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【 本物 を 求めつずけよう 】

ときどき 書道の大先生に 教えを受ける。

先生は 万葉がなに 魅せられて
わざわざ 明日香に 居を構えられた。

3~4年前は とてつも無く 大きな石の記念碑に

【 空 】を 書けと 依頼があり
勿論、書いたこともなければ
書く 筆もない

困り果てて 明日香の お家の門を叩いた事もあった。


先日、但馬で 白隠禅師 ( 1686 ~ 1769 ) の
書を 見せていただいた。

禅師は 改めて申すことも ないが
江戸時代中期に 座禅を中心に活躍された
臨済宗の 僧侶である。

赤穂浪士の 吉良邸 討ち入りが ( 1703 ) だから
禅師が 34歳の頃の 出来事だ。


お床を
拝見させて 頂いたが もう1つ よく分からない。

高野山の 管長や 大覚寺の 門跡の 文字の方が
数段 上手に 書かれているように 感じる。


【書】の 持ち主の 先生が 言った。

『最初 見たときは
ありゃりゃ この 字は なんじゃいなと 思いました。

ところが 掛けておれば おるほど
侘び寂びの 味が 出てくる。

反対に 高名なかたの 大量生産の 文字をみれば
そのときは 素晴らしいと 歓心もするが
日を 重ねるごとに 飽きてきて 嫌気さえする』



絵画 しかり
陶器 しかり

人間とて そのとおりだ。
深い人間は ますます 親交 深まるが
浅い人間は 見抜かれた時点で 去っていかれる。



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[ 教行信証 ] に このように ある。


【 《 真 》 の 言は 偽に 対し、仮に対するなり 】

真という言葉は
偽りに 向き合い、仮に 向き合うということだ。

[偽]は いつわり
[仮]は 一時の 間に合わせや 本物ではないこと

多くの いつわりや ニセモノに 囲まれていても
[本当の 真実]は 1つであり
決して 揺らいだり 去っていったりするもにでは ない。

私たちは [真][偽][仮]の 区別が分からず
去っていったものに 執着をし
苦悩を 深め、争いを起こしたりする。


よくよく 目を 見開いて
[真][偽][仮]を 見抜く力を 身につければ
それが 人生に 喜びを増やす 秘訣ではないだろうか?

合掌


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【 その場しのぎの 善行や 修行では どうにもならない】

住職への ヘルプで 【小豆島大観音】にて
お護摩を 焚かせて いただいた。


お手伝いの お坊さんたちが
それぞれ 4つの寺に 出仕したり

自分の ご用意で 手が離せなかったりした時、
年寄りに 応援依頼が かかる。


『よし きた ! 昔 とった きねずか』

いさんで ご奉仕させて 頂くのだが
思いどうりに 身体がついて行かず
フラストレーションが たまる。

この写真は 若いお坊さんの 護摩焚きだが
最早、わたしが 炊くと こうはいかない。


師僧が 未だに 言い続ける。

『鐘は 打てばなる。
割れ鍋でも綴じ蓋でも どんな音でも良いのなら
音は でる。

お経 然り。
どんな お経でも拝めば 聞こえる。

しかし 本尊さんや 先祖さん、
一緒に 手を合わせている 皆さんが

『素晴らしい お経だった』
『引きつられるような 素晴らしい 音色だった』

と、思わず知らず 絶賛して頂くような
お勤めを 心がけなさい』

リン 1つにしても 真剣にうちなさい という。

お護摩 然り。
護摩壇に座って 修法する僧侶と
下にいて 太鼓を叩きながら 経を唱える
僧に 別れる。

火をあげるにしても 経を 読むにしても
ダラダラ 終わってしまったら 何にもならない。

このへんで 徐々に 火を 強め
ここから 徐々に 太鼓を 大きくたたき
ここで ピークを
本尊の心と 行者の心と 大衆の心が 1つになり
護摩は 最高潮を 迎える。

意地悪で 太鼓の音を 全く小さく 落としてみても
一同の 音魂 言霊は 一層 響き渡る。

頭では 確か このへんから …
と、分かるのだが 全く 上手くいかない。

これは 勉強不足より 他には ないのである。


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[ 教行信証 ]に このように ある。

【急作急修にして 頭然( ずねん ) を
はらうごとくあうれども
全て 雑毒雑修の 善と 名ずく】

頭につき 燃え盛る火を 必死に払い落とすように
それは 全て うそ偽りの 行いであり
まとこの 善など 微塵すらも ない。


一夜ずけで 急場をしのいで いるもの。

場当たりてきに
慌てて はじめる善行や 修行など
如何に 必死にやってみたところで
その場しのぎの ものでしかない。


髪に 降り掛かった 火の粉を
必死で 払おうと 頭を振ってみても
かえって 燃え広がってしまう。


偽りの 行に いかに懸命に 励んだところで
悟りが 近づくどころか
ますます 煩悩に 苦しむことになる。



みなさんも そんな経験 ない ?

『こんな 事は いつも やって居ることで
お茶の子さいさいだ』

『忙しいから 真剣に取り組む時間は ないけれど
なんとか なるだろう』

『重要会議だが わたしが 1番 年上だし
みんなを 抑えつければ 会議もとおるだろう』


今の 今まで 怠惰を繰り返していて
お茶を濁せば なんとかなるだろうという
甘い考え。

それを 親鸞は 一刀両断に 切って捨てたのだ。


わたしも もう一度、新発意に 戻って
お護摩、お経、説法…
いろんな お勉強を しなければ

頭に 火が移って 大変なことになる。
合唱





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【良き友人とは 睦みあい、悪い 仲間は 勇気を持って 遠ざけよう】


『ころしちゃったんだけど』

2ch 掲示板に 血まみれの 身体の 一部と
戦慄するような コメントが 掲載された。

長崎は佐世保の 同級生 殺人 バラバラ事件だ。

高校 1年生 ( 16歳 ) が 同級生 ( 15才 ) を
殺害した 挙句、首や 手首を 切断した。

2人は 成績優秀で 中学 高校と 一緒に
名門高校に 通っていたらしい。

『人を ころして みたかった』

警察での 事情徴収で 少女は そのように語った。

いくら 人間形成が できていない年齢でも
身勝手な 自己本位な 行動であろうか。

『会いたい』

殺したほうの少女が 一方的に 誘い
1週間前から 計画されていた シュミレーションは
のこぎり ハンマーの 購入後、
殺すために 自分の部屋に 2人でいって
そのとおり 実行された。


殺された 少女は 明るく 活発で
友人も 多かった。

犯人となった少女は 勉強 スポーツを始め
いろんな ことに 抜きん出ていたが
性格が暗く 友人は 少なかった。

先年、実母を ガンで亡くし
父親は 母の死と 入れ替わるように
新しい 母親を 迎えた。

こんな こんなで
マンションで 1人住まいを するようになり
海外留学も 視野に入れていた。

きっと 弁護側は そんな 事情を前面にだし
情状酌量を 願いでるのであろうが
それは 聞こえぬ話だ。


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[ 親鸞聖人 ご消息 ]に このように ある。


【善知識、同行には したしみ ちかづけとこそ
説きおかれて そうらえ 】

よい 友人や 同じ志をもつ 仲間には
真心をもって 親しみ 近づきなさい。


[善知識]とは 真の友人、良き友、
仏道に 導く人のことを いう。

悪事をきらい 悪を好むものは 遠ざけて
真の友人、よき友と 真心で親しみあうべきだと
先人も 言われていると 親鸞はいう。

自分の 知らない世界に 引き込んでくれたり
新しい 刺激を与えてくれる 相手は
魅力もあり、
それに酔いしれても 楽しいものだ。

しかし それに酔って 善悪の 判断を誤っては
大変なことになる。

興奮が 覚めた時、
『なんて 馬鹿なことを したのだろう』

後悔することの ないように

友達として お付き合いする うえで
よくよく 人をみて 吟味したのちに
行動を 起こさなければ ならない。

殺された 15才の少女の お通やで
父親は こう 語った。

『あまりの 突然のことで まだ なにも考えられない。

娘は 私たちにとって 大切に育ててきた
宝物でした。

今は ただ 心しづかに 見送ってあげたい』


そして ご両親は 弔問にきた
同級生の友人たちの姿を みて
声をあげて 泣いたという。

痛ましいね。

そして どんな 弁解をしようが 言い訳をしようが
絶対に 許せないね。

二度と 再び こんな凄惨な事件が 起きませんように。

南無大師遍照金剛








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【八万四千の 法門ナ 生死の 苦海を渡す 筏なりと 】

【小豆島大観音】に 但馬から 参拝があった。

ご家族は 全身 ビッショリと汗まみれで
声がかれると 思うくらいの大声で
一心不乱に【般若心経】を 唱え 護摩を焚いた。

48歳になる 娘さんが大病を患い
彼女が 無事に 全快しますようにと
心から 祈りを 捧げているのだ。

『その後、お嬢ちゃんの 体調は 如何ですか?』

お護摩が 終わって一段落したときに 聞いてみた。

『ボチボチ ですう。
主人と 子供達、4人の 6人家族が 以前のような
ママを持つことが出来なくなったと 言うことです。

でも 我々 年寄りも あの 家族も
今の娘が ここまで快復したことを喜んでいるのです。

「今から 直ぐに 護摩を焚いてください」と、
夜中に寺に 電話を させていただいたときは
誰もが 「もう 駄目だ」と 腹をくくっていましたから』

『以前のように 完全に治ってくれたら嬉しいですが
ここまで 治ったら 大満足です』

家族の 感謝の気持ちと 満身の笑顔を 思い出しながら
【子安観音寺】まで 帰った。

ちょうど 外孫の 誕生日と言うことで
きちらから 電話をしたり かかってきたりした。

『じじっ !
誕生日の プレゼント、ありがとう。
大切に するよ』

受話器の むこうから 弾んだ孫の声が 聞こえた。

『いまから お友達が沢山きて お祝いをしてくれるの』

『パパや ママに お礼を 言わねば ならないよ』

孫が ママに 受話器を 渡したらしい。
急に ママの声が 聞こえてきた。

孫の お友達が 集まって パーティーを開く時間に
呼ばれていた お友達の1人の パパが
自動車事故で 急死して その時間に お葬式があり

ママも いまから お参りに行くのだという。

『わたしの 大の親友や お姉ちゃんの お友達も
大病を患って 今、必死に病気と闘っている人がいる。

子供の お父さんは 突然 お亡くなりになった。

そんななか こんなに 沢山の お友達を迎えて
誕生会を 開いてもらえるという。

これを しあわせと思い 感謝をしないようなことが
あるでしょうか?』

そう 言いながら お葬式にいった 娘の言葉と
大観音での ご家族の 言葉が 錯綜した。



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[ 高僧和讃 ]に このように ある。


【生死の 苦海 ほとりなし ひさしくしずめる われらをば
弥陀弘誓の 舟のみぞ のせて かならず わたしける】


大昔に 本山布教師として 高野山に上がっていた頃
このような 【願文】が あった。

《八万四千の 法門ナ 生死の 苦海を渡す 筏なり》

少々 意味は違うが 同じことを 言って居るのだろう。

人生に 如何なる苦難が 待ち構えていても
唯、無心に 子が親に 身をあずけ すがるが如く
信仰を 支えにして 本尊にすがることができたなら
どんな 荒波にも 乗り越えることができる。

《真言ナ 不思議なり 感受すれば 即 無明を除く》


但馬の ご家族も 娘の友人も
心から 本尊に 身を委ね 縋っているからこそ
必死に 病気と闘う 勇気を頂くことができるのだろう。


みんなが 元気で
みんなが【 感謝】と 【報恩】の気持ちをもち
本尊に 助けられながら しあわせな 生活を おくる。


そのことを ご本尊や 空海に 真剣にお願いをしたい。
合掌

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【わたしたちの 貪欲は とどまるところを 知らず …】

【小豆島大観音】にて
多勢の 土用参りの参拝者に 混ざって
岡山県より マイクロバスでの 団体があった。

子供さんも 多く、そのグループ 殆どの人が
大観音の トレードマークの スリランカ衣装を
身につけていたので 特に 目立った。

ところが お護摩を焚いてみて 驚いた。

おばあちゃんから 5歳の 子供にいたるまで
お護摩に 入れる 添え護摩には
【心願成就 世界平和】と、書かれていた。

驚いて 聞いてみると
『わたしたちは 自分だけの しあわせは望みません』
58歳になる おばあちゃんは そう言った。


『1ヶ月まえには 豪華客船が 韓国沖で 沈没し
修学旅行の 生徒を含め 多勢の犠牲者がでました。

先日は マレーシア機が 墜落し
298名 全員死亡という 痛ましい事故が起きましたが
どうも 狙撃されたのではないかと いう
噂も 出ています。

特に 食うものも 手に入らず
痩せ細った子供達が ベッドに横たわっているのを
テレビ 画面にクローズアップされ
義援金を 呼びかける 放送を見るとき、
我が胸を 引き裂かれるような 気がします』


『小豆島大観音は 昭和60年に
《全世界の人間が 平等にしあわせになる》ためにと
当時の スリランカ ジャヤワナルデ大統領が
国の宝物である仏歯の 分骨をされたと ききます。

大観音で 全世界の人間が しあわせになりますようにと
祈るより他にありません。

考えても みてください。

脱法ハーブを摂取して 車もろとも
子供達の 列のなかに突っ込んだり

倉敷では 小学校 5年生の 児童が誘拐されたり
悪行を 数えてみても枚挙にいとまがありません。

でも
わたしたち 人間が 少しずつ 考え方をかえれば
防げる 簡単な ことなのです。

その 簡単な事が なぜ できないのでしょう ? 』



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[教行信証] に このように ある。

【貧愛の 心、常に よく善心を汚し
愼憎の 心、常に よく法財を焼く 】


わたしたちの 住ませて頂いている 日本、

[所得倍増計画] を 切っ掛けに 高度成長期
バブルと 物は豊かになり
お金さえ出せば 欲しいものは
なんでも 手にはいる 世の中に なった。

夢のような
テレビ 冷蔵庫 洗濯機と 三種の神器 相 揃った 今、

1時代前から 考えると 夢のような生活を
させて もらっているはずだが
それで 満足かといえば そうではないようだ。

『あれも 欲しい』
『これも 欲しい』

わたしたちの 欲望は とどまるところをしらない。
それが【苦】の 原因に なる。


[貪愛の こころ]
欲望に まかせて 際限無く 貪り求めること

[瞋憎の こころ]
自分の 思い通りにならないことに
怒りや 憎しみの感情を あらわにすること

親鸞は
「貪りの心が 本当の我が心を 覆い隠し
怒りが 自分を 壊してしまう」と いう。

執着から 欲望が生じ
欲望から 怒りが生じるのだ。

「貪りと 怒りを 野放しにしていると
やがて その 【苦】に 押しつぶされてしまう」

[法財] を 消滅したまま 生涯を閉じるとき
わたしたちは また 闇の世界を 彷徨うことになる。


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最後に 空海の【秘蔵宝鑰】の 教えを紹介して
筆を おこう。


《生まれ 生まれ 生まれ 生まれて
生 ( しょう ) の 始めに 暗く

死に 死に 死に 死んで
死の 終わりに 瞑 ( くら ) し 》


いのち そのものの原点に 立ち返り
日々の 生活のかなに
[ 懺悔 ] [ 感謝 ] [ 報恩 ] の 心を持ち

濟世利人の 心をもって
人々に 利益を施さない かぎり

輪廻は 転生して 迷いの世界で
永遠に 六道のなかで
生死を 繰り返さなければ ならない。


せっかく 生まれてきたのに
生の 意味に きずくことも
生きることの 喜びを 知ることもなく、

闇から うまれ
また 闇に 帰ってゆくということに
なるだけだ。


58歳の おばあちゃんが ポツリと 呟いた。

『我が 自由になる オモチャが欲しいのなら
女の子でなくて
1人で お人形さんでも 抱いていれば いいのに』
合掌




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【因果応報 良い出来事は 過去の 善行の おかげ】

『この お金、本堂再建の 一部に つかって』

友人が 【小豆島霊場 第80番子安観音寺】
基礎工事が終わり 愈々 柱を建てはじめようとする
本堂を 見上げながら 言った。

『もう 1人の友人には 了承を貰っているから』

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完全に 忘れていた。

20年 以上も前に なるのだろうか。
『海外の お寺に お参りにいきたいね』

単純な 発想から 3人の預金は はじまった。

それから
わたしは【小豆島大観音】建立が忙しくなり
もう 1人も 新規事業で 繁忙を極めるようになった。

言い出しっぺの 友人は その後、島を 出た。

完全に 忘れていたことでは あるが
塵も 積もればで 有難い まとまったお金だ。


わたしの 子供のときには こんな話がある。

あの頃は 3日に 1度ぐらいで
親から 5円の おこずかいを 貰っていた。

当時の 1円は 大きな丸い 飴玉が2つ貰えた。
5円で 10個だ。
ある日、それが 1個 1円になり
突然の 倍には 驚いた。

その 頂いた5円を 無駄ずかいしないで
毎回 銀行に 走っていたのだ。

何度も 書いているように
先代は 3度も 本堂を焼き 生涯に3度、本堂を建てた。

1軒の 民家を建てるのでも 大変なのに
余程の ご苦労だった 事だろう。

【金の ありがたみ】

子供ながらに 分かっていたのだろうね。

なんと 小学校を卒業するまでに
6000円 ちかくも 預金できた。

[むらがき かずゆき] と 書かれた よれよれの
預金通帳は 今、宝物として とってある。


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[教行信証] の 1節に このように ある。

【 たまたま 行信を 得ば 遠く 宿縁をよろこべ 】

思いがけない 真実の行と 信心を 得ることができたら
遠い 昔の縁に 心から 感謝しよう。

【因縁】とは 物事を 生じるのは

直接の 原因となる【因】と、
間接的な条件となる【縁】が
さまざまに 絡みあって 起こる結果である。

【因果応報】とは、
現生の 幸不幸は 過去の行いが【縁】となること。

しかも 仏教では 【輪廻転生】で
現生に 善行を積めば 来世は
素晴らしい 宿縁が 約束されていると ある。

『本堂再建に これを 使ってください』との
思いもせぬ お金も、

5円を 頂いては 銀行に走っていたのも
以前に 素晴らしい 積得が あっての結果である。

親鸞は その仏縁を 当然の如くと
当たり前として 取るのではなくて
善行に 感謝をして 頂きなさいと いう。

みなさんも すっかり忘れていた
ヘソクリが 何かの拍子に 手に戻ってきたときも
【宿縁】に 心から 感謝を してくださいね。
合掌


ーiPad





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【友人を 救うことが出来るのは 慚愧の 心だ】

ある人が 肩を 落として
しょんぼりと 話した。


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『金の切れ目が 縁の切れ目 なのかなあ』

無二の親友と 思っていた人に 電話をしたが
何度かけても つながらないという。

『忙しいんだろう』

そう 思いつつ 共通の親友にも 電話をして貰った。
もう 1人にも してもらった。
感動かの コールで 直ぐに 繋がったそうだ。

『ちょうど その時は 忙しかったのだろう』

気を取り直して 受話器を握るが やっぱりでない。

こちらの 手元が 火の車で
それを 見透かして 距離が 遠くなったのだろうか?

『こんな時こそ、
『頑張れよ』と 背中を おして欲しい人なのに』



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【教行信証】に このように ある。

【人を 救うのは 慚愧 ( ざんき ) の 心である。

[ 2つの 白法 あり。よく 衆生を 救く。
1つには 《 慚 》 2つには 《 愧 》なり]

2つの 尊い教えが わたしたちを 救ってくれる。

《 慚 》
内に 向かって 自らを 恥じること
《愧 》
他者に 対して 自らを 恥じること


わたしたちは よく
『慚愧の 念に たえん』と 言う。

自分の 見苦しさや 過ちを反省して
心に 深く 恥じることを いうのだ。

そして どちらも [ はじる ] と いうことだ。

【 慚 】
自ら 罪を 犯さないこと
人に 恥じる事

【愧】
他人が 過ちを起こさぬように 教え諭すこと
天に 恥じること

そして このように 言っている。

[無慚愧は 名ずけて 人とせず
名ずけて 畜生と す]

この 心を 持ち合わせて居ないのもは
人に あらず、犬畜生と なんの かわりがあろうか。


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今、わたしたちは 無明の闇の中で生活している。

空海は 56億 7000万年 を 迎えると
弥勒菩薩が わたしたちの この場所に 降臨たまい
苦しんでいる 衆生を 救ってくださるが

その 間の この暗闇の 世界を
弥勒菩薩に かわって わたしが 救おうと 仰る。

【物質 多くして 心 貧しき 時代】
とまで いわれている この うつし世。

自分さえ良かったら 人は どうなってもいい
人を 踏み台にしてでも 自分の 快楽を選ぶ

人との 交わりの中で
真の 優しさや 思いやりの 心が
どんどん 失われている 今日この頃である。

自分の 息子や 孫に なりすまして
年金生活の 幼気な幼気な老人から
大金を だまし取ったり

自分の ストレス解消のために
我が子や ひと様のこに 暴力を奮ったり
麻薬や 大酒を浴び、学童の列に 車なり突っ込んだり

したい放題、やりたい放題の現状だ。

世の中や また 我がを振り返って
暗澹とすることが 多いのは

とくに 内にむけて 自らを恥じる心が
気薄になっている 表れでは ないだろうか。

その 友人も 【慚愧の 心】を 取り戻し、
ちから 落として居るものがあれば
優しい 言葉や いたわりの心を 致せば

どんなに 素晴らしい人間に なり
ひいては 菩薩と 菩薩との 結び合い、
【密厳国土】を 作り上げて行くことが
できるだろに。
合掌

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【生きとし生けるものが 生きながらにして 善行を尽くすのは 大切なこと】

葬式から 帰ってきた住職が ポツリという。

『新たに誕生するのは なんでも嬉しいけれど
お葬式は 何度 送っても嫌ですね』

「ほんとうだね。
輪廻転生を 信じて 極楽でも花に囲まれて
仏さんに導かれて しあわせになってと
手を合わせて 入るんだけどね」

『他宗の ことは よくわからないけれど
真宗は [三定聚] といって
3つの クラスに 分けられているらしいですよ』

⚫︎[ 正定聚 ]
往生が 定まり
死んだら 必ず 仏になることが決まっている人

[ 即得往生 ]
いま この世に 生きながら 真の教えにであい
死んであの世に 行くのではなく
生きながらにして [正定聚の人 ] となる。

⚫︎[ 邪定聚 ]
極悪非道で しかも 仏の他力本願を信じず
死んだら 必ず 地獄に堕ちる 人

⚫︎[ 不定聚 ]
正定聚とも 邪定聚とも 決まってない人で
これからの 縁 ( おこない 次第 )で
どちらにでも 転ぶ人


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『空海の 教えは 《即身成仏 》
慈悲の心をもち 哀れみの心をもち
《済世利人》
困っている人に救いの手を 差し出したとき
私たちは 生きながらにして 仏に なれる。

[正定聚] の 人は まだ 仏になる予備兵で
現世で 一生懸命に 善行につとめたら
はじめて 仏としての資質にパスするらしい』

【教行信証】

現生十種 の 益
現世で 得られる 10種の 利益が在るという。

2~3 紹介 してみよう。

1 ) 目に 見えぬ 方々から 守られる

2) この上もなく 尊い功徳が 身にそなわる

3) 罪悪を 転じて念仏の 善と 一味になる。


『教義は 奥深いですね。

[ 正定 ] といったら
釈迦の 四諦 八正道の 第8番
精神を 統一し 心を安定させ
迷いのない 清浄な境地に 入ること…
と 理解していましたが』

「もっと よく勉強したら
同じことを 言っているのかもしれないね」

談義は なかなか 尽きなかった。
合掌




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【往還 の 回向 】

国会は【 集団的自衛権 】是非で 揺れている。

[ 徴兵制度] 云々まで 耳にするようになった。

僧侶に なるためにも 軍隊に入隊するように
起床ラッパから 就寝ラッパまで
一定期間、血の出るような 修学を
おさめなければ ならない。

当然、親族の 葬式にいくのも 許されず
病気をすると【行】は 次回、1からとなる。

本山に 上がったとき
有縁のものが 【行】に 励んでいるとき、
本人 1人でなくて 【大衆 供養】として
全員に 行き渡るように 粗菓を 教官先生に渡す。

空海の 真言密教の 3本柱

⚫︎即身成仏
⚫︎済世利人
⚫︎密厳国土

そのなかの 【済世利人】供養ということに なる。

即身成仏といって この身 このまま仏となった
わたしたちが
世を救い、人々に利益を施すことだ。


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【往還 ( おうげん ) の 回向は 他力による】
正信念仏偈

人が 浄土に行くのも そこから帰のも
仏の 本願力の 導きに よるものだ。

真宗では 良き人も 悪しき人も
心から 仏さんの本願に すがれば
極楽浄土に 行くことができる とある。

【往還 の 回向】とは
浄土にいき 仏になり 自分が救われるのではなく
浄土から この現生に また立ち返り
人々を 救い 導くことだ 。

多少 ニュアンスが 違うようにも 思うが

空海の 教えからすれば 【済世利人】。
そのなかで 【回向】を わたしたちも
勉強したね。

大枚をはたいて 世のため人のために 尽くすのも
1案だが、

自分の 部屋で 饅頭を摘まむことすら許されない
修行中の 新発意に 教官を通じて
ちょっとした布施をすること自体、
何よりもの 【済世利人】であり【往還の 回向】だ。

わたしたちも 大きなことよりも
【小さな 親切】 気をつけようね。
合掌






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【 登 無 上 座 】

『玉垣は 特命でお願いするのではなく
ご縁のある方に 声をかけるべきだったわね』

先日、ポツリと 家内が言った。

まさか 本堂の大屋根が飛んでしまって
再建ということに なるとは夢にも思わず

最近は [信仰の実践]と[おうどん 接待の寺]で
皆さんに 親しまれ、
観光バスでの参拝が 増えてきたので
本堂の 真下まで バスが入れるように
道路を拡幅し 境内を 玉垣でまいた。

『とくに 寺の周りは
石を取り扱っている 会社が多いなかで
前回の 策は 失敗だったようにおもいます』

「 そうだったね。
うちの寺が 【子安観音寺】で、うちに来て
「隣の寺で 腹帯を 受けました」と、
胸を張られても 余りいい気持ちは しないものね」

「命名も そうだね。
今、[四柱推命] と 一緒に [名ずけも ] 勉強しているのに
それを 知りながら 『こうこう いう名前にしました』と
言われると おめでとうと 返しながらも
なにか 残念な気が するもの」

『あなたの [名ずけ] は まだまだ ですよ。
それに 名前は 親が付けるものです』

みんな 悪気があって したものではない。

本人が 全く知らない間に
相手は カンカンに 怒ったり 悲しかったり
ガッカリ したりするのだ。



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【三毒】とは よく いったものだね。

[貪瞋痴] だったね。

⚫︎貪欲に なるべからず

⚫︎瞋恚 腹を たてるべからず

⚫︎愚痴を いう 可からず

確かに これが頭を過ぎったときは
【苦しみ】の どん底に おちる。

その 苦しみは 【欲望】が 原因だ。

[苦しみ] から 逃れるには
我が 欲望を 捨てなければ ならない。

貪欲になり
思いどうりにならなかったら 腹をたて
眉間に シワを寄せて グチグチ 言う。

これは 私たちが 【傲慢】に なっているのだ。

住職の 晉山式に 中国は洛陽の
【白馬寺】の 管長猊下が お祝いにくださった。

《 登 無 上 座 》

立派でも ないのに 自我を出すだけだして
傲慢に なるなよ。

1歩 ひいて 森羅万象 全てに
感謝の気持ちをもって やりなさい。

そうすれば きっと
苦を抜き 楽を 与えて くれるから

「 1人 1人の 心のなかに はいり
その人と 入我我入して その人の 心を知り、

決して 自分が 知らないうちに
怒ったり 悲しませたりは したくないね」
合掌




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【叔母の 旅立ちに 際して】

91歳を 一期に 叔母が死出の旅にでた。

仏さんのお膝元にいき 仏さんのお住まいの横の
【院殿】という 大きな空殿のなかで
手を合わせる 生活をさせてもらい
輪廻転生して 次の 縁を待つのだ。

お葬式は
『 お浄土で仏さんと一緒に 修行してもいいよ』
という 【許可書】と【 パスポート】を
頂くための 大切な 儀式である。

遺族にしてみれば
故人が 死出の旅路にでて 西国浄土にて
仏さんの 加護を頂け
しあわせな 日暮らしができるように
祈るとともに

生前の 育て慈しんで もらった
【恩愛】に対して 感謝の気持ちをささげる
儀式でも ある。


親族の 者が お通夜や 葬式に
やっと 間に合うように 来られるなか
1人の お婆さんが 【枕経】に 来られた。

93歳になる 叔母の 1番の 親友だ。

『わたしの 方が 2つ 年上で
先に 仏さんのお膝元に行くと 思っていたのに
こんなに 悲しい事は ありません。

この悲しみを どこに ぶつけたらいいか…』

彼女は 今 拭った鼻水を また 拭った。

『傘の 役にたたぬ 雨ならば
止むまで 待たなければ ならない…』

「?」


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私たちが オギャーと 生まれて このかた
いろんな場所に いき いろんな 季節に
いろんな 雨に あう。

霧雨に あう。
ロンドン市内では 傘をさすほどでもない
霧雨のなかを ロングコートに 襟を立てて
足早に 通り過ぎる姿を みる。


スコールの後の なみだ雨のときは
傘を さしながら
今までのスコールの凄さに胸を いためる。
「凄い スコールだったね」と
慰めの 言葉でもかけてもらったら
気も 落ち着くかもしれない。


土砂降りの なかを 物凄い 雷音まで響く。

これには 只々 じっと耐えて
土砂降りの雨が 通り過ぎるのを
待つより ほかはない。


お婆さんは 叔母を死を
このように 喩えたに ちがいない。


多勢の 僧侶、弔問者の なかで
叔母は この お婆さんの お参りを
1番 喜んだのかも しれない。
合掌








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【水火 二河 】

ウクライナ東部 ドネツク州でマレーシア機が
乗客乗員 298人を 乗せたまま 墜落した。



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欧米紙は 親露派 武装勢力の 後ろ盾になっている
ロシアの プーチン大統領を
これは 事故ではなく 撃墜だと 一斉に 非難した。


真相は ともあれ 微かな期待も 虚しく
1人の 生存者もなく機体は 大きな残骸となった。

散乱する 遺体とともに 目の中に飛び込んできたのは
子供の 遺品と 観光案内の チラシだった。

298人の なかで 約 80人が 子供で
バリ島や インドネシア近辺の リゾートで
バカンスを 楽しむ予定だった。

新天地を 目前にして 機内では キャーキャーと
希望に夢を 膨らませていたんだろうね。



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一念多念文意に このように ある。

【凡夫というものは 無明 煩悩 我らが身に 充ち満ちて
欲も 多く いかり はらだち そねみ 妬み 多く

ひまなくして 臨終の一念に至りまで
とどまらず きこえず たえずと
水火二河の たとえに あらわれたり】

凡夫とは 仏の教えすらしらない 愚かな人、
つまり わたしたち そのものを 指す。

煩悩に まみれ 欲望は次から次へと
とどまるところを しらず
怒り すぐに腹をたて ねそしみ 妬む心が
休む暇もなく 沸き起こり

臨終の その時まで 止むことも消えることもない。

わたしたちが 勉強した【三毒】を言っている。
もう そろそろ 自分で覚えなければいけないね。

貪瞋痴

【貪欲】【瞋恚 ( いかり ) 】【愚痴】

金銭欲から 名誉欲 地位 権力…
わたしたちの 煩悩は
全く とどまるところを 知らないね。




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【水火二河】の 例え話が ある。

男が 荒野に 立ったいる。
その道は 白く 細く 長く 路面は わるい。

その 細道を よろよろと 進みかける。

僕の前には 道がある
僕の 後ろには 道は出来る
ああ 父よ 自然よ… こんな 道なら いいのだが

右手を みると 細道の下には断崖絶壁が あり
あたり 一面 轟々と 炎が 渦巻いているr

左を みると これまた断崖絶壁で
真っ黒な 水が 深く広く そして

いまにも 全てを飲み込もうと
大きな口を あけて まっているのだ。

足を 滑らせれば 火のなか 水の なかだ。

釘付けに なっている男の 耳に 優しい声がした。

『恐れすことは ない。
目を つむり 只々 わたしを 信じて
真っ直ぐに 進みなさい。

大船に 乗った気持ちで 全てを
わたしに 委ねるのです』

男は 邪心を除き 真剣にその声の主を 信じ
白い細道を 突き進んだ。

無事 到着したところは 仏の世界だった。

火の海は 私たちがもっている 【瞋恚 : いかり】
真っ黒な 大海は どこまでも 尽きない
わたしたちの 煩悩のことです。



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【水火二河】でも 救いの御手を 差し出しているのに
差し出されている 私たちが 気づいて いないのだ。


パパや ママと リゾート地で 心ゆくまで 過ごそう。

希望で 胸を弾ませた 少年少女の 望みは
なんの 関係もない 悪魔のてによって
無残にも バラバラに 消え去ってしまった。


そんな 悲劇が 2度と 起こらないように
わたしたちは 仏の 声を聞き
仏の 教えを学んで いかねばならない。

閑話休題
今の ニュース速報で 行方不明になっていた
倉敷市の 11歳の少女が 5日ふりに 発見され
40歳台の 男が 逮捕された。
合掌

【往生とは 死んだときに決まるのではなく 信心が定まるときに 決まる】

叔母の 葬式が あった。

寺の 後を継いだ次男が 大人で
本山の 重鎮であるがゆえに

随喜の 僧侶も 多勢 おこしになり
会葬者の 長蛇の列によって 献ずる
薫香の匂いで 部屋いっぱい充満した。

【 納棺 】の ときに
安らかに眠っている 叔母の 枕元で
次男夫婦が 玉手箱の 大型のような
1つの 古ぼけた 箱を 開けた。

『わたしが 旅立ったときの 用意にと
母が 生前に 準備していたものです』

中には こんなものが 入っていた。

経帷子 ( きょうたかびら:経文を書いた白衣)
頭巾 (ずきん ) 上帯( うわおび )
手甲( てっこう) 脚判(きゃはん) 足袋(たび)
草履(ぞうり) 杖(杖) 六文銭( ろくもんせん)
頭陀袋( ずだぶくろ) 納経(のうきょう)
数珠(じゅず)

私たちは ウンと こと切れたとき
死装束を 纏って 西方浄土に向かって
旅を はじめる。

所謂 【遍路姿】 だ。

最後に お写真が あった。

『20年も 前の写真で 少し若いのですけど
この 写真を 気に入っていました。

この ふじ色の着物、
小豆島の 叔母さんに 頂いたものなんですって』

驚いた。

ふじ色の 着物をきて微笑んでいる
若き 叔母は
20年もまえから これらの 準備していたのだ。



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【臨終に はじめて
往生が定まるのではなく

また 仏の来迎をまって
救われるものでも ない

信心が 定まるとき
往生もまた 定まるので ある】
親鸞上人御消息



往生することが決まるのは
臨終のときでも
仏が 迎えに来たときでもなく

信心が決まるとき 往生は
約束されるのである。

親鸞 晩年の手紙に このようにある。

[信心 定まるとき、心は 浄土に居す]

仏に 身も心も 委ねて
全てを お任せするという心が 決まったとき
この世を 生きながら 心は 既に 浄土にある。

つまり 現生での 救いを諦めて
死んでから 極楽浄土にいくことが救いではなく


生きとし生きた そのままで
確かな教えに出会い 苦しみから 解放され
生きる喜びを得ることが
本当の [ 救い ] で ある。

叔母は 既に 何十年もまえから
自分にとっての 真実をみつめ
それに 全てを ゆだね

それを 喜びとして いままで
暮らしてきたのだろう。

いま、白装束の 遍路姿で 旅立った。
合掌



【慈悲の 霊光を 上手に キャッチ しよう】

お盆が あと1ヶ月たらずと近づいてきて
お坊さんは 東奔西走だ。

知り合いの 僧侶が このように申した。

『わたしは
誰から いくらの お供えがあったかは
決して 見ないように している。

誰から 幾らと 記憶してしまったら
その人にあった時に 顔や態度に出てしまう。

少なかったら 馬鹿にしたり 不満な顔をするし
多かったら 諂って バッタのように
頭を 下げあるくかも しれない。

【こだわり】という 煩悩 なんだね』


「僕は 知るべきだと おもうけれど。

その人と お出会いしたときに
それなりに お礼を 言ったり
対応を しなければ ならないから」

『それは 大まちがいだ。
僧侶の することでは ない』




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【たとえば 日光の雲霧に覆われるけど
雲霧の下、あきらかにして闇なきがごとし】
正信念仏偈

仏の 光明は 太陽が 雲や霧に 隠されても
下界の 隅々まで 遍く光明が届き
無明に閉ざされることがないのと
同じことである。

仏の 慈悲の霊光は 寸分のまも 惜んで
私たち 1人 1人を 平等に照らし
なに1つ 不自由なく しあわせに暮らしているが

私たちの 心に巣うくる【欲望】【怒り】【憎しみ】
の雲霧は 常に真の信心の上に 覆いかぶさる。


菩提心を 起こし 生まれてこのかた
味わったことのない 生きる喜びを
感じながら 生活しているのに

未だに ムラムラと 欲望がわきあがり

[求めて 得られない 腹立ち] や
[思い通りにならない 怒り] が
悪雲霧となって 心を 覆うことが ある。


上記したように 慈悲の霊光は
東京タワーの ように高い所から
常に 救いの電波を 発信している。

テレビの 受信のように
私たちが 仏様の 発信している電波を
キャッチできるか できないかで

しあわせ度が 変わってくる。

テレビでも 私たちの 希望のチャンネルと
テレビ局の 電波とが 一致して1つにならなければ
高画質の 映像は 望めない。

それと一緒で 私たちが 必死に 真剣にすがる
その姿をみて 仏は 手を差し伸べるのだ。

こだわりの 心
かたよりの 心
とれわれの 心

こんな 心が 湧いてきたら
真剣に 仏さまに おすがりしてみよう。

合掌



【諸々の 事象は 時の流れとともに 移り変わる】

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たった 1人の叔母が 旅立った。

行年 91歳。
10人いた 伯父 伯母 全てが
極楽浄土に 赴いたことになる。

枕元でみた 寝顔は 本当に安らかで
これを【大往生】と 言うのだなと思った。

いつものように 食事をすませ
歯を 磨いて
ひ孫の はしゃぐ声に 2度 名前を呼びかけ
それが 最期の言葉だった。

気丈な叔母は 五体満足で
青年のような 心と 身体をしていたが、
ただ 1つ 透析という病気と 闘っていた。

72の歳に 透析をはじめ 91歳の 今まで
19年間 病気と 戦い続けた。

お嫁さんは ペーパードライバーから
もう一度、ハンドルを 握り
2日に 1度、病院に ご一緒した。

約 20年、2日に 1度は 送り迎えする。
口では 言えても 本人も大変だが
お嫁さんの ご苦労も 大変なものだったろう。
【諸行無常] 【是生滅法】

【生滅滅己】 【寂滅為楽】


諸々の 事象は 時の流れとともに
常なく 変わりつづけ
生じたものは 必ず 滅するのが
世の常である。

『わたしは 死にとうない』

生じて 滅することに こだわらなければ
心 安穏にして しあわせな日暮らしを
送ることが できる。

変化は 悲哀のたいしょうであるが
変わらぬものを 求めることこそ
迷妄ならば 悲哀は 迷いの感情の
1 表現に すぎない。

人の こころ、世の中の 移ろい変わり
自分の 年齢に伴う 老いなど
ひと時も 止まることなく 流れゆく。

世の中は 娘が 嫁と 花咲いて
カカと 萎んで 婆婆と 散りゆく

娘のころは やれ 綺麗だとか 可愛いとか
もて囃された 少女も やがては
時とともに 運命には 勝てず

老いさらばえて 死んでゆく。

私たちは それを 真摯にとらえ
健康で しあわせな 日暮らしが出来たことを
感謝しなければ ならない。

叔母も 日々の しあわせに
感謝しながら 旅立ったに ちがいない。
合掌

【人の心が 読めずして どうして 苦しんでいる人を 助けられるだろう】

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『わたしは 若き日、
師僧の仰せで 修行の一貫として
東寺の門前で 香具師をした事が あります』

「やっ 香具師 ( やし )をですか?」

『50年近くも 以前の事ですが
今でも 言えますよ。叩き売りの 一節』

法的に いうと わたしの 兄弟子、
いや オジ弟子に なるのだろうか
遷化されるまで 彼は そう言っていた。

今でも 東寺 門前は 月の21日には
大きな 大師市がたつが
戦前の大変な時節、経験をしたのだろう。

【悲しきかな 愚禿鷲、愛欲の広海に沈没し
名利の大山に迷感して
定時聚の数に 入ることを喜ばず】

恥ずべし、痛むべし
教行信証


大変 悲しいことだが
わたしは 愛欲の大海に 溺れ
名誉や 貪欲なこころを抑えることもできず

お浄土に 往ける身になったことさえ
喜ばずに いる。

恥ずかしく 嘆かわしい。

口先や 理念だけを伝えても
そんなものを 素直に受け入れるほど
人間は 単純ではない。

親鸞は
『口先で 好い事をのべている あなたは どうなんだ』
反対に 問いかけている。

【三毒】
貪欲 瞋恚 愚痴

これが 人間を 1番 苦しめる 劇薬 【三毒】だ。
迷う 私たちの心より 心の水を 綺麗に汲み取る。

そのためには
人の心を 我がこころに 汲み取らなければ ならない。

香具師

自分で 効能を申しながら
それを 聞いている人は 今、どう思っているのか?

効能に 興味を持っているのか?
品物に 興味が あるのか?

入我我入

香具師の方の 心と 買い手の 心とが
1つになったとき はじめて
商売は 成立するのだ。

『人の こころが わからずして
どうして 衆生を 救うことが できようか?

師僧は いつも そのようなことを
申して おりました』

人の 機微、人情、商売の むつかしさ、

只々 般若心経を学んだ わたしよりも
【本質】を 見極めた 彼とは
人間として かなりの ひらきがある。

そして 【生きた 仏さま】と 言うんだろうね。
合掌

【この世のなかは 全てが そらごと 空ろな 陽炎のように】

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先日、わたしの 誕生日に あわせて
1本の 電話が かかってきた。

『住職さん 誕生日 おめでとう。
お元気ですか?
わたし もう 日本語、忘れた』

「毎年 誕生日には お電話、ありがとう。
日本語、ちっとも おかしくないよ。
寺で いた時よりも 上手になっている」

毎年 かかってくる 電話は
こうして 何のかわりもない 他愛ないものだ。

今から 27年前に 彼女は スリランカから
【小豆島 大観音】に きた。

一等書記官の姪が 2人で手伝いにきたのだ。

当時 20歳と 19歳。
利発で とっても 美しい娘だった。

1人は 大観音の お坊さんと一緒になり
日本に 残り
彼女は ニュージーランドに 縁があり
主婦をしながら 銀行に勤務している。

わたしが 住職を 長男に譲り
見窄らしい 1老人であると
何度 説明しても 『住職さん』と いうので
そのままに している。

「ことし 幾つに なったの ? 」
『47 さい』

25年間以上は わたしの 誕生日がくると
お祝いの 電話を かけ続けてくれるのだ。

1年や 2年は できても
30年ちかく 続けるということは至難の技だ。

【火宅無常の世界は よろずのこと
みなもって そらごと たわごと

まことあることなきに ただ念仏のみぞ
まことにて おわします】

この無常の世界は 全てが 空虚で
いつわりに みちており
なに一つ これが真実だと 言えるものはない。
ただ 念仏だけが 真実なのです。

[歎異抄] で 親鸞が 語っている。

【火宅】は 何度も書いたので 省略するね。

般若心経
[色即是空] [空即是色]

存在する 全てのものは
時が 過ぎ去るとともに 全てが 変化する。

[諸行無常] [是生滅法 ]

盛者必衰 会者定離

栄えているものは いつかは衰退し
会うは 別れの はじめ

熱烈な 愛も いつかは 霧散してしまう。

この わたしたちの 生活も
空ろな 幻や 陽炎のような ものである。

そして わたしたちの 心までが
時間の経過とともに 移り変わってゆく。

ここで いろんな事を 書きたいが ページがない。

1つだけ 空海に変わって 提言をいたそう。

[会者定離]
会うが 別れの はじめと 今、申たが
別れぎわが 大切。
別れた 後の ケアが 大切。

次回 縁ありて 出会ったとき、
決して 敷居が高く 会いにくい。

そう言うような 別れ方だけは するな
それを 実行して いただきたい。

それにしても スリランカからきた 彼女。

素晴らしいね。
全てが 移り変わるのが 当然の 世の中、
彼女の 真心は 岩のように硬く
ぶれないのだ。


あ 台風が 通り過ぎて大きな虹が かかった。
合掌

【わたしたちは 善悪 2つの 心を持っている 歎異抄】

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【拉致問題】を解決すべく
政府が 努力をしている さなか
日本海に向かって テポドンを射ってきた。

勿論、政府は 直ぐに遺憾の意を表明した。

東シナ海でも領有権をめぐって
あちこちで 紛争が起こっている。

尖閣諸島でも そうだが
付近の 海底油田の 存在を知ってから
急に 所有権を 主張しはじめた らしい。

世界を 見渡しても
煩悩 渦巻く 娑婆の世界、いろんなところで
いろんな揉め事が起こっている。

テポドンにしても 実力行使をしている国も
相対する 国からすれば 極悪非道な行為だが
自国の国民からすれば 英雄であり
拍手喝采ものである。

【善悪の ふたつ総じてもって 存在せざるなり】

親鸞は [歎異抄] の中で このように言っている。

なにが 本当の [善]で なにが 本当の [悪]であるか
わたし、親鸞自体 全くわからない。

わたしたちの 心の中は [善] と [悪]とが
同居している。

そして 同じ 物事が 起こったとき、
ある人は 絶賛し、ある人は 涙をながす。

確かに 親鸞が 申すように
善悪の 不確かさは ある。

しかし わたしたちの 日常生活で
なにが [良き 行いか]
なにが [悪しき 行いか]

善悪の はっきりしたものが 殆どだ。

決して 自分が
人にされて 嫌なことは 人には しない。

その 人の 気持ちになって 対応する。

塵が 落ちていれば それを 拾う。
席を 交代してあげる。
優しい 言葉を かけてあげる。

軍艦を動かすような 大きなことではない。

自分の 隣で 起きている ささやかな出来ごと。

思いやりの 心を持ち
慈悲の 心で 対応する。

それが 【慈悲の 心 】
お観音さんの 心である。


ありゃありゃ !

親鸞を 勉強しようとして
また 空海に なってしまった。

無理なのかなあ。
合掌

【縁によって 人は 善にでも 悪にでも なる 歎異抄 13 】

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【国破れて山河あり 城春にして草木ふかし】

新しい国が 起こると 一方は衰退する。
国の 興亡 栄枯盛衰 世の習いである。

【隋】という 国に 焦点をあわせてみた。

子供の頃に
『カモメ ムレナス ケンズイし 607年』
小野妹子が 遣隋使の代表で 入隋したと習った。

夏 殷 周 秦 前漢 後漢 戦国時代
それを統一したのが 【隋】である。

他の国 同様300年も続いた国と思っていた。

ところが 初代 文帝が 581年に 建国して
2代目 煬帝が 618年に 国を滅ぼすまで
僅か30年という 短期だったのは知らなかった。

小説の とおり 遣隋使のメンバーが
【隋】から 【唐】に かわる激動の時代に
戦争の 渦中に 巻き込まれたのか否かは
知る由もない。

小説の 話だ。

中国の 国で 骨を埋める覚悟で戦っている
先輩が 隋 打倒に燃える 遣隋使のメンバーに
忠告する。

『人は 若くして希望に燃えているとき
その姿は あまりにも 美しい。

正しいことを 正しいと 突き進めるからだ。

しかし それだけでは 日本で誓った
己の 高い志を達成出来ないことに
やがて 気づかされる ときがくる。

身を 穢しはじめるのは そういうときだ。

怖いのは そこからで
悪らつな権謀術数をもって 戦いつづけ
敵を 罠にかけ おとしいれ
自らはまりこんで 悪戦苦闘しているうちに
いつか そのこと自体が目的となり
高い 志を忘れてしまう。

だから 戦場を離れ
意思を貫徹するがために
一刻も 早く 都に帰って 勉学に励みなさい』

そういう 場面が ある。

歎異抄 13に このように ある。

【縁に よって 人は 善にも 悪にも なる】

しかるべき 業縁に うながされるならば
如何なることでも してしまうのが
人間の 業である。

報じられて いるような

親が 子供を殺害したり
阿呆顔をして『人を 殺してみたかった』と、
凶器を 振りまわす気狂いは 別個として

この行いをしたら 善行か悪業か 判断がつかない
局面も 一杯ある。

一方には 良くっても 片方からすれば
慙愧の思いかも しれない。

今の 戦争でも そうだ。

人を 殺めることは 決して よくないことだ。
一方、 国の大儀からすれば 不可欠なことだと
いう グループも いる。

なにが 良くって なにが 悪いか…

わたしたちも 事を 起こす前に
もう一度 胸に手を置いてから
行動しなければ ならない。
合掌

【 エルサレム 三大聖地 】

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友人の話を聞いて 目が飛び出るほど驚いた。

奥さんと2人で イスラエルに行ってきた
というのだ。

『ベンハー 映画のクライマックスでもあり
キリストが 十字架を背負って登り
処刑された グルゴタの丘。
一度、行ってみたいなー』

ゴルゴ13の 由来は
それから来ているとも いわれ
若き 私たちは
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の
三大聖地である エルサレムに
是非、行ってみたいねと 話し合った。

『1つの聖地で 、3大宗教の拠点として
崇められているところは 珍しい』

ところが ご存知の この戦争だ。

そもそも エルサレムは
【モーゼの 十戒】でも 知られているように
紀元前 30世紀は ユダヤの 聖地だった。

かれが 這々の体でエジプトを脱出して
シナイ山で 神より 十戒を受けるのだったね。

キリスト出現の頃、ローマの支配下に入り
キリスト教の 聖地となり
5世紀には メッカを中心の 勢力を増した
イスラム教の 聖地ともなった。

十字軍が 何度も 何度もでたのが
わかるね。

第二次世界大戦が 終わり
散りじりに なっていた ユダヤ人が集まり
【イスラエル】という国を 建国した。

東エルサレムが ユダヤ人の 自治区
西エルサレムが アラブ人の 自治区だ。

巨大な 教会で 祈りを捧げる キリスト教の人々。
メッカの方角に向かって五体投地する イスラム教徒。

嘆きの壁に 向かって祈る ユダヤ教の 信者。

この壁に 頭を押し当てて
かって栄えていた 聖なる都の 滅亡と
新たに その回復と 復興を 祈った。

友人が 驚いたのは
壁に 向かって 号泣する人たちの 姿が
あちこちに 見られたこと。

日本人が 寺や 神社で
見栄や 体裁のために 手を合わせたり
反対に 見栄や 体裁のために
柏手を打たなかったり するのとは
大違いだ。

1人 1人 祈ることは 違うだろうが
みな 同じなのは 【真剣に 拝む】という事だ。

友人は
『日本人とは 信仰心が 違うね』で 片付けたが
そんなに 難しいものでも ない。

ただ 子が 親をしたうように
無心に 抱きついていけば 良いのである。

そして もう一つ 思った。

教義が 全く違う 三大宗教の 聖なる地。

わたしたちも そういう人に ならなければ。

考え方が 違う あの人も この人も
みんな 慕ってくれ 友人なのだと。
合掌

【念仏には 無義をもって 義とす 歎異抄 第10章】

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【般若心経】よりも 短い経で
【延命十句観音経】が ある。

短い 経なので その場で 覚えてしまえるが
【朝念観世音】【暮念観世音】が 出てくる。

朝に 夕に 経を唱えるのだが
せっかく 唱えるのだったら
口先で パクパクするのでは なくて
心から 唱えなさい という。

念仏婆さんの 話し 以前にもしたよね。

十句観音経では ないが 朝から晩まで
念仏を 唱えている お婆さんがいた。

『こんにちは。南無阿弥陀仏…』

こんな調子だから 死ぬまでに
何十万回 いや 何百万回 唱えただろう。

僧侶の 光明真言を 百万遍唱える【行】があるが
並大抵で できるものでは ない。

だから 婆さんの 【行】たるや たいしたものだ。

ところが とうとう 寿命尽きて
婆さんは閻魔さんの 裁きを うける。

『おまえは 地獄行きだーっ』

『ええっ ! 閻魔さん、それは 無いでしょう。
ご存知のように わたしは 何百万回と
念仏をとなえ 人々は 念仏婆さんと言いました』

閻魔さんは 婆さんの申告書の 【束】に
フーと 息を 吐きかけた。
すると 何百万札の申告書の 束が
四方八方に 飛んで行ってしまった。

『それみろ、おまえの お経には 魂が 入っとらん』

閻魔さんが 申告書を よく見ると
生前に ただ 1つ 良いことをした紙が 出てきた。

西国33箇所の 長谷寺が 改築の砌り、
一生懸命に念仏をあげて 寄付までしているのだ。

『うむ、この念仏は 本物だ』

婆さんは それを 認められ 極楽に行ったとさ。
めでたし めでたし

歎異抄 第10巻に このように 書かれてある。

【念仏には 無義をもって 義とす】

念仏は
子が 親に対して 万頼の信頼をし
無心に 縋りつくように
只々 仏を信じ 邪念や はからいを 捨て

一心不乱に お祈りをする。

仏に 何かを お頼みしたり
とくに 念仏を 唱えている 最中に
そんな 邪念や 雑念を 起こすこと自体、
大変 失礼なことである。

私たちも 念仏だけでなく
何かをするときに

見栄や 体裁でなく
心の 誠をおこして やろうね。

『これこそ 真の 念仏だ』
と、言って もらえるように。

合掌

【娑婆の 縁尽きて 力なくして終わるとき 浄土に参るべきなり】

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母親が 浄土に旅立って 37年になる。

33回忌の法要も 真面にあげることが
できなかったので
今年は 特別に供養させて頂こうと思っている。

ちょうど 住職が誕生した日に
母は 鬼籍の人となった。

長い 闘病生活で 愈々 お別れというとき
突然 ぐあっと 目を見開いて
『わたしは まだ 死にとうない』
と いった。

それが 彼女の発した 最期の言葉だった。

【生】への 執着は 分かる。

でも なぜ 【生】に 拘ったか わたしには分かる。
老僧は 所謂、聖僧で 物静かで
学者のような 人だった。

この 3つの寺を 切り回してきたのは
彼女だった。

能力のない バカ息子を残して 旅立つことは
子安観音寺の 行く末とともに
最後の最期まで 心配だったのだ。

入院する日に 母は 朝顔の種を巻いた。

【歎異抄 第9章】に 親鸞は このように言う。

【なごりおしく おもえども
娑婆の縁尽きて ちからなくして おわるとき
かの 土へは 参るべきなり】

なごりおしく思っても
やがてこの世との 縁が尽きて
人生の 終焉を迎えたとき
人間は 必ず極楽浄土に 赴くものなのだ。

この世にいるべき 因縁がつきたら
迷わず 浄土に旅立てば いい。

そのときまで 仏の導くままに
あるがままに 生きればいいのだ。

江戸時代の高僧、良寛も同じような事をいう。

【死ぬ 時節には 死ぬが よくそうろう】

空海の 有名なお言葉は 再々 紹介しているので
書くだけ 書いておこうね。

【生まれ 生まれ 生まれ 生まれて
生の はじめに 暗く
死に 死に 死に 死んで 死の おわりに くらし】

教義は 全く違うけれども
空海も 親鸞も 良寛も

娑婆で 生かされている あいだは
縁尽きて 旅立ったとき 後悔しないように
1日 1時 1刻を 大事に 過ごしなさい。

そのように 言っている。

⚫︎【懺悔】
今日 1日の 反省をしなさい。
これで 100点 だったのだろうか ?
反省点は なかったのだろうか?

⚫︎【感謝】
縁ありて みんなに 支えられて生きている。
もったいない
おかげさまで
ありがとう

この3つが 出来れば 小欲知足
足るをしって 心 安らかな日暮らしが 送れる。

⚫︎【報恩】
報恩感謝という 言葉があるが
恩を 感じて 万物の恵みに 感謝したならば
こんどは 【回向】
世のため人のために
お返しをしなければ ならない。

『わたしは まだ 死にとうない』

母親の 悲痛な叫びが 今でも聞こえるようだ。

そして 37年前に 種をまいた
母の あさがおが 今も 立派な 花を咲かせている。
合掌

【 私たちの あるがままの姿を 仏は知っている】

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朝刊を 開いてみて どきっとした。

一面に 【 膵臓病 】の 事を かいているのだ。

見たくない、読みたくないと思いつつ
隅から隅まで 余すことなく読破した。

【慢性 膵炎】
初期の 症状は 背中、胃の裏、腰のまわりに
痛みを 感じる。
今の医学では 決して 全治せず
不正が 続けば続くほど
膵臓が 自分のインシュリンによって溶けるのだ。

どんどん 溶けるのだから それは 痛い。

膵臓病の 大敵は アルコールに タバコ、
天ぷらに 肉の脂身。

わたしは タバコはやらないが
アルコールは 少しだけ 頂いていた。

発症して 7年目、あまりもの激痛に
転げるように 医者に行き
そのまま 入院してしまった。

2年後ぐらいの おそるいのんだ
梅酒の 美味しかったこと。

人間の 意思って 弱いね。
一時は 完全に 治ったつもりで いた。

ところが 激痛では ないにしろ
胃の裏が 痛いのだ。

【 歎異抄 第9章 】に このように 書かれてある。

【他力の 悲願は かくのごとし
われらが ためなりけれど しられて
愈々 頼もしく おぼゆるなり 】

仏の 誓願が われわれ凡夫を 救うただと知り
重ねて ありがたく思い 頼もしくも 思う。

この9章に 親鸞と 弟子の唯円との やり取りがある。

『師僧、わたしは お経を唱えていても
踊り上がるほどの 喜びは 湧いて来ないし
また、お浄土に 行きたいという
気持ちにもなれないのです。

いったい どうした事でしょうか?』

そこで 師僧たる 親鸞も いう。

「よくぞ もうした。
唯円よ、実は わたしも 同じなのだ」

浄土へ 行きたいという気持ちは湧かないのに
わたしのように 膵臓病を おこして
『膵臓癌で 死んでしまうのではないだろうか?』
と、案ずるのも 実は 煩悩の仕業である。

一心に 仏に 真心を捧げると
仏は 救ってくれると 分かっていながら
煩悩を 抱えた このわたしは

歓喜もなければ 浄土を憧れる思いもなく
故郷への 思いが 捨てられないように
現世に ズルズルとしがみついて
執着している。

話は 冒頭に 戻って

そんな頼りない 私たちだと 最初から分かっていて
仏は 私たちに 愛の手を差し伸べるのだ。
ありがたい ことだと 言っている。

【空海】だったら 『もっと 修行せい 』と
叱りつけられるかな。

ともあれ アルコールも 控えて
ヒヤヒヤした 毎日を 送っている。
合掌

【 念仏者は 無碍の 一道なり 歎異抄 第7章】

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一人の方が 寺に 相談に来られた。

『自分が起業して 生涯の夢として
切磋琢磨してきた会社だが、
業績は 落ち込む一方で 青息吐息。

そのうえ 後をついでくれる人も ない。

今なら 大火傷をしないで
撤退することが できる。

さて、どうしたものでしょうか?』

そんな 相談だった。

般若心経なら 唱えることはできるが
わたしは 経営コンサルタントでも ない。

会社の内容は薄々知っているものの
業績も 知らなければ
負債 云々、有る無しも 分からない。

頭を かきかき 話した。

『社会一般常識、政治、経済、文化、
もの知らずを 出せと言ったら
坊さんを 出すぐらいです。

そんな者に 会社の存芒に関わる重大なことを
相談なさるなんて お門違いですよ』


『唯、親鸞は 歎異抄の 第7章で 言っています』

《 念仏者は 無碍の 一道なり 》
[迷いも 不安も 離れて 只々 歩けばいい]

わたしは 他宗の教えは 精通していないので
お叱りを受けるかもしれないが
思いもまま 書きます。

『え~ 人生、山あり谷あり
二人で手を取って この難関を …』

結婚式の スピーチの 定番だが
実際生活において

わたしたちは 叶えたい夢があり
到達したい目標が あって
それに向けて 一心不乱に 努力しても

様々な 困難や 障害にあい
なかなか 達成できないことが おおい。

そうした困難に 悩み苦しみながら
ある人は それを乗り越えて 成長し

ある人は 苦に耐えかねて
挫折の 一途を 辿ってしまう。

そこで 親鸞の [ 無碍の 一道 ] だ。

【 融通無碍 】

特定の ものに 捉われたり こだわったり
偏った考えを 持たないで
その場 その場で 適切な 対応をすること。

仏との 関係は わたし自身が
ちょっと分かりにくいので また勉強します。

あれこれ くよくよしないで
その時 その場で 最善の方向を見出し
こうと 決めたら 貫き通せ。

話は 違うが
小豆島大観音の 横にある ホテルの オーナーは
70歳にして それを完成させた。

『人生に 定年なんか ない。
死ぬまでが お勉強なんだ』

と、教えてくれた。

【 青春とは 人生の ある時期を 言うのではなく
人の 様相 ( ありさま ) を いう 】

70歳にして 青春でも 素晴らしいことでは
ないか。

苦難に ぶち当たっている 今でこそ
青春を 取り戻し
無碍の 一道を 突っ走って貰いたい。
合掌

【 縁泣き衆生は 度しがたし 】

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社長が 尋ねて こられた。

『 学校を 出てから 今に至るまで
我が子と 思い 手塩にかけ 育てた弟子が
袂を分かつて 出ていきました。

その 行き先というのが
わたしの 1番の ライバル。

こんな理不尽な 悔しい思いをしたことは
金輪際 ありません』

【 縁が あれば 共に あるき
縁が 切れれば 離れるのみ】

わたしたちが オギャーと 生まれ
ウンと 眼を閉じるまでには 計り知れない数の
出会いと 別れがある。

全て 因縁によって 結ばれ
因縁によって 別れるのだ。

恋愛も 結婚も 家族も 兄弟も 友人も
つくべき 縁があれば ともない
別れる 縁ならば 別れる以外 ない。

諸行は 無常である。

森羅万象 変化しないものは なに1つない。
時間までも 生命までも 我が心までもが。

煩悩によって 留めて置きたいと 思うから
無理を 生ずる。

【自然の ことわりに 従い あるが ままに 】

[如来より たまわりたる 信心を
我が物顔に とりかえさんと 申すにや

かえすがえすも あるべきからざる ことなり]

仏から 受けた信心を
まるで 自分が受けたかのような顔で
取り返そうとするのは 如何なものか。

そんな 弟子は こちらから無視して
絶縁をすれば 良いのだが
そうする度に 苦しみに苛まれる。

[ 自然の ことわりに従い あるがままに]

自分自身が
自然の道理に 叶う生き方をしていれば
おのずと 仏に導かれて 今の自分があるのを
思いだし

また 師への 恩のありがたさも 知るはずだ。

ジタバタ するな。

精進潔斎して 真当な道を 歩んでいれば
師匠への 恩を 思いだし
縁があれば かならず 帰ってくるよ。

そんなことで 悩み 苦しんでいる方が
とても 残念だ。

そう 言って お帰りになったのだが
はて 社長は
自然の 摂理に 従ってくれて いるだろうか。

腹のうちは 煮えくりかえるのが
分かる ゆえに。
合掌

【 根ほと 葉 広がる 】

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『竹は 根が浅いから 境内には植えないように。
大水が でたときは何の役にも たたない。

人間も 然り。
底の 浅い人は 思慮分別に 欠ける』

先代が 遷化するまで 言い続けた言葉だ。

近年のことだ。
30センチぐらいの 松の木が 頭を出し
それを 盆栽にすることを 思いつき
必死で 抜こうとしたが 余りにも根が深く
ついぞ 抜くことも 盆栽にもできなかった。

雑草でも そうだね。
1本の 雑草の根を 辿って行くと全く違う場所で
別個に 頭を擡げて居ることがある。

物知らずの わたしが 大恥を かいた。
鳥取は 長芋の 産地だ。
砂丘の 黒土が 立派な 野菜や果物を 育む。

長芋畑に 連れてきてもらった。

『大変でしょう ?
1mも 2mも 掘るのですから。
折ったり傷つけたりしたら 商品になりませんし』

言っている間に 畑の中に根をおろすのでなく
畑の横に 長々と 根を伸ばしているのだ。

『あ、なんだ 掘るのでは なかったのだ』

ともあれ 【根ほど 葉 広がる】の 意味は
木は 根の深さと同じだけ 葉は広がると言うこと。

根が広く張れば 枝葉も 同じだけ はびこる。

人間も 同じことだ。

付和雷同せずに 枝葉を 大きくのばし
根を しっかりと張っていなければ
薄っぺらな 人間に なってしまう。

根を張る とは 【基礎】を しっかり
我がものにすると 言うことである。

運動は 直ぐに プレーするのではなく
足腰を 鍛えることから はじめ

音楽でも 歌でも 基礎が出来てなかったら
器用で 上手だっても メッキがはげてしまう。

きちんと 基礎をおさえて 勉強した人に
必ず 追いつき 追い抜かれてしまう。

『竹は 根が浅いから 境内には植えないように』

先代の 教えが 教訓として
わたしの 心の中で 育み続けている。
合掌

【中庸 13章 道は 人に 遠からず 孔子】

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寺の 片隅の 小さな菜園に
次々と 野菜たちが 頭を もたげ始めた。

雑草は こまめに 抜いているのだが
雑草ではない。
茄子や トマトの葉っぱが 覆いかぶさるように
生え茂って いるのだ。

『はて ?
盆栽は 背が伸びないように 頭を落としている。
と、言うことは トマトも、キウリも
横に 伸ばせば いい』

そこに 家内が来て 大騒動。

「じじ。
なんて言うことを しているのですか。
下の 葉っぱは 間引いても 宜しいが
頭を 飛ばすなんて」

孔子は このように 言っている。

【子曰く 道は 人に遠からず。
人の 道をなして 人に遠きは、
もって道と為すべからず】

孔子は 【道】とは [道徳]と 置き換え
釈迦は [ 仏性:仏の 心]と置き換えれば
よく分かる。

人が 日常生活において 道徳を行なったとき
その行為が 道徳や 仏性から
ほど遠いもので あったならば
それは 真の 道ではない。

孔子は このようにも 言われる。

【何を 伐り 何を伐る その則 遠からず】

ある人が 斧の 柄を 取り替えようと
斧をもって 山に 入った。

斧の 大きさを 穴が空くほど 見据え
どれ位の 太さで どれ位の長さがいいか
探し始める。

そうして居るうちに
斧に 木を合わせるよりも
今 使っている 柄を 目安に考える方が
理にあっていると 考えなおす。

道徳を 以って 人に 愛情を注ぐとき
斧を 見ている時は 観点がずれており
柄を 目安にした時は 要を得ていることだ。

そして わたしの 野菜畑 騒動の 一件は
【無明】といって 人に 慈悲心を向けることすら
忘れて居ることになる。

孔子は 会社でも 地区でも 家庭でも

[人を 治めようと 考える人は
自分の 1個の 人間であると 気がついたとき
そこに おのずから 人を管理してゆく方法も
決まるであろう]と、いう。

君子は 人間の道 [道徳 、仏心]を もって
人を 管理する。

わが身にひき比べる 忠如 ( 思い遣りの 心 ) は
人の 性に従うもので 決して 遠いものではない。

わたしの 菜園騒動のように
全く 無明の闇の 中にいる人も
斧を みて 柄を作ろうと 思った人も

『ああ そうか 』と、分かったとき、
アッという間に 思い遣りの心は 持てるのだ。
合掌

【仰いで 天に 愧 (は) じず 孟子 (2) 】

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[仰いで 天に 愧じず]

自分の 行動や 言動に
恥ずかしいようなことは して居ないので
気恥づかしいことは ないので

天に 向かっても 人に対しても
いつも 堂々と 対処できる。

自分の 行動や 言動は
秋空のように 晴れ上がり
1点の 曇りすら 見つけることができない。

これ、昨日 勉強したね。

出前の 檀家総代が 言った。

『仰いで 天に愧じずは 【三密の行】を
させて もらって居ると 思っている。

身口意

心で みんなに 喜んで貰える事を考え
言葉で 喜んでもらい
身体で 喜んで貰えるような 行動をする。

また 仏の 心とは 【慈悲】と【智慧】だ。

[入我我入]
仏 われの心の中に 入り
われ また 仏の真理の なかに はいる。

檀家や 地区のみなさんの 気持ちになって
お大師さんでは ないけれど
世のため 人のために 尽くさせて貰っている。

これ 全部、お前の 受け売りだけどな』

総代は 稀にみる 聖人君子だったが
[君子] には 3つの 楽しみが ある。

⚫︎1
両親が 共に 長生きをしてくださり
兄弟姉妹が しあわせで 元気であること。

地区の みなさんが しあわせで
長生きをして 貰うのも 同じことだ。

⚫︎2
仰いで 天に愧ず。ふして 人に はせず。

これ 今回の テーマだから 大切だよ。
公明正大だからと言って
決して 自惚れないように。

⚫︎3
優れた 青少年を 育成して
よき人材、よき 後継者を 作る。

これは 地区においては 当然だが
家庭でも 会社でも 学校でも 大切だね。

そして 総代が いう。

『わしは 1と 2に 対しては 自信があるが
3には 少し 異議がある。

40年も 地区の総代や 町会議員をさせて貰い
ついぞ 後継者を 作ることを 怠ったように思う』

私たちも 聖人君子とまでは いかないとしても
仏の 1 子供と考えたなら
仏心を もって 仰いで 天に愧じず を
実行して いかなければ ならない。
合掌

【 仰いで 天に 愧 ( はじ ) ず 孟子 (1) 】

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『公明正大な 男は誰だと 聞かれたら
いの一番に ワシの 名を挙げればいい』

残念ながら 20年前に 61才の若さで
癌で 亡くなられた 総代の 言葉だ。

『ワシは 二股を 掛けておると思っていたが
三股を 掛けることに なった』

二股と言うのは 自治会長と 檀家総代の事。
三股というのは 自治会長のあて役で
神社の 総代も兼任すると いうこと。

檀家総代は 亡くなるまで 約20年ぐらい
自治会長は 多分20代 後半からだと
40年 携わって居ることに なる。

愚問だが わたしの 若きときに
何十年に わたって 推挙される理由をきいた。

『公明正大な事。
疾しいことなく 心に 1点の曇りもない』

公明正大とは
公平で 良心に恥じることなく正しいことだ。

『この40年間、地区が 如何に発展するか
住民の 1人 1人が
如何にしあわせに暮らせるかを 念頭においた。

我が田に 水を引くようなことを やっていたら
住民は 決して40年も ついてこなかっただろう』

孟子の 言葉がある。

【仰いで 天に愧ず。ふして 人に 怍(は) じず】

心中に 少しも恥じることなく
気がひけるようなことが ないから
天に向かっても また 人に対しても
少しも 恥ずかしく ない。

自分の 言動や 心の中に
微塵も 疾しいところが ない。

[後悔することは 1度も ない]と、言っている。

わたたちの 日常生活の なかで
[仰いで 天に愧ず]のようなひぐらしが
出来ているだろうか?

『あれは 自己中心的だった』
『このときは 我が田に 水をひいたな』

反省の 連続では ないだろうか。

人と 人とが 寄り添い
手を 繋ぎあっていく中で
孟子の1言を 是非 思い出して欲しいものだ。
合掌

【 イチゴ 一会 】

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『おたくは 北海道ですか?
いやあ 近いですね』

『あなたは 小豆島ですか ?
隣り見たいな もんですな はっはっは』

平成19年に 住職が 還暦祝いだと
夫婦で 海外旅行のチケットを 買ってくれた。

行き先で [ お互い 日本人 ] というだけで
意気投合して 住所の 交換もした。

『おたくは 真言宗ですか ? 高野山ですな。
わたしは 浄土真宗の 僧侶です』

長髪で スーツでしたので 直ぐには
僧籍の人とは 見抜けなかったが
お坊さんとも 意気投合した。

『一期一会。
縁あって 一生に1度、お出会いする機会を
くださったのですから 大切にしましょうね』

一期とは そのとき そのところで
そのものに 徹するぞ。

いまは 今しかないし
ここ意外に ここは無いのだから
いま ここ という一期を 精一杯頑張ることだ。

【人見て 法 とけ】という 教えが ある。

結局、日本に 帰ってから 北海道の ご家族は
小豆島まで 来られた。

函館の 近くで ペンションをやっているとのこと。
僧籍の 方とは それ以来、1度も あっていない。

きっと 心の中で 同じ僧侶の 方だから
本願寺まで いけば いつでも 会えると
安易な 考えが 一期一会に 反したのだね。

会うのも 生涯1度、言うのも 1度、するのも1度。
全てが 非常に 大切ななかで
同じことを お願いしたり 説明した場合、

『この 人には この様に 噛んで含めて
言わせてもらおう』

『一を聞いて十を知る。
この人には ここまで言うと かえって失礼だ』

イチゴ狩りに いって 真っ赤なイチゴを 頂く。

また この農園に くることが あるかもしれない。
しまし、今 美味しそうに 口に持って行った
イチゴは もう 2度と 口にすることはできない。

世界中で たった 1つしかない イチゴだ。

そう 思ったら 同じ 頂くにしても
感謝して 美味しく 頂かなくては いけないね。
合掌
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