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【情けは 人の ためならず 】

『やっぱり おっちゃんは 人間ができてますね』

わたしの部屋に来て 住職が 嬉しそうな顔をした。

腹を立てるか 怒るか 膨れるに違いないと
心の中で 心配していたのだ。

"おっちゃん・ は わたしと 竹馬の友で
成績優秀にして 大手企業の 重役を経て卒業したあと
無理を言って【小豆島大観音】の 発展のために
尽力いただいている。

『ああしてみては 如何だろうか?』

『こうも どうだろう ? 』

企画立案だけでなく 外渉から 金融まで
負んぶに抱っこだ。

人助けの 一環として 新しい宗教活動を
住職を 中心として 展開しはじめた。

先日、
実際に 活動をなさっている方に おいで頂いて
お知恵を かった。

『こんな デタラメな 計画書は ありません。
これで やれるなら 誰もが率先して やるはずです』

結論は 『断念 しなさい』『やめなさい』だった。

住職は この件に関しても
計画書から 外渉まで 全て 携わっている
"おっちゃん・に、
恐る おそる 報告の 電話をいれたのだ。

’おっちゃん" の 答えは こうだった。

『わたしは 無理では ないと思う。
1度、早急に会って 老僧も加えて みんなで話そう。

断念するという 結論がでたならば
" あすの 小豆島大観音の 発展"を 如何にするか。
その結論が 急務だ』

怒るどころか、"あすの 大観音"の 方が 大切だったのだ。

『情けは人の為ならず だね』



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【 情けは 人の 為ならず】

人に なさけを かければ それが何時かは
自分に 良い結果となって 返ってくる。

残念ながら 今や この言葉も
仕事して 忘れ去られようと している。

アメリカの 心理学者 エーリッヒ博士は
『現代人は 人から 愛されることは 知っているが
自分が 人を 愛することは 知らない』と云う。

人からの 好意や親切は 当然と受けとめるが
自ら積極的に 人を愛し 奉仕することには 非積極で
自分を 中心に 世界が回っていないと
満足できない。

ましてや 奉仕 ( ボランティア』を しようと
殊勝なことを 考え、実行する人は 皆無にちかい。


釈迦の時代に インドの コーサラ国に パセナーディモという
王様がいて マッカリーという 王妃を 娶って
しあわせな 日暮らしを していた。

ある日、
『 それは 王様、あなたですよ 』
という 回答を 予測して
『王妃、世界中で あなたが 1番 愛しい人は だ~れだ』
と、王様が 聞いた。

ところが 豈図らんや 王妃は シャーシャと こう云う。
『それは 王様。
この世の中で 自分より愛しいものは ありません』

腰が 抜けるほど 驚いて 釈迦の元に 走った。
釈迦は こう云う。

『王様、あなたも そうでしょう?
人間は 自分よりも 愛しいものを 見つけることは
むつかしい。

それと 同じように 他の人々も
自分のことが この上もなく 愛しいものだ。

だから 己の 愛しさを 知るのもは
他の 人の 愛しさも 知らなければ ならない』

人の 心を知り 人が 何を欲しているか
分かる 王様に なりなさいと、言っているのだ。


【情けは人の為ならず】

まるで " おっちゃん"の 事を 言っているみたいだ。
そして いつかは 福が 舞い込んでくるだろう。
合掌


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【袖擦り合うも他生の縁とやら、おい 寿司くいねえ。森の石松 千石船の中】

【小豆島 八十八ヶ所霊場】の お参りが
減少したからといえ
1年間を 通して 多勢の人たちとの出会いがある。

生涯を通して 想像を絶する 檀家や お遍路さんと
すれ違っているのだ。

今日は 子供先達が 参って来た。

おばあちゃんを 先頭に
ご両親 親戚の方と 少人数だが
巡礼者と同様に白装束をつけ 仏前で
紅葉のような 手を合わせた。

驚いたのは 【般若心経】を 唱えると
同じように 大きな声で一緒に唱えたのだ。

おばあちゃんが 云う。

『わたしの 母も 祖母も 大きな団体で
小豆島八十八ヶ所霊場 巡拝を させて貰っていました。

わたしが 仏壇に手を合わせていると
この 孫が飛んで来て 一緒に手を合わせるのです。

こんなに 年端もいかない子供が
考えてみれば 不思議なんですが
きっと 亡き母や 祖母の ご縁なんでしょうね』


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【袖擦り合うも 他生の縁 】

有名な この言葉の [袖擦り合う]袖とは
着物の 袂のことだ。

[清水や 祇園をよぎる 桜月夜
今宵会う人 みな 美しき ]
与謝野晶子

清水寺の 夜桜が 満開だ。
あの人も このひとも 綺麗に着飾って 夜桜見物に。

咲き誇っている 桜の花と 同じくらい綺麗だ。

あまりもの 見物人の 多さに
行き交う 知らぬ人の 着物の裾や
袂が触れ合うのを かんじる。

『この人たちと 袂が 触れ合うのも
何かの ご縁なのかなあ』

[他生の縁]と あるが
多勢の人は [多少の縁]と 間違えて覚えている。

『今生 このときに 恨みを はらす~』

歌舞伎での 今生とは 現世、今のことだが
[他生]とは 過去 現在 未来に わたっての
縁と 云うことになる。

わたしたちが 生まれる前々の 生が
今生 今、たまたま 袂がふれあい、
その 因によって あと後、
結婚という 果に 発展するやも しれないのだ。

この ご家族は 分かっているだけの
先祖の ご縁だけでも 3代にも 跨る。
いや 4代か ?

ご先祖さんの 優しい 慈悲の心が
連綿と お孫さんまで 繋がっているのだ。

きっと 人の痛みのわかる
心根の優しい 子供に 成長することだろう。
合掌







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【あなたは 真の友は 何人 いる ? 】

この頃は 孫が友人を連れてくるようになった。

『今日は 誰それちゃんの お宅で 誕生会』

『今日は みんなを お呼びして わが家で食事会。
休みだから パパが 腕を振るうよ』

ママまでが ウキウキして お化粧までして
お友達を まつ。

『 ママ、友達に 素顔で会えるのが 最高だよ』

「いえ 身だしなみです」

友人の 事を 【 知己 】とも云う。

辞書で 調べてみると
[自分のことを 1番 理解してくれている 人]
[この世に 2人とない友人]
等、書いてある。

しかし、知己とは [己]を [知る]と ある。
本当の 自分の事を 正確に知ってくれているのが
友人であり 知己なのである。

主人の前で また 奥さんの前で
いちいち化粧をしてから お出会いするのでないように
真の 友人のまえでは 化粧なんか いらない。

素顔の わたしを 見てもらうのだ。

この化粧というのは 顔 形の事を言っているのではない。
取り繕わないで 無心に 飛び込んで行きなさいよと
いう意味だ。


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【花は 鳥を知り 鳥は 花を待つ】

『花が 鳥を知るがごとく 鳥は 花を待つに 似たり』
良き 知己を得た 喜びが滲み出たのが よく分かる。

良寛さんも 同じようなことを 書いている。

【花 無心にして 蝶を招き、蝶 無心にして 花を尋ぬ。
花 開くとき 蝶来たり、蝶 くるとき 花開く。

j 吾も また 人を知らず、人も また 吾を知らず。
知らず 帝則に 従う】

花は 蝶が 来るこないに かかわらず 花を開く。
蝶も 花が開くのを 待っていて 止まったのではなく
たまたま 花が 開いていたから とまったのだ。

それと 同じように
わたしも 他人のことを 知ろうとせず
他の人も わたしを 知ろうとしない。

知らないうちに 帝則 ( 自然の 道 ) に したがい
人と 出会っている。

無理やりに 相手の心を 知ってやろうと
心の中に 手を入れるのではなく

本当の 友人なら 言わず語らなくても
何を 考えているかぐらい 分かるはずである。

何故かって 化粧をしていない
素顔の 自分を 見ていただいているからだ。

ところで あなたは
『これは わたしの 真の友』と いう人が
何人 いますか?

1人? 2人?
それとも 1人も いない ?
合掌


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【 慈悲と 智慧をもった お観音さんが 誕生したよ】

孫の 産見舞いに いった。

今日は 単なる 日記になりそうだが
住職の祝い事にて お許しをいただきたい。

真夜中に 1本の電話が 鳴り響いた。

『こんな 夜中に 誰からだろう ? 』

電話主は お産で 実家の安城市に 帰っている
ママからだった。

『生まれそうなんですって ! 』

受話器をとった家内が 声を弾ませた。

結局、1時ごろ 病院にいき
2時半ごろ 分娩室に。
2時 46分 出産だった。

『うそ ? 』
と、云うくらいの 安産だった。

わたしと 家内が 見舞いに行くのだが
誘うと 住職の 姉妹や その子供たちが手を上げ、
総員、7人が 電車に乗り込んだ。

一緒に行けず 泣きじゃくっていた
孫たちの うしろ髪を 引かれながら。

『男でも 女でも いい。
五体満足で 生まれてくれれば 大満足だよ』

そう云う わたしは 今まで ずっと 女の子で、
7人目の 孫で はじめて 男子を授かった。

ちょっと 戸惑いながら でも 嬉しかった。


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一緒に お見舞いにいった
今日で 生後 半年になる 従姉妹のお姉ちゃんと並んだ。

みての通り 僅か半年の差で 身体は勿論、顔つきがちがう。

楽しい 1日が終わり ママと孫を 安城市の 病院に残し
私たちは 芦屋まで かえった。

電車の中は 芋を洗うがごとくだったが
残念ながら 誰一人、新生児の為に
席を変わりましょうと 云う人は なかった。

芦屋について 家内が 『買物が ある』と いう。

聞いてみれば 一緒に見舞いに行けなくて
泣きじゃくっていた 孫たちに お土産を買うと云う。

なんか それを聞いて 胸が熱くなった。

6ヶ月の孫を お家まで 送って
直ぐに 家内が買物をしているお店に 向かった。

ところが 時、すでに 遅く いない。

『しまった 電話を 持ってくるのだった。
近くだと おもったから …』

家内が 立ち寄るだろうところを
隈無く さがした。
どうしても 帰っているとは 思えなかったのだ。


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『居た ! 』

見覚えのある 女人が 食品売り場を うろついている。
手には 孫たちの お土産とともに
両手に いっぱい下げている。

『あのお家は 冷蔵庫に あれがなかった。
これが 無かった。

こちらに 来ているときに
あれも 買っておいて やりたい。
これも 買ってやりたい』

ありがたいねえ。
これが 親心なんだねえ。

心配して お財布の中をのぞくと
もともと たいして入ってない ものが
ぺっちゃんこに なっている。

そして その親心が 【お観音さん】の 心なんだね。

【慈悲】と 【智慧】

人の痛みを 自分の痛みとして 受けとめ
自分が 持っているものを 損得を考えないで
その人の為に 喜んで捨てる 【喜捨 】。

そして 家内 そのものが 【お観音さん】なんだね。

ゆくゆく 子安観音寺の 第18代目に なるだろう
今回 生まれた孫も
慈悲と 智慧を持った みんなから 崇められる
お観音さんに なって欲しいね。

合掌


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【 いつまでも クヨクヨしないで 正しく 楽しく 仲良く暮らそう】

先日の テレビ番組で 横井 正一さんの体験記をみた。

第二次世界大戦が 終わって もう少しで 70年。
全てが 風化していくなかで
犠牲者 追悼式典で 天皇陛下が お言葉を述べた。

世界大戦での 日本人 死亡者は
軍人 280万人 民間人 80万人

全世界で 民間人 病死も含めて 約5000万人
これは 全人口の 2・5%だそうだ。

横井 正一さんも 命こそ 長らえたが 犠牲者の 1人だ。

忘れもしない。
昭和 47年 2月 2日だ。

【小豆島霊場 第81番 恵門ノ不動】
ニュースで それを知った。

堂内 ギッシリとお入りになった 遍路のみなさんに
若き わたしが 口を開いた。

『みなさん たった今、
横井 正一さんが 帰ってまいりました』

お説教を 聞いても 反応のない 堂内のみなさんが
『オオッー』と歓喜の声とともに大拍手が 起きた。

みなさん、戦争経験者で 我が事のように
関心が 高かったのだろう。

『何かの お役にたつと 思って
恥を 偲んで 帰ってまいりました』

飛行機の タラップから 降り立ち敬礼をした姿は
当時の NHKで 41.2%の 視聴率だった。

『本当に 良かった。
28年間、ごくろうさま。
1つしかない 生命。大切に しなければ』

もはや 心は 遍路ではない。
お互いの 心 通じる戦友の 帰国に 泣いた。

失礼な話だが その 異様なほどの 情景に驚き、
昭和 47年 2月 2日。
いまだに 忘れることが 出来ないのだ。



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グアム島 旅行をしたとき
横井 軍曹が 28年間 暮らしていたという洞窟に
いや 洞穴に 行ったことがある。

息が詰まるような 小さな 小さな 棲家だ。
その 棲家の中は 整然と 生活用品が 並んである。

そこで 誰 1人 喜びも悲しみも 共有できる人もなく
戦々恐々と 逃げ回るように 戦い続けていたのだ。

戦争とは なにが【正義】で どれが【悪】なのだろう。

人を 殺す。
殺される。
動物を 殺す。
物を 粗末にする。

時の流れ 時代によって
いろんな 現状によって

【善】と【悪】とは 変わってくる。

大化の改新では 天智天皇が 蘇我を滅ぼしたことで
天皇制が 復活し 中央集権が 確立する。

【忠臣蔵】でも 赤穂浪士47士人が
君主である 浅野内匠頭の 仇討ちをする。

その 1つ 1つの ドラマを 涙とともにみて
吉良上野介が 炭ぐらから 発見されて
浪士に 取り囲まれたときなどは
自分も 参画しているような 興奮を覚える。

それが 現代では 立派な 殺人である。

【因果律】 因果の 法則がある。

全てが 因と 縁によって できている。

良いことを 行えば 良い結果に つながり
悪いことを 行えば 悪い結果に つながる

【因果一如】とは 因と 果は 全く別の物であって
実は 別のものでは ない。

【善】を 尽くして よい結果が でなくても
決して 不満を 起こさないことだ。

【悪】の 限りを 尽くしている人が
悪を恥じることなく のうのうと暮らしていても
哀れにこそ おもっても 僻むこともない。

そんな事に 拘らず 因果律を 信じて
真面目に コツコツやることだ。
それが しあわせに 繋がってくる。

横井さんも 小野田さんも、
他の 兵隊は 終戦直後に 白旗をあげたが
彼らは ずっと 戦い続けた。

れっきとした 犠牲者の 1人ではあるが
意志を通し 信念を貫いたことについては
誰もが 出来なかった 大快挙である。

人間の 【間】という字は 巡り合わせと
いう意味である。

わたしたちも 終わった事に いつまでも
クヨクヨしないで
あしたの しあわせを 信じて
しあわせな 日暮らしが 送りたいものだ。



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【 天 なにかを 言わんにゃ。四時 行われ 百物 生ず】

国会も 県議会も 話題を 集めているね。

生まれたての 赤ちゃんのように 泣きわめく議員が
世界中を賑わしたと思えば

女性議員に セクハラと取られる 発言をし、
誰と 誰が 声を出したのは 分かっていながら
声紋を 周波数分析して 特定出来ず
有耶無耶に してしまったり

まだ その事件も 収まってもないのに
今度は 高校生とのメールでの 不適切 発言。

挙げ句の果てには 除党 云々で 揉めている。

おもしろ おかしで 見る方は 退屈なくて いいが
こんな人が 国を代表する 人たちかと
ため息まじりで 一挙一動を みたりする。


でも いるよね。
こんな 口先だけの ひと。

会社でも 学校でも 我が 地域でも…。


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【天 なにかを いわんや 四時 行われ 百物生ず】

孔子 陽貨編

人間が 口先だけで とやかく言ってみたところで
その 言葉の効果は 大したものではない。

それに 引き比べて 天は なにを言うのだろう。
天は 一切 なにも 言わない。

しかし 無言のまま 春夏秋冬は 休みなく
規則正しく 運行されている。

そして 森羅万象 ありとあらゆるものが
天から 恩をうけつづいている。

しかも 孔子は こう言う。

政治の 要諦は
【 徳を持って 天下を 治める】

徳によって 国を 治めているのだから
【 声を 大にし、色 ( 我が顔の 表情 ) を
激ししく することもない 】

顔を 真っ赤にして 唾を飛ばし
大声で 持論を 押し付けることは
そもそも 人間の することでは ない。

もし それが 政治家と言うのなら
最低の 政治家で ある と。

『天に 学べ』

【 上天のことは 声もなく 臭いもない 】

天のなすことは
わたしたちに 如何程の 施しを
してくてたからとて 声もなく 臭いも ない。

【陰徳】とは わたしたちに
素晴らしい施しを してくれたからと言って
恩着せがましく 『してやったぞ』『俺だぞ』とは
言わない。

こころ静かに 平常心で
しかも ドッシリと 応対してくれる。
【天 】の ように。

議員さんの 問題では ない。

わたしたちも 気をつけなければ。
合掌



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【 艱難 汝を 玉にする 】

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人生 オギャーと 生まれると《苦》が生じる。

いままで 勉強してきた【四諦】【八正道】だね。

友人の 心配事で
あの 1件は どうなって居るのかと 気になることが
いまだに 引きずって 頭痛の種になっていたり

いろんな 交渉ごとが 我が思いにならなかったり
《苦》は どこまでも ついてまわる。

住職も 痛いほど それを 体験している。

突然 大風によって 本堂の大屋根が飛んでしまった
【因】から 本堂再建 【縁】を 余儀無くされた。

ところが 僅かだが
『坊さんの ために 何故 大枚をださねば ならんのだ』
と 声を 大にする人も いる。

『初代から 数えて ちょうど 17人目の
わたしが 本堂再建の 当番に なっただけですのにね。

実際 寺というものは わたしの ものでも
子供のものでも ない。
わたしの 子供が 跡を 継がないといったら
全く 他人に ついでもらうしか ありませんのに』

住職は ぼやく。

「そうだね。
小豆島でも 実子 以外の方が 継いでいる寺は
いくつも あるものね」

『わたしだって 毎日 頭を下げて回るよりは
遊んで 日暮らしが したいですよ』

わたしの頃は 参拝者も 多かったから
毎日が大変ではあったが 活気はあった。

これから先は 檀家の協力なしでは
寺の維持も 大変になってくるだろう。



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【 艱難 ( かんなん ) 汝を 玉にす】

艱難とは 困難にであって 苦しみ悩むことである。
困難に であって 苦しめば苦しむほど
尊い教えが 体験できて

川の 激流に 巌が磨かれて まるくなるように
身も 心も まるくなる
そして 原石から 宝石のような 珠が磨きあげられる。

わたしたちは 多くの 艱難を 乗り越えて
はじめて 立派な人物に 成長するのを
宝石に 喩えられた ことわざである。

【苦しみの なお このうえに積もれしか
限りある身の 力 ためさん】
山鹿素行


人生は 決して 好い事ばかり続くとは 限らない。

艱難に あって 『なにくそ』と 奮起する人と
『もう 駄目だ』と 棒をおってしまうかは
人生にとって 大きな違いである。

そして それに打ち勝つ強靭な精神力を養うには
【小豆島 八十八ヶ所 巡拝】の 行 しかない。

進むにしても 留まるにしても 帰るにしても
全て 自分の判断で決定し
自分の 肢体で行わなければ ならない。

『あの 札所、君が 代理で 参拝してくれよ』
『お納経は 君に 任せるよ』

人に 丸投げの 参拝でなく
自分の 脚で 結願寺まで 行ぜねば ならないのだ。

【艱難】

人生の いろんな 荒波、困難、苦難、
どうか 乗りきって
脱皮して もう1枚も 2枚も 大きく成長して欲しい。

合掌


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【叱られた 恩を 忘れず はかまいり】



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【小豆島霊場 80番 子安観音寺】に 留学生が参拝した。

彼らは 台湾から来られた 学生で
何かの 研究のために 寺の近所に 宿を借りて
暫く 滞在するらしい。

よく 分からないが 日本で言うと 東大に匹敵する
名門校の 学生だそうだ。

彼らのうちの 1人の姉が お腹が 大きく
【安産成就】の 祈願の為に 寺に 来られたのだ。

『彼らと 同じくらいの 日本の生徒や 学生は
果たして 姉の 安産祈願に くるだろうか?』

来ない。
いや、 きた 記憶がない。

『暫く 滞在されるのだったら また 参ってください。
日曜日には 小豆島大観音を はじめ
うちの グループの 四山 参りの マイクロバスが
出ています。

きっと 感動しますよ』

そう 言いながら なぜ 台湾や 中国の人は
信仰ぶかく 日本人は 無信心になったのだろうと
ため息を ついた。




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7月の 【恵門ノ不動】の 五大護摩法要のときも
わざわざ 台湾からの お参りがあった。
いかに お参りも グローバル化されているとは いえ

『有難かったから 来年も お参りします』

を、聞いて なにか ほのぼの 嬉しくなった。

先日、わたしの 長女のところに 中国から 電話があった。

空海が【真言密教】の 第8粗になった
西安の 青龍寺の 管長さまと
前の アメリカ大統領が 中国訪問されたとき
ずっと お随して その後、アメリカまで お呼びがあった
ハイクラス女史と 通訳 3人が 久しぶりに揃ったそうだ。

『弘法大師 空海が 八祖で わたしは 四十二祖』という
管長さまとは もう 20年以来の 知己の 仲だが
その 女史は 昨年 通訳と一緒に 2回 来られた。

わたしたちと 波長が合ったのか
どれかの寺が 有難かったのか
1度 中国に お帰りになって 折り返すように
家族を 10人ぐらい お連れしてこられた。

管長さまとは 仏縁であり
女史とは 管長さまや 通訳の方を 通しての
【縁】だったが
いまや その 赤い糸は 切っても切れない
太い 縄になっている。

それにしても 小豆島のわたしに かからず
何故、長女に ?
あ、喋れない からか ?




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【叱られた 恩を 忘れず 墓まいり】

両親や 先生に 叱られて 成長させて頂いた。
その ご恩を 忘れることなく 墓参りをする。

《 恩 》を 分析すると [ 因 ]と [ 心 ]の
二字から 成り立っている会意文字である。

ゆえに 《 恩 》は 因を 知る 心のことだ。

どのような [因]と [縁]の 関わりあいが あり
そのものが 存在するのかと
[因][縁]を しり 学ぶ 心を表すのが《 恩 》なのだ。

[恩を 知る人]の 言語はカタンニューといい
[自分が された事を 知る者]という ことだ。

わたしたちを 支えて 生かせて頂いている
【 縁】は 数え切れない。

《無縁 の 縁》という。

縁に 縁がないと 早合点する人がいるが 違う。

無縁とは 人間であるとか 動植物であるとかの
区別を 超えて あらゆる物との
関わり合う縁を いう。

魚 牛 お野菜 …

わたしたちが 生かされているのは
数えきれないほど 多くの人たちだけでなく
森羅万象 の 全てから 様ざまな恩恵を
頂戴しているからだ。

【恋しいと 思うこころは われならで
親の まことの 通いくるなり】

ほんとうに そうだ。
あの 懐かしい わたしの 父は 母は、
わたしたちが どのように 成長しているか
会いたい 見てみたいと 恋い焦がれるのもだ。

そして その 心は 両親だけではない。

いろんな ご縁が あった方々が
同じ 思いで みてくださっている。

会いたい。
見てみたい と。

国が 違っても 人種が 違っても。

そして わたしたちは その
《恩 》に 報いなければ ならない。
合掌






【水音の 絶えずして みほとけあり 山頭火】

昔 【イグアスの 滝】に 行ったことがある。

以前 紹介した ブラジル在住 1世の方のご縁だ。
彼の 所有地は 小豆島よりもずっと 大きい。

隣の屋敷と 境が 1センチ 云々なんて
鼻で 笑うような 広さだ。

イグアスの滝は ブラジルと アルゼンチン
2ヶ国に またがっており
有名な ナイアガラの滝よりも 壮大だ。

滝幅 : 4000m
最大落差 : 82m
滝数 : 275 滝

【悪魔の 喉笛】と 呼ばれている 滝壺にいく。
美しい 滝々の 美しさと 裏腹に
ここは あたかも 滝壺に 吸い込まれそうだ。

悪魔の 喉笛のような 妖しい 悲しい
鳴き音が 体全体に 広がり
他は なに一つ 聞くことも 見ることも出来ない。

滝と 同化し 【無の 境地】に 陥る。




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小豆島霊場 島 唯一ヶ所 病気封呪専門道場
[ 山ノ観音 ]より 500m 上に
【ご来迎の滝 】と いう 島でも
1番か 2番に 大きな滝がある。

イグアスの滝や ナイアガラの滝と 比較すれば
余りにも みすぼらしいものだが
弘法大師 空海が その昔、
この滝で 本尊を勧請し 病気病難で苦しんでいる人を
救ったとの 言い伝えがあり

いまも お陰を戴こうと [ 水行 ]する人が後を絶たない。

滝には 春夏秋冬いつも 虹がかかっており
まるで 本尊さんの 光輪のようだ。

慈悲の 霊光ナ 菊花に映えて 薫香 馥郁たり

滝の 轟音。
川の せせらぎ。
どこかで 鳴く 鳥の声。

それと 自分とが 同化し 無になり
1つになった時に お陰を いただける。




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【水音の たえずして 御仏 ( みほとけ ) とあり 】
山頭火


【聞くままに また 心なき身にしあれば
おのれなりけり 軒の玉水 】
道元禅師

有名な 永平寺は 鎌倉初期に 道元が 開山した。

山頭火は 44歳で出家して 永平寺にて
参籠したこともある。
その時の 作品だ。

わたしたちが お経を読むときに
テンポは 早すぎもせず 遅すぎもせずして
雨だれの 雫が おちるスピードで 唱える。

空海は 【入我我入】を いう。

観想せよ。
壇上の 本尊、恒沙内証の眷属を 引きいて
我が身のなかに 涉入す。
我もまた塵数性徳の眷属を 引きいて
本尊の 御身のなかに 涉入す。

感応道交して 帝網重々なり

わたしが 仏さんの 心の中に はいり
仏さんが わたしの 心の中に はいる

わたしと 仏さんは 別々でなく 1つなのだ。

雨垂れの雫にしても 川の せせらぎにしても
大河の 轟音にしても
わたしたちは 自然の中に 同化する。


【行住坐臥】
人の 起居動作の 根本である
行くこと とどまること
座ること 寝ること

この 日常の 生活に 初心を忘れないように
縁に 感謝し
小さな 欲でなく 【大欲】の 中を 見事に咲かせ
世のため 人のために 慈悲の霊光を
投げかけねば ならない。
合掌



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【わたしたちは 義理 人情が薄れ こころと 心の触れ合いも 少なくなった】

慌てふためき お勤めに いった。

昭和 40年代にフェリー会社を 創業して
何年か前に 大手会社に 譲り渡すまでは
長い間、社長として 住民や観光客の世話をした。

[ 小豆島大観音 ]建立時も
まるで 我が事のように ご指導 いただき、
[子安観音寺]本堂 再建に伴う 地鎮祭にも来られ
これからも 頼みの綱として お縋りしていたところ
突然、帰らぬ人と 相成ったのだ。

家族で 機嫌よく 昼食をとり
その後、4時ごろ 不調を訴え
緊急入院をしたが 6着ごろ 鬼籍の人と なった。

アッと言う間の 出来事で 奥さんにしてみれば
なのが どうなったのか さっぱり分からぬ状態だった。

不思議なのは いつもは 大邸宅に 夫婦2人なのに
ちょうど その日は みんなを 呼び寄せたように

関西で 病院を開業している 長男も
ちかくで 商売をしている 次男も
関西に 嫁いで行った 長女も、
たまたま帰っていて
臨終には 全員が 立ち会ったことだ。

『義理、人情を 信条に掲げ
住民や観光客の 手足として お手伝いできればいい』

生前、社長は 口癖のように 仰っていた。

実際、大手の 会社に移譲されてから
全てが 機会的に流れ、義理、人情が薄れ
こころと 心の 触れ合いも
無くなってしまったような 気がする。



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【あだし野の 露消ゆる時なく、
鳥辺山の 煙 立ちさらでのみ住み果つる習いならば
いかにものの あわれもなからん
世は 定めなきこそ いみじけれ】
徒然草 吉田兼好

あだし野 : 京都 愛宕山 麓の 元 墓地
鳥辺山 ;京都 東山にあった 元 焼場

あだし野の 墓地にたつ 霧が 消えることもないし
鳥辺山にある 火葬場にたつ 煙が
立ち去らないで いるように
私たちの 人生に 【死 】が 訪れない事は ない。

もしも 人間が 永遠に生き続けるなら
いかに 無味乾燥な 味気ないもので あろうか。

ほんの最近まで 『人生 わずか 50年』と 言われていた。

近年になって 世界でも 1、2を 争う長寿国となったが
その反面、若くして お亡くなりになる方も
枚挙にいとまない。

ここでも 吉田兼好は いう。

『人間の 命は 夏の蝉に比べると いかに長いことか。
それを なお 不足に思うなら
人は たとえ千年生きても
一夜の夢のように 思うであろう』

そして 続く。

『人間は 40歳を越えると ( 人生 50年 として)
自分の 容貌を顧みることなく
人中にでて 交際したがり

夕陽の 傾きかけたような 歳をして
子や孫を 愛して、彼らの将来を見届けるまで
長生きをしたいと願ったり

冥利や 利益に 欲ぶかくなって
ものの 哀れも分からぬようになるが
それが うらかなしい』




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42の 厄年を こえると
老醜になり そんな事も 気にせずに
人を 押しのけてでも 人前にでたがる。

歳を とろうが 醜い顔になるのの とやかくは
大きな お世話だが、大事なのは その次だ。

なにそれが 成就するまでは 長生きをしたい。
それが 思っても 長生きをしたい。
いや、死にたく ない。

冥利や 利益や 名声ばかり 追い求め
ものの あわれも 分からぬように なる。

困ったことだね。
わたしたちの 煩悩は。

社長が 生前 言い続けていた

『義理 人情が 薄れ
こころと 心の触れ合いも すくなくなった』

が、耳元を かすめる。

病気しないで 歳もとらない
死にもしない。

お金は 苦労しないで 浴びるほど持っている。
地位も 名声も あり
誰もが 言うことを聞き、我が 言いなりになる

それは 吉田兼好も 言っているように
絶対に ならぬ 相談である。

そして しの全てが 成就しなかったら それが
《 苦 》の 原因に なるのだ。

お互い 思い会い 譲り合いながら
たった 1杯の かけそばを 2人で 頂く。

『そんな 人生の方が 素晴らしいではないか』

そんな 事を考えて 門をでた。
合掌


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【うかうかしていると 花は 散ってしまうよ】

先日 住職と 一緒に
ある 会長さんに お世話になった。

特別養護老人ホームの 会長さんで
日本の いたる場所に 施設をお持ちだ。

今春に 子供さんと交代をして 会長となったが
先月も 関東に大きな施設を オープンしたと
まだまだ 現役 第一線で 頑張っておられる。

会長夫婦とは わたしの 大親友である
【天光軒 満月先生】から ご紹介を受けた。

その後、世界一 しあわせ量の 数値の高い
ブータン、
中国と ベトナムに隣接した ただ1つの 内陸国
ラオスに ご一緒し、
この末に 住職ともども スリランカにお参りをする。


驚かされるのは

長い 年月をかけて
特別養護老人ホームを拡張したのではなく
驚くほどの 短期間に成し遂げたのだ。

もともと 家業であった 畜産を やめ
病院を開業していた 子供さんの 病院まで
やめさすほどの 力の 入れようで
徹底した 経営だった。

暫く 会ってないひとは
まだ 畜産をなさっていると 思っているだろうし
子供さんは いまだに
病院を開業していると思っているだろう。


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大島 蓼太 [ 1787 没 ]の 句に このようなのがある。

【 世の中は 三日 見ぬ間の 桜かな 】

桜の花は 『まだ咲かぬか 』『ああ 咲きかけたか』と
その開花を 待ち望んでいたものが

やっと 咲いたその花は 慌ただしく
ハラハラと 散ってゆく。

そんなように 世の中も 無情にも
慌ただしく 移り変わってゆく。

【世の中は 三日 見ぬ間に 桜かな】

これが 元歌では ないかと 言われている。

先日 見たときは その蕾は まだ固かった。
開花するまでには もう暫くかかるだろうと
鷹をくくっていると
もう 桜は 咲いてしまったのか。

よその 子供は 先日まで 這い這いしていたと
思っていたが、暫く 経って会ってみると
いつの間にか見事なまでに 成長していた。

三日 見ぬ間に こんなにも 大きくなり
ビックリした。

長年 会ってなかった友人と 再会したときに
『いま こんな事を やっております』と、
名刺を いただく。

その名刺をみて 今の自分の境遇と 比較し
『いつの間に、こんなに 偉くなったのだろう』
と、仰天し 自らを 卑屈にしてしまう。

こんな 経験、ないだろうか?


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『うかうかしていると 私たちの命も
桜の花のように あっというまに 散ってしまう』

会長は 仰る。

世の中は 娘が嫁と 花咲いて
カカと 萎んで ババと 散りゆく。

『あの お家の お嬢ちゃんは 可愛いな』

『赤ちゃんを 堕いた 若奥さんの所作が
また 色っぽい』

持て囃された 小町娘も
年を 減るごとに 足腰が まがり
足を 引きずり

やがては 望もうと 望ままいと
天国に 召される。

『その時間は 目ばたきをするほどしか ない』

『失敗して もう一度 リセットして
やり直そうと 思うが 既に とき遅し。
私たちの 身体は 棺桶の 手前まできている』

『そのためにも
折角、人間として生かされた 今を 喜び
頂いた 時間を 12分にフル活動させて 頂く』

『怠惰な 人生を 流してしまうなんて
如何に 勿体無いことだろう』

『死に物狂いで 働いたおかげで
人も 驚くような施設も 持つことができました』


『ありがとう ございました』

門を でた途端、
私より 年若くして 隠居するなんて
ろくな僧侶では ない。

もっと もっと 世のため 人のため 頑張れと、
背中を 押されているような 気がした。
合掌

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【隠れた部分が 大きければ 大きいほど 感銘を受ける】

【 しのぶれど いろにでにけり わが恋は
ものや おもうと 人のとうまで】

百人一首 平兼盛 ( ~990 ) の 唄だ。

あの人を 想う気持ちを 誰にも知られないように
ずっと 包み隠していたけれど
とうとう 隠しきれずに 顔に出てしまった。

『物思いに 耽っているようですが
恋に 悩んで居られるのですか?』
と、人に 聞かれるように なった。

《内に 誠あれば 外に 現れる》

人の 心の内に 誠意があれば
どんなに 隠していても隠しきれずに
必ず 顔色や 言葉や 動作に出てしまう。

思春期に その人から 一言も聞かなくても
つぶらな瞳と 小さなしぐさの 一つひとつに
『あれ ? ほくの事、好きなのかな ? 』
と、どことなく 分かるのもだ。

[しのぶれど]の 【忍】は 耐えしのぶ、
我慢するという意味で

わたしたちの 『俺が 俺が』『わたしだけが』と
自分本位に 自己主張する今日とは
えらい 違いである。


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[氷山の一角]という 言葉がある。

残念ながら わたしは 海面に浮かんでいる
氷山を 1度も みたことはないのだが
顔を出しているのは 全体の 7分の 1 で、
あとの 7分の 6は 海中に沈んであるそうだ。

今、子安観音寺は 来年の秋の 落慶法要を目指し
日夜の 建築が進んでいるが
今は 基礎を固め そこに 支柱張りをはる。
底を 1mも 2mも掘り下げているのは
完成した本堂を 見る人は 誰も 存ぜぬことだろう。

境内に置く 庭石然り。

自分の 背丈の 3分の 2は 土に埋められ
わたしたちが 心 踊らせ 出す美しい顔は
全体の 3分の 1なのだ。

偲びがたきを しのんで いるからこそ
名伏しがたい 重量感を覚えるのだろうね。


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釈迦は このように 諭す。

『人が 我がこころに 想うことを動作に表すとき
常に そこには 反対の作用が 起こる。

人は この反作用に 気をつけなければならない。
それは 大きな風に向かって
唾気を吹きかけるようなものだ。

それは 他人を傷つけるのではなく
かえって 自分を 傷つけることである』

『これを したい』

そう 心に決めたときに
それが成就しなかったり 他人から揶揄されたりすると
腹が たったり 膨れたりする。

これは わたしたちの心の【慢心】【傲慢】の
あらわれだ。

わたしたちの持つ 煩悩からくる
【怒り】【悲しみ】が 《苦》を 生むのである。

腹を立てて 誰か他人に かかれば良いと
大風の中、唾気をはきかけると
人には かからずに 自分にふりかかてきたとは
煩悩からくる 苦しみを説いておられるのだ。

この 心を 先ほどの 氷山や 支柱張りではないが
殆どを 包み隠し
[心中に 抱いても 外に漏らさぬよう]
注意しなければ ならない。

人間の 誠意も また同じで
隠れた部分が 大きければ 大きいほど

その誠実に 心をうたれ
頭をさげずには おられないものだ。
合掌



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【流れを 汲みて 源を 知る】

仏教の祖国 スリランカから 高僧が来られた。

大僧正猊下だ。
小乗仏教とか 大乗仏教とかいうと
難しいから 言わないほうが いいね。

スリランカや タイ、ビルマの僧侶は
新発意にしても 大僧正にしても
僧衣は 同じだ。

ところは どうだ。
日本の場合は 色によって 階級が分かる。

宗派によって 釈迦が本尊だったり
大日如来だったり 阿弥陀さんだったり。

スリランカ近辺の 本尊は 釈迦 1人だ。

我が 真言宗も 大変だ。
空海の 古義真言宗と 覚鑁の新義真言宗に分かれ

古義真言宗だけでも 18本山があり
18人の 管長様が おられる。
その 流派だけでも 36流あるから 迷ってしまう。

流派が ちがうと 同じ真言宗でも
お作法も お経の節も 違ってくる。

釈迦は 次々 【大師】が 誕生するなど
思いもよらなかっただろうし

空海にしても 西安 青龍寺の 恵果阿闍梨より
真言密教を授かったときは

大本山が 18寺、36流に分かれ
作法も お経の節も 微妙に違うようになるなんて
思いもしなかっただろう。


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摩訶止観に このように ある。

【流れを 汲みて 源を しる】

流れている 水をすくい取り 水質をみただけで
上流にある 水源の様子を知ることができる。

上流から 流れてくる 水質をみて
上のほうには 人が住んでいるのを 感じとり
やがては 人間の集落を 発見した 例も ある。

子を みれば その 親がよく分かる とは
昔の ことわざだが
今は『親の顔が みたいわ ! 』に 変わったそうだ。

全ては 原因に 基づいて 結果が生ずる。
逆に 結果をみれば その 原因も分かる道理だ。

武道や 美術の流儀を 学んで
その奥義を 身につけるのも
【流れを 汲む】の 1つだ。

踊り、日本舞踊、ご詠歌、お茶、お花等 然り。

その 反対に 流儀の 末端にあるものが
従来の 伝統を打ち破って
新しい工夫をこらして 新機軸を生み出そうとすると
かえって 根本まで 駄目にしてしまう。

【流れを 汲みて 源を 潰す】という。

わたしたちは 1番 大切なのは 水源である 水である。
1本の 川に 寄り添って生活しているものは
上流に使う人も 中ほどに 使う人も
下流で使う人も

それぞれが 川を 汚さないように
次に 使う人のことを 思いやって 生活をする。

みんなが 流れを汲みて 源を潰すように
好きかってに やれば 源まで 響いてくる。



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キリスト教や マホメットの事は あまり存ぜぬが
【神】は 存在するものの
下流に 住む人が 釈迦と同格になったり
大師に なったりした例は 聞いたことがない。


これも【流れを汲みて 源を潰す】
よい例では ないだろうか?

18本山が 『うちこそが 本流』と いいはり
36流派が 『うちこそが 真髄』と なったら、
どれが 《 源 》やら 分からなくなる。

これが いつの日か 淘汰され

宗派も 教えも 経も 1つになり
【ローマ法王】の ように
トップは つねに 1人だとする 世界が築けたら
釈迦も 喜ぶだろうな。

わたしたちも 知らず知らずの うちに
【流れを汲みて 源を知る】でなく
【流れを汲みて 源を潰す】しては ないだろうか?

合掌



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【風流ならざるとことろ また 風流】

五山の 送り火 【大文字の 送り火 】があった。

なんと 情緒があり かつ 風流なのだろう。
葉月の 雨のなか、
先祖さんは それぞれ 帰っていった。

鴨川の流れに そっての 赤い火 青い火も
京の 風情を 象徴している。

[風流]といえば
昔、お茶屋さんに 案内された事がある。
テレビや 写真でみる 舞妓さんが 横にいるのだ。

と、いって 言葉も尽き
遊びかたというのか 対応の仕方が分からない。

こんなに 退屈なものは ない。

『これは
風流ならざるところ 又 風流だ』

風流なところに来て 風流を 味わいながら
ちっとも 風流を 味わえないのだ。






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なんと 無作法にもチントンシャンと つま弾いている
三味線を 取り上げたのだ。

ちょうど 三味線を 習いはじめたところで
共通した ( あそび ? ) と 言ったら
これしか 無かったのだ。

三味線を 貸してくれた芸者さんは
【黒田節】を 弾き終わるまで
眉にシワを寄せて 聞いていた。

つま弾きながら 彼女を みた。

座を 盛り上げるために 三味線を 取ったので
上手 下手の 賛否を競うのだったら
取り上げるまでに 勝負は 決している。


【風流ならざるところ 風流なり】

11世紀の 中国の禅僧である 白雲の 句だが
余りにも 有名なので わたしも たまたま
口ずさんだ。

【風流】のことを 現在の 哲学者は こう言う。

口に出していえず、文字で伝え得ない 。

それならば 口や 筆でよく表現できる事実が
不風流なのである。

[不風流も また 風流]とは

筆舌で 言い尽くすとか 尽くせないとかの
合法的 判断を超えて 始めて【真】の 風流がある。

その道に 精通しているものだけが 始めてできる
無軌道の 軌道のことだ。

人生も また 全て
合法的に 割り切れる事ばかりだったら
おそらく 人生は 味気ないものであろう。

風流など 微塵も感じられないものに
美しさを みつける風流眼を 養うなら
私たちの 周囲は 如何に楽しく感じられるだろう。

どのように 美しいものでも
私たちの 眼が 美しく感じなかったら
その人は 不風流な 人である。



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【黒田節】を 弾き終わったとき
障子が すーっと 開いて 1人の 芸者さんが入ってきた。

『おこしやす お姉さん』

眉間に シワを寄せていた 芸者さんが
思わず 笑みを作って その人を 迎え居てたので
彼女の 先輩と みた。

『まあー お上手な こと』

お姉さんは 眉間にシワを寄せた方を 無視して
わたしの 三味線を 褒めた。

『お坊さんが 三味を弾いているすがた、
始めて みましたわ。
おつやわー』

【黒田節】を 弾くと言う 同じことをして

片方では 機嫌を害され 膨れられ
片方は お上手は わかりきっているけれど
おつやわー と、喜んでくれた。

『これが 不風流も また 風流 なのか』

途中で 舞妓さんが 中座して
座は 歯抜けのように なってしまったが
楽しい 笑い声だけは 絶えなかった。


門を でて
同席したひとに
『あんな 無作法なことは するものでは ない』
と、叱られた。
合掌






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【陰徳を 積むことは 難しいことではない。誰でもできる簡単な ことだ】

真っ赤な 乗用車が わたしを先導する。

ナンバープレートが 17番だ。
観音菩薩の 大吉数で 観音さんに護られながら
会社から 自宅までご案内 いただく。

1人の 青年実業家が いる。
彼は 多勢の推薦を受け 若き議員に なった。

一家して 信仰あつい お家で生をうけ
幼少のころから 小豆島霊場を 欠かさなかった。

『法主さんの 《ジジの 一言》読んで いますよ』

わたしの顔をみて 直ぐに破顔をつくった。
会社にも ご本尊は お祭りしているが
自宅のご本尊を 拝むために
自から 案内頂いて いるのだ。

『小豆島の お大師さん
空海は 手を合わせさえすれば
何も お願いしなくても 叶った お陰をくださいます。

わたしも 1人 1人の 心を読み取り
『あの人が これを してくれた』と 言うのではなく
誰が したか 分からないうちに
生きとし生けるもの 全てに 施しをしたいと
思っています。

その 報恩感謝の 心が
つまりは 弘法大師 空海に対する
お礼だと 思っています』

『陰徳 だ』

かれの 慈悲心を聞いて 心で叫んだ。


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【陰徳あるものは 必ず 陽報あり
陰行あるものは 必ず 昭名あり】

[陰徳]というのは 人に知られないように
また 人に 隠れて徳を 積むことである。

人知れず 徳を積んだものは
必ず 仏が 見返りとして はっきりと
しあわせを 与えてくださる。

また 人に隠れて 徳を実践している者には
必ず その名が 世間に 漏れ知れることである。
《 陰徳 陽報 》

[陰徳は 耳鳴りの ごとし]
ミミズのように ジージー 鳴こうが
蝉のように シャーシャー 鳴こうが

その声は なかれている人だけ 分かるもので
横で 居る人は 微塵にも 分からない。


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人知れずして [ 陰徳]を 積む。

大変 難しいようで ちっとも難しくない。

目立たぬように。
きわだたぬ ように。
さりげなく 積むのだ。


時間を 大切に
物を 大切に
人の 出会い ( 合縁奇縁 ) を 大切に。

【嫁取りに その お家にお邪魔するとき
玄関を 見ずに 裏口を みよ】と 格言がある。

裏木戸が 空きっぱなしになっているか
ちゃんと 閉じているか。

履物は きちっと 前を向いて揃えているか?
トイレの スリッパは どうか。
ティッシュは 三角に折っているか?

仏壇の ローソクは 使いふるしたのを 除けて
新しいのを たっているか?

全てが 後に使う人が 快適に
しかも すぐに使用できるように
することが 陰徳を積むことである。

玄関から 入れば【陽徳】になり、
おもてなしを するのは 同じだが
して 当たり前、綺麗であたりまえに なる。

云々は さておき
やろうと思えば そう 難しいいことでは ない。

そして この議員先生は
報恩の ために 陰徳を積むと 言われる。

この心がけで
会社の 業績も のび
素晴らしい 仏さんのような 議員になるだろう。
合掌














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【百なりや つる ひとすじの こころから】

友人から 色紙を 50枚 賜った。

お題が 【大和】【福寿】だ。
[ 大 ][ 和 ][ 福 ][ 寿 ]

なんとなく 書けるような気がして お受けした。

ところが どうだ。
いざ書いてみると 書くことができない。
[ 大 ]なんか 3画で 目をつむっても 書けそうだ。

小学校から 今に至るまで
書道の 点数は 5段階の 3以上 もらったことがない。

困り果てて 明日香村に 在住の 大先生に泣きついた。

『先生、この 4つの お手本を頂けませんか?』

先生は 9月に 展示会を控え お忙しい中、
飛んできてくださった。

『お手本で お茶を濁すなんて
あなたの お友達に対して 失礼です。

明日の昼には 小豆島をでますので 今から特訓です。
寝かしませんよ』

そして 1泊 2日の 血の出るような
特訓が 始まったのだ。


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やがて 無情にも 先生がお帰りになる
あくる日の 正午が 近づいてきた。

取り敢えず 50枚 全て書き終わった。

『先生、わたしが見ても とても 人さまに
お見せできるような物では ありません。

また 書き直しますから
駄目なのを 破いてください』

先生は 無言で暫く 考えたあげく
[ 不可 ]の 作品の 却下を はじめた。

なんと [不可]は 50枚の中の 半分にも及んだ。

『本当は この50枚、
すべて 合格点は ありません。
只、この 1泊 2日で
法主の 【真剣度】は よく分かりました。

たいぎ たいぎ 書いたものと
誠意をもって 真剣に書いたものは
文字によって 現れます。

のこりの 25枚は
[よく がんばったでショウ]で 貰って貰いましょう』



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江戸時代 中期の 加賀 千代の 作品を 紹介しよう。

【百なりや つる ひとすじの 心から】


[百 なり] は 漢字で 百生と書き
1本の 茎や 蔓 ( つる ) から
数多くの 実が 鈴なりになっていることを いう。

これから 秋がおとずれると
柿が たわわに 実をつけます。
芋や 栗や 梨や…

枝や 茎は 細くても 芯がしっかりしていれば
大量の実をつけても 持ちこたえることができる。

蔓が しっかりしていれば
どのように 実がついても 事なきように
全ては もとが 肝心であり 大切である。

先生は 仰った。

『百なりや つる ひとすじの 心から』

『 ? 』

『あなたは 昨日、今日と いいお勉強をしました。
この 4つの文字は いつでも どこでも書けるでしょう。

立った 4つの文字ですが
これは 自分ののもと なったのです。

細くて いつ切れるか 分からないような蔓ですが
しっかりと 多くの 実を結ぶことができます。

毎日 少しずつ 練習して
細くて いつ切れるか分からない 蔓を
何が あっても びくともしない
屈強な 蔓を つくりなさい。

人生、なんでも そうです。
人まかせに しては 駄目です。

いろんな 意味で 今日は
いい お勉強を しましたね』

「先生 ありがとうございました」
合掌


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【お盆 最終日。 供養の 実践】

今日は お盆の最後の日で
名残りを惜しみながら ご先祖さんが 帰ってゆく。

孫たちに 曾祖父 曽祖母だと 説明しても
チンプンカンプンだが
みんな それなりに 墓前で手を合わせている。

鳥取の あるお家のことを 思い出していた。

玄関には 足の踏み場もない位、履物が散乱し
部屋に 踏み込んだものの
玄関から 仏壇まで オモチャの山だった。

おばあちゃん おかあさんと共に
小学生を 先頭に 4人の子供が いた。

おばあちゃんが 小豆島に 連れてお参りをするので
みんな 顔見知りだ。

わたしの顔を見て 小学生が いった。

『いらっしゃい。小豆島から 大変だったでしょう。
でも 3分間 そこで 待っていてください』

ラーメンではありませんが 玄関を 1歩上がった所で
3分間 立ち往生していた。

『お待たせしました。
どうぞ、仏壇の間に入ってください』

見渡すと 歌舞伎の回り舞台ではないが
仏壇の間まで 今まで何事もなかったように
整然と 掃除が なされているのだ。

『供養とは おもてなしの事だと
祖母に 聞きました。

1に 掃除、2に 看経、3に 学問と 聞きます。

せっかく 遠い 小豆島から 来られているのに
ゴミの山の 中では 失礼です。
どうぞ、拝んでください』

わたしの 後ろに 家族中が すわり
手を合わせ 音吐朗々と 澱みなく
般若心経を 唱えた。

わたしのほうが 教えられているようで
顔から 火がでるような 思いをした。


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あちこち 檀家や信者の方の お家を訪問すると
子供たちの いろんな おもてなしに 会うことができる。

高校生の 男の子。

『おじいちゃん ? おらん ! 』

「小豆島から こういう 坊さんが来たと 伝えてください」

『小豆島~ ? ああ 伝えとく』

結局、玄関で 仁王立ちして 応対し
わたしは 玄関払いされた。

高校の 女の子

『おじいちゃん 居ませんけど
どうぞ 上がって 拝んでいって ください』

「ありがとう。では 上げていただきます」

拝んでいる間は 全く 顔をみせず
帰るだんになって 玄関にたった。

「おじいさんに 宜しく お伝えください」

『ありがとうございました。
おじいちゃんに その旨、伝えます。

感動した 中学生の 女の子

『小豆島。遠い ところから ご苦労さまです。
祖父は 留守をして居ますが
どうぞ 上がって 拝んてください』

汗を かきかき 拝んでいると
よく冷えた タオルを用意してくれた。

なんと 拝み終わって 振り返ると
これまた よく冷えた 麦茶が 用意されていた。

『麦茶ですけれど よく冷えています。
暑いときには これが 1番です』

これが 中学生か?
驚いて 目を見開いて 彼女をみた。

【おもてなし】の 採点を つけると
最初の 門前払いの 高校生は 論外

何を目的にきたか 察知した真ん中の高校生が
普通。

最後の 中学生は
今すぐに どこに出しても 恥ずかしくない
上出来なのだ。



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【供養】に 3つ ある。

1) 利供養 2) 敬供養 3)行供養

【行供養】とは 文字どおり
行動することが 供養になることを いう。

その 行供養に 4つの 行がある。

【布施】
これは 六波羅蜜の 第1に でてくるものだ。
見返りを 求めないで 自分のものを
他者に 与えること。
これを 喜捨という。

【愛語】
これも 無財の 七施の 中に でてくるが
いたわりの 思いやりの言葉を かけることだ。

【利行】
自分の 身体で 相手にとって
役に立つ 行いをすること。

【同事】
相手と 同じ目線にたって
手を 貸してあげること。
えらそうに 上から目線で 助けても
だれも 心から 喜ばない。

鳥取の 子供達には
布施も 優しい 思いやりの心も
実践して 我が身体で奉仕して 頂き
わたしと 同じ目線で 話してくれた。


お盆に ご先祖さんが 帰ってきたときに
お坊さんを 呼んで 拝んでもらったり
墓へいって 手を合わせたり
仏壇に いろんな お供物を するよりも

【供養の 実践】を 見て頂いたほうが
ずっと 喜ぶだろう。


先祖さんどうしが 喜こんで
今 見てきた 供養の実践を 話し合いながら
きた 道みちを 帰ってゆくだろう。

そして 2泊 3日の 里帰りの時間も 迫ってきて
先祖さんは 今や 出立しようと している。
合掌




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【お盆を 迎えて :もう 墓参りは 行きましたか?】

お盆が きました。

みなさんは お墓参りは すまされましたか ?


【 うどん 供えて 母よ
わたしも いただきまする】

種田 山頭火の 供養の一句だ。

ひもじい 旅の中で やっと手に入れることができた
一すべの おうどん。

一刻も早く 口の中に かき込みたい気持ちだったが
いつも 1番 大切なものとして背中に背負っていた
母の 位牌を 取り出し その前に
おうどんを お供えした。

いろんな 母との思いでが 走馬灯のように
ついては消え 消えては灯り
いろんな感情がいっぺんに こみ上げてきて
あとから あとから 流れ落ちる涙は
とどまるところを しらなかった。

【供養】とは 供給資養の ことだが
サンスクリット語では 《尊敬》という 意味だ。

位牌を いつも持ち歩いていたというくらいだから
山頭火が 如何に 母を思い
尊敬していたか わかるね。

わたしたちも
父や 母、ご先祖さんを 尊敬しているからこそ
お水や お花をお供して 手を合わせるのだね。

『数え切れない慈悲の心と 言い尽くせぬ恩愛を
一日たりとも 忘れたことは ありません。

お陰で 曲がりまりにも 良き家族に 囲まれて
しあわせな ひぐらしを 送っています。

おとうさん おかあさん ごせんぞさん、
感謝の気持ちで いっぱいです』



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【十地経】に 供養の事が 書かれてある。

⚫︎利供養

⚫︎敬供養

⚫︎行供養

今日と 明日の 2日間で 勉強したいと 思います。


【利供養】
この場合の [ 利 ]は 物品のことを言う。

仏さんや ご先祖さんに 対して
ロウソクをたて 式折々の お花を供え
お仏飯を 召し上がってもらい
美味しい お茶を 飲んでもらい

季節 きせつの 果物や 野菜を 供え
頂いた お菓子を まず1番に 食べていただく。

お菓子を もって お宅にお邪魔すると
わんぱく小僧が それを もぎ取り
仏さんの前に お供えして
モミジのような 手を合わせ

チン チーンと 鐘をならし
おろしてきた お下がりを 急いでほうばる。

むかしは 当たり前だった光景が
だいぶん 薄れてしまっているような気がする。

物質 多きにして心貧しき 時代。

すべてが 『おれが』『おれだけが』と
世界が 自分中心に 回っている 現代、
是非とも 利供養の 実践を 希望する。

お坊さんへの お布施や
今、小豆島霊場 子安観音寺が取り掛かっている
本堂建立の 寄進なども(利供養) に はいる。

全てが お も て な し の 心だね。

孫が 小豆島に帰ってくるので
大喜びで 船着場まで お迎えにいった。

『お盆には 里に かえって お墓参りをする』

そんな 乗客で 溢れ 臨時船まで でる騒ぎだ。

『わたしは 次男でして まだ 墓がありません』

うそ 八百である。
オギャーと 生を受けたものの中で
先祖が いない お家なんて 1軒も ない。

少し 昔までは 次男 三男は 位牌をもって
分家を したものだ。

そんな中、この 雑踏を 何故か
ほのぼのとして 見つめる 私が いた。
合掌

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【お盆を 迎えて 帰るところがあるから 旅は 楽しい】

お盆に 孫たちが 小豆島に帰ってきた。

反対に 住職だけ残して ママと孫が
お産のために 実家に帰っているのが寂しい。

いつもだったら 孫同士が もつれ合って
遊ぶのだが 今年は 歯が抜けたようだ。

お盆で 住職が 飛び回っている中、
わたしが 港まで 迎えにいった。

帰る方は 帰るほうで 早くジジの寺に行きたい。
待つほうは 待つ方で まだ船が 着かぬのかと。
真心と 真心とが 融合して1つになる 瞬間だ。


今夜は ご先祖さんが 2泊 3日で帰ってくる。

わたしの 孫たちが するように
荷物や お土産を入れたりだしたり
小学生の 遠足の前日のような
ウキウキした 気持ちで 帰ってくる。

孫たちは ジジの待っている 小豆島に。
住職の家族は お産のために 里の 安城に。
そして ご先祖さまは 待ち焦がれていた
古巣である わたしたちの お家に。

旅に 出ても 帰るところがあるから 楽しい。




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ここに 詩人 高見 順の 【帰る 旅】という詩がある。

順は 女優、高見 恭子さんの 父親だ。

【帰れるから 旅は 楽しいのであり
旅の 楽しさを楽しめるのも
わが家に いつかは 戻れるからである。

( 中略 )

大地へ 帰る死を 悲しんではいけない。
肉体とともに
精神も わが家に帰れるのだからである。

ともすれば 悲しみがちだった 精神も
穏やかに 地下で 眠れるのである。

ときに 蝉の幼虫に 眠りを破られても
地上の その 儚い生命をおもえば
許せるのである。

( 後略 )

先祖さんは わが家に向かって
一目散に 帰ってくる。

父母が いて、そして その父母がいる。
そんな計算を していると
15代 さかのぼると 約 50万人の 先祖がいて

そのうちの たった 1人 かけて居たら
わたしたちは ここに存在しないのだ。

生命の 尊厳さ、大切さが 分かるね。
どんなに 苦しくても 自分で 命を絶つということは
駄目だよ。

そして 父や 母と同様に この50万人の 先祖さんが
押すな押すなと 帰ってくる。

その 先祖さんの 1人 ひとりは
父母、祖父母と 同じく

わたしたちの 笑顔を みて 嬉しく
わたしたちの 泣き顔をみて 悲しいのだ。

ご先祖さんへの 最高の お土産 ( 贈り物 ) は、

まず、わたしたちが 健康で
各々が 思いやりの気持ちをもって
家族 親戚が 手をつなぎ
助け合っている すがたを 見ていただく事である。

角を つき合わせて、財産分与戦争なんかを
繰り広げていると
とんでも無い悲しみを 持って旅立ってしまう。

今夜は 孫との 募る話は 後回しにして
孫ともども 先祖さんと 尽きぬ話を してください。


寺に かえって 孫たちは 1番に 墓で手を合わせた。
提灯を持って 先祖さんが 帰ってくるときに
足元を 照らしてあげる為に。
合掌




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【生きとし生けるものが 平等に 幸あれ】

『エッ~ お亡くなりになった ? 』

わたしたちの 顔をみて
80歳を こしたご夫婦は 泣き伏した。

55歳の長男が 急に 鬼籍の人となったのだ。

死因は 今日のお話とは関係ないので
書かないで おこう。

『2人で 何時ものように 夕食をとっていると
長男が 顔を出したんです。

わが家に来るのは 久し振りなので
一緒に 食事をすすめました。

帰りぎわに
「お父さんも お母さんも いつも苦労をかけたなあ。
2人とも 長生きしてよ」
そういって 家をでたのだが
それが 最期の言葉と 相成りました。

10年前に 大病を患い
わたしたちが 恵門ノ不動に 飛んでいって
助からぬ 命を 助けていただきましたのに』

ご心痛、痛いほど わかる。
今のいままで 元気ハツラツとしてらした方が
それを一期として 浄土に 召されたのだ。


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『この家も
年寄りが 家の外からバイアフリーで移動でき
年寄りが快適な生活が 出きるように
駆使された 愛情のこもった 家なのです。

順風満帆に 楽しい毎日を 送らせていただいたのが
1つ 狂うと 何からなにまで 崩れてしまいます。

嫁も 49日法要が 終われば
子ども共々、実家に 帰るというし
突然、残されたわたしたちは
一体 なにを 頼りに 、誰を 礎に生きればいいのでしょう』


「つい 先日まで なに1つ 言うことなしに
楽しい 日暮らしをさせていただきました。

これからは その お返しで

【即身成仏】することを 目標とし
生きとし生けるもの 全てに愛の手を 施す毎日を
送らせて貰おうと思っています。




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[高僧 和讃]に このように ある。

【願作仏の 心はこれ 度衆生の こころなり
度衆生の 心はこれ 利他真実の 信心なり】

仏に なりたいと 願うこころこそ
この世に 生きる 全てのものを
救おうと 願う心である。

《目に 見えるものも 見えないものも
遠くに住むものも 近くに住むものも

すでに生まれたものも これから生まれるものも
一切の 生きとし生けるものに 幸いあれ》
中村 元

大きな事は できないまでも
ちっちゃな 親切を積みかさねて
喜んでくれる その笑顔をみて
自分も 喜びを感じる。

それが 仏の慈悲心と いうのだろう。

「お亡くなりになる 順番が 逆転してしまい
神も 仏も あるものかと
自暴自棄に なりがちですが
よくぞ そんなに 素晴らしいお考えに
なったのもです」

わたしの 愚問に こう 答えた。

『1つ 問題が発生したときに
その出来事は 【良き】にも【悪しき】にも
とれる。

【善】に とったひとは [感謝の気持ち]が生まれ
報恩感謝して 人さまに お返ししようと思う。

【悪】に とったひとは 不平不満の 心が芽生え
愚痴ばかりいう 毎日を 送らねばならない。

同じ 一生、どちらを 選んだほうが良いでしょうか?

合掌

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【えっ まだ 怒りや 愚痴を 背負っていたの。早く 降ろして 楽になりなさい】

『もう わたしも 88歳になり
お参りも できにくくなってきました』

盆参りに 阪神地区に 出てきたときの話だ。

『しかし 先日は、お宅の隣の寺まで行きました。
お四国も 高野山にもお参りをしてきました』

「近所まで 来られたのなら 、
目と鼻の先ですから お寄りになれば
良かったですのに」

『いいや。
お宅へは 寄らへんねん。
こんな お婆さんでも 他の寺はようして くれはる』

この話には 伏線がある。

何年か前に【小島大観音】の 法要があり
何人かの人が 感謝状をもらい
彼女は 樽割の役に まわされた。

『子安観音に』『大観音に』と
お宅の事ばかり 一生懸命になっていたのに
お宅の わたしへの気持ちは そんなものか !

大変な お叱りを受け、
感謝状を もって すぐさま 謝りにいった。

和かな 対応をしてくれたので
この1件は もう 一件落着して
高齢だから 足が遠のいていたのかと思っていた。




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謝りにいった 時点で
【瞋恚】という 重い荷物を 下ろしたのかと
思っていたのだが何年か 経った今、
未だに 大きいのを背負っていたのだ。

【貪瞋痴】
貪欲になり、烈火のごとく 怒る、愚痴をいう。
これを 《三毒》といい、
わたしたちが 生活をする上で
この 煩悩が 重ければ 重いほど
苦しみが 我が 心を襲う。

大昔に スッチー サッチーの 泥沼戦争が あった。

ああ言えばこう言うで、
見ている方は 面白おかしいで 見ていて
喧嘩が 大きければ 大きいほど 面白いし、
どちらが 勝とうが負けようが いいのである。

で、最後が どう決着したのか
どちらが 勝って どちらが 負けたのかすら
覚えていない。

『アホな こっちゃな』

テレビのなかで 角を付き合わせている 2人をみて
師僧は いった。

『勝っても負けても そう大した問題でもないのに。

こだわりや とらわれや かたよらない 心を捨て
[人を 許す]気持ちを 持てば
どんなに 気が楽に なるだろう』

たしかに 師僧の仰るとおりだ。

『ごめんね。
わたしの方が 悪かったワ』

どちらかが この1言を 発せれば
あとには 根もなく
何の遺恨も 残さない出来事なのだ。

『いいえ、よく考えてみてば
わたしの方も 悪かったワ』


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88歳の お婆さんは 未だに
嫉妬からくる重い荷物を
身体全体で 背負い続けていたのだ。

万座のなかで 感謝状を貰った人は
何らかの 特別な人であって
感謝状を貰っていない人でも
わたしのように [子安観音][大観音]と、
思っている人が 一杯 いるだろう。

次は わたしたちも 頂けるかも分からないから
今日は みんなと一緒に
感謝状を貰っている人を 喜んであげよう。

それぐらいの 優しい 思いやりの心があれば
心は 地獄に 落ちず
ふっと 楽しいお参りに なっただろう。


大智の利剣と 方便の 検索ナ もって
96種の 怨敵を 催伏し
ラン字の 火焔ナ 三毒の罪障を悉く 墳焼したもう。


わたしたちも そうだね。

なんでもないことで 嫉妬の情熱を燃やし
嘆き 悲しみ 苦しみ 怒り 妬み
愚痴を いう。

三毒を 背負うとは
これが 365日、24時間 続くのだ。

せっかく 縁ありて 生まれてきて
こんな日暮らしをしていて
なにが 楽しいのだろう。

少し 考え方をかえれば
密厳国土で しあわせな ひぐらしが
できるだろうに。
合掌














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【疑いの心を持たず 胸のなかに 飛び込んでいけたら いいなあ)

パパに プールに連れていってもらった。

頭の上に 両手を組み 手を伸ばし
頭を 水面にいれて クロールの足をする。

水泳教室や 学校の夏休み特訓水泳、
パパに 指導をうけ 実力はメキメキと上達した。

これで 真っ直ぐに 伸ばした両手を 回せば
クロールに なるんだろうね。

プールは 25mなり 50mで 壁があり
取りあえずは その目標にむかって
進めば いいのだが
昨年は 思うようには いかなかった。

『パパのところまで 飛び込んでおいで』

海なんかだったら
パパが 腰の所まで つかり
パパを 目指して 海岸を横に 進むのだ。

しかし 思うようにはいかず
途中で 泳ぐのをやめて 顔を手で拭きながら
立ち上がって しまう。

『パパを 信じて。はい もう一度 ! 』


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[教行信証]に このように ある。

【大悲の 願舟に 乗じて
光明の 広海に浮かびぬれば
至徳の 風、静かに 衆禍の 波転ず】


大いなる 慈悲の舟に乗り
光明の輝く 大海に 浮かびでると
この上ない 功徳の嵐が 吹いてきて
あらゆる苦悩の 波は おさまる。


わたしたちの 心のなかは 哀れにも
心の底から 信じろと言うことは むつかしい。

しかし
父母や 愛するものの 意見や 教えは
無条件に 信じるように
仏の 慈悲の心を 無条件で 信じなさいという。

途中で 愛が 覚めてしまったり
心変わり することなく 未来永劫に。

仏に 身を委ねて【ノアの箱舟】に のりなさい。
そうすれば 光明で 溢れかえっている
大海に 滑りでて
苦をのぞき 楽を 与えてもらえる。


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[唯信鈔]のなかで こんな たとえ話がある。

高いところから 足をすべらせて 落ちた人がいる。

たまたま 一緒にいた人が 屈強な人で
『早く これに つかまれ』と、
落ちた人に 届くように 綱を下ろしてあげた。

それなのに 落ちた人は 上の人が
途中で 綱を 話してしまうのは ないか?
途中で綱がきれて 谷底に落ちてしまうのでは ないか?

と、疑心暗鬼になり せっかく 伸ばした手を
引っ込めてしまう。

上の人の 言葉を信じ、綱を掴みさえすれば
助かったのに。

可哀想に その人は 力尽きて
断崖絶壁から 谷底に 吸い込まれてしまった。

[仏の 靈元を 疑うのも これと同じだ]


仏心を 疑い 願力を頼まざる人は
菩提の 岸に 登ること 難し

【慈悲の大船に 乗り込めば 苦海が 喜びの海にかわる】

孫は パパを信じて
両手を広げてまっている パパの両手に 飛び込んだ。

今の 比喩のごとく
一瞬でも 躊躇していたら 海のもくずと 相成る。

わたしたちも 生かされて生活している今、
1人でも 多く
疑わず 胸のなかに飛び込んで行ける人が居れば
いいな。
合掌







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【本当の 自分を覆いかぶせてしまうには 疑いの心意外に ない】

確かに 泣いていた。

朝 早く 【小豆島大観音】に あがったときだ。
わたしと そう年齢は かわるまい。

『いいですよ。
泣けば いいですよ。
大きな お母さんに 抱かれて…』

わたしの 言葉が 堰を切ったように
彼は 大粒の涙を 流した。

社員旅行で 露天風呂に入り
今日、1日の しあわせを かみしめながら
ふと 見上げると
目の前に 大きなお観音さんが 立っていた。

『……おかあちゃん 』

彼は 久しぶりに 母親をみた。
居ても立っても居られなくなって
朝がくるのを 待ちかねて 大観音の方に むかった。


昨夜と おなじように お観音さんは
母親のような やさしい 慈悲の目で 迎えてくれた。

『ああっ やっぱり おかあちゃん ! 』

親1人、子1人でそだった わたしが
中学校を 卒業して 集団就職で 都会にでた。

耐えがたきを たえ 偲びがたきを しのんで
やっと 小さな 町工場を持つことができた。

朝は 朝星、夜は 夜星。
家内と 2人で 死にものぐるいで 働いた。

おかげで 今は 200人も 従業員がいて
社員旅行が できるまでになった。

しかし、必死で働いていたとき
決して 後ろも振り返らなかったし
『おかあちゃん』と 相談できる人は
1人も 居なかった。

ひょっとしたら 今でも そうかも分からない。

本当の 心を
本当の 雄叫びを聞いてもらう人が 居ないのだ。



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[教行信証]に このように ある

【それ 自障は 愛に しくなし
自蔽(自閉 ) は 疑に しくなし】

自分の生き方を 妨げるのは 愛に他ならない。

本当の自分を 覆いかぶせてしまうには
疑いの心に 他ならない。

自分らしく 精一杯 生きようとするとき
それを 妨げるのは 【貪り】の 心であり

仏や 人を信じない【疑い】の 心である。

人間、なかなか
自分を 曝け出してしまわないものだ。

それが 小豆島大観音の 御前に ぬかづいたとき
なんの 拘りもなく
父の 母の 両手に抱かれたが如く
真心で 話すことができた。

『今度、会社に 帰ったときは
もう 1回りも 2回りも 大きくなってますよ』

彼は 和かに 笑った。
合掌




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【最初の 一歩 】

台風11号の 影響で 楽しみにしていた
講演が 延期になった。

【ダンス オブ ハーツ】という
ミュージカル スクールで 孫が頑張っている。

ハーツから 憧れの 【劇団四季】への合格者が
1年に 2~3人と言うから 高嶺の花だ。

私ごとだが クラブの先輩が こう言った。

『君に 上手になってくれとは 望まない。
学訓の【不撓不屈】のように
社会にでても 何ものにも負けない
不屈の精神を クラブを通して 築いてほしい』

わたしも
孫が ダンスを通して
明るく 素直で しかも 芯の強い
子供に成長してくれることを 望む。

夏休みに入ると 連日
朝の 9時に ダンス スクールに いき
帰ってくるのが 夜の 9時過ぎだ。

じっと 座っているだけでも 大変なのに
ずっと 跳びはねて いるのだ。

幼稚園生から レッスンをはじめ
最初は 『大丈夫だろうか ? 』と、心配したが
今や 歌い、踊り、飛んだりはねたりを
安心して見れるようになった。

それでも お姉ちゃんたちの 演技をみると
まだまだ 頑張ってほしいし
【劇団四季】の テストを 受けようとする
先輩と 比較すると なにおかいわんにゃ だ。

『ジジの 言うように
一足飛びに上手になるのではなく
1段 1段 積み重ねながら上に 上がってゆくのですよ』

孫に 教えられる。


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孟子の 【中庸 】に このように ある。

【遠きにいくに 必ず 近きよりす】

そのあと、
[高きに登るには 必ず卑きよりするが如し]
と 続く。

遠方に いこうとするなら 必ず 近いところから
第一歩を 踏み出せ。
勉強や 道徳に 限らず 何を始めるにしても
日常の ことから始めるのが 順序である。

低きから 高きに
近きより 遠きにと 言うことは
有徳の 君子に限らず 人生の イロハである。

経典にも この 比喩がある。

インドでの 出来ごとだ。
富豪が 3階建ての お家を作ることになった。

1階は 家族が 食事をしたり 歓談する部屋を。
2階は 息子夫婦や 孫の部屋に。

そして 3階は 自分の部屋で
いろんな思いが凝縮された お気に入りの部屋だった。

大工は 地盤をしっかりと 固め、
その上から 1階、2階と 仕上げていこうとした。

しかし 富豪は お気に入りの部屋が
最後に 出来上がるのが 待ちきれない。

『1階や 2階は 後からで いいから
先ずは 3階から 完成させなさい。
至る所に 七宝を 散りばめるのだぞ』

大工は 首を 傾げながら 長者のいう通りにしたら
まだ 完成もして居ない 豪邸が
轟音とともに 崩れ落ちてしまった。

低きより 高きに及ぶことを 抜きにして
一足飛びに 2階や 3階が 出来ようはずがない。

足元を 疎かにして 先を争い 功を焦ることは
この寓話によって 戒められている。

確かに そうだね。

スポーツにしても 声楽にしても 楽器にしても
そして このダンスにしても

基礎、基本なくして 器用だけでやっている人は
いつの日か、コツコツと 基礎を やっている人に
追い越される。

孫も 【最初の 一歩】
この 基本が 1番 大切である。

【ルナ ホール】という 大ゴールを 借りきって
3日 連続講演と いうことだが
台風一過に是非、今までの成果を
全部 舞台に ぶつけてもらいたいものだ。

がんばれ !
合掌




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【夕べには 紅顔ありて 夕べには 白骨となれる 身なり】

住職が 渋い顔だ。

『檀家の1部の 方が 困ったものです』

一昨年の春に 本堂の大屋根が 吹っ飛んだ。

檀家として 本堂再建を 決定し
足らない分を 信者や 遍路にお願いする
算段に なっていたのだが
勧進の 方が 思うようには 進まぬようだ。

『義納金と志納金の区別が 分かってないようです。

有り難い 寄付金を
私が 私用に使うように 思っているのですね』

僅か 一握りの人だろうが
そう 言われてみれば 残念なことだ。

『わたしの 子供が
寺の 後を継ぐかどうかも 分からない。
只、運命の 巡りあわせで
わたしが 代表して 建てさせて頂いているだけなのに』


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住職の 苦悩は 痛いほどわかる。

わたしも 丁度 住職ぐらいの年代のとき、
大変な いじめに会い、未だに 尾を引いている。

小豆島には 四国八十八ケ所の ミニチュア版があり
年間を通じて 多勢の 遍路が参拝する。

小豆島には お坊さんの会があって
その会の 多数決によって わたしの寺の
ある 札番が 一瞬にして 消え去ったのだ。

例えば
四国霊場 八十八ケ所の 1番札所が 2番札所が
西国霊場 三十三カ所の 1番札所が 33番札所が
突然 廃番に なるのだ。

信者や 遍路は 激怒しながら 戸惑った。

『今の 納経帳が 正しいのなら
1ヶ所 余分にある 前の納経帳は 偽物なのか?』

ジェラシーか ?
やっかみか ?

なにが あったにせよ
札所が 廃番になるなんて 聞いたこともないし
宗教的に 考えても やってはならぬ 暴挙だ。

そして、それが 今の住職まで つずいている。

借銭とともに 息子に 身代を譲り渡したようなもので
ただ、この 1つだけは 解決しなければならないと
心から 思っている。



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所謂、わたしの 生涯を通じての 願いは
取られた 札所が 昔のままに なるように。


この 1点だけで 人生を 費やしてきた。

おおきな こだわり
おおきな とらわれ
おおきな かたより

僧侶 同志で 裁判というのも 不細工な はなしだ。

住職が 交代すれば 局面も変わってくる…
いろんな 考えの元に
異例な若さで 住職の 交代もした。

残念ながら なんの 変化も なかった。

そして 今になって 思う。
その 情熱を、集大成の思いを
他のことに 使っていれば
もっと 素晴らしい 生涯が 送れただろうに。

今になっては もう 後の祭りだ。
何故、あのときに 気づかなかったのか ?

[教行信証]に このように ある。

【ああ 夢幻にして 真にあらず
壽、妖にして 保ちがたし
呼吸の あいだに、すなはち これ来生なり】


万物は 全てが 変化する。

あんなに 美しかった乙女が 子を生み
老いさらばえて やがて 死んでゆく。

この世のことは 夢 まぼろしであって
真実は 1つもない。

わたしの 心だって あなたの 心だって 変わる。

命は 脆くて 長く保つことは できない。
僅か 一呼吸の間に 終えてゆくのが
この 命である。

今、楽しいひと時を おくっていても
お大師さんが 奥の院の 御廟から
手招きされた そのときには
目されて いかなければならない。

『良きにしろ 悪しきにしろ
活躍できるのは わずか 50年ですよ』

その 50年を 『本当に よき 生涯だった』
と、目を瞑るのと
『しまった。
あれもしておけば よかった
きうしておれば よかった』と、
慌てふためくようでは 残念なことである。

何遍も いう。

人生は 1度 きりだ。

最期に 蓮如の 一言を 歌って筆を おこう。

《あしたには 紅顔ありて
夕べには 白骨と なれる身なり》
合掌


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【機会を 逃して 後で後悔することが ないように】

野球の【ハンカチ 王子】が 白星を掴んだ。

再三の ピンチをしのぎ
どん底から這い上がった男が 執念で掴んだ
785日、2年 半降りの 快挙だった。

忘れもしない。
2006年、甲子園 優勝決定戦で
今年 大リーグの メジャーに移籍し、
大活躍している 大投手と 投げ合い

そのときに マウンドの上で ポケットから
青色の ハンカチをとりだし
額を 拭った清々しさで 一気に 注目された。

東京六大学で 30勝、300奪三振の
好成績を引っさげて プロの世界に はいった。

しかし プロの世界は 思っているほど
甘いものでは なかった。

なにかにつけて メジャーリーグに 移籍した
大投手と 比較されるなかで
応援するファンの 思い通りの成績が残せなかった。

右肩関節損傷という 肩の故障も 併発し
長い間の 2軍の生活も 余儀無くされた。

坊さんが 心配するようなことではないが
ライバルだった 大投手は
7年間で 161億円。年俸 23億円。

かたや ハンカチ王子は 年俸 2800万円だ。
計算すると 大投手の 5日分の 給料だそうだ。



以前、中学生ながら オリンピック 水泳で
金メダルをとった 選手が
『ずっと 金メダリストという 重圧に
押しつぶされそうだった』と、言ったことがある。

ハンカチ王子も 甲子園 優勝チームの エース
六大学での 優秀投手

鳴り物入りで 入った プロの世界だが
周りの評価と 自分の実力の ギャップ

成績不信の上に エリートしか味わえない重圧
重ねて 肩の 病気と
2重苦、3重苦の なかで

1人、黙々と
2軍の グランドにて 血の汗を 流していたのだ。

辛かっただろうね。
悲しかっただどうね。



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[教行信証]に このように ある。

【ひとたび 人身を 失いつれば 万劫にも 復せず
このとき悟らずは 仏もし 衆生をいかがしたまわん】

形ある物は いつか 崩れる。
死んで この身体を 失ってしまえば
どれほど 長い時間をかけても
もとに 服することは できない。

生きている今、ここで 悟らなければ
仏でも どうすることも できない。

【ねがわくば 深く無常を念じて
いたづらに 後悔を のこすことなかれ】

この世は 全てが 我が思い通りにはならない
無情なものだと 深く心に とどめて
あとで 悔いを 残すような生き方だけは
しないで 欲しい。

悟りの 機会を逃して
永遠に後悔することになっては いけない。

悟りの 機会が 2度も 巡って来ないように
人生の 大きなチャンスは 1度だけだ。

ハスの花が 汚い泥のなかから
あの 美しい花を 咲かせるように

ハンカチも 2重、3重の 苦節を乗り越え
1軍投手として マウンドに立った。

勝ち投手としての インタビューを 受けたとき

『正直、
こんな苦しい野球を ずっと続けるのかと思うと
しんどいけれど、今は すごく 嬉しい。

ほくの 第二の 野球人生が 始まります』と、
涙を 滲ませて 語った。

それを 聞いて 身体の 不自由な 子供さんが
『彼の 苦難を乗り越えて 頑張っている姿をみて
僕も 負けづに頑張ろうと おもう』と、言う。

応援している チームが 違おうが
彼を 左程、応援していなかった 人たちでも

思わず 立ち上がり 大きな拍手を 贈るだろう。
がんばれ
合掌



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【中身がないのに なんでも 知ったような 顔をするな】

小豆島霊場 第80番 子安観音寺に
【 行者連 】が 発足して もう何年になるだろう。

全員が 懸命に 行に励み 研鑽もした。

身びいきみあって
うちの 行者連が 1番 ありがたく
1番 華があると 自負している。


昭和35年の 恵門ノ不動の お開帳に
柴燈大護摩との ご縁があり
爾来、今日にいたるまで
いろんな 行者に 依頼して 焚いてもらった。

小豆島大観音の 落慶法要後に
行者について 右も左も分からない 弟子達が集り
住職が 中心となって
始めて 寺に 行者連を 持つことができた。

ホラ貝 奉斧 奉弓 奉刀等の 作法も 1からの 勉強で
教える 方も 習う側も 大変だった。

その行者連に 反省会のときに いつも話す。

『外儀が 上手に なったからといって
決して 【慢心】しては いけない。

檜舞台の 歌舞伎役者と 同じで
舞台に 上がった時点で、多勢の目が 集中する。

しくしく 泣く場面で
有頂天になった 花形役者が
鼻高々と 泣いて見せても 誰が 感動するだろうか。

でき 不出来は 別として
真面目に 一生懸命やっているすがたは
見ていても 美しい。

すこしでも 自惚れがでた 時点で
その 護摩作法は ありがたくも なんにもない』

「法主さん、ありがとうございます。
でも、また その お言葉ですか?
耳にタコができるくらい 聞き飽きました」

『この 基本だけは 忘れて欲しくないんですよ』




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正像末和讃に このように ある。


【善悪の 字しりがおは
おおぞらごとの かたちなり 】

善悪の ことを 知ってか 知らいでか
しったような 顔を しているのは
大嘘つきの 姿である。

なにを 言っているのだろう ?

よしあしの 文字をも知らぬ ひとは みな
まことの こころなりけるを
善悪の 字しりがおは おおぞらごとの かたちなり


髭を ピンピン生やした 偉い先生よりも
イロハの イの字も かけないような人の方が
真の 心を 持っている。

なにが 善で なにが 悪か 全てを知っているような
顔をして いる人間は 大嘘つきの姿である。
親鸞


自分の 能力を 過信したり 我が知識に頼ったり
自惚れたり なんでも 自分中心に 考える人よりも
わからない イロハの[ イ ]を 習得しようと
懸命に 努力を している人の方が
余程、素晴らしい。

なぜならば、自分を かいかぶり
物事の 道理を 知ったつもりに なっているから
人間としての 大切なことを 忘れて
偽りの 人生を 送ってしまう。


中身が 無いのに あるように 見せかけ
忙しくもないのに 忙しそうに みせ

偽りで 自分を 飾りたて
目上の人や 権力者には 擦り寄って
へつらって ばかりいる。

たしかに わたしたちの 周りには
そんな 人間が 増えてきた。

行者を 志し、それなりの 行も 積んだ あなたたち。
格好だけでなく 心からの 行者に なりなさい。

そのように 会うごとに エールを 送っているのだ。
合掌



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【 いつでも どこでも 仏さんは みているよ】

中国、ウルムチで 暴動が起き、
また 痛ましい死者が 大勢でた。

中国は 尖閣諸島や ベトナム フィリピン等と
一緒樹即の きな臭い事件を起こしているが
自国を みても 北は チベット、南は 雲南省
西は アフガニスタン国境と 内紛が 続いている。


【小豆島大観音】主催の 寺院参拝旅行で
ウルムチまでは 行けなかったが
【敦煌】映画で 有名な トンコウまで いった。

バス 4台という 大人数だった。

上海まで 飛行機で 2時間、西安まで それから2時間、
敦煌は それより2時間、
暴動が 起こっているウルムチは それより2時間 奥地だ。

シルクロードは アフガニスタン イラク トルコを経て
遠くは ローマまで 続いている。

勿論、民族も違えば、宗教も 風習も 言葉も違う。
それを 1束ねにしようとするから 問題が 起きる。

話を 戻して 敦煌での 話だ。

今日の日のためにと ある お坊さんが
先生に ついて 中国語を 猛特訓した。

道論、みっちり 本格的に勉強したので自信満々だ。

何を どのように 話をしたのかは 忘れた。
敦煌の 現地の人に 自慢の中国語で 質問したのだ。

『 ? 』
『 ? ? 』
『あなたの 言っていること 分からないよ』

結局、言葉は 通じず、
むこうから 日本語で 帰ってきたのだ。

『これは わたしの 中国語が 劣っているのではない。
日本でも 地方にいけば、方言が 通じないように
敦煌の現地の 方も 正式な中国語を 理解できないのだ』

僧侶は 頭をかきながら 弁解をしたが
まんざら 間違っても いないようだ。





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そのとき その現地のかたは
日本語で こう言った。

『 【敦煌】での 映画でも あったように
元々は ちゃんと 独立した国だったのです。

国は 違う。
民族は ちがう。
言葉も 宗教も 風習も ちがう。

しかし 心と 心さえ 通じていれば
国が 違おうが 言葉が ちがおうが
宗教が ちがおうが

そんな事は 何の 問題もない。

心と 心の 間に すきま風が吹いたときに
諍いが 起きるのです 』

そして 敦煌の 横の ウルムチでは
戦いが 勃発した。

その戦いは 報復の 報復合戦で
愈々 泥沼化して 終わりのない戦いに なりつつある。



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[高僧 和讃]に このように 書かれている。

【男女 貴賎ことごとく 弥陀の名号 称するに
行住坐臥もえらばれず 時処所縁も さわりなし】


男も 女も 年寄りも 子供も 金持ちも 貧乏人も
行住坐臥 どんな 格好でも どんな場所でも
何時であろうが 如何なる縁であろうが
真剣に 仏の名を 唱えると
たちどころに その 真意を 受け取ってくれる。

《空海》も わたしを 信じ
南無大師遍照金剛と 唱えたものの所には
影の形に 従うが如く 祈るところとして
答えたまわざるなしと 言っている。

この 1つの 身体を 幾つに 分けようとも
その人の所に 飛んでいって
影は わたしたちが いく所 帰るところ
ずっと ついてきてくれるが
それと 同じように あなたの 心の中に入り
苦をのぞいて 楽を与えてあげるよ と、言っている。

命の 尊厳さも みうしない
報復のための 報復と 終わりのみえない戦いに
仏も 頭をいためているに 相違ない。

ちょっとした ボタンの かけ違いなら
どの 人種でも そんな人間でも
真剣に 手を合わせて 仏に すがればよい。


あのときの 敦煌の住人が
じつは 仏さんの 生まれかわりでなかったかと
今でも 本気で 思っている。
合掌


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【特効薬を 持っているからといって 養生しなければ 死んでしまう】

『法主さまは 少し 呑みすぎているようで 心配です。
でも 今日は いくら飲んでも 大丈夫な
特効薬を 持ってきました』

そう もはや 20数年前、小豆島大観音 落慶法要前後に
今の ご詠歌 金剛流の 【詠監先生】の 若き日の話だ。

その 特効薬とは プロポリスで
女性の化粧水ぐらいの 容器にはいったものだった。

一口 頂いてみると 不味くて 苦くて 臭くて
とても 飲み込めるものでは ない。

わたしの 伯父にあたる僧侶が よく言っていた。

『おっちゃんは 若いころは
ニゴニゴーと 4合ぐらいは 頂いていたものです』

ところが その当時の わたしは
ニゴニゴ~ の 4合 どころでは ない。

少々 不味くても 苦くても 臭くても 大丈夫 !
だって わたしは 幾ら呑んでも大丈夫、
正義の味方、プロポリスを 飲んでいるのだから。




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女性の 化粧品ぐらいの 大きさのプロポリスは
あっというまに 無くなった。

『早速、新しい 特効薬を 』

いろんな所を 捜しまわったが ついぞ
見つけることが できなかった。

そんな中、大学の先輩たちから
ブラジル産の 混じりっけのないのを 頂いた。

【縁】とは ありがたいものだね。
そのときから、今に至るまで
切っても 切れない 特効薬と なってしまった。



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しかし 親鸞は [ 親鸞上人 ご消息 ]で
このように 語っている。


【薬あり、毒を好めと候うらんことは
あるべくも 候わず】

良い 薬を 持っているからといって
わざわざ ( それを 飲みながら )
毒を 好むようなことを してはならない。

[ 良薬 ]を 仏の おしえ
[ 毒薬 ]を わたしたちの 煩悩と 置き換えると

煩悩に まみれた身体がからといって
心に 任せて
してはならないことを 行い
心に 思っては ならないことを 思い
口で いってはならぬことを 言う。

これは 誠に 残念なことだ。

酔いが まだ醒めてもいないのに
更なる 杯を 進め
毒も 消えてもいないのに
重ねて 毒を 進めているような ものだ。


この 親鸞の 言葉は グサっと
わたしの 特効薬を つく。

ただでさえ 膵臓を患って
飲みすぎると そこが 痛む。

アルコールで 膵臓が 溶かされていると聞く。

気の 小さな人間が 特効薬を 片手にもち、
ビクビクしながら 飲むのだ。

みなさんも 然り。

本尊の 慈悲の心が 救ってくれるから
少々は 悪さをしても 大丈夫だ。

そんな事を 微塵も 考え 実行したなら
その瞬間に 地獄の底に 落ちますよ。
合掌





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【土用期間中 子安観音寺 4山で 法要 目白押し】

土用期間中は わたしの 4つの寺は
遍路 信者の 参拝で 賑わう。

小豆島唯 1ヶ所 病気封呪専門道場【山ノ観音】は
7月 17日 お祭りから 土用期間中
【きうり 加持】厳修している。

弘法大師 空海 入唐の砌、真言密教とともに
きうり加持祈祷法を 伝授され
弘法大師 ゆかりの寺は 彼方此方で おこなっている。

きうりの 中に 病名や 願い事を書いた 祈祷札を いれ
野菜の中でも 1番 腐るのがはやい きうりが とけ
水となり 土地になるのと 同様、
病気病難を 取り去って貰うという祈祷法だ。


山ノ観音に 参拝の人には
寒霞渓 山麓から 湧き出ている 【御来迎の滝】の
霊水でつくられた [流しソーメン]の 接待が ある。


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【大本山 小豆島大観音 仏歯寺】では
8月15日の夜に 境内にて 【精霊 供養】がある。


12日の 夜に 2泊3日で 帰ってきた 先祖さんが
また お浄土に 帰ってゆく。

京都の 大文字が 有名だが
大観音でも いつの日は 赤々と 眩いばかりの境内から
精霊さんを お送りしたいなと 思っている。



【小豆島霊場 恵門ノ不動】は、
27日が 年に 1度の 大祭だ。


今は 信者の大半が 広い護摩堂を 埋め尽くしているが
元々は 地区の法要の 一環として 栄えたもにで
村々から 浴衣姿の 老若男女が そぞろに お参りし

その日だけ 設けられら 夜店で
トコロテンや 綿菓子を ほうばる子供の姿が 目立った。

いつの日か、逆転して 浴衣姿が 白装束に 杖と
一変してしまったが
地区の 人たちも 昔を 思いおこし
お孫さんを連れて 参拝して頂きたい ものだ。




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その 恵門ノ不動では 7月27日には
【五大護摩】といって 木火土金水を 表し
夜の 6時から 翌朝まで 5人の 僧侶が入れ替わって

写真で みても 分かるとおもうが
そこいら近所では ない 大きな お護摩を焚く。


まさに 僧侶も 行者も 信徒も 檀家も
まさに 命がけの お護摩なのだ。
残念ながら わたしの出番は 最早 1度も ない。



キウリ加持祈祷、五大護摩。精霊供養と
夏まいり 一杯、法要があるなかで
ご縁が あれば みなさんも 是非、お参りをして欲しい。
合掌



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