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【ハロウィン祭りに 思う 】




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ハロウィン祭。

犯人に 意味がわかろうが わからまいが
まだ 1歳に ならない孫までが ハロウィンだ。

今日は お姉ちゃんたちと 一緒に
お祭りに 参加した。

右も 左の ハロウィンのなか
孫たちと一緒に ママも 大ブレークだ。

興行的には バレンタインを はるかに
追い越しているらしい。

元々は ある地域の ちっちゃな お祭りが
世界中を賑わす こんなに素晴らしい
フェスティバルに なるんだね。


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ケルト人の 1年の終わりは 10月 31日で
11月 1日が 私たちの いう お正月だ。

ハロウィン祭は 日本で言う
大晦日の 晩から 正月元日に むけてのお祭りだ。

秋の 収穫も終わり、その感謝の意味もかねての
収穫祭は 日本の 秋祭りも同じだ。

日本は ただ収穫に感謝し 来年の豊作を祈ったのだが
ケルト人は 死者の霊や 家族の霊まで 招来した。

家族の霊が 帰ってくるときに
有害な 精霊や 魔女たちが 害をしないように
待っている わたしたちは 仮面を かむり
魔女よけの 火を焚いた。

かぼちゃを くり抜いた中に ロウソクを立て
魔女や お化けに 仮装した子供たちが
近くの 家々を 1軒づつ訪ねて

『トリック オア トリート』
ご馳走を くれなかったら 悪さをするよ

と、大喜びで 走りあるいた。

『お菓子を ちょうだい』
『くれなきゃー 悪さをするよ』は
子供達の ジョークだろうが

魔除けの 仮面までかぶって
先祖を お迎えする心は 素晴らしい。




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日本での ハロウィン祭は
お祭りが なんのお祭りかも 分からない人たちが
仮面をかむり コスプレをして 大会を 盛り上げる。

挙げ句の果てに 終電車に なだれ込み
電車の 蛍光灯をはずし 網棚の上に寝ころび、
出くわした 乗客とトラブルを犯したような
暴走化した 例もある。

元々は ケルト人が 収穫を 感謝し
来年の 豊作を祈る。

自分たちだけでなく
先祖 共々 お祝いをしようと 言うお祭りが
ところ変われば たんなる 乱痴気パーティーにかわる。

同じく パーティーに 参加し 互いに 祝いたいならば
その意味を よくよく把握したのちに
感謝の意味をもって コスプレをして欲しい。

そうすれば 先祖も 救われるということだ。
合掌




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【 今日は 葬式の あり方について ボヤいてみた】






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『⚫︎⚫︎寺の おばあさんが よく なかったそうな』

「ああ 踊りの 先生で 和服の似合う
美しい おばあさんだった。
とうとう お浄土に いかれたんだね」

お葬式。

思えば いろんな お葬式と ご縁があった。
今は 葬儀会館が中心となり
お坊さんが 小鼠のように
走り回っているのを よく 目にする。

わたしが 先代から 受け継いだときは
まだ 土葬で 亡くなったお家で 拝んだあと、
墓まで 棺を お運びするのだが

棺の 後ろに ゼンノツナという 綱をつけ
多勢の 会葬者が 泣きの涙で
その 綱をもって 墓まで 送っていた。

棺が 墓に 納まったあと、
多勢の 村人が いつまでも いつまでも
立ちつくし、また むせび泣いていたものだ。

この頃は 葬儀屋の方の 指示の元に
時間を合わせるために お経まで 手を抜いて
斎場いきの 自動車に 乗り込む。

そして 葬儀屋の 車が 『ぴー』と、音を出す。

【出棺】なのだ。

わたしは あの ミンミンなく 蝉のような音を聞くと
何故か 悲しくなる。

誰が どのように 思いついたのかは 知らないが
わたしたちは 死出の旅を する時に、
きっと 大きな 舟に のって行く。

エジプトの ピラミッドの 中にある 舟や
ノアの箱舟等を 思い浮かべると 納得がいく。

1万トン級の 船が 【ボー】と 汽笛をならし
ドラが 鳴り響くと きっと
こみ上げてくるものが あるだろう。

出棺の ミンミンいう 音を聞きながら
葬儀会館だから 何処からでも
どんな 音でも だせるだろう。

哀愁を こめて 【ボー】つと 1回、
哀愁を込めて 低く 静かに汽笛を 聞けば
万人の 涙を誘うとともに
本人を 無事に向こう岸まで お送りできるのに。



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最近は 家族葬が 増えてきた。
大変 素晴らしいことだと おもう。

本来 葬送の儀は
亡くなった方が 無事に 極楽にたどりつき
仏さんたちと 一緒に 【院殿】で 【居士殿】で
しあわせな 毎日を 送ることができますようにと
それなりの 心構えを お教えをすることだし

心から 野辺まででも お送りしようと
思うものが 会葬するのであって

やれ 親戚だから やれ 上司だから 部下だからと
しかたなしに 会葬し
会場で 久々にあったお見送りの方と
久しぶりに 会い、その懐かしさに
歯をむきだして 笑うようでは
来ない方が いい。

ところが 困ったもので
遺族の みなさんも
何人の 会葬者があったかを 1番、気にする。

これが わたしたちの 人生の中で
1番 持っては ならない【見栄】なのである。




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冒頭に
『いろんな お葬式と ご縁があった』と云った。

運転手つきの ベンツや ロールスロイスが
整然と並びたち 本山からは 管長猊下をはじめ
おびただしい数の 僧侶が 席を埋めている。

会葬者の 数たるや その数をしらず。

そして 年月は 流れ行き
後継者も 頑張って 先代よりも 城を大きくした。

しかし つわものどもが 夢のあとで、
家族も 従業員も あの時の 葬式のことは
既に 覚えてない人の方が 多い。

単なる 見栄だったんだね。

それから 考えると
人数は少なくても
本当に 涙して 心から 送ってくれる
お葬式のほうが 如何に素晴らしいかが
わかる。

そして
わたしたちが 目されたとき、
心から 泣きながら 送ってくれる友人って
何人 いる ?

指を 折って 数えてみて。

案外に 思っているほど いないだろう。
そして その数が 多ければ 多いほど
わたしたちは しあわせ なのだ。
合掌




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【 良いの 悪いのは 本人が 1番よく 知っている 】


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覚醒剤 使用の 疑いで収監されていた
有名 ミュージシャンの 恋人が
先日、保釈された。

これから 裁判で 闘うのだろうね。

覚醒剤といっても わたしは
アヘンとか 大麻とか コカイン ヒロポン
名前だけ 聞いたことがあるが
なにがなんやら さっぱり分からない。

ここ10年ぐらいの 覚醒剤 推移を調べてみた。

粉末押収量 (kg) 錠剤押収量( 錠 ) 検挙件数 検挙人数

2000年 1,026,9 0 24,167 18,942人
2008年 397.5 22,371 15,801 11.025人
2009年
(平成 21年) 356.3 12.799 16.208 11.655人


警察や いろんな関係者の努力は 認めるが
この数字が 示すように 決して減ってはいない。

そして このデーターは
氷山の一角であることは 間違いない。


この 3枚の 綺麗な写真、一体 なんだと思う ?

教えてもらったのだが 忘れた。
全て 麻薬 なのだ。

【世界一 しあわせの 国】
ブータンを お参りしたときに
説明を聞いて 呆気にとられながら
撮影したものだ。

とにかく そこら近辺、至るところに
群青しているのだ。

ブータンでは 採る人が いないのだ。
規則を作って 栽培させない 必要が
これっぽっちも ないのだ。

規則があるから 日本人が
この 現状をみれば ビックリするのだ。




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インドの ジャカーターという 仏教童話の中で
牛と お猿さんの 話が出てくる。

牛が ノンビリと 昼寝をしていると
いたずら好きな 猿が やって来た。

最初は 遠くから 眺めており
かがて 尻尾を ひっぱり出した。
それでも 牛が 動かないので
今度は お腹の上に乗って ドンドン飛び跳ねた。

それでも 牛は 動かない。

馬鹿馬鹿しくなって 猿は 去っていった。

実は 牛は 眠っていたのではなくて
じっと 我慢を していたのだ。

ヤンチャな 猿は 有頂天になって
別の 牛の お腹の上にのって 飛び跳ねた。

すると 牛が 怒って 角で突き殺してしまった。

最初の 牛は 【忍辱の行】を していたから
それに 【耐えた】のだ。

夜中に 大騒音とともに 暴走族が暴れまわる。

確かに 迷惑だ。
と、いって そこまで行って 注意する勇気もない。

どうするか ジレンマに陥っていたとき
牛と お猿さんの話は
素晴らしい ヒントを くれた。

所謂 【自己責任】なのだ。


覚醒剤にしても、 牛と お猿さんの 話も、
暴走族も、ギャンブルも、不倫も
全て 悪いことだとは 理解している。

忍辱の行にて それを 我慢するか 否かは
人に とやかく 言われるものでは ない。

最後には 自分で判断して
自分で 実行するより 他は ないのだ。

【耐え忍ぶ】
すばらしい 言葉だね。
合掌





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【 阿羅耶識 という 貯金箱、覚えていて ほしいな 】






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住職が タバコを やめて 6年目にはいる。

【晉山式】といって わたしが 一山を 退き
長男が 新住職に 就任した 年だったと思う。

空海は 年の真ん中、月の 真ん中、
6月 15日に お生まれになった。

余りにも 恐れ多いと 16日に 生まれた
わたしの 誕生日から ピシャリと やめた。

その当時は 彼は まだ 独身だったが
『やがて 子供ができれば
子供に 悪影響を 及ぼすので やめようと思っている』
と、タバコについて よく 話していた。

それを 待たずして わたしの誕生日を 一期として
ピシャリと やめたのは
膵臓を 患った わたしの 健康を祈願してかなと
お互いに それについて 1言も 論じてはいないが
わたしは そう 思っている。

そして そこまで思ってくれている 住職に対して

わたしで 出来ることなら どんな事でも
やってあげたい。

わたしで 出来ることなら 的にでも
なってやりたい。

そんな 気持ちが 日増しに 募ってくる。



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唯識論の 第8に 【 阿羅耶識 】というのが ある。

荒れた 屋敷では ないよ。

わたしたちが 行った行為が 蓄積される 場所だと
思えば いい。

わたしたちが 良い事を するね。
と、その 瞬間に 阿羅耶識のなかに【善】として
蓄えられるのだ。

反対に 悪いことを 仕出かします。

誰が どの様な 報告をするでなく
阿羅耶識の 中には 【悪】と 蓄積される。

まるで 預金通帳 みたいだね。

でも せっかく 貯まった【善】を【悪】によって
引きおろしたく ないよね。

面白いもので、10円でも 100円でも
預金をしていけば 着実に 通帳は膨らんでつく。

わたしたちは 1万円、100万円と
想定する 金額が 大きければ 大きいほど
それは 困難に なってくる。

いつも いっているように
門に 落ちていた ゴミは 拾ったかな ?

9時 過ぎると 物を摂取しては 駄目だときくが
その通りに できたかな ?

寝る 前に 歯を磨くのを 忘れた。
1日 ぐらい 磨かなくても 良いのかな ?

わたしたちの 1日の 行為の 善悪は
コンピュータのように
正確に 阿羅耶識に 入ってゆく。

ちいさな【悪玉】が 増えすぎて
阿羅耶識が 風船のように パーンとばかり
爆発せぬように 気をつけなば ならない。
合掌





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【小豆島大観音 しあわせ駅、開眼法要】


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【大本山 小豆島大観音 仏歯寺】にて
今日、念願の 《しあわせ駅》の 除幕式があった。

大観音は 【しあわせ観音】として
みなさんに 親しまれているが この度、

【二十四の瞳 映画村】【寒霞渓 ロープウェイ】
【お猿の国 銚子渓】 【オリーブ公園】
【エンジェルロード】と ともに
しあわせ施設が 誕生し その 出発点として
【大観音 しあわせ駅】が 誕生した。

漫才の クワバタ オバラの
小原 正子さんの お母さん兄弟が 奉納してくださり
新進気鋭 作家 島田 陽先生の 手で今日に 至った。

昨夜の 稲光とともに 大雨と 打って変わって
吸い込まれそうな 秋空の元、

土庄町長、小豆島町長、小豆島観光協会、
しあわせ施設のメンバー等の ご隣席のもと、
今日の 華飾の晴天に 至ったのだ。



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『島田 陽 先生の 作品が 小豆島に
増えてゆくのは 嬉しいことだ。

小豆島のシンボルとして
大観音に しあわせ駅が できたことを
来島の 観光客に 知っていただいて
活性化に役立って貰うよう
町としても 頑張っていきたい』

と、2人の 町長が 祝辞の中で 述べた。

島田 陽先生の お言葉が あった。

『高さを 利用して
気軽に 座ってもらい、
テーブルとして 使ってもらい
雨宿りが できる 駅として 設計した。

丸い 作品は 仏教の 【雲】と【蓮】を
イメージしました。

しあわせの駅から しあわせ観音に お参りし
参拝者の みなさんが
しあわせを得て 帰って欲しい』



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先生は 【雲】と【蓮】を イメージしたと
述べた。

雲というのは 所謂、天女の 羽衣であって
大日如来を 中心に いろんな 諸仏 諸菩薩が
遊化している パラダイスの ことだ。

その 蓮池で ハスが 大輪をひろげる。

ご承知の如く ハスは 聖水にはさかず
泥炭のなかで 開花する。

わたしたちも そうだ。

聖水ではなく 少々のことは
清濁を合わせて飲む 根性を持たねければならない。

【密厳国土】に おいて 仏 菩薩とともに
しあわせになるための 【行】をする。

しあわせ駅を くぐった時は
色んな煩悩を持っているが

帰りには 悪いものは 全て 置いて来て
身も 心も かろやかに 帰ることができた。

名実ともに しあわせ観音である。

1人でも 多くの 善男子善女人が
しあわせ駅を くぐり
秋の空のように 晴れ晴れと 晴れわたって
もらいたいものだ。
合掌

【苦にするな。物ごとは なるようにしか ならないのだから】




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【 大本山 小豆島大観音】の 一大イベントは
《大法要》と 《 夏季大学》だ。

夏季大学は 安居会といって
釈迦は 雨季の間、寺の外での活動をせず
祇園精舎や 竹林精舎に 籠って 勉強会をひらいた。

高野山でも 安居会から [夏季大学]と 名前を変えて
著名人や 高僧による 講習会をおこなうが

大観音も その まね事と言ったら 失礼なのだが
【夏季大学】と 銘 うち 宗教活動の 一大イベントの
1つとして 大観音奉賛会を中心に開催している。

大観音 開山 ( お生まれになって ) 丁度 20年に なる。

と、言うことは
著名人、高僧の セットでお願いしているので
皆さんが『ああ あの人が』と、
驚かれるような 講師さんが
20人 × 2 = 40人 来寺されている事になる。

開催側として 1番 気になるのが
講習会の 内容よりも 参加者の数だ。

『今日の 夏季大学、素晴らしかったね』
よりも 先に 聞く言葉がある。
『今日の 参加者は 多かったね』『少なかったね』

それは 主催者のみならず
講師の 皆さんとて 同じだ。

奈良の 大寺の 管長猊下に
講師 ご依頼の お願いに行ったときの話だ。

『どこで お話しすれば 良いんだね。
聴衆者は どれくらいだ? 』

「 今回は 大観音内で 計画していますから
一杯 お入りになって 400人までです」

『なに ? わしが 話をして たったの 400 ? 』

結局は 別の 奈良大寺の 管長猊下に かわった。

「わたしの ような者の話を 聞いてくださるのが
ありがたい。
聴衆者は 多かったらいいと いうものではない。

それを 血とし 肉として
自分のものとして いかせるかの方が 大事だ』

目から鱗が落ちた。



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大寺の 管長猊下は 付け加えた。

『聴衆者の 多寡多少で 夏季大学が 成功だ 失敗だと
一喜一憂するのは おかしい。

雨や 雪の日は 出足も鈍るだろうし
他に 催し物があれば 分割されるのは 世の常だ。

自分たちの 努力だけで どうにもならないことに
関しては 後で くよくよ 考えないようにしている。

お相撲さんが よく言うね。

『相撲の 後先は 考えないで
ただ この1番、一生懸命 精進するだけです』

そうです。

必死で やって 自分の やるべきことは
全て やった。結果は その 後に ついてくるみの。

結果にたいして くよくよ 考えるべきでは ない。

ー 《 苦 》 ー

わたしたちは
オギャーと 生まれ落ちたその時から
常に 苦を抱いて 人生を 歩むことになる。

わたしたちの 思うがままにならないから
【苦しみ】は 増えこそすれ 減りはしないのだ。

『いつまでも 若く ありたい』

『病気には なりたくない』

『不老長寿の 薬を 飲んででも 死にたくはない』

どれもこれも 儚い 夢だ。

絶対に やがては 歳をとり 病気になり
死んでゆく。

わたしたちの ちからでは どうしようも
出来ないことだ。

それを 無理矢理に 不平不満を 思うから
わたしたちは 【大きな 苦しみ】を
抱くようになる。

『苦にするな。
物ごとは なるようにしか ならないのだから』
合掌









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【過ぎ去った 日々は 二度とは 戻ってこない】

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11月 16日 大安吉日に
【小豆島霊場 第80番 子安観音寺】
本堂の 上棟式を 目前にして

姫路城の 改修工事にも 参加している
日本一の 宮大工【西嶋 工務店】の
みなさんの手で 急ピッチに進められている。

先日は 西嶋社長 自らの手により
【龍 の 彫物】が 奉納された。

よくみて ください。
龍の 横に 子供が 1人、彫られている。

『道に 迷った子供が 龍に 助けられている
ところなんですよ』

社長の お言葉だ。

この 年端もいかない 子供を
わたしたち自身と 仮定すると
この道は 何処からきて どこに通じるのだろう。

オギャーと 生まれ落ちた瞬間から 今に至るまで
きっと この小道は 茨の道だったんだろうね。

【 月日は百代の過客にして
行きかう年も また 旅人なり】

松尾芭蕉の 奥の細道の 冒頭の 書き出しだ。

流れ去る 月日は まさに 旅人のようだ。
そして その日々を 送っている わたしたちも
決して 後には戻れない 旅を 送っている。

走る 電車の窓から 後ろにすっ飛んで行く
景色と 同じで、
今、見ている 景色が
秒単位で 後ろに流れ去り ( わかれ )
目の前には 真新しい景色が
目の中に 飛び込んでくる ( であい )

旅って 別れと 出会いの 繰り返しだね。

この 彫物の 子供とて 同じ旅を
しているんだね。




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人生は 長い 長い 旅だけど
一体 どこにたどり着くんだろうね。

わたしたちは 何処に 向かって帰ってゆくのだろう。

【帰るから 旅は 楽しいのであり
旅の 寂しさを 楽しめるのも
我が家に いつかは 戻れるからである】
詩集[死の淵より] の 書きだし

考えてみると わたしたちの心は いつも、
生まれ育った故郷や 楽しいわが家にあるね。

どんなに 素晴らしい 観光地をみても
どんなに 素晴らしい 新しい お出会いがあっても
どんなに 豪華な お食事を いただいても

やっぱり 故郷や わが家が いいのだ。

孫たちが 買ってきた オモチャの
奪い合いを 見ながら
お茶ずけを 頂く、その 空間が 良いのだ。

そして わたしたちは
自宅の 玄関の 灯火を 目にしたとき、
アッと 思って 今まで 歩いて来た道を振り返る。

いつの間にか
歯は 抜け、頭は 禿げたり 白髪になり
血圧が 上がり 腰は 折れ曲がり 痛む。

欲しいものが 手に入らなければ 怒り 膨れる。
悪口に 耳を塞ぎ、暑いの 寒いのと 愚痴をいい、
悲しい 別れに ただ 涙する。

ああしておれば よかった。
こうしておれば よかった。

後悔と 愚痴ばかりの 毎日も 過ぎ去った日は
二度と 帰っては来ない。

わが家の 玄関の 灯火をみて
驚き 懺悔しても 時、既に おそしだ。

ありがたい事に この彫物は 【子供】だ。
身も 心も 清浄潔白な 赤ちゃんなのだ。

その昔、釈迦が 【妙法蓮華経 普門品 25】で
お観音さんの お働きを 説かれたときに
多勢の 仏 菩薩と一緒に
八大竜王も 【阿耨多羅三藐三菩提】【無上正等正覚】
を 聴聞し、実践された。

きっと わが家に 案内した 子供に
【慈悲】と【智慧】の功徳を 教えるのだろうね。
合掌









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【イヒエ、トーブ。そのうち なんとか なるだろう】

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『オウ マイ ゴッド』

ジョン ウエンや クリント イーストウッドの
西部劇の頃から 今に至るまでよく聞いた言葉で
生意気にも 気がつけば わたしたちも
使っていることが ある。

『なんてこったい ! 』

少し ユーモアも 交えて両手を胸で 広げてみせる。

『オウー マイ ガー ! 』っと。

しかし クリスチャンの 人たちからみれば
こんなに 【神】を 侮辱した言葉で
非常に 危険な表現だ そうな。

考えてみれば 絶体絶命の時に
必死になって 十字を 切り 心の底から
『ああっ 主よ。我を 助けたたまえ』との、
雄叫びの 言葉である。

わたしたちだったら
『南無大師遍照金剛』
『南無阿弥陀仏』
と 云ったところだ。

ところで ユダヤ人も
病気や 借金、離婚に 落第など、
わが身が ちょっと 困難に陥ったときに
よく 耳にする言葉が ある。

『イヒエ. トーブ』

植木等 の スーダラ節ではないが
『🎵 そのうち なーんとか なーるだろう🎵』だ。



『ガンです。余命、3ヶ月です』
と、宣告されたら どうだろう。

万人が 絶望の境地に 陥ってしまう。

なぜ 絶望するかといえば 未来に希望が見えず
逆に 益々 ぬかるみに はまって行くと
思われるからだ。

余りの悲観から 自暴自棄になったりする。

しかし、晴天の日は 永遠に 晴天ではなく
雨の日も やがては 雨が あがり
日がさしてくる。


『くよくよ しないで 気楽にいこうよ。
一生懸命 すがっていれば いつの日か、
神や 仏が 助けてくれるよ』

【イヒエ トーブ】とは そんな 言葉なのだ。



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偉人も このように 申しているので
何人かの 言葉を 紹介しよう。

[ナポレオン]
人間は あらゆる物を 発明することができる。
ただし、しあわせになる 術を 除いては。

[ピカソ]
運命は わたしたちを 幸福にも 不幸にもしない。
只、その 種子を わたしたちに提供するだけである。

[シェクスピア]
人と 人との 友情は 賢者にでも
結ぶことが 難しいのに
愚者は あっさりと 友情の絆を ほどいてしまう。

[キラー]
『自分は 不幸ではない』と 言い張るものの 多くは
その 不幸から 目をそらせているだけである。

ふと その不幸を 目の当たりにして しまた時、
愕然と 絶望の淵に 立たされる。

【 聖書 】
何ごとも 人々から してほしいと 思うことは
人々にも その通りのことを せよ。


大事が 起こったときに
『しまった しくじった ! 』と、ジタバタしないで

キリストや キリスト教の人には 失礼だが
『オー マイ ガー。なんてこったい』と、
ちゃらけてみては どうだろう。

『イヒエ、トーブ そのうち なんとか なるだろう』
と、構えてみれば どうだろう。

きっと、明るい 未来が 見えるよ。
合掌






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【悲しみを 癒す 特効薬は 只、忘れること】



内閣が 推し進めて女性大臣を 5人 起用したが
そのうちの 2人が 大臣を 辞した。


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どの テレビをみても どの新聞をみても
メディアは 大臣 辞任 一色だ。

わたしたち 一般住民から 考えれば

是は是、非は非と 明らかには しなければならないが
『それより 先に (そんな事より) 国政を 重視してよ』
と、願うばかりである。

【人の 噂は 75日 】

誰が 言い始めたのか よく 言ったものである。

最近では 御嶽山の 大噴火、
小学生 誘拐 バラバラ 殺人事件、
内閣改造
韓国 遊覧船 沈没事故

どれも これも テレにの チャンネルを 回すと
これでもか と言うぐらい
朝から 晩まで 同じ 放送を繰り返していた。

炭鉱が 崩れ落ち 多勢の炭鉱夫が お亡くなりになった
思いきや 地中の隙間で 生き延びて
全員 救助され、世界中で 拍手喝采が あった。

しかし 残念ながら いつだったのか
何人 助かったのか
その人たちは 今、どうしているのか?

興味を 持って 見聞きする人は 1人も いない。

わたしたちは その時ばったりで
喜び 驚き 悲しむが
残念ながら 忘れ去ってしまうのだ。



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地球創生の 時、西洋では アダムとイブとが
禁断の木の実を 食べ 現在に 至った。

インド神話にも 同じような 話が ある。

ヤマという 男の神さんと
ヤミーという 女の 神さんがいた。

2人は 兄妹なのだが 地球創生の頃なので結ばれ、
後世の わたしたの 先祖であるところの
多勢の 子供たちを生み、育て、
みんなで しあわせな日暮らしを送った。

やがて 寄る年波により 主人のヤマが 死んだ。
夫を 亡くした ヤミーは 気が 狂ったように
嘆き悲しんだ。

その当時、まだ 夜が 創られてなかった。

夫の 死は いつまで経っても【今日】なのだ。
毎日、ヤミーは 悲しみ 憔悴していった。

そこで 神々は ヤミーを 救うために
慌てて 【夜】を つくった。

1夜 過ぎると ヤミーは『1日 過ぎ去った』と 言った。
1週間 過ぎ、2週間 過ぎ、
月日が 過ぎゆくとともに
彼女は 少しずつ 元気を 取りもどし
49日が 終わったとき 普段と 同じように戻った。



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2500年前に 釈迦が 仏教をつくり
わたしたちに 数え切れない 諭しの言葉を残した。

1200年前に 空海が 真言宗をつくり
日々の 生活の中で
如何に 生きなければならないかを 説いた。

おじいちゃんが、おばあちゃんが 死んで、
生前に 色んな 家伝を残してくれた。

長嶋茂雄氏が 巨人軍を 退団したときに
『わたしが 去っても 巨人軍は 永遠に不滅です』
と 言った。

わたしたちは 死んだ人のことを
いつまでも 覚えていて
その 栄華を 後世まで 残さなければならないと
思っている。

しかし この インド神話は わたしたちに
『悲しい事は 早く 忘れても いいよ』と、言う。

有り難い 教えや 家伝は 大切に残すにしても
いつまでも 悲しみを 引きずっては いけない。

薄紙が 剥がれるがごとく
悲しみが軽減されることを【 日にち 薬】と いう。

その薬によって 1日も 早く 立ち直り
前向きに 頑張っている あなたの姿をみて

釈迦も 空海も 微笑んでくれるのでは
あるまいか?
合掌



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【 わたしたちは 自由、束縛を もう一度、考え直さなけれなならない】

大きな台風が つぎつぎに やってくる。

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『台風 いかがでしたか? 』
「報道の わりには 無事 通過したようです」

ほっとしたような 安堵した 会話が 聞こえてくる。

ところが 4つの寺を 抱えている わが家は
そうは 問屋が卸さない。

舗装をしていない道路が 決まって ズタズタになるのだ。

また【小豆島霊場 病気封呪専門道場 山ノ観音】では
大雨が降ると 決まって 境内にある
2本の 河川が決壊し せっかくの庭園が 台無しになる。

もともとは
自然の ままの川が 境内に 滔滔と流れていたのだが
本堂を 再建したときに
『境内も 美しいお庭を 造りましょう』と、
庭作りを 優先して 河川を いらってしまったのだ。

川と いうもには よく出来たもので
皮の水が 滔滔と 流れる場所は 細く 一直線だが
水圧が きつかったり、多いところは
太く 広く わん曲したいる。

その 自然の脅威を 無視したのだから
神仏が お怒りになっても 仕方が無い。

氾濫する しないに 拘らず
大雨が 降れば ハラハラする わが身なのだ。




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ハツカネズミの 習性の 実験のために
おりの中に入れ、
自分で 自分の好きなような
電気の明るさに できるように セットした。

結果、彼らは 明るすぎるのも 暗すぎるのも
嫌い、薄暗い 明るさが好きなことが 分かった。

実感で
人間の手によって 明かりを 杲々と 照らすと
必死になって 調節して 真っ暗にしてしまい

反対に 真っ暗にすると 真昼と 見間違うぐらい
明るくする。

巣箱にいる ネズミを 無理やり誘い出すと
巣箱に 帰ろうとするし
無理やり 巣箱にいれると そこから 出ようとする。

この実験の 文章を 目にしながら
ああ 水の 欲しくない馬を 川に連れていって
幾ら 頭や口を 水面につけても
飲もうとしないと いった
古人の 教えを 思いだした。




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動物園の 動物たちは
例え 全ての欲望が 満たされたとしても
決して 満足することが ない。

これは 園内では 自由がないからであり
実験の ネズミは 強制されるのが いやで
自由を 求めている証拠だという。

わたしたち 人間にしても おなじである。

無意識の うちに 隣に居る人の
心の自由を 束縛して
自分の 意見を 押し付けようとする。

隣の人が 否定したり 反発したり
我が 心と 反対の立場を 取るならば
怒ったり 膨れたり 泣いたりするわけだ。

実験の ネズミにしても わたしたちにしても
『ほどほど』が 1番 好きなのだ。

今月も やっと ノルマを達成して
ホッとして居るところに 上司があらわれ、
『頑張れ ! 頑張れ ! 』と、鞭をうたれても
不満が 募るだけである。

子供に 対する 忠告も、友人への 助言も
やり過ぎれば これは 【強制】ということを
忘れては ならない。
合掌

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【布施とは その大小が 問題ではなく するという心が 大切なのだ】

【 大本山 小豆島大観音】に おいて
年に 2回の 草刈奉仕が あった。



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大観音が お生まれになって
今年で 20歳になるが 開山当初から 今に至るまで
全国各地の 遍路団体の 有志の皆さんが
年に 2回の 奉仕活動を してくださる。

1年でも いや 只の 1度でも 奉仕をすることは
大変なのに
団体長が お亡くなりになろうが
新しい人と 交代しようが

川の 水の流れのごとく 澱みなく 引き継いで
今日も 来られているのだ。

寺の下の おじさんが
宮中での 奉仕活動に 手を上げ
記念品として 頂いた 菊の紋のはいった お盆を
嬉しそうに わたしたちに 見せながら
『陛下から 我々 奉仕団に お言葉を 頂いた』
と、言っているのを 思いだした。

その 『陛下から』と、言った時、
おじさんの 足は キチンと 揃えられ
キョツケを していた。

『これは 布施の 心だ』


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【布施】と いう言葉を聞くと
お経に対する 謝礼や 報酬のことと
早合点を するのだが

本来は 釈迦の 教えを見聞きさせて頂いた
喜びを 形に 現したものである。

有名な 臨済宗の 誠拙大和尚の 話がある。

鎌倉の 円覚寺という寺の 山門を
建て替えていたいたときの 事だ。

全国津々浦々から 沢山の人が 寄進の為 参集した。

そんな中に 梅津 伝兵衛という 篤信家が
500両の 寄進をもって 現れた。

きっと 和尚は 喜んでくださるだろうと
胸を 高鳴らせていたのだが 和尚は にべもなく
『ああ そうか。そこに 置いて おきなさい』
と、言うものだった。

ムッとして 伝兵衛は いった。

『和尚さん、
500両といえば わたしに とっても 大変なお金です。
爪に火をともす 気持ちで 節約に節約を かさね
1日も 早く 立派な山門をと
喜び勇んで 持って参上したのです。

お礼の 一言でも あっても 良いのでは』

すると 和尚は 一括する。

『馬鹿者 !
わしに 布施をするのではなく
仏に するのだろうが。

お前さんが 寄付をすると言うことは
自分が 自分の 福田を 植えることだ。

自分が 積んだ功徳は かならず
全て 自分のところに 帰ってくるのだ。

それなのに なんで 礼をいう 必要があるのだ』
と。



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【布施】とは [やくに たつ ] と 云う意味だ。

500両もの 大枚は 寄進 出来ずしても
優しい 目で 微笑みながら お茶を いれたり
乗り物に 乗ったとき、しんどそうな人が いたら
そっと 席を 代わってあげたり

そんな 細やかな 一見 つまらんことでも
それは 立派な 布施になる。

【無財の 七施】は、1銭も お金がなくても
立派な 布施ができるのだ。

布施とは その 大小や 軽少の 問題でなく
布施を させていただくという 心が
大切なのだ。

もう 何度も 紹介したので
【無財の 七施】を 簡単に 紹介しながら
筆を 置こう。

[眼施]
やさしい 眼差しで 接する
[和顔施]
和やかな 顔で 接する
[言施]
やさしい 言葉で 接する
[心施]
やさしい 思いやりの心で 接する
[身施]
自分の 身体で 奉仕する
[床座施]
人に 席を 譲って あげる
[房舎施]
我が家を 人さまの為に 提供する
合掌

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【何気無しに ついている 嘘は 実は 大罪なのだ】

釈迦は 【ウソは 大罪である】と 説いている。


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近隣の国の 日本人 拉致問題にしても
なんども なんども 騙されて来た。

それでも 人の良い日本国は 経済封鎖を解除して
再び 万景峰号が 日本の港に くるかもしれない。

拉致担当委員会まで 作り上げたのだが
どうやら それも 【嘘】で 終わってしまいそうだ。

わたしたちは 生涯の中で 知ってか 知らずしてか
嘘をつきながら 生活をしている。

【嘘を つく】と言うことは 【騙す】ことで
わたしたちの 潜在意識のなかで
【自分を 良く 見せたい】【自分を 守りたい】
という 思いから 起こる。

最初は その場しのぎに ついた嘘が、
その ウソが ばれないように また 新たな嘘を つく。

うその 堂々巡りになって
嘘をつくことが 大罪であるという事すら
自覚できなくなっている。

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今を さかのぼる事 2500年、釈迦の 時代だ。

釈迦は 【祇園精舎】【竹林精舎】等で
如何にすれば
わたしたちが しあわせに生きれるかを
説いていた。

教団は 猛烈な勢いで 大きくなっていく。

それを 憂いだ異教徒たちが
釈迦を 陥れるために ランチャーという
女性に 【嘘】である 策を 与えた。

彼女は
『わたしは 毎日 釈迦と一緒に寝ているよ』という。

やがて
『わたしは 妊娠している。
お腹の子供は 釈迦の子よ』
と、言いふらす。

最初は『そんな バカな』と 馬鹿にしていた 信者たちも
つぎつぎに 膨らんでくる お腹をみて
それを信じ、失望して 教団を 離れた。

ところが お腹の周りを 大きく膨らませすぎた
ランチャーは ものの弾みで すってん転び
お腹に 入って居るのもが 外に 飛び出てきた。

人々は 自分たちの 不義を 詫び
もう 1度、一から 心を入れ直して 入信した。

それにしても いかなる時にも
一喜一憂せず 言い訳もせず
大山の如く 沈黙を まもった釈迦は 素晴らしい。

『ウソは いつばは バレる』

釈迦は ただ 一言、そう言った。



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釈迦が 説かれた教えのなかで
【縁起】というのが ある。

『今日は 縁起が いいね』という えんぎではなく

【森羅万象 物事は 全て 《因》と《果》によって
成り立っている】と、言うことだ。

一見、無関係のように 見える出来事でも
それぞれの 原因となったり 結果となったりする。

わたしたちが ついている【嘘】も、
回りまわって 周りに居る人に
いろんな 影響を 与えている。

そして 自分が ついた【うそ】は、
回りまわって 自分に 跳ね返ってくるのだ。

結局、ウソの自分と、真実の自分との 間で
悶絶することになる。

自分の ためにと思って ついた 【嘘】が、
やがては 悩んだり 苦しんだり させるのだ。

そして つかれた方も 切って返すのではなく
泰然自若、どこ吹く風と して居ることだね。

だって 先ほどの 釈迦の お話とおなじで
何が 真実で なにが ウソか、
誰もが 知って居るんだもの。

【ウソは 大罪で ある】
合掌

【忠言は 耳に 逆らえども 行いに 利あり 】

友人が 集まって 孫の誕生祝いを してくれた。


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大御所 【天光軒 満月 】先生と
小豆島の 友人が 音頭をとってくださって
養護老人ホーム 会長夫婦や
島内外の 友人で 孫を 祝ってくださったのだ。

7人の 孫がいて 6人までは 全員 女の子。

わたしだけではなく みんなが 待ち望んでいた
大望の 男の子だったから
お祝いの会は 檀家総代も
『どのようにして 家に 帰ったのか 覚えていない』
と、いった具合に 盛り上がった。

満月先生と 知りあって もう 5年になる。

【会うは 別れの始め 】

わたしたちの 生涯の中で
もの凄い数の人たちと すれ違い
去ってゆき 忘却の人と なる。

縁の 嬉しさ、友人である うれしさを
今日の お礼と共に 申し上げた。

それに対しての 先生の お言葉があった。

『わたしは 大阪で 家の人がいなくても
勝手に 冷蔵庫を 開けれる友人が 10人は います。

なかなか 他所のお家の
冷蔵庫なんか 開けれるものでは ありません。

お金は 1銭も 集まっては来ませんが
真の 友人だけは わたしの 周りには一杯 寄って来て
それが 何よりもの 宝です』

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《 忠言は 耳に 逆らえども 行いに 利有り 》

わたしの 為を思った苦言と いうものは
身体を ズタズタに 引き裂かれるぐらい
耳が 痛く 聞きにくいけれど
その 結果は とても プラスに なるという 格言だ。

良薬は 口に にがしとも 云う。

反対に わたしを 持ちあげて
当たり障りのない事を言い
それを 聞いているときは
喜んだり嬉しがったりするが
そんな人は本当の友人ではない。

嫌われたくないから 相手が 喜ぶような
答えを 選んでいるような人は

わたしが 困り果てて
[いざ 鎌倉] のときに 1番に 去ってゆく。

しかし 苦言を呈してくれる 友人が
一体 何人 いるのだろう ?

黙って 冷蔵庫を 開けれる 友人が
一体 何人 いるのだろう ?



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【釈迦の 諭しの言葉 】として
A、 スマナサーラ 長老は 云う。

⚫︎ウバカーラ ( 助けて くれる)
友人が 困ったときに
手を差しのべて護ってくれる人。

いつも 自分のことを 心配して
不幸に ならないように 失敗しないように
ガードしてくれる人。

1) 友人が 無気力なときに 守ってあげる。
2) 友人が 無気力になったとき
その 財産を 守ってあげる。
3) 友人が 恐れおののいているときに
安心させて あげる。
4) 友人が 困窮時には 自分に 用事があっても
いつもの 倍の 力で 助けてあげる。

⚫︎双子のような 友人
1) 自分の 秘密を 打ち明ける。
2) 相手の 秘密を 漏らさず 厳重に まもる。
3) 困窮に 陥ったときでも 離れていかない。
4) 友人のために 命さえも 捨てる気持ちでいる。

⚫︎先輩の ような友人
1) 悪を 辞めさせる。
2) 善を させる。
3) 知らないことを 教えてくれる。
4) 天に 至る道を 説いてくれる。

⚫︎姉の ような 友人
1) 友人の 恥辱を 決して よろこばない。
2) 友人の 繁栄を よろこぶ。
3) 友人を そしるのを 辞めさせる。
4) 友人を 賞賛することを 援護する。

いろんな 友人の定義を 教えて頂いたが
今日の 孫の お祝いを 心からよろこび

釈迦の おしえ、スマナサーラ長老の諭しを
肝に銘じて なお 一層 友情を深めて行きたいと
願う わたしで あった。
合掌

【汝の 敵を 愛せ :キリストの 教え 】

【小豆島霊場 第80番札所 子安観音寺】
姫路にある 日本一の宮大工 西嶋工務店によって
11月の 上棟式に向かって急ピッチで 進んでいる。


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三度目の 本堂焼失は
わたしの 小学校 3年生の 時だった。

『火事だーっ ! 』

驚いて 庫裏から飛び出すと
大工小屋 から ( 棟梁が そこで 寝起きしていた)
始めて 本堂の 軒下に火が移り
何人かの 人たちが 届きもしない 水を
バケツで かけていた。

上棟式どころでは ない。
本堂に畳も敷き詰められ 落慶法要 寸前にして
みんなで 労を ねぎらっていた時の 不幸だった。

ちょうど 2月の 1番 寒い時で、
棟梁が 大工小屋の 燃え盛るストーブの火を
消すのを忘れて 席を 外していたのだ。

大工小屋から 本堂に。
水も 届かない 本堂は 瞬く間に 大火につつまれ
やがて 大爆音とともに 大屋根が 崩れ落ち

今まで 真昼のような 写真のおうな光景が
真っ暗闇な 深いしじまの中に 突き落とされた。

苦労して 造ってきた あの大伽藍が
あっと 言う間もなく この世から 消え去ってしまった。

先代の 胸のなかには
懸命に 尽力してくださった 檀家総代、建設委員、
そして 莫大な 資金で 応援して下さった 檀信徒の皆さん、
いろんな人の 顔が 浮かんだ。

『この 火の中に 飛び込んで 死んでしまおう』

とも、思った。




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しかし 先代の 後日談が 素晴らしい。

灰になった 本堂を みながら 悔しかっただろうね。

『落慶法要を 楽しみに 本堂を 見学に来られた
檀信徒の 皆さんが 来られたときに
どんな 申し開きを しようか? 』

『2度で すまず 3度まで…。
今度は 許しては もらえないだろう』

いろんな 考えの中に 余儀ったのが
棟梁への 怒りだった。

『落慶寸前まで 漕ぎつけて なんで こんなことに』
『なぜ ストーブの 火を消してから外出しなかった』

考えれば かんがえるほど 不満ではない 、
メラメラと 怒りが 爆発するのだ。

ところが 先代は 気がついた。

わたしは 僧侶では ないか。
【貪瞋痴】の 三毒を 滅しましょう。
【十善戒】の 不瞋恚と 説いているではないか。

そこで これは 『焼かれた』のではなく
『焼いたのだ』と、思うように 努力しよう。

しかし 如何に 努力をしても 心が 晴れない。
焼いたのは 棟梁の ストーブであって
責任はあっても 先代が 焼いたのでは ない。

そこで 先代は 『あれは 焼けたのだ』と
思うようにした。

そうしたら 不思議なくらい
【怒り】とか【怨み】を 捨てることができた。



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【焼いた】【焼かれた】は
はっきりと 【受動態】と【能動態】に分かれる。
弘法大師 空海は その間に 【焼けた】と 考えた。

これが【中道】といって 釈迦が 説かれた 真髄なのだ。

【法句経】の 中で 釈迦は こう言っている。

[およそ この世に おいて
怨みは 怨みによって 消えることは ない。

怨みを 捨ててこそ 怨みは 消える。
これが 不変の 真髄である ]

そして キリストも わたしたちに この様に いう。

《 汝の 敵を 愛せ 》
合掌





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【紫陽花は 小ちゃな 額が寄り集まって 大輪を つくる】

天高く馬肥ゆ 秋
どこの 学校も 運動会シーズンに 入ったね。


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このごろは 便利だ。

寺で 居ながらにして
孫の 晴れ舞台が 全て見ることが出来るのだ。

駆けっこが ぶっち切りの 1番だったと 聞いて喜び、
帽子とり競争で 勝ったときいて 万歳する。

ところが 全員で行う 体操は 難しいね。

1人 1人が 自分の道味を 12分に 発揮し
その上で 1つ 1つの 個性が 寄り集まって
誰もが感動する 素晴らしい 1つの 絵を
作り上げなければ ならないのだ。

学生の頃 クラブ活動で 軽音楽を やっていた頃
よく 言われた事が ある。

『個人 個人の 技術が 向上することは素晴らしいが
それよりも 個人の 寄り集まりが
如何にしたら 1つの 賞賛される曲を 演奏できるか。

テンポ、高低、強弱、暗明、嬉哀、
1人 1人が その役の音を出し
ピタリと 揃わなければ 曲は 美しくない。




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夏先になると あちこちで 紫陽花が
わたしたちの 目を 楽しませてくれる。

わたしは あの 大輪が 1つの花で
美しい 美しくないと 競っていたように思う。

ところが あの大輪は 大きな1つの 花ではなく、
小さが 額 ( 花 ) が 寄り集まって
あんなに 艶やか 大輪を 開けるのだ。

その 額のなかに 余り 綺麗でない 額が あれば
大輪 自体が 【 優 】と 評価されない。


《みんな 違って みんな いい 》
金子 みす々

その人 その人には
その人なりの 輝きが有り 光が ある。

輝きと 輝き、光と 光が 相 重なって
一層 重厚なものを つくりだす。



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[密厳国土]

さとりの世界には ハスの花が 咲き乱れ、
その花びらごとに その色の 光が 輝いている。

高原の 陸地には ハスの花は 咲かず、


卑湿汚泥 ( じめじめ どろどろした ところ) に、
美しい花を 咲かす。

わたしたちの 人生苦の 中にあって
素晴らしい 人生の 大輪を 咲かせるという
ことである。

多くの 命ある人々が 仏さんの 教えにより
喜びの 人生を 生きるならば
釈迦は その人を はずの花のような人と
褒め称えた。

わたしたちも
小ちゃなわたしたちの 良いところをより集め
世のため 人の為に 大輪を 咲かせたいね。
合掌



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【 汝 過去を 追うな。未来を 願うな 】

UFJ スタジオ ジャパンに いった。



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善光寺詣りでは ないが
正に 孫に連れられ UFJ 詣でだった。

きっと 他の遊園地と 似かよった
アミューズメント広場を中心としたものだろうと
タカをくくっていたが 全く違った。

何度か行っている 孫たちは
入場する前から この国 独特の
着物や 帽子を着て 住人になりきっている。

いざ 入国してみれば 孫の衣装は 可愛いもので
全身に 傷を覆っているような メイクや
これが うつしよ( 現生) かと 見間違うぐらいの
異様と云おうか この国全体が お化け屋敷にみえた。

秋は つるべ落としで 夜を迎えるのが 早い。

周りの 客… いや 住人たちが
キャ~キャ~と 異常な 雰囲気になってきた。

これから 【ゾンビ~ 】が 出るので
それに併せて 入場する人も 多いらしい。

みんな ゾンビ~を 見たい。
しかし 見たいけれど 怖い。


『よ…よう 分かった。
多分 もう、2度と こない』

【そで擦り合うも他生の縁 】
【清水や 祇園をよぎる桜月夜 今宵会う人皆美しき】

楽園に 入って 思い思いの格好で
今を 大切にし 満喫しているのは
なんと 子供ではなくて いい年をした大人なのだ。

この 人たちが 明日は 何事もなかったように
澄ました顔で 会社や 学校に行くのだろうね。




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ロシアの 童話作家 【 クルイドフ 】が
こんな 話を 書いている。

1匹の リスが ライオンに 仕えていた。
リスは 一生懸命 働き、ライオンは 栗鼠を 可愛がった。

ライオンは リスと 約束をしていた。

『わたしの為に 一生懸命 働いてくれて ありがとう。
お礼に あなたが 歳をとった時に
荷車 一杯の 胡桃をあげるから
老後は 何の心配も ないよ』

お友達が 少し働いたら
美味しそうに胡桃をかじっているのを
横目で 見てはいたが 脇目も振らず 頑張った。

愈々、リスは 歳をとり ライオンから
お暇をいただくことに なった。

道論、若い頃からの 約束であった
胡桃を 荷車 一杯 頂いた。

ところが 栗鼠は
このクルミを 只の1つも 食べることが できなかった。

栗鼠は 既に 自分の歯が 1本も 無かったのだ。

[ひろ さちや ] 先生は
ライオンを [会社や 学校 ] 栗鼠を [自分 ]
少し働いては 胡桃をかじる 友人を
[ パートや ニート] の 人たちと
置きかえて 考えてみましょうと いう。




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友人は 1日 1日を 楽しく 愉快にすごした。

本人は 脇目も降らず 懸命に 働いた。
会社からが 巨額な 退職金を 頂いた。

既に 病魔に蝕ばられ
莫大な 退職金を
有効に使うことができなかったのである。

【釈迦】の 諭しの言葉が ある。

《 過去を 追うな。未来を 願うな。
ただ 今日 なすべきことを 熱心になせ》

【…たら 話 】ってのが ある。

『あの時、ああ していれば 今頃は 殿様だったのに』
『こうしたら 行く末、しあわせに なれるだろう』

夢追いびとが
現実生のない 夢ばっかり追っているよりも

今、悔いのないように一生懸命 働いて
今、悔いのないように一生懸命 満喫しなさい。

そのように 説かれている。

わたしも 折角 孫に惹かれて UFJ 詣りをしたのだから
不平不満を 思ったり 言ったりするのでは なく
今を 楽しむ。

その 努力が 大切だったね。
合掌








【人の一生は 重荷を負うて 遠き道を ゆくがごとし 徳川 家康 】

合縁奇縁とは 本当に不思議なものである。

毎日新聞の クイズで
【人の 一生は ……を負うて】とあり
分かるはずもなく あわてて 辞書を広げると
天下の 大将軍【徳川 家康】と 出会った。



分もわからず 開いてみると
余りの素晴らしさに 目から鱗が落ちた。

全て その文章を紹介するから 読んでみて。




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【 徳川 家康の 言葉 】

人の 一生は 重荷を負うて
遠き道を ゆくがごとし

急ぐ べからず

不自由を 常と思えば 不足なし
心に 望みおこらば 困窮したる瞬を思い出すべし

堪忍は 無事長久の 基
怒りは 敵と 思へ

勝事ばかりを しりて まくることを 知らざば
害 その身に いたる

おのれを 責めて 人を 責めるな

及ばざるは 過ぎたる るりされし



この 話の要約も 人の文章だが 読んでみて。




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人間の 一生と言うものは 重い荷物を持って
果てのない 遠い道を 歩いているようなみのである。

悠久の… そう 長い長い 道のりなのだから
一時的な思いで 急いでは ならない。

不自由な状態でも
その不自由が 当たり前と思ってしまえば
不平不満を 感じることはない。

贅沢をしたいとか
美味しいものを 食べたいと言う欲望が
心に 芽生えたとき

かって 自分が
困り果てて 苦しんでいた頃のことを
思い出しなさい。

堪忍することが 無事に 長生きするための基本なのだ。

怒りに駆られることは
自分にとっても 良くないことだ。

勝つことばかりを 知っていて 負けることをしらない
つまり 負けたら どう言うことになるかを
知らないですいたら

その事が 自分の身体に 至ることになるから
気をつけねば ならない。

自分を 責めることだ。

人を 責めては ならない。

金銭や 物品に 能力が 及ばないことは
それらが有り過ぎる 状態よりも 優っているのだ。



天下をとった 家康の 言葉だけに 重みがある。

わたしも 1言 1言、
脳裏に 刻んでおこうと おもう。

みなさんも 是非 そうしてくださいね。
合掌




【腹が立っても 切って返さず あくる日に 言ってみれば ?】

結婚式で 定番のスピーチがあるね。


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『結婚前は 両眼を 大きく見開いて
結婚後は 片方の目で 見るようにしましょう』

みなさんも 結構 使ったのではない ?

[両眼を 大きく見開いて]は、

わたしたちが 目に見える範囲でなく
太陽の光が 万遍に照らす 隅々まで視野を広げ、
優しい 思いやりの気持ちを持ち
潤うのある 家族に 育まれ
スタイルも良く
そして チョッピリ おこずかいの 多い伴侶を
見つけましょうね という意味だね。

ここで 素晴らしき伴侶を ゲットした
お祝いでも 言うべきか。

後の[片目をばつむる]は

瞋恚 ( いかり )
怒りの心と 怒りの心で 角を突き合わせていると
戦争をしている 他国のように
結局は 家庭も 壊れてしまうよ と、言う。




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『 また あの夫婦は 喧嘩をしているらしい』

『冷戦状態だよ』

わたしたちの 日常生活の中で

わたしは 今、絶対に申さなければならない
一大事のときは 別として

『一呼吸 置きなさい』と 言う。

さらに 夫婦喧嘩のときは
『1日 切って返さないで 我慢して
それでも 不平不満があれば
明くる朝にいってみれば』と いう。

案外
『1日 経ったら どうでも良くなって
怒りも 消えてしまいました』
更に
『あれ? 喧嘩の原因は なんだったんだろう』

【自我】と【自我】とが 突きあったときに
喧嘩が 起きる。

自分の考えを 正当化して
人に 一方的に押し付けたとき
そこに 摩擦が 生じる。

怒りの 状態にあるとき
わたしたちは 人に対しての
思いやりが 持てなくなる。




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仏教の 1番 真髄に【三毒】がある。

⚫︎貪欲
⚫︎瞋恚
⚫︎愚痴

小豆島霊場 第81番札所 【恵門ノ不動】
願文に このように ある、

《ラン字の火焔ナ 三毒の罪障を 悉く焚焼したまう》

お護摩の火によって わたしたちの持っている
三毒を 悉く 焼き尽します。

あなたは 身も心も 生まれたての 赤ちゃんのように
清浄に なりました。

しかし 幾ら焼き尽くして頂いても
わたしたちの 心が 三毒を取り去らない限り
【苦しみ】を 抱きながら
生涯を終えなければならない。

花が咲き 小鳥が飛び交っている 清々しい朝、

『おはよー』

なんと 気持ちが 良いではありませんか。

小さな事に 目くじらを立て
1日、ブツブツと 不平不満を 唱えている毎日と
どちらが 有意義な 人生なんだろう。
合掌



【吉祥天と 黒暗天は 紙の 裏表にいる :涅槃経 】

ふと見ると 鈴虫が 溺れている。

気がつかずに 洗面をしていた時に
入っていたらしい。


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『あれま 小さくても 大切な命 』

両手で そっと 救い出してあげると
ありがとうと 言ったようなきがした。

人間って 面白いね。

これが 蚊とか ハエだったら どうだろう?
ゴキブリだと 追いまわし
ムカデだったら 絶対に仕留めておかなければと思う。

犬は 勝てそうだったら 撫でまわし
負けそうだったら 逃げあるく。

【般若心経】や 【十善戒】を『不殺生…』
と、拝みながら なんの蟠りもなく
真っ赤な顔をして 酒を飲み
肉や お魚を食べる。

その時だけの 感情で
ご機嫌なときは 撫でまわし
不機嫌なときは 足蹴する。

【善】と 【悪】

両面を 持ち合わせている 厄介な 生き物である。




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【 涅槃経 】の なかで このように 書かれている。

ある富豪の お家に 綺麗に着飾った
しかも 凛々しく 端正な顔立ちの婦人が 訪ねてきた。

『わたしは 吉祥天よ。
わたしが 居るところには 必ず しあわせを呼びます』

大富豪の方は 大喜びで 彼女を 招き入れる。
ところが 吉祥天と 同じように
もう1人の 夫人も 入ろうとする。

こちらの方は 如何にも 貧乏たらしい婦人だ。

『お前は 一体 誰だ? 』

「わたしは 黒暗天よ。
わたしが 行くところ必ず 災いがおきる貧乏神」

『一歩たりとも 入ること まかりならん。
とっとと 出て行っておくれ』

「あら ? 先ほど 中に入った吉祥天は わたしの姉よ。
わたしたち 姉妹は セットで いつも一緒にいるの。
わたしを おいだすと 姉も ついて出てくるワ」

『ああ 良いから 2人とも 出ていってくれ』

哀れな 大富豪は 2人を 追い出したがために
不幸な 日暮らしをせねば ならなくなった。


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わたしたちの 人生には 良いことばかり
転がっているわけではない。

吉祥天と 黒暗天のように
良いことと 悪いこととが 一対になっている。

良いことが あれば それが 完全に良いことだと
勘違いをして、そのマイナス面を 見落としてしまう。

お金持ちに なると 暴飲暴食が 付きまとい
やがて 生活習慣病にかかって 死んでしまう。

お金がなく 明日の食べるものにも 事をかき、
そのために 一家が 固い絆で固まり
みんなで 力をあわせ やがて大富豪に なってゆく。

心とて そうだ。

【良い心】と 【悪い 心】が 1枚の 紙の 裏表にある。

吉祥天と 黒暗天が 1つなのは 分かったが
如何にしたら 吉祥天だけが
わたしたちの 横に 座ってくれるか
それを 真剣に 考えなければ ならない。

今朝の わたしの 鈴虫の ように。
合掌






【感謝をしながら ほどほどの 選択をしようよ】

親戚の方が 大邸宅から
マンションに お移りになった。

2人きりになって 2階に上がるのも
掃除1つにしても 大変で
決断に 至ったようだ。



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『2人きりになって なんとなく
冷え冷えとして 寂しいわね』

「子供たちが 暴れまわっていたときは、
狭い家で 牛蒡を洗っているようで、
もっと 大きなお家に 住みたいと思ったけれど
今となっては 広すぎるね」

我が貧寺でも 同じようなことが 起こっている。

住職一家までが 寺のしたで生活をし
取り残された 私たち 2人が
何かに 怯えながら 寒々と暮らしているのだ。

『どちらかが いなくなった時、
続いて 往生しても 誰も気がつかなかったり ね』

「少し 狭いけれど 子供たちのマンションの方が
快適で 住みやすいかもしれないね」

『資金が ありませんわ』



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蝉が 今年の名残りと
最期の 力を 振り絞って鳴いている。

ところで この歳になるまで 知らなかったのだが
セミって オスだけが鳴いて メスは鳴かないのだって。

メスを 呼び寄せるために 鳴くのだそうだ。

しかも 少しでも良い声でなく 雄を選ぶとくるか
人間の世界も 同じだなと 驚かされる。

カエルが 鳴くのも
メスを 呼び寄せるためだ。
鳴き声の 高低によって相手を 選ぶ。

体重の重い オスの声は 低く
体重の軽い オスの声は 高い

こちらは 良い声を 競うのではなく
自分の 身体にあった 声を選択する。

メスは オスの 声の高低から
オスの体重を 推定し
自分の体重の 70%くらいの オスを選ぶ。


メスは 産卵のために オスを背中に乗せて
50mぐらい 泳がなくては ならない。

その 水苔に 卵を産み付けるのだが
その 作業が オスを背中に 乗せたまま
7時間も 続く。

強くて 大きな オスが良いのに決まっているが
そうすると 自分自身が もたないのだ。

これが
【ほどほどの 選択】なんだろうね。


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豪邸択にしても
我が貧寺の ボロボロの 庫裏にしても
過ぎたるは及ばざるが語と

有り余るものをもっていると
持て余してしまうのだ。

急に 宝くじが 3億円 当たったら
とっさに どうしたら良いか
途方に 暮れてしまう。

メリット ( 利益 ) が あれば その背中には
ズッシリと デミリット (不利益 ) が
のしかかって いる。

わたしたちは 『メリットだけが 良い』と、
一方的に 利益ばかり 追求し
その 裏っ側を 忘れて 貪り続けている。

蝉や カエルを 見習って
【ほどほどの 選択】を しようよ。
合掌


【 小欲知足 ; リコ 毛布 】

『そろそろ リオ毛布、卒業しそうですよ』



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ママから 連絡があった。

『アンパンマンも 卒業して
お姉ちゃんたちと 同じように
プリキュアに 興味を 持ちはじめたようです』

もう そんなに大きくなったのかと 驚いた。

お姉ちゃんたちも そうだったが
自分の 毛布に名前を付け
寝ているときは 勿論のこと
遊んでいるときも お食事のときも
春夏秋冬 1年中、肌身離さないのだ。

【梨央 毛布】

だれが その様な名前を付けたかは 知らぬが
とに角、運命共同体で在る その毛布は
お人形さんよりも お菓子よりも
彼女にとって 1番 大切なものである。





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初孫が 生まれたとき
わたしが 教えていただいている
【四柱推命】の 先生が こう 言われた。

『いくら 目に入れても 痛くないほど可愛い
お孫さんでも オモチャは 1つしか与えないように』

『私たちの 欲望は 温泉の湯と 同じで
次から 次へと 湧きこばれて留まる所を 知りません。

あのオモチャが 欲しい。
やっと 使い方を 覚えたか どうかのとき、
その玩具に 飽きてしまい
次の玩具に 目がいって 欲しくて仕方が無い。

そしてその 欲望が 満たされなかったときに
【苦】となって 苦しんだり 悲しませたりします』

『今、流行りの [幼女 誘拐事件] にしても
親が 甘やかして 育て なんでも与えたから
今度は [幼女] という オモチャが欲しくて仕方が無い。

なんでも 自分の 言うままになる ロボットです。

そして その 玩具に 飽きがきたら
バラバラに 壊して 捨ててしまう。
恐ろしい ことです』

『わたしが 玩具は 1つで 良いよ、と言った理由は
その 1つの玩具を こよなく愛して貰いたい。

そして それによって
お観音さんのような 優しい 慈悲の心、
人を 思いやる 心を 育んで貰いたいです』



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ドイツの 小説家 ヘーベルは
『どちらが しあわせ ?』と、
こんな事を 書いている。

パリの セーヌ川で 水汲みの仕事をしていた
2人の 友人に 思わぬ金が 転がり込んできた。

1人は 水汲みをやめてしまい
その 金を元手に 大金持ちに なる。

もう1人は 3ヶ月と 期限を切って
多勢の 友人とともに
飲めや歌えの どんちゃん騒ぎを した。

3ヶ月の浪費で 大金は みるみる 無くなった。
彼は 初志を貫徹し 再び 水汲みの仕事に戻った。

ひろ さちや 先生は この例題に 対して
『どちらが しあわせだろう? 』と 投げかける。

今どきの 人の考えは
水汲みの仕事を やめて 大金持ちになった方が
しあわせで 元の 仕事に戻った方が 不幸だと。

先生は 水汲みに 戻った人の方が しあわせだと言う。

彼は お金が 思わず転がり込んできても
水汲みを 続けていた。

現在の 仕事のなかに
【よろこび】を 感じていたのだ。

いまの 生活に 喜びを見出せない 人間の方が
不幸だとおもう、そう 言われている。

自分の 毛布に 名前までつけ、こよなく愛して
オモチャを 持たない 孫と

一杯 オモチャを 持っていて
直ぐに 飽きてしまって
次の オモチャが 欲しがっている 人と

どちらが しあわせなのだろう 。
合掌

【慈悲の心で 見ていれば 焦らずとも 大輪を 開く】

『新しい ママ友が できたよ』

娘から 連絡があった。
町内の 公園で知り合った
アメリカ人と中国人の家族と 言うことだった。


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出産をした 病院で 知り合い
幼稚園で 知り合い 学校で 知り合う。

ママ友は 子供が 成長すれば するほど
多くなっていく。

先日、娘が 今年 お産した病院で知りあった
ママ友や 子供たちの 話をした。

当日 出産した 親子が 4組 いて
みんなで 定期的に 会うのだって。

同級生と言っても 男女で 違うし
その子 その子に よって 成長が違う。

孫は 3月生まれだから 7ヶ月めが くる。

離乳食が はじまって 寝返りを うって
ハイハイの 時期だと いう。

ところが 4人の 子供たちの中で
2人が 前進し、
2人が ゴスタン ( 田舎で バックの事) しか出来ないのだって。

『孫は どちらなの ? 』と、聞くと
ゴスタンの 方らしい。

『ジジ、気にすること ないよ。
あの子の 例が あるからね』

そうそう もう1人の孫は 3歳まで
全く 話さなたった。
いや、話せなかったから 心配していたのだ。

ところが 3歳を 迎えると 突然 話だし
今や、孫たちの中で
1番の お喋りに なった。


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【ジジ菜園】では 今、ゴウヤが
最後の 力を振り絞って 毎日、実を結んでいる。

春先に あさがおと共に
きうり、トマト、茄子に 加えて
ゴウヤも 植えたのだ。

夏前に なって きうり、トマト、茄子と
実を結びはじめ いちじは
毎日が 楽しいくらい 収穫した。

真夏を 迎え、あさがおも
大輪、小輪と 私たちの目を 楽しませてくれた。

只、不思議なのは ゴウヤが 実をつけないのだ。

ところが 蝉しぐれの 声を聞き
夏が 終わりを 告げたとともに
それらは ピタリと 影を ひそめた。

『肥料が 足りないのかな ? 』

肥料も なんどか やったが
彼らは 1度 瞑った目を
2度と 開けようとは しなかった。

ところが だ。

なんと 夏の間は
成ったり成らなかったり していたゴウヤが
秋を 迎えてから 鈴生りになってきた。

『ああ 遅いからといって 何も 心配することはない。
結局は 同じように花をさかせ 実を結ぶのだ』



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【ゆとり教育】の 是非を巡って
論争が 繰り広げられているが
今の 子供たちをみて 何か 可哀想な気がする。

子供たちは それぞれ 才能に合わせて
素晴らしい 花を 咲かせる。

それは 一斉に 開花するのでは ない。

発芽するのが 早い子も いれば
遅い子も いる。

ところが 現在の 学校教育は
子供たちを まるで栽培植物のように あつかい
一斉に 発芽させようと 努力する。

この 学年では ここまでは 習得しなければと
設定し それに到達しない子は
【おちこぼれ】として 冷遇される。

芽を 摘んでしまうのだ。

ゆっくり 発芽して ゆっくり成長する 子供も
やがては 先に育った子供と 同じく開花する。

会社でも そうだ。

『あ、この人は 無能だな。
おちこぼれだな』と、
偏見の目で 見たとき
その人の 成長は ピタッと 止まってしまう。


ちょうど今、文章を 書いていたので
真剣に テレビを みてなかったが
青年会議所の メンバーか なんかに
指導している 人がいったことが 耳に 入った。

『あせらず、いそがず、そして 続けること…』

5つ、述べたのだが 覚えていない。
合掌







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【 考えさせられる 《 体裁 》と 《真実》 】

住職の 先輩がお参りしてこられた。



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【袖擦り合うも他生の縁】とやら
全く 私たちの縁とは 不思議なものである。

【檀参】といって 檀家や 信者さんと一緒に
弘法大師 空海の 高野山や 四国八十八ヶ所
巡拝することだ。

今回は 30名で小豆島霊場を お参りをしたのだが
我が寺では 【本坊 子安観音寺】で 昼食を取ったあと、
【小豆島大観音】へ お参りをした。

学校の先生も ご一緒されており
彼が 住職よりも 2年 先輩であるとか
住職と同じ阿闍梨から 仏教の真髄を 学んでいるとか

または わたしの 師僧の事まで 熟知されており
驚きとともに 話に花が咲いた。

以前にも 紹介したことがあるが
わたしの 先輩が檀参拝で 参って来られたときに
大失策を 演じたことが あるのだ。




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先輩が 多勢の檀家の人をお連れして
我が 貧寺に 来られるという。

嬉しくって 仕方が無い。

檀家の方が 全員 入れる大部屋を 用意して
今まで以上に 清掃し、お香をたいて
全員に お接待を用意させてもらうべく
待機していた。

『えらい おそいな? 』

待ちながら 小首を傾げている わたしの所に
お手伝いの お坊さんが 飛んできた。

『か カンカンに お怒りになって帰られました』

「ええっ 一体 どうなったのだ ? 」

『本堂の 前で 般若心経を 1巻唱えてから
鬼のような形相で 全員を 引き連れて帰られました』

喜んでいただこうと 用意していた 接待をもって
宿泊している 遍路宿まで 謝りにいった。



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遍路旅館につくと 丁度 夕食どきで
お酒も 入ったりして 全員で
1日の疲れを癒していた。

わたしが 訪ねてきたことを 聞いて
真っ赤な顔をして 出てきた顔は 鬼面と化し
今にも 踊りかからんとすべき 気配だった。

美しく 掃き清め 香を焚いて お待ちしていたことは
言わなかった。
なぜか、言いたくなかったのだ。

『なんだ。この 接待は 。
蹴り飛ばすぞ。持って帰れ』

『こんな 物を 持ってくるより
檀家の 皆さんの前で、先輩、ごくろうさま。
みなさまも ごくろうさま、
お待ちして いましたよと 何故、言えないのだ! 』

散々 頭を下げて 非礼を詫び
帰寺の なかで いろいろ 考えた。

1人 1人に 喜んでもうおうと 用意したこと事態が
所謂 【体裁 】を 整えるだけの ことで
【真実】とは、飛び出ていって
よく来てくださったと、先輩に抱えつき
心から 歓迎することだったのだろう。

どうすれば 人は 喜び
どうすれば 体面 ( メンツ) を 潰すか
考えさせられた 出来事だった。

もし、『このような 用意をして
心より お待ちしていました』と、
今、申したら
どんな 答えが 帰ってくるだろう。

合掌

【プロクルステス の 寝台 】

わたしは この年になって
全く 趣味が 無くなってしまった。


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老僧は 小豆島でも 囲碁が強く
寺には 多勢の仲間が来ては 楽しんでいた。

わたしも その頃は 老僧について勉強したが
その 1番 脂の乗り切ったときに
『キミは 6級だな』と、言うことだった。

『老僧の 齢になると わたしも 趣味を増やそう』

そんな 細やかな希望が あったが
いざ その年になってみると
なに一つ 趣味がない。

若い頃は 時々 【カラオケ】にいって
気分を 発散したものだった。

ところが 今は それにも 行かない。

齢が よって 高い声も 低い声も
出なくなったのだ。

いままで 歌えていたうたが 歌えなくなるとは
残念きわまりないことである。

【カラオケ】って 楽しいね。

歌が 上手な人も 上手でないひとも
楽しみを 1つにして 興じることが できた。

時には 何人もが 形を組んで 歌い
ひょいと 横をみると
知らない おじさん だったりして。

ところが 不満もあるのだ。

【点数】の でる カラオケだ。

これが出ると 今まで 高じて居た熱が
いっぺんに 覚めてしまう。

『我々は 息抜きを兼ねて
楽しみに来ているのであって
上手、下手の 競争にきているのでは ないよ』

膨れた 顔をして よく言ったものだ。




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【プロクルステス の 寝台】って 聞いたことある?

彼は ギリシャ神話に 登場する 追い剥ぎで
市民や 旅人を捉えて ベッドに 寝かす。

ベッドとりも 寸法の小さな人は
渾身の 力で ベッドと同じ長さまで 引き伸ばし

ベッドよりも 大きなひとは
はみ出た 部分を切断し 同じサイズに 合わせる。

【プロクルステスの 寝台】は
個々の 能力や 事情を無視して
基準 原理原則に 当てはめた 例えに 使われる。

会社でも 営業に 向いている人が いれば
事務職に あって居るひとも いる。

学校で 英語が好きな 学生もいれば
音楽や 体操が 好きな 生徒もいる。

原理原則に それを 当てはめようとするから
問題が 起きる。

リンゴの 木からは 林檎しか
ミカンの 木からは ミカンしか ならないのだから。

林檎の木に ミカンを ならそうとするから
問題が 起きる。





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その さいたるものが 【カラオケ】である。

楽しく 歌いに来ているのであって
点数を 競い合いに きているのではない。

よしんば その場で 最高得点が 出たとしても
なにが 嬉しいだろう。

得意な 人も、あまり 得意でない人も
マイクを 持つと同時に 有名歌手に 早変わり。

それで 良いではないか。

上司にしても 社長にしても 上に立つ人は
『この人は なにが 得意で なにが 不得意か』

正当に 見抜く 洞察力が 必要である。

そして 我々 庶民は
好きなことは 精一杯 伸ばすとともに
肩を はらない、気楽な 毎日がおくれたら
どんなに しあわせだろう。
合掌










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【私たちは 1人 1人 念持仏を 持ちましょう】

わたしが 『おにいさん』と
呼ばせて頂いている方が いる。

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6歳 齢増の彼は 小学校の頃、寺にはいり
地元の 高校を卒業して
都会の会社に 入社するまで いた。

【生者必滅 会者定離】
会うは 別れのはじめとは よく言ったもので
彼が 寺を出たとき、ポッカリと 心に
大きな 穴が空いたような 日々が 続いた。

ふと 誰も居ない 空虚な部屋で 1寸ぐらいの
潰れかけたプラスチックの 鹿を 発見した。

修学旅行で 奈良に行ったときに
買ってきて 大切にして居たのは しっている。

片足も 取れている 小さなプラスチックの子鹿でも
わたしに すると 大切な 宝物だった。

里帰りで 彼が 寺に帰ってきたときに
子鹿の 話をした。

わたしの 机の上で 身体を傾けて 座っている
鹿を みつけ『ああ これか』と いって
ポケットに 入れて 持って帰ってしまった。

彼にしても 大切な 宝物だったに 違いない。




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寺には 【本堂】とは別に
【持仏堂】と言うのが ある。

ご本尊とは 別に
僧侶や 一般衆生が 日常的に 手を合わす
【念持仏】を安置する堂の ことだ。

日本書紀に 天武天皇 14条に
【諸国毎家 作仏舎 乃置 仏像及経典
以礼拝供養】の 詔が下ったと 記録されている。

全国に 国分寺があるように 各 家々に 持仏堂を置き
各々の人が 念持仏を持ち 供養礼拝しなさい。
そのような おふれだ。

わたしたちは いろんな所で いろんな念持仏に出会う。

⚫︎内仏
僧侶 大衆が 私的に仏像を祭祀し 帰依礼拝する。
⚫︎陣仏
戦乱のおり 守ってもらい 勝利するべく陣中で 護持した。
⚫︎枕本尊
私たちが 肌身離さず 護持し
寝るときは枕元に安置して 寝る所からなずいた。



勿論 わたしも 【念持仏】を持っている。

昔、友人と 2人で インド、ネパールに お参りしたとき
英語が 堪能な友人が 交渉して
民家の 蔵の中にあった ヒンズー教の 流れをもつ
仏さんと お出会いすることが 出来た。

もう ひとつは その 友人が 海外出張のとき
わたしの 念持仏にと お受けしてかえった本尊だ。

勿論、素晴らしいものでもあるし
そうでなくても わたしの 宝物である。

この エピソードは 以前に紹介したので
省略する。

さて みなさんも お一人 お一人が
【念持仏】を お持ちになり
その 本尊を 拠り所として
苦楽を 共にして いただきたい。

持仏堂が 持てなくても 枕本尊で 良いではありませんか。

そうなれば 天武天皇も 詔を下したかいもあるだろう。

念持仏に お茶 お花 お香等 お供えするのは
当たり前のことですよね。

ところが これが できない。
自分中心に 育った私たちは
この 優しい心で 思いあう心を 捨ててしまった。

電車の中で お年寄りや 子供ずれ
お腹の大きな人を見ても 知らぬ存ぜぬで
平気で 座ってる。

供養が 終わったら 【懺悔】と いって
1日の 反省をします。

『あの人に あんな事を 言ったが
あれで良かったのだろうか?』

そして明日の 予定を立てます。

その作業が 終わったら
『 今日、1日 無事に暮らさせて頂いて
ありがとうございます』と、【感謝】をし、
『あすも 良い日で ありますように』と、
【祈願】を するのです。

念持仏は 毎日の生活の 活力を頂くとともに
優しい心を 植え付けます。

心から 祈る心、慕う心って 素晴らしいね。
合掌


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【立柱式は ウエディングケーキ カットと 同じ】

大安吉日の 本日
【小豆島霊場 第80番札所 子安観音寺】
本堂 立柱法要が 檀家 信徒 見守るなかで
盛大に かつ 厳粛に 執り行われた。


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法要の あと 住職の挨拶、
棟梁である 日本一の 宮大工【 西嶋 工務店】
社長の 挨拶があった。

社長は 『ご縁とは不思議なものであり、
また ありがたいものだ』と お話になった。

但馬 ある 寺の 大屋根改修があり
建設委員のなかで 業者をめぐって
カンカンガクガク 紛糾をした。

そのなかの 1人の 委員が 手を挙げた。

『わたしは 親の代から
小豆島 八十八カ所霊場巡拝を している。

そのなかで うどん接待の寺、子安観音寺には
とくに 有難く 参拝をさせていただいている。

その 本堂、再建に この【西嶋 工務店】が
携わっているときく。

そんなに 素晴らしい 工務店が 2つと
あると 思うか?』と。

『小豆島 子安観音寺の 名前がでて
その場で 拍手喝采で 当社に 決まりました』

『姫路城 改修の 宮大工は 今回、
住職が 若きころ お護摩の修行にいった
大弁天さんの 護摩堂を
( 護摩堂といっても 子安観音寺 本堂よりも大きい)
建てさせていただくことに なりました』

その大僧正が 言われたそうだ。

『小豆島の 村垣くんの ところも 建てているのかね。
【縁】って 不思議だね』と。

本当に ご縁とは 不思議なもので
しかも 有難いものである。


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住職の 挨拶があった。

棟梁【西嶋工務店 社長】への感謝から始まり
建設委員長を はじめ 役員さん
檀家総代 役員さん
檀信徒の 皆さんへの 御礼から はじまった。

『みなさん、今日は おめでとうございます。
私たちの ご本堂建立の 第一歩である
【立柱法要】が 立派に 厳修されました。

わたし
【立柱式】とは 私たちの 結婚式の
【ウエディング ケーキ】の ナイフ入れと
同じだと 思うのです。

2人での 結婚後 はじめての 共同だ業である。

実は 2人で 力を合わせ 山に行って
木を 切ってくることから 始まります。

2人は 切り倒した 木で 家を建て
その お家を作り上げます。

おじいさん おばあさん 見守るなかで
子供が 生まれ、成長し
子供が結婚して 自分の手で 新しい別天地を
築き上げるまで 育て 育んで
常に 笑の絶えない 家庭を作り上げる。

ケーキ カットは 嬉しい瞬間でもあり
また 新たな家庭を 快適にするためには
如何に 舵をとっていくかの 決意でもあります。

素晴らしい 家庭を築くのも 築かないのも
私たちの持っている 心 1つで 変わります。

わたしたちも 【健康】で【しあわせ】な
日暮らしを 望まない人も いないだろう。

それを【いのり】【おねがい】する
本尊が お住まいになるべく 本堂が 建ちます。

未来永劫に その 屋台骨をささえる
大柱が 今日、経ちました。

これから 落慶法要まで 1年。
マラソンでも ラストスパートが 大変だと聞きます。

どうか 皆様には 1段 1段 大きく 高く 聳えて行く
本堂を 温かい目で 見ていただきたいと 同時に

作業をしてくださる 皆さんには
くれぐれも 安全を留意して 立派な本堂を
建立して頂くことを 期待して
挨拶に かえさせていただきます』

まだか まだかと 思っていたが
もう 1年。

来年の 秋には 立派な本堂が 目に 飛び込み
私たちを 驚かすことだろう。
合掌




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【 日本一の 宮大工 西嶋工務店 亡 先代の 遺訓 】

明日が 待ちに待った
【小豆島霊場 第80番札所 子安観音寺】
本堂の 立柱式が ある。



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姫路城の 改修に携わっている
日本一の 宮大工 【西嶋工務店】社長を はじめ
多勢の大工さんの手で 材木の 搬入が 始まった。

これから 11月の 上棟式 ( 棟上げ ) から
来年の 秋の 落慶法要まで 本格的な建設が
はじまる。

ケヤキの 大黒柱が 立ち居ならぶ なかで
( 宮大工では そうは 呼ばないのだって)

『 円の直径 40センチ 総重量 600kg』と、
教えてくださった。

屋台骨が しっかりしないと
豪華絢爛な 大屋根が 大音響とともに 崩れ落ち
本堂自体が ペチャンコに なる。

本堂は 勿論の事、
我が家でも 会社でも 学校でも
屋台骨って 大切だなと、つくずく 思い知らさせた。

わたしが 社長に 言葉を投げかける。

『 愈々 待ち望んでいた 立柱式に なりました。
明日は 檜舞台で 社長の 晴れ姿を
拝むことが できますね』

「 いえ わたしたちは 消え去るのみです」

『えっ ? 』



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『先代の 社長が健在な時は 口癖のように
わたしたちに 申していた言葉が あります』

『わたしたち 職人は
【密厳国土】といってエデンの東、ユートピアのなかで
ご本尊さまが わたしたち 一切の衆生を
しあわせに 導いてくださるための
【おすや】を おつくりさせて いただく。

いつまでも わたしたち 職人の 影が
見え隠れしていると ご本尊さまの 邪魔になる。

しかし ご本尊さまが お入りになる場所は
それこそ 真心をかけて おつくりして
喜んで いただかなくては と。

先代が 亡くなった今でも
全 職員が その遺訓を 肝に命じて
仕事を やらせて 頂いております。



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【密厳国土】

【 密 】
目には 見えないが 深い真実 、
尊い大生命が 息づいている。
【 厳 】
荘厳と いうことで
信心をもって 美しく 仕上げるよいうこと。

【 密厳国土 】
ご本尊さまの 生命が 信心でもって
本当に 生かされた 現生の お浄土という意味。

全ての 宗教は 仏教であれ キリスト教であれ
【安心立命】を 勤めたるものだ。

わたしたちが いつも申す[ あんじん ] とは別で
正しい 信仰によって 不変不動の
心を 固めること。

悟りの境地を 得ることである。

立命の 【命】は 生活のことであり
正しい 教えによって 自己の 人生生活を
確立することを【立命】という。

この世に 人間として 生を頂いた以上、
迷い 苦しみ 不安等が 付き纏うことは
世の常で ある。

それを 乗り越えて 充実した人生を見出すためには
どうしても 正しい信仰による
安心立命が 求められている。

【西嶋工務店】の 先代は そのような
お教えを 頂くための環境づくりをするのが
わたしたちの 使命であると、言われた。

これぞ、まさに お観音さんの
【慈悲】と 【智慧】の 心では あるまいか。
合掌



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【 先生、知恵を 教えるのではなくて 智慧を おしえて】

人の 縁というと 不思議なものである。

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彼女が 【小豆島霊場 子安観音寺】に
お越しに なりはじめて もう 何年かになる。

「どちらから お参りですか? 」

彼女との お付き合いは その時から 始まった。

『兵庫県の 芦屋からです』
「 えっ 芦屋ですって ? 芦屋の どこです? 」

お住いを 根掘り葉掘り お聞きすると
なんと 我が娘 一家と 同じ マンションで
娘一家が 5階、彼女は 6階の 住人だった。

教師を 退職なさって 10年が くれるが
伯父 伯母の 墓参りに
1年に 何度かは 小豆島に 渡られるのだ。

時々は 我が寺に お泊まりになるときも あるし
日帰りの ご予定でも 必ず 貧寺に 立ち寄ってから
旦那寺の 寺の方に 参られる。

『ありがとうございます。
寺で 1泊 したいのですが、
明日は ボランティア活動が 待っています』

聞き間すれば、
中学校 3年生の 引きこもりの 児童がいて
NPO法人だったか どこだったかの 縁で
高校入試の為に 数学を 教えているとか。

『100人 いれば 98人までが
高等学校の門を くぐって居る 今日この頃、
なんとか 高等学校に 行かせたいと
頑張っているのですけど
勉強よりも 社会的対応の方が 大変です。

引きこもって 唯我独尊。
怖いものしらずですから
「 あなた かえりなさい」って 言うんですよ。

子供相手ですが いささか 腹がたって』



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【引きこもり】

15歳から 39歳までの 若年無業者の事を 言うらしい。
ニートと 引きこもりの 違いや
年齢等の 正解は わたしには 分からない。

15歳から 39歳までで 引きこもって おられる方は
69万 7000人 だそうだ。

しかも 近年に なればなるほど
その数が 増えている。

1995年 45万人 2000年 44万人
2005年 64万人 2010年 60万人


年齢別に みると

15~ 19歳 9万人 20~ 24歳 17万人
25~ 29歳 18万人 30~ 34歳 17万人


世界で みると ( 引きこもりの 方の パーセント )

ワースト 1位 ワースト2位 ワースト14位
トルコ 37 % イスラエル 27% 日本 10%


原因は いろんな 方が 居られるが
【病気】【怪我】の 方が 23 %も 居られる。

これらの 人たちは 可哀想だね。




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「先生、その 登校拒否児童に
"感謝こそすれ そんな 暴言をはいては 駄目ですよ"
と、諭してあげました ?

勉強を 教えるより 人としての道を
教える方が 先ですよ」

『そうですね。
合格して 高校に通うように なったとき
感謝する 心を持つように 教えねばなりませんね』


永平寺の 宮崎奕保 前禅師の お諭しが ある。

『わたしたちは 必ず 何かと繋がりを持っていて
それは 人であったり自然であったり します。

だからこそ
人を敬う心や 自然を大切にする心を 忘れたとき
むやみに 人と争ったり

自分の都合だけで 自然を 傷つけることが
起こるのです』


人間関係の 基本は
自分が 先でなく、まず 相手のことを
おもいやる 優しい心が 大切である。


禅師は 人を敬う心や 自然を大切にする
心を 忘れたら ならないと 教えてくださる。

『感謝する心や
人を おもいやる気持ちが 芽生えてきたとき、
学校に いっても 直ぐに みんなと
溶け込むでしょうね』

わたしたちは 我が事のように
微笑みあった。
合掌




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【 憎しみは 愛することで 解消する 】

フランス人が 処刑された。

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イスラム国と
それに反対する国との 戦いの中で
みせしめの為に 処刑されたのだ。

それらの 全てが 軍人ではない
報道関係者とか ガイド等、 一般 庶民である。

アフリカから 次から次へと やってくる
ボートピープル。

祖国を 捨て 家をすて 家族まで捨てて
しあわせを 求めて 新天地に やってくる。

北朝鮮が 日本人 拉致被害者に対して
自国で 対策委員会を 結成し
1日も 早く 善処すると 約束したにも拘らず

『この頃の 報道では まだ初期段階だ。
わたしたちが 善処する前に
日本は 日本として することが あるだろう』

と、言ったとか。

制裁解除と お金だ。
また 万景峰号が 来航することに なるのか。


アメリカの グレンデール市 郊外の 公園に
従軍慰安婦 像が 建つことになった。



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空爆や 地上戦や テロや 公開処刑で
わたしたちは しあわせに なるのだろうか?

難民を 救うのは 当然のことだが
それよりも もっと 深い
根を 回復しなければ ならない。

国民が 逃げ出さないような
そして 彼らが 自立できるよう
富国に なるべく 支援をしなければ いけない。

北朝鮮の 謝罪が先か お礼が 先か?
韓国の 従軍慰安婦、竹島を含め 歴史問題。


1951年 ( 昭和 26年 ) 9月 8日

サンフランシスコ 平和条約が 開催された。

昭和 20年の 日本 敗戦に対する 処理会議だ。
当然、日本国土 分割統治論、想像を 絶する賠償金。
論議 諤々の中で
ジャヤワルダナ大統領が 演説をした。

『わたしたちの 尊敬する 釈迦は こう 教えられた。

《 憎しみは 憎しみによっては 消えず
愛することで 消える》

われわれは 日本に対する 賠償請求を 放棄する』




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釈迦の 教えの中に 《 四馬の 譬え 》と いうのがある。
雑阿含経


第一の 馬
鞭を 撃たなくても
業者の ふりあげた鞭の 影を見ただけで
走りだす 馬

第二の 馬
業者の ふりあげた鞭が
自分の 毛に触れたのを 感じて 走りだす 馬

第三の 馬
業者の ふりあげた鞭が 自分の肉体に 当たり
痛みを 感じてから 走りだす 馬

第四の 馬
たたいても たたいても
我が 骨肉に 達して やっと 走りだす 馬



第一の 馬
遥か遠い 外国などで 亡くなった人があるのを
伝え聞いて
それを 自分の 今日の命、明日の 姿と受けとめ
うかうかしては おれないと
本気で 自分の なさねばならぬことを 考える人

第二の 馬
自分の 町や 村で
亡くなった人があるのを 聞いて
世の中は 無常であることを 悟り
自分の なさねばならぬことを 行動に移す人

第三の 馬
自分の 親や 兄弟姉妹 親族の 死を
目の前にして 世の 無常を やっと 気がつく人

第四の 馬
自分自身が 遂に 死の床に伏し
お迎えの 近きをしって 遅ればせながら
気がつく 人



『死ぬんだよ。
あなたも わたしも。
早いか 遅いか 必ず その日が やってくる。

いつ死んでも いいように
刻々と過ぎ行く 無常な一刹那を
無駄にせず 大切に 生活しなさい』

わたしたちは
世界中で 苦しんでいる人たちに
なにをして あげられるだろう。

隣に 座った おばあさんに
いかなる 優しい言葉を
かけて あげられるだろう。
合掌

相田 みつを 【先生】が いるのかな?

檀家の方が こられた。

先日、ご尊父が 浄土へと 旅立たれた。

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「お寂しく なりました」

『 90歳でしたが まだまだ元気だったので
100歳までは 大丈夫だろうと 思っていましたが
1ヶ月の 間に アッという間に 旅立ってしまって、
人間の 命なんか 分からない ものです』

お聞きをしたら これは冗談だが
息子さんよりも ご壮健で
家族や 友人の進言を 自分も 自負し
100歳までは がんばろうねと 誓い合っていた。

ところが 1ヶ月前ぐらいから 急に体調を崩し
入院ということに 相成った。

『わたしは 悔いはありません。
1ヶ月という 短い間でしたが、
家内共々、わたしも 看護につかせてもらい
するだけのことは させて貰いました。

しまった しくじった。
ああしておけば よかった、こうすればとの
後悔は なに一つ ありません』

そして こんな事も 仰った。

『この 1ヶ月は 私にとって 10年にも 20年にも
思えました。

と、いうもの 50年も 60年も
父と 生活を 共にしながら
こんなに 話し合った事は ありませんでした。

大切な いろんな事を 聞かされましたが
死の 直前に
「 人間には 明日の日は ない。
その日 その日を 大切に 生きなければ」

そう言って 目を閉じました』



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ご尊父さんの 言を聞いて 思い出した。

相田 みつをさんの
【そのうち】と 題する 詩だ。

《 そのうち お金が たまったら
そのうち 家でも たてたら
そのうち 子供から 手が離れたら
そのうち 時間のゆとりが できたら
そのうち そのうち そのうち…と
できない 理由を繰り返しているうちに
結局 なにも やらなかった
空しい 人生の 幕がおりて
そのうち そのうち 日が暮れる
いまきた この道は かえれない 》


まさか 自分が 死ぬとはおもわず
『そのうちに』『そのうちに』と、
出来ない理由を 先延ばしを していると

知らぬうちに 人生の 幕がおりて
次の国へと 忙しなく 出立しなければならない。




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道元 禅師の 教えがある。


『切に 思うことは 必ず 遂げるなり』

『切に 思う心を おこすためには 無常を思え』

【無常を 思う】とは
『 明日の 命は 無いと思え』『今 しかない』
と、言うことで わたしたちの 命は
正に 一寸先は闇であると 述べられている。

それなのに わたしたちは
永遠に 生きつづけるとの 錯覚の中で

『せかせか 今日しなくても 明日で いいでないか』
『この 機会を 逃しても 次の機会がある』

などと 呑気な 安穏な日々を 送っている。
合掌



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