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【 除夜の 鐘 】



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今年も 1年が通り過ぎてしまった。

何が起こり 何をしたかを 問われるっと
即答できないが もう2度と帰ってはこないのだ。

今日を大晦日といい【おおつもごり】という。

大陰暦で 30日のことで
この日は 月のない 暗い夜のことを いい
月が 光をうしなう 闇夜とされていた。

小豆島霊場 第81番札所【恵門ノ不動】は
いまや【除夜の鐘】をつこうと
大勢の 善男子全女人が 列をつくる。

わたしたちの 持っている108の 煩悩を
鐘をつくことによって 消滅させ

新たな 年を 迎えることによって
心と 身体を リセットさせ
書初めを書き、1年の抱負を胸に秘めるのだ。

恵門ノ不動 三十六方 隅々まで 殷々と鳴り響く
鐘の音とともに

内なる世界の 心の闇を取り除き
新しい 年の到来を 実感するのだ。

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鐘の音といえば
【平家物語】の 巻頭にも 登場する。

祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
沙羅双樹の 花の色 盛者必衰の理をあらわす

【諸行無常】
あらゆるみのは 1刻として 留まることなく
常に 移ろいかわるものだと 教える。

殷々と 流れる鐘の音は 山々を 谷々を
【是生滅法】と 響く。

生あるものは 必ず滅する。
オギャーと生まれたもには 貧富 貴賎をとわず
必ず 死ぬのだ。
これが 世の 定めである。

続いて【消滅滅己】と 響く。

わたしたちは
生まれたり 死んだりすることに 心を奪われ
一喜一憂し 多いに 喜び かつ 嘆く。

最期に【寂滅為楽】と 響く。
このように 1つ 1つ つく鐘の音は
生まれたり 死んだりすることに
心を 奪われている わたしたちの
心を 滅し 静寂になったとき

はじめて 安楽になり
しあわせを 手に入れることが できる。

鐘の音とともに 108煩悩の 迷いの世界から
目を覚まし 憂き世の迷いも 尽きてしまった。

【除夜の鐘】を つきおわった瞬間、

わたしたちの 心を 暗く 大きく覆っていた
五障の 迷いの雲は 霧散し
煌煌と 照らす真理の 満月のごとく
光り輝くのだ。




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【除夜】こそは
お蕎麦を頂いたり テレビに夢中になるのではなく
しづかに 1年を振り返って 反省をする。

これまでの 生き方を 正しく修正し
新たに 出直すときなのだ。

一年の計は元旦にあり

来年こそは 光り輝く よき 1年で ありますように。
合掌
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【ゆったりと そして 心は 山の如く 動ぜず】


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先代は 満68歳 母は 満62歳で お浄土に赴いた。

今年 わたしたちは 結婚40周年
【ルビー婚】と言うことで 子供達から祝って貰ったが
この写真は 40年前の 結婚式の日の 写真だ。

老僧は 聖僧というか ニセ学者と言おうか
仏教に精通し 物知りで しかし物静かな人だった。

医者では
『わたしは このような症状で この病気に違いない。
この注射を射って この薬を処方してくれ』と、
先生に 嫌われた。

一緒に 高松で用事があったとき
必ず わたしを 高松三越に 連れていった。

なにを買うわけでもなく 次から次へと
商品を 見て歩くのだ。

『ここにある 商品は ぜ~んぶ わたしの商品だ。
ときどき 此処にきては 自分の商品を
見て回るのも 楽しいぞ』

今でも 三越にいくと 老僧の 後姿を 思い出す。

大きな 背中だった。



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時の 関白 豊臣秀吉が 大事に飼っていた小鳥を
不注意のため 家来が逃がしてしまった。

切腹を覚悟で 秀吉に謝罪をすると

『八十余州 広しといえども 全て 我が庭である』
と、笑い飛ばした。

大八洲というのは 日本の事で

『日本全国津々浦々までが 我が庭である。
小鳥は 逃げたのかもしれないが
我が庭で 遊んでいるのだ。
気にすることはない』
鷹揚に 和かに そういった。

小さかことに 拘らない
スケールの 大きな 大人だね。

それから 考えると わたしの
なんと度量の 小さなこと。

街角で ティッシュペーパーを
配っているのをみると
わざわざ 立ち止まって それを頂いたり

食堂にはいると 自分が使う 爪楊枝の他に
余分に 2~3本 とってみたり。

秀吉や 老僧が それを知ったら
怒りを通り越して 逆に 笑うだろうね。

小さなことに 目くじらを立て
どうでも 良いようなことに 切って返す。

煩悩の 赴くままに 怒ってみたり
泣いてみたり 嫉妬したり 膨れてみたり…

わたしも 皆さんも そんな心 狭き人間から
脱却して ゆったりと
しかも 山のように どっしりと
そんな 人間に 成長したいね。
合掌



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【自分の 欠点ほど 個性であり 長所なのだ】





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【四柱推命】の 通変性で 《 比肩 》というがある。

この命式を持っている人は
意志強固、負けず嫌いで 独立心があり
単独 ( 1人 ) で 仕事をするには最適で成功する 。

ところが 困ったもので
これが 命式の中に 多く ありすぎると
《 比肩大過の 命 》となり

自尊心強く、強情、
自己主張激しく ライバル 敵が 多い。
金銭的には 恵まれず 財のトラブルが 多い。

結婚は 遅いが もし早ければ
必ず 敗れる とある。

とにかく 傲慢 極まりなく
誰からも嫌われ 敵対するのも 後をたたない。


命式には 8つの枠があり、
そのうちで 同じ通変性が 3つ以上あると
《 大過 》となり 根本的に 悪作用を持つ。

わたしは 《 比肩 》を 2つ 持っているが
まあまあ 上手く おさまっている。


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住職はと 命式を見てみると
どこを探しても 《 比肩 》が 見当たらない。

彼は 仕事星をもち 財運もあり
印星といって 頭がよく 名誉星を持ち
誰からも 慕われるのだが

残念ながら 自星である《 比肩 》が ない。

これは
自我なく 自己主張できない。
( 自分で 決定することが 向いていない )

水のように 入る容器によって 形をかえ
周りの 意見に 押し流されてしまう。

わたしが 見たところでは 言うことは言っているし
そうは 見えないのだが そんな命式なのだ。



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わたしたちは 人の 優れているところや
欠点を みつけては その人の評価をする。

『あの子は 頭が いい』

『あの子は ピアノが うまい』

『あの子は 走るのが はやい』

評価を しているのだから
あの子は 頭が 悪い、ピアノが 下手、
走りが 遅い子が 出てくるわけだ。

しかし それは 各々の【個性】であって
その個性を 貰って生まれてきているのだ。

それを わたしたちの 自分勝手な物差しで
長所とか 欠点とか 評価するのは おかしい。

臆病な子は 見方をかえれば 優しい子なんだし
判断力に 欠ける子は、
おっとっりとした 熟慮型の 人間なのだ。

実際、住職は いろんな人たちに
可愛がって 貰っている。

2日前は 1泊で 徳島の 忘年会に、
今日は 1泊で 岡山は倉敷の 忘年会に。

自分の 持っている【個性】を 12分に
発揮すれば その人の 人生も
また 変わるものである。
合掌


【 艱難 ( かんなん ) 汝を 玉にす 】






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友人が 【小豆島霊場 第80番 子安観音寺
本堂 上棟式の お祝いに駆けつくてくれ

『あいつの 顔が 見えないけれど』

多勢の参拝人の中から ある人を
特定しようとしていた。

『僕は あいつは 嫌いだ。
あんな人だとは 思いもしなかった』

わたしも 駆けつけてくれた友人も
その 『あいつ』も、もつれ合うように
遊んでいた。

何年か前の 結婚式で 都会で住んでいる友人と
『あいつ』が 同じ会場にいた。

十数年ぶりだ。

つい 懐かしくなり 友人は 『あいつ』の名を読んだ。
きっと もつれ合っていた 昔を走馬灯のように
思い出しながら 満面の笑みで 呼びかけたのだろう。

ところが その 声が聞こえるや否や
【 鬼 】いや 【夜叉 】の形相で 睨み返されたのだ。

『今や 彼は 名氏だからな。
あの頃とは ちがうよ』

もう 1人の友人が ポツリと言った。


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【 艱難 汝を 玉にす 】

{骨みに徹する] とは 酷寒のなか 大寒の真っ只中、
骨に徹するような 寒苦を乗り越えて
始めて 梅は 美しい花を咲かせ
馥郁たる 匂いを 放つ。

同じように
艱難を 1つ1つ 克服することで 人生の 深みも増し
何者にも負けない 不屈の人間に 成長する。

皆さんの まわりにも そんな人が 居るかもしれない。

若い頃に 苦労に苦労を 重ねて
今は 人たちが{成功者] と 言っている人だ。

金持ちになり 社会的ポストも
自他ともに認める成功者だ。

こういう 成功者の 全てが 全部が全部、
人格円満な 人に 成長しているのだろうか。

傲慢になり 人を見下ろし
今まで持っていた 優しさが消え、
かと言って、権力者には 徹底して諂う。

苦節に 打ち勝った 梅は 美しく開花し
馥郁たる香りは 万人を 満足させる。

せっかく 苦労して ここまで
這い上がってきたのだ。

せめて 梅の花のように
敗者、弱者を 思い遣る 優しい心をもった
成功者の 1人として 頑張ってほしい。

お祝いに 駆けつけてくれた 友人を見、
『あいつ』を 思い起こしながら
そう 思った。
合掌




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【 助け合って 生きる 】




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妹が 姉の腕に 噛みついたうえに
髪の毛を 鷲掴みした。

姉は 鷲掴みされたまま 母親に報告した。

妹が わたしの オモチャを 取り上げた挙句、
歯型が入るほど わたしの腕に噛みつき
髪の毛を引っ張って居ると。

わたしは 中に入らず 静観している。

母親は 『離しなさい』と 言った後、
それでも 離さない 妹の手の甲を 叩いた。

妹は はじめて 鷲掴みした 髪の毛をはなし
泣き始めた。

でも わたしは 知っている。

妹は オモチャが 欲しかったのではない。
寂しかったのだ。

従姉妹の おねさんたちと 4人で 遊んでいた。
ところが 年の近い3人が くっついて遊び
年の離れた 妹が 取り残された。

しかし 話の流れでは
妹との オモチャの 取りっこになり
それに負けた 妹が 噛みついた。
…そう なる。

そんなとき、1番 年上の おねさんが 言った。

『おいで。
お姉ちゃんと 遊ぼう』

妹は 大喜びで お姉さんのところに
飛んで行った。



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このような アメリカ発の ニュースが流れた。

警察官が 1人の 女性を 捕えた。
彼女は コンビニで 僅か1000円にも満たない
食料品を 万引きした。

『なぜ こんな馬鹿なことを したのですか?』との
警察官の 問いに 彼女は このように 答えた。

『わたしの子供は もう何日も 食べ物を口にしていない』

警察官は その女性を逮捕するどころか
自分の お財布から 商品の金額を支払い
その 食料品を 彼女に 渡した。

たまたま その一部始終を 録画していた人がいて
その 事件は 全米中を 駆けめぐった。

そして 彼女と 彼女の子供さんに
激励の 言葉とともに 数え切れないほど多くの
プレゼントが 届いた。

『ハグ しても いいですか?』

山ほどの 贈り物を 目の前にして
彼女の瞳から 大粒の涙が 流れ落ちたことは
言うまでもない。

警察官は いった。

『わたしたしは 飼いならされた犬のように、
支持されたこと、
悪人を逮捕すののだけが 任務ではない。

困っている人、1人 1人が
しあわせになって 頂くことを 重きにおく。

それが 警察官の 任務だと 思っている』


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空海の 昭和59年度 ご遠忌法要のときの
高野山のテーマは 《 いかせ 命 》だった。

世の中は 娘が嫁と 花咲いて
カカと 萎んで ババと 散りゆく。

あれが 娘さんだよ 嫁さんだよと
持て囃されている期間は
アッというまに過ぎ去り、やがては
お浄土に 向かって行かなければならない。

自分で 生きているのではない。
生かされている わたしたちの 命、
大切に 使おうねという 呼びかけだった。

【 済世利人 】

困っている人に 愛の手を差し出そうね。

『おいで
お姉ちゃんと 一緒に あそぼ』

その お姉さんも アメリカ発の 警察官の
《生かせ 命》と 空海の 教えの 1番 大切な
《 済世利人》を 共に 実践したのだ。

そして 大きな袋をさげて
子供たちの 夢を叶える サンタさんも
同じ 心なんだね。
合掌


【 聖歌 】



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家族で クリスマス会を ひらいた。

パパ達は お仕事で来れなかったけれど
10人も 集まり 孫も5人 参加した。

最近は 子供用の ワインがあるそうで
わたしも 久しぶりに シャンパンの美酒に浸った。

みんなで【聖しこの夜】を 合唱したのちに
声たからかに 乾杯をした。

驚いたのは サプライズで 孫達が
即席の 【クリスマス コンサート】を 開いてくれ
参加者 1人 1人に プログラムをくばり
ピアノを 弾いて 唄って 踊った。

プログラムなんか 20歳を越した人でも
作れない 方が多いだろう。

上手だった。

全員で プレゼントの 交換をして
お開きとなり それぞれ 家路についた。



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『やったー !
サンタさんが きて プレゼントを 置いていっている。
わたしが 欲しかったもの どうして分かったのだろう?』

早朝 5時に 孫の歓声が 轟いた。

『サンタさんが どうか 来てくれますように』

床に就くまえに サンタさんに お手紙をかき
レッドワインを 用意して
ドアを 少し開けてねていたのだ。

『ワインも 飲んで 帰っているよ。
あっ お手紙も 英語で 書いている。

なんて書いてあるの ?
ジジ 読んで 』

「 エッ エーッ ! 」

でも わたしは 知っている。

サンタさんが 孫の ワインだけでなく
何杯も 杯をかわし 真っ赤になって居るのを。

フラフラになって
次の お家に 回れないよ。



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家族で 【聖しこの夜】を 聖唱したときに
最近は ハローインも クローズアップされ
その時も そう 思ったのだが

『般若心経とは 言わないまでも
どうして 聖歌なんかを 歌わないだろうと
少し 悲しかった。

高野山には 素晴らしい 聖歌が沢山あり
学生さんの 聖歌隊も 大活躍している。

クリスマスはわたしたちの言う
【布施】の 実践である。

《六波羅蜜》の 第一に 登場する。

見返りを 期待しないで
わたしたちの 真心を 人に差し出すのだ。

そして それによって 喜んでいる人の顔をみて
わたしたちは しあわせになるのである。

今夜は パパサンタや ママサンタが
愛し子に 布施をした。

そして サンタたちは 『やったー』と喜ぶ
その 姿をみて しあわせを 感じるのである。

そして その顔は お観音さん そのものだし
その 心は 【慈悲】の 心なのだ。
合掌


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【言うことは 言い、謝るとこは謝り、許すところでは 許す】




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【 インド神話 】の 二大神は
誰もが知っている アスラと インドラである。

アスラは 正義の神、インドラは 力の神 ( 軍人 ) だ。

アスラは 自分の娘の シャチーを インドラに嫁がせ
正義と 力とが 結合することによって
より素晴らしい 理想の夫婦が誕生すると思っていた。

アスラの心を 知らなかった インドラは
シャチーが 余りにも 美しい娘だったので
自分の 宮殿に拉致して 犯した。

怒りに 狂ったのは アスラだ。

しかし アスラは 正義の神。
何度 戦っても 力の神であるインドラには 勝てなかった。
インドラは とうとう アスラを 叩きのめし
神々の 世界から 追放した。

アスラは 【阿修羅】とよばれ 人々を恐れさせ
インドラは【帝釈天】となり
フウテンの寅さんも お参りにいくような
庶民の 仏さんになった。


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しかし 考えてみれば おかしいね。

拉致されて 犯されたのは アスラの娘で
アスラが 被害者で インドラが 加害者なのだ。

喧嘩両成敗といって 喧嘩をしても
お互いに 言い分がある。

自分が 正しいと思う人同士がぶつかって
喧嘩が 起きるのだ。

インドラは 自分の娘と結婚させたいという
アスラの 胸の内を知らなかった。

それがために してはならぬことを
してしまった。

ここまでだったら 神や仏は
アスラに 軍配を上げるだろう。

しかし アスラは 正義の怒りに燃え狂い
決して インドラを 許さなかった。

神や 仏は その心を 残念に思ったのだろうね。

その後、インドラと アスラの娘、シャチーは
お互いに 愛し合い 可愛い子供まで生まれた。

みなさんも どうだろう?

お互いに 意見が分かれて 大げんかになったとき、
相手の 言い分を 無視してしまったとき、
あなた自身【阿修羅】に なってしまっているのだ。

言うことは いう。
謝ることは あやまる。

そして 許すところは 許す。

それが 【帝釈天】の こころでは
なかろうか?
合掌






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【サンタさんからの 贈り物 】



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ミュージカル スクールで 練習に励んでいる孫が
大阪の劇場で 大物歌手の方の
クリスマス コンサートに出演することになった。

たったの 3度の公演だが 練習が終わって
帰ってくるのは 9時にも 10時にもなる。

『ジジ、風邪を引いて 休んでいる間に
ポジションが かわった』

コンサート直前になって 悲しそうな顔で
わたしに そう言う。

直前になって インフルエンザにかかり
レッスンを 2度 お休みをした。

その間に いままで頑張っていた 役が
ごろりと変わり その他多勢になってしまった。

そんな孫に わたしは こう言う。

『不平を 言ったら いかんよ。
スクールの お友達の中でも
この コンサートに出れなかった人が
一杯 居るのだから。

出して頂くだけ 感謝しなくては』



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スクールのお友達のなかに
いつも孫を可愛がってくれる
中学校 1年生の 美しいお姉ちゃんが いる。

今回のコンサートには 選ばれなかった。

しかし 彼女は 3回のコンサート全てを
観客席からみて 友人の演技をビデオに 撮った。

『偉いな。
ジジは あのお姉ちゃん、尊敬するな』

必死で ビデオカメラを回す 彼女の横顔をみて
わたしは そう言った。

普通の子供なら 泣くか 膨れるか
コンサートを 観にこないのは当然で
この前の人のように スクールを 辞めるかも
しれない。

浅はかな わたしたちの 煩悩によって
【貪瞋痴】
大きな 欲望の成就しないことに 泣き
怒りの心を 発し ジェラシーで
頭のなかが 一杯になる。

煩悩によって【苦】を 生じるんだね。

嬉しそうに 楽しそうに
舞台で 飛び跳ねて居る お友達をみて
お姉ちゃんは どんな心で それを見たんだろうね。




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事件は 第1回目の 公演に始まった。

舞台の 上で 主役の方に マイクを向けられた
その歌は 休んでいたあいだに 変わり
全く 知らない歌で
金魚のように 口を パクパクしただけだった。

そこで 登場したのが 例の お姉ちゃんだ。

孫が 帰ってきたのは もう 夜中に近い。
明くる朝は 早朝から 入っていなければ ならない。

孫の お家とは かなり遠いにも 拘らず
朝 早くから 孫のお家に 飛んできて
大特訓をしてくれた。

おがげで 第2回 公演のときは
恥を かかずに大きな声で 立派にやり遂げた。

【六波羅蜜】の 1つ1つ 考えても

困って居る人がいれば 愛の手を差し伸べる
布施の 心。
どんな 究竟にあっても ダンスを愛し
スクールを 重んじる 持戒の 心。

1度 目標を決めると 如何なる困難にも打ち勝つ
不撓不屈の精神をもつ 忍辱の 心。

全ての 波羅蜜多を 持ち揃えた
素晴らしい 少女だ。

今日は クリスマス イブ。

サンタさんが 可愛い 子供達に
プレゼントを 持って来てくれる。

しかし どのような素敵な 贈り物よりも
お姉ちゃんの 素晴らしい 生き様の
プレゼントを 頂いた。

そして この 贈り物は
孫が 年老い 死んでしまうまで
持って おれるのだ。

この お姉ちゃんは 【ライオン キング】の
オーディションに 最後まで 残った。
合掌



【今日は 冬至。19年目に1度の 復活祭だ 】







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ママと 孫たちの 会話。

『今日は 冬至だから お風呂に柚子をいれて
温まりましょうね。
お風呂から でたら みんなで 南京を頂きましょう』

「ママ とうじって な~に ? 」

『1年で 1番 夜がながく 1番 お昼の時間が 短い日よ。
今日は 5時になれば 真っ暗だけれど
夏は 7時でも 日が沈まないでしょう? 』

「そうだね。
今日を 境にして 間反対の 夏至にむかって
昼の時間が 1日ずつ 長くなっていくんでしょう?

それにしても
どうして お風呂に 柚子をいれたり
かぼちゃを 食べたり するの ? 」

『えっ それは… ぐうー』


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今年は 【 朔丹冬至 ; さくたんとうじ 】と言って
19年目に 1度の 珍しい冬至だ。

平均年齢 80歳としても 20年に 1度だったら
たったの 4回しか 会う機会は 恵まれない。

1年で 最も お昼の時間が短い 【冬至 】と
月明かりのない 【 新月 】が 重なる珍しい年だ。

23日以降 日中の長さが 日、1日と伸びていくので
《復活の 日 》として

寺々では 星供養の ご祈祷を行い
家々では ゆず風呂に入り 中風よけの大根を頂く。

柚子は 元来 寿命が長く 病気にも強いことから
それに あやかって 無病息災で
長生きが できるように風呂に入れたのだし

かぼちゃは 秋野菜の 収穫が 終わり
冬至を 迎えようとする 今日このごろ
栄養が 豊富で しかも 美味であることから
健康だけに留まらず 病気平癒を 兼ねて頂いた。



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朔丹冬至とは 【一陽来復】であり
リセットの 年でもある。

くる日もくる日も 素晴らしい事が 続いた年も
悪いことばかり続いた 年であっても
今日を 境にして
わたしたちの 行いかた 考えかた 1つで
しあわせを 招くことが できる。

また
冬至に お天気がよければ 来年は 豊作になる。

冬至に 雷が あれば 雨の多い年になり
潤いのある 日暮らしがおくれる。

冬至に 南風が 吹けば 地震 大雨 日照り等の
多い 年になる。

昔の人は 色んなことを教えてくれるが
リセットされた その日からは
自分の 心で 自分の足で

しあわせを掴むように
運命を切り開いて いかなければ ならない。

今日は 柚子風呂に 入り
健康を 祈ることに しよう。
合掌


【 身なりだけで 人を 判断することは 良くないことだ 】


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面白い 例えばなしが ある。

ある協会に 3人の信徒が 同時に参ってきた。

1人は 立派な身なりをしていて
いかにも 富裕層の人らしい。

1人は 質素だが きちんとした 身なりの人。

もう1人は 髭と 髪は 伸び放題。
ボロボロの 糞掃衣を纏った 乞食同然の人。

乞食同然の人は 凛とした 教会の中で
大声で 神様にお願いをはじめた。

『かみさま、どうか わたしに
今日 1日分のパンと 飲み物を与えてください』

大声で 何度も何度も お願いをするものだから
富裕層風の 立派な身なりの人が 口をだした。

『君、ちょっと 静かにしてくれないか。
わたしは 5億円の 商談の成功を祈っているんだよ。
大声を 出されると 気が散って祈れないではないか』

それでも 大声で祈り続けるので
富裕層風の人は ゴソゴソと ポケットから
なにがしかの お金を出して 手渡した。

『かみさま、ありがとうございます。
かみさまは やはり 貧しいものの 見方なんですね。
わたしの願いを 聞き届けて くださいました』

乞食同然の人は 喜んで出て行ったが
富裕層風の人は もう1人の人が 気になった。

『わたしが したこと。
あれで 良かったのでしょうか ? 』

『えっ なにか あったのですか?
一生懸命に お祈りをしていましたので
気がつきませんでした。



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【 ルカによる 福音書 】には
貧しい人々は しあわせである と説いている。

きちっとした 身なりをしていれば
どんなに 質素な服装であろうが
素晴らしい人間である。

乞食同然の 身なりをしている人も
明日の パンにもあるつけず 可哀想である。

しかし 5億円の 商談に夢中になって
1切れの パンに アクセクしている
貧しい人を 軽蔑の目で見る人よりは
まだ マシである。

このような 人のことを
【 餓鬼 】という。


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わたしたちは 【輪廻転生】や 【六道】を 勉強したね。

その【餓鬼道】には
生前 贅沢三昧した人が 落ちてゆく ところなのだ。

生前に 強欲で 嫉妬深く 物惜しく
常に 貪りの心や 行為をした人が
死んでから 生まれ変わる 世界なのだ。

常に 飢えと渇きに 苦しみ
食べもも 飲み物も 口先にもっていくと
火に 変わって 燃えてしまうので
常に 空腹である。

だから 下半身 大きな お腹をしている。

餓鬼には 無罪餓鬼、小財餓鬼、多財餓鬼と
3つ あるが どうしようもないのが
多財餓鬼だ。

どんな 贅沢三昧しても 満足出来ないのだ。

ともあれ 仏教にしても キリスト教にしても
身なりなんかで 優劣を決めるのは
よくないことである。

制服にしても セーラー服にしても
清楚な 服を キチンと着ていたら
それが 最高なのだ。

うわべではない。

大事なことは 心の 平安である。
合掌

【尊敬は 富みに 与えられるもにでは ない : アラブの格言 ]




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衆議院議員選挙 が 終わった。

絶対に当選するだろうと思っていた
大物政治家が バタバタと 倒れ
世の常ではあるが 無情さを 痛感した。

選挙になると いつも 思い出すことがある。

生前 とても 可愛がってくださった
ある 助役の 退任の弁だ。

『10 ( とお ) で 神童、15で 才子、
20 ( はたち ) 過ぎれば 只の人というが
とうとう 只の人と なってしまった。

しかし 辞めたからといって 助役は 助役だ』

たしかに
町長にしても 学校の先生にしても
元 町長とも 元 先生とも
元 お医者さんとも いわない。

意を察した わたしは
お亡くなりになるまで その人を
『助役さん』と お慕いした。


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アラブに こんな格言がある。

《 尊敬は 富みに与えられる ものではない 》

確かに わたしたちは
お金持ちや 地位の高い人や 有名人には
特別視したり 諂ってしまう 傾向がある。

[アラブの格言] は
その人が 本当に 尊敬に値する人ならば
当然それで 良いのだが、
見境なしに 卑屈になる必要はないと 言っている。

船場で働く ペコペコと頭を下げる 友人を見て
『そこまで 卑屈に ならなくても』と
言ったことがある。

それに対して 彼はこう言った。

『なにも あの人に 頭を下げているのではない。
大阪商人は あの人が持ってる
お金に 頭を下げているのだ』

お金持ちには そのお金が湯水のごとく
集める 手腕を評価し
政治家には その政治手腕を 賞賛するのだが
それと 本人を尊敬する しないは 別だ。

地位の高い人や テレビに出てくる人のみを
羨望の眼差しでみている 孫たちにいう。

『あななたちが
本当に 尊敬しなければならない 人は
雨の日も 風の日も 変わらず
優しい心で 育て慈しんでくれる
パパや ママなんですよ。

そして パパやママも
その パパやママや 先祖さんの恩愛をしって
感謝を しなければならないね。

それが 家庭円満の 基本だと 思うんだけど』
合掌



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( わたしたちは 幸せになる権利も 不幸になる権利も もっている】




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『 ジジ、ルミナリエ いく? 』

今年も 孫やママたちからの 誘いがあった。

10年以上も 前の ことだろうか。

『とっても 綺麗よ 』
『心が 洗われるよ 』

甘言葉に つい 同行したのだが
もの凄い 人だかりだ。
しかも 余りにも寒い。

『ジジは お家から ルミナリエに 参加するよ』

「 いつも 同じようなことを 云うね。
じゃー 行ってくるから お留守番 宜しく」




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孫は勿論のこと パパやママも 強要しない。

ルミナリエに 行こうが やめようが
自分で 決めればいいのだ。

孫の 姉の方が ミュージカルを勉強している。
毎晩 9時や 9時半に帰ってくる。

妹の方は 英会話とピアノを習っているが
わたしがみれば 絵を書くのが 上手なようだ。

『あなたも お姉ちゃんのように
ダンスを 勉強すれば? 』

「 わたしは 絵を書いているときが1番楽しいの。
それに レッスンが大変だし
自由な時間が なくなってしまうから」

ママは わたしとの 会話に 口を挟まないで
ニコニコしながら 聞いている。

強引に 押しつけないで
その子 その子の 長所を 伸ばしているのだ。



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これは 趣味の問題だが
思想にしても 宗教にしても 強要は良くない。

横にいる人が いかなる主義 主張を持っていようと
いかなる宗教を 信じていようと
それは その人の 自由なのである。

釈迦にしても キリストにしても マホメットも
自分が 真から恥も外聞も 投げ捨てて
『おかあちゃん 』と、縋りつける人。

その人を 信ずれば 良いのだ。

ところが
『僕の あ母ちゃんは 最高だよ。
ちょっと いろいろ 聞いてみれば いいよ』

隣の人に 強要したくなるのだ。

わたしたちは
しあわせになる 権利も持っているが
反対に 不幸になる 権利ももっているのだ。

そして それは 自分で判断して
自分で 決定しなければ ならない。
合掌

【その人に とって 1番 良い加減であるかを 探し出そう】



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今、
インド式 2桁 九九が クローズアップされている。

わたしは 大喜びで それを求めた。
孫たちの 喜ぶ姿が 目に浮かぶ。
他にないかと聞くと これが最後の1つだと言うことだ。

さて 孫たちに 渡したのだが
上の方は 喜んで
さっそく 本をみながら テープをかけるのだが
下の孫は 全く 興味をしめさない。

『まだ 無理ですよ。
1桁の かけ算を ジジと一緒に やった方が いい』

「店の人は ランニング英会話のように
聞いているだけで 覚えるといっていたけど」

『水の欲しくない馬を 無理やり川に連れて行っても
飲みたがらないものね』


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オケラが 急病になり
無二の友達の ミミズに『医者を呼んで欲しい』
と、お願いした。

ミミズは もがき苦しんでいる オケラを見て 困った。
早く 医者を呼ぼうにも 彼には 走れる足がないのだ。
そこで ムカデに お願いする。

『おっと ガッテン承知のすけ 』

ムカデは 一口返事で 了承したものの
いつまでたっても 出発する 気配がない。

ミミズは どうしたのかと 尋ねると
『いま 50足まで 靴を履いているのだが
まだ 道 半ばだ。もう少し 待ってくれ』

足が ないのも 駄目。
多すぎるのも 駄目。

ほどほどが 1番 良いのだ。
【良い加減】なのが 1番 良いのだ。



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孫と 一緒に お風呂にはいる。

『お~い、早く はいっておいで。
良い 湯かげんだよ』

「あっちっち…。
良い 湯かげんではない。 熱いよ 」

あつ好きの 人には あつい湯が
ぬるずきの 人には ぬるい湯が

【 良い加減 】なのである。

人には それぞれ 良い加減が 違う。
すべての人が 平等の 良い加減など
あろうはずが ない。

インド式 2桁 九九 にしても そうだ。

ある人には 【良い加減】で
スラスラ解けて 楽しく勉強できる。

片方は その 九九を 買ったがばっかりに
毎日 頭の痛い 思いをしなければ ならない。

『これが 良いから』と、強要するのでは なくて

その人 その人の 【良い加減】を
適切に 見てあげることが
その人に 対する 【真 】の 愛情では なかろうか。
合掌

【 人が 悲しんでいるときは 共に泣き、喜んでいるときは 共に喜ぶ】



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ミュージカル スクールに通っている
小学校 2年生の 孫と ママの会話だ。

『ママ、お友達が ダンス スクール
辞めるのだって 』

「お友達って 3歳のときに 一緒に
スクールに 入った子でしょう。
なんか 勿体無いわねー」

『塾なんかで 忙しいの だって』

あとで 全てを熟知している ママに聞いた。

スクールでは 春と お盆と クリスマスに
大きな イベントを行う。

発表会という クラスではなく
正式な 劇場で 名の通った人たちと公演し
その為には オーディションも ある。

『お友達、オーディションに 落ちたらしいのよ。
去年も 引き続いて落ちたので 気落ちしたみたい』

「 かわいそうだね 」

お友達は ジェラシーと 失望感が
共に 襲ってきたのだ。

ミュージカル スクールに 通っている人たちは
上手であろうが なかろうが
全員が【劇団四季】を 目指しているのだ。

そのなかで 今年は 3人が 入団する。

卓越した実力と 僅かな 運を授かった者のみが
くぐれることが出来る 狭き門なのだ。

最初から 『わたしは 無理だ』と 思いながら
レッスンを続けていれば 腹も立たず
狭き門を 通過した友人に対して
ジェラシーも 起きないだろう。

しかし 残念ながら 全員が
合格するつもりで いるのだ。


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【自分が しあわせに なるだけでは不十分だ。
他人が 不幸に ならないと……】
ジュール ルナール

【人の しあわせは 他の人の 不幸の上に
たっている】
イワン ツルゲーネフ

日本にも ある。

【隣の 貧乏 鴨の 味 】
【隣で 蔵が建てば 此方で 腹がたつ】

わたしたちは どうも 人の しあわせや 成功を
心から 喜ぶことが出来ない 習性を持っている。

そればかりか 大変 恥る行為だが
人の 不幸や 失敗に手を叩いて しまうのだ。

競争社会に おいては
わたしたちは つい 他人の 不幸を喜び
しあわでを 妬む 心を持ってしまいがちだ。

【劇団四季】の 合格 不合格にしても そうだ。

負け組に 勝ち組を 賞賛しなさいと 言っても
妬みの 心が簡単に 取れるとは 思わない。

ジェラシー 妬みというものは
わたしたちの 持っている 1番 哀れな 煩悩である。

そして 本人が負け組だと 二重の【苦】となる。

釈迦は いう。

喜びを 表している人には
共に 喜んであげなさい。

悲しみを 表している人には
共に 泣いてあげなさい。

それが 我が煩悩を 滅却する
最善の 方法なのである。
合掌



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【心ない 金持ちよりも 心 あたたかい 貧乏人の方が いい】




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隣国 飛行機会社の 副社長の 言動が
メディアを 賑わしている。

『乗務員の 躾の一貫だから 仕方がない』
「しつけの一貫でも 行き過ぎだ」

定かではないが その副社長は
辞表を 提出したとか?

なんかの本で こんなコメントを 見たことがある。
あなたは どちらの会社を 選びますか? という題だ。

⚫︎社長は 人好き愛もよく 社員からも慕われているが
成績は 思うようにのびない会社。

⚫︎社長は 頭ごなしに 命令をくだし
社員からは 疎んじられているが 成績は抜群の会社。

そのお題の 結論は
心優しい社長の元で ゆったりと
規律正しい業務に励むのが 最高な 生き方だと。

それでは 会社は潰れてしまうではないか?
困った 問題だね。



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ニュージーランドから来られた 友人とは
昨日 お別れしたが とても喜んでくださった。

わたしたち 受け入れ側が 出来る限りの
おもてなしを させて頂いたからだろうね。

空海が 真言密教を伝授され 第8世となった
西安 青龍寺と 小豆島大観音とが
【姉妹縁組】を 結び、

中国からは 寛旭管長をはじめ 宗教局長が
調印に こられてから もう10年を越す。

中国共産党は 宗教局の 下に 各 管長職がある。
わたしたちが 想像を絶する 権力を持っているんだね。

最初は お互いに 言葉もわからず
ギクシャクした時間が 流れたが
2日たち 1週間過ぎると 10年来の知己のようになった。

これは はっきりと 言える。

お互いに
宗教局だの 青龍寺だの 大観音だのという
大きな 笠を 脱いだからだ。

政府高官も 貧寺の1僧侶も 貴賤もとわない
真の友情に 心も溶けてきたのだろう。

住職が
青龍寺 管長のともで修行させて頂いたときも
親代わりとして 面倒みて頂いたし

管長が 【大興禅寺】という 中国でも
飛びっきり大きく有名な寺の 管長として
兼務なさり お祝いに 上がったときには

出張先の チベットから わざわざ 帰ってこられて
逆に 恐縮をした。



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今日の テーマ
【 心のない お金持ちよりも
暖かい心を 持っている 貧乏の方の方が いい】

日が 過ぎてゆくと いろんなものが 変化する。

歳をとり 病気になって 死んでゆく。

世の中は 娘が嫁と 花咲いて
カカと 萎んで ババと 散りゆく

美しかった花も いつの日か 様相を かえる。

そして 1番 怖くて 悲しいのは
わたしたちの 【心】である。

友人の 有名な歌手の方が 最近 呟かれた。

『大ヒットしたときと 一段落したときの
ギャップの差は 嫌という程 体験したが、

離婚したときは
いままで 無二の兄弟と 思っていた人まで
去って行った。

辛く 悲しい 現実ですね』と。

【 色即是空 】

友人は 多いに 越したことはない。

中身のない 離合集散する友人が100人居るよりも
永劫に心 変わらない 【真の友】が 1人 いる方が
余程 素晴らしいことでは ないだろうか。
合掌

【 イスラム教では 全ての所有物は 神の物であって それを借りているだけだ と】




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仏教の祖国である スリランカ 国立仏歯寺や
空海が 遣唐使の1人として 入唐し 真言密教を学んだ
中国 西安 青龍寺と 日本で ただ 1ヶ寺、
【友好 姉妹寺院】を 結んでいる関係で

そちらの 寺院へお参りすることが
多くなった。

流石に 管長猊下は 町に出てきて
一緒に 会食したことは 1度もないが
大臣や 宗教局長たちが 豪華絢爛な
その町々の レストランに 案内して くれる。

『へいへい』と、お付き合い させて頂く
わたしたち 日本の僧侶が 1番 堕落しているのだろう。

そんな時、我ながら 浅ましいと 思うね。

1流の アルコールを いただき
とびっきりの 料理を出してくださっているのは
よく よく理解しているのだ。

しかし 豪華な料理に 舌鼓して
口が とろけ 心から酔いしれるような
美酒に 浸りながら
つい、隣のテーブルに 目がいく。

『この テーブルには 乗ってないが
あれは なんだ ?
とても 美味しそうだ』

いやらしくも 隣の料理を 舐めまわすようにみて
妬ましく 思っているのだ。



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残念ながら まだ1度も 行ったことはないが
トルコには 【イビル アイ 】というl
ペンダントが あるそうだ。

[災いの 目] と いう意味で
[その ペンダントで みられると 災いが おこる]
そんな ものらしい。

アラビア語で 目のことを[ アイン ] というが
同時に 【ねたみ 】という意味にも なる。

隣の芝生は青い 隣の花は赤いで
羨望の眼差しで みていると
見られたものを 持っている人は 不幸に なる。

ー イスラム教 ー

全ての 所有物は 神のものである。

わたしたちは 神の 所有物を一時、
借りているだけである。

そして 神に 使用権があり わたしたちには 無いのだ。

したがって 自分が 神より借りているものを
( ジェラシー)で 欲しがっている人がいると
それは 欲しがっている人に 与えるべきだ と解く。

今、わたしは それを聞いて 思う。

わたしたちは もう少し
他人の 所有物に対して 無関心になったほうが
良いのではないかと。

どんな 素敵なお家を 拝見しようが
艶やかな ドレスをみようが
それは 神が その人に
一時的に預けているものだから
わたしとは なんの 関わりも ないのだ。

わたしは わたしの 必要なものを
神から お借りすることが できるのだから。
合掌



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【 頑張れ ! と 声援を貰ったとき プレッシャーになる】




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秋 真っ盛りに 孫の運動会があった。

『頑張って 1等賞を とっておいでよ』
『わかった~。頑張る』

何気ない会話で 送り出す。

病気の お見舞いに行く。

病魔が あちこちに転移して 手遅れだったようだ。
しかし 意識だけは しっかりしている。

帰りぎわに『 頑張って くださいね』と
手を取ると 眼に 一杯 涙を溜めて
強く 握りかえしてきた。

ほっと 一息ついたとき、
一緒に お見舞いに行った 家内が ポツリといった。

『もう一度、
お元気を快復できるのでしたら ともかくも
本人が 明日の日も分からないと知っている時、
頑張ってくださいは 可笑しいのではありませんか?』

『えっ ? 』


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【 がんばる 】

日常茶飯事に 使っていて
意味も分かっているはずだが
もう一度、辞書を ひいてみよう。

⚫︎目標を 高いところに置いて 切磋琢磨する。

⚫︎困難に めげないで 我慢してやり抜く。

⚫︎自分の考えや 意思を 何処までも 通そうとする。

⚫︎ある場所を占めて 動かないでいる。

江戸時代では 【眼張る】で 眼を見張る、見張るで
一定の場所を 動かないこと。

【 我を 張る】で
自分の 我を 押し通すことである。

1つ 1つ 上から 目を通してみる。

常に 高い目標を掲げて それに向かって邁進する。
どんな 苦労があろうが 常にそれに打ち勝って
やり通す。
国会、政府のように ブレないで
信念をもって 意思を貫く。
お相撲さんの横綱のように
不動の地は 決して 明け渡すことなく精進する。

どれを取っても 大変な事だ。

これを 強要する言葉は 如何なものか ?



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『頑張れ ! 頑張れ ! 』

声援と 共に 激励に応えようと
ひたむきに はしる。

一生懸命 直向きに走っていることは
素晴らしいことで 見上げたものだが

一体 何処に向かって どういう意味をもって
走ったあとに どんな成果があるかを
知ったうえで 走らなければならない。

明日の日も 分からない重病人に叱咤激励する。

何等賞を 貰ってくるか 分からない人に
『1等賞を 取ってきなさい 』と。

激励を 受けた方は 『勝たねば ならない』という
【煩悩】によって 苦集滅道の 【 苦 】を生じる。

所謂、プレッシャーが 出るのだ。

『 がんばらない 』

お互い 手をとりあって
助け合いながら ゆっくり行こうよ。
合掌

【 諦諦 波羅諦諦 菩提薩婆訶 般若心経:みんなで しあわせの国へ 行こう】


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街を 歩いていると
どの店も どの店も クリスマスソングと共に
バーゲンセールが 繰りひろげられている。

蜜の 周りには 蟻たちが 群がり 黒山の人だかり、
まさに 戦場だ。

どのひとも どの人も 手当たり次第に
商品を ゲットする ( 奪い合う ) のだが
ほんとうに それらの全てが 必要なのだろうかと
首を 傾げる。

真に【 欲望 】の 赴くままだ。

洋服などは 買い求めただけで
1度も 手を通さないままに
終わってしまうのが かなり 有るのではなかろうか。

それでも 欲しい。
隣の人を 押しのけてでも。



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【砂上の 楼閣】という 言葉がある。

今建立中の 小豆島霊場 子安観音寺の 本堂再建も
2mも 地中を掘り 基礎をしっかりと固めた上に
ご本堂が 乗っかっている。

砂上の楼閣とは 見掛けは立派だが
基礎が しっかりしていないが ために
長期間 維持できない 物事のたとえ。

また 現実できない ものの例えでも ある。

豊臣秀吉は 長良川西岸に
墨俣城 ( すのまたじょう ) という 一夜城を造った。

敵側からみると 一夜のうちに 威風堂々とした
城が 現れたみにだから 驚いただろう。

しかし 事実は 張りぼての 城なのだ。


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《 欲上の 楼閣 》

そして 我が資本主義社会も 人間の飽くことのない
欲望の 上にある。

我が社会は【欲望】という 砂上に
立っているのだ。

競争社会では 【勝ち組】【負け組】に 二分化される。

負け組、お金に 縁がない人たちは
購買能力が ないので 消費が伸びず
資本主義は 行きずまりを 見せている。

友人や 仲間を 蹴落としてでも
自分 1人だけが しあわせに なりたい。
つまり 勝負に勝ちたいといった 欲望が
本当に あったのだろうか。

釈迦は みんなで一緒に しあわせになりたいと
思うのが 人間本来の 欲望だと 教えてくれる。

【般若心経】の 1番最後の 経だ。

《諦諦 諦諦 波羅諦諦 菩提薩婆訶 般若心経》

行こう いこう
みんなで 行こう。
しあわせに なれる 国へ。
合掌



【 足るを 知る 心を もつ 】




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南極の タロとジロの話は みなさんも
覚えているだろう。

昭和31年 第一次南極観測隊と 同行した
15匹の 樺太犬は 第二次観測隊の越冬 不成立により
鎖に 繋がれたまま 厳寒の地で 置き去りにされた。

残して帰った 隊員たちの心の葛藤がはじまる。

8匹が 鎖を切って 自由の身となり
7匹が 飲まず食わずで 繋がれたまま
1ヶ月後に 力尽きた。

1年後に 第三次観測隊が 昭和基地に入ったところ
鎖を離れた 8匹のいち タロと ジロの
2匹だけの 生存を 確認した。

アザラシや ペンギンを食したとの説があるが
どうやら クラックという 氷の裂け目の
魚を 食べて生き抜いてきたらしい。

ここで 重要なのは

取り残された 樺太犬たちは
有り余るほどの 餌が目の前にあっても
今日 食するのも以外は 取らなかった。

我らは それで 満足だった。

わたしたちを 振り返ってみよう。

きっと 持っても帰れない 余分なものまで
両手に 一杯 溜め込んで

これは 不味い。
持って帰りたいが 置いて帰る以外は ない。
もっと もっと 欲しいと

不平不満で 決して満足できないだろう。


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舌切り雀の お話で 雀がおじいさんに
大きなつづらと 小さな つづらを 出したとき
『わたしは 年寄りだから』と 小さなつづらを貰った。

すると 中には 宝物が入っていた。

欲張りのお婆さんは 大きな つづらを貰いました。
すると その中には 化け物が入っていました。

ところで
『お婆さんが 小さなつづらを 選んでいたら
その中には なにが 入っていたでしょう? 』

大抵の人が
『元来 欲張りな人だから
やはり 化け物が 出てくるでしょう』
という。

そうでは ありません。

大きな つづらも 小さなつづらも
どちらも同じように 宝物が入っていたのです。

宝物が 化け物に見えたのは
『もっと 良いものが 欲しい』
『もっと たくさん 欲しい』
と、欲張ったからだ。

欲張れば どんなに素晴らしい宝物を 貰っても
価値のない 化け物に なってしまうのだ。



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《 小欲知足 》

あなたの 欲望を ちょっと 少なくしなさい。
そして 満足する 心を もちなさい。
そうすれば きっと しあわせに なれるよ。

わたしたちは 欲望が満たされると
( 欲しい ものが 我が手に はいると )
しあわせに なれると 思っている。

しかし そうではありません。

欲望が 充足されると また 次の欲望が膨らんでくる。

お財布の中に 入っている お金もそうだね。
思っていただけ お財布が 破けるほどいれても
まだ 欲しくなる。

そして それが 手にはいつまで
不平が つのり 悶々とした 毎日をおくるのだ。

舌切り雀の お婆さんは
素晴らしい 宝石の山を貰っても
しあわせには なれなかった。

彼女が しあわせに なるためには
足るをしり 欲を少なくし
雀への 感謝の気持ちを もち

自分に 貰った宝物で満足するだけでなく
困った人をみると 施しをする。

そのとき はじめて
しあわせを 感じることが出来るのだ。
合掌





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【 恩愛 : おんない 】



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ニュージーランドから 友人がきた。

スリランカの方で 同国の人と 結婚し
今は ニュージーランドで 銀行の管理職だ。

長期休暇を 利用して
22歳になる長男と 15歳の娘さん、
3人の旅だ。

異国の人間が 管理職まで上りつめるには
言うに言えない ご苦労と努力が あったのだろうね。

子供たちに『何に なりたいの ? 』と 聞くと
2人とも『医者』のコースを歩いているそうだ。

母親に似て 美男 美女で 聡明な子供さんたちだ。

彼女は 一等書記官の伯父の紹介で
25年前に 小豆島のお寺に 手伝いにきた。

丁度、小豆島大観音建立の 時期で
寺も 忙しかったし 活気もあった。

こちらは 英語がお話しできず
彼女は 日本語がわからずで
最初は お互いに大変だった。

お互いに 言葉を勉強し合いましょうと
ディナーは 家族と一緒に 頂いた。

ところが わたしが 英語を覚えるよりも
彼女が 日本語を マスターしてしまって
最初の 目論見は 露と消えた。

何年かして
彼女は 母国に帰っていった。



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それから 25年。

彼女は 結婚し 子供に恵まれ
異国の ニュージーランドに 移り住んだ。

そして その25年間、
わたしの 誕生日には 必ず 電話がかかってくるのだ。

その間、1度として かかってこなかった事はない。

わたしたちの 友情も 別れたきりだったら
3年経ち 5年間経つほど
薄紙を 剥がすがごとく 薄れてくるものだ。

【 恩愛 : おんない 】

彼女は いう。

『遠く 離れていようと お互いに歳をとろうと
わたしは あなた方を 生涯の 両親だと思っています。

今回の旅は イギリス、フランス、スペイン、アメリカ、
カナダと 計画していますが、
両親のいる 日本に 小豆島に 1番に 来ました』

子供は いつまで経っても
親から受けた 【 恩 】は 忘れては いけないと
彼女は いう。

根底にある 誰にでも行きわたる
その 優しい心が 彼女を 管理職まで
押し上げたのか しれないね。



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【 父母恩重経 】と いうお経が ある。

前の 薬師寺の管長である 高田好胤 猊下も
生前は このお話を よくされていた。

【 この母、子に 乳を含ますに
百八十 斛を もってす 】


お母さんは
我が子が 産声をあげて 乳離れするまでに
百八十斛の 乳を 与える。

その 恩愛を 受けて
わたしたちは すくすくと 成長するこちが
できたのだ。

1升瓶は 1.8 ℓ。
1石は 180ℓ だから 1升瓶で 100本分。

それが 180石だから
母親が 愛し子にあたえる母乳は
1升瓶 3万本以上と いうことになる。

お母さんの 2つの乳房からでる 母乳は
母の 体温とともに
慈愛にみちた 眼差しに 見守られ

『大きくなれ』『賢い 子になれ』
『慈悲心の ある 優しい子になれ』

そんな 願いが こめられている。

わたしたちは 両親から 慈愛をいただき
今度は 我が子に それを 伝えていく。

素晴らしいね。

そして 【喉元過ぎれば熱さを忘れる】
人間を みると 悲しくなるね。

彼女たち 滞在の間、
立派な 父親として 振る舞い
喜んで 帰ってもらおうと 思っている。
合掌

【 報恩 感謝 】







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小豆島霊場 第80番札所 子安観音寺において
【 報恩感謝 】の 柴燈大護摩が 厳修された。

今年 1年 健康で しあわせな日暮らしを
させて頂いたことに 感謝をし
また 新たなる年の お祈りをするのだ。

大小 2壇の 炉が組まれ
1方には 添え護摩を
他方には 1年間 受けてきた 古札類を お入れする。

住職の 挨拶の中で
ここに 参集の善男子全女人が 共に
健康で 参拝できた しあわせを よろこび

子安観音寺の 本堂 再建にあっては
皆さんの 慈悲心と 勧進の心があってこそだ。

来年の 10月には 落慶法要を 計画しているので
共に 目標に向かって 頑張っていきましょうと
お礼と決意を 述べた。

[知恩]とは 恩を 知る心を持つこと。

[報恩] とは 恩に 報いることだ。

[感謝] とは ありがたいと言う 心を表すこと。

【 報恩感謝 】 とは
恩を 受けて 感謝に絶えない。
是非とも この恩に 報いたい。
(恩返しが したい)




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空海は 【性霊集】の 中で このように諭される。

【 法界は すべて 四恩なり 】

【われ 四恩の広徳、高徳に 報謝せんのみ 】

自分の 行為や 心の動きや 口の動きは
ただただ 四恩の 広徳 高徳に 報いようと
するための ものであると 強調している。

わたしたちが 【 恩 】を 知り、
その 恩に報う 行動をすることを
徹底的に 諭しているのだ。

わたしたちは お金さえだせば
じっと していても
欲しいものは なんでも 手に入ります。

お肉に お魚、五穀に お野菜、
食料品だけ 考えても 山海の珍味が
なんでも 手に入れることができる。

その 裏では それぞれの 方達が
血の出るような ご苦労を なさっている。

この世に 存在する ありとあらゆる 物に
依存して 生かさせて頂いて いるのだ。

少し お肉が 硬かったり 野菜が 変形していたら
我が物顔で 不平不満を 申す。

空海は ありと あらゆる物に
感謝をしなさいという。

ここまでは 【 報恩 】だ。

【 感謝 】は それを よろこび
お返しを しなさいよと いっているのだ。

お互いが 寄り添い 助け合い
思い遣りの 心をもって 絆を 深めていく。

素晴らしいね。

1人で 大きくなって 1人で 成功したと
心から 思っている人は 哀れだね。
合掌


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【イエスは 2尾の魚と 5つのパンを 5000人の 信者に 分け与えた】





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孫たちが 1杯の ジュースに
ストローを 2本入れて 飲んでいる。

どちらも 嬉しそうで
なんの 不平不満もない。

この 様子をみていて ひろ さちや先生の
般若心経の【不増不減 】の 説話を思い出した。

兄弟が ジュースを 飲んでいる。

兄が 弟に 申す。
『兄ちゃんは 後で飲むから
君が 好きなだけ 飲めばいいよ』

『ありがとう。じゃあ 半分飲むね』

ところが 弟は 悪気なしに
半分以上 飲み干してしまった。

『いいよ いいよ。
この 残った分、兄ちゃんが いただくから』

2人は なんの不平不満もなく
1杯の ジュースを 飲み干した。

1杯の ジュースを求めて
喧嘩 するのも いがみ合うのも 美味しく頂くのも
わたしたちの 心の持ち方しだいだ。



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大きな ヤシの実を 頂いた。

孫たちが 1個の ヤシの実に
ストローを 2本 突きさして
美味しそうに 飲んでいる。

『ジジ、これだったら
誰が どれだけ飲んだかは 分からないよ』

成る程。
グラスが 透けているから 目分量で
多い 少ないが 分かるのだ。

心の 広い人は それで 良いのだが
それが 原因で 喧嘩のもとになる。

ところが グラスの分量が
覆い隠されていたならば
頂いた 分量は 分からない。

【不増不減】とは
もともと 分量なんて わたしたちの
心が 多いだ 少ないのだと 思っているだけで
考えかた 1つで 多くも少なくも ないんだよ。

そのように 言っている。

今の 日本は 競争原理が 支配している。

サル山の 大将は パンを 両手に
5個も 6個も 抱えていて
弱者は 1個の パンにさえ ありつけない状態だ。

それらの パンを 困っている人に
平等に 分け与える。

【1杯の かけそば】は そのことを
言っているのだ。
合掌



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【あなたは 人の為に 身体を張って 死ぬことが できますか?】





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母が この世を去ったのは
今から 37年前の 黄興と輝る 満月の夜だった。

肝臓を患っていた 数え年 63歳の母は
岡山病院から 地元の病院に帰って来て
ちょうど 1週間目だった。

苦痛の中で
母は 『義姉を枕元に呼んでくれ』と せがんだ。
義理の姉が 駆けつけると
今度は 義姉の 主人である 『実兄を』と いう。

母は 臨終に際しても
実兄よりも 義姉を 優先した。

病気で 自宅養生をしていた 実兄も
病気を おして枕元に 駆けつけたとき
託した言葉は 『息子を 頼む』だった。

手を 取り合うのではなく
両手を 首にまきつけ 取りすがるように
何度も 何度も バカ息子の行く末を 願った。

それを一期として こと切れた。

美しい 死に顔だった。
母は 長い苦痛から やっと解放され
お浄土に 旅立ったのだ。

母は 生前に このような事を よく口にしていた。

『わたしが 生涯で 1番 嬉しかったことは
生まれたての あなたが
わたしの横で 大声で産声を あげたとき。

理屈では 言い表せない
無条件に この両手で かき抱きたい。

そんな よろこび でした』

そして その後で このような事を
付け加えた。

『もしも この子に 一大事が起きたときは、
火のなか 水のなかに 飛び込んでも
必ず 救いだすでしょう』

我が 命を 差し出すと いうのだ。



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新約聖書 【ヨハネによる 福音書】の なかで
イエスは このように 諭れてれいる。

【わたしの いましめは 今から申すことである。

わたしが あなた方を 愛し続けているように
あなた方も お互いに 想い愛し 愛し合いなさい。

人が その友人の為に 自分の命を 捨てること、
これよりも 大きな《 愛 》は ない。

あなた方が わたしの 申したことを実行するならば
あなた方は 掛け替えのない わたしの 友である』

イエスの お教えを 聞いて 頭を過ったのは
まだ 大人になり切っていない 鬼父や 鬼母が
愛し子を 虐待するだけでなく
死にまで 至らされている 現実のなか、

プラットフォームに 落ちた 人間を救おうと
自ら 飛び込んで 自分が犠牲になった
外国人の 青年の ことだった。

隣国で 多勢の高校生を載せた 豪華客船が
沈没したことは まだ記憶に 新しいが
大切な人命を 犠牲にしてでも我が身を守った
船員さんの 裁判が話題をよんでいる。




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あなたは 我が 身体をはって
助けたいと 心から思う人間が
愛し子、家族を含めて 何人いますか?

従業員が 瀕死の際、自分が 成り代わって
助けることが できますか?

友人が 助けを求めているときに、
逃げづに 愛の手を 差し伸べることが
できますか?

それが 出来会う人間のことを
【真の 友】という。

そして 真の友が 1人でも 多い人間が
本当の しあわせな 人間であることは
言うまでも ない。

そして イエスは【福音書】の 中で いう。

家族や 真の友に 手を 差し出すのは 当たり前。
見知らぬ人でも 困っている人を 見たとき
助け起こす心。

これが 【真の 愛】である、と。
合掌

【 天気が いい日は 嬉しい。しかし 雨天も また 生成り 】






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もう晩秋ではない。

立冬 小雪と既に 経過して
大雪 冬至を 迎えようとしている。

紅葉の 1番 美しい季節だ。

我が 小豆島でも 寒霞渓の
箱庭の 紅葉狩りを 楽しもうと
連日 観光バスが 数珠つなぎにフェリーを 降りる。

紅葉狩りとか 満開の桜の木のしたで
花見の 宴を開くときは
やっぱり お天気のほうが いいね。

わたしには 勿論、縁が なかったけれど
アラン ドロンの {太陽がいっぱい] の 映画のように
太陽の光が 燦々と降り注ぐ ヨットの中で
愛を 語る そのときも
やはり お天気の 方が いい。

一方、都々逸の [春雨 ] に

春雨に しっぽり ぬるる うぐひすの
羽風に 匂う 梅が香や
花に たわむれ しおらしや…

と、あるように 四畳半で しっぽりと
時を 過ごすときには 小雨が 降っていた方が いい。

突き抜けるように 空高く 晴れ渡った
そんな 景色も 素晴らしいが
煙雨に 煙る 景色だって
オツなもので これまた 捨てたものでは ない。



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ー 雨の日は 雨を よろこぼう ー

ー 晴れの日は 晴れに 感謝しよう ー

グローバルに 考えて
日本経済だけでなく 世界の 経済が
破綻に 瀕している。

先進国だけでなく 怒涛のごとく
経済大国に のし上がった 大国も
もはや バブル期に 入ったのではという
声も 聞こえる。

日本も バブルのときは 凄かったね。

株価が 1日で 高乱下し
人々は 狂乱した。

お祭り おわって 日がくれて…
2年に 1度 買い替えて居た高級乗用車も
小型車に かわった。

億ションが マンションに 戻り
ブランド商品が 安価な求めやすいものに
変わった。

消費税 アップの 追い打ちも くる。

2年後の 国民の生活ぶりが どうかでなく
良くても わるくても 上がるのだ。

わたしたちの 毎日の 暮らしの中にも
雨の日も あれば 天気のひも ある。

雨の日は 雨の日として よろこび
お天気の日は そのように 楽しむ。

そのような 広い心が 必要ではないのだろうか?

僅かなことに 一喜一憂して
朝から 晩まで ブツブツ 不平不満を
いうような人生は 早く 終わらせたいものだね。
合掌








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【今の 自分が 最高である。あるがままの 自分を 大切に 】




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お葬式があり
住職が 1人静かに お道具を 書いている。

1つの寺に リーダーは 2人もいらないので
全て 住職中心に まわっている。

当然 それで いいのだ。

しかし 住職は 目の回る忙しさの中、
わたしは 空虚な毎日を 送っている。

何をしていいか することが
分からないのだ。

30歳で 約 2キロの バス道をつけ
【 小豆島霊場 病気封呪道場 山ノ観音】
本堂を 再建してから
昭和55年から 土地の 1枚から 求めて
平成6年に お開眼をした【小豆島大観音】完成まで
本当に よく働かせて貰った。

昭和49年に 先代より 住職を拝命したときから
生涯の シミュレーションを 描いていたんだろうね。

なにもか
皆さんの お陰で 思いを 成就することができ
大喜びのうちに わたしの 本厄を 一期として
今の 住職と 新旧 交代をした。


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懸命に 勉強して 一流大学に 合格したものの
1日も 登校そることなく
退学する学生が いるそうだ。

おなじく 一流企業に入社して
これも 1日も 出社しないずくで
退職する 人がいる。

わたしたちは 多かれ 少なかれ
この人たちの ようなことを
してないだろうか ?

朝から晩まで 会社の 御ためと粉骨砕身 働いて
定年退職で ありがとうと 肩を叩かれた途端、
何をしていいのか 分からなくなる
サラリーマン。

わたしたちは 幼少のころから
目的 目標を 持てといって 育ってきた。

一流大学に 入り 一流企業に入社。
入ったら 入ったで エリート社員に
ならねば ならない。

そして 卒業と ともに
目的を 失ってしまうのだ。



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わたしの 尊敬する ひろ さちや先生は
目的 目標を もつなと 警鐘を鳴らす。

今の わたしたちは きっと 自分の設定した
目的 目標に 達することができなかっただろう。

もっと もっと 努力して
それに近づけなければと ジレンマが できる。

他人が その 目的 目標に 近づいたり
追い越したりすると 嫉妬心が生まれる。

お相撲さんの 優勝回数で
今回 歴代 1位の 大横綱と ならんだね。

涙の 優勝会見には わたしも
胸を 締め付けられたが
果たして 追いつかれたり 追い越されたりすると
強い ジェラシーを 持つだろうね。

わたしたちは 人生に 目的や 目標を
設定しては ならないのだ。

そして 現在の あるがままの 自分を
大切に すべきでは なかろうか?
合掌


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【悪魔も 鬼も蛇も わたしたちの 心の中に 潜んでいる】






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今日は 【悪魔 】という テーマで
話を したいと おもう。

世界中を みても
いろんな鬼や悪魔がいるね。

わたしが 膵臓を患ってから
かれこれ 7年目を迎えようとしている。

『アルコールを 飲めば 絶対に死ぬぞ』

医者から 固く止められていた禁酒を
解禁したのは 発病して 3年目だった。

あの、恐る恐る 呑んだ【梅酒】
美味しかったなー。

『これぐらいなら 大丈夫だろう。
1杯だけだから きっと 許されるだろう』

これが 悪魔の 誘惑なのだ。

最初は 小さな誘惑だが
それに負けると 取り返しのつかない
ぬかるみに 入ってしまう。

善悪の 判断をもくもらせ
知らず知らずのうちに
わたしたちを 悪の道にと 誘惑する。

1杯の 梅酒が 瞬く間に 酒豪に返り咲いた。
しかし 飲めば 激痛がはしる。



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最近は ハロウィンなんかで
仮装した 鬼や悪魔たちは とても可愛いけれど
本来の 鬼は 地獄絵図なんか みても
本当に 怖いね。

じつは 釈迦も修行中に 悪魔に苛まれた。

6年の 苦行の中、心身とも朽ち果て
尼連禅河という川の畔を 彷徨っていたとき、
スジャータという 娘から 乳粥を 頂いた。

苦行するのみが わたしたちの生きる道ではない。
【済世利人】困っている人が いたならば
愛の手を 差し出さなければ ならない。

菩提樹の 木の元で 静かに座禅を組んでいると
ありとあらゆる 悪魔の大群が
修行の座から 追い出そうと攻めてきた。

その中の 1部は 大勢の美女に かしづかれて
飲み放題 食い放題 目の前は 山海の珍味。
そんな ものを 想像すれば 良いだろう。

釈迦は 勇気をもって それらの 全てを撃退た。

その瞬間、静かに【悟り】を得、如来となった。

つまり 釈迦を 襲ってきたのは
【煩悩】であって わたしたち凡人が
抱き続ける 妄想だ。

お城のような 豪邸にすみ
金は 湯水のごとくある。
欲しいものは なんでも 手にはいり
美女に 囲まれながら 贅沢三昧をする。

みんな やってみたいよね。

それを 釈迦は ピシャリと 断ち切ったのだ。



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物事は すべて 移り変わる。
【栄枯盛衰】
昨夜の 大金持ちが 今日の 乞食であり
昨日の 青年が 今の 年寄りである。

生まれれば 死んでゆくのが 定め。

わたしたちは 縁起の真理を あきらかに見つめ
この 道理に従って 精一杯 無駄なく 生き、
静かに 老い、しづかに 去るべきである。

そのように 悟られたんだね。

【それ 仏法 遥かにあらず。
心中にして すなはち 近し】

空海の お諭しだが 青い鳥をさがして
世界中を 歩き回ったが どこにも居なかった。

ふと 気がついてみると
青い鳥は わたしの 心の中に いた。

それと 同じで 鬼も 蛇も そして悪魔も
わたしたちの 心の中に いるんだ。

心 1つによって 煩悩を 追い続けるか
煩悩を 脱して 悪魔退治をするかは
あなたの 考え方次第だ。
合掌
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【 常識と 非常識 】



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【大本山 小豆島大観音】では
大観音奉賛会の 一大イベントとして
【夏季大学】を 開催している。

高野山でいう【安居会】で、
大観音は その小規模なもので
有名人 お一人と 有名布教師に 講話をして
いただく。

現在、本坊の 子安観音寺で 本堂の再建が
進んでいるなか、流石に 今年だけは
取り止めに させていただくことに なるだろう。

20年の 夏季大学で 記憶にのこる
面白い出来事が あった。

前乗りといって 前日から 来られている
講師の 先生方は 奉賛会の会長さんとともに
精一杯の おもてなしを させていただく。

丁度、その先生の ときだけ どうしても
都合がつかず 寺で おもてなしを
することに なった。

『失礼な ことを した』

常に そう 思っていたのだ。
ところが 仕事で 上京することがあり
その場で その先生と バッタリ 出会った。



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『法主 さまー』

遠くから わたしを見つけて
飛んできて 手を取ってくださった。

『 先生、夏季大学には ありがとうございました』

ところが 先生の 口からは
意外な言葉が 飛び出してきた。

「いえいえ、わたしのような ものを
お寺まで よんで 歓待していただいて。

一流料亭や 寿司屋の接待は
慣れっこに なっていますが
庫裏での おもてなしは 凛として背筋がのび
嬉しくって 忘れることが できませんでした」

常に 失礼した 失礼したと 思っていたが
目から鱗が落ちるとは このような事を
いうのだろうか?

わたしの 顔に 虹がさしはじめた。


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わたしたちの 行動を 考えても

自分が したことは【正しい】くて
他人 ( ひと ) が したことは【おかしい】と
思っている。

しかし 他人から みれば
他人が したことが【正しい】くて
わたしが したことが 【おかしい】のだ。

今回は 【自分に 非が ある】と 思っていたことが
あいては 【 是 】として とらえ
喜んで くださったのだ。

料亭で 接待するのが あたりまえで
それで 十二分な 接待ができたのだと
勝手に 喜び 満足をしていたのは 自分だけで

相手は 寺にも 招待されず
始めてきた 料亭で よそよそしい接待を 受けたと
腹の中で怒っていたかも わからない。

みなさんも 自分では 【正しい】と
胸を 張って 行ったことが
相手から みると 【おかしく】
みられているかも しれないよ。

もう一度、一枚の 紙を 裏返して
覗いてみる 必要が あるかもしれないね。
合掌

【 天上天下 唯我独尊 : 釈迦の 教え】




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先日 友人の弟が 寺にこられた。

うちの ものが それぞれに 言う。

『お兄さんの ほうが 若々しく 見えますね』

それも その筈、幼少のおりから
学力優秀、スポーツ万能、眉目秀麗
三拍子 揃ったのは 彼のことで
女の子だけでなく 男子からも憧れの的だった。

しかし 現在に至るまで
彼は そんなことで 自慢したことは 一切 ない。

わたしは レギュラーにも なれなかったが
学生時代に 少し 野球をしたことがある。

野球を やっている人からみれば
驚くべき 貧投だが やってない人と 比較すると
遠投には 自信があった。

学校は 違うけれど 同い年の子が いた。
彼は 義務教育しか 勉強していない。

まだ 現役だった わたしは
絶対に わたしのほうが 遠投できる。

自信満々に 投げるのだが
何度投げても 彼の投げたところには 届かない。

[ 読み書き ]の 競争も した。

ところが 読んでも 書いても
彼のほうが 数段 上だった。

今なら 殆ど 忘れている漢字が
当時は 現役学生でもあり
自信もあり 自惚れもあった。

『学歴や 地位で その人を 判断しようとするが
その 考えのほうが 間違っている』

彼は それらを なんら自慢をしなかっが、
自信をもって ポツリといった。

『僕に 勝てる人は たいしたものですよ』


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《 天上天下 唯我独尊 》

釈迦は 生まれた途端に 7歩 お歩きになり
右手で 天を指し 左指で 地を指して
天上天下唯我独尊 といった。

直訳すると
この世で 1番 優れていつのは この わたしである。
なぜなら 自分といった 存在は
この世に 1人しかいないから。

若き日、これを 見聞きしたときに
失礼にも なんと【自己中心的】【傍若無人】と思った。

しかしよく 考えてみると こうだ。

この世の中で みんな それぞれに
お互いの 自分というのは かけがえのない存在であり
かけがえのない 尊い命である。

人間の 命の尊さは 能力、地位、名誉、財産等の
有無を超えて そのままで 尊い。

逆を いうと わたしたちは 真の能力も分からず
学歴や 地位や 貴賎で その人を みてしまう。

学校を 出して頂いた わたしよりも
義務教育を 卒業した彼のほうが
何かにつけて 優れていたことを 考えれば
納得が いく。

釈迦が 言ったように

金持ちであろうが 貧乏人であろうが
この世の中に 唯一無二の
かけがえのない自分をいう存在が
1番 尊いのだということに 目覚めると

つまらないことで 他人と比較して
優越感に 浸ったり
劣等感で苛まれる身のでも ない。

威張らないで 尻込みしないで
ありのままの 自分を出せば それで良いのだ。
合掌


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【本当の 自由とは ? 自分に 依って生きる】






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先日 中国 西安から 友人が来られた。

友人といっても アメリカ 元大統領とも
お友達であるといった VIP なのだが。

寺で 質素な 歓迎パーティーを開いた。

お互いの 再会を讃えあった挨拶をしたあと、
乾杯の 発声が 満座に響き渡った。

しかし 彼らは 乾杯の強要はしない。

誰が いつ 何を どのように飲もうが
好きなときに 好きなだけ飲めば いいのだ。

中国で パーティーを 開いていただくと
【乾杯】で あろうが【ズイ】で あろうが
飲み干して 空になった容器を
相手に 見せるのが マナーとなっている。

日本でも 法事の後の お斎の席で
必ず 杯を いただく。

それを 飲み干してから 返杯をしなくては
ならないのだ。

よく見ると その 杯には
持ってきた人の 食べ残りが浮き沈みしていたり
ひどい時には 杯の 淵に ベッタリとついている。

安心して 好きなときに 好きなだけ いただける。

中国の 友人の パーティーは
心から 楽しい宴と なった。




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久しぶりに 孫たちと一緒に 食堂にいく。

『わたしは パスター』

『わたしは カレーライス』

『わたしは おうどん』

大張り切りで 好みのものを注文する、

『みんな バラバラだね。
同じものを 注文すると、
作る人も 手間が かからないだろうに』

冗談を いったつもりだが
ママが 本気で 反論してくる。

『あらっ !
それは 子供の主体性に 任せた方がいいのでは?』

【 主体性 】

自由というものは 物事の判断を
[ 自分に 依る ]
事であって それが主体性である。

わたしは これを 食べます。
これを 飲みますと、自分できめるのだ。

引いては

『わたしは この 学校に 進学します』

『この 会社に 就職します』

『この 人と 結婚します』

『この 病院に 入院します』

全て 自分が きめるのだ。

お酌に来て 杯を 交わすのも
おもてなしの 伝統と 文化としても

フランス料理の ように
好きなときに 好きなだけ いただける
【自由】を 与えていただければ
これに 勝る しあわせは ないだろう。

合掌





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【 滅私奉公 :私を 滅して 公に 奉ずる 】




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ギリシャの プラトンがこのように教える。

【 大切にしなければ ならないのは
ただ 生きるということでは なくて
よく 生きるということなのだ】

《 光陰 矢の如し 》

弓から 離れた矢のように あっというまに
過ぎ去ってしまう。

過ぎ去った時間は 二度と帰ってこないから
この 今という時間を 大切にしよう。

プラトンが 言うように
生きるだけなら 生を受けた以上、
誰でも 生きることは 可能だ。

そうではなしに アッと 過ぎ去ってしまう
大切な時間を 臨終を前にして

『しまった しくじった。
あれも しておけばよかった。
こうも しておけばよかった』

そんな 事に ならないように
1日 1日、有意義な日を 過ごしましょう。

そのような 教えなのだ。



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《 滅私奉公 》

このような 四字熟語が ある。
文字が 示すように 私を 滅して 公に 奉じるだ。

つまり 私利私欲を おさえて
国家や 社会、世間等に 奉仕することをいう。

直ぐに 国家のため 富国強兵 軍隊 招集 戦争 死亡…

個人主義の 対極の思想は 自己犠牲であると、
連想してしまうのだが そうではない。

滅私奉公とは 【布施行】の 実践なのだ。

大阪の 【船場商人】の 滅私奉公とは こうだ。

『長年 培われてきた 素晴らしい《精神の 磨き》』

丁稚は 献身的に 主人や お客さんに 仕え
見返りを 期待せず 修行の一環として働く。

自らの 金銭的 物質的 欲望を期待せぬように
しつけられてきた。

愈々 暖簾分けして 頂くときは
商いの 全てを マスターしたど同時に
【滅私奉公】
世にため 人のために 尽くす慈悲心と、
少々のことでは 動じない
屈強な 身体と 精神を 養うことが できた。

わたしたちは 【滅私奉公】が できているだろうか?

留まることも 帰ってくることのない
大切な 時間。

有意義に 使っているかなあ。

うかうか していると
なにも しないままに
直ぐに 年齢をとってしまうよ。

{ 世の中は
娘が 嫁と 花咲いて
カカと 萎んで 婆婆と 散りゆく}

人生って 哀れだね。
合掌




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