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【腰を 落ち着けて 少しずつ 着実に】

『えっ お亡くなりに なった?
人を 助けておいて
私よりも 早く遠い所にいってしまうなんて』

その 僧侶が もう 何処にも居ないことを知って
ポロポロと 涙した。


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【小豆島霊場 第81番札所 恵門ノ不動】
お護摩が 終わって 雑談の時の 1コマだ。


『会社が 倒産寸前になり 何処に行く当てもなく
夢遊病者のように 家を でました。

我が身は いつの間にか フェリーに 乗っており
辿り着いたところが [恵門ノ不動]だった。

幼いときから 父母に連れられて
お参りをしていたので つい 足がむいたのでしょう』

薄暗い 洞窟のなかで その方は いた。
弘法大師 空海のように 檜皮色の 衣を纏っていた。

『まだ 一言も 発していないのに
その方は 私の方に 向きなおって 言いました。

「 あんた 死ぬ気だな」と』

『胸を グサリと刺されたようで
自分の 胸のなかに 溜まっていた物が1度に 噴き出し
ただただ 泣きました。

あとから 後から噴き出してくる
嗚咽と 涙と 鼻水で グチャグチャになった
わたしの 肩に そっと手を のせました。

そして その人も 共に 涙していたのです』




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泣きじゃくっている わたしの 頭の上で
あの人の 声がしました。

『この 岩清水を みなさい。
大河のように 大量の水量では ない。

それでも ほんのお湿り程度だが
わたしが ここで お勤めしてから
1度も 枯れたことがない。

それに そって 生えている この苔だ。
こんな 日の当たらない ジメジメした所で
必死で 生きようとしている。

ジメジメした日陰が 好きなのかと思えば
そうではない。
日光を 好むのだ。
自然界では 様々な状況下で
空気中の水分を 吸ったり生き延びる術を
身につけている。

きっと 恵門ノ不動が 開山される皿に ずっと前、
太古の昔から 途方もない年月を この岩清水とともに
切磋琢磨して 共存していたのだろう。

見なさい。
この なんでもない 山苔でも 生き延びるがために
少しずつ 成長を繰り返している。

古くなった部分に 新しい新芽を ふき
徐々に 膨らみをもった 苔に 成長していくでしょう。

わたしたちも 岩清水や 山苔と、
なんら かわりはないのですよ』




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わたしたちは 生をうけ
様々な茨の道 ( 有為の奥山 ) けふ 越えて
生活している。

地震あり、水害あり、津波まで襲ってくる。
ありとあらゆる 多難が押し寄せるのだ。

そんなときに わたしたちは
岩清水や 苔のように
バタバタしないで 悠久の年月を ゆっくりと
少しずつ育んで 生き延びなければならない。

急に 成長したら 失敗するのだ。

『もう少し』『もう少し』と、
背伸びをし 焦っていたのかも しれない。

腰を 落ち着けて 少しずつ、
着実に……。

『事業も 従業員も増え 業績がのび
報告をし
1番に 喜んでもらいたいと 勇んできましたのに』

肩を 落としている 方が 頼ってきたのは
わたしでは なく あのお方だったのだ。

見習わなくてはね。
合掌



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【わたしたちの 物差しと 仏の 物差し】

昨年の 暮れに 地鎮祭をした

【小豆島霊場 第80番 子安観音寺】本堂が
愈々、この 10月 立柱法要 11月 棟上げと
相成った。



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建築を 請負ってくださって居るのが
神社仏閣を 専門にお建てになっている
【西嶋 工務店】で 現在 姫路城 改修にあたり
それに 携わっておられる。

『子安観音寺の 本堂を つくってくださっているのは
姫路城 改修にも携わっている 立派な工務店です』

《虎の威を借る狐》とは よく言ったもので
我が事のように 鼻を高くし 背筋を伸ばして説明するのも
人間の持つ 悲しい 性か。

さて 【立柱法要】【 上棟式 】に あわせて
その場で 住職が 恥をかかないようにと
わたしの 集大成とも言える 古いビデオテープを取り出した。

【小豆島霊場 病気封呪専門道場 山ノ観音 】本堂 建て替え
【大本山 小豆島大観音 仏歯寺】建立など
数え切れないほどの 素晴らしいデーターが
記憶されている。

偉そうに 言っている わたしも
15年か 20年くらい テープに 触っていない。

【大観音 建立 説明会】から
【開眼法要】そして【落慶法要】まで みてしまった。





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比較をするということが
わたしたちの 1番 しては ならぬことだが

当時と 比べて 活気が違う。
島 内外から 参集された 檀信徒の数が
1万 5000人と 参拝数も 違う。

⚫︎小豆島 観光の 減少、小豆島 霊場巡拝の 減少
その 歯止めとなり 尚且つ 活性化するために。

⚫︎島の シンボルとして 島内の 真ん中に建立し、
島の どこからでも かけつけ 我が本尊として
利用 活用して いただく金字塔として 。

『島の シンボルを つくるんだ』と、
小豆島の 2県議、3町長 助役、商工会、
いろんな 組織の方々が 賛同し
建設委員会に 名を 連ねてくださった。

きっと 現役のメンバーは 誰 1人 知っている人が
居ないだろうが わたしが 所属していた
青年会議所も 賛同し 名を連ねてくれた。

その どの顔も どの顔も
今日の 秋晴れのように 清々しく
そして 晴れやかだった。

多くの風船が 大きな音とともに 大空高く舞い上がり
参拝者の 目を魅了した。

いつまでも いつまでも 拍手が 鳴り止まなかった。

そして そこには 上気した わたしが居た。

【小豆島大観音】が フランスで おこなわれた

《 アーク ARCプラス ➕ 国際作品コンテスト》で
第 1位の 栄誉に輝き 清水建設が 海を渡った。

いわゆる 【 世界一 美しい 大仏 ( 大観音 ) 】なのだ。

心ある 人が いった。

『島の 活性化のためにと 土淵海峡といって
[世界1 狭い 海峡 ]などを 必死で宣伝しているのに
どうして [世界1 美しい 大仏]は 島のシンボルとして
表に出さないのだろうな。勿体無いな』





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大観音には 2つの 大きく引きのばされた
写真が ある。

1つは 【小豆島大観音 建立実行委員 名誉顧問】に
就任いただき 建立に関しては 心からの
お力を いただいた 内閣総理大臣。

もう一つは 大観音に お参りになった
その月に 劇的に 内閣総理大臣に 就任なさった先生。

この 二人は 親子だ。

そして その横には わたしの姿が 写っている。

お父さん先生と 写っているわたしは
今の 住職ぐらいで 目も輝き 意気揚々としている。

もう一つの 写真は それから 20年も 経ち
住職を 長男に譲った 年老いた わたしが写っている。

ある人が いう。

『この 写真は 親子ですか ? 』

「いや 親子なのは 先生方です」


わたしたちは いつも 自分の 物差しで
物を みたり 人を 評価する。

大観音 建立にむかって 一生懸命 取り組んでいる
20年 前の写真。

老いぼれて なんの 気力も 感じられない
今日この頃の 写真。

この たった2枚の 写真でも
[自分の ものさし]で はかり 物を言い
賛否両論が 絶えないのだが

わたしたちに 振り返って 考えても
各々が 各々の 立場で 各々の 物差しで物を言う。

ところが 仏の 物差しは 違う。

【 あるが ままに 】

勤勉家は 勤勉家で 素晴らしい。
怠け者は 怠け者で また 素晴らしい。

健康でも 病気でも いい。

あなたが いまある、その あるがままを肯定し
そこから 一歩を 踏み出さなければ ならない。

それが 仏さんの 物差しなのだ。

ビデオテープを みながら いらぬことを
思い出してしまった。

これも 年のせいかな。
合掌












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【しあわせと 感謝の気持ちを 再認識をした 結婚40周年】

御嶽山が 噴火した。

秋晴れの中、紅葉狩りを楽しんでいた
多勢の 登山者が巻き込まれ
確認されて居るだけで 31人の方が
心配停止の 状態だという。



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昨夜は 友人が来られ 何時ものように
1泊して 帰られた。

話のなかで 奥さんの誕生日を知り
慌てて お電話をしたところ
『主人が 寺に行っていますので
お陰で わたし 1人の 楽しい誕生日会をしています』
の お怒り。


誕生日といえば もっと 面白い話が ある。

滋賀県の 友人だが 結婚当初から 最近に至るまで
お正月の 月に 毎回、誕生会をしてくれていた。

彼は 7月生まれで その昔、
いちがつ と、しちがつを 聞き間違えたのだろう。

それでも 正月の その日には 欠かさず
大好きな アルコールと ( アルコールには 合わないのだが)
ケーキとで 祝ってくれていたので

それだけでも 有難いと感謝し
7月生まれということを 伏せていた。

娘が たまたま 帰ってきたとき
『あれ ? お父さんの 誕生日は 7月のはず』
と、ばれてしまい
その年を 境にして 1月も 7月も 誕生会は 無くなった。

きっと 今年も 『自分一人で お祝いをしよう』と、
缶ビールを 1本 買ってきて
1人だけで 迎える 誕生会に ワクワクしていた。

そこに ふと 顔をだした 不心得者が
『あれ? こんなところに 缶ビールが』と、とりあげ
あれよあれよと 見る間に 飲んでしまった。

それが 奥さんだったか 娘さんだったか
聞きそびれた。




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ルビー60ダイヤ プラチナ70
我がことだが こん月 こん日を もって
結婚 40周年に なる。

40年前に 初々しい 鬼…いや 家内の手をひいて
我が寺の 本堂にて 式を挙げたのだ。

金婚式や 銀婚式の 存在は よく知っているが
まさか 40周年が あるとは 夢にも知らなかった。

40周年の ことを 【ルビー 婚式】と 言うんだって。
ちなみに 結婚60周年が ダイヤモンド婚
70周年が プラチナ婚も 勉強させてもらった。

『おかあさん 2人で 食事でも 食べにいこうか』

『そうですね』

楽しみに していたのだが
結婚 40周年 ルビー婚は わたしと 家内 2人だけの
寂しい 家庭料理と 相成った。

娘から お祝いの 電話が かかった。

『40周年 おめでとう。
それにしても 40年、よく もったなー』

家内も 言った。

『喜びも 哀しみも あったけど
40年間、よく 連れ添ったことです』



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御岳山の 噴火で 多勢の人々が 哀しみにくれている。

同じ 吸い込まれるような秋晴れの 今日、

レストランで シャンパンをと 言うわけには
いかなかったが

それでも 細やかな 心と 心の お祝いがあった。

2人して いろんな 堂宇も 作らせてもらった。
子供にも 孫にも 恵まれた。

膵臓を 傷めたが、とりあえず 2人して
いまは 元気だ。

これを しあわせと 言わなかったら
何をもって しあわせと いうんだろう。

空海は 言う。

⚫︎懺悔
⚫︎感謝
⚫︎済世利人

今の わたしで 良いのだろうか?

何の 取り柄のない わたくしが
大勢の 人たちの ご縁によって
生かされて いる。

一文無しの わたしでも
ひっそりと しかも しあわせな 日暮らしを
送らせて いただいています。

その為に 困っている人と 遭遇すると
優しい心で 愛の手を 差し伸べよう。

それが しあわせに 生かさせて頂いている
お返しなのだ。

もくもくと 煙がまいあがる
火山の映像をみながら

わが しあわせと 感謝の気持ちを再認識をした
40周年だった。
合掌

【 がんばらない 】

友人と 電話で 話する機会を得た。

「久しく 連絡が 途絶えてましたな」

『ここ 1週間、脱腸で 入院しておりまして
昨日 退院を 許されたところです』


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「脱腸で 入院 ?
それは 大変でした。
しかし まあ 年寄りのような 病気にも
なるもんですな」

『なにを 馬鹿な ことを。
18歳の ピンピンしている子でも なりますよ。
能書きより先に お見舞いを ください』

よく お見舞いには 行かせて頂くが
帰りぎわの 1言が むつかしい。

前記の 友人のように

ピンピンして 帰ってきたり
退院の 見込みのある人には
『頑張って 1日も 早く退院してくださいネ』と、
肩を 叩いて 退出できる。

ところが 明日の日も 知れず
それでも 最期の 最期まで
必死で 燃え尽きようとしている人を 前にして

退室 後「 はて わたしは 何を 言ったのだろう ? 」と、
首を 傾げる言がある。



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ひろ さちや先生の 本のなかで
【 希望を もつな 】と いう 記事があり

高校受験を 目の前にした 中学 3年生 男子生徒の
『難関を 突破しようと 頑張っているのだが
それは 間違いですか?』との 質問が あった。

先生の 回答は こうだ。

『希望を 持つなという 言葉ですが
一切の 努力を 放棄しろという 意味ではない。

努力しなければ ならないところでは
努力を惜しんだら いけない。

だから あなたが 難関を目指して 日夜、
努力をしていることは 素晴らしい』

ところが 世の中には いくら 努力をしても
思うままに ならないことは 山ほどある。

『金持ちに なりたい』
『玉の輿に 乗りたい』

目標に めざして 懸命に 努力をしてみて
たまには 成就することも ある。
しかし 努力をして 成就するのだったら
全ての人びとが 同じように 達成するだろう。

99%の 人は 涙を 飲んでいるのである。

だから 金持ちになりたい。
玉の輿に 乗りたい。

と、無理な希望を 持たないで
貧しくてもいいから 今の 生活を感謝して
満足した 日暮らしをしたほうが いい。

病気 然り。

治らぬ 病気を 『治すのだ』と、意気込んで
『なぜ 思うように 治癒しないの ? 』と、
涙を ながすよりも

その 病気と 友達になりなさい。

『ああ 今日は 昨日よりも 少し 調子がいいよ』

『今日は こんな ことまで できたよ』

病気と友達になって 大きな希望を捨てたとたん、
毎日が 明るく 楽しくて 仕方がない。

諏訪病院の 名誉院長 鎌田 實 先生も
病院の 体験のなかで
【 がんばらない 】という 患者からの教えを
もらったと言う。
合掌













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【実るほど 頭の下がる 稲穂かな 】

『⚫︎⚫︎さん』

「えっ ? 」

あたりを キョロキョロしたが
私しか 見当たらない。



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そこには 高校になりたての 少年が いた。

『⚫︎⚫︎さん』

少年は もう一度 わたしの 名前を 呼んだ。
ああ… わたしだ。
わたしは 確かに そういう名前だ。

「 はい 」 と、快く 返事をした。

ほんの 1年ぐらい 前までは
『おっちゃん おっちゃん』と、膝の上で遊んだ。


年月は あっという間に 流れさり
大学も 卒業し 結婚もし 珠のような 子供も授かった。

かれは 子供を両手に抱きながら わたしに 言う。
『 おっちゃん 』と。

たいした 問題でもないが なにかホッとした 気分だ。

背丈も伸び、人間として 1人前に 近づいいてくると
男としての 対抗意識が 芽生える。

中途半端に 偉くなると すぐに 頭が高くなり
周囲が 全く 見えなくなる。

人に 認められないからこそ 去勢を張って
自分を 大きく 見せているわけだ。

これは まだ 可愛い。

とんでもないのは 人から 認められれば られるほど
謙虚さを 失っては いけないのだが
つい、周りを 一段高いところから
観てしまうのだ。

今の言葉で いうと 【上から目線 】ということになる。
これを わたしたちは 【慢心 】といい
1番 なおさなければ ならないことである。



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【上から目線】
1度、ブログにも 紹介したことがあるが
飛行機で 国内旅行を楽しんだとき
車椅子で 移動したことがある。

綺麗な 乗務員のかたや 皆さんに 支えられ
いの一番に 搭乗できる。

嬉々として 当然 自分自身には
【慢心】の マ の字も 持ってないと
自我自賛した 喜びであった。

車椅子は 大きな 海鮮市場に 滑り込んだ。

ところが どうだ。ぎょっとしたね。

わたしたちが いつも お店で見ている
大きな カニさんも タコさんも
同じ 目線で 目の前で こちらを向いているのだ。

なんとも グロテスクなような
怖いような…。

なぜか 旅館での 山海の珍味は
あまり 口の中に 入らなかったのだ。

『子供の 目線で カニや 魚をみれば
ああ言う風に みえるのだ』

いままで 謙虚であり
傲慢さは ひとかけらも無いと、
自負しtうぃた わたしが

ふと 気がつくと 全て 上から目線で
物事を 観ていたのだ。





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【実るほど 頭のさがる 稲穂 かな】

実れば 実るほど 頭が 垂れ下がり
腰を まげ 低くしている 稲穂。

【実る】とは
大成功をした人と いってしまえば
それまでだが

様々なことを 身につけた人と 言うことである。

広い知識を持ち、それにまして 学歴、
社会的地位、名誉、財産、美貌、さまざま ある。

それらの 事をみにつければ
頭は なかなか 下げずらくなり
むしろ、反対に 反り返っている人がいる。

わたしたちは お経を 読むときに
『南無 ⚫︎⚫︎』と、読むことがある。

わたしの 真言宗だと 『南無大師遍照金剛』
真宗だと『南無阿弥陀仏』。

この 南無は 【ナマス】といって
頭が さがりました と言う 意味だ。
頭を 上げているのではなく 下がっているのだ。

また 南無を 【帰命 】とも いう。

帰命とは 命の 拠り所に 会うことができました。


わたしたちは 頭を下げるのではなく
頭が 下がるものとの 出会いを
持ちたいものである。

わたしが 車椅子に 乗ったとき
今まで 見えなかった 視界が 飛び込んできた。

姿勢を 低くすると あらうるものが
あらゆる 角度から 入ってくる。

相手がみえ 社会がみえ 自分自身が 見えてくる。
合掌

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【 賢者は 孔雀のように 羽を広げては みせない】

『あの人が あんな男だとは 思わなかった』

都会から 帰って来た友人が ポロリといった。

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結婚式があり
友人は 勿論 大喜びでお祝いに駆けつけた。

会場は 芋を洗うような 大混雑だったが
縁ありて 会う人 会う人 みんな 笑顔、
その分、どの人も 美男美女に 見える。

他の テーブルに 目を移すと
旧友の 顔が見えた。

昔は お互いに 『俺が』『おまえが』と
よく遊んだなか。

つい 懐かしくなり
手を 上げながら 昔の友人感覚で
ニックネームで 呼んだ。

ところが どうだ。

笑い返して 手を 降ってくるのかと 思っていたら
鬼のような 形相で にらみ返されたのだ。

隣に 座っていた 友人が 小声でいった。

『あれから もう 5年も 7年も 経っている。
彼は 今、飛ぶ取りも 落とさんばかりの大社長だ。
彼は 彼なりに メンツが あるのだろう』

「では 社長さんと言えば 喜ぶのか ? 」




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わたしの 事だが
『法主さん』よりも 『⚫︎⚫︎ちゃん』の方が
かえって 嬉しい。

70歳も 近くなって 『ちゃん ずけ』など
可笑しいかもしれないが でも 誰が 言ってくれよう。

『法主さん』と、言われる方が
緊張して 構えてしまうのだ。

法事の 席で 同級生や 友人が アルコールが 増すごとに
『法主さん』から『おじゅっさん』『⚫︎⚫︎ちゃん』と
変わっていく。

なんと 居心地の 良いことか。
そして アルコールの 進むことか。



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わたしたちの 周辺を 見渡しても
偉そうに ふんぞり帰っている 人がいるね。

幼少の頃から かれの全てを知っているが
只の 1度も 『偉いな』とも『尊敬できるな』とも
思ったこともない。

偉くもないのに 偉そうに しているだけである。

いや 偉くないからこそ 相手に認めてもらいたい
だけなのである。

本当に 尊敬できるひとは 決して 偉そうにしない。

《愚禿鈔 ;ぐとくしょう》の 中で
こんな教えに 会った。

賢人の 心をみて 自分の こころを あらわす。
立派なひとは 心の 中は 偉く
こころの 外側は 愚か ( 謙虚 ) である。

わたしたちの 心の中は
愚かで あるにも かかわらず
外側 ( 外見 ) は 偉ぶっている。

孔雀が 両方の 羽を
一杯に広げたようにしなくても

賢者は 賢者、愚か者は 愚か者。
5分も あれば 見破られる身のだ。

【傲慢】な 心を捨て 謙虚になれば
横でみていても 美しいものだ。

さて あなたは どちら派 ?


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【 お彼岸 】

同級生が お彼岸の 墓参りのために
小豆島に 帰ってきた。


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【暑さ寒さも彼岸まで】と もうしますが、
あと 3ヶ月も過ぎると 厳寒の冬を迎えるのも
わすれて
快適な秋空に元で 家族ともども
お墓参りを させていただいた。


寺内では 墓の清掃には気をつけているが
お彼岸が 近づくと より念を入れて
みんなで お掃除をする。

孫も 道具をもって お掃除に一役 買った。

『わたしは 美味しいお菓子も食べれるし
フワフワの お布団で 寝ることもできる。

おじいちゃんや おばあちゃんは
な~んにも 食べれないし
ずっと 石の下だもんね。

せめて 綺麗に お掃除をして あげなければ』

お彼岸の 意味云々は別として
孫の 優しい心づかいには 感心した。

わたしの 先代や 先々代とは
見たことも 会ったこともないのだから。



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同級生とは もう1人の 友人と
保育園から 中学校 まで
ずっと 一緒に 遊んでいた。

2人は 成績優秀で 大手の会社にはいり
鳴かず飛ばずで 生涯を過ごしてきた
わたしと 比較しても大成功の道をあるいたと
言えるであろう。

1人の 友人が わたしに 向かって言う。

『 あなたは 26歳、わたしは 22歳と、
孫の手も 爺さんとして かからなくなってきたが
あの人は 今、孫 ラッシュで 大変だろうな』

かれは 早く 父親を亡くし
年老いた 母親をみながら 弟、妹の 親代わりをした。
無事に 弟妹を 結婚させ ふと気がつくと
我が身は 35歳にも なっていた。

そして 今、奥さんの 母親と同居し
次々 生まれてくる 孫の世話に 大変なのだ。

『毎日が しあわせだよ。
義母と 孫たちに 囲まれて』

今回の 小豆島帰島の 目的は
【墓参り】という 大きな 目的はあるのだが

子供たちは 島外に 移ってしまって
我が 1人で 暮らしていた 90歳になる 叔父が
入院し、その お見舞いにいくのと

やはり 2人で ひっそりと 暮らしている叔母をたづね
1泊して 勇気付けて 帰るのだという。

これも 思ってはいても 誰もできることでは ない。

優しい 心遣いって 素晴らしいなあ。





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《 わかって いるかい
死ぬんだよ

そう、おまえさんも
この わたくしも 》
小倉玄照 老師


わたしたちは 忙しい いそがしいと
毎日の騒動に とりまぎれて わすれ
意識的に 【死】から 目をそらそうとする。

できることなら このまま 死なないで
不死の 妙薬を 飲み続けたい。

死は 厭うべきものとして その事実から
逃げたいと する 思いを 心中に 持っている。

【死】を 我が事として どのように 受け止めうるか
その 度合いの 強弱に 比例して

今日 [生かされている]喜びも
実感として 頂くことができるだろう。

しかし どんな日々を 送ろうが
わたしたちは 明日を 迎え
死という ゴールに 向かって猛スピードで
進んでいる。

『この 1日を 無駄に しては いけない』

生かされた 命、怠惰な日を 送っては 勿体無いと
釈迦は いう。

孫が ご先祖さんの 為に 心から お掃除をする。
同級生が 墓参りとともに
島に 残された 叔父 叔母の いく末を 気づかう。

この 心を【慈悲心】といって
お観音さんが いつも わたしたちに
発してくださっている こころなんだ。

なにも 大したことでも 何でもないんだ。
ちょっと した隣にいるかたが
喜ぶような 微笑むような 事を
してあげればいい。

思いやりの 心を 持てば いい。

お彼岸で わたしたちの 【墓参】を 心待ちにしている
先祖さんが 1番 望んでいるのは
わたしたちの 【優しい心】なのかも しれない。
合掌






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【レディー ファースト お先に どうぞ 】

世辞に疎い わたしは テレビ報道されるまで
アフリカの 難民 ボートピープルのことは
まったく知らなかった。


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シリアのような 紛争地域や
エトリニアのような 独裁国家 近国から
亡命 希望者が 殺到し

今年になって イタリア最南端付近に 到着した
ボートピープルは 6万人を 超えるらしい。

それには 密輸 仲介業者が 存在したり
トラブルを 起こした難民が 多勢 刺殺され
遺体を 海に投げ込まれたり

あたかも ナチの大量殺人を 彷彿させるような
ボートの 上で 人と人が
折り重なるように 亡くなっていたとか
目を 見張るような 悍ましい現状だ。

2~300年前に 無理やりに 連れて来られたのと
自発的に 出ていった違いは あっても
現実は なんら 変わりがない。

1つの 宗教が 拡大することに
異議を唱えた国々が 空爆を行うことを決断し
なんとか 世界が 平和になって欲しいと
祈った ばかりなのに。



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紛争地域が 悪の根源を断ち 平和を取り戻し
難民キャンプから 人々が居なくならないかぎりは
ボートピープルも 無くならないのだ。

ボートが流れ着き 難民で溢れかえっている国々は
それは それで 大騒動をして 対応に困っているようだが
必死で 助けを求めて 流れ着いた人々、

2~300年前の 再来に ならないように
愛の手を 差し伸べるのは まさに今なのだ。

お観音様が 【慈悲】と 【智慧】で、
泣き 喚き 苦しんでいる人を 救済するのは
今をもって ないのだ。

そして 愛の手を 差し伸べる わたしたち こそ、
お観音さん なのだ。



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《四弘誓願》

以前に 勉強したね。
同じことになるので 触りだけ お浚いしよう。

わたしたちが 仏道を求めるときに
最初に立てる 4つの 誓願 ( おちかい ) だ。

菩薩である わたしたちが
一切衆生を 救済させてくださいという
願いと 誓いをたてること。

衆生無辺誓願度

福智無辺誓願集

法門無辺誓願学

如来無上誓願証

この世の中には 迷い苦しみ
助けを 必要とするものが 多勢いる。

人間だけでなく 動物も 植物も
生きとし生けるもの 全てに対して
常に 【慈悲の 心】で
救いの手を さしのべるという
心がけを 持ち続けなければ ならない。

わたしたちが 動物にも 虐待をせず
困っている人々を 哀れみ 慈しむ心を持ち

自分を 犠牲にしても
隣にいる人に 利益を施すという
心がけが 尊いのだ。

ボートピープルの人たちにも
『お先に どうぞ』

みんなが この気持ちで 迎えたならば
世界中が 平和で 安穏な日が 迎えられるだろう。
合掌

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【 独生独死独去独来 】



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もう少しすれば 秋の彼岸だ。
今年も 1年の 4分の3が 過ぎさり

正月に 誓い
そして 心を込めて書いた 初書きが
首を 傾けたまま こちらを向いている。


多勢の人たちが 忙しく 行き交う。
数えきれない程の 人たちが
早足で何処かに 向かっては 去っていく。

もし、ここで 誰かが いなくなっても
誰 1人 気がつかないだろう。

『東京砂漠かあ』

腕まくらを したまま
吸い込まれるように 高く
雲 1つない 真青な秋空を見上げ
女学生のように 感傷に浸っているのは
わたし 1人では ないであろう。

仏教の 言葉に こんなのがある。

《 独生 独死 独行 独去 》

《身 みずから これにあたりて
代わるものあることなし》

わたしたちは この世に たった 1人で 生をうけ
死ぬときも たった 1人で 去っていく。

わたし 1人が この荒波を乗り越えていかねばならず
誰1人として 代わってくれるものはない。

どんなに 愛するひとであっても
愛しい 人であっても 代わりに生きてゆくことは
到底 できる話では ない。

[ 肉体の 連れはあっても 心の つれは いない ]

どんなに 多くの人に 囲まれていても
自分の 気持ちが 分かってくれる人が
居ないということは こんなに寂しいことはない。



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そして わたしの 何時もの 台詞
『 あなたは 真の 友人は 何人いますか?』だ。

『1人だ 』
『5人だ』
『たくさん 居るよ』

そして その人には 自分の 気持ちを
つつみ隠さず なんでも 言える ?

よく お互いの心の 奥底を 探り合ってみると
『ああ、ここでは 言わない方が いい』
一呼吸 おくことがあるだろう。

話し合えば 会う程、こころが 噛み合わず
お互いの 感覚や 価値観を
浮き彫りにしてしまうことが ある。

『 あの人には なんでも 言える』

これは 言える範囲で 言える程度なら
『 なんでも 言える 』で、
自分の 悲しみ 苦しみを 【真から】話せ、
【真から】分かってくれるひとが 居るならば
どれだけ 救われるだろう。


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【真の 友人】を つくり 維持するには
相手の 心中を しっかりと 把握した上で
お互いの 思いの 違いを認めて
歩み寄らなければならない。

相手に 我がこころを 理解して貰うことであって
わが 心を 無理やりに 押し付けることではないのだ。

無理やりに 押し付けておいて
『あの人は わたしの 心を さっぱり理解してくれない。
あんな人とは 思はなかった』と。

【東京砂漠】のなかで 人知れず 死んで行く人。

数は 数名だが 我が遺体を前に
心から 悲しんで くれる人。

人生、どちらが 幸せなのだろう。

寂しくて 何かをしなければ ならないのだが
何をしても わたしに心を
紛らわすことはできない。

悠々自適に 秋空を 観ながら
感傷にふける わたしで あった。

合掌



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【 いろはに ほへと ちりるるを 】

【生者必滅 会者定離】

出会った者 ( 物 ) には
かならず 別れがあると いうこと。

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『愛してるワ』

赤い糸で結ばれ 固い契りを結んだ 人惜しい人とも
退職金を叩き ゲップでやっと手に入れた 愛車も
絵画も 現金も 会ったが最後、別れるのが 世の常。

お釈迦さんと 帝釈天との逸話を紹介しよう。

帝釈天とは [ ふうてんの虎さん]と言った方が
よく理解出来るかな?

インドの 山奥で 1人の 若き行者が 修行に励んでいた。
そこに 美しい音色で 歌が聞こえてきた。

『諸行無常 是生滅法……』

キョロキョロしたが 声の主の顔を 見ることが出来ない。

『どなたか分かりませんが その 後を お聞かせください。
今の 2句は わたしたちの 真理を説いているが
それでは どう 生きれば良いのかが とかれていない。

そこに 羅刹が 顔をだした。
なんと 声の主は 羅刹だったのだ。

『教えるのは 吝かでは ないが
今、わたしは お腹が ペコペコなのだ。
人間の 肉などが 1番 所望なのだが』

『わかりました。
わたしの肉を お召し上がりください。
そのかわり 後の句を 教えてください』

『生滅滅己 寂滅為楽』

あとの 2句を 聞いた後、
行者は 燃え盛っている 火の中に 飛び込んだ。

羅刹は 帝釈天であり
行者は 若き日の 釈迦であった。




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[ 諸行無常 ]
ありとあらゆる物 ( 万物 ) は 全て移り変わる。

[ 是生滅法]
これが 生まれたり 滅したりする 世界の 定めである。

[ 生滅滅己 ]
生滅の とらわれを 滅し尽くして。
わたしたちが どのように 希望し あがこうが
どうにもならないと 悟ったとき

[ 寂滅為楽 ]
寂滅をもって 楽とする。
無理な 欲望を捨てて ああ そうなんだと 悟ったとき
しあわせが 舞い込んでくる。




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【いろは歌】って 知っている ?

今でいう あいうえお かきくけこ だ。
【 いろは歌 】は 弘法大師 空海の 作である。

知っているだろうけど ちょっと 復習してみようね。

⚫︎色は 匂えど 散りぬるを 我がよ 誰ぞ常ならむ
有為の 奥山 けふ越えて 浅き夢にし 酔もせず

森羅万象 そべての 全てのものは 移り変わる。

この世に 存在するのは 消滅する ( 無くなる ) 真理である。
存在する 全てのもにが 永遠不滅のものが
あるはずが ない。

全てのものは [ 因縁 ]によって 成り立つ。
『死にたくない』『永遠に 生きつずけたい』と、
無理なる 囚われた 心を滅して
因縁の 道理を知らなければ ならない。

【 寂滅を もって 楽となす 】

有為の 奥山をこえる 苦しさから 考えれば
そんなことの 苦しみや 悲しみは 大したことはない。
夢のような 陽炎のような ものである。

有為の 選択の結果が 【 苦 】の原因であったと
諦観して 他に捉われるのではなく
自分の 【 我 】を なくすることである。

我が 滅しられ 煩悩の火が 掻き消された状態で
一切の 物事への こだわりや とらわれの
心が 無くなった状態を

[やすらぎ ][空の 境地]を 指している。

今回は すこし 難しかったかな ?
反省 合掌






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【あれば あったで苦労、なけれな 無いで また苦労】

わたしたちは 物を捨てると云うことは
非常に 難しい ものである。


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『となりの お家が ゴミの山で 迷惑している』

そんな内容の 特集が テレビで流されたことがある。
とにかく 汚い。
臭い。
衛生状態が よくない。

当の おじさんは 平然として云う。

『あれも 思い出の品、これは 親の 形見。
あれも まだ 使える。これも 使えると、
少しづつ 残していたら
家じゅう、いっぱいになった。

でも わたしは なにも 悪いことはしていない。
仏教でも『勿体無いことは するな』と云うではないか』


『親の 面倒をみるために 里に帰ります』

数年まえに 都会に帰られた
大ホテルの 総支配人が いた。

年齢は 親子ほど違うのに
住職と 気があったのか とても 可愛がってもらった。

支配人が 寺に遊びに来られたときは
わたしも 枯れ木も山の賑わいと、顔をした。

彼が よく言っていたことが ある。

『わたしは 気が小さいのか
スペアが なければ安心できない 性分なのです。

歯ブラシにしても 歯磨きにしても
髭剃りにしても シェービングクリームにしても

[ 替え]が なかったら 不安で仕方がないのです』

『ありゃ。
総支配人さん、それは わたしも 同感です』

仏教でいうならば、今日 1日で 獲る 食べ物は
今日 1日、頂くぶんだけで 良いという。

それから云うと わたしも
不出来な 僧侶の 1人かも しれない。



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経典に このようなのが ある。

【立場の 上下にかかわらず
富の 多少に かかわらず
すべて みな金銭の ことだけに 苦しむ

なければ 無いで 苦しみ
あれば あるで くるしみ

ひたすらに 欲の為に心を使って
安らかな ことは ない】

わたしたちは わたしたちの持っている
8万 4000 ( 無数 ) の 悪事を 凝縮すると
3つの 毒になるという お勉強をしたね。

⚫︎《貪欲》
むさぼりの こころだ。
尽きることなく 自分の 思いどうりにしたい。
尽きることなく なんでも 手に入れたい。

そして 手に入れたが最後、それには興味を失い
隣りに 転がっているものが 欲しくて仕方がない。

⚫︎《瞋恚》
怒りの心。
貪欲の 心が 満たされなかったとき、
怒髪天をつき 怒りの 心につつまれ
自己を 失ってしまう。

⚫︎《愚痴》
愚かな 心。
ものの道理、つまりは万物は 移り変わり
何一つとして 我が 思いままにならないという
道理に 暗く、結果に 愚痴ばかり いう。

したがって ものの道理とされる
【普遍の 真理】を 身につけることによって
安穏で しあわせな日暮らしが 約束されるのだ。



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わたしたちは
【なければ 無いで 苦しみ
あれば あったで 苦しむ】

物が なければ 先ほどの総支配人と 同じで
不安になり 手に入れようと 必死になる。
このことには わたしたちは 耐えがたい。

お金も欲しければ 名誉も ほしい。
ところが それが 手中におさまった途端、
次の物への 欲求は 益々 ましてくる。

その とどまるところをしらない 煩悩に
わたしたちは 苦しむ。

わたしたちの 考えた他を 少しかえれば
気は 楽になるのにね。

[小豆島霊場 第81番 札所 恵門ノ不動 願文]

ラン字の 火炎ナ 三毒 ( 貪瞋痴 ) の 罪障を
ことごとく 噴焼したまう。
合掌

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【わたしたちは 出世しても 歳を重ねても 常に 習わなくては ならない】

悍ましい ニュースが 飛び込んできた。

坊さんは 【瞋恚 の行】と いって
腹を立てることに慎まなければ ならないのだが
流石に これには 腹がたった。



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学校に 通う 19歳の 全盲の女性が
後ろから 追いかけてきた男性に
右ひざを 蹴り飛ばされたと いうのだ。

学校の 先生が 仰るには

『全盲の お方でも 絶対に安全だとされる
点字ブロックの 上を 白状をたよりに
歩いていたとき 被害にあった』そうだ。

たまたま 横を歩いていた 男性が
抱きかかえたまま 『こらー』と、
一括したが そのまま 逃走した。

学校や 警察に 被害を 打ち明けようか
1日 悩んだすえ、
『あと後、このような 差別的被害が 起きてはならぬ』
と、踏み切ったそうだ。

先日、介護犬に 大怪我を おわせたと 問題になり
頭を 痛めていてところ
再び 心ない 悲しい事件が 起こったのだ。

彼女の 白状は 何らかの理由で
何度か 折れたか おられたかした。



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わたしたちは どんなに年を重ねても
習わなくては ならないことがあり
習わなくても いいものも ある。

残念ながら わたしたちは
習わなくても良いものに しがみつき
習はなくてはならぬものに 無関心である。

この事件が 起こったとき、第三者の人が
『学校の 教えが 悪いのだ。学校の ! 』
と、激怒した。

教育者 ペスタロッチ ( 1827年 没 ) は
このように いう。

【 人の子を教えるに 科学をもってせよ
しかれば 彼の生涯は 有用ならん。

人の子を育てるに 宗教をもってせよ
しかれば 彼の生涯は 幸福ならん】

教えるだけでなく 育てる大切さを しめし
科学と 宗教が 両輪のごとく
噛み合っていなければ 両方が 壊れてしまう。

科学だけでない。
宗教がだけでない。
この 両方で わたしたちは
教えられ 育てられて ゆくのだ。



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お観音さんの お心は
【慈悲 】と【智慧】だと 何度も勉強した。

【知恵】
知識のことで これがなければ 一切がストップする。

【智慧】
相対世界に 向き合う働きの [ 智 ]と
世を救い 人々に利益をほどこす精神作用の [ 慧 ]


平たくいうと 【優しい 思いやりをもった 心】だ。

わたしたちは 自分が されて嫌なことは
決して 他人にはしないっていうのが 鉄則だ。

そして これは死ぬまで 教えられ
【行】を して行かねばならない ひとつだ。

殺人、詐欺、いじめ、迷惑行為 …。

指を おっても 切りが無いほど 出てくる。

白杖は貸してあげるから
1度、目隠しをして 線路の横の
点字ブロックの上を歩いてみればどうだろう。

全盲の方が どんな思いで歩いているか
わかるよ。
合掌

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【 お互いが 助けあって生きてゆくのが 本来の 姿】

檀家の 相談役をなさっていた おじさんに
わたしの 若き住職時代 ときどき
カラオケに 連れていって もらった。



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わたしも まだ 若いし、
おじさんの 長男は わたしの竹馬の友である。

かれは 歌いにいっても 1滴も アルコールを飲まない。

そして 唄う曲は ただ 1曲 【戦友】だった。
若い人は 聞きなれない 歌だろうが
1905年 【明治 38年 】 日露戦争の時の 軍歌だ。

戦争経験者は 方を組み 涙して 歌ったものだ。


嗚呼 戦いの最中に となりに居りし我が友の
にわかに はたと倒れしを 我は思わず 駆け寄って

軍律 厳しきなかなれど これが見捨てて置かれうか
しっかりせよと 抱き起こし 仮包帯も 弾丸( たま ) のなか

折から起こる 吶喊 ( とっかん ) に
友は ようよう顔あげて 奥にのためだ かまわずに
おくれてくれるな と 目に涙




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『わしも 兵隊で 同じ経験をした。
いまの今まで 俺が 君がと 励ましあってきた
戦友が はたと 倒れたのだ。

彼方此方から 『進め 進め』の 進軍ラッパが聞こえる。

「遅れては いかん。早く おいつけ」

目に 一杯 涙を溜めた顔をみたのが 今生の別れだ』

そして からなず 質問する。

『おまえなら どうした ? 』
「どうするかって それは…」

答えが 答えに ならない。

『別れぎわに 彼の懐中時計を 手渡された。
遺族の ところに持っていったが
あなたが 使ってくれるのを 1番 喜ぶでしょうと
受けとらなかった。

これだ。』

時代遅れの 懐中時計が カチカチと
時を 刻んでいた。


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人のために なにかをすることは 素晴らしいことだ。

しかし 自分のことなら なんでも出来るが
人のためにとなると なかなか 出来ないものだ。

しかし それは 非常に 残念なことである。

もともと 農耕種族であった わたしたちの先祖は
狩りを するにしろ、鯨を とりにいくにしろ
田植えから 稲刈りまで
ずっと 助けあって やってきた。

わたしたちは お互いに つながり
かかわりながら 生きてきたのだ。

文化が 発展し 経済が上向くにつれ
『あの人よりも 少しでも 前に』
『この人よりも 少しでも 多く』
自己中心的な 考えが 広がりをみせたのだ。

ときかまれに 手を貸したときは
『してやった』と、恩を きせる。

善を ほこらないとは このことで
人に なにかを してあげたときには
[してあげた]ことに 捉われる。

つまり 良いことをすることへの 拘りである。
その 心が 行為を 台無しにしてしまう。

して貰ったことは ケロリと わすれ
してあげたことばかり いつまでも
覚えているのだ。

良きことをして これを 誇らず
その させて頂いたこと自体、忘れ去る。
( 喜捨 ) よろこんで 捨てる。

させて頂いたことに とらわれず
して頂いたことに 深い感謝を 持ち続けることに

真の 喜びと しあわせが 待っている。

おじさんが 歌は【戦友】しか 歌わないのは
戦友への 供養と 謝罪のためさと 言った。

そして そのおじさんも 天に召されていった。
合掌









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【 小豆島大観音 スリランカ 参拝団、報恩謝徳】

8月の 末から 1週間、小豆島大観音 主催で
スリランカ タイの 参拝旅行があった。

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総員 20名と 少人数だったが 檀家 信者の中に
大巨匠、天光軒 満月先生の グループが
多勢 参加してくださり 花を咲かせてくださった。

住職が 団長で わたしは 留守部隊長だったので
『よかった』と、きき
『ああ よかった』と、胸を撫で下ろし
『悪かった』と きき
『なにが ? 』と、報告を聞くたびに、
七面鳥のように 一喜一憂する わたしが いた。

満月先生の グループで 介護施設を
全国に 5つも 6つも 経営されている 夫婦がいた。

大変、信心なご夫婦で 満月先生 共々
大観音にも 何度も お参りにこられる。

『大社長 ! 』
いうか 言わないかで
誰もが そう思っているのだが
本人は そんなこと 意にもかえしていない。

旅行中 誰もが その社長の意外な行動に 目を引いた。

別に 社長夫婦が 参拝しており
その 夫婦に対して 介護施設の社長が
従業員か 学校の 生徒のように 尽くすのだ。

不思議に 思って 住職が聞いて見ると
『社長には 若いころ、
困っていた時に 我が子以上に 世話になった。

介護の仕事も 社長の発案で 社長の 後押しがあって
成功したものだ。

この ご恩は 死ぬまで忘れることは 出来ない』
と、語った。

凄いね。

人から 敬われる年齢になって
未だに 【 恩 】を 忘れて いない。




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【 恩 】という文字は
敷物の 上に 人が 大の字に 寝そべっている
姿なんだって。

犬を はじめ どんな動物でも
心から 安心し 心を許したときは
仰向けになって お腹を みせる。

【 恩 】とは 因縁の [ 因 ]の したに[ 心 ] があり
大切にする という 解釈になる。

そこから
[ 愛情を うける ]
[ 感謝 する ]
ことを 表すことになる。

【 恩 】
人が もっとも 安心できる 姿。
その 心を 与えてくれることを
[ 喜び ] [ 感謝する ] ことなのだ。

なお 社長は このようにも 言われた。

『ご恩を 急いで返そうとすると
かえって 失礼に なることがある。

いつまでも いつまでも 胸に秘め
恰も 牛のよだれのごとく
少しづつ 少しづつ 返していくのが 最良だ』

なるほど

【性急なる 辺恩は 忘恩 ( ぼうおん ) となる。
知恩こそ 報恩の 要である】

どれだけのことを 相手の人が
自分に してくれたか。

自分を どれだけ 安心できる気持ちで
しあわせにしてくれたのか
それを 知ることである。

そして 忘恩、それを 忘れないことである。

【小豆島大観音 参拝団】の 面々は
スリランカ 参拝よりも
人間の 生きざまを 社長を通して
勉強させて いただいたようだ。
合掌



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【大慈大悲の 観世音菩薩は 苦を抜き 楽を与う】

久しぶりに 人の言い争いを 聞いた。

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小分けは よく 分からなかったが
横からみていると 丁度
阿修羅と畜生が もつれ合っている絵のようだ。

犬と 犬なら ワンワン キャンキャンと可愛いが
なんとも悍ましい 醜態だ。

『してあげた』
『さされた』

いろんな原因があり 結果が こうなったのだろうが
結論は この 2文字のようだ。

所謂、私たちが いつも お勉強をしている
【布施】のなかでも 無財の 七施の 話だ。

布施とは 文字のごとく
何の 代償も顧みないで 施しをする。
喜んで捨てる、喜捨をすると 云うことだ。

仏さんのような 優しい目で その人をみただけで
ニッコリと 微笑んだだけで
ちょっと 優しい言葉をかけてあげるだけで
その人にとって いい布施になるのだ。

『わたしが』
『俺だけが』

『わたし だからこそ…』
『俺 だから こそ…』

【こそこそ こそこそ こその つけどころ
わたしなりゃこそ あなたなりゃこそ】

わたしが の [が]は 【我】と書き 自我の 我だ。

わたしだからこそ の [わたし]を
[あなた]に 挿げ替えると 恙無く いくのだが。




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【大悲大悲の 観世音菩薩】

わたしたちは よく こう云う。

大慈と 大悲を 分けないで言ってみると
人の悲しみを 自分の悲しみとしてとらえ
苦を抜き 楽を 与えることだ。

私たちの 苦しみ。
【四苦八苦】を もう一度 簡単に整理してみよう。

[ 生苦 ]
生みの 苦しみでもあるし、
生きている間、味わわなければならない一切の苦しみ
[ 老苦 ]
娘 16 番茶もでばな。
いつまでも 若くいたい。しかし やがては 老いさらばえる。
[ 病苦 ]
せめて 年をとっても 元気でいたい。
だが年とともに 肢体の不調を 訴える。
若くして 癌や 脳溢血に なりたくない。
しかし 病は どこからともなく 忍び寄ってくる。
[ 死苦 ]
できれば 歳をとらないで 元気で
いつまでも 死なないで いたい。
不老不死の 薬を求めて 歩き回ってでも。

愛しい者との 悲しい別れの 苦しみ
顔も見たくない 相手の 顔をみた時の 苦しみ
欲しい物が 手に入らない時の くるしみ
心身の 煩悩が 盛んな くるしみ

私たちの持っている【煩悩)】が
いろんな 苦しみを 引き起こすのだ。




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【八万四千の 法門ナ 生死の苦海を渡る 筏なり】

八万四千の 経典は わたしたちが 持っている
煩悩の 数を いっているので

数知れぬ 無数の煩悩を 集約すると
たった 3つに 絞られる。

[ 貪欲 ]
欲望の 無限拡大。
もっと もっと 欲しい。
もっと もっと して欲しい。

[ 瞋恚 ]
思い通りに ならない時に 生ずる 怒り。
なぜ わたしの いうとおりに しないのか。

[ 愚痴 ]
物の 道理に 暗いところより 生ずる愚かさ。
なぜ こんなことに なるのか
なぜ こんなことに なってしまったのか。

今回の
[ してあげた]
[ さされた ]

論争は 貪欲の上に 瞋恚が くっつき
挙げ句の果てには [愚痴]まで 登場する

どこにも ある 喧嘩で
1番 和解 できづらい 論争なのだ。

お互いが 【大慈大悲】の 心を持ち
その人の 気持ちになって 考えなければ
絶対に 解決しないのだ。

だが 互いに 心をいれかえ
優しい 思いやりの 心で 接すれば
1番 早く 解決する ことなのだ。

簡単な 事だ。

『ごめんね』
『ありがとう』
合掌





【限りある 生命。充実した 毎日を おくろう】

残暑厳しい中、と申しても
どこか ひんやりした秋風が 顔を撫でる。


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それも そのはず 葉月が 終わって長月にはいれば
1年の 3分の2が 終わってしまっている。

やれ 秋祭りだ クリスマスだと 大騒ぎしている間に
カレンダーが 新しくなり
『新年 あけまして……』と、云うことに なる。

今年に はいって 一体、何をしたんだろうね。

釈迦の お言葉のなかに こんなのが ある。

【 人の世に 生命を 受けることは 難く
やかては死すべきものの
今 命あるは ありがたし】

人として この世に 生を受けることは
並大抵の 事では ない。

わたし 1人 誕生するのに 2人の 両親の 縁をいただき
2代 さかのぼれば 4名、もう一代 のぼれば 16人。

僅か 3代で 16人の先祖さんの 縁を頂いており、
このうちの たった1人の 縁が無くても
わたしと云う 存在は ないのだ。

受精するのに必要な 精子数は4000万匹ほどで
そのなかで
2時間から 4時間 かけて現地まで 到着するのが
数十匹から 数百万匹だそうだ。

しかも 受精するのは ただの 1匹で
この競争率は 4000万匹中、1匹。
東大の 合格率よりも 難しい。

ここに在る命が 当たり前として 存在するのでは無く
とても 得難く 大切なものだと改めて 認識するだろう。

また 得難いものだからこそ 大切にせねばならぬと
生命への 慎みも生まれる。




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日本は 男女とも 平均年齢が 80歳を こえ
世界一の 長寿国と なった。

にも 拘らず 自殺するものが 年間 3万人を数え
せっかく頂いた 生命の尊厳さ大切さを 考えたとき
頭を 抱えるばかりだ。

3万人というと 丁度 小豆島の 人口で在る。

自殺率は 世界 ランキング 4位。
主要国 G8 又は OECD加盟国 双方でも日本は 上位。
アメリカの 2倍だ。

死因でも 万民が かかりたくない 癌が 30.4%で 1位。
心疾患 16.0%。脳血管疾患 11.8%。
肺炎 9.9%。不慮の事故 3.5%につぎ
自殺者の ランクは 2.8%で 第 6位だ。

世界各国から みて 経済力の 高いとされる日本の
自殺者が 多いのが 何故なんだろうね。

こうしているなかでも 時は 待ってくれない。
刻、一刻、死にむかって 突き進んでいるのだ。

『病気になって
健康のありがたさを知る人は 多い。
しかし、回復して 病気の有難さを知る人は
意外と 少ない』
南光坊

病気になって はじめて ああ あれが悪かった。
これが 悪かったのだと 自戒する人は すくない。

老 病 死は かえって 私たちを育ててくれる。

出会いが 人生を 豊かにゆるのと 同様に
大切な人との 別れの経験は
その人の 人生を なお一層、深くする。

その尊い 悲しい経験を 無駄にしたらならない。

かぎりある そして かけがえの無い
私たちの 生命を なお 一層 魅力あるものに
するために。
合掌











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【無相こそ 私たちの 本当の 姿である】

先日 孫と家内の 合同誕生会があった。

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ハッピー バースデー ツーユーの 歌と共に
これからの 健康と しあわせを 祈願して
ローソクの 炎を 吹き消す。

鳴りやまぬ 拍手喝采のなか
それぞれに 誕生祝いが 手渡されるのだ。

お花、
大好きで どうしても プレゼントしてほしかった
プリキュアの 洋服。
( 本人が プリキュアに なるのだ )

当然、お姉ちゃんをはじめ ジェラシーの 目線のなか、
自分が プリキュアの 主人公として 登場する。

『わーい 』

あらかじめ 知ってはいたのだが
はじめて我が手に 手渡されて大はしゃぎだ。

そんな 家内のプレゼントのなかで
【 肩たき 券 】というのが あった。

孫たちの 慈愛を凝縮したもので
⚫︎⚫︎マッサージ店と 券にネーミングまで ついていた。

物を 貰うということは 誰でも 嬉しいことだ。

また、子供が ママや 年寄りに
優しい言葉をかけたり 肩たたきをしてくれたりする。

プリキュアは 目に見えるが、
優しい 言葉や 行いは 目に見えない。

みえないが その 慈悲心は 深く心に染み、
いつまでも 忘れない。



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私たちは いつも 形を 求める。
形を 求めないと 安心しない。

どんな形か ?
どんな色だ ?

それを 知って はじめて納得する
習性を 持っている。

【小豆島大観音】の
あまりにも 美しく
あまりにも 雄々しき
ご尊像を 見上げて 必ず いう。

『美しい お観音さまですねえ。
一体、何メートル あります? 』

「この 大観音さまには 高さがないのです。

自分の 心に 大きな曇りが あった時は
遠く 小さくうつり
透きとおる秋空のように 澄みきっていれば
尊像は 目の前まで 来られる。


仏法には 【有相】と 【無相 】という
2つの 考え方がある。

[ 無相 ]
全ての 存在が [ 空 ]なるもの。
一切の ものに 実体がない。
実体がないから 1つの 物事が 良くも 悪くも なる。

それは 自分自身の 心 次第である。

[ 有相 ]
物事を 実体的に とらえる考えかた。
これは 物事の 認識としては
誤った みかたである。

全てが 般若心経の 【空 】なのだ。

全ての物に 実体がないと 勉強したね。

物は おおきくも ちっちゃくも
美しくも 汚くも ない。

それは 私たちの 持っている ( 煩悩 】が
そうさせるのだ。

プリキュアは、やがて 潰れてなくなる。
これは 『形あるもの いつかは 潰れる』
運命で ある。

ところが 優しい 言葉や マッサージは
孫が 大人になっても
その 優しさを 忘れることはできない。

【有相】【無相】

簡単な言葉だから 是非、覚えていて 欲しい。

こうして みんなが 喜びのなかで
孫と 家内の 誕生会は 幕を 閉じた。
合掌








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【 敬老の日に あたって 】

子供たちから お花が 送られてきた。

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今日は 【 敬老の日 】だ。

『オギャーと 生をうけた その日から
こんにちに 至るまで 影となり 日向となって
わたしたちを 育て 慈しんでくださって ありがとう。

子供たちも こんなに 大きく成長しました。
これも おじいさん おばあさんの お陰と
家族一同、深く 感謝を しております』

送られてきた 花束は このように 語りかけた。

嬉しいねえ。

かがて パパや ママも 歳を老い 敬老の日を 迎える。
その時には 心根優しい 子供たちが
『あっ パパやママも お花を 送っていたな。
本当に わたしたちを 一生懸命 育ててくれて
ありがとう』

と、お花を 1輪 くれるだろう。


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男女とも 平均年齢が 80歳をこえ
名実ともに 世界一の 長寿国となった。

大変 めでたいことではあるが
わたしたちの 八大苦 【四苦八苦】から 考えると
生理的な 老化現象は 決して喜んではいられない。

テスト走行も 終わり 青春という 人生を
全速力で 駆け抜け 自分でも少し ガタがきたなと
気がついたころに
『はい、ごくろうさま。定年です』と、
軽く 肩を 叩いてくれる。

かって 日本占領軍の 総司令官 マッカーサー元帥の
座右の銘に このような 言葉がある。

我が寺にも彼からの 手紙があり
大切にしていたのだが今は 残念ながら 紛失した。

『優れた 想像力 逞 ( たくま ) しい意志
燃ゆる 情熱、安易を振り捨てる冒険心

こういう 有様を 【青春】という。

歳を 重ねるだけでは 人は 老いることはない。
理想を 失ったときに はじめて 老いる。


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本山へ お参りしたとき、
管長猊下が お出ましになる。

そのときに 高齢な 猊下に 2人 3人と
御付きの 僧侶が お身体を ささえる。

その お姿を 見るだけで 神々しくて
頭が下がる。

マッカーサー元帥は
歳を重ねても 人は 老いることはない。
理想を 失ったときに はじめて老いる
と、言われた。

猊下は 祖師 空海の教え
【真言密教】を、深く 広く お伝えする
お役目を 懸命になって 果たされている。

今の 猊下は 青春を 突っ走っておられるにだ。

わたしたちも 子供や 孫から
お祝いを してもらって 喜ぶだけでなく
これからの 老後を 理想と 実現に向かって
どのような 取り組みをするか

それが 最大課題だ。

【美しく 老いる】

『ああ 生きいて 良かった』
つとめ 励んで 素晴らしい 夕映えの 老後を 迎えたい。

最後に マッカーサー元帥の 言葉を紹介して
筆を おこう。

【老兵は 死なず。ただ 消え去るのみ】

司令官の 職を 解かれ
アメリカ本国に 帰るときの 言葉だ。
合掌






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【 ならぬ 堪忍、するが 堪忍 】

書斎にて しあわせを 満喫していると
突然 大音響が 響きわたった。



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いつも どこでも在る 姉妹喧嘩に ママが言って聞かせて居た。

『お互いの 人の心が 分かるような
優しい心を 持った人に ならなければ なりませんよ』

2人が 帆を納めて 『はい』と 納得した時だった。
丁度、筋書きが さっぱり分からない
伯母 ( ママの 姉 ) が 登場して

『いつまでも 兄弟喧嘩をして。
ママの 云うことを聞かない子は 鑑別所に 入れるよ』
と、きたもんだ。

孫たちの 二重合唱は なかなか 治まらない。
過呼吸になり 一時、息が出来なくなったりして
大騒動だった。

伯母 ( ママの 姉 ) から 謝罪の電話が かかった。

『知らぬなかに 入ってきて 言い過ぎた。
主人にも カンカンに 叱られています』
との事。

姉妹喧嘩も 一体、なにが原因なのか 忘れたくらい
仲良くなっているし
ママと 姉にしても 既に 何の蟠りもない。

兄弟喧嘩って 良いね。


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『人間 辛抱が 大切だ』

理事長まで つとめた 先代 若乃花の
有名な 言葉だ。

年端のいかない うちから 青森から相撲部屋に入り
それは それは 苦労に苦労を 重ね
歴史に残る 大横綱として 活躍したのだった。

喧嘩 然り
仕事でも スポーツでも
そして 勉学でも そのとおりだ。

歯を食いしばって 辛抱したほうが 勝っている。


【忍耐】の [忍] は、刃の したに 心と書く。
刀を 首に突き立てられようが
動揺しないで じっと 耐えるという 言葉だ。

『仏弟子よ。
怒りに対して 怒りで返し
打擲 ( ちょうちゃく : 殴ったり 打ったりすること)
に 対して 殴り返しては ならない』
梵網経


戦後、サンフランシスコで
『日本を どのように するか』との会議があり

属国にしよう。
2等分、3等分に 割譲しようとの
意見が 多かったなか、

スリランカの ジャワヤナルデ大統領が
この 経文をだし、
『罪は 罪だが それを 言ったら
戦いは いつまで経っても おわらない』と 弁護し、
割譲は 取り消された。

『堪忍は 一生の 宝もの』

私たちは 人を 認めるということは
非常に むつかしい事で ある。

自分は 認めて貰いたいが
目の前にいる人を 認め、常に 友人として接することは
そう 簡単に 出来るものでは ない。

この言葉のように 相手の 尊さを信じ
じっと 耐えることで
その人から 学ぶことは 多いはずである。

怒りの 火に包まれているあいだは
相手と 心を交わすということなど
とても できない。

『ならぬ堪忍 するが 堪忍』

人が 出来る 堪忍なんて 堪忍のうちには 入らない。
人が どうしても 出来ない堪忍に 耐えてこそ
【堪忍した】と、いえるのである。
合掌


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【人に 教えるとおりに 自分でも 行なえ)

ママから 孫の ピアノの風景が送られてきた。


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お手伝いの お坊さんに 気がついたことをいう。

『般若心経を 読むときは もっと口を 開いて
拝んだ方が いいよ』

『願文は ゆっくりと。
僧侶が 仏に 参拝者のお願いを お取次ぎするときに
何を お願いしているか 依頼者にも 分かるように』

『僧侶は 仏さんへの お取次ぎをするのが 仕事で
決して 自分が 仏になっては いけない』

その 本人が その人たちに 顔向けができない
とんでも無いことが 起きた。

丁度、その日は 住職が スリランカに お参りにいっていて
お手伝いの お坊さんも 手薄となって
わたしまで 現場に 駆り出されたのだ。

『よしきた ! 昔取った杵柄』

若あゆが 跳ねるがごとく お経を拝み 太鼓を たたき
お話を させていただいた。

ところが その間に 寺での法事がはいり ( 寺法事 )
鉢をついて 拝むことになった。

仏と わたしと ご家族とが 1つになり
愈々、ご本尊の 真言を唱えて 終わる直前になって
わたしが 咳き込みはじめたのだ。

お手伝いのお坊さんや 寺のものや ご法事のかたが
驚いて 右往左往した。

ところが 咳を止めようと 焦れば あせるほど
席は 延々と 続くのだ。

『心配ありません。
これは 代替わりをしてから
喉を鍛えてない 証拠です。

もっと もっと 拝みなさいと
本尊さんに 叱られているのですよ』

喘息のように ヒーヒー喘ぐ 青息吐息の中で
蚊の鳴くような声で それだけ 言った。



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ママから 送られてきた 動画は
孫の ピアノの 練習風景だった。

《 アナ と 雪の女王 》

お上手ではないが とても 上手だ。
お盆休みに 小豆島に 帰ってきたときに弾いたのとは
段違いに 上手に なっている。

『ピアノ塾で 先生について 練習を重ねて、
帰ってきたら 鬼のママが 納得するまで 弾かされる。
上手にも なりますわ』

姉たちの 談話である。

しかし その後の言葉に 驚いた。
ママたちも 一通り ピアノは レッスンしてきたが
もう 何十年か 鍵盤を叩いていない。

姉たちからの 情報では

本人が 娘を指導するにあたって
納得いくまで 自分で 練習をするそうだ。

孫の ピアノの上達よりも
ママの 誰しらぬ 努力の方に 驚かされた。


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経典の 中に
【 他人に 教えるとおりに 自分も 行なえ】
という 教えがある。

しかし これは
【云うは易し しかし 行うは難し】で、
では やってみなさい となると
中なか出来ることでは ない。

親鸞も
『浄土を 論ずるもの 常に 多けれど
その 要をえて 直ちに おしうるもの
あるいは 少なし』

『善知識 ( よきひと ) に あうことも
教うることも また かたし
よく 聞くことも かたければ
信ずることも なお かたし』
と云う。

教えを しっかりと 人に伝えることもむつかしく
しっかりと 教えに 耳をかたむけることも 難しく
それを 信ずることは それよりも むつかしい。


わたしの 失敗は あれを ああやって こうやって…
頭のなかでは 理路整然と 分かっているのだ。

ところが 自分で いざ やってみると
実力や 条件が そこまでに 達しておらず
大失敗を するのである。

ママの 場合は 素晴らしいね。

みなさんも どう?

社長室で 踏ん反り返って 命令だけする社長と
自分も 作業服をきて 泥まみれになって
ああもしてみよう こうもしてみよう
という 社長が 居たならば

どちらの 社長に ついて行くだろうか?
合掌






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【避けがたいことを 避けがたい と 知ること】

住職の 出張中に 2人の人が お亡くなりになった。


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2軒は となり部落でしかも 親戚である。

『1年 365日も あるのに
何故 2人が 同じ日に 旅だってしまったのでしょう』

住職 代理の 枕経の席で
遺族の方は 涙まじりに そう いわれた。

1人の お婆ちゃんは 行年 97歳。

高齢になってから 四大の不調を訴え
暫く 施設ぐらしを 余儀なくされたが
とうとう 天寿を全うされた。

『大往生です。なにも 云うことはありません』

もう1人の お爺ちゃんは 行年 82歳。
お酒が好きな人で それが原因がどうかは知らぬが
長い間、糖尿病を 患っていた。

孫に囲まれ 平穏な余生を 送っていたが
急に 不調を訴え、救急に 病院に担ぎ込まれたが
そこで 帰らぬ人となった。

『1ヶ月でも 看病をさせてくれたら
それなりに 心の整理もついたでしょうが
こんなに バタバタ 行ってしまったら
なにも 語る間もなく 分かれてしまった』

『「孫が 結婚するかでは 死ぬことは出来ない」と、
大好きな お酒も控え 健康に留意していたのですが』

『人って どうして 誰も彼もが
年を取り、病気になり 、
やがては死んでゆくのでしょうね』

ドキッとした。

2人の遺族は 胸の前で 手を組んでいる 本人の目の前で
偶然にも 同じことを いった。


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釈迦は 『人生は 苦なり』と 説いている。

オギャーと 生まれて 死ぬまでが
苦しみは づっと 続くのだ。

言葉を 変えていうと
なに一つ
わたしたちの 思いどうりには まらない
と、云うことだ。

経典の なかに このような 教えがある。

この世において どんな人にも
なしとげられない事が 5つ ある。

⚫︎わが身は 老いてゆく身で ありながら
絶対に 年はとらないという 考え。

⚫︎わが身は どんな時でも
身体の不調を 訴える身でありながら
自分だけは 絶対に 病気をしないという思い。

⚫︎身分の 家系も 死に筋で ありながら
自分だけは 絶対に死なないし
死にたくない という 考えかた。

⚫︎全ては 滅ぶべきもので ありながら
未来永劫 滅ばないという 思い。

⚫︎尽きるべきもので ありながら
絶対に つきないという 考えかた。

生老病死滅尽は
わたしたちが 絶対に 避けて通れない
永遠の 真理である。


わたしたち 衆生は
この 避けがたきことに つきあたり
いたずらに 悩み苦しむのである。

こんな 歌がある。

【人は 生まれて よろこばれ
老いて 邪魔にされ
病んで いやがられ
死んで 忘れて しまわれる】

この 苦しみを 避けがたいものと 自覚したとき
この身に 引き受ける 積極的な生き方が
恵まれる。

それが 避けがたいことを 避けがたいと
知るという ことである。
合掌



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【寝て待っているようでは 果報は こない 】

軟式高校野球で 勝負がつがず
延長 50回で 3 --0 で やっと決着がついたという
壮絶な 戦いがあった。

延長 50回なんて 聞いたことも ない。

また 目を他に移せば 水泳 柔道と
日本の選手が がんばっている。

表彰台に 立つ 立たない 関係なく
1つの 目標に向かって 何万人 いや 何十万人の人が
身を粉にして 血の汗をかき 努力を積み重ねている。

勝って 涙し、負けて また 涙する。

動物園の 園長さんの言葉が ある。

『努力は 成果を 約束しないが
努力なしでは なにごとも 始まらない』

努力したことが 全て 報われると 思っている人は
そう 多くは いないだろう。

いや 殆どが 報われないままに
終わってしまうことの方が おおいだろう。

しかし わたしたちは 努力を 惜しまない。
努力なしては 成果が 求められない もの。


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【小豆島霊場 第81番 恵門ノ不動】

この霊窟は 祈祷道場で 365日
1日 たりとも お護摩の火が 耐えたことがない。

日頃から 死に物狂いで 祈願をするのだが
1年に 1度、命がけの お護摩を 焚く。

8月 27日の 【大祭】の 宵祭りには
5人の 僧侶が 入れ代わって 地水火風空と
5大の 護摩を 夜中じゅうかけて 厳修するのだ。

とにかく 余りにも 多い 添え護摩の本数によって
見事なくらい 大きな 大火が あがる。

行者が 眼鏡なんか かけていると
一瞬のもとに 溶けてしまう。

導師の火と 行者の 太鼓と 大衆の 読経の唱和が
1つになり これが 本尊につながり
おがげとして 現れる。

現役を 離れている人が
『ちょっと わたしも 焚いてみようかな』
護摩壇の上に 座っても とても 成せる技ではない。


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『昔取った杵柄、なんとか なるだろう』

わたしたちは このような 甘い考えをよく 持つ。
そして よい 結果だけを 待ち望んでいる。

しかし その為に 地道な努力を 積み重ねることは
なかなか 出来ない。

【経典】に このように ある。

[ 愚かなものは その果報だけを 望むが
それは ちょっとや そっとで得られるものでは ない。

ちょうどそれは うわべだけの 戒を 保っていても
心の中に 真の信心がなければ
決して 真の 安らぎは 得られないのと同じである。

【見せかけの】【うわべだけの】
努力を 自ら 演じているのと 他ならない。


自分が 自分の 目標に 向かうのも、

第三者が それをみて
震える喜びで 鳴り止まぬ拍手を おくるのも

わたしたちが 見せかけの 努力で お茶を濁しているか
真剣に 弛まない 努力を積み重ねているかどうかの
違いに よるものである。

わたしたちの 残されている時間は 少ない。

さあ 立とう !

明るい 未来に むけて
合掌








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【もう一度 初心にかえって 出直そう】

今日は 中秋の名月。

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本山の 京都 大覚寺では 【観月祭】が 催された。

孫たちも お団子をつくって
これから テラスで お月さまを 楽しむのだそうだ。

【中秋の名月】といえば 忘れられないことがある。

もう 30年も 前の話だろうか?
あの日も 今夜のように
月が こうこうと 輝いていた。

高野山では 10数年に 1度【学修灌頂】が 厳修される。
まだ 30歳 後半だったが
わたしも その 栄誉ある灌頂に ご縁があった。

【学修灌頂】
クライマックスは 最終日、
一介の 僧侶姿で 本堂にはいり
1日を 費やして 最終の秘伝を 受ける。

あくる朝には 【大師】と 相成って
神々しい 姿で 本堂から出てくるのだ。

既に 学修灌頂を 受けられた 先輩や 本山の役員、
高野 山内寺院の 皆さんが 出迎えてくれるのだが
余りにも 有難いので 驚いて
赤い杖を ( わざわざ ) 落とす お作法がある。

ちょうど、わたしの時は
当時、高野山大学の 学長だった
現 管長猊下だったので 失礼なことをしたものだ。




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クライマックスの 本堂に 入るまでに
2日に 渡って 大きな行事がある。

1日は 本堂に 入寺するに あたって
【閼伽】といって 神聖な 御聖水を
井戸まで汲みにいき 本尊に お供えする。

その時が ちょうど 15夜で
月が 真っ暗な夜道を あかあかと照らしてくれた。
これからの しあわせを 暗示してくれるように。

今日と 同じ月だが
あの日の月は 生涯、忘れることは ないだろう。

もう1つは 【御影堂】と云う
空海の 掛軸を祀っている 場所で 空海と 対面するのだ。

空海が 愈々 入定なさる と云う時に
弟子の 真如親王が せめて お姿をと
遠慮して 少し 横から 書いたものだ。

今の 空海の 軸や 絵の 元となる絵で

【学修灌頂】を 受けたものだけが
しかも 後も先も 生涯に 1度だけ 対面できるのだ。

1200年の 重みのある いまだ厳然と生きつづけておられる
大師と 2人きりで お話ができるのだ。

だれもが 感激のあまりに 涙する。

『弘法大師に 会ったときは あれもたのもう
これも頼もう』と、頭に入れてお出会いするのだが
余りもの 感激に 全て忘れてしまって

ただ
『成満して 伝燈大阿闍梨に なった 暁には
初心に かえって もう一度 出直し
世のため 人のために 頑張ります』

それだけ お約束を したように 思う。


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それから かれこれ30年 過ぎ
新しい 後輩たちも できたことだろう。

ブログにも 何度か 書いた。

本堂再建で
信者さんに お願いに上がっているときに
『帰れ くそ坊主ー』と 何度か 怒鳴られた。

大観音 建立の時期、そう 今の住職の年代だったら
怒鳴られても そう 苦にはならなかった。

ところが 古希を目前にして『クソ 坊主』は 答える。

《慢心》してないつもりで いるのだが
何処かで 慢心しているんだね。

【慢心】
自分より 劣ったものに対して
『自分は 優れている』と 自覚し
同等のものに対しては『同等である』と、
心を 高ぶらせること。

この 慢心に 幾つかある。

⚫︎我慢
[耐え忍ぶ]という 素晴らしい意味で使われるが
本来は [ 自我に 執着 ]して 我 尊しと自惚れる
事を いった。
⚫︎増上慢
まだ 悟りを得ていないにも 拘らず
『自分は 悟った』と 過信して 威張ること。

まだ 書いていたけど 長くなるので削除します。

あの時と同じ 満月を 見上げながら
【御影堂】で 生涯に 1度だけ 空海と対面して
涙ながらに お誓いしたことを 思い出した。

『お大師さま。
わたしは 歳とともに 傲慢になってきましたが
もう一度 初心に帰り
世のため 人のために 尽くします』
合掌


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【 国宝とは 道心の ことである 】

【小豆島大観音 スリランカ参拝団】が帰国した。

『お陰で いろんな寺に お参りできたり
古代 名所旧跡に いけて 大感激です』

「スリランカは なんと言っても 宝石の国。
ほら、見てください。お宝を ゲットしましたよ」

当国は 金と ダイヤモンド以外は なんでも産出し
キャッツアイ ルビー サファイア …宝石の山だ。

「わたしは 宝石を ゲットしましたが
法主さんの お宝って なんです。
良いものを お持ちなんでしょうね」

ある。

【小豆島大観音】にて
何物よりも大切なものが 2つ ある。

1つは
[全世界の仏教徒が 平等にしあわせになりますように]
当時の ジャヤワナルデ大統領名で 国立仏歯寺にある
スリランカで 1番 大切な 釈迦の歯《仏歯》の 一部を
大観音に 頂いたものだ。

もう 1つ ある。
【小豆島大観音】の ご尊像 そのものだ。

フランスで 行なわれる
Arc ➕ ( アークプラス) 国際作品 コンテストで、
清水建設が 1位を 受賞される 名誉に欲したのだ。

所謂《世界一 美しい お観音さま》 なのだ。

「法主が 仰るように その通りだね。
でも どうして 小豆島は
それを おおやけに 宣伝しないのだろう ?

ぢちらも ギネスに 相当するべき 快挙なのに。

手を合わせて 拝まなくても いい。
そんな 美しい観音様が あるのかと 知れただけせ
島 自体が 潤うのに」

『本当だね。
その とおりだね』


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『わたしが申した 2つの事は 事実として 横に置いても
[お宝] とは みなさんが 思っているのと
少し 違うようです』

比叡山の 最澄は このように 申している。

【 宝 とは 道心 なり 】

[ 国宝とは なんぞ、宝とは 道心なり。…
経寸 十枚 これ 国宝に あらず

一隅を 照らす、これ すなはち 国宝なり ]

国の 宝とは 一体 なんであろうか ?
それは 道心…
是非を 判断して正しい道を ふみ行う 心。
菩提心、道徳心、良心。

真実を 求める 心である。

立派な お家や 宝石などが 国宝ではなく
社会の 片隅にあって 光を発揮するもの
それが 真の 国の宝である。

わたしたち 空海の教えを 守るものは

即身成仏

済世利人

密厳国土

の ことを 言って おられるのだ。

『金や ダイヤモンドと
優しい 心をもって 一隅を照らしてくれる人と
どちらが ありがたい ? 』

「 き… 金や ダイヤモンドかな ? 」

『え ~ ! 』
合掌









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【やがて 死すべきものの 今、生命あるは ありがたし】

『いやあー 本当に 死ぬところでした。
癌という病気は 怖いものですなー ハッハッハ』

今は 大手の会社が 経営しているが
今は亡き フェリーの 専務が
わたしの先代の 法事に来られて 笑った。

1年前に ガンが 発見され 大手術の結果、
元気に 回復され、癌の怖さを 語ったのだ。

『抗ガン剤も 医者は3回で 万全と言ったのを
4回も 挑戦したし もう大丈夫です』

それから 1ヶ月 少々で 帰らぬ人と なった。

『お腹の この辺が おかしいのだが』

病院にて 診察の結果、そく 入院。
もう 入院したくない と、
ケアハウス ( 名前は わからない ) を
終のすみかとしようと 手続きをしている間に
お浄土に 旅立ってしまった。

今、専務さんの 13回忌の 法事のため、
彼が 造り 島民の足として 活躍した
フェリーに 乗っている。

『うちの人は まさか この時点で
自分が 死んでしまうなんて
夢にも思わなかったでしょう』

専務さんの 奥さんが ため息まじりに言った。



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諸行無常 是生滅法
生滅滅己 寂滅為楽

私たちは
『わたしは 若い。
いつかは 死ぬだろうが まだまだ死なない』

死について ぼんやりと そのように思っている。

諸行は 無情にして どんどん 移り変わる。
いつまでも 番茶も出ばなの 少女のままでは
おいてくれない。

やがては 髪は 雪のごとく 真っ白になり
額は 醜く 波の紋をうつ。


高野山の 奥の院から 弘法大師 空海が
『もう いいよ。早く こちらに いらっしゃい』と、
手招きされると

『あっ 15分 待って。遠山の金さんが 終わるまで』
『彼女と デート中なので 1日 待って』

縋るように 拝んでみても
一旦、無常の風が吹けば 大師の元に
行かなければ ならない。

90歳を 過ぎた 老人はいう。

『定年退職を した頃は、
わたしが 死に向かって 1歩 1歩歩んで居るようだった。
しかし、この年齢を 迎えると
死のほうが 大きな音とともに こちらに向かっている。

朝、目が醒めて
ああ、今日も 生きている。
いや、生かされている』

感謝とともに 手を合わせるという。

釈迦は このようにも いう。

【人の世に 命を 受けくることは 難く、
やがて 死すべきものの
今、命あるは ありがたし 】

やがて 死んで行く身である わたくしが
今、厳然と ここに 生きている。

こんなに 素晴らしい事が 他に あろうか?

『いつ 召されるか 分からないからこそ
今 ある 生命は 有難いので
仕事にも 勉学にも 全力投球が できる。

貪りを やめ、
腹は たてず
悪を 遠ざけ
常に 無常を忘れては ならない』

70歳まで 生きた
100歳まで 生きたとて

あっというまに それも 過ぎ去ってしまう。

その時に
『しまった。ああも しておけば 良かった。
こうしておけば 良かった』と、
地団駄を 踏んでも 後の祭りである。

生かされている 今、
後悔のない 毎日を送らねば ならない。

専務さんの 法事にあたって
フェリーの中で そんなことを 思う
わたしで あった。
合掌


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【 蒔かぬ種は生えぬ】

『おめでとうございます。3600円です』

わたしは 1年に 4回だけ 楽しみがある。
僧侶としては あまり してはならぬことだが。

宝くじだ。

『ジジが 窓口に 行くのだったら
わたしのも 持っていって みてきて』

『へい へい』と なけなしの金を叩いて買った
長女の10枚の券を 預かって 窓口に いったのだ。
差引き 600円の 利益になる。

ところが だ。

わたしの 段になると もう少し張り込んで買ったのだが
結果は 長女と 似たり寄ったりで
今回も 大負けだ。

わたしと彼女 両方の 結果を持っていって 報告した。

『坊さんの することでも ないし
もう 金輪際 やめようと思うんだが』

『ジジの 唯 1つの ちっちゃな 楽しみなのに
やめることは ありませんよ。

買わなければ 目標の 3億円は 当たりませんよ。
本堂の 建立資金に 充てるんでしょう ? 』

なるほど 娘の いうとおりだ。
【蒔かぬ種は生えぬ】のだ。

トマトも キウリも 茄子も …。

太鼓も 見ているだけでは 、打たなければ
鳴らない。
ギターも 爪弾かなければ ならない。


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有名な 薬師寺の 故 高田好胤 管長が言われていた。

【仏教とは 縁を説く 教えだ】

《 因縁因果 》という 言葉が ある。

[ 因 ]は 原因。
[ 果 ]は 結果。


ギターも ピアノも 弾くという [ 因 ]なくして
音色が 聞こえるという [ 果 ]が みえない。

そして 【 宝くじ 】然りだ。

良い種を 植え、愛情をこめ 育て慈しんでこそ
立派な物が 収穫でき

強いときには 強く、弱いときには 弱く
愛する人を 労わるがごとく
爪弾いてこそ 感動する 音色がなるのだ。

私たちは
[ 良い種 ]を 撒けば 良い苗が 生ま
[ 悪い種 ]を 撒けば 悪い苗が 生まれる。

良い種を 撒けば 慈悲と

悪い種を 撒けば 貪欲 瞋恚 愚痴が
芽を ふく。

高田好胤 ( 故 ) 管長猊下は 仰る。

写経をして 般若心経を なんども なんども
読んでいるうちに
不思議に 心が 落ち着いてくる。

優しさの 心があれば 平和である。
平和の 社会は 愛が 満ちあふれている。

『おかげさまで』

『ありがとう』

私たちは いつも 感謝の気持ちを 持てる
種を 巻かなければ ならない。
合掌



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【 正思惟 立派な 家庭を 築こう)

『ジジ、 9月 1日の 誕生日プレゼント
これを 買って~』

「エッ もう プレゼント 決めているの ? 」

『ジジ。
本人も 楽しみにしているんだから 買ってやって』

プレゼントは 依頼されて 与えるものでなく
自発的に するものだ、とか 言いながら
何故か くすぐったくて 嬉しい。

[ 家無き子 ]や [マッチ売りの少女 ]の話が
頭を よぎる。

雪の ちらちら降る イブの夜、
どの 家庭を覗いても サンタさんの お飾りをし
机の上には ワインと 七面鳥が おかれ
ジングルベルの 歌声とともに
『わーい』という 子供の 歓喜の声が 聞こえる。

サンタさんが プレゼントを 持って来てくれたのだ。
どの 家も どの家も 笑い声が 絶えない。

【家庭】がある そして 家族のいる
しあわせに 酔いしれるのだ。

いまや 私たち 2人で暮らしている 寺も
昔は 大家族だった。
そして 本当に 忙しく 子育てどころではなかった。

友人は いう。

『あんなに ほったらかしされて よくぞ
全員が いい子に 育ったもんだ』

そうかも 分からない。

今の ママたちは 子供の ピアノのレッスンに合わせて
ママが 先に教え込み、ママ 自身が
その為に 必死に 練習をするという。





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『ハウス ! 』

家の人が そう言っただけで 利口な犬は
自分の お家の中に 入る。

主人が 『ハウス』と 言ったから 入っただけで
暑くて 狭い部屋は ちっとも 快適ではない。

鎖に繋がれて ゴロニャンと 横たわって居るだけで
1日として 何の 楽しみもない。

ところが 【家庭】となったら そうではない。

血縁で しっかりとした絆で 結ばれて居る
家族が 生活している。

その 家庭を さして このような 分を 読んだことがある。

【 家は あるが 家庭は ない。
時間は あるが ゆとりが ない。
楽しみは あるが 喜びはない 】

昔は 大黒柱の 父親が 上座に座り
全員が 感謝の気持ちで 手を合わせ
『いただきます』と 云ってから お箸をつけたものだ。

今は 違う。

みんなが バラバラで 思い思いのとき、
勝手に 各々で 箸をつける。

子供の 部屋の前に いくと 【入室禁止】などの
看板が かかっているという。

人は みんな 世界観が 違う。
価値観も 違う。

同じものを みても 見えたものが 違う。

人々は いつの間にか 《 自己中 》に なっているのだ。

自己中心 と 自己中が 自分だけの事を 考え
好き勝手なことをするから
家庭は 崩壊する。

【家は あるが 家庭はない】

前記したことは 犬が 住む【 ハウス 】は あるが
帰ってきて 心を癒せ、疲れた 身体を 休め
思いやりの心も 潤いの心も 持ち合わせていない
鬼畜が 寄り集まって居るだけである。

鬼畜が 住み着いて居る【ハウス】は犬小屋と 同様だ。

釈迦は
【 こだわった 物のみかたを 手放し
素直に 有りのままを みなさい】という。

そして これは 私の意見でもあり、
今回の テーマとは 外れて いるのだが

家庭にも 歴然とした 大黒柱 ( リーダー) が
必要である。

会社でも 学校でも スポーツでも
立派な 指導者が いる。

『誕生日 プレゼント 買ってよ』

わたしが 嬉しかったのは
この 家族は 【ハウス】ではなく
立派な 【家庭】を 築いているな と 思ったからだ。

どうか 益々 素晴らしい 家庭をつくって欲しい。
合掌



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【えっ まだ 拘っていたの ? 早く 荷物を おろして 楽になりなさいよ 】

仏師夫婦が 来られた。

彼には いつも 後ろめたい気持ちを 持っており
一刻も 早く 謝って 肩の荷を おろしたいと
願って いたのだ。

『おじさん この12月に
私たちにとって はじめての子が 生まれるのです』

「おめでとう。
おとうさんや おかあさんから 聞いて 知っているよ」

はやく 謝らなくては。
はやく 肩の荷を 下ろさなくては。

本人からすれば 変な 会話だっただろう。

彼は 友人の長男で 美術大学を経て 仏師の卵になった。
彼に 聞いてみると 弟子が約 40人居て
11人年目の 彼は 丁度、中堅ぐらいで 頑張っているようだ。

入所したとき 所謂 11年前から言っていた。

『暖簾分けを してもらえて 先ず 1作目は
おじさんの 寺で 造っていただくから』

「お願いしますよ。楽しみに しています」

ところが 我が寺で 思いもよらぬ 本堂再建を余儀なく
新たに 仏さんを勧請しなければならなかった。

本人に 自作は 出来るか否か 訪ねてみた。
彼曰く、まだ 先生から 暖簾分けをして もらっていない。
弟子の 1人で 先生の 許可なくして 造るころは できない。

『では 作者名は あなたでは なく、
先生の 名前が 入るのですか? 』

「 当然です」

ところが 先生に 打診してみたところ
流石は 日本を 代表する 大先生。
お値段を 聞いて わたしが 目を回してしまったのだ。

口先だけの 大嘘つきに 成り下がった瞬間だった。


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『 え~ まだ そんな事に こだわっていたんですか?
わたしは とっくに そんな事、忘れていましたよ』

口には 出さなかったけれど
彼の 顔には そう 書いていた。

そう わたし 1人で こだわり わだかまり とらわれ
悶々と 苦しんでいたのだ。

私たちは オギャーと 生をうけた直後から
[ 苦しみ]の 連続である。

その 原因となるのが 私たちの 持っている
[ 煩悩 ]である。

【 抜苦与楽 】
私たちは 苦を 捨てて 楽を 与えなくては ならない。

そのためには [ 煩悩 】を 解き放たなくては
なりません。

そして 悪かったと 【謝る】勇気と
謝れば 【 赦す 】という 度量を 持たねばならない。

ああ言えば こう云う。
人を 押さえ込んで 勝ったとしても
横で みていても 余り いいものでもないね。

彼は ただ 笑って わたしを 受け入れた。

毎日 お身体を お造りしている
ご本尊の 【 慈悲 】と 【 智慧 】を 頂いたのかも
しれないね。

『おじさん、一本立ちしたときは
本当に 仏像を 造らせてくださいね』

「 も …もちろん 」

彼が 素晴らしい 仏師に成長し
暖簾分けをして 頂く日も
もう そこまで 来ているのかもしれない。
合掌




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【 国民総生産量 と 国民総 しあわせ量 】

叔母の 満中陰 49日法要が あった。

愈々、中有の世界から 仏さんの世界に
旅立たれるのだが、

あの 悲しみの別れの日から
はや 49日も経ったのかと思えば
如何に 月日が早く過ぎ去ってしまったのかと
驚かされて しまう。

お坊さんたちも 久しぶりに 会う人もいて
お友達の情報を 交換する。

「あのお坊さんは 53歳の若さで 癌で 亡くなった」
「このお坊さんは 家の中が うまくいってない」

ああ 良かったなと 心から両手を上げたい話から
「何故、こんな事になってしまったの」と、
顔を 曇らしたくなる話やらを 聞く中で、

叔母の息子である 現住職が お礼の言葉を 述べた。


『母は 91歳で 天寿を全うしました。
72の歳から 透析を始め 19年間
病気と闘う 毎日でした。

1週間の 間に 月水金と 病院に 通い
本人も 大変だったでしょうが
この病気とは 家族ぐるみの 闘いでした。

今でも 月曜日になると
『あっ おばあちゃんの 透析の 日だ !
…ああ、おばあちゃんは もう いないんだね』

わたしが 思うぐらいがから
妻は もっともっと 悲しんだのでしょうね。

母から すれば 孫も帰ってきて お嫁さんもきた。
みんなで 苦しみを共有してきたのは事実ですが
わたしは 我が妻に 心から お礼が いいたい。

本当に ありがとう』

一口に 19年といっても 雨に日も 風の日も
病魔と 戦い続けた おばあちゃんと ご家族、
本当に ごくろうさん。


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先日 [ 世界一 しあわせな国 ]
ブータンの トブゲイ首相が 初めて公式に
日本を 訪問した。

そのとき 前国王と同じように
『国民総生産量よりも 国民総こうふく量の方が
大切である』と、話し 話題を呼んでいる。

ブータンは 決して アラブの王国のように
裕福な国では ない。

北に中国、南にインドに 挟まれた
人口僅か 70万人の 小さな農業国だ。

犬を はじめ いろんな動物が
お腹を 上に向けて 昼の日中かから横たわっている。

民家には 芥子や 麻薬草が 山ほど群青して
日本からの旅行者は 驚かされる。

昨日 今日でなく 太古の昔から
犬を はじめ 家畜をいじめたり
麻薬草に 手をだしたりする人が いなかったのだろう。

【国民総生産量】は 数字で 弾き出せば 直ぐに分かる。

【国民総しあわせ量】は、数字では あらわせない。

わたしたちの 心の持ち方によって
[ しあわせ量 ]が 増えたり 無くなったりするのだ。

豪華な テーブルの上で
[焼き方がどうの][固さが どうの]と、
不平不満で 頂くよりも、

家族が 仲良く 感謝の気持ちで
お茶ずけを 流し込んだ方が 余程 美味しいのだ。

叔母の 家族にしても
不平不満で 介護をするのではなく
自分のこととして 共に 病気と闘ったからこそ

[しあわせ量]も 増え、お互いに 『ありがとう』と
言い合える 素晴らしい 魔族が できたのだ。

きっと 仏さんの よこから 家族を 見下ろして
喜んで いるだろうな、叔母は。
合掌



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【なにごとも 平素が 大切である 】

孫が 今日で 4歳になった。

別に 塾にいったり クラブに いったり
したわけではないが お姉ちゃんたちの
見様見真似で いままで 出来なかったことが
次々と 追いついていっている。

一夜ずけで 誤魔化したのでは なく
平素の 努力の積み重ねが 産んだ賜物と
驚いている。

平素の 行いが 大切というが

今まで ずっと 思い続けていた その人像と
本当の その人に 出くわした ギャップが
大きければ 大きいほど、驚き 失望し 落胆する。

最近 こんなことが あった。

80歳すぎの 独り住まいの お婆ちゃんから電話があった。
どうも ようを得ないが
お婆ちゃんか 一大事だと云うことだけは分かった。

駆けつけていっていると
殆ど お婆ちゃんの 身の世話をしていた 老人もきた。

『こいつが わたしと ペルパーさんの 間を
ヤキモチを 焼いているんですよ。

最初は そうか そうかと 思っていたが
余りにも しつこい。
もう 来ないし 面倒も みない』

お爺さんは カンカンに 怒っていた。
何のことはない。

痴話喧嘩の 仲裁に 呼び出されただけのことだ。

『お参りに来ている お爺さんは
もの静かで 口数少ない、
生仏さん みたいな お年寄りだな。

わたしたちも ああ云う風に なりたい』



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わたしたちの 周辺にも いるね。

社交的で リーダーシップがあり
世話好きで 人を飽きささない。
その人が いるだけで その場は 花が咲いたようだ。

ところがどうだ ?

その方の お家なんかに お邪魔してみると
苦虫を 噛み殺したような顔をして
こちらが 気をつかわなければ ならない程、
不機嫌なのである。

わたしたちは いつ どこで 誰と 何が起こっても
【平常心】で 居なければ ならない。

天皇陛下と お出会いしたら 、卑屈な程 へり下ったり
( そりゃー それで いいか? )

有名人に 憧れの 心で対応したり
先生や 社長に ゴマをすってみたり

自分よりも 何かが劣っていると 判断すると
バカに する。

まるで 猫の目のように コロコロ 変わるのだ。

【泰然自若】と 悠然と 対応しなさい。
そして 【常が 大切】なのだ。

わたしたちも 『あの人はねー』と、
みんなから 後ろ指を 指されないように
気をつけなければ ならない。
合掌



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