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【 独坐 大雄峰 】




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大先生に ついて【四柱推命】を勉強はじめて
もう 5年がくれ 6年目にはいる。

その中に 【比肩】【劫財】という言葉が
出てくる。

これを【自星】と いって 持って生まれた
わたしたちの 運命だ。

独立心があり 意思強固、負けず嫌いと
素晴らしい 星ではあるが

【自星】が 強すぎると 自我が出はじめ
他人の いうことに耳を 傾けず
自己主張 激しいため 対人関係の
不和や 衝突を まねく。

当然、比肩 劫財の 強い人は
共同経営に 向いておらず
自分が 自分の思い通りに 舞がまえる
自営業が 向いているのだ。

反対に 自星 ( 比肩 劫財 ) を
命式中に 持ってない人は
優柔不断で 自己主張が できない人だ。

自分の しっかりした 意思がないものだから
まるで 水のごとく 人が 揺さぶる方向に
あっちにいったり こっちにきたり する。

僅かの 間に 【四柱推命】
良い お勉強に なったでしう。


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中国の 唐の時代に 百丈懐海という高僧がいた。

丁度、空海や 最澄が【遣唐使】の 1人として
入唐したのだから その頃の僧侶だ。

彼は あるとき このような 質問を受けた。
『 いかなるか 是れ 奇特のこと』

是れに ついて 懐海は このように 返す。
『 独坐大雄峰 』

[ 奇特 ]とは 素晴らしい 有難いとか
いった 意味である。

故に
『ほんとうに 素晴らしい事とは なんだろう?』

との 質問だ。

それに このように 答えた。
『 わたしは こうして 大雄峰に
泰然自若として どっかり 座っているよ。
これほど 素晴らしいことが 他に あるだろうか』

世間の こまごまと したことには
耳を傾けず 大岩の如く どっしりと座りなさい。

そのように 教えられた。

よく考えてみれば
わたしたちは キョロキョロ ウロウロ
世間の 目ばかり気にして 生活している。

『わたしは
多分 相手がこのような 答えをだすだろうと
想定して このように 言った』

と、自慢そうに いう人も
つまりは 相手を 意識しているのだ。



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【自星】
比肩 劫財が 強すぎると
唯我独尊にはしり 他人と 摩擦が生じる。

比肩 劫財が ない人は
水のように 流されて
自分の 意見を主張することもできない。

1番 良いのは 【五気周流】といって
全ての星が 揃っていて 互いに喧嘩をしないことだ。

わたしたちが 勉強している言葉は
【中道】だ。

強くもなく 弱くもなく
和気藹々と 支え合っていく。

そして【独坐大雄峰】。

世間の 端々に 一喜一憂しないで
堂々と 独坐する。

なかなか 大変だけれど
わたしたちも 目指してみようね。

あっ 今日の おかずは
美味しかった 不味かった。

そんな 些細なことを
クドクド いったら 駄目だよ。

空海も このように 言われる。

【閑林に 独坐す】
合掌

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【タイム イズ マネー ;時は 金なり 】






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高野山に お参りをしてきた。

娘 家族が『爺さんを連れてゆくのだ』と
せっかくの 休日を 高野山参拝に当ててくれた。

難波から 電車で行くことが多く
久々の ドライブは トンネルができていたり
道路を付け替えたり 拡張したり

今までの 概念で参拝していると
夢の国に 迷い込んだような 躍動感がある。

【世界遺産】の 賜物かな ?

威風堂々とした 本山をお参りして
2キロの 連綿と続く 杉木立の 両サイドに
約 20万基の 墓石が立ち並ぶ 【奥の院】で
『本堂 無魔完成』と『孫たちの 無事成長』を祈った。

『せっかくの 休みだったに わたしのために
お山まで 連れてきてもらって 悪かったね。
ありがとう』

「いえいえ 高野山に義父さんを お連れする事。
本山で 我が子の 無事成長を 祈ること。
これが 長い間の 私たちの 夢でした」

「ホリデーといっても 家族サービスをするか
ただ1つの趣味である ゴルフに いくか
なにか しているんです。

【春夜一刻値千金】ですよ。

折角の 休みですもの ダラダラと
怠惰の 時間を 費やしたら もったいないです』



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【春夜一刻値千金】

限りある 私たちの時間は
貴重で 有効なものだから浪費しては
ならない。

時は お金と同じように 大切で 価値がある。
この時を 大切に使わなければ ならない。

この場合 ( 春の 宵) は 訳さないで 置きましょう。

【タイム イズ マネー ; 時は 金なり 】

【時給】という言葉があるように
現代社会においては わたしたちは
働くことによって 時間を金で 買えることができる。

しかし その反対に 幾ら大金をつんでも
過去の 時間を買うことはできないし
不老長寿の 薬を 飲んでみたとことで
未来の 時間を 買うことは できない。

わたしたちは お金さえだせば 殆どのものは
手に入れることができる。

そして 時 ( とき ) 、時間すら
お金で 買えるものと 錯覚してしまう。

豊かさの 概念が 金の有るなしによって
はかられる。
すなはち 大金を持っている人が
豊かで しあわせな 人だと考えがちだ。

しかし これを 時間で計算をすると どうだろう?

自分が 自由に使える時間を 沢山持っている人が
豊かで しあわせな人だと 言えるのだ。

『忙しい』『忙しい』

よく 聞くことばだが
大金持ちで 経済的には 申し分ない。
しかし スケジュールは 分刻みだ。

自分が 自由に使える 自分の時間が 全くないのだ。

結論は 余裕のある 時間を 無駄なく
有効に 使っている わたしたちの方が
しあわせなのかも 分からない。

せっかく 頂いいた 限りある 時間。

余裕をもって 有効に 使おうね。

今日は 素晴らしい 高野山 参拝だった。
合掌





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【ありがとう】







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難波 新歌舞伎座で 長期公演をなさっている
先生の 陣中見舞いに いった。

ちょうど 開演 30分前で
鏡の前で お化粧をなさっている 最中だった。

『ま~ わざわざ 小豆島から ありがとう』

振り向きざまに そう言われた
弾けるような声と 笑顔は 印象的だった。

『いえ、先生の お忙しい時間に 来てしまって。
こちらの方こそ ありがとうございます』

僅か 5分ぐらいで 退散した。

帰り 梅田の お寿司屋さんに 立ち寄った。
もう 3年も 4年も 行ったことが無いので
覚えているはずも ないだろう。

中で 3人の 職人さんが ムスッとして
寿司を握ったのを 頂いた。

『店長でも 覚えているかどうかも
分からないのに 彼らが 覚えているはずがない』

そう思いながら お支払いをして居るときだった。

「法主さん、こんにちは。
小豆島からは いつ でて来られましたか?」

店長だ。

『わたしが 小豆島というのを 覚えていて
くださったのですね。
ありがとう』

「いえいえ わたしの方こそ
覚えていてくださって ありがとうございます」

《ありがとう》

その 言葉に 嬉しくなった。



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《ありがとう》

これは 仏教語の『ありがたし』の変形で
『めったにない 貴重な 出来事』という意味だ。

【 法句経 】182 に このように 書かれている。

人間の 身体を頂いて この世に 生まれてくることは
難しい ことだ。

死に 直面した人にとって
まだまだ 生き続けるということは 難しい。

日常生活において 正しい教えとであい
かつ それに出会うことは さらに 難しい。

そして 釈迦や 空海のように
悟りを得たものが この世に 現れることは
さらに さらに むつかしい。


人間として この娑婆の世界を 生きるということは
本当に 奇跡の連続としか 言いようがない。

その 【めったに ないこと】に わたしたちは
【ありがとう】と 感謝の意を 表するのだ。



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【輪廻転生】といって
わたしたちは 生前の善悪の大小によって
地獄 餓鬼 畜生 修羅 人間 天界と
6界を 行ったり来たりする。

下の 4界を クリアして 人間として
生まれてくることは 至難の技である。

パパの 想像を絶する 多数の遺伝子が
ママの 胎内に はいり
1人の 人間として 生まれてくる。

その競争率の 中で トップランナーとして
栄冠を勝ちとったことは 【ありがたい】ことだ。

ひょっとしたら 隣の人が あなたと入れ替わって
人間として 生まれて来ているかも
しれないのだ。

その わたしたちが その感謝の気持ちも 忘れ
不平不満をいい、言いたい放題 したい放題、
【自我】を 通すとは 残念の 極みである。

せっかく 人として 生まれ
感謝の気持ちに きずくことなく
怠惰な日を 過ごしていると
しあわせが 何処かに 飛んでいってしまうよ。

【ありがとう】

今日、あなたは 何回 言いましたか?
合掌




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【生かされている 今、精一杯 生きよ】





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子供のときに このような流布を耳にした。
なんとも 衝撃的な言葉だった。

【 働かざるもの 食うべからず】

レーニン ( 1870 ~ 1924 ) は
食べ物を 受けとる権利と 労働の義務の結合が
社会主義を 実践していくのもと 定義づけた。

少し 冷たい言いまわしに 子供心に
『老人や 病人は 食べては駄目なのか?』
分からぬままに 反発も 覚えた。

【新約聖書】の テサロニケの信徒への手紙で
《 働きたくないものは 食べてはならない》
パウロが 言った言葉が ある。

キリストが 磔の刑に 処された直後の
キリスト教や 伝道師に対する 圧力は 強く
彼らは 復活を信じて じっと迫害にたえ
愛と 信仰の生活を送ってきた。

しかし 信徒の中には 主が召されたことにより
嘆き 悲観し 怠惰な生活にふけるものもいた。

それらの信徒にの パウロの 叱咤激励が これだ。

『兄弟たちよ。
イエス キリストの名において これを命じる。

主が わたしたちに 諭し続けてきたものを無視し
言いつけに従わずに 怠惰な日々を 送っているものは
ここから 立ち去りなさい。

主が 諭していたときは わたしたちは
怠惰な生活に 耽らなかったし
働きもせずに パンだけ 貪ることもなかった。

それどころか、あなたたちは
あなたたちの 誰にも負担をかけまいとして
日夜 働きに 働いた。

なのに 今の この 体たらくは なんだ !

自分だけのために 働くのでは ない。
世のために 人のために 働くのだ。

そして
( 世のために 人のために )
働こうと しないのもは 食べることだけを
しては いけないと 命じておいた』



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小田原に 最明寺という 寺があり
【加藤 宥雄】という 師僧がいた。

わたしは 最明寺で 修行をした。

朝星 夜星で まだ 夜も明けない間から
滝行が 始まる。

マンツーマンだから 師僧も ご一緒だ。
氷柱が 張るような日は
いくら【行】だからと言っても 辛い。

ある日、大雪が降った。

わたしは どうせ滝行で 濡れるのは分っていたが
傘をさして 大滝まで 行った。

と、既に 来られていた 師僧も 傘をさしていた。

『浜までは 海女も 蓑きる 時雨かな』

何を 思ったのか 師僧は 大声でそういった。

『傘を さしたのは わたしだけでは ないよ。
海女も しぐれたら さすではないか』
そう 胸を 張られたのだろうか ?

わたしたちの 世の中には
『どうせ 結果は こうなるのだから』
と、努力を 惜しむ事が ある。

『どうせ 朝食を 頂いた後で 歯磨きするんだから』

『どうせ 幾ら頑張っても 大震災がきたら
死ぬのだから』

わたしたちのように
『雨や 雪が降って どうせ 濡れるんだから』

努力を 惜しんだり 簡素化をしたり する。

イエス キリストや パウロは それを嫌う。

仕事にしろ 日常生活にしろ
真面目に 一生懸命に 取り組みなさい。

そうでなかったら
あなたは 食べずに 飢え死にするよ。

そう もうされて いるのだ。

働かざるものは 老人や 病人は
食べたら いけないのかと 驚いたが
いまなら 分かる。

『生かされている 今、精一杯 生きよ』
合掌



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【ありがとうの 一言が 極楽への 入り口だ 】






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毎年 夫婦揃って 健康診断に 行く。

今年は まだ行ってないので心配なのだが
いつも 診断が パスしたら
その日だけは 【お祝い】【感謝の気持ち】を兼ねて
贅沢を させて貰うことに している。

丁度、晉山式といって
長男と 新旧の 住職が 入れ替わった年に
【膵炎】が 発症し 入院した。

それは 痛い。
アルコールのために 膵臓が 溶けているんだから。

それ依頼、健康診断が 終わると 2人して

『良かったね。また 膵臓で 入院したり
他の 病気を 発症したりすると
ゼニ亀には 変えられない。

1年間 健康で暮らさせて頂いた感謝の気持ちと
その お祝いの為に
今日だけは贅沢を させていただこう』

そして 飲むのは 悪いというのを 知りながら
少しだけ 頂くのだ。



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最早 晩秋で
お正月の準備でも 考えねばならない季節だが
ほんの少し前、そう 神無月の頃は
どこの地区でも 秋祭りが 催された。

小豆島でも 11日を 皮切りに 来る日も来る日も
毎日、各地区で お祭りが 続くのだ。

わたしたちは『たいこ』と 呼んでいる 山車は、
全てが 山まで 登って お祓いをうける。
そして 広場で 全部の山車が 勢ぞろいするのだ。

見事いもんだね。

只、残念なのは 殆ど 全ての方が
お祓いを 受けると同時に 【祈願】を しているのだ。

本来、秋祭りは 神仏に対して

『ことしも ありがとうございました』
と、感謝の 気持ちを現したものであり
決して『来年も 豊作であります様に』との
お願いの 祭りでは ないはずだ。

わたしたちは 願う ねだる術は 覚えても
物事に 感謝するこころを 忘れてしまている。



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全てが 自分中心主義で 『おれが おれが』と
自分さえ しあわせなら 他人はどうなても いいのだ。


感謝 喜び 極楽 済世利人 ( ひとだすけ )
自我 不平不満 地獄 自己破壊

わたしたちが 感謝の気持ちをもつと
その 1つ 1つが 喜びになる。

『ありがとうございます
ことしも 豊作でした。

『ありがとうございます
今年は 台風のせいで 豊作ではなかったけれども
家族全員が 五体満足で しあわせな日々を 送っています』

今回の わたしなら
『ありがとうございます
健康診断による 結果、ことしも 身体堅固でした。
お陰を 感謝し、明日から また 感張ります』

感謝して 喜んだ瞬間に
わたしたちは 極楽浄土に 行くことができる。

地獄 極楽は 死んでから 行くところではなく
生きている 今、地獄にも 極楽にも いけるのだ。

腹をたてたり 膨れたり ジェラシーを持った瞬間に
わたしたちは 奈落の底に落ちる。

【済世利人】の 説明をしようと おもったら
紙が 無くなって来た。

感謝して ありがとうございますと言った
わたしたちは 困った人を 見つければ
能動的に 救いの手を 差し伸べなければ
ならない。

それが【報恩謝徳】なのだ。
合掌


【 大丈夫 だいじょうぶ 】




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よく
大切な仕事に 支障ができたり
約束した 時間に 遅れそうに なったときとか
目の前で 思い切り転んだ 人なんかをみると
『 大丈夫 ですか ? 』と、 手を さしだす。

『 大丈夫 大丈夫 』

起きあがりながら 笑顔で そう答えるが
『きっと』とか『だろう』も 含めて
間違いなくて 確かな様のことを 大丈夫という。

1丈は 約 3.03mで
中国の 周尺では 約 1.7m。

つまり 成人男性の 背丈にあたる。

中国では 成人男性を 【丈夫】といい
特に 立派な男性を 【大丈夫】と いった。

歴史の変遷で
【立派な 男性】であったのが
【とても 強い人】【しっかりしている】
【まちがいない】に 変わってきた。

ただ 気をつけなければ ならないのは
【大丈夫】の 裏には 【 人 】が ついているのだ。

そして 【しっかり 事の できる人】
馬を きちんと御することができるように
人にも 御して 成仏にいたらしめる人 が
本来の 意味である。



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【大丈夫】とは お経からきている 仏教語である。

【如来 十号】
お釈迦さんの 優れた徳を表した
10種の称号が書かれてある。

如来、大供、正遍知、善逝、世間解、無上士、
調御丈夫、天人師、仏世尊。

その 第8に 【調後丈夫】というのが でてくる。

相手の 性格にあわせて
ときに 優しく話しかけたり
ときには 怒ったり 叱咤激励したり
場合によっては 説き伏せ

相手を 調練して目的を見失わせないようにする
人の ことである。

【この世の 全ての人を悟りに導く もの】

つまり 万人の 【師】である
お釈迦さんの ことだ。

『もし 諸菩薩 この法に安住すれば
その人は 大丈夫の 称号を得ることができる』

わたしたちも お釈迦さんまでは いかなくても
そのように 努力しようと 決意し
実践している人は 既に【大丈夫】であると。

スッテン 転んだときに
『大丈夫 ですか?』
の 質問に
『大丈夫 大丈夫 』

わたしは 大丈夫の 人間です と。

凄い ことだね。
言葉に 負けないように しなければ。
合掌






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【わたしたちの 本当の しあわせとは なんだ ? 】




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山口洋一 先生の【ミャンマーの 実像】に
このような 逸話がでてくる。

森の中で 盲目の 両親と 一緒に暮らしている
孝行な 息子がいた。

よく働き よく 親の面倒をみた。

ところがある日、
狩りにきた 王さまの 射た矢が 息子にあたり
彼は 死ぬや生きるの 重傷を おった。

魔族が 悲嘆にくれていたところ、
お観音さんが 現れ 盲目の両親に 言う。

『かわいそうに。
孝行息子だから なんでも 望みを叶えてやろう。

お前たちの 目が 見えるようにして あげようか。
息子を 今までどうり 元気で働けるようにしようか
それとも 瓶 一杯の金貨が 欲しいか?』と。

そこで 両親は 観音さんに お願いした。

『ありがとうございます。

元気で 働いている息子が
瓶 一杯の金貨を担いでいる姿を 見てみたいです』

元気で働いている息子とは 快復していることを いい
金貨がが 瓶 一杯とは その通り
それを 見てみたいとは 両親の目は 治っている事だ。

この返答で 3つの 願いを
1度に 叶えることが できたという 。

ミャンマーには
【息子が 金の 瓶を 担ぐ】
という ことわざが あるそうだ。

大変 欲張りな 話だね。



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来年の 移動で 娘の主人が 東京転勤になり
単身赴任か 家族て転居かで 揺れている。

もう一人の 主人は すでに
家族と離れ 九州で 頑張っている。

もう一人の 主人も 東京本社に 出て来ないかと
オファーが かかっているとか。

『家族全員が しあわせな 日暮らしができますように』
パパが 希望をもって 懸命に頑張っているのだ。

『1番嬉しい事は なんぞや ? 』と、きくと
『家族全員が しあわせで 健康で あること』

『1番 悲しい事は なんぞや ? 』には
『家族の ものが ふしあわせで 健康を害していること』
と、云う。

先ほどの ミャンマーの 家族も

せっかく 夫婦して 目が治っても
孝行息子が 生きるや死ぬるでは
何のために 目が 良くなったのかわからない。

息子が 元気になって 瓶 一杯の金を 見せても
両親は 喜ぶこともできない。

家じゅう、金の 山を気づいたとしても
息子は 死に 盲目の両親が 取り残されても
金を どうすることも できない。

ミャンマー説話は このように 言っているのだ。

『なんと この両親は 欲張りだな』

そのように 思うかもしれない。

しかし 先ほども 言ったように
家族全員が しわわせで 健康でなければ ならない。

両親は そう言っているのだ。

しかし 瓶 一杯の金貨がとは
大金を 望んでいるのではない。

最低限の 生活が できる喜びを
お観音さんに お願いしたのだ。

みなさんだったら

『この 家を 金で 埋め尽くしてください』
いや
『この 裏山一面を 金に 変えてください』
と、お願いするかな。

【小欲知足】

そう、欲望は 際限なく広がります。
足るを知る。

その 気持ちで生活すれば
たのしく しあわせな 家庭生活を
営むことが できるであろう。
合掌

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【少々のことは 笑ってすます 度量が必要だ】




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檀信徒の方と一緒に 仏教国を 巡錫することがある。

妙な癖だが 外国で 外出するときは
必要最低限の お金の他に 僅かばかりのお金を
所持することに している。

昔、ローマで子供の スリにあった。

バチカンで ローマ法王と お出会いしたあと、
だ古代ローマ競技場へ 行ったときだ。

コロッセウムは ベンハーなんかで ご存知なように
円形闘技場で ここで 剣闘士の 競技や
ライオン等との 死闘の闘いがあった。

わたしが 被害にあったのは 少年 少女だったが
彼らの 後を追って行くと
コロッセウムの 一筋 裏は スラム街で
反対に 命からがら 本通りまで 逃げ帰った。

警察に いくと 丁度、
英国の老夫婦が 現行犯で 少女を 捕まえていた。

しくしく 泣く少女に 老夫婦が
『悪気が あったのでは ないのだから
許してやってください』と、
警察官に お願いする。

『ありがとー おじいちゃん おばあちゃん』

出所する 彼女の 後をみて 老夫婦が いった。

『あれ ? また 財布の中に お金が ない』

『まあ、あの 子ったら… 』

警察官が あきれ顔で 老婆に いう。

『なーに お婆さん。
そのうちに また 此処に きますよ』


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これは 実話で 笑い話ではない。

そして 英国の老夫婦には
なぜか 心温まるのもを 感じ、
はした金をとられて 慌てて 警察にかけこんだ
わたしの 度量のなしを 大いに恥じた。

それと もう1つの 原因は 本当の凶悪犯罪である。

わたしが お金をとられたのは 少年少女だっただ
友人などに きくと 本格的な強盗は 怖い。

わたしなんか 2~3人に 取り囲まれると
第三者からは 全く 存在すら分からなくなる。

『そんなときに、少々の 小銭を持っていて
それを 渡すんだよ。
命あっての物種 だからね』

わたしは 少しばかりの お金を持つのは
後者よりも 前者への 思いの方が つよい。

この スラム街で住んでいる人たちは
ジプシーといって あちこちの 山を越して
ローマに 流れ込んできた 人たちだ。

余りにも 貧しい。

そして 善悪も分からない少年少女は
物ごころついた頃には
生活のために 悪の道に 入ってしまうのである。



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【悪行】は 絶対に 悪い。

しかし
どうしても 許せない凶悪犯罪は 別として
笑って 済むような 悪さなら 目をつむって
許してあげるような 寛容な心が 必要ではないか。

家庭での お父さんの失敗。
嫁と 姑との 確執。
息子さんの 成績不振。

そんなものは 笑い飛ばすぐらいの
度量が なければ 楽しい家庭生活は できない。

【度量のな 大きさ】

来るものは 拒まず。
分け隔てなく 全てを 受け入れる。

自分の 与えられた器の 大きさを
最大限に 広げれば それでいいのだから
なにも 他人と 競うことは ない。

あの人にも この人にも
思いやりのある 優しい心で 接することだ。

そして そのことを 【お観音さんの 心】という。

観音さんの心とは 【慈悲】と【智慧】である。
合掌









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【 人の こころを 金で 売る 】






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【大本山 小豆島大観音 仏歯寺】が開眼して
最早、20年を 迎える。

大観音を 建立してくださった 大手ゼネコンの
当時の 所長さんから 手紙をいただいた。

今は その 執行役員になっているとのこと
嬉しいかぎりだ。
彼の 手記が 新聞に大きく 掲載されたと いう。

わたしの 集大成として 3つの 大作がある。

⚫︎シンガポール国際空港の 建設

⚫︎福島原発 屋根カバー工事


⚫︎小豆島大観音 建立

シンガポール空港は ハブ空港で とにかに大きく
1981~2011年の 長きにわたっての建設だ。

福島原発は 放射能の影響で 大屋根を 作るにも
短時間で 人間が交代しなければ ならない。
彼は 少人数で 大屋根カバーづくりを 考案した。

小豆島大観音は お参りしたら 分かるが
とにかく 美しい。
それも そのはず フランスで 開催される
アーク arc プラス 国際作品コンテストで
第 1位に 選ばれたのだ。

世界一 美しい お観音さんが
日本に 居られるんだね。

彼の手紙には長い ゼネコンの仕事の中で
この3つが 特に 記憶に残っていると 書いていた。



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スリランカを はじめ 色んな仏教国を
毎年のように お参りする。

友人は わたしに 言う。

『前回の お参りのときは
ああ わたしは 日本に生まれて 良かったな
と、嬉しかった。
ところが 何年か経って 再び おとづれると
そこには 高層マンションが 立ち並び
東京の ど真ん中に居るのと 同じ感覚だ』

所謂、日進月歩で
先進国の 日本に 追いついて来ていると
言うことだ。

そして それらの国は 当たり前のように
汚職が 蔓延している。

汚職といえば 『まさか 本当に? 』
ってのが日本にも あるね。

ゼネコンが 建設費を 浮かすために
基礎材料を ごまかしていたと 報道された。

大国 日本で 今まで 聞いたこともない。

一生懸命に お支払いした 年金が
途中で 消えてしまって
【しわけ】という言葉が はやった。

今、日本の領海内に
何百という 他国の船が 来ているそうだ。
珊瑚を 密採するためだ。

企業犯罪 公務員の 汚職と
言い出すと 枚挙にいとまない。



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バブルの頃に
『 人の 心は 金で買える』
と、いった 大社長がいて余りにも 驚いたので
いまだに 覚えている。

ところで どうだろう ?

その反対を 考えてごらん。
わたしたちは それを していないだろうか?

【 人の 心を 金でうる】


汚職といい、珊瑚泥棒といい、
お金のために わたしたちは
平気で 人間らしい心を 売ってしまっている。

日本には【金が かたき】という 言葉がある。

⚫︎お金は あれば あったで
なければ ないで、わたしたちの 心を悩ませる。

⚫︎敵討ちを しようと その御敵を 追いまわしても
なかなか 会うことができない。
それと 同じことで
わたしたちが お金の顔をみることは むづかしい。

では わたしたちは どうすれば 良いのだろう。

上田 秋成 (1734~ 1809) は このように いう。

『金が 敵とは さりとは 気の張った事じゃけど
ただただ おしいただいておけば すむなるべし』

そんなに お金を 毛嫌いすることは ない。
入ってくるのであれば 頂いておればいい。

自分の 心まで売って 金を手に入れるのではなく
向こうから 来てくれるお金なら
どうぞ 貰ってくださいよ と。

『人の 心は 金で買える』
という 言葉を非難する前に
わたしは 人間らしい心を 売らないぞという
信念を 持つべきである。
合掌





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【七五三 : 感謝を 捧げ 健やかな成長を 祈りました】





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孫の 七五三で 三寺社詣りをした。

三寺社詣りといっても
我が【子安観音寺】【大本山 小豆島大観音】
そして 【地元の神社】への お詣りだ。

子安観音寺や 小豆島大観音は
島内外から 大勢の七五三の お参りがある。

孫は 満年齢 3歳になる。

本来は 数え年で 数えるから
孫は 4歳になり 七五三には 充てはまらないのだが
この頃は 満年齢で お詣りするそうだ。

この行事の 始まりは 思っていたよりも 遅く

1681年(関ヶ原の 戦いの80年後)に
五代将軍 徳川綱吉が 長男 徳松が 3歳のとき、
健やかに成長を祈って 始めたものだ。

また 旧暦の 11月の 15日に 参拝するのは

その日は 二十八宿の 【鬼宿日 】に あたり
その日は 鬼や 悪魔が 外には出歩かない日で
1日が 平穏無事で 大吉日と される。

その日に この年齢まで
五体満足に成長することが できました。

感謝を 捧げるのだ。

今でこそ、医療が 進み
七五三までに 亡くなる子供は 激減したが
当時は 3歳まで 生きようとするのは
至難の技だったようだ。



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七五三といっても
よく 理解していない人のために
簡単に 説明して おこう。

【 髪置きの 義 】
数え年 3歳 ; ことし 満 2歳になる 男女

江戸時代は 3歳までは 髪を剃るのが
習慣であったが 3歳をもって
大人にむかって 髪を 伸ばし始める。

【 袴 義 】
数え年 5歳 : ことし 満 4歳になる 男子

羽織袴が 男子として 正式の 服装だが
始めて 袴を 着用する 儀式。

【 帯 解 ; おびとき 】
数え年 7歳 : ことし 満 6歳になる 女の子

それまでの 紐付きの 着物に かわって
本仕立ての 着物と 丸帯を 着て
成人女性の 装いをする。



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孔子
【 男女 7歳にして 席を 同じゅう せず 】

男女は 7歳ともなれば 互いにけじめをつけて
みだりに 馴れ親しんでは ならない。

【席】とは ゴザとか むしろの事で
1枚に 4人 座れるそうだ。

1つの ソファーに
男女が一緒に 腰をかけてはならない とは
今でも 良家の子女の 守るべき マナーである。

故人は 男子は 5歳。
女子は 7歳にして 一人前の 大人とした。

地元の 神社に お参りしたときに
宮司は お祝いをこめて こういった。

『7歳までは 神の子供として
神が 一切の 面倒をみてきた。

しかし 7歳を 境にして 大人として扱い
1人前の 【氏子】として 敬うことになる』

『ああ そうだったのか』

頭を かいたが
現代の 人たちは 成人してからでも
大人に なり切っていないひとが
多いのでは あるまいか?

最後に 神主さんの
【たかまがはら】
大神主命 ( おおかみぬしの みこと ) を 聞いて

孫が こう お唱えした。

『 ♬ おおかみたちが
すんでいるところで すんでいるところで
みんな たのしく おちゃを のんでいる ♬』

パン パン ( 合掌 )




【 いかせ いのち : 昭和59年 高野山 御遠忌法要 テーマ】




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先日 銀幕の大巨匠が 天国に旅だった。

誰も 知らず 誰にもしらせず
近親者のみで 見送ったというのも 彼らしい。

平成25年には【文化勲章】まで受賞され
映画界の 格付けからいうと 雲の上の人ではあるが
お出会いしてみると 気さくで 話しやすい人だという。

映画に かける 真剣と情熱と 、人に対する 優しさと
両方を かみそなえた 人だった。

共演者たちは 口を揃えて
【 一瞬で 惚れる 本物の 男 】という。

【しあわせの 黄色い ハンカチ】という映画がある。

刑務所で 服役していた彼は 刑期をおえ
出所直後に ビールを 一気飲みし
ラーメンと カツ丼を むさぶり食うシーンがある。

その食べ方が 余りにも自然体で
不思議に 思った監督が 聞いてみると
この シーンのために 2日間、絶食したと
言葉少なに 語った。


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福井に ロケに行ったとき
ちょうど その日は 休みだった彼が
撮影現場に ふらりと 現れた。

とても寒い日で 1つの焚き火を
多勢で 取り囲んでいた。

彼のすがたを みて みんな 驚き
焚き火から 離れて 焚き火をすすめる。

『わたしが あたれば 皆さんは あたれなくなる。
わたしは 勝手にここにきたのだから』
と、焚き火に行くのを 渋った。

『あなたが 当たって くれないなら
みんなが 当たれなく なります』の 言葉に
ようやく 笑顔で 手をのばした。

その気づかいに そこにいたひとは
涙したという。

彼の 数々の エピソードは
いろんな方が お話しなさり
1つ 1つ 紹介するも 枚挙にいとまない。



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真言宗では 50年に1度
【御遠忌 : ごおんき】といって
弘法大師 空海の 法事がある。

その 御遠忌の テーマが
《 いかせ いのち 》だった。

わたしたちの 1つの命は
単に 自分一人のものでは ない。

宇宙全体に 永遠に 生つずけている大宇宙、
これを わたしたちは 仏様と よんでいるが
この大宇宙の 結晶であり、
先祖、親、兄弟、広くは 縁あり
寄りそい 共に生きる人々と ともに
生きる 尊い 【いのち】を 持っているのである。

《秘蔵宝鑰》の 初めに 空海は このように 述べる。

【生まれ 生まれ 生まれ 生まれて
生の 始めに 暗く
死に 死に 死に 死んで 死の 終りに 暗し 】

わたしたちは 父母の 縁を頂いて
『オギャー』と、生を 受けるが
わたしは 一体、何処から きたんだろう。

月日は あっというまに 流れ
『ウン』と、 事切れてしまう。
事切れたあと 何処へゆくやらも わからない。

はっきりして居るのは、生を うけ
この世で 日暮らしをさせていただいて居る時間は
長くて 109年、
月日は百代の過客にして行きかうもまた旅人なり。
あっと言う間に 過ぎ去ってしまいますよ。

生かされている この わたしたちの【いのち】を、
生かされている間に、使いましょうね。

それが【 いかせ いのち】なのだ。

そして 彼は 仕事には 厳しく
人には 優しく
病魔に 冒されながらも
悔いのない生涯を 送ったに 違いない。
合掌



【 信修は 讃歌の 先 】




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小豆島霊場 子安観音寺にて【上棟式】が
厳修された。

師僧が 体調不良のなか ご臨席いただき
上棟式に 華を添えていただいたばかりか
多勢の檀信徒の 皆さんのまえで
お祝いの言葉まで いただいた。

師僧は わたしの【師】でもあり
住職の【師】でも ある。

親子で お教えを 頂いているなんて
全国でも 珍しいだろうね。

約 1万個の お餅投げが おわり
ひと段落 ついたところで 感想を述べられた。

『素晴らしい 上棟式だった。
西嶋工務店は 職人の礼儀も正しいし
素晴らしい 会社だね。

流石に 姫路城 改修に 携わっている
会社だけ ある。
良い 宮大工と ご縁があって
本当に よかった』

『それから 今日の 君の態度は 大変よかった』

師僧が 『良かった』と仰っても
実は わたしは 何も 動いていないのだ。

全て 住職と 檀家総代たちが
計画 立案 実行して 今日の 棟上げを
迎えることが できたのだ。

『尋ねられたことを 陰で 教えたらいいので
君が 満座のなかで 出しゃばって出てきたら
注意を しようと思っていた。

1つの寺に リーダーは
2人も いらないのだ。

ところが 人間、いままで 携わって居たものが
卒業しても なかなか 口出しせずには
おられないものだ』



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さて、本題は ここからだ。

『只、1つ 残念であったのは
お坊さんの数が あれだけ揃っていて
お経が 思い思い バラバラだったことだ。

音程の 高い人 低い人 速い人 遅い人
各々が 唯我独尊で
聞いていても ありがたくなかった。

【心】という字を 見てごらん。
あっちへ いったり こっちを向いたり
点でバラバラだ。

それを 上手くまとめて
素晴らしい 文字になっている』

確かに お経を 唱えるには
【経頭】という人が いて
その人の 音程や 大きさに合わせて
雨の滴が 落ちるが如く 唱えるのだ。

『心が お経から 離れていたら
聞いている方も ありがたくないし
第1、ご本尊様に対しても 失礼なことである。

【音魂】【こと魂】と いうのが あるが
1人から 2人。2人から 4人と
増幅音が 大きければ 大きいほど
人は 感動するものだ。

それには きちっと 揃ってなければ ダメだ』

お大師さまの 教えに
【 三密 修行 】というのが ある。

[ 身業 ]
わたしたちの 身体の 立居振舞いを 整えること
[ 口業 ]
正しい声で 正しく 讃歌を お唱えすること
[ 意業 ]
仏様の 心を 自分の心に体して ゆく

【信修は 讃歌の 先】
まず 心を整え 信仰と 修行の心を もち
その 後に 讃歌を 歌いなさい。

上棟式という 特別の日に
最高の お教えを頂き きっと 生涯の宝とするだろう。

そして この事は お経の事だけに かぎらず
わたしたちの お仕事や 日常生活にも
同じことが 言えるんだなと 思った。
合掌


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【 宮大工 西嶋工務店の しつけ 】





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【宮大工 西嶋工務店】棟梁を はじめたてまつり
小豆島霊場 子安観音寺の 本堂 重建が 進んでいる。

つるべ落とし と 云う言葉があるが
晩秋の 宵は はやい。

もう 真っ暗になった 建設現場で 何か音がする。

『何かな ? 』

覗いてみると 大工さんたちが
各自 自分の 道具を手入れしているのだ。

驚いた。
わたしは 始めてその光景に 遭遇したが
勿論 毎日 やっているのだろう。

どこの会社も
4時がきたら そわそわして 帰り支度をして
5時の サイレンがなると同時に 職場を離れる
そんな 中、暗闇で 自分の道具をといでいるのだ。

感動して 聞いてみた。
ところが 1番弟子が 云う。

『わたしたちは 職人です。
職人が 大工道具を 大切にすることは 当然です。
しかも わたしたちは まだまだ
宮大工の 駆け出しです。

まだまだ ですが 宮大工として
一生懸命 勉強させて いただいております』

『凄いな ! 』

小豆島には 宮大工は 1人も おらず
日本 各地でみても 宮大工は 数 すくない。
かれは 宮大工を 自負し 名誉にも思っているのだ。

これは 棟梁 ( 社長 ) の しつけ が素晴らしいのだ。



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電車に 乗ると【優先座席】が ある。

その 優先しなければ ならない人を さておき
健康な 若者が 正々堂々と 座っている。

これは 【修身】と言い わたしたちは 【道徳】と言った。

つまり しつけ教育が なされて おらず
人の心 人の心に 躾(しつけ) が
ついていないことを 表している。

仕立ておろしの 着物や 和服には
しつけ糸が ついている。

わたしたち 人間は
子供のときから 人としての在り方を なららい。

しつけとは 自分の 心と すがたに
人間としての 形を ととのえ
人間として
これを 崩さない 心得を することである。


棟梁 ( 社長 ) の 意を組み
きっと 1人 1人 素晴らしい 大工に なれるように
修行に 修行を 重ねる
大宮大工に なるように 頑張っている。
合掌



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【小豆島霊場 第80番札所 子安観音寺 上棟式 厳修 】








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雲一つない暖かな晩秋の朝、
宮大工 姫路 西嶋工務店 棟梁の 手で
悲願である 子安観音寺 本堂の
【上棟式】が 執り行われた。

今日は いつもと違い 棟上げの嬉しさを書きますが
どうか 目を通してください。

【入堂】
本堂内を 埋め尽くす 棟梁 建築関係者
檀信徒の皆さんのなかを 僧侶が 縫うように
進み 着座した。

【建設委員長 開会の辞】


【献灯 献花 献茶 】
綺麗に 着飾った女性が ご本尊に
ローソクの火と お花と お茶を お供えした。

これは わたしたちは 仏壇に
同じことを するね。

【棟札 御幣 】
住職から 棟梁の手に渡され
棟梁が 所定の位置に 祭祀する。

本堂が 未来永劫に栄え
その 福徳円満に浴せんとする檀信徒
その 数をしらず。
大工 職人が 怪我 災難 無きように 祈願する。



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【奉告文 】
住職が 本尊に 棟上げまでの経緯を報告し
かれから 完成までの 無魔成就を願い
末長く いやさかを 祈る

【住職 上棟式 作法】
その 間、僧侶や 参拝者は
一斉に 手を合わせ お経を 唱える。

【棟梁 工事関係者 作法】
これが この上棟式の メイエメントで、
いろんな お作法を頂いたが
残念ながら その1つ1つの 名称と 意義は
勉強不足で わからなかった。

棟梁が 屋根の上から 鬼門に向かって
矢を 2本 打ち込んだのが 圧巻だった。


【すま 餅】
本堂の 屋根の上の 4角 4ヶ所から
餅を 投げるのだが 今回は 未来ある
若い 僧侶、4名に お願いをした。




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【 師僧 祝辞 】
師僧が 老骨に 鞭打ち
わざわざ かけつけてきて 下さった。

お姿を 拝しだだけでも 涙が溢れるのに
お言葉を きくと 込み上げてくるものが
2倍に なった。

【住職 挨拶】
ご浄財を 頂いた上、
お忙しい中 お参りいただいたのと 重ねての
お礼と 今後の 抱負を語った。

【筆頭総代 謝辞】

【記念撮影】

【餅投げ】

お忙しい中、お参りいただいた 皆さんは
それぞれに 棟上げまで こぎつけたことを
喜び 来年 秋の 落慶法要を夢みながら
お帰りに なった。
合掌

今日は 報告の 形に なってしまい
申し訳ないことでした。



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【 心の 日光浴 】






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【 心の 日光浴 】って したこと ある?

本堂が 焼失する 昭和28年までは
幼少の わたしも 蔵にしまってあるような
湿気たものを たくさん 出して来て
日光浴させて いるのを覚えている。

【村垣】は 江戸時代には 高松藩に仕え
明治維新後に
わたしの 祖父が 小僧として
小豆島の 子安観音寺に 入寺した。

そのときに
家系図とともに 刀 や 鉄砲、槍、 鎧 兜、掛軸と、
様々なものを 持って来たのだが
数が 多かっただけ
日光浴させているのを 見ただけで
壮観だった。

その 村垣の【宝物】も 昭和 28年の火災で
全てを 灰に 化してしまった。

ちょうど 日干しをして 全てを本堂に 仮置きし
明日、蔵に 帰そうとした 夜の 火災だった。






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{アメリカの 鉄鋼王] と 呼ばれた
【アンドリュウ カーネギー】1835~1919という
大企業家が いた。

その 大富豪の 諭しの 言葉がある。

《 明るい 性格は 財産よりも 尊い 》

そして 続く。

【若い 人たちには、
若い 間には 性格を作ることも できるし
身体と 同様に 人間の心も
日陰から 移して 日光浴させることが
できるのだと 知ってもらいたい。

日の当たるところに 出ようよ。

できれば 困ったときも、かなしいときも、
笑で 吹き飛ばそうよ 】

彼は わたしたちの 努力次第で
性格は 作り変えられるんだと 思っている。

そして その上で、
明るい 性格の方が 良いと 言っている。





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人の 世界には【波長の 法則】が 有るんだって。

明るく振るまっていればl
おのずから 明るい人が 自然に 集まってくるし

反対に 腹を たてたり ふくれたり
怒った 顔をしているひとのところには
そんな 人しか 集まってこない。

誰だって 嬉しくて 飛び跳ねるときが
有るのと おなじように
泣いたり 悔やんだり いとおしく 思ったり
ジェラシーで 燃え狂うことも ある。

それに 周囲の人を 巻き込む権利なんて
君には ないんだよ。

そんな ときでも ただ 明るく 振る舞いなさい。

明るい 場づくりが できない人は
決して リーダーには なれないよ。

それに 明るい気持ちがあると
失敗しても 直ぐに 立ち直るし
失敗すること自体、怖くなくなるから。

明るい 性格は
どんな社会にあっても、誰からも 好かれ
億万の 富みよりも 勝るみになのだ。

ありゃりゃりゃー。

アンドリュウさんの お言葉だけに
なってしまったね。

そして
性格を 変えるためには
【心の 日光浴】が 必要なんだって。

蛇足で 心の日光浴を 宗教的に いうと
【 和顔 愛言】で ある。
合掌






【 美味しいものを 美味しく 食する 】





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誰かの 誕生会か なにかで
たまに レストランで お食事をするのも いいね。

静かな 音楽が流れている 豪華な お部屋で
洗練された マナーのいい シェフや店員さんの元で
美味しい お食事を 美味しくいただく。

最高だね。

一夜にして シンデレラ姫に なったようだ。

誰も 不平不満を 言う人もない。
お姫様は 心許せる 家族や 友人と一緒に
今まで 頂いたこともない 山海の珍味、
美味しい料理を
美味しく いただくのだ。

ところが このレストランには
終焉に 寂しいのもが 漂っている。

普通の おばさんに 戻った お姫さんは、
戦い終わって 日がくれて
薄暗い レジーの前で ドキドキしながら
会計を 待つのだ。

そして 思う。

『わたしたちには 無理だ。
シンデレラ姫は もう いい。
くるのは これで 最期にしましょう』

それを 感じない リッチな人でも
3晩、立て続けに この門を くぐるかと言えば
『今日は お家で お茶ずけを』
と 言うだろう。



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リッチな ホテルや お寿司やには
縁が遠い ママや 孫どもも
桜の シーズンがくれば 夜桜見物
秋の 行楽には もみじ狩りと

質素ながらに 余暇を 楽しむこともある。

わたしも 孫たちの お家に 上阪したときは
近くだったら 夙川の桜が 有名でもあり
綺麗なのだが
芦屋川という 河辺に ゴザをひき
咲き乱れている 満開の 桜を 魅了する。

『ジジは 膵臓が 悪いから』
と、アルコールを 頂けないのは
なんとも やるせないが

それでも ママたちが
梅や 明太子などを 入れた オニギリを
手作りして ゴザの上に 店を 広げる。

質素だが これが また 美味しいのだ。

ママたちの 優しい心が
一層 お食事を 美味しくしているのだ。

なんども 書くが 我が師僧は このように 申す。

『食事は 料理の 味つけを 楽しむのではなく
心の 味つけを 楽しむのだ』

虫を食った様な 顔をして
山海の珍味を 食するよりも
心の 合うもの同士が
お茶ずけを すすった方が 余程 美味しく頂ける。

【般若心経】の 空 の ごとく
心の 持ち方 1つで 美味しいものでも
不味く 食してみたり
質素なものでも 大変 美味しく 頂けたりする。

そして 冒頭に 申たように

美味しいものを 美味しく 頂くことが
最高の 食事と いうことになる。


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楽しい 人生を 送るのでは なくて
楽しく 人生を 送るのだ。

ここ 1番 大切なところだから
よく 覚えていてね。

病気に なれば なったで
楽しく 病氣と ともに生き

会社 大赤字の そのときでも
楽しく 仕事と 付き合うのだ。

自分は 不幸だ、と おもって 暮らすより
わたしは しあわせなのだと
楽しく 生きた方が 良いではないだろうか。
合掌

【 今 持っているもにに 満足することが しあわせになる こつ 】







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【 小豆島霊場 第80番 札所 子安観音寺】
本堂 再建も この16日の 上棟式を目前にして
西嶋工務店の 皆さんも なお 一層 拍車がかかる。

22歳で 大学院に 行くのをやめて
島にかえり、寺 発展のために 頑張ってきたが
幾つの 本堂を建て 庫裏を修復しただろう。

大袈裟に いうと この生涯の全てが
寺院 復興の 毎日だったように 思う。

八十八ケ所 霊場巡拝が 姿を消し
参拝の 方法もかわると
クルマの 免許も取得したり
小型船舶も 乗れるようにした。

50年後。
若き日の わたしからすれば
ちょうど今が 50年だ。

その 時代には

きっと 息子たち僧侶は 全員、有髪だろう。
八十八ケ所は 無くなり、
信仰熱心な 信者は 自分の 気に入った寺に参拝し

熱禱を 捧げたあとは
テニスや ゴルフを プレイし
クルージングや 魚釣りを 楽しむ

所謂、信心と レジャーとが 1つになったような
小豆島霊場に なるだろう。

本気で そう 思っていた。

その 受け皿として 色んな免許も 所得したのだ。

ところが どうだ。

50年 過ぎ去った いまでも
遍路巡拝は 続き、錫の音も 島36峯 高らかに
『な〜む だ〜いし へんじょうごんごう』と、
巡錫している。

今の 住職は 勿論の事、
全ての 僧侶は いまだに 丸坊主の ままだ。

弘法大師 【空海】の おちからたるや
頭の 下がることである。

それにしても この50年間、
復興 復興で 苦労はあったものの
思い返せば 楽しく 【しあわせ】な 毎日だった。



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中国の 明の時代
洪 自誠 (1573~1620) 作の
【菜根譚】という 教養書が ある。

ちょっと ページを めくってみよう。

【 福 (さいわい) は もとむべからず。
喜神を 養いて、以って 福を招くの本となさんのみ
禍 (わざわい) は 避くべからず。

殺気を去りて 以って 禍に 遠ざかるの 方と
なさんのみ】

しあわせは 求めて 得られるものではない。
常に 楽しい気持ちを持って 暮らすのが
しあわせを 呼びよせる 道である。

災禍 (さいか) は 避けようとして
避けられるものでは ない。

常に 殺気だった心を 取り去るように する。
これが 不幸を 避ける方法で ある。

わたしたちは 毎日、毎瞬、
しあわせで ありたいと 思う。

しかし しあわせと言うものが どんなものか
実際、よく 分からないでいる。

そして 幸福が 過ぎ去ったときに
『ああ… あの時の あのことは しあわせだったのだ』
と、気がつく。

本堂 再建のため、寺門興隆のため
一生懸命 頑張っていたころ
本人は 気がつけなかったが
回顧してみて 『しあわせ』だったのだと
やっと 気がつく。



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わたしたちは 【しあわせ】を求めようとすると
いま わたしたちが 持っていない
地位や 財産を 求めてしまう。

【三毒】貪瞋痴の [貪欲] だね。

求めても 求めても 最果てのない欲だから
求めきれないものに 【苦】を 生じる。

かえって 不幸に なってしまうね。

と すると、次からつぎに 求めることが
【しあわせ】では なくて
今、自分が 持っているもので 満足することが

真の しあわせと 言うことが できるだろう。

もうひとつ。

【観音経】にも 教えがあるように
わたしたちは 【災難】を 避けることはできない。

その 災難に 遭遇したときは
慌てず 殺伐とした心を すてて
ゆったりとした 気持ちで 再起を 誓う。

それも しあわせを 掴む 大きな 方法だろう。
合掌

【わたしたちの 真の しあわせ とは? 】







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子供たちや 孫たちが 相談しあって
高松で 入院している 叔父の お見舞いにいった。

仕事や 学校で 行けなかった 人たちは
心のこもった プレゼントを 用意した。

叔父は 長期間の 検査の結果、前立腺に癌が あり
腰の 周りの 骨に転移しているのが わかった。

わたしは 別の日に 見舞いにいったので
子供や 孫たちから 報告のメールで
お見舞いの 様子を 垣間見るより他はない。

『病室の 薄明かりの中で 横たわっていた 伯父は
かなり 衰弱しているように みえた。

いろいろ 話している間に だんだんと
元気を 取り戻し 生き生きとしてきたよ。

泣いたり 笑ったり 驚いたり
時間は アッという間に 過ぎたが
疲れが 出ていないか 心配だ』

『おっちゃんは 若い頃、いろんな国にいって
いろんな 人たちと会ったと、胸を 張った。
そして もうすぐに また 遠い旅に 出るんですって』

『あの子も この子も
みんな 来たかったのだけれど 残念がっていたよ。

全員で おっちゃんが 元気になるようにと作った
折紙を 手渡すと 声をあげて ないた』


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病院をでて 高松から 神戸に 帰る道すがら
心は 暗いのではあるが
みんなの 顔は 晴れ晴れとしていた。

どこからか 1本の光明が 差しかかってくるようだ。

そう みんな 嬉しかったのだ。
達成感と言ったら 言い過ぎだが
満足感は 持っていた。

【しあわせ】とは 誰が どんなときに
どんな 方法で やってくるのか?

以前、一緒に 勉強したね。

【布施】の 心だったね。

三施といって
⚫︎ 財施 : 金品 物品などを 施す
⚫︎ 法施 ; 仏法を とく
⚫︎ 無畏施 ; 恐怖心を 取り除ける

また 無財の 七施 といって 金品など 関係なく
わたしたちの身体と 心で 施す布施も ある。

所謂、何の 見返りも 求めないで
困っている人が 目の前にいると
施しの 愛の手を 差し伸べることだ。

『して やったのに 礼も いわん ! 』

そんな 浅はかな心だったら
最初から やめておいた 方が いい。

わたしたちは 『してやった』ではなく
『させて いただいた』のだ。

そして わたしたちの なによりの【しあわせ】は、
『させていただいた』とき、
布施を 受け取った方が わたしたちの 方に向かって
ニッコリと 笑ってくれる。

その笑顔を 見たときが 何よりの しあわせなのだ。

『叔父は 喜んで くださったのだ』

その心が 全員の 心を 豊かにして
しあわせを 感じ取っているのだ。

そして 【しあわせ号】は しあわせな 人と
大きな しあわせを 積んだまま 大橋を 渡った。
合掌



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【やまあらし と ハリネズミ 】




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こんな おくさまの愚痴、聞いたことは ない?

『まあ うちの バカ亭主。
あんな人だとは 思わなかったワ。

針で刺すような 小さなことでも 掘り出してきて
朝から 晩まで クドクド クドクド。

わたしは あの人の
奴隷では ないのですから』

主人も 負けては いない。

『戦後は、
靴下と なんとかは 強くなったというが
まあ ウチの オカアチャン
あんな人だとは 思わなかった。

自分の 事だけは したい放題して
ちょっと 用事を お願いしても
ここから先も 動きよらん。

ブクブク 肥えるはずだわな 』


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ヤマアラシの 夫婦が 住んでいた。

この頃は めっきりと 秋も深まり
肌寒いを 通りこして 今にも風邪をひきそうだ。

そこで 夫婦は お互いに 寄り添って
暖かく しようと 提案した。

『恥ずかしがる事は ないわよ。
昔は、よく 寄り添って ねたわ』

ところが 一緒に 寄り添って 暖めあったところ、
お互いの 棘で 傷つけあって
離れざるを 得なかった。

『おかしいな。
新婚の ころは 痛くなかったのにな 』

夫婦は 接近と 離反とを 繰り返しながら
やがて 棘の痛さを 我慢できる
距離を 見つけた。

でも その距離を 取りながらでも
一方が 一方的に 動き出すと
我慢できないくらい 痛い。



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人と 人との 心理的な距離の 取り方をめぐる
心の 葛藤を ヤマアラシに 喩えた。

このような 心理的葛藤は
親子の 間でも、夫婦間でも 恋人同士でも おこり

2人の 心理的距離が 近づけば近づくほど
相手が 自分の 思い通りにならないことに
苛立ちを 覚え、腹立たしさを 感じる。

傳田 健三先生は いう。

⚫︎大好きだけど 大嫌い

⚫︎愛しているけれど 憎たらしい

⚫︎仲良くしたいけれど 怖い

ヤマアラシの ジレンマを 克服する第一歩は、
自分を 相手の立場に 置き換えて考えることだ。

自分が 感じている トゲの痛みは
今、まさに 相手が 感じている 痛みなのだ。

ヤマアラシの 【 トゲ 】とは
わたしたちの 言う【自我】の ことである。

お互いが 角と角とを 突き合わせて居ることは
ヤマアラシが 御敵が 攻撃してきたとき
全身の 我が棘を 逆立てて 自身を守っている
絵姿 なのだ。

新婚の ころには 寄り添ってねても
痛くなかったと いうことは
お互いに 【自我】が でてなかったのだろうね。
合掌


【がんばらないで のんびりと ほどほどに 生きなさい】




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晩秋を迎へ 孫たちの運動会は 全て終わった。

孫たちは どの子も走るのが 速い。

『一体 誰に 似たんでしょう ? 』

「そりゃー ジジのDNAを 受け継いでいますよ」

実際、わたしも 子供の頃、
走るのが 速かったし、相撲も 強かった。

しかし どうしても 駆けっこも 勝てなかったし
相撲をとっても 分のわるい ガキ大将が いた。

50年ぶりに その人と 会うことがあって
話題は 当然 その話になった。

『そうだなあ。
君は 何をしても わたしには 勝てなかったな』

驚いたのは
『君も 相当 強かったね』と
わたしを 特別視していた わけでもなく、
歯牙にも掛けていないのだ。

ところが わたしは 運動会が 近づいてくると
憂鬱で ゆううつで 仕方が ない。

彼が いて、その人と 一緒に 走らなければ
ならないのだ。

かれが 相手にも していないのに
苦痛を 感じるなんて 面白いね。




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【 無學 有学 】という 言葉がある。

辞典に 書いている 解説と
仏教で 教える 内容とが 全く異なることがある。

【無學】 を 辞典では 【思慮が なく 軽率なこと】とあり
仏教では 【仏教を 学び尽くして もう これ以上
学ぶ 必要のない人のこと】をいう。

そのように 仏教の 言葉は
わたしたちが 日常 使っているのと
反対の 意味を 言うことも ある。

【 精進 】という 言葉が ある。

六波羅蜜の 第3に 精進と でてくる。

わたしたちが 日常 使っている [精進 ] は、
目標に 向かって 一生懸命 努力すると ある。

ところが
仏教でいう [精進 ] は、頑張らない
という とり方も ある。

目標に 向かって 努力を 続ける。
しかし 頑張っても がんばっても
目標まで 辿り着くとこが できない。

努力を続けていることがかえって 負担になり、
重荷を担った 苦しみの 日々を送らなければ
ならない。

きっと 幼少のころ、運動会が 近づいて来たとき
心身ともに ヘトヘトになっていたのが
それだったんだろうね。



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明日が 優勝をかけた 大一番、
会社が 伸るか反るかだ。

そのような時は 悠長なことは
言っては おれないが

われわれ 凡人は 張り詰めた糸のような
余裕のない人生を 送るのではなく
のんびりと 程々に たのしい日暮らしをする

決して 頑張っては いけないのだ。

【欲望】を 満たそうと わたしたちは
精進し 努力を重ねる。

金儲け。
立身出世。
色欲。
名誉、権力…。

素晴らしい 演奏を 聞かせようと 努力するし
素晴らしい 作品を 作り上げようと 努力する。

あ、プロや それなりに 頑張っている人は
別だよ。

わたしたち、一般人の 話。

その 目標に むかって 邁進する。
ところが どうも 上手くいかない。

それに 向かって 逃げようとも おもい
やがては 挫折する。

【欲望】に たいする【苦しみ】が 現れる。

『ほどほどで 良いよ』
と、釈迦 は 云う。

最期に 諏訪大学病院 名誉博士
鎌田 實先生の 言葉を 紹介して 筆を おこう。


【 がんばらない 】
合掌



【少しずつ 勉強しても 回数を重ねれば 膨大な数になる。焦るな】





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この季節には さすがに 少なくなったが
真夏の頃は あちこちの ビヤガーデンで
老いも 若きも 男女を問わず
大ジョッキを 片手に 『かんぱ~い』という
場面を 見る頃ができた。

『凄いな !
あれが 全て 胃のなかに 入ってしまうのか』

あまりの 飲みっぷりに 感嘆の声を あげるのだが
わたしは 個人的に 大ジョッキは 好きではない。

『頂けるだけの 量を 何度もお代わりしたら
冷たくて 新鮮な おビールが 頂けるのに』

そう 思うのだ。

膵臓を傷めて めっきりと アルコール量が 減った
わたしでは あるが 少々 いただいて居た昔でも
『はい どうぞ ! 』と グラスに 並々とつがれると
生理的に 受けつけないのだ。

小さな グラスを 頂いて
自分が欲しい分量だけ つぎなおして いただくと
何度か お代わりをすると
結局は 同じ 量を 飲んではいるのだが。

呑んだ 後、氷が カラカラという 音が
懐かしくて たまらない。




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お釈迦さんの 頃、インドで こんな男が いた。

かれは 喉が渇いて 喉がかわいて 仕方がないのだ。
やっとの 思いで インダス川のほとりにでた。

インダス川の 河口は 瀬戸内海よりも ずっと広く
『これは 海だ。どこに 川が あるのだろう ? 』と、
見間違えるような 大河だ。

多勢の 信徒や住民が 彼方此方で 沐浴をしている。

かれは 大喜びで
インダス川の水を 飲み干すとおもいきや
神妙な 顔をしてじっと 川をみているだけである。

そこで 一緒にいた 友人が
『あれだけ 欲しがっていた 水が 目の前にあるのに
どうして飲まないのだ』と、きく。

ところが 男の答えに 友人は 驚いた。

『喉も 渇き 飲みたいのは やまやまなれど
余りにも 水の量が 多いので
とても 飲み干すことが できない。

それで どうしたものかと 思案しているのだ』

この お話は【百喩経 巻一】に でて来る。




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釈迦が わたしたちに諭してくれた 教えは
【八万四千の 法門】と 膨大な 数だ。

仏教の 教えは インダス川の 水量のようなもので
深く 広く 大きい。

それを 全て 飲み干してしまう、
いや、学びつくそうとするのが そもそも間違いだ。

学べるものを 学べるだけ 学んで行けば いい。

そのように いっているのだ。

【小欲知足】

つぎから 次へと 湧いてくる
わたしたちの 欲望を 少なくし
自分自身が どれだけのものかを 知り悟り、
[足るを知る] 心を 持たなければ ならない。

と、いって 釈迦の 教えのスケールの広さに驚き、
触ってもなかれば 開いてもない と言うことは
良くないことだ。

自分が 分かりそうなところを 分かる量だけ
ページを めくってみれば どうだろう?

唖然として 水を 飲むのを躊躇するのではなく
少しでも 良いから 川の水を 呑んで見るべきだ。
合掌



【仏の目からみれば わたしも あなたも 同じように 愛おしい】



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わたしの 幼少時に 東北から来た お坊さんがいた。
変わった 人で 奥さんは 京都の芸者さんだった。

【小豆島霊場 80番札所 子安観音寺】にて 墓があり、
その墓には 戒名は 一切なく
【 穴よりでて 穴に はいる】
という 文字が 刻まれているだけなのだ。

奥さんは 三味線の先生、本人は生命学の先生。

田舎の子供達は 学校が 終わったら
三味線を 教わりに、自分の 運命をみてもらうがために
誰も彼もが 集まっていた。

しかし よく考えると

習い事や 我が運命を みて貰うよりは
終わった後で お菓子を 頂けるので
サルサ小僧たちは そちらの方が
狙いだったのかも しれない。

『はい としてる君。
あなたは ワコちゃんと同級生だから 1個』

『しげみつ君、あなたは ワコちゃんより
年しただから 2個。

当時、わたしは ワコちゃんと 呼ばれており、
お菓子の 配分も それが基準だったようだ。

『なんで しげみつが 2個で 僕が 1個なの ?』

『それは ワコちゃんが 大きいからですよ』

その場にいた 悪ガキどもは 思わず ワハハと笑う。

1個貰った 友人も 2個貰った友人も
不平不満を いう 悪たれは 1人も いなかった。




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中国の 東晋時代、慧遠という 僧侶がいた。

東晋とは 聖徳太子や 推古天皇の 時代より
さらに 100年ぐらい さかのぼる。

あるとき、1人の 武将が やって来て、

『今、敵国と 戦時体制にはいった。
どうか 武運長久を 仏さんに お願いしてくだされ』

と、戦争に 勝たせてくれと お願いがあった。

慧遠は 出来る限りの 僧侶を集め、
お護摩を焚いて 武運長久を お願いをした。

祈祷が 終わり 帰ろうとした その 瞬間、
慧遠は 思いがけない事を 口にした。

『あなたの 武運長久 と 共に
相手の 必勝祈願を いたしました』と。



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利益の 対立する 2人が いて
戦時体制に 入ったとき、どちらの 陣営も
【戦勝】祈願を した。

さて 祈願を された 仏さんは 困るでしょうね。

あちらも 言い分があるし
こちらの 言い分も 見過ごすことは できない。

『分かった。
お布施の 多い方に 1票 あげれば いいのだ』

そんな 神 仏 だったら お布施の 多い方に
直ぐに 願いってしまう。

考えてみれば わたしたちは
利害の 対立のなかで 自分の 利益ばかり
お願いをしていたような 気がする。

本尊は 欲得を捨てた 心からの祈りには
耳を 傾けてはくれるが
自分の 損得に かかわるお願いは

喧嘩両成敗

あなたにも 1票 あげるけれど
相手にも 1票 入れるよ、と 言われている。

幼少の 頃の
『ワコちゃんと 同い年だから 1個』は、
神仏が 云った 言葉では ないだろうか?
合掌








【月を 指差しているにに 月をみず 目の前の 指ばかり みている】



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人間って 面白いね。

わたしたちは なんの欲も徳も 考えず
純真無垢で この世に 誕生する。

ところが 残念なことに 成長するにつれて
【自我】が 芽生えてくる。

つい 先ほどまでは
その物について 微塵も考えて無かったのだが
人が 持っているのを 見てしまうと 欲しくなる。

いましがたも オモチャで 遊んでいたのだが
お姉ちゃんが 紙風船を 膨らまし始めた。

『何をやっているのだろう? 』

興味津津 だ。

つい 触って みたくなる。
そして 最後には 自分のものに してしまいたいのだ。

横で みている わたしは 焦る。

『あ、これぐらいに しておかなければ
大変な ことになる。
お姉ちゃんも 黙っていない』

案の定、お叱りを 受けて
悲しい 思いを しなければ ならない。



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2014年 3月 、西アフリカの ギニアから 始まった
エボラ出血熱は アッというまに 世界を駆け巡り
既に 1427名の 犠牲者を 出している。

アメリカまで 上陸し 日本も
水際作戦で 食い止めようと 戦々恐々と している。

患者の 体液や血液から 感染するらしいが
どのエボラ出血熱関連の テレビを みても
どの人も 完全マスクと 防護服を 身につけている。

感染する人は 防護服を 身につけて居なかったり
体力が低下していて 抵抗力が無くなった人が 多い。

と、言うことは ウイルスが エボラ出血熱の
流行の【原因】でなく 、
マスクや 防護服や 体力の 低下が 原因になる。

ギニアから 発した ウイルスは
【ひきがね】とは なっても 原因では ないのだ。

学校や 職場でも 人間関係において
ときたま 大げんかを するときがある。

憤怒の形相で 怒り狂う中、
この喧嘩の 原因は なんだったかと 思い浮かべる。

そして 相手の 行動や 言動、一挙手一投足が
良くなかったからだと 結論をだす。

しかし その言動や 行動は
大げんかの【ひきがね】に なったかもしれないが
決して 【原因】ではない。

子供たちの 紙風船の とりあいも
紙風船が あったと言うことが 【原因】であって
下の子が 風船を 取りにいったのは
事件の 【ひきがね】なのだ。

わたしは この事を 【因縁】という。

因というのが 引き金であり
縁というのは あらゆる 行動や 言動なのである。

わたしたちは 良き【因の 種】を 持ち
良き 【縁】をうけて 育みたいね。
がっしょう



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【 人を 愛するということは その人と 共に泣いてあげることである】





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『えっ それ 決定したの ?
わたしだったら 違う 方法を 考えたのに』

日常生活において そんな やりとりが
頻繁に ありませんか?

イエスは 新約聖書のなかで こう云っている。

『わたしが おまえ達を 愛しているように
おまえたちも お互いに 愛し合いなさい』

ところで 【 愛 】とは なんだろう ?

ひろ さちや先生は 【裁かない ことだ】という。

ー ヨハネによる 福音書 ー に このように ある。

姦通した 女性が イエスの 元に 連れて来られた。
ユダヤ教の 律法によると 姦通罪は
石打ちの刑に処される。

律法学者たちが イエスに 質問する。

『イエスよ。
あなたも 石打ちの刑に 同意するか? 』

そこで イエスは こう 答える。

『学者たちよ。
あなたたちの中で かって今まで
1度も 罪を犯したことのなき者が
先ず、この娘に 石を投げなさい』と。

すると 学者たちは 1粒の 石を 投げることなく
立ち去って いった。

イエスは この女性に 云う。

『わたしも あなたを 罪に定めることは ない』

イエスは 娘の 罪を 裁かなかったのだ。



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これが イエスのいう 【 愛 】であった。

隣の 子供は 学校のテストで 100点満点とった。

隣の 主人は 部長に昇進したのに
うちの 主人は まだ 課長の ままだ。

イエスのいう 【裁き】とは、
わたしたちが 人がとった 行動について
『わたしなら あんなことを しないのに』
という。

それが 裁きなのだ。

『人を 裁くな。
そうすれば あなたも 裁かれることは ない』

以前に お互いに 勉強したね。

わたしたちは 知らず知らずのうちに
その 多寡によらず 罪を重ねている。

そして 罪に 気がつき 深く反省をし
心から 謝罪をしたときには
それは 水に流し【赦す】心が 必要だ。

ところが イエスは 謝ろうが そうでなかろうが
『赦せ』という。

その人を 【愛する】と いうことは

その人を 裁くことではなく、
その 人のために 手を差し伸べ
共に 泣いてあげることなのである。
合掌



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【 地獄、極楽は いったい どこに あるのだろう ? 】



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ご法事の席で おじいさんが 唾をとばして話す。

『極楽 ~? 行った いった。
行って 帰ってきたぞ』

「一面 お花畑で 綺麗なのでしょう ? 」

『そりゃー まわり一面 花盛りよ。
えっ? 何色の 花だったかって 。
はて 何色だったかな ?

ま、とにかく 一色や 二色では ない。
見渡すかぎり 花 花 花だ。

真ん中に 滔々と 川がながれ
鳥や 蝶々や … そうだ 天女が 飛んでいるんだ』

「えっ 天女まで 飛んでいるのですか?」

『船着場が あってな。
六文銭を 払って さあ 舟に 乗ろうとしたら
「おーい」「おーい」と 云う声が するんだ。

どうやら その声は
婆さんや 子供達の 声のようだ。

「なんだ ? 」

と、ふり返ると そこは 病院の中で
婆さんや 子供達が ワシの手を 握って
「おじいさん 帰ってきて~」と、叫んでいる。

あのまま、知らぬ顔をして 舟に 乗っていたら
ワシは 死んで いただろう』

「凄い 経験をしてきましたね」

と、相づちを うっているひとも
聞いているひとも 笑っている。



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【地獄】【極楽】なんて 嘘に決まっている。
もし、あるのなら お目にかかりたい ものだ。

日本の 知識人の 殆どの 人が そう思っている。

わたしも そうだが そんな話をきくと
ひろ さちや先生も 悲しい気持ちに なるそうだ。

そして 先生は こう 仰る。

ー みなす ー

法律用語に そんな 言葉が ある。

広辞苑を 紐解いてみると
《 性質を 異にする事物について
法律上 これを 同一視する》と ある。

[民法 第886条 第1項]

《胎児は 相続については 既に生まれたものとみなす》
⚫︎ ⚫︎ ⚫︎
まだ 胎児は 人間には なり切っていない。
その 胎児を 人間とみるのが みなす である。

地獄 極楽も その通り。

わたしたちは 見ることもできなければ、
行って 戻ってくることも できない。

しかし、わたしたちは
生前に 悪いことをしていれば 地獄に 堕ち
善行の 徳を 積んだ人は 地獄に 行くのである。

と、みなす のである。



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『地獄 極楽なんか どこにあるのだ 』

幼稚なことを 云う 人間は 非常に悲しい人である。

この 現世 ( うつしよ ) で
いくら 莫大な 富や 名誉を 獲得しようが
ウン と 眼を閉じたとき、その どれもが
次の 世界まで 持っていけるものは ない。

死後の 世界は 無いという人は
只々、現世において 財産や 名誉などに
執着して 生きているのでは あるまいか?。

わたしは 次の世界に 行くときにも

『どこにも 行く ところが無い。
我が 身体は 朽ちてなくなり それで 終わりだ。
骨は 何処かに まいてくれ』

そんな やぶれかぶれの 発想をするよりも
『素晴らしい 思い出を持って いきます』
そんな 気持ちに ならないのだろうか。

そして 【素晴らしい 思い出】とは
金や 財産を 残した 執着の 思い出よりも
あの時、ああしたら あの人は 喜んだ。
こうしたら この人は 泣いて 喜んだ。

【素晴らしい 思い出】とは 【善行】の 思い出なのだ。

そして これは ハッキリといえる。

【地獄 極楽は 死んでから 行くのではなく
生きている いま、わたしたちは 行かなくてはならない】

何事にも 感謝をし 喜びの毎日を 送っていると
その 瞬間、わたしたちは 【極楽】の 花園に 立てるし

何事にも 不平不満で しかめっ面の 毎日を送っていると
その瞬間、わたしたちは 奈落の底に 落ちるのだ。

生きたまま、極楽の門を 叩きたかったら
心しずかに 報恩感謝の 毎日を 送ることだ。
合掌

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【 感謝できる 心を 育てる 】





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小豆島大観音で 居ながらにして
西国 秩父 坂東
所謂、100観音霊場を参ることが できるようにと
境内に 【100観音霊場】を おつくりした。

同じように 小豆島の 貧寺に 居ながらにして
インターネットや ラインなどで
即座に 孫たちの行動が 目の中に飛び込んでくる。

『運動会 ぶっち切りの 1等だったよ』

『音楽会で ピアノが 上手に 弾けたよ』

『学校の 畑で サツマイモが 沢山 掘れたよ』

ありがたいね。

孫の 健康と成長に 感謝をし
居ながらにして 瞬時に 入ってくる 一挙一動に
狂喜する。


この歳になって【感謝をできる心を育てる】
ように 心がけている。




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あるとき 釈迦が 弟子たちに 聞いた。

『曲がりくねっていて 路面はデコボコして
石や 木切れが 散乱している 危険な道路を歩くには
どうすれば よいか?』と。

弟子の 1人が すまして答えた。

『危険な道を 全て 鹿の革で 覆ったら良いと思います』

今様で云ったら 『完全舗装』を云っているのだが
全ての 悪路に 全て 鹿の革を 覆うことは 大変だ。

そこで 再び 釈迦が 云う。

『そうでは ないのだよ。
反対に わたしたちの 足に 鹿の革を 覆えばいいのだ』

今様に 云うと 『靴を 履け』という。
靴を 履けば ごく少量の 鹿革で
危険な道路だけでなく 自分が 行きたいところに
どこにでも 行くことができる。




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この 悪路というのは わたしたちの人生の ことだね。

山あり谷あり 泣いたり 笑ったりの 人生だ。

これを 鹿革で 覆ってしまうとは
山川草木 縁ある全てのものに よって
わたしたちは 生かされていると いうことだ。

家畜や お魚を 自分の手で 殺さなくても
美味しく 頂くことが できる。

飛行機や 電車や 船を 自分で 操縦しなくても
それに乗ることによって 思いの場所に
行くことができる。

わたしたちは 【縁】と【縁】とが 寄り添って
成り立ち、互いに 助け合って 生きている。

わたしたちの 【履物】に 当たるものは
【感謝 できる心を 育てる】
である。

『あたりまえ』と、思っている心には
決して しあわせは 存在しない。

わたしたちに 感謝する心が 育ったときに
初めて しあわせを 実感することが できるのだ。

もう少し たてば 可愛い孫たちの作る
おご馳走の 匂いまで インターネットで でてくるかな。
合掌


【 塞翁が 馬 】



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日本は また やられたようだ。

『訪朝すれば なにか いい事があるよ』
甘言葉に 家族会の反対も押し切って訪朝した。

日本側は 拉致問題が 最優先だったが
特別調査委員会は 遺骨問題を一方的に報告し
拉致問題に 関しては 安否情報もなかった。

この 秋までに 何らかの進展を約束して
日本側も 制裁を 3つも解除して 対応したが
どうやら 拉致問題は 今から動き出すようだ。

と、言うことは
また 調査も報告も 先延ばしされ
調査結果は 有耶無耶に 霧の中に消えてしまい
残ったのは わたしたちが 汗水垂らして働いた
努力の結晶を 両手をあげて 待ち望んでいる国に
手渡してしまうということだ。

評論家は 『お願いします、返してください』
ではなくて
向こうが 一方的に 悪いことをしているのだから
『早く 返せ ! 』で いいと言う。

全く 政治と一緒で
【塞翁が馬】である。



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【 人間 万事 塞翁が馬 】

葫の国との 国境に 塞翁という 老人が住んでいた。

ある日 彼が可愛がっていた 馬が 逃げ出して
国を越えて 葫の国に 行ってしまった。

近所の 人たちは 老人を 宥めるのだが
老人は 『これが 福に ならぬとも かぎらん』と、
全く いに介さない。

そうしていると 逃げ出した 馬が 駿馬をつれて
帰ってきた。
近所の 人たちは お喜びをいうと
『これが 禍になるかも しれない』という。

老人の 息子が この馬に乗っているとき、
落馬して 脚の骨を折った。

近所の人たちは その不幸を 慰めるが
老人は『これは 福かも わからない』という。

老人が住んでいる国と 胡の国とが 戦争になり
若い者は 全員 戦争に駆り出されては
戦死したのだが、
老人の 息子だけは 脚が悪いがために
兵役を逃れて 命が 助かった。



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人生 なにが 幸いするかも 分からないし
なにが 不幸の 原因かも 分からない。

今の しあわせは 将来の しあわせの保証は ない。

逆に 今の不幸が 将来の しあわせに つながるかも
しれない。

人生の 禍福は 転々としていて
一寸先は 読めない。

それが 般若心経の 【空】なのである。

万物は 全て 変化する。
変化しないものは 何一つ ないのである。

今の しあわせが 永遠に 続くことはないし、
今の 不幸が 未来永劫に 続くこともない。

そこで わたしたちは 一喜一憂しないで
【足るを知る】

今の 自分の しあわせに 感謝をしながら
暮らさなければ ならない。

拉致問題も 悲観ばかりしないで
1日もはやく 解決をしてもらいたいものだ。
合掌
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【わたしたちは 仏さんから授かった 愛し子】





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【小豆島霊場 第80番 子安観音寺】には
毎日のように 大勢の 善男善女が お参りをする。

ご本尊は 鎌倉時代の 運慶 快慶の 先輩とも言われる
【定朝仏師】作。

子宝に恵まれなかった彼自身が、
この地にて 一刀三礼して 子安観音像を 安置し
玉のような子宝が 授かったと 言い伝えられる。

わたしが この寺にすわってから
19年 お願いし続けて 子供を 授かったというのが
最長記録だが 嬉しかっただろうね。

『おかあちゃん』

心から信じきって手を合わせれば
どんな 過去をもった お方でも
必ずや お陰を頂くことができる。

刺青を入れた ご夫婦が 参って来られ
本尊の見前で 一生懸命に手を合わせるのをみた。

本尊の前で 別け隔てしては ならないのは当然だが
何故か お願いする側の 声も 太鼓の音も
いつもより 大きかったような 気がする。

信心の 足りない人は
お陰を 頂けるよりも 先に
しかも直ぐに 諦めてしまうのだね。




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わたしは 子安観音寺にて 7人の孫を 授かった。

7人が 7人とも 五体満足で 産まれ
パパや ママども ではないけれど
『生まれてきてくれて ありがとう』だ。

今年も 3月に 女の 孫、
半年遅れの 8月に 男の孫を 授かった。

3月生まれの 孫は
離乳食も 順調にすすみ
これは与えてもいいもの 悪いものと
ママは 頭を悩まし

行動面も 匍匐前進が出来るようになり
ソファーに 身体をあずけると 暫くは立っちする程
成長し ますます 目が離せないようになってきた。

8月の 方は まだ 寝んねしたままだが
大変 しやすい子で 必要最低限しか 泣かない。

一緒に 仏教の祖国、
スリランカにお参りした友人は 子供の目をみて
『1点の 曇りもない 純真な 目をしている』
と、評価した。

無心に スヤスヤ眠っている 孫たちの 寝顔も
純真無垢とでも 言おうか

心に 穢れがなく、
邪心が なく
清らかなのだ。






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ママたちは 揃って『ありがたい』と いう。

仏さんから 【仏の 子】を、五体満足で お預かりし
一体 何の不平不満が あろうか?

『せっかく お預かりした 愛し子が
健康であり 右にも 左にも ブレない
真っずぐに お育てすることが
ご本尊さんにたいする ご恩返しである』

和かに 微笑む ママたちの顔を みて、
同じようなことを いわれた 信者さんを思い出した。

先ほど 19年の 長きに渡って 手を合わせ
玉のような 【仏の子】を 授かったと 申したが
その方も 長きにわたって やっと授かった。

しかし、授かった子供が
五体満足とは いかなかったのだ。

ご夫婦は 子供さんを 抱きながら 笑う。

『仏さんが あなたたち 2人は
この 子供を 育てなさい。この子を 頼むね。
と、仏さんの子供を お預かりしたんです。

仏さんは 優秀な子供も
ハンディキャップの ある子も
平等に 愛し、救いの手をさしのべると 聞きます』

【法華経】の 中に 出てきます。

子供どころか わたしたち 1人 1人も
仏さんの 子供なんです。

その 仏子である 仏さんの子供が
困っている人を 平気で 手を差し伸べなかったり
ましてや 【悪行】など 絶対にしては ならないのだ。

仏さんから お預かりした 愛し子。

どうか 垢に染まらないように
清く 大らかに 育ってほしいね。
合掌


【カトリック教会にも 仏教にも 《天国泥棒》という 言葉がある】







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今から 負け惜しみを 書こう。

ドキドキしながら 宝くじ売場に行き、
オータムジャンボ宝くじの
当選の 是非を調べていただいたら
2100円 手にした。

『3億円 当たりますように』

購入枚数は しれているものの
高額当選が よく出るという
有名な売場まで わざわざ行って 買って貰った。

しかも 行く前には 購入した 宝くじを
しっかりと ご本尊さんに お願いしていったのだが
こういう類のものは 流石に 聞いてくれなった。

考えても そりゃあ そうだ。

みんなが 3億円 当選していたら
講元の 方が 倒産するものね。

『高額 当たりました』

と、喜びながら
2100円 貰っていたら 気も晴れるだろう。




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カトリック教会に 【天国 泥棒】というのがある。

わたしたち 仏教徒は あまり聞き慣れない言葉だが
内容をきくと 仏教にも 共通することは ある。

今まで 信心の 片鱗も無かったひとが
死の 直前になって 思いついたように 洗礼を受け、
カトリックの 信者になった 直後に
天に 召されるのだ。

その人は 洗礼を受けて カトリック教徒になったのだから
当然、死後は 天国という 楽園が 待っている。

生まれて 間もなく 洗礼を受け、
クリスチャンの 学校に通い、
日曜日には かがさず 教会に 通い

生涯を クリスチャンとして
生き抜いてきた人からみれば

死の 直前に クリスチャンになり
さっさと 天国に行った人を見ると
まるで【天国を 泥棒】したように 見えるだろう。

しかし 考えてみれば
あなたが、わたしが 天国にいくか 否かであって
他人が 楽園に 召されようが地獄に 落ちようが

わたしたちには 余り 関係なく
羨ましがることなんか 全く ないのだ。





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そんな事よりも もっと大切なことは
わたしたちが どのように充実した生涯を送ったか、
悔いのない 生涯を 送る事が できたか
その方が 大切である。

懸命に勉強したけれど なかなか その学校に入学出来ず
やっとの事で 入学できたと 思ったら

ある人は 突然のように 学校に現れ
学士号まで とって 風のように去っていってしまった。

でも 何度も落ちて やっとの事で合格した
その人は 胸を張る。

『 彼と ぢちらが この学校を愛しているかと云ったら
絶対に 俺に決まっている。

だって 俺は 生え抜きのこの学校の 子供だもん』

学士号が 貰えなかったと 僻むことなんか
なに 1つない。

横から 突然 現れて 名誉を得てから
風神の如く 去っていったと 羨むことは ない。

彼は 在学中だけでない。
生涯を通じて 最期の最期まで
『俺は この学校の 卒業生だ』と
胸を張れる もの。

宝くじにしても 真面目に働いて
2100円 報酬を得るのと
たまたま クジに 当たった人と

どちらが 本当の意味で しあわせ だろうか?

そして 死の間際に クリスチャンになった人と
長い間 長い間、クリスチャンとして
生きてきた人とは どちらが しあわせなのだろう。
合掌

【和顔愛語 、目を剥き 邁進するだけが 偉いのではない】







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時々 知り合いの親方の 相撲部屋にお邪魔する。

土俵の前に
【小豆島霊場 第81番 恵門ノ不動】
の 大札を祭祀し
土俵のうえでは 多勢の 力士たちが
血の出るような 練習に 励んでいる。

見ている 私どもが 押しつぶされそうな
圧迫感を 感じる。

鬼の形相とは このことなんだろうね。

しかしだ。
激しい 稽古が終わり
わたしたち客に チャンコを出す だんになると
愛くるしい 普通の 青年の笑顔に戻る。

まだ 童顔が 抜け切らない力士も いる。

それも そうだね。

図体は わたしの 何倍もある程 大きいが
年齢は 子供か孫のような としなのだ。

親方に お聞きすると
土俵上で 申し合いをするよりも
【テッポウ】と【またわり】を 中心に
励む方が 大切なのだって。

【テッポウ】が そもそも 相撲の基礎で
【またわり】受け身の 出来ない 力士は
身を 守ることが出来ず 大怪我をする。




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わたしたちが
しあわせな日暮らしを 送るに あたり、
この 【受け身】が 何よりも大切なのだ。

絶対に 避けることのできない 生老病死、
歳をとり、病気になって 死んでいく。

会うは 別れのはじめ。
会いたくない人とも 顔を 合わさなければならぬ。

お金、ガールフレンド、名誉、地位、健康…
手に入れたいものも いっぱいある。

しかし それらが 手に入らない苦しみ。

力士が 土俵上で 血反吐をは来ながら
相撲を取っ手いるのと同じように

わたしたちも 必死で ガチンコで頑張っている。

しかし 猛進、
ただ 突っ張って居るだけでは駄目で
受け身を 十分にやって おかなければならない。

この 基本練習が 【心】と 【身体】を
磨いてくれる。

鋼のような 身体に 心は 柔和な 仏のような
やわらかな ものを もつ。

【この 光明にあうものは 3つの 垢が
消失して 真意 柔軟である】

三毒の ことだね。
貪瞋痴 むさぼりの こころ、いかりの こころ、
道理にくらく 愚かな こころの 事だ。

柔らかな心が 柔軟な顔 ( 和願 )
柔らかな言葉 ( 愛語 ) を 作り出すのでは
ないだろうか。

【柔和 忍辱を 衣と する】
合掌






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