 嫉妬、
ジェラシーによる 集団イジメである。

これは 彼女にとって
思いもしなかった 事だろう。
会見、弁明のときの
彼女の 窶れ方をみれば 分かる。

こんな 逸話がある。

修行僧が 【行】のために 深山に赴く。
と、そこに 猿が 顔を出す。

『かわいそうに お腹がすいて居るのだろう』

修行僧は 持っていた 弁当を分けてやった。
猿は喜び 毎日 弁当を貰いに来るようになった。

ある日、修行僧が 弁当を 持ってくるのを
忘れた時が あった。

猿は くれるものと 待っていたが
いっこうに くれる気配すらない。

腹を 立てた猿は 『キー』と、
今まで 可愛がってくれていた
修行僧に 噛み付いてしまった。

修行僧は 驚いて 身を交わしたが
その弾みで 猿は 死んでしまった。

『すまぬことをした。
最初から 弁当を与えなければ
あなたが 死ぬことも
あなたを 殺すこともなかったろうに』

修行僧は 無償の施し 【布施 】を
与えるという 中途半端な優しさを
発揮したことが、
猿にとっても 自分にとっても
不幸な 結果を 招いてしまったのだ。

さて この度の すタップ細胞 問題だが
誰もが 1人を 置き去りにして
自分の 保身に はしった。

中途半端な 施しをし
結果が ついて来ないので
我が身が 逃げてしまったのだ。

内部の ドロドロは 一切、分からん。

失礼だが 彼女が 可愛げがなく
傲慢なのかも しれない。

彼女は 研究の中で 最後の切り札を
出さないがために
『それなら お好きなように』
と、なったのかも 知れない。

『タラ話』で、間違っていたら
お詫びのしようも ないのだが

あの修行僧と 猿の 逸話のように
せっかく 縁あって 共に研究をした
仲間なら

不備があったからと
逃げるような 事をしては ならない。

『ここは 素晴らしいよ』
『あなたの ここは 良くないから
なおそうね』

彼女の お家に押しかけても いい。
一緒に ラーメンを食べながらでも いい。

是は是、非は非として
共に 手を取り合って
1日もはやく すタップ細胞の実用化まで
漕ぎつけて 欲しい。
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【我が城は 自分で 守らなければ 誰が 守ろうか】

【国賓】として 要人がこられ
日本も 国をあげて お迎えをした。

政治には 全く疎い わたしでも
なにか 透けているように みえる。

『なにか あった時は 助けてあげるから
Tppで 経済的に 目をとむるのと
集団的自衛権は 早く 行使してね』

Tpp問題や、集団的自衛権の行使の
是非は 今は さておき
多くの 国民が 同じように 思っただろう。

しかし 結果は 違った。

Tpp交渉も 時間に期間をかけて
交渉しているが 大変 難航して先がみえない。

集団的自衛権は より 先の話だ。

その中で『何かが あったら 助けてね』という
私たちの 1番の関心ごとについて要人は 話した。

『日米安全保障条約 5条は 適用範囲だ。
しかし 領有権には 関与しない』

大変 奥の深い 話だ。

なにか 事が 起こったら
助けるのが 義務だと おもっている。

しかし、お菓子の 取り合いで 掴みあいをしたら
2人で 解決してね。
みんなが 仲良くすることが 1番 良いんだから。

失望した解答が 日経平均株価 反落だ。
本来 要人が来た時点で
跳ね上がらなくては いけない。

でも、考えたら 虫のいい 話だね。

『なにか あったら 助けてね 』っての。

普通 なんで ?
と、思う。

子供でも あるまいに。
独立国なのだ。

向こうの 兵隊の家族が
不平を言っているのを きいた。

『どうして 知りもしない日本のために
うちの 息子が 死ななければ ならないの』

我が家は 家族が
我が地区は 地区民が

そして 自分の国ぐらい
自分で守らなければ ならない。

最後に 要人は 言った。

わが国と 日本とが
結びつきを強めることによって
世界が 平和で しあわせな国になって欲しい。

これは 素晴らしい 言葉だね。

そして 思う。

何を どうすれば その方向に進むのか
全く 分からないのだが

いろんな国が 心、打ち解けて
手と手を 繋いで
共に発展できたら素晴らしいな と。

私たちの お家でも 一緒だね。
合掌
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【逃げ出した 船長と 最期まで船に残った 女性乗務員】

韓国の セウォル号 (6825t) が 横転沈没して
最早 1週間になる。

懸命な 救助活動の 結果、
今日 死者113名、行方不明189名となった。

犠牲者の 親族にすれば 長い長い 1週間だろう。
その間に いろんな事が 分かってきた。

『心を冷静に持って 静かに 船内にとどまるように』

乗客に そう 言い残したあと
船長と 乗組員の一部が 船内に乗客を残したまま
自分たちだけが 逃げたのだ。

ここで 5年前に 日本で起きた 海難沈没事故と
比較が 注目されている。

フェリー あけぼの号は 2009年 11月
三重県の 熊野灘で 沈没。

この時の 乗員 21人 乗客7名は 全員 無事だった。
船長が 乗客を 船内最上部に誘導。
勿論、彼は 1番最後に 船を離れた。

【逃げ出した船長と
最期まで船に残った女性乗務員】

そんな 報道がながれ 多勢が 感激し 涙した。

家族を 支えるため 大学を中退して
この仕事についた パク チヨンさん(22歳)だ。

ライフジャケットを 乗客に渡し
避難を呼びかけるアナウンスを
天に 召されるまで 続けた。

修学旅行の 生徒が 尋ねた。

『お姉さんは ジャケットを つけないの?』

『乗員は 1番 最後に。
友達を みんな助けた後で、わたしも 行くから』

使命感に燃えた 韓国の ジャンヌダルクは
その言葉を最後に 帰らぬ人となった。

殉死を聴いて みんな 泣いた。

『絶対に 死にたくない ! 』
『助かりたい 』

誰もが 思うことだ。
そして 船長は 乗客のハシゴを外して逃げた。

それは 執着心から 解放されていないのだ。

『なにが なんでも 生き存えたい』

そして 女性乗務員のとった 行動は
執着心を 全て 手放して
【布施行】を 実践しているのだ。

困っている人が いれば
慈悲の手を 伸ばす。

世のために 人のために。

ちょっと したことで 良いんだ。
それで 人が 喜んでくれたら。

痛ましい 海難事故を 目の前にし
両手を合わせ 冥福を祈るのは当然の事だが

一連の 出来事で いろんな事を
学ばせて 頂いた。
南無大師遍照金剛

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【 笑顔 】

歳を とってくると昔の思い出が 懐かしい。

学生の 頃だ。
学校の エレベーターに 3人乗り合わせた。

わたしと 教授 2人だ。

1人は さあ年齢は定かではないが
60歳 近かったのでは ないか
インド人の 先生だ。

もう 1人は 40歳そこそこの
スラリと背の高い イギリスの 先生だった。

事実、ドギマギしながら
教授の 顔をみながら 微笑んだ。

インド人の先生が イギリスの先生に いった。

『おはようございます』

ところが イギリスの先生は それを無視して
1点を 見つめたまま微塵も 動かなかった。

つられて わたしも 言った。

『おはようございます』

『ああ おはよう』

イギリスの先生が 答えた。
反射的に インド人の先生も 答えた。

『おはよう』

アッというまに 年月は 流れ
卒業の 歳になった。

哀れなる わたしは イギリスの先生の
教授室の ドアを 叩いた。

『あとは 卒業単位が クリアされていると
思うのですが 先生の 教科次第で
大変な事に なります』

ところが 驚いたことに
わたしを 覚えていたのだ。

『数年前に エレベーターで 一緒になった
学生だね。
あのとき 何故 インドの先生の挨拶に
素直に 返答できなかったか
自問自答していたのだ。

その時の 君の笑顔が 救いだった。

「おはようございます」に
飛びつくように こたえた。
「ああ おはよう」と。

あれは 君に言ったのと 同時に
インドの先生に 謝ったのだ』

先生の教科を 見事クリアして卒業をしたが
無論、実力でしたと思っている。

僅か 一瞬の 笑顔を 何年も覚えてくれている。

笑顔とは 仏の 顔も 笑顔だ。
仏頂ズラもしなく バカ笑も ない。

仏の笑顔は わたしたちの 難儀なときに
なさるものだ。

困っていれば いるほど、
苦しんでいれば いるほど
微笑んで くださる。

【無財の 七施】とか いろんな 布施の 仕方がある。

⚫︎財施
困っている人に 金銀の財宝や 衣食住を 施す

⚫︎法施
まだまだ 釈迦の心が 分かってない人に 教えを説く

⚫︎無畏施
災難などに あっているひとに
慰めて 恐怖心を とりさってあげる

⚫︎和顔施
笑顔を 見せることによって
それを見る人に しあわせ感を 与える

⚫︎和顔施と 同じで 言葉によって
それを聞いたひとに しあわせ感を 与える

笑顔は 【和顔施】といって 布施行の 1つだが
確かに 穏やかに 微笑まれている
その顔に 接すると
究竟に 立たさせているときでも
癒され 気持ちが 和らぐ。

微笑みは 仏さんに 限らず
人々を しあわせにする 力を 与えているのだ。

みんなも 【和顔施】
わすれないで 実行して 欲しい。
合掌

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【ごめんね、この 一言で 万民は ゆるす】

テレビニュースで【船 云々】とあったので
今を 時を 賑あわせている あの 痛ましい
隣国のフェリー沈没の 話かと 思って聞いた。

ところが 違うのだ。

78年も 以前の話で その経緯は
ジジも さっぱり わからないのだが
隣大国が その事件を 盾に
日本の 商船 2隻を 差押さえを したのだ。

隣国の 日本 占領時の 事柄や
慰安婦問題が いまだに くすぼって
テーブルの 上に のぼってくる。

ジジが 聞き知っているのは
日本は 心から謝罪をして
莫大なる 賠償金を 支払った。

『あれも これも いつまで続くの ?
どうすれば 終わるの? 永遠に 終わらないの ?』

何も 分からないまま
私が 率直に 感じたことだった。

何度も 書いたが スリランカに
ジャヤワナルデ大統領という 人がいた。

昭和60年 11月 3日に
【全世界の仏教徒が平等に しあわせになるように』
スリランカの 国の宝である 釈迦の 御歯
【仏歯】を 小豆島大観音に 勧請して頂いた。

日本が 第二次世界大戦に 負けたとき、
サンフランシスコで 敗戦国を 如何にしようかと
会議が あった。

日本は 南北 真っ二つに割り
それぞれの 大国が 管理する【案】など
まな板の上で 好き勝手なことを 言われた。

その時に スリランカ代表は
【憎悪は 憎悪によって 消えるのでなく
ただ 愛によって 消えるのである』

そのように 主張して 日本は 分割もされずに
今だに 八十島を 保っている。

釈迦の 言葉だ。

『おのれ 許せん』と、仇を うつ。
すると その子供が
『なぜ 父を』と また 刃を むける。

この堂々周りは いつまでたっても
終わらない。

そこで 釈迦は いう。
自分が 非を認めようが なかろうが
まず『謝罪 せよ』と。

そして なによりも 大切なのが
謝罪されたら 根にもたず 拘らず
ただ『許せ』と。

それが 仏の【大慈大悲】の 心だ。

何十年も 前に 【 なんとかさん スッチーさん】
と、泥沼論争が あった。

その時に 我が 師僧がポツリといった。

『バカだ なあ。
どちらかが 早く 謝れば いいのに』

『そして 謝れば 許せば いいのに。
これが 釈迦の 心だ』

そうだね。
あの 問題は どちらが 買っても 負けても
まあ、大した 問題でも ない。

そんなときは 『ごめんね』
そう 言えば いい。

『えっ えっ?』と、言いながら
『ごめんね、わたしの 悪かったの』

それで シャンシャンだ。

隣国に しても 大国にしても
( 日本が謝らなければ ならぬのか否かは別として)

『ごめんね』

と、言ったのだったら
先ずは 【許す】さなければ ならない。

心からの 友好ができれば
もっと もっと 経済的にも 文化的にも
手を 取り合っていけるはず。

私たちの 友好も そうだよ。

ギクシャクしていたら こだわずに
『ごめんね』と、いえば いい。

きっと、新しい 進展があるから。
合掌140423-1写真

【1枝の草、1握りのつちで 心を1つにして 完成させる】

来年の 秋の落慶法要を 目指して
【小豆島霊場 第80番札所 子安観音寺】
再建が 目に見えて ピッチを上げてきた。

先日 来られた友人が 住職にいう。

『大変だろうけど 頑張りよ。
したいと思って 出来るものでもないし
建てたくないと いっても
絶対に 建てなければ いけないし
そのように 仏さんが お与えになったんだ』

私たちが 住む お家を作るならいざ知らず
仏様が お住まいになる 御殿を建てるのだ。

ご利益を 頂だこうと 両手をあわせながら
鶴や 亀のように 首をながく伸ばして
1日も早い完成を 待ちわびているのだ。

天平15年 (743年) 奈良の東大寺に
大仏を 造ると 聖武天皇の 勅命がだされた。

当時は 奈良は 戦乱に続く 戦乱、
天候にも 恵まれず 民は飢饉に苛まれ
餓死するひとや 病人が後を絶たなかった。

天皇は これを憂い 全国に 国分寺を 建て
新たに 大仏建立を 発願なさった。

『民が しあわせな 日暮らしが出来るように
頑張って 政務をとっているが
その実現には 程遠い。

私の 望む政治は 人も 動物も 植物も
悉く 全てのものが 繁栄することだ。

私の 財力で
大仏開眼を 実現させようと すれば
きっと できるであろう。

しかし そうしたら 全ての物が
共に 反映するという 社会づくるには
決して ならない。

1人 1人の 心作りができなければ
自分が 望んでいるような 大仏は
できないであろう。

《1枝の 草、1握りの 土でもいいから
全ての国民が 心から 寄り集まり
心を 1つにして 完成さそうではないか》

7年の 歳月と 260万人の 民の心によって
盧舎那仏に お性根を入れることが できた。

天皇は 大仏を 造るのが目的ではなく
民が 一丸となって 協力しあう 心
信じ合う 心、人を 想い合う心、

その心を 凝縮して しあわせな社会づくり
素晴らしい 政治をつくろうと なさったのだ。

【小豆島大観音】が 落慶法要を迎えたとき
『大観音は 1人 1人は 小さいが
大観音は 富士山のように すそ野がひろい』

そのように 評価した お寺さんが おられた。

奈良の 大仏さんから みれば
鼻くそのような ちいさな 本堂だが

聖武天皇の お心のように
僅か 1枝の草でいい。
1握りの 土で いい。

大勢の 民の心を 1つにして
素晴らしい 伽藍を 建立して

1日も 早く ご本尊さんに 入って頂きたい。
合掌
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【生きた 品物、死んだ 品物】

【小豆島大観音】
境内に 5万本の 芝桜は
我がよの春と 咲き乱れたいる。

『本当に きれいだ』

今日は 大御所【天光軒 満月先生】がこられ
小豆島の 友人も参集して 芝桜を楽しんだ。

先日 大阪で 先生のディナーショウがあり
約 300人の観客が 席を埋め尽くした。

今日、大観音に参集した 小豆島の友人も
大阪で 先生の 大石順境 一代記に
涙して 帰ったものばかりだ。

宴席で 先生の お話があった。

あまりにも お上手に話されたので
あわてて 書きとめた。

『わたしたちは 毎日 【行】を している』

『行といったら 大袈裟で 難しそうだが
いとも 簡単な ことだ。

会う人 会う人が 心から喜んでくれ
《ありがとう》と 感謝してくれることだ。

ディナーショーが 終わった その日に
お越しになった皆さん 1人 1人に
本人から お礼の電話をかける。

まさか 全員に 電話をしているとは
思わないので 《わたしだけに》と
喜んで くれ、次の ショウーの糧となる。

終わった その日から
次の 戦いが 始まっているのだ。

物を 渡すときも
【生きた 渡し方、生きた その物】
【死んだ 渡し方、死んだ その物】

『両手で どうぞ 美味しいですから
早めに 召し上がってください』

と、渡すと 心から 喜んで貰え
ありがとうと 言ってもらえる。

同じものでも 足元に 投げつけて
『ほら これをやるから 食え』と、渡すと
貰ったかたは どう 思うだろう。

人と 話すときに じっとその人の
目を 見ながら 話すことは
私でも しっている。

目は 口ほど ものを言うというが
目を 見ていれば それが 真実がどうか
何を 考えているかが 読みとれる。

ところが それどころでは ないのだ。

真剣な 話をしているとき、誰かがくる。
喫茶店だったら ウエイトレス
職場や 学校だったら 上司や 同僚が。

そのときに
チラッとでも そちらに目を移すと
それだけで 真剣に話していた
話の腰が 折れてしまう。

話が 終わってから 目を移し 詫びても
その人は 事態を把握してくれるだろう。

そして 真剣に話していた人は
心から【ありがとう】という。』

空海が 打ちたてた【真言密教】の三本柱、

⚫︎即身成仏
⚫︎済世利人
⚫︎密厳国土

これは 第二に 上がっている【済世利人】だ。

隣に いる人に 喜んでもらう。
縁ある人に 感謝して もらう。

そして その代償は 決して 求めない。

自分の 身体と 心と 口で
精一杯、【布施行】を するのだ。

先生は 冒頭に 【行】といわれた。
そして それは
【決して難しいものではない】とも言われた。

言うは 易し 行うは 難しで
つい、
ウッカリとすることが あるかも知れないが
【行】を しなければ ならない。
合掌140421-1写真
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【白黒を ハッキリとするよりも クレーゾーンを 歩もう】

新学期が はじまった。

私の 家内と ママの会話が 聞こえてくる。

『クラス替えで
また あのお友達と おなじクラスに なったの ?』

『あの子は 隣の くらす。
クラスは違ったけれど 行ったり来たりできるねって
昨日、言ったでしょう ! 』

【両忘】っていう 言葉が ある。

私たちは つい どうでもいいことに
『白黒を つけようじゃあ ないの』と
目を吊り上げて くってかかる。

これには この件に関して
わたしが 正しく 相手が 間違っているという
【こだわり】の 気持ちから 生じる。

釈迦は 6年間の 苦行の結果、
ニゼレンガの 畔で 娘に 乳粥を供養され
『私たちは 修行だといって
我が身体を 痛めつけるだけでは ダメだ。
と、いって 怠惰な毎日を
無意味に 過ごしても ダメだ』

困っている人に 【布施】をする 心、
【中道】を 進むことこそ
1番 大切なことだと 成道を得られた。

世の中、そんなに 甘いものでは ない。

『ここ 1番 白黒を つけなければならない』
時も ある。

小豆島で 1番の 関心事は
少子高齢化で 学校、病院等の 統廃合だ。

新庁舎の 問題で 県会議員の 先生
町長、議員、住民と 頭の 痛いことだ。

しかし 私たちの 日常生活のなかで
どうでも いい事だったら
目くじらを立てず 言葉を 切って返さず

グレーゾーンがあっても 良いのではないか。

ひろ さちや 先生は
『他人を 評価するな』と、仰られて いる。

なるほど、採点するから 私たちの心に
【こだわり】の 心が 生まれるのだ。

何事にも こだわらず 大らかに 生きる。
これが しあわせを 摑む 秘訣である。

最後に 薬師寺の 前の管長猊下
高田好胤 猊下の お言葉を紹介して
筆を おこう。

かたよらない こころ
こだわらない こころ
とらわれない こころ

広く 広く もっと ひろく
これが 般若心経 【空】の こころなり

合掌
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【小豆島霊場 第80番 子安観音寺】

一昨年 崩壊した本堂も 来年の秋の落慶に向かって
基礎工事が 順調に進んでいる。

そもそも 子安観音寺の 本尊は
運慶 快慶とも 由来のある【定朝仏師】御作だ。

子供の無かった仏師が 一刀三礼して
聖観世音菩薩を造り至心に祈願すれば
玉のような 子供が 授かった。

【一切衆生 悉有仏性】
仏を 造るにも その素材の木の中に
仏さんが いらっしゃって
その仏さんを取り出すために
薄紙を 剥がすがごとく 包む皮を剥き
本尊を 完成させ 魂をいれるのだ。

魂を 持っているのは 木に限ったことではなく
山も 川も 海も 草も
私たち 人間を含めた 万物に
仏を 持っていると いうことだ。

『オギャー』と産声をあげた時、
わたしたちは
純真無垢、美しい心で生まれてくるが、

やがて 腹をたてたり 人をだましたり
恨みをもったり ジェラシーを抱いたり
心が 小さな塵で 覆い尽くされる。

その 塵を 取り払い 持って生まれてきた
仏性を取り出すには 自分自身しかいない。

テレビ番組で 日本で頑張っている
韓国の 善男善女が 出演しての
討論会があり ギクシャクした日韓問題や
靖国問題、c竹島問題などを 議論した。

それは ともあれ
日本と韓国とで決定的に違うのは【徴兵制】で、
韓国では 2年間の兵役義務が あるらしい。

それも ともあれ
韓国女性に 質問した。

『日本の男性と 韓国の男性との 違いはなにか』

その 答えが こうだ。

『韓国の男性は 強くて逞しいけれど 優しい』
『日本の男性は 根性が ない。
自分の事だけに没頭し 自分に不利なことには逃げる』

残念だったね。
日本の将来を 託している 若者が
韓国の女性から そのように見られているのだ。

理趣経に 【発 菩提心】
理趣経を 読むときなんか
『ほーつぼだいしん』と、うわの空で 拝むのだが
大変重要な 言葉だ。

菩提心を 起こす。

悟りを 開こうと考えたとき
小さな塵を 全て取り去った 心は
既に 仏心は 表に現れ 悟りの方に 向いている。

『新規事業を 興したい』
『明るくて 暖かい家庭を 持ちたい』
『人に 認められたい』

それぞれに 目指すものは 違うだろう。
自分の 情熱を傾けられる 何かを見つけたら
既に その先には 完成された 未来がある。

そう考えて 菩提心を起こせば
仏の心が 作用して
輝かしい 生きる力が 湧いてくるだろう。
合掌
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【来たものには 分け隔てなく その人の目線で 接しよう】

腰を 痛めたとき 余儀なく
車いすで 移動したことが あった。

飛行機に 乗るときなんか 凄いね。

可愛い客室乗務員の方が
生きかえり 車いすを ついてくれ
しかも 1番に 乗り降りするのだ。

八戸という町の 魚市場に行った時だ。

新鮮な カニ、エビ、
全てが 車いすに 座っている
わたしの目の前で こちらを向いているのだ。

ちょうど、走り回っている 子供の 目線だ。
『子供たちは カニや エビは
このように みえるのだ』

私たちは そんな事はないと 云いながら
【上から目線】で 物を 見ているんだね。

【華厳経】入法界品で 二十五番目に
善財童子が 遊女に会いにいく くだりがある。

普通、遊女に 会いに行けば
子供でも 煩悩を 掻き立てられるだろうが
その遊女は 見た目優しく
出会っただけで 心を 和ませた。

遊女は 善財童子に こう言った。

『わたしは いろんな 欲得から 離れ
真実を 悟っています。

諸々の 神様が わたしを 見れば
わたしは 天女になり
大勢の 人間が わたしを みれば
人間の 女となり
餓鬼 畜生 夜叉たち
人にあらざらん人たちが わたしを見れば
わたしは そのような 女になります』

つまり いくら 優れたものであっても
相手に 見る目がなければ
その レベルにあわせてしか、
その者を 見ることができないと いうことだ。

『決して そんな事はない』と 云いながら

ああ この人は 政治家だから
この人は 大会社の 社長だから
先生だから 医者だから
老人だから 病人だから

そして 八戸の 魚市場の時の ように
『この子は 子供だから』と、
分けへだてして 対応して居たのかもしれない。

この遊女の 説話は 余りにも有名で
わたしたちの 職業には 貴賎なく
もちろん 差別の心なく

それぞれの人が それぞれの分野で
優れたものを 持っている。

それを 見抜き、それを 引き出してこそ
遊女に 笑われない 秘訣だろう。
合掌
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【1番 大切なのは 学ぼうとする 心を 持つことだ】

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【小豆島大観音】
5万本の 芝桜が今よ盛りと
艶やかな色で 参拝者を楽しませる。

そこには 蝶が飛び 蜜蜂が 羽音を たてる。

なんと長閑な
ここは お浄土であり 密厳国土だ。

【山川草木 悉皆成仏】

山も川も 草花も
みんな それぞれの心を持っている。

そして 何も語らない 山川草木から
いろんな事を 学ぶのだ。

【世の中は 常に もがもな 渚こぐ
海人の 小舟の 綱手 かなしも】
鎌倉右大臣

源頼朝の 孫、鎌倉幕府 3代目の歌だ。

お爺さんが 幕府を興し 富子という叔母が
権力を 握り、激動する政変、

そんな なかで 鎌倉の海をみると
そんな 激動の政変なんか どこえやら。

いつもと同じように 漁師が魚を捕るために
沖に 小舟を 漕ぎ出している光景が 見える。

なんの 変哲もない 平和な
波風たたない いつもの 景色だ。

まるで
『苦労して 幕府を興しても
万物は 流転して 移り変わってしまう。
戦々恐々として 気の休まる ときもない
貴方よりも
何の変哲もない この 海の景色のほうが
落ちついて しあわせな毎日が おくれるよ』

日ごろ、何気なく見てきた 山川草木に
そのように 教えられているのだ。

わたしたちの人生も 鎌倉の右大臣と同じだ。

さまざまな人々と 出会い、共に 過ごし、
やがては 悲しい 別れがある。

そこで 学ぶ心さえあれば
いつでも どこでも 誰からでも
何かを 学ぶことが できる。

通勤通学の 何気ない 風景の中にも
心さえ 向ければ
何かを語りかけてくれるものが
たくさん あるはずだ。

大事なのは 【前進しよう】【学ぼう】とする
心を 持つことである。
合掌

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【ありと あらゆる人から 善を 吸収する】

『雪だるまを つく〜ろう ♬』

孫たちが 頭に被っていた
自分の 洋服を 頭から取って 床に落とす。

あとの 3人も ちゃんと配役が決まっており
出番を 待っているのだ。

【アナと 雪の女王】という 漫画映画を
見に行って 何日か たつ。

DVDを 何度もみて セリフまで覚えて
自分が 【アナ】に なり切っているのだ。

ジジが 『雪だるまを つくろー』と、
真似ても 違うらしいのだ。

『ジジも いれてよ』
『だーめ。ジジは 下手だもん』
『最初から やる気が ないからなー』

【華厳経】の中に 善財童子が 登場する。

有名な 人物だから みんな 知っているよね。

善財童子は 大変 裕福だったが
心は とても 貧しかった。

なんとか 幸せを 掴みたいと
53人の 【善知識】を 訪ねてまわる。

善知識とは 人を仏の道に導く先生のことだ。

『ああ そうですか…』と

呑気なことを 言っていては いけません。
実は 現実社会の 老若男女、
ありとあらゆる いろんな種類の人、

そう、あなたが 【善知識】なのです。

【三人 行けば 必ず 我が師 あり】

中国の 故事にもあるように
3人の うちの 1人は 自分である。

もう1人は善人で、もう1人は悪人である。

分からぬ道を 訪ねるのに
善人に 訪ね 正しい生き方を習うのは
当たり前のことだが

悪人にも 訪ね、わまり道(本質の 裏側)を
勉強するのも
これ また 大切なことである。

相手が 子供だからとか 年寄りだからと、
偏見で 考えないで
『今より 少しでも 勉強しよう』と、
向上心を 持っているならば

隣にいる 【善知識】により
全てを 吸収しなければ ならない。

さて、ジジも 断られたが
もう一度 お願いをして
【雪の 女王】
演じて みたいな。
合掌
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【1人 1人の 個性の花を 咲かそう】

孫を 1人 1人 見比べていると
それぞれが 素晴らしいものを持っているね。

小学生の 孫は 明日の 劇団四季を目指して
頑張っている。
大変な 難関だから とても無理だが
今から 信念をぐらつかせても 仕方ない。

ダンス、ピアノ、歌、タップダンス…
ジジは 分からんが 帰りが いつも
9時過ぎになる。

そんな中で 通知表を 貰うと
殆どが 【大変良い】を 貰い
ダンス ダンスで 勉強をする時間がないのだがと
喜びながらも 首を 傾げている。

もう1人の 孫は 英会話、ピアノ、水泳と
頑張っている。

英会話と 水泳は 残念ながら 見ていないのだが
ピアノは この前の 発表会では 上手だった。

水泳は 明日のオリンピック選手を育てる
レベルの高いクラブだそうで
なかなか 進級できず
『もう やめたい』と、弱音をはいた 矢先、
ワンランク上のステップに 合格し
やる気を 取り戻したようだ。

もう1人の孫は 英会話と ピアノを習っているが
『ダンスは ごめん』という。
姉の 練習の厳しさを 目の前に見ているからだ。

絵を 描くのが上手で よく ジジを書いてくれる。
英会話も 学校よりも大好きで
チーム チームで 勉強をするのだが
指導力が あり 明るくみんなを
リードしているらしい。

みんな 得意 不得意は ある。

私たちは みんな それぞれに個性をもち
それぞれの 価値、考え方を持っている。

華厳経の 華厳という言葉は
【雑華厳浄】の 略で 雑華は
色んな花が いろんな時期に
色んな場所で それぞれの美しさで
咲いていることを いう。

この世の中は 色とりどりの花が
色んな時期に いろんなことろで
咲き誇る 素晴らしい世界であると
言っている。

社会でも 会社でも
有能な かわりに で過ぎてみたり
引っ込み思案の 人が 堅実だったり

いろんな 所で いろんな 花を咲かせる。

どんな人でも その人ならではの
良さと 悪さを 持っている。

『あいつは 何も できない。無能だ 』

他人と 比較をして 優劣をつけ
それだけで 評価をするのではなくて
その人の 良いところ、
優れているところを 発見するのも

友人として 上司として
大切では ないだろうか ?

『わたしは 何をやっても ダメだ』と、
劣等感をもって 尻込みをするより

お互いが お互いの 持っている
美しい花を 精いっぱい さかせる。

それが 【世界に 1つだけの 花】では
ないだろうか ?
合掌
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【懺悔 :私たちは 全く知らぬうちに 人を傷つけていることって あるね】

孫たちの 世界で こんな事があった。

4月には 入学 進級と 本人たちは 勿論、
親までもが 新しいお出会いが できる。

孫も 進級したクラスで 新しい友人ができた。

『うちに 遊びに きてね』
『うん ! 』

新しい友人の お宅に 遊びに行くことになったが
そこに 大の親友が 遊びにきた。

昨日も 一昨日も とにかく 毎日、
学校が おわると 共に 勉強し 共に 遊ぶ
一卵性双生児だ。

『今日は これから⚫︎⚫︎ちゃんの お家にいくの』

いつもの 笑顔が消え 肩を落として
ションボリと 帰って行ったすがたを みて
ママに 相談した。

先方の方を キャンセルして
『あちらには 行かなくても よくなったから』
と、親友の お家にいってみると
友人は 真っ暗な部屋で 1人 泣いていた。

『わたしは 全く 気づかないところで
人を 傷つけて いたんだ』

先方は 先方で 楽しみにしていた 来訪が
キャンセルになり 心 痛めたかもしれない。

日々の 暮らしの中で 私たちは
全く 悪意なく 無意識、無自覚のうちに
人を 傷つけていることが 多い。

なにげなく 発した言葉や 態度が
知らず知らずのうちに
その人の心を えぐっていることもある。

先月、奈良の東大寺の 二月堂で
【修二会】が あった。

垢水で 清め、お松明で 積もり積もった
罪科を 一切 消滅して もらうのだ。

そして 私たちも 無心に本尊を礼拝し
罪の 許しを乞うのだ。

大事なことは
『その役は お坊さんに 任せた』ではなく

仏壇の まえでも
ベッドの 上でも いい。

至心に 手を合わせ
『今日、1日の 中で 知らないうちにも
罪を 犯していないだろうか ?
人の 心を 傷つけていなyだろうか』と、

自らの行いを 省みる慎重さは
大切に したいのもだ。
合掌140414-1写真

【孫の 初宮参り】

春爛漫、桜の花が散りかけたとはいう
小春日和の 今日、孫が お宮参りをした。

【お宮参り】
赤ちゃんが 無事に 誕生1ヶ月を 迎えた事を
氏神さん ( 産生神 :うぶすながみ ) に 感謝して
喜びを報告するとともに
これからの 無事成長を 祈願するのだ。

その後で 白羽二重の着物を着て
紋のついた 祝い着を 上から羽織った孫は
おでこに 墨を いただいた。

地方地方の 言い伝えが あるが
【綾子 : あやっこ】といって
鍋墨や 紅などで
【 〆 】とか 【 犬 】とか【⚪︎】とかを
いれて いただく。

魔除けの意味で
犬の子は 良く育つと言うことに 由来する。

この印は 神の保護を受けたものである事を
明示し 悪が それに 触れることを
禁じた ものである。

清々しいお参りも ジジにとって
残念なことが 1つ あった。

この神社の お参りは 七五三などで
3度目だが 参拝する毎に
規制がきつくなって いる。

先ず、神殿で 記念写真が撮れないのだ。
最初の時は 全て 自由で
本人の 生涯に1度の 記念する日は
ちゃんと 残している。

祈祷中が 駄目だというならその前後に
記念撮影ぐらいは させるべきだ。

ちなみに ジジの 【小豆島 子安観音寺】も
多勢の 安産、子貰いの ご祈願や
お礼参りに 来られるが
祈祷中 以外は 全て フリーだ。

次に お礼の 報告をする場所は
官職 4名、巫女 2名と 豪華版な反面、
神殿では なく 別館で行われるのだ。

神殿は 工事か 何かの差し支えがあって
暫定的に ここで 執行されたのかと思ったが
神殿は 威風堂々と あり
多勢の 人が 柏手を打っている。

これも 以前は 神殿で 執り行って居たのだが
良かれと 思って 悪い 改革をしたものだった。

ありゃ !

【三毒】の なかにも 1番 してはいけないのが
【愚痴】を たらだら いって【不平不満】を
心に 抱くことだが

ジジも 凡人、
つまらぬ事を 言ってしまった。

考え方を 変えてしまったら
愚痴も 不満も なくなるものね。

桜も
お天気も 気温までが 孫のために喜んでくれた
今日の 良き日。

爺さん 婆さんを 6人も 引き連れての 参拝。

どうか 心に残して 健康で
心根のやさしい 人間に 育ってもらいたい。
合掌
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【1本 筋の 通った 人間って 素晴らしいね】

【真理を 追求する】
仏教徒や 哲学者の間で よく耳にする。

絶対に 定義が揺らぐことがない
普遍的な 事象 思考の こと。

100年 経とうが 1000年 過ぎようが
1万年 経過しようが 決して揺らがないもの。

日本だろうが 太陽だろうが
宇宙の果てだろうが 真理は 真理だ。

【定義】が ぐらぐら 揺れるようでは
心理とは いわない。

ジジは スリランカに よくお参りする。

『全ての 仏教徒が 平等で幸せになるように』

昭和60年に サンフランシスコ条約で
日本の 敗戦国を 救ってくれた
ジャヤワナルデ大統領から 小豆島大観音に
お釈迦さんの 歯【仏歯】を勧請された。

今の 大統領の 尽力により
何千年も 続いていた 民族戦争に終止符を うった。

シンハリという 80%をしめる 多民族と
南インドから 移り住んだタミール民族との
抗争だった。

ジジは どちらの民族の方にも
多勢 友人が いる。

しかし 紹介して 頂かなくては
どちらが どちらの民族かは 分からない。

だが スリランカの 国民は
お出会いしただけで どちらの民族か
ハッキリと 分かるのだ。

遠い昔から シンハリの民族は シンハリ人、
タミールの民族は タミール人である。

真理を 頭のなかに置いておれば
如何なるときでも 定義が 揺らがず
心が あちこちに 揺れないから
【苦】も なくなる。

華厳経では 心理の世界から みた
現実の世界をこう 書いている。

【一つ ひとつの 小さな塵のなかに
無数の世界が あり
偉大な仏の国が 広がっている】

人間も 考えようによれば
塵のように ちっぽけな 存在である。

しかし 今も述べたように
真理を 追求したものは
それぞれが 心をもち
無限に大きなものが 存在する。

真理を 追求することを 忘れた人間は
心に 1本 筋のはいらない グラグラした
精神をもち

その度、その度、
【苦】に 苛まれる ことに なろう。
合掌140412-1写真

【偏見で 物事を みると いつまでも 心の苦しみは 消えない】

人間の 心とは 面白いものだ。

その日、その時の 感情によって
猫の目のように コロコロと かわる。

ベトナムへ お参りしたときだ。

誰もが 知っている ベトナム戦争が あった。
南北に 分かれて戦ったが
実は アメリカと ソ連の 代理戦争だった。

ベトコンが 潜んでいた穴とか
一般市民の 大量虐殺の写真を目にし
余りもの残虐さに心を 痛めるとともに
2度と この悲劇を繰り返したらいけないと
心に 刻んだ。

その日の 午後の便で 帰国の途に つく。

預けていた パスポートと 現金をだし
昼食をとってから 空港に 向かうのだ。

2人乗りの オートバイが 近づいてきた。

人のいい ジジは 信号で立ち止まり
オートバイに 先に 行くようにいった。

と、その時だ。
後ろに 座っていた若者が 抱えていた
カバンを ひったくったのだ。

ジジの瞬発力と 機転のよさで 難は逃れたが
何しろ 今まで保管していた
パスポートの 入ったカバンだ。

心に 嫌な思いを残して 機上の人となった。

それから 何年経っても
いろんな 素晴らしい体験を させていただいた
ベトナムという国が その 名前を聞くだけで
嫌悪感が 襲ってくる。

この嫌悪感は よくよく 分かっている。

自分自身が それを 作り出しているのだ。

そんな 事実は 無かったのだと思えば
腹が 立つことも、怯えることもないだろうし
相手が 悪いのではない

自分が 不注意だったのだと 思えば
反省するのは 私の方で
相手には 何の罪も ないのだ。

つまりは 心の 持ち方次第で

それは 綺麗にも 汚くも
大きくにも 小さくにも
高くにも 低くにも
豪華にも 貧相にも 見えるのだ。

それは 自分の 思い込みや
こだわりや 偏見から くるものだ。

悪い方に 悪いほうに 心を 動かすと
私たちは 【苦】を抱き
それから 逃げ出せなくなる。

【般若心経】の 色即是空 空即是色だね。

言うは やすし 行うは 難し

早く ジジも ベトナムの 偏見から
脱皮しなければね。
合掌140411-1写真

【花まつり 天上天下 唯我独尊】

孫が 生まれて丁度 1ヶ月過ぎた。

卯月の 八日。

釈迦が誕生した日で【花まつり】【灌仏会】と
仏教徒は 誕生を 讃えるお祭りをするが
キリスト誕生の クリスマスのような
国民を あげての お祝いは ないようだ。

【小豆島大観音】では お釈迦さんの 像に
一年を通して 参拝された 方に
甘茶をかけたり 飲んで頂いたり している。

【小豆島霊場 子安観音寺】では
1ヶ月後の 5月の8日に 花 一杯に飾られた
おすや の中に お釈迦さんをお祭りし
甘茶を かけては 容器に入れて
持って帰って いただいている。

寺の 真下に 小中学校が あり
ジジの 子供の頃は 地区の皆さんは勿論、
甘茶を頂く子供たちで ごった返したものだ。

そもそも お釈迦さんは 紀元前500年、
今を去ること 2500前に ルンビニーで 生まれた。

仏教の 四大聖地の 1つとして 有名だが
1997年に 世界遺産 ( 文化 ) に 登録され
現在、丹下健三先生などが中心となって
大規模な 発掘が 行われている。

ルンビニーは インドというより
ネパール国の中に あり
首都の カトマンドゥから 小京都の ポカラを経て
インドよりに 南に下った所と言った方が
よく分かるだろう。

釈迦は 母親のマヤ夫人が実家でお産をするために
通りかかった 花園で 生まれた。

甘露の 雨が降り注いだというから
万来の拍手の中で 生をうけたのだろう。

スックと 立ち上がって 7歩 歩き
右手を 高く 天空を指し
『天上天下 唯我独尊』と、声高々に 言った。

『この世の中で 私は 1番 尊敬される人である』

大変 傲慢なような 気がするが
ジジなりの 解釈を してみよう。

スックと立って 7歩 歩いたのは

私たちは 地獄 餓鬼 畜生 修羅 人間 天界と
【六道を 輪廻している】のだが
ちょうど 1周回って
新たな1歩を 踏みだしたと いうことだろう。

『あの人は 品行方正で仏さんのような人だ』

『あの極悪非道な 人間は きっと
地獄に 落ちるであろう』

日常生活のなかで 私たちは
その人をみて 心の中で点数をつける。

本来は 空海が 最終目的としている
【相互合掌】【相互供養】は
お互いが お互いを 尊敬し合いましょう。
拝み 合いましょうだから

極悪非道な人たちは
尊敬しあうことも 拝みあうことも
感謝しあうことも ないわけだ。

心も 身体も
仏さんのように 澄みきった 人たちが
お互いに 合掌しあうのである。

だから お釈迦さんの
【天上天下 唯我独尊】も
私1人が 偉いのでなく

仏さんと 同じ 心を持っている
わたしも あなたも 共に 素晴らしいのだ。

ともに 助け合い 思い会い
手を取り合って いきましょう。

独り合点で 間違っているかも 知れないが
釈迦は そのように 思ったとおもう。

そして 生後 1ヶ月の 孫も
隣の人から 尊敬され
自分も となりの人を 尊敬する

そんな 人間に 育ってほしい。
合掌140410-1写真

【うかうかしていると 桜の花のように 散ってしまうよ】

桜の花が 満開だ。

ママが ジジに 言う。

『満開の桜も もう 見納めなので
明日は ママ友が お花見もかねて
懇親会を 開くことに なったの』

明日からは 気温が 5度以上も上がって
春が終わりを告げ 初夏の様相を帯びてくるが
昨日の 風で 一世を風靡していた
花も 少し 散ったようだ。

【春眠暁を覚えず 処処に諦鳥を聞く
夜来風雨の声 花落つること知る多少ぞ】

孟浩然 (689~740) の 有名な詩だが
1300年前の その日も
この春も なんら 変わったことはない。

微睡んでも 微睡んでも 布団から離れたくない。
そう言えば 昨夜の 風雨で
綺麗に 咲き誇っていた花も 散ったことだろうな。

今一度
先人の 詩を読んで 桜を 思い起こしてみたい。

⚫︎いにしえの 奈良の都の 八重ざくら
けふ 九重に 匂ひぬるかな (伊勢大輔)

昔 奈良の都で 咲き誇っていた八重桜が
今日は 宮中で いっそう 華やかに
咲いていることだろうな。

宮中の 全盛期を 描いている。
この後に 歴史の変遷が在ろうとは 知るすべもない。

⚫︎もろともに あわれと思え 山ざくら
花より他に 知る人もない ( 前の大僧正 行尊)

行尊が 大峰山で 1人、修行に励んでいたときだ。

寂しい。辛い…。
この 私の 心を分かってくれるのは
この 美しく咲き誇っている
桜よ、お前以外には いない。

そして お前が こんなに綺麗な
花を解けているのを 知っているのは
わたし 以外には いない。

⚫︎ひさかたの 光のどけき 春の日に
しず心なく 花の散るらむ ( 紀友則)

陽光の うらうらとした 春の日に
静かな 落ち着いた心もなく桜よ
どうして 慌ただしく はらはら 散ってしまうのだ。

小野小町の 有名な詩

花の色は 移りにけりな いたずらに
わが身世にふるながめせしまに

説明も いらないだろう。

幾ら 桜が 我が世の春と 咲き乱れていても
やがては 花びらの 1枚たりとも 残さずに
風に 舞ってしまうのと おなじように

栄耀栄華を 誇ってみても
時代が 移り変わると
宮中にも ぺんぺん草が 生えた。

私たちの 容姿も 衰え
老醜を 晒し
病に かかり
やがては 死んでゆく。

【諸行無常】を 説いているね。

『綺麗だ』『見事だ』
言っているうちに どんどん 月日は
流れて いくよ。

時間は 寸時も 止まらないよ。

『さあ ここで 行動を 起こさなければ
私のように やがては 散ってゆくよ』

花見と称して 饗宴を 演じている人をみて
桜は そのように 語りかけているのだ。

さあ ママ。
明日は どうする ?

えっ ?
やっぱり 行くって ?
合掌140409-1写真
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【今日は 他人事 明日は 我が事。自我を 捨てて 人の心の中に はいろう】

電車 構内の アナウンスが なった。

踏切りの トラブルが あったので
チェックのために 5分間遅れるという
内容だった。

『よかった。
駄目だと 思っていた 新快速に乗れるぞ。
これで なんとか まにあう』

お昼から 大阪の ホテルで開宴される
【天光軒 満月先生】の ディナーショウの
お誘いを受け
友人を誘って そこに向かう お話だ。

列車の到着が 5分間 遅れたために
無事 その 新快速に乗ることができた。

『よかったね』

『この前は 列車が 10分間 遅れたばかりに
小豆島に帰る フェリーに 乗り遅れて
2時間 待ったことが あったね』

『こんどは 立場が 反対になったが
この中にも 大勢の人が 約束の時間に
間に合わなくて 困っている人が
いるんだろうね』

『そうだね。
しかし、この 電車は 遅いな。
私たちも 間に合わないでは ないか』

これは 自分の立場を 中心に物事を考える
【俄見に 陥ること】で生じた 出来事である。

常に 深い思いやりをもって
人の 心にはいり 人の立場で物事を考える

その 三毒【貪瞋痴】を 忘れていたんだね。

この ことを【我を 捨てる】といい
私たちが 心を磨く 修行の 1番 大切なことだ。

お互いが お互いを 思いやる心をもって
手を取り合って 生活をする。

これを しあわせ と言うんだね。

なんと そのホテルは 駅の真正面にあり
運よく 1分前に 滑り込むことが できた。

先生は 【大石 順教尼 一代記】を 熱唱され
素敵な 河本さんの 応援もあり

アッというまに 時は 流れていった。
合掌
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【自分で する仕事、さされる 仕事】

ジジの寝室に 孫が泣きながら入ってきた。

『本を 読んでもらおうと 思ったら
お姉ちゃんは もう熟睡しているのに
あなたは いつまでも 起きていて』

ママに お叱りを 受けたようだ。

ママを 気にしながら 心根の優しい
ジジは ご本を 読んでやるのだ。

1つの 地方が 1つの国に
吸収合併されようと している。

それに 真反対から反対している国々がある。

グローバルな 大事件の裏に
細やかな 住処の中で
誰もが分からない 苦渋がある。

パパは 毎日 12時過ぎに 帰宅する。
昨夜は 仕事の都合で 帰れなかった。

そっと 子供の寝顔を 覗いて
また 明日の仕事に 精を出すのだ。

ママも 大変だ。

お姉ちゃんはは 6時半に 起きてくる。
子供の面倒をみて 学校に 送り出す。
弁当に日は それよりも早起きをする。

下の子を 幼稚園に 送って行って
帰宅してからが 大戦争だ。

掃除、洗濯、炊事…
休む 暇が ない。

陽気なママで 全館開放しての掃除は
太陽の光を サンサン浴びた 部屋に
レースのカーテンを 春風にたなびかせて
今 来たウグイスの様に 口ずさんでいる。

その 心が、 姿が 非常に 清々しく
『ジャマ ジャマ ! 』と、言われながらも
何かの 手伝いもしたい。

【 やらされている 仕事 】
【我が事として 楽しんで する仕事】

同じことを 同じように 同じ方法でしても
前者と 後者では 全く 異なる。

やらされて居る 仕事は 不平不満が 起きる。
『なんで わたしが ! 』『我』『我』『自我』

【済世利人】といって
我がことだけでなく 人の為に する仕事は
楽しく おもわず 幸せが 飛んでくる。

【因果応報】といって
慈悲と 智慧の心で 楽しくやれば
必ず 【笑う門には福来たる】

他から しあわせが 舞いこんできます。

全ての 行動に
心をこめて やることが
結局は 自分自身に しあわせを
呼ぶことに なるのだ。
合掌140407-1写真

【私たちが 目を瞑ったあと、何人が 参ってくれるだろう】

子安観音寺で 心 暖まる 法事があった。

私を 我が子のように可愛がってくれていた
俳画の先生の 7回忌の法事を 弟子たちが行った。

お弟子さんたちは 今や『先生』と呼ばれ
多勢の お弟子さんを 有する 指導者たちだ。

先生の 墓は 故郷の小豆島にあり
大阪にいる家族も 墓参りに 帰るのは大変だが
墓は いつ参っても 綺麗だ。

お弟子さんたちが 墓に 到着する前に
万がいつ 花も枯れ、
草の中に 埋まっていては 大変だと

水や 草抜きを 持って行ったのだが
何事もなかったように
花が 供えられ 雑草の 1本も なかった。

先生は 故郷の 小豆島が 大好きで
帰ってきたら 寺で寝泊まりをして
島民を 見つけては 絵を 書いてあげた。

天国に 召されて 7年目を 迎えるが
そんな 良寛さんのような 心を、
島民は 誰 1人として 忘れるものは ない。

『へんコツだったけれども
赤ちゃんのような 先生だったね』

『故郷の人には もういらん くらいに
絵を 渡してはったけど
私ら 書いて くれはらへんかった』

『何しに 来てんねん。
はよう帰って 絵を教えたり 言うて はるで』

墓前での 思い出話は いつまでも
尽きない。

私たちが やがて 目を閉じたとき、

【何人、会葬が あった】でなく
【何人の 人が 心から 泣いてくれるか】で

如何に 真の友人が 多かったか 否か
分かる。

私たちは 古墳をみては
『だれの 墓だろう ? 』
『天皇の 墓に 違いない』
『いや、きっと 誰それだ』

ロマン 論争は 尽きない。

ピラミッドにしても 然り。

[栄枯盛衰 世の習い] というが
何十万人を 動員して 作り上げた墓でも
祀る人が だれ 1人として なく
挙げ句の果ては 『誰の 墓だっただろう』
では 余りにも 残念だ。

質素で 小ちゃな 墓で いい。

常に お参りする人が あとをたたず
周りには 線香と 生花の匂いで 充満している。

そぞろ 行き交う人たちが 立ち止まっては
当人の 思い出話を する。

お互いに そんな 人間になりたいね。

皆さんは ご先祖さんの法事を
忘れている人は ないだろうね ?

[因果応報] といって わが身に
降り掛かって くるのですよ。

【相互供養】【相互礼拝】して
思いやりの心をもって 日暮らしをしていれば
きっと 後後まで
墓前に お花を立ててくれる 人は
絶えないで あろう。

今日の 先生の ように。
合掌140406-1写真

【肉眼】と【心眼】

この頃は いろんな物が便利になっているね。

お風呂 1つにしても ワンタッチで湯がわく。
先日 住職と 話したことだ。

『お風呂は ワンタッチだったかなあ ? 』

『いやいや 老僧と 一緒ですよ。
お湯は 湧きますが 油断をしていたら
湯が 溢れてしまいます』

『それにしても 喜ばなければ ならないね』

今でこそ お湯が沸き 快適な風呂に入れるが
少し 前までは 所謂【五右衛門風呂】で
交代で 焚口にすわり 火を足していた。

当時は 住込みの方が 20人ぐらい いて
お湯を足しながら 順番に 入るのだが
最後の方は 本当に 可哀想だった。

『あなたは 烏の行水で 早いですね』

いろんな 方に よく 言われるが
みんなが 後に 入る人のことを 考えて
手短に 入っていた 名残だろう。

トイレでも 何もしなくても
自動的に 蓋が開いたり 閉まったり
水が 突然流れだす。

私たちの 時代には トイレと 水との
接点が 全く 考えられなかったので
最初は 驚いた。

駅や デパートの トイレに入ると
奥の方で
何度も 何度も 水を流す音が 聞こえたり
ペーパーを 取っているんだろうね。

ネズミでも ハムスターでも顔負けするぐらい
カラカラ カラカラ 音をたてている 人がいる。

その スピードが 速い。

『あれ きっと キチンと 畳んでなくって
団子に なっているんだろうが
どうして 使用するんだろう ? 』

なんとなく 釈然としない 気持ちで
トイレを でる。

関係ないが 普通は 1まき 2まきと
4まきが 適量で キチンと 畳んで使うんだって。

風呂で 湯水のごとく 水を 使う人
トイレでも 水や 紙を 使い放題

電車で 靴を履いたまま
前の シートに 足を かける人。

『あの ポーズの ほうが 疲れるだろうに。
まさか お家でも
あんな事、やっているのだろうか ? 』

文化が すすみ 快適な生活が 進む 反面、
私たちは 心を 失っている。

私たちが 勉強した
【四諦】【八正道】から みても

十善戒の 【不殺生】を 考えても

高野山の 管長猊下が いつも いわれている
『限りある資源を 大切に 使おう』という
お言葉からみても

残念ながら 全て 反している。

私たちは 物を 自分の 目で見ている。
それを 心で みましょうという。

みるのは 【見る】でなく【観る】なのだ。

そして その心と 行動が
お観音さんの 【慈悲】なのである。
合掌
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【物を みる角度によって 物の 形はかわる】

小豆島大観音の境内に
5万本の芝桜が 我がよの春と咲き乱れている。

この 美しさは 極楽浄土。

住職が目指した希望が 開花したのだが
毎日 多勢の方が 花をみては
心 なごんで 帰っている。

そんな中で 子供たちが 写生をしている
光景を みる。

絵を 見ようとすると ワッと 両手でかくす
その 合間から 目に飛び込んでくる絵は
上手い 下手は 別として

縦から 横から 斜めから 裏からと
『このような 芝桜もあるのか』と
驚かされる ものが ある。

私たちは 物の 本質を見極めるためには
絵に かぎらず 色んな角度から ながめ
その上で どうしようかと 考える。

1つの 【円柱】が ある。

真上から みると 何に 見える ?
『円、まるにしか 見えません』

真横からみると 長方形にしか みえないね。

どちらも 自分の方向だけしか 見ておらず
しかも 我が主観を 通すから
『円だ』『長方形だ』と 譲らない。

そして 自分が正しいと 確信している。

それを 相手の 意見も とりいれ
自分の 考えと つきあわせ
それぞれの角度から 眺めてみればいいのだ。

『あっ ここは 向こうの方が 正しかったな』
『私の ここが 間違っていたな』

冷静になって
謙虚に 受け止めることが できれば

この 物体が【円柱】だと わかる。

私たちの 日常生活でも
色んな人が 集まると
いろんな 意見が 噴出して あたりまえだ。

定規を 当てたように
1つに なることの方が 不思議なくらいだ。

無理やりに 自分の意見を 押し付けたり
纏まらなかったら 腹を立てたり
ふくれっ面を しては いけない。

以前 勉強した 【三毒】貪瞋痴に 反するね。

家庭でも 社内会議でも1番 大切なのは
人の意見を 冷静に 聞く 姿勢であり
対話であり 謙虚に 相手を理解しようとする
心構えで ある。

いらぬ事を 考えている間に
キャンパスは 芝桜で 埋め尽くされた。
合掌
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【心から 反省したとき はじめて 罪科は 消える】

死刑が 確定し 48年間 服役していた人に
【再審】が 認められ 彼は 釈放された。

人は 罪を犯すと 法のもとで 裁かれ
罪を償うために 罪の大小に あわせて
死刑を宣告されたり 服役したりする。

しかし、刑務所にしろ 少年院にしろ
その期間を過ぎれば
罪を 償ったものとして 社会復帰をし
私たちと 同じように 普通の生活をする。

しかし それは 人間が作った ルールであって
神の 裁きでは ない。

その人が 釈放された そのときに
被害者の 家族や遺族は
『いくら 牢獄で つぐなってもらっても
もう、あの人は 帰ってこないのだ』と、
涙ながらに 訴える。

出所した若い方達に インタビューすると
責任を 他人に なすったり
あっけらかんとして 全く 罪悪感もなく
罪の意識も 反省もなく

笑顔で 答弁して 見ている方が
悲しい 思いをすることが 何度かある。

心からの 反省がなければ
無罪放免となっても
また 同じことを 繰り返すことに なるのだ。

自分への 反省
被害者への 反省
被害者の 家族や 遺族への 反省

そして それらの 善行をみて
『あの人は あそこまで 立ち直ったのだから』
と、万人が 認め 、
蟠まりなく 受け入れてくれて
はじめて 罪障を 償ったことになる。

わたしたちも 日常生活の 中で
罪の 大小は 別として
いろんな 罪を 犯している。

そして その罪すら 分からない事がある。

その 1つ 1つを 反省して
わだかまりが 全て無くなったとき
はじめて 私たちは
しあわせを 感じることが できる。
合掌140403-1写真

【薫習 ; くんじゅう】

この 美しい花、なんだと 思う ?

これが やがて あの恐ろしい 麻薬になるの。

世界一 【しあわせ量】の 多い国、
ブータンでは どんな草だって
無造作に 群青している。

『この草が 麻薬になります』と きかされ
日本人は 途端に 興味を持ったり
驚いたり 手で触れたりするが
現地の 方達は 意にも介して いないのだ。

何の 必要も ないからだ。

『この 一見、なんの変哲もない草が
常用すると 身体が蝕まれ
取り返しの つかないことに なります』

ガイドさんの 説明に 【薫習】という 言葉を
思い出した。

毎朝、寺内の僧侶 全員で お勤めを する。

寒厳の 中も 灼熱の 時も
本堂に 上がると 【凜】とした 気持ちになり
おもわず 背筋が 伸びる。

まだ つけてもいない お香の薫りが
辺り一面に 広がり
なんとも言えない 幽玄な 密厳国土を醸し出す。

何十年も 何百年も 焚きつづけてきた 残り香が
本堂の 至るところに 染みついて
新たに 火をつけなくても
私たちの 心を 和ませてくれるのだ。

【薫習】という 言葉は
ただ 現象面を 言うのでは なくて
それを 繰り返すことによって 心が洗われ
人の心が いい方に いい方に向かうことだ。

ジジの 時代に 1人の 檀家総代が いた。
何かにつけて 尊敬をしていた。

ある時、質問をしたことがある。

『総代は 頭が 良いですね。
僕なんか すぐに 忘れてしまうけれど
総代は 何からなにまで よく 覚えている』

答えは 【薫習】だった。

『うらは 学校に いっていないから
文字を書くのが 苦手だ。

寝る前に 仏壇の前にいき
ロウソと 線香に 火を付ける。

そして その後で お香を 焚くのだ。

その 香りの中で 今日、1日の 反省をする。
あの人が ああ言ったとき、わたしは こう言った。

これは それで いい。
私の ほうが 正しい。

あの時は 言いすぎた… 』

『薫習だ ! 』

おもわず そう言った。

誤って 罪を犯した時、
『2度と しないそ』と、誓いをたてる。

しかし 人間は 哀れなもの。
誘惑に まけて また 罪を犯してしまう。

この 麻薬の ように。

自分で 諌めなければ ならないことがあれば
1日の どこかで 反省をしなければ ならない。

そして 移した 残り香が
永遠に そこに 染み付くように

心に決めた 行いは
心の習慣として 続けなければ ならない。
合掌140402-1写真
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