スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【 生命の 尊さ 】


150228-1写真

川崎市 多摩川河川敷で 中学校1年生 ( 13才 ) の
遺体が 発見された。

一部始終は もはや、
わたしよりも 皆さんの方が 詳しいだろうが

殺害事件への関与が強まったとして
13才の少年の 遊び仲間である
18才と 17才の3人の男に 逮捕状を請求した。

法律的にいうと 彼らは【少年】だが
なぜか 彼らを 少年とは呼びたくない。

17才 18才と云うと 身も 心も
物事の 道理をわきまえた
立派な 大人である。

ニュースによると 本人も 本人の父親も
この殺人事件には 関与していないと 言っている。

また 逮捕状を請求された 他の男は
『わたしは 殺していない。
ただ そばにいただけ』
と、嘯いているらしい。

山陰の 小島からやって来た 少年は
スポーツが 大好きで 夢と希望を胸にだいて
都会の方に 引っ越して来たに 違いない。

これから先、勉強して 良い仕事につき
三国一の花嫁さんを迎え 立派な子をそたて
老いゆく 親の面倒をみながら
しあわせな そして 静かな生涯を 送れただろうに。

150228-2image.jpeg

image.jpeg





わたしの義父 ( 家内の 父 ) が ガンで倒れたとき
『病は 気から 』と がんばった。

中国の 後漢のころは
『 医者は 意者 ( いしゃ ) で なければ ならぬ』
と、言われていたという。

医者たるもの 一目で 病人の気持ちが
分からなくてはならない と 云う意味である。

そのころの 診断学は
⚫︎巧 : 脈を とって 病名がわかる人
⚫︎工 : 病人の 家を訪ねただけで 病名がわかる人
( 匂いとか 汚れ具合を みたのだろうか)
⚫︎聖 : 病人の 声をきいただけで 病名がわかる人
⚫︎神 : 病人の 顔をみて 病名がわかる人

医者でなくても よく 気をつけておれば
病名 ( 心配事 苦悩 行動 ) が 分かるものである。

13才の 少年は 死の直前に SOSを 出していたという。

周りに いた人が 何故、気づかなかったのだろう。
何故、見殺しにして しまったのだろう。

人の 心は お花と一緒で
本来の 性質である [ 体 ] 、その形である [ 相 ]、
その働きである [ 用 ] に 分けられる。

花で 言えば 色、形、匂いである。

そのとき その時の わたしたちの心の変化によって
服装(体) 態度(相) 行動(用) に 出るものである。

知人でも お得意さんでも
髪の 刈りかた、爪の 切り方、
机の上の 整理整頓 などを みただけで
その人の 心の動きを つぶさに 見るころができる。

そして 病気は その時に 治療をしなかったら
手遅れに なる。

わたしが いつも言っているね。

『自分が されて 嫌なことは 人にも するな』と。

ご冥福を お祈り申し上げます。
合掌

スポンサーサイト

【 終着点から 人生を 見つめ直してみよう 】



150227-1写真

小豆島霊場 81番札所
【 恵門ノ不動】には杉や 桧が
天まで突き抜けているのかと思うほど
大きく成長している。

何百年も 前の先代が 植えたのだろうが
大人で ふた抱えしても 足りない様なのもある。

80番 札所 【子安観音】の 本堂再建で
それらを使うように期待していたが
枝打ちの 一度もしないで伸ばし放題だ。

材木を 牛で引きだすなら ともかくも
新しい道路をうけて運び出すとなると
『 買った方が 安い』という 結論がでた。

高野山の 本山には 5つの 【部】があるが
そのなかの1つに 山林部が ある。

年次計画で 植林 伐採をし、その収益は
莫大なる 本山の予算の1部に 当てられる。

奥の院の 杉木立を見ただけで
如何に 周到に手入れされているかが分かるが

恵門ノ不動の 周りの 伸び放題の木立では
いざ 鎌倉のときには 何の役にもたたないのだ。

150227-2image.jpeg

image.jpeg






ある知人が ご自分の米寿祝に こう言われた。

『お花を 栽培する人は 1年単位の計画で 種を蒔く。
花が 満開になるときを最高時と 定め
それを 目標に 温度や日光を 調節して 育てる。

林業は 10年 ~ 30年単位で 植樹する。
高野山の 杉も 20年先の 木の高さや
幹の太さを 予測して 木を育てる。


わたしが 定年退職した 28年前には
死について自分なりに プランを立てた。

平均年齢を 80歳と設定して
それまでの 20年間を 第一線で働いていたときに
出来なかった事を 1つ1つ 成し遂げたい。

勉強も あれば 趣味もある。
成し遂げたらよし、遂げられなくても それでよしと
ダラダラ 日を送っていると あっというまに
平均年齢の 20年間 経ってしまった。

ところが 平均年齢の 80歳を過ぎた 途端、
向こうを 向いていた【 死 】が 怒濤とともに
向こうから こちらに 押し寄せて来ているのだ。

終着点である【 死 】が 日を負うごとに
鮮明に そして大きく大きく 目の前に迫ってくる。

1年より 1ヶ月 1ヶ月よりも 今日 1日と
死の影は 迫ってくるのだ。

もう 怠惰な 毎日を送っている時間も 余裕もない。

【死】が 終着点に 到達した時に
『ああ しまった しくじった』
『あれも しとけば良かった、これも…』

地団駄を 踏んでも どうしようもない。

いつ お迎えがきても
悔いのない 毎日を 送ろうと思っています』

喜寿を 迎えられた 方だけの 話ではない。

何才であろうが 自分の 目標をたて
ウンと 目をつむった時に
身も 心も 大往生をしなければ ならない。
合掌



【 合掌をすれば 相手も合掌を返し、微笑むと 微笑み返す 】




150226-1写真

交通量の多い 交差点で 老婆が転倒した。

誰 1人 救いの手を差し出す人もなく
人混みに もみくちゃにされながら
老婆に 為す術もない。

そんな中、少年が 助け起こし
向側の信号まで 負んぶして 渡った。

少年の 姿が見えなくなるまで
いつまでも いつまでも 両方の手を
掌に合わせて 合掌して見送ったのは
言うまでもない。

ところが この少年がゆすり たかり イジメ
何でもありの 札付きの 性悪であった。

【 右ほとけ 左はわれと 合わすての
なかぞ ゆかしき 南無の ひと声】

わたしたちの 心は 仏心と 悪心の狭間を
常に 行ったり来たり 揺れ歩く。

『なにとぞ いつも 仏心がもてますように』

胸の前で 手を合わせ 合掌するのである。


150226-2image.jpeg

image.jpeg






キリストを 信仰している人たちは
困苦に あったときのみならず
勉学でも スポーツでも
事を起こす前には 必ず 十字を切る。

それに比べて 日本人は 信仰心のカケラも無い。

結婚式は教会で 初詣はお宮さん 葬式は 寺でと
お願いする場所も 相手も 一貫性が ない。

そんな 無信心な わたしたちが

テレビの クイズ番組なんかで
当たるか 当たらないか 大きな効果音と共に
待ちうけるその間、思わず知らずして
胸の前で 合掌して結果をみまもる。

合掌

『右の手と 左の手を 合わせると
シワと シワが 重なって し あ わ せ 』

『手の甲と 甲とを 合わせると 節と節が 重なる。
こすると 痛いので ふ し あ わ せ 』

これは 単なる語呂合わせだが
人の手には 表情があり
心の動きが そのまま あらわれる。

【神仏は 電車の 吊り革のような ものだ。
人は 人生の曲がり角がくると ぶら下がる】

わたしたちは 自分の力が 及ばなくなったとき
はじめて 神仏に 手を合わす。

願い事をするときは 懸命に手を 擦り合わせる。
感謝するときや 懺悔のときは 手を組み合わせ
尊敬の念を 表すときは そっと手を合わせる。

合掌を することは
わたしたちの悩みを乗り越えて
強く 正しく生き抜く 力が 湧いて来るのである。
合掌

【 一度 走り出した機関車は 終点まで 止まらない 】



150225-1写真


小豆島八十八ケ所霊場 第八十番札所

【子安観音寺】
本堂 再建も住職の一念が実り 大屋根に瓦が座り
10月4日の落慶に向かって 順調に仕上がっている。

姫路城 改修にも 携わっておられる
日本一の宮大工 西嶋工務店の みなさんが
愛情を込めて のみを ふるってくださっているのだ。

この 豪華絢爛の 大屋根の上に 大鬼瓦が 2つ
鬼瓦が 20 載ることになっている。

今日は 不思議なことが 起こった。

施主の お名前入りの大鬼瓦が 寺に到着した そのとき
突然 施主の方が ご家族で 参って来られ
屋根に 載せる前にご覧になって頂いた。

施主を はじめ、ご家族の 驚きと喜びは
如何許りの ものであったろう。

『ありがとう ございます。
これも 会長さんの 心温まる ご寄進のおかげです』

『いやいや、ご住職の 一念が
ご本尊さんに 伝わったのでしょう』

大屋根を 見上げながら 施主の方は そう言った.。


150225-2image.jpeg

image.jpeg






三菱の創始者 岩崎弥太郎の 家訓に これがある。

【 ひとたび 事をはじめたら 必ず それに成功せよ】

熟慮に 熟慮を重ね ゴーサインが 出たならば
それが 成し遂げられるまでは
絶対に 棒をおって 投げ出しては ならぬ という。

わたしたちが 毎日 お唱えする
【 十句観音経 】の 経の なかにも これがある。

【 念念従心起 念念不離心 】

寝ても覚めても 常に心に 信じていると
その 念じている一念が 心から 生じてくる。

その一念が いっ時たりとも 心から離れないように
念じ続けるという ことだ。

道元禅師 も 同じようなことを 言われる。

『 一生懸命に 思いを念じていれば
必ず 成し遂げることが できるものである。

どんな強敵が現れても 難問題が山積しても
必死で 解決方法を 模索していれば
そのうちに きっと 良い方法が見つかるものだ。

神仏の 思わぬ助け舟があらわれ
かならずや 成功するだろう』と いう。


あなた方は どうであろう。

岩崎弥太郎や 十句観音経や 道元禅師の言葉に
『その 通りだ』と 両手を 広げられるだろうか。

あなた方が 今まで 取り組んできた仕事や
勉強や 趣味で 投げ出してしまった事は
ないだろうか?

人のせいに したり、ヘコ理屈を 述べるね。
それには 聞く耳を 持たぬと。

もう一度、御三方の 教えを読み直して
いざ 事を始めると 貫徹するまで頑張る
意気込みを 見せてほしいものだ。
合掌




【座禅瞑想の すすめ 】




150224-1写真

大本山 小豆島大観音も
【座禅瞑想】の 体験入学が ある。

日本では 【ヨーガ】といって
美容と 健康の為に 行っている行が ある。

大観音での 体験入学では

大学の 柔道や 空手のクラブ活動から
一般の 女性に至るまで 体験をする。

大体が 顧問の先生とかクラブ部長なんかが
代表で鞭打たれるのだが
瞑想していて 分けのわからない 部員は
叩かれた音と共に 背中が伸びる。

日本での 座禅は 《だるま大師》で有名な
曹洞宗の 道元禅師が 宋の国から 学んだものだ。

【只管打座】といって 何も考えず
只 ひたすら 座り、無心 無我の境地に 入る。

インドでは 3000年も 前から 仏教の前身である
【 バラモン教 】の行者が 修行の為に行っていた。

釈迦も 苦行僧と共に 座禅瞑想の 行に
明けくれていたのだろう。

150224-2image.jpeg

image.jpeg






高野山でも 座禅瞑想の 根を耐やしては ならぬと
その当時の 管長猊下 堀田 真海大僧正の元に
【第一回 阿字観 講習会】が はじまった。

その日も 次の日も、その次も 雨で
当時でも 高齢であった 猊下のお教えが聞こえにくい。

猊下は 言われた。

『さすが、お山は 雨がよく降るのう。
伝授が 聞こえにくかったろう。
でも、それで 良いのだ。

何も考えず 只 ひたすら座り 無心無我の境地に入るのが
阿字観の 何よりの 秘伝だから』

座禅は【内観】といって
自分の 心の中を 覗いてみることから 始まる。

何日か 風呂に入らずにいると 新陳代謝で
我が 身体が 臭くなる。

生きると言うことは 浮世の塵によって
心が 汚れてくる ことである。

心身に 垢がたまり 臭くなったときには
早速 座禅瞑想をして 垢を 取り除かなけれな
ならない。

あなたが 順風満帆に 帆をあげているときも

また 逆境の境涯にあるときには
進んで 座禅瞑想をして
自分を みつめなおして みるといい。

すると そのとき あなたは 逆境を 取りのぞき
生かすことが 出来るであろう。
合掌


【 効能書きを 書き並べるよりは ます 実践を】


150223-1写真


管子の 言葉がある。

【 衣食足りて 礼節を知る 】

衣服や 食べ物は わたしたちが生活する上での
根本であるから、それらが 満たされる事によって
心に ゆとりもでき 礼儀を知ることができる。

では 【礼節 】とは 如何なるものか?

[ 礼 ] とは 相手を 尊敬し 自分を謙遜し
その上で 行いを丁寧にすること。

[ 節 ] とは 礼をうくそうと するとき
時に即し 場合に応じて
自分の 行動がとれるように わきまえること。


今の 日本は 衣食住整い 物は満ち溢れている。

ならば 管子曰くの 礼節は どうか?
残念ながら 礼節は 地に落ち、
目を覆いたくなるような 現状である。

犬が 人間に噛みついたのは
たいした ニュースには ならないが
人間が 犬に噛みついたなら ニュースになる。

生徒が『殺してみたかった』と 人をさし、
夫人が 毒薬を盛って 主人や友人を 殺す。
親が 幼子を殺し、子供が 親を殴りごろす。

『礼節を 知る』なんて とんでもない話だ。

150223-2image.jpeg

image.jpeg







最近 こんな話を 耳にした。

【世のため 人の為の 人づくり】

有名な先生が 講演をしてくださるというので
会場は 超満員で 熱気に溢れていた。

やがて 有り難いお話も 幕を閉じ
みなさん 口々に 『良いお話だった』と
賞賛しながら それぞれの家路に ついた。

ところが 大勢の聴取者だったので
高齢の おばあちゃんが 脚を取られて
もんどり打った。

脱兎のごとく 後ろからかけてきた男性は、
助け起こすのかと 思いきや
一瞥しただけで そのまま 駆け去ってしまった。

その 男性こそ 壇上で 熱弁を振るった本人だった。

知識だけを 頭に入れ、説教や 講演をしたところで
実行が 伴わなければ
礼節の [ 礼 ] だけに留まってしまう。

昔 中国に 道林禅師という 高僧がいた。
白楽天という学者が『仏教の真髄はなにか』と聞いた。

禅師は 『間違ったことをせず、 正しい事をせよ』
と 答えた。

『そんな事は 3歳の子供でも 知っている』と
肩を 落としたが 禅師は 更に 言った。

『それは 3歳の 子供でも知っていることだが
60歳に なっても 実行出来ないことだ』

理論が 先では ない。
まず 最初の 1歩を 踏み出しなさい。

語るよりも まず 進めだ。
合掌

【 頭で 考えるとともに 体験を しよう 】



150222-1写真

小豆島八十八ケ所 霊場巡拝の お遍路さんも
チリンチリンと 錫の音も高々に
白装束に 金剛杖の お姿が 咲きこぼれる
梅の花 桜の花の 間を見え隠れする。

1人の 青年が お参りしてきた。

ずっと巡拝を続けていた 祖母が 寄る年波で
めっきりと弱り お遍路さんが 出来なくなった。

その おばあちゃんが 今年が 大学受験と
頭を悩ませている 孫をみて

『小豆島の 聖地を踏んで お大師さんに
背中を押して もらいなさい。
きっと 何かを 教えてくださる』

お大師さんでなく おばあちゃんに
背中を押されて 遍路を 決心したという。

『実際に体験して みなければ駄目だ。
頭の中ばっかりで 考えていると
全てが 前に進まない』

わたしたち 密教を 重んじているものの 行とは
空海の 教えを 理論的に学習することと
それを 実践していくことと 2本だてである。

かって 空海と 最澄は 法の友達で
お互いに 勉強した経本の 貸し借りをしていた。

ある日を 境にして 空海が 貸し出しを拒んだ。

『あなたは 比叡山を 捨てられますか?』と。

空海も 思いきったことを 言ったものだが
ここで 比叡山と 高野山の違いが 如実に出ている。

比叡山は 勉学を重んじ
高野山は 勉学の上に 行を重んじた。

『お大師さんが どれだけ 難行苦行なさったか
この身体で 体験してきます』

青年は 石段を 降りて行った。

150222-2image.jpeg

image.jpeg







日本で 1番 最初に 砂糖が入ってきたのは
745年に 鑑真が 唐から持参したものを
孝謙天皇に 献上したのが 始まりだそうだ。

大化の改新から ちょうど 100年後だね。

日本の 1番 最初に 金平糖を 食した人は
織田信長だと いう。

孝謙天皇にしても 織田信長、豊臣秀吉も、
家来が 『お砂糖は どんな 味ですか?』ときくと
どのように 答えるのだろう。

『それは 雪のように 白くて
細かい 砂のように サラサラしており
口に入れると 舌がとろけるような 美味のものじゃ』

何百万の 軍を 1人で口説きおとす 大将が
弁舌さわやかに 説いてみても 誰 1人、
砂糖や 金平糖の味が 分からなかっただろう。

それなのに 小指の先に ちょっと付けて
舌の上に 乗せるだけで 一瞬にして
理解できただろうに。

150222-3image.jpeg

image.jpeg





わたしたちも 日々の生活の中で
進もうか 撤退しようか 考えても考えても
判断が つかないことがある。

会社を 経営している方など
尚 一層の 苦悩だ。

『清水の舞台から 飛び降りると おもって』

そう言いながらも 躊躇している人がいる。
そんな人には こう言ってあげると いい。

『飛ばぬ 腰は 抜けぬ 』

行こうか 戻ろうかと 迷ったときは
取りあえず 進んだ方が いいのだ。

『お砂糖とは…』

と、能書きを 読み上げている暇があれば
自ら 小指に 砂糖をつけて
部下の 口元に 持って行って
『あとは 舐めるだけ』と 膳だてするべきなのだ。

また 清水の舞台にたって 飛ぼうか戻ろうかと
決心が 鈍っている部下には
そっと 背中を 押してやる心も 欲しいものだ。

その 行為こそ 青年に
『小豆島の 聖地を踏んできなさい』と
背中を 押した おばあちゃんの 心である。
合掌

【 四国 霊場巡拝 八十八ケ所 】



150221-1写真

本四国 八十八ケ所霊場巡拝 したことある ?

白装束 ( 死装束 ) に 身を固め
家族とは 水さかづきを交わして
死出の旅路にでる。

生活上の 苦しみ、家庭のいきづまり
もう 治らないだろう 病気を抱えて
浮世の出来事 一切を投げ捨てて
故郷に 家族に 永遠の別れを告げて遍路にでる。

一縷の望みを かける遍路に【 三信条 】がある。

⚫︎ 摂取不捨
大師は 南無大師遍照金剛と 唱えるその者を
同行二人で 救ってくださる。
わたしたちを見捨てずに
護ってくださっていることを 忘れずに。

⚫︎愚痴や 妄語を 慎む
今まで なに不自由なく 暮らしていたわたしが
寝るところも ままならず 接待を 受けながら
1寺院 1寺院 参拝する旅である。
どこで どのように 野たれ死にするかもしれない。
決して 不平をいわず 感謝して参らなければならない。

⚫︎ 現世利益
今、生かされている この世での
大師の恵みを 感謝しながら
積もり 積もった 煩悩を 1つ1つ 消していく。

持ち物には このように 書かれている。

【 迷故十万空 】【 迷故三界城 】【同行二人 】
【何処有南北 】【 本来無東西 】

自然や 宇宙の中には 永遠の命があり
精進や 修行を 重ねながら
自分も また 無限の命と 一体化して まいります。



150221-2image.jpeg

image.jpeg






室戸岬では 怒涛吹き付ける中 求聞持法を修したり
農民の為に 満濃の池を 作ったことは
史実として 大変有名なことだが

伊予の 【十夜ケ 橋 】の話も貴重な 話だ。

日も暮れ 空海が 一軒のお家に 一夜の宿を頼んだ。
しかし 家主は 苦渋の顔で それを断った。

あまりにも 貧乏な生活だったので
空海を 泊まらせることが 出来なかったのだ。

其の夜は 乞食同然に 橋の たもとに身を横たえ
露を 凌いだ。

日々の 生活の中で 喰うか 食わぬかで
精一杯 生きている わたしたちを
より良い生活に 導き、悟りに生きる為には
どうすれば 良いのだろうか?

其のことを 考えていると
1晩が 10日ほども 長く 感じたことだ。

【 ゆきなやむ 浮世の人を 渡つりは
一夜も 十夜の橋と 思わゆ 】

頭でっかちで 動かずして 考えるばかりするより
死ぬ気で 1度、お四国の 旅をしては どうだろう。

その ミニチュア版が 小豆島に ある。

3泊 4日… いや むりしたら 2泊 3日で
満願しますよ。
合掌

【 穢土の 1日の修行は 深山の 千日の修行に 勝る 】




150220-1写真

今を去ること 2500年前に
釈迦は ネパール ルンビニの
カピラ城の王子として誕生した。

人間は 生まれると 歳をとり
病気になって 死んでいく

【諸行無常】
我が力では どうすることも出来ない現実を嘆き
王子の 座を捨てて 城をでる。

【 四門出遊 】といって 有名な お話だ。

35歳で 成道 ( 悟り ) を 得るまでの 6年間、
ウルベーラの森に入り 身体を痛め 断食をする
苦行を 続けた。

ネーランジャラー河で 身も心も ボロボロになった
釈迦に スジャータという娘が 乳粥をあたえる。

諸転法輪といって ブッダガヤで 悟りを開いたとき
無情という真実を あるがままに 受け入れることでしか
心の 平安は 得られない。

苦行のように 身体を痛めることや
また 反対の 怠惰な毎日を送ることでは
しあわせは 得られない事を 悟る。

【 中道 】といって 右にも左にも 偏わらず
全ての ものに対する 執着を捨ててこそ
悟りを 得られる最善の道である。


150220-2image.jpeg

image.jpeg







『お水取りを迎えれば春が来る 』と言われる
東大寺 二月堂の 修二会や
各地で行われる裸祭り、
京都 五山の送り火など

わたしたちは その メイエメントだけを見て
綺麗だ 優雅だと 賞賛し
面白おかしで 悦に入る。

しかし その前後には 僧侶たちが 長い期間
参籠といって 寺に 篭り、水氷をとって
最も 厳しい修行をしている事を
知っている人は 少ないであろう。

比叡山では 千日回峰行という 荒業があり
禅宗では 長期間の 座禅行があり
我が 真言宗でも 【求聞持法】といって
それは それは 厳しい 【 行 】 がある。

いづれも 1人きりで 己の肉体的 精神的苦痛に 耐え
心に奢る 煩悩の火を 抑える修行である。

この 苦行の話は 出家得度し 世俗を離れた
僧侶の話であって
皆さんの 実世界には 程遠い。

しかし 皆さんが 住んでいる 娑婆も
笑ってばかり 居られないのが 現実だ。

150220-3image.jpeg

image.jpeg







【 穢土 ( えど ) の 1日の 修行は
深山の 千日の 修行に 勝る】

穢土とは この娑婆世界の事を いい
醜い 穢れたなかで 生きていく苦労は
1人きりで 深い森のなかに入って
1000日間の 修行をすることよりも
もっと 大変なことである。

この世は 【忍土】といって
歯を食いしばって 耐えていかなけれな
ならぬ事ばかりである。

世間での 修行は 対人関係の難しさが
第一で ある。

万座のなかで 悪口雑言を 浴びせられる。
悔しくて 仕方がない。

その 対処法は 先ず 相手の立場になって
考えることである。

『辱めてやろう』と 発した言葉でなく
わたしの 為を思って 泣きの涙で申したのかも
しれない。

本尊さまが
この人に 身をかえて 諭しているのかもしれない。

そう 思えば 仁王さんのような 相手の顔が
お観音さんのように 見えるのでは ないか。

【修行】とは 行を 修めると 書く。
行いを 正しくすることである。

正しい言葉を つかい、
正しい ものの 考えかたをし
正しい 行動をすることである。

合掌

【 般若心経 : 社訓 家訓 学訓 】



150219-1写真


どんな 小さな会社でも
核家族の 少人数の家庭でも
人の上にたって 人を導いていくうえには
自分の 人生哲学を 持つべきである。

人生哲学とが 経済理念とか 言葉は難しいが
自分が 生涯をとおして やろうと思うことを
書けば いいのだ。

【社訓】【家訓】【学訓】なのだ。

毛利元就の 家訓は 有名な3本の 矢だったね。

『1本の 矢は 直ぐに 折れる。
しかし 3本の矢は なかなか 折れない。
三兄弟 力を合わせることが 大切である』
わたしの 通っていた学校の 学訓は
【不撓不屈】だった。

【 訓 】というのは 戒めという 意味だ。
仏教では 【 戒 】という。

150219-2image.jpeg


幕末の ヒーロー、坂本龍馬と 同じ 土佐出身の
【三菱】の 創始者である 岩崎弥太郎の 家訓がある。

第 九条まで あって 少し長いのだが
これを 読んで 参考にして いただきたい。

1, 小事に 心をうばわれず 大事をすることを目的とせよ。
2. ひとたび 事を始めたら 必ず それに 成功せよ。
3. 投機的事業に 従事すべからく。
4. 国家の 利益を 心において 全ての事業を おこなえ。
5. 公共奉仕と まことの 純粋な精神を わすれるな。
6. 仕事に 精をだし 倹約し 他人に おもいやり あれ。
7. 適材を 適所に 用いよ。
8. 雇人を よく 取り扱え。
9. ことを 始めるにあたっては 大胆に
その 実行には 細心であれ。

【 岩崎家の 家訓】は いまでも
三菱の 社訓として 大切に 守られているそうだ。

我が社だけが、自分だけが 良かったら
それで良いでは無くて
国や 社会の 恩に報いる為に
ご奉仕をしようと 切々と 説いている。

150219-3image.jpeg

【 戒律 】という言葉がある。

[ 戒 ] は 自分で 自分を 戒めることである。
[ 律 ] は 他人から 定められることだ。

さて 自分で つくる 【 社訓 】【 家訓 】は
簡単で 分かりやすいものが いいのだ。

例えば 今日の 1日を 振り返ってみよう。

⚫︎ 全て 落ち着いて 行動したか
⚫︎ 約束は 守ったか
⚫︎ 楽しく 仕事をしたか

なんだ そんな事なら 誰でもできる。

そして それが達成された 暁には
人生哲学を もう少し 深めればいいのだ。

1度 自分で 自分を 戒めてごらん。
合掌

【 忍耐は 今日 1日だけと 思うと 気が楽になる 】




150218-1写真

【 大本山 小豆島大観音 】に しあわせの駅が誕生した。

漫才クワバタ オハラの 小原正子さんの お母様の発案で
瀬戸内芸術祭の 一環として 島田 陽先生の手で
完成をした。

お母様は『この しあわせ駅に きて 大観音参拝で
しあわせを 掴んで貰いたい』と、抱負を述べられた。

少しづつだが 参拝者の為の
施設が整っていくのが 嬉しい。

昭和 55年に 島のシンボルとして
【大観音 建立】を 決意し
島の 有識者の お知恵を借りて 船出をしたのだが
完成したのは 15年後の 平成7年だった。

まだ 30歳 そこそこで
我が 力以上のものを 計画したものだから
一朝一夕に 出来上がるものでは なかった。

面と向かっては 申さないものの
『 もう 出来ない』と 殆どの方が 思っていただろう。


自分で 言うのもなんだが 苦節 15年間は
【 忍耐 】の 連続であった。


150218-2image.jpeg

image.jpeg






野口英世 先生の生家の 石碑にこんなのがある。

【忍耐は 苦し、されど その果実は 甘し 】

忍耐とは 耐え忍ぶことである。
【忍】は 刃 ( やいば ) の 下に 心と書く。

たとえ 刃を 突きつけられて 嚇かされても
じっと 耐え忍ぶという ことである。

忍耐という木を 育てるのは 気の遠くなるような
時間を 要し その苦労は並大抵なものではない。

いつ 実るかは 分からないが
実った その時には 必ず 甘く熟してくる。

【 忍辱の 行 】も、侮辱されたり 迫害されても
じっと 我慢をすることである。
そして この我慢こそ 忍耐である。

忍耐は 平静な 気持ちからうまれるものである。
瞋恚の 心がおこり カッとなった時点で
忍耐は おわる。

150218-3image.jpeg

image.jpeg






忍耐の中で
もっとも大切で もっとも難しいには
時を 待つことである。

桃栗三年柿八年 というが
長くても 先の結果が 分かって入れな
耐えるにも 耐えやすい。

いつ 実がつくか 分からないまま
時を 待つことほど 苦痛はない。

白隠禅師の 師僧である【 正受老人 】が
こんなことを 言っている。

『 どんな 苦しみでも
今日 1日だけと思えば 耐えやすい。

また どんな 楽しいことでも
今日 1日だけと 思ったら
のめり込むことも あるまい。

1日 1日と 思えば 100年でも 1000年でも
耐えることが できる 』

なるほど その通りかも しれない。

お相撲さんの
『1日 1番、全身全霊で 相撲をとる』
では ないが、1日 1日 耐えつつ
1日 1日 精進をし、それに 真剣に打ち込むのが
わたしたちの 使命では あるまいか。
合掌

【 般若心経 同事 】



150217-1写真

友人である 中国の管長さんが
もう1つ 大きな寺の管長に就任なさり
わたしたち 夫婦は 大喜びでお祝いにいった。

当日は 多勢の人たちが お祝いに来られ
かえって 失礼になっては いけないと
数日 日をずらしていった。

それでも 大寺の住職、大変な 訪問客だ。

『遠いところから 駆けつけてこられ、
また 過分なる 御祝いを ありがとう』

多分 こう仰るだろうと 管長さんの回答を
考えながら お祝いの 包みを手渡した。

ところが『ありがとう』は、良かったのだが
確かめもしないで 右から左に
メガネをかけた 共産党の女性に 渡してしまった。

それで いいのだが 何か 釈然とせず
次回 お出会いしたときに
『あれは 日本では 失礼になる』と、迫った。

管長さんは あっさりと 切り捨てる。

『日本では お坊さんが
いちいち 『あの人は 幾ら下さった』と
お包みの中身を 見るのですか?

中国の お坊さんに そんな人は いませんよ』と。

『領収書が いるのですか? 』
とでも 言われそうだった。

仰るこおとは よく分かるのだが
右から左には とても 釈然としなかった。

『 管長さんと 同じ 立場にたったら
あの時、わたしだったら どうしただろう ? 』

150217-2image.jpeg

image.jpeg






【 同事 】という 事がある。

相手と 同じ立場に たって
物事を考えたり 行動したりすることである。

絵本なんかで
空海が子供に いろはにほへとと 教えたり、
良寛さんが 鞠つきをしているのを 目にする。

どちらも 目線を 子供のところまで
下げて 一体となって行動している。

これを 【同事】という。

これも 何度か 我がことを 紹介させて貰った。

何年か前に 腰痛をおこして
車椅子で 青森まで行ったことがある。

最初は 照れ臭くて嫌だったが
飛行機の 乗り降りも 綺麗なお嬢さんに
椅子を ついて頂いて 甘えてしまった。

八戸という 町で 海鮮市場に ご縁があった。

採れたての カニや 海老が 販売されている。
ところが わたしの方が ギョッとしたのだ。

わたしの 車椅子の 目線に 並べられている
カニや 海老は 向こうから わたしをみているのだ。

『ああ これが 子供の 目線なんだ 』

子供と 話すときは 腰をかがめ 足を 折って話す。
こころでは 分かっているのだが
車椅子に 乗るまでは こんな風に 見えるなどと
考えたことも なかった。


150217-3image.jpeg

image.jpeg





目上の人と 話すときは
謙虚な気持ちで その人の 良いところを
見習おうと 少し 背伸びをする。

目下の人と 話すときは
心も 身体も その人のところまで
降りて行って 同じ目線で 行動をとる。

しかし 妙なもので
目上の 人と 話す段階では
変に 卑屈になり 自然と へりくだってしまう。

そのくせ 部下や 目下には 傲慢な 態度をとり
意見を押しつけようと する。

実際 偉くないので
舐められまい、軽く みられまいと
そういう 行動を取るので在る。

その人が 優れているか 否かは
自分が 採点するのではなく
人さんが してくれて
第三者に 報告してくれる。

空海や 一休さんや 良寛さんたちが
子供たちの ところまで 降りて行って
一緒に 遊んだからといって
誰が 『あの人は 馬鹿だ 』と 言ったりするだろうか?

中国の 管長さんの 一件も
もっと お互いに 同じ目線で 話しあえば
親善を深めることが できたのではあるまいか。
合掌

【 般若心経 : 音魂、言魂 】



150216-1写真

住職一家と 一緒に
親戚の お寺さんに お参りをさせていただいた。

帰りには いつも ご住職をはじめ
家内じゅうで 駐車場まで見送りに来てくれる。

顔じゅうに 満面の笑みを溢して
『 また きてくださいねー 』と。

我が寺に かえる 道道 話し合った。

『気持ちが いいね。言葉って大切だね。
お参りに来られた お遍路さんや 檀家の方にも
労いの言葉で お送りすることは 大切だね』

人から でる言葉は 時には人を生かし
時には 人を 不幸にする。

無意識に 言った その言葉が

知らない間に 人の心をうって 30年後に
『あの 一言で 助けられました』と、
感謝の言葉を いただいたり

相手の 胸にグサリと刺さり 一生 その人から
怨み続けられる 原因となったりする。

150216-2image.jpeg

image.jpeg






わたしたちが 知ってか 知らずしてか
発した言葉が しあわせせなく
不幸になる 言葉を書いてみよう。

【不足を いうこと 】

不足とは 文字のとおり
足の 働きが足りないと いうことだ。
働きとは 人間が動くと 書く。
わたしたち 人間が動いて はたを楽にしてあげる。

【 愚痴を いうこと 】

『…あのとき… たら … のに …』という言葉。

愚痴を 言っているときは 顔にでる。
ふくれっ面をしたり しかめっ面になったり する。
不平不満の その顔を見ただけで
こちらの方が 仏頂ずらをしたくなる。

【 泣きごとを いうこと 】

後悔先に立たず という言葉があるが
後悔を 先に立たせて 後からみてみれば
『杖を ついたり 転んだり』と いうことではないか。

150216-3image.jpeg

image.jpeg





良寛さんが 【 言葉についての 戒め】という
言葉を 残している。

沢山 あるので 書けるだけ 紹介しよう。

⚫︎言葉の 多いこと
⚫︎話の 長いこと
⚫︎手柄ばなしを すること
⚫︎自分の 生まれや 身分の高いことを人に 言うこと。
⚫︎人が ものを言い切らないうちに
ものを 言うこと
⚫︎たやすく 約束をすること
⚫︎人に 物を渡すとき なになにをやろうと言うこと
⚫︎物を あげたことを人に言うこと
⚫︎よく 知らないことを 人に 教えること
⚫︎悲しんでいる人の 側で 歌をうたうこと

まだまだ ある。
どれをとってみても わたしたちにとって
頭の 痛いことばかりである。

要するに 不幸になる言葉が出るのは
感謝をする 気持ちを 忘れたときである。

『また 来て くださいねー 』

笑顔で 送ってくれた 親戚の お寺さん一家の
あの 優しい言葉を思い出す。
合掌
iPadから送信

【 良縁 と 悪縁 】





150215-1写真


【 縁は 異なもの 味な もの 】

わたしたちも よく 使うね。

『あの時、
わたしが たまたま あの店に行かなかったら
今の 仕事に着くことも無かったし
今の 女房と 結婚することも なかった。

元来、男女の 縁は
どこでどう 結ばれているか 分からず
不思議で また 面白い。

思いもしない 2人が
赤い糸で結ばれた時などに 使うね。

浪曲の大御所 天光軒 満月先生との
出会いについては 何度か紹介したね。

ある番組で 今や飛ぶ鳥を落とす勢いの
A KB48 と 浪曲を ジョイントする企画があった。

そのときに 浪曲では 満月先生が
それに 関係していたのが 娘婿だった。

なんかの 弾みで 先生の袖から 1枚の写真が落ちた。

『あれ ? 寛旭管長だ 』

『寛旭管長って、この人は 中国の青龍寺の管長ですよ』

『よく 存じております。
小豆島の 嫁の実家には よく 来られますよ』

満月先生は 再々 我が家のように 貧寺に来られる。
それも たまたま パラリと落ちた 寛旭管長の写真のご縁だ。


150215-2image.jpeg

image.jpeg







【 因 】原因 【 縁 】縁起 【 果 】結果
世の中は この3つから 成り立っている。

ここから【因縁】という言葉や
【因果】という 言葉が 生まれた。

1粒の 種を 畑に蒔く。これが 【因】だ。

やがて 太陽が快く照りつけ 雨も適度に降り
人間の手によって 土地も超え
芽をだした植物は すくすくと 大きくなった。
これが【縁】だ。

この 縁によって 芽は 育成して
花を咲かせ 実を沢山つけ わたしたちを喜ばせる。
これが 【果】だ。

ここからが 大事だ。

因縁には 【良縁】と【悪縁】がある。

今、申したのは 良縁のことで
こんな 例が ある。

1粒の 種を 畑に蒔く。

強い 太陽光線が ギラギラ照りつけ
今年に限って 慈雨も 1滴も 降らなかった。

お百姓さんも 今年は調子が悪く
田畑に 行くことができなかった。

とうとう 種も 成長しないまま 死んでしまった。
豊作を 期待していた わたしたちも お百姓さんも
ガックリ 肩を 落としてしまった。

これは 【悪縁】である。


150215-3image.jpeg

image.jpeg






一流企業を 優秀な成績で 退職した人を
役員待遇で 迎え入れた。

その人は 大手企業の 経験を活かし
益々 手腕を発揮して 迎え入れた会社は
驚異的に 業績を伸ばした。

一流企業を 優秀な成績で 退職した人を
三顧の礼で 迎え入れた。

大手企業の 上から目線は 益々 酷くなり
従業員との 仲も 最悪となり
業績も 急落して 倒産してしまった。

【良縁】【悪縁】

直ぐに 飛びつくのではなくて
よくよく 考えた結果 行動しなければならない。

【 縁と 浮世は 末を待て 】とある。

わたしたちは 執着の心を 持たないで
こころ静かに 熟慮すれば
【良縁】は ハッキリと 見えてくるものだ。
合掌


【 バレンタインデー 】




150214-1写真

今日は バレンタインの 日だ。

みなさん 心の こもった チョコレートの
プレゼントの 交換をした ?

沢山 頂いたり 義理チョコも いいけれど
数は 少なくても 心のこもったのが いいな。

起源を 辿ってみたら
大昔は 豊穣をよろこんだり
健康であることに 感謝をして 根付いたらしい。

その日が 2月 13 14 15日 だったんだね。

時代は 紀元 269年に なり
キリスト 誕生から 3世紀も過ぎようとしたとき
事件は 起こった。

もともと キリスト教が 入るまでのローマには
ユダヤ教 ミトラ教の 信仰があった。

キリストも ユダヤ教の 迫害にあって
伝道 半ばにして タルタゴの丘にて
磔の刑によって 死刑執行された。

バレンタインと言う 名前の 聖者がいた。

再三再四の 勧告にも 屈せず
只々 キリストを 信仰していた。

世紀 269年 2月 14日、
ついに ユダヤ教の 迫害の元、
ローマ皇帝の 銘で 彼は 殉教してしまった。

14日は 聖者 バレンタインの 死を悼み
彼に 祈りを 捧げる日に なった。

15世紀になって 今のように
男女の 恋愛の 聖人と
バレンタイン聖人を 悼む 記念日へと 変貌した。


150214-2image.jpeg

image.jpeg







【バレンタインデー 】

女性から男性へ チョコレートを 送ることによって
秘めていた 愛を 告白する日 なのである。

併せて 男性からは 愛しい女性に
真っ赤な 薔薇の花を おくった。

男女が 愛を告白し 感謝の気持ちを 伝えあう
大切な 1日である。

[ 百万本の 薔薇 ]という 歌が 大ヒットしたが
『 なぜ バラなううだろう ? 』と 不思議に思ったのが
これで 理解できるね。

貧しい女性でも 自分が 丹精込めて つくった
チョコレートを 心から 贈るのと おなじように

男性からも 彼女のために 一生懸命 つくった
薔薇の花を 手渡す 勇気と 同じことなんだね。

そんな事を 考えれば
何気無しに チョコレートを 配ったり
仕方なしに 義理チョコを 渡したりすることが
如何に 罪であるか 理解できただろう。


150214-3image.jpeg

image.jpeg






キリストが 亡くなった日には
仏教徒である わたしたちが 国を挙げて お祝いするが
釈迦の 亡くなった日 ( 入滅 ) 知ってる ?

そう 2月 15日 なんだね。
そう 思えば バレンタインデーは
釈迦 入滅の 宵山に 当たるのでは ないか?

わたしたち 僧侶は 《 常楽会 》といって
釈迦の 徳を偲び、感謝を捧げる法要を する。

宵山である バレンタインは
まさに 釈迦の教えの 最たるもの【六波羅蜜】であり
その内の 【 布施行 】で あることに 相違ない。

【 施しは 無情の 善根 】

[ 施 ] とは
物でも 金でも 今、それを必要とする人のために
心を 込めて 捧げることだ。

貪る心や 果てしなく 欲しいと思う 心、
させて頂いたことについて 恩をきせる心を離れて
物質を 必要とする人に対して 与えることだ。

常楽会 の 【常楽】とは、
煩悩を滅し 成道を得た、お釈迦さんの教えである
《 常楽我浄 》から きている。

[ 常 ] 永遠に かわらない。
[ 楽 ] 苦悩がなく 安らかなる世界。

みなさんも せっかく 布施行にて 差し上げた
相手との 心も 永遠に変わらず
極楽浄土のように 楽しく 苦悩のない 日々を
送りたいものだ。
合掌m

【 わざわい 転じて 福となす 】



150213-1写真


古代中国の 勉強を してみない ?

空海 密教をたどって 西安にある青龍寺に お参りする。
とくに 青龍寺は 小豆島大観音とは
日本で 始めての【 友好 姉妹寺院 】だ。

西安に 行くと 三蔵法師が 釈迦の仏典を求めて
孫悟空と 辿った 絹の道がある。

玄宗皇帝が寵愛した 楊貴妃の為に つくった温泉や、
秦の始皇帝の 兵馬俑等 見るところには 事欠かない。

その始皇帝が 天下を 統一する 50年程 まえに、
燕、韓、稍、魏、楚、斉 等が
乱立する 春秋時代が あった。

秦が 抜きんでいたので 蘇泰 ( ~bc 317 ) の 案で
他の 燕、韓、稍、魏、楚が それに 対抗して
6カ国 連盟、鉄の 運命共同体を 作っていた。

ところが 張犠 ( ~bc309 ) に 唆されて
鉄の共同体がくづれ (斉)が (燕) の城を
10城ほど 奪ってしまう。

さあ、燕の 皇帝は 張犠を 目の前にして
烈火の如く 怒った。

これに 対して 蘇秦は 多いに恥て
平和に 平定する 約束をする。

そこで 蘇秦が 10城を 征服した 斉王に
この王に 申した。

『 臣は 聞く。
古きの 善い事を 制するものは
禍を 転じて 福となし、失敗によって
よく 福となす』

この 言葉に 恥じて 斉王は 燕に 城を 返した。

これによって 鉄の運命共同体は 復活した。
やがて 秦の始皇帝に 平定されるが
それまでは 強い 絆で結ばれていた。

150213-2image.jpeg

image.jpeg







《 転禍為福 》

『 転禍為福の 秘術と なし…』

わたしたち 僧侶にとって
最も 有りがたい 言葉である。

[ 禍 ( わざわい ) 転じて 福と為 ( な ) す ]

自分に 降りかかった 禍を 上手く利用して
逆に 自分に 有利になるように 工夫すること。

大勢で 社員旅行に行った 挙句
自分 1人だけ 病気が うつり 入院したが
暇を 持て余して 読んだ 経営学の本が
やがて 開花し 大経済家に のし上がった。

希望していた 会社の就職に失敗し、
悔し涙で 今の会社に就職したが
希望していた会社は 倒産し、
今の会社が上場し、押しも押されもせぬ
最高の 会社となった。

蛇に 追われて 絶対絶対のなか
逃げ込んだ 洞窟が 実は 目も眩むおうな
黄金の 山だった。

【 禍 転じて 福となす 】

それには わたしたちの 努力が 必要だ。


150213-3image.jpeg

image.jpeg






不義理を している人の お家に行くのは
どうも 敷居が 高い。

しかし それを乗り越えなくては
転禍為福は 我がものに ならないのだ。

大声で 叱られるかもしれない。
でも 叱られたあとで 互いに 氷解し
涙の 和解が 生まれるかも しれない。

しかし、逃げたばかりいて
それを 乗り越えなくては 先には 進まない。

皆さんの 日々の 生活の中で
絶対に 触れたくない 逃げれるなら逃げ通したい
そんな 事こそ 体当たりしなければ
転禍為福は 生まれないのだ。

生きて いれば 多くの転禍為福は
必ず 起こりうるものだ。

それを 出来るだけ少なくし
たとえ 災禍に 出会っても
そえを 素晴らしい福に 変えるか 否かは

あなた方の 努力次第である。
合掌

【 仕事の 手順は 潜水艦の 中の 水の 要領で 】




150212-1写真

わたしは 極度な 閉所恐怖症である。

MRI ( 核磁気共鳴画像法 ) なんかで
年 1度の 健康診断するとき死ぬる思いで
目をつむり 時間の過ぎるのを待つ。

ご法事の 席で 潜水艦に載っていた
おじいさんに 体験ばなしを 聞くことができた。

昨今の 原子力潜水艦は
1ヶ月以上 浮上しないのが 当たり前のようだが
その頃の 潜水艦は 狭く 不便で 設備も悪かった。

わたしが 載せて頂いたら 1日もしないうちに
狂い死にを するだろう。

持ち物も 絶対必需品しか 持ち込むことが
出来なかった。

その中で なににも増して 貴重なのは
水であった。

『湯水のごとく』と いうけれど
これは 豊富な水資源に 恵まれた
日本のような国の 言い方ではないだろうか。

お風呂の 水も 炊事 洗濯 食器洗い
最初から 最後まで 水は 出放題な この頃だ。



150212-2image.jpeg

image.jpeg






おじいさんの 話は続く。

持ち物は 必要最小限の ものしか
持参することはできず
なによりも 貴重だったのは 水であった。

朝々に 本日 最低限の 水を配給してくれる。

その水を 1日 のむ量だけ 水筒にいれ
のこりで 顔をあらい 歯を磨き トイレに 流すまで
どんな順序で 水を使うかを 考えなければならない。

限りある 資源、限りある水の 使い方を 誤ったら
水筒の 水が 素個をつき 飲み水に 困ったり

トイレに 流す水まで 枯渇してしまう。

海底のなか、『しまった しくじった』では
済まされないのだ。


150212-3image.jpeg

image.jpeg






ここまで 書いたら
何を 言いたいかが 分かるであろう。

限りある 時間のなかで 大切なのは
《 仕事の 手順 》 である。

前日か もしくば 早朝か
あなたは 今日 1日、自分が 為すべき仕事の
段取りを つけなければならない。

何を基準にして 価値判断を しているか
また 正しい 価値判断をしながら
仕事の 手順を 進めているか。

顔や 歯を 洗っているときに
敵機が 表れるかもしれない。

仕事の 手順を考えるときは

予期せぬ 突然の出来事が つきものと心得、
充分に 余裕を持って 組み立てなければ
ならない。

潜水艦の中の 水は 【わたしたちの 時間 】である。

手順よく 有効に 使わなければ
勿体無い ことだ。
合掌



【 耳を 塞ぎたくなるほど 聞きたくない言葉ほど 聞かねばならない】



150211-1写真

戦国時代 動乱の中に
中山鹿之助 ( 1545~ 1578) という武将がいた。

君主 尼子氏は 毛利元就の軍勢に 敗れ 和睦した。

鹿之助は 尼子家 復興の誓いをたてて この様にいった。

『 かぎり ある身の 力 ためさん。
我に 七難八苦を 与えたまえ 』 と。

この 【七難八苦】の 八苦は
生老病死で 何遍も 勉強したね。

七難とは お観音さんの 請願である
七うの 難儀のことである。

小豆島大観音の 御本尊さんも その通りだが
多くの 観音さんは 手のひらを 外に向けて
わたしたちの方に 差し伸べている。

それは わたしたちの恐怖心を 取り除いて
安楽な 心をつかみ しあわせになるように
こちらに 向けられているのだ。

山中鹿之介は 戦国武将でありながら
観音経を 熟知していたのかな ?


150211-2image.jpeg

image.jpeg






観音経に 【 七難 】について 書かれている。

⚫︎ 大火難 : 火災の ことだ。
⚫︎ 大水難 : 洪水の こと。
⚫︎ 黒風難 ; 風や 嵐の こと。
⚫︎ 刀丈難 : 刀や 鉄砲 大砲等による 災いのこと。
⚫︎ 夜叉羅刹難 : 凶悪人による 災難のこと。
⚫︎ 杻戒伽鎖難; 無実の罪の 難のこと。
⚫︎ 怨賊難 : 泥棒に あう 災難。

これらは 外から受ける 災難だが
以下は 自分の 心の中にある 災難を 書いてみよう。

⚫︎ 大火難 : 嫉妬や 怒りの 炎による災い。
⚫︎ 大水難 ; 愛欲の 大海に 溺れる 災い。
⚫︎ 黒風難 : 煩悩や 迷いの嵐による 災い。
⚫︎ 刀杖難 : 心を 傷つける 他人の中傷による 災い。
⚫︎ 夜叉羅刹難 : 心を 悩ませる 他人への邪念による災い。
⚫︎ 杻戒伽鎖難 ; 親子 夫婦なぢの
浮世の義理の 手枷足枷による 災い。
⚫︎ 怨賊難 : 身体に関する いろんな痛みや 苦しみ。

他人事では ないね。

わたしたちの 日常生活において
毎日のように 繰り広げられ
それに 戦々恐々として 暮らしている。



150211-3image.jpeg

image.jpeg






上司や 先輩だけでなく 家族や 連れ合いにまで
辛く 当たられることがある。

そんなときに
『お観音さんが 慈悲と 智慧の ご誓願で
わたしが どこ迄 耐え忍ぶことができるか
試されて いるにちがいない』と

山中鹿之介の ごとく 考えると
辛く 当たっている人の 心の中に持っている
人間の 本音を 聞くことができる。

お観音さんは 【 音を 聞く】のではなくて
【 音を 観 (み) る】のだ。

味を みるのは 舌であり
湯加減を みるのは 手である。

人の 心を 観るのは 触っても 撫でても分からない。
よく観察をし 心眼、心の目で みるのだ。

わたしたちは 苦境にたったり
悲しみに くれているときは
人の 意見などは 耳に入らないものである。

しかし 耳に痛いこと、聞きたくないことほど
耳を たてて 聞かなければならないのだ。

その 耳の 痛い声の主は
お観音さんかも しれない。
合掌




iPadから送信

【 顛倒夢想 : 般若心経 】



150210-1写真

アメリカの 心理学者 ストラットンが
面白い 実験をした。

天地左右 逆さまに見える メガネをかけて
1週間 それで生活をした。

1日目は 怖くって 1歩も歩けなかったが
1週間たつと それに慣れてしまった。

しかし その逆さまに見える 眼鏡を取ってみると
これまた 恐くって 1歩も 踏み出せなかった。

また こんな俗歌が ある。

♬ のんきな父さん 蚊帳を 逆さに吊って
これは たまげた 驚いた

この蚊帳 へんだぞ 天井が ない
おまけに この蚊帳 底が ある ♬

わたしたちは、慣れによる 思い込みの中で
喜んだり 悲しんだりの 生活に明け暮れている。



150210-2image.jpeg

image.jpeg







般若心経の 中に【 顛倒夢想 】という 1句がある。

ひっくり返った考え方や
夢のなかで考えていることを言うのである。

ストラットン氏は 転倒した 物の見方でも
慣れると 当たり前になることを 実証したのだ。

実世界のなかでも この転倒した
生活をしている人が 多い。

住民パワーに 負けて 自分の発言を撤回する 政治家。
労働組合パワーにより 方針をかえる 社長。

生徒の 顔や 我が子の 顔色ばかり見る
先生や 両親。

1つ 1つ あげても 枚挙にいとまない。

お経に八つの【 顛倒 】を書き
戒めた 言葉があるが 用紙の都合で 2~3 紹介しよう。

【 常転倒 】
人が 病気や 災害で亡くなっても
わたしだけは 100年も 200年も 死ぬわけがない。
と 財産や 名誉や 権力に しがみついている人。

【無常転倒 】
この世は 無情である。
どんなに 頑張っても 世の中の全ての物は
滅び去ってしまうのだ。
こんな 苦しい日々を 送っているくらいなら
今日でも 明日でも 死んでしまった方が マシだ
と 考える人。

【楽転倒】
苦しみの 原因を知っていて それが やまらない。
飲みすぎると 肝臓が痛むのを 分かっていて
飲み続ける そんな 意志の弱い人のこと。

般若心経の 解説書のなかで
【 顛倒 】の 心を 持っている人に
この様に諭している。

哀れなことよ。

いつまでも 長い 迷いのやみじに 入っている人は。
また 苦しいことよ、痛ましいことよ。
煩悩という 酒に 酔いしれている人は。

泥酔している人は
かえって 酔ってない人を 笑う。

また 迷いのやみじに 眠り過ぎているものは
目覚めているものを あざける。


悟りの 世界のことを 十句観音経にも あるように

【常】【楽】【我】【常】と ある。

常に 永遠の 大生命の中に 安住しているから
そこに 楽しみが わく。

それは 本当の [我]というものの 本体であり
そこは 浄らかな しあわせの 境地である と。

皆さんの中で 【顛倒】している人が いたならば
是非、眼鏡を 元に 戻してもらいたい ものだ。
合掌





150210-3image.jpeg

image.jpeg

【 風が吹けば 桶屋が儲かる】



150209-1写真


立春もすぎ
待ち度しい 春の匂いを 声を
嗅ぐことができるかと期待していた矢先、
天気予報では 大雪の 警報が出た。

東京では お昼から
わたしたちの 関西、四国では
夜半から 朝方にかけて かなりの積雪が 有るだろうと。

しかし 嬉しい 誤報で
パラついた所こそ あったが 積雪は なかった。

天気予報衛星が 宇宙から 逐次 情報を提供してくれる。
しかし 役にはたつが 外れることも 多い。

わが 小豆島でも 少し前までは
漁師さん達は 空と 海の具合を見て
ピタリと お天気の推移を 言い当てたものだ。

不思議で ならなかったが 自分の 肌と 経験で
それが 分かるようになったのだろうね。

洋の東西を問わず 経営者は
経済は どうなっていくのだろうか?
会社は どうすれば良いのか

先見性を 持ちたいと 望んでいるが
これが また 難しい。


150209-2image.jpeg

image.jpeg








【 風が吹けば 桶屋が儲かる 】

昔からの 諺であるが ボンヤリは知っていても
答えなさいとなると 案外 答えられないものである。

突風でも 微風でも 風が吹けば ほこりが立つ。
ほこりがたてば 目の中に ほこりが入る。
ほこりが 入ると 失明して 物が 見えなくなる。

盲人が 増えると 生活のために
三味線を 弾く人が 増える。

三味線が 売れると 猫には 可哀想だが
猫の 数が 減る。
猫の 数が減ると ネズミの 数が 増える。

ネズミが 増えると ネズミに かじられる
樽が 増える。

樽が 必要な人は 仕方なしに 新しい 樽を買う。
樽の 需要が 増え、樽屋は 大儲けする。

そして [風が吹けば桶屋が儲かる] のである。

でも これは 屁理屈だね。


150209-3image.jpeg

image.jpeg








もし あなたが 桶屋の 大将だったら どうしますか?

先見性を 持った目で、儲かる為には
どんな 手段をとるのだろう。

樽屋は ネズミを 増やさなければ ならない。
その為には 猫を 1匹も いなくしなくては ならない。

その為には 三味線が 売れなければならない。

それには 目の悪い人が 増えなくてはならないし
目を 悪くする ホコリが立つためには
風が 吹かなければ ならない。

こうして かさのぼって 追求していくのである。

水が 高いところから 低いところに 流れ込んで
そして ついに あなたの池に 流れ込むように

あなたが儲かるための必然的な要素を、
逆に 逆に 類推していき、それに基づいて
計画を立てていくことが 必要である。

あなたが 的確な 先見性をもつには
漁師さんが 天気を 読むように
人任せにせず 自分の 経験した身体で
自分で 判断をしなければ ならない。

そうすれば [ 風が吹けば桶屋が儲かる ]
構図が あなたにも みえてくるだろう。
合掌

【 わたしたちの 心も 身体も 連綿として受け継がれていく 】


150208-1写真




昔 、お酒屋さんの お店の 隅に
お婆さんが いつも 座っていた。

駄菓子屋のような 暗い感じのお店だった。

若きころ、フォークソングで
【小春 おばさん】という 歌を聴いたが
その度に いつも 酒屋の お婆さんを彷彿させた。

ポカポカと 照らす 小春日和の陽射しも
お婆さんの 座る 薄暗いお店も 他と同じように
明るく 照らしだす。

そして 春夏秋冬 どんなときでも
お婆さんは そこに居て 笑顔を 振りまいてくれる。

その お店には 時々 若いお嫁さんの 姿も みえて
孫が その周りを 走り歩いていた。

いつの間にか お婆さんの 姿は
プッツリと 見ることが出来なくなり
お婆さんの 椅子に お嫁さんが座るようになった。

そして今、お店を 明るく改造をして
そこには お婆さんの 横を 走り回っていた
お孫さんが 重責を 担うようになった。

お店の 横の 倉庫を 改造して
なんという名前かは 知らぬが
立ったままで お酒が 飲めるような
コーナーまで できた。

お婆さんが それをみたら
目を 剥いて 驚くだろう。

ともあれ わたしが その店を 知ってから
3代の 人たちが 入れ代わった。


150208-2image.jpeg

image.jpeg







生物が この世に誕生するのに
四種類の 生まれ方が ある。

1つは 【 胎生 】といって 人間や 動物のように
お母さんの お腹の中で 大きくなり
お母さんの お腹を通って この世に 誕生する。

2つは 【 卵生 】といって 鳥や 爬虫類のように
卵として 存在し、のちに 卵が割れ 雛が かえる。
あの 恐竜も この種類 だったんだね。

3つは 【湿生 】と いって カビや ばい菌のように
湿った ところから 出現する。
それを 人間は 大喜びで 頂くね。

最後は 【 化生 】と いって
蝶や セミや カニのように 最初は 卵として 出現するが
毛虫や オタマジャクシに 姿をかえた 挙句
全く 違った 姿に 変身する。

このことを 《 四 生 》という。

人間の 目からすれば どんなに
『 いや、わたしは 違う方法で 生まれてきた』と
言いはっても 全て おみとうしで ある。

毛虫が 『わたしは 毛虫である』と 胸を張っても
その前は 卵だったのを 知っているし
やがては 蝶々になり あたり一面 飛び歩くのも
知っている。

このように 過去の世界、現在の世界、未来の世界
と 3つの世界から 成り立っている。

このことを 《 三世 》という。

わたしたちも 過去の 父や母、ご先祖さまより
身体も 心も 性格も 受け継ぎ
それを 子孫に引き継がせてゆく。

外国では わたしの 父も この仕事だった。
おじいさんも この 仕事だった。
そして 先祖、何千年も この仕事だった。

わたしの 息子たちも
今、わたしの仕事を 勉強中だ。

お酒屋さんも 先代の お仕事を受け継いだ。

未来に 引き継ぐとき 今までよりも
少しでも 良いようにして 引き継がなければ
ならない。

そのためには わたし達は
毎日を 切磋琢磨して 精錬された
匠な 業を 後に残さなければならない
使命が ある。
合掌

【 本当の 妙好人 とは 】




150207-1写真


節分も 終わり 立春を迎えた。

月日の 経つのが 本当に早いと
関心をしていることろに 知人から 電話がかかった。

ご自分は 大病を患い 大分 快復してきた。

そんなとき、奥さんが ちょっと 忘れっぽくなり
奥さんは 別々の病院に 入ることになった。

『わたしに 介護が欲しいぐらいだけれど
今週中に 退院して 家内についてあげようと思う。
わたしの 名前ばかり 呼ぶようなので』

その事を もう1人の 知人に電話をした。
なんとか 良い方法が ないものかと。

もう1人の 知人は 言った。

『あなたにも 誰にも言ってないけれど
実は 長男の奥さんと 今回 入院した 奥さんとが
不和になり 長男一家が 家を出たみたいだ。

冷たいようなけれど わたしも 君も
どうすることも できない。

してあげられることは 長男一家と 本人とが
話し合う 機会を つくってあげることしかない』

そして 彼は 続けた。

『うちも 亡き 母親が いた頃は
一家が 地獄絵図の ようだった。

2~3日 行方不明になって 発見されたのが
自宅から 10キロも先の 海だったり
家内と 2人で お風呂に いれていると
「誰か 知らん人が わたしの 衣服を 脱がす。
エッチ ! 」
どうにも ならなかった。
昼間は グウグウ 寝て
夜には 元気になって 徘徊するのだ。

そんなとき わたしは勿論のこと
家内、孫たちが 一丸となって 介護をした。

一家の 絆というものを 感じた
10年間 だったな』


150207-2image.jpeg

image.jpeg







《 妙好人 : みょうこうじん 》という 言葉がある。

辞書で引いてみると
えもいわれぬ、何ともいえない好ましい
素晴らしい人 と なるが 仏教では少し 違うようだ。

妙好人と 大勢のひとから 言われていた 老婆がいた。

ひなびた 漁村に住んでいる 老婆は
生かされていることに 感謝し
家族全員が 無事で 幸せな日暮らしができることを喜び、
常に 神仏に 手をあわせていた。

ある夏に 家族全員が 対岸にある
親戚の お家に 行くことになった。

風もなく 波も立っていない 小舟は
順風万歩に 水面を滑るように船出した。

ところが 舟が中ほどまで 進んだときに
子供がでも 騒いだのだろうか
舟が 転覆して 腹を見せてしまった。

家族は 必死の思いで 舟に すがりつき
安全を 確かめつと 妙好人の 老婆の姿が見えない。

ちからを 合わせて 舟を元に 戻すと
老婆は 舟の真ん中で 一生懸命 手をあわせていた。

150207-3image.jpeg

image.jpeg






仏教でいう 《妙好》とは
清浄な 白い 蓮華の中を いう。

無心に 学問がなくても 教育が なくても
愚かな考えを 持つこともなく
自然の恵みに 感謝して 清く正しく 生きる。

これを 妙好人と いう。

では 非妙好人とは
学問が できても 教育がなされていても
愚かな考えや 行動をして
自分のことしか考えず 不平不満で 生きる かな。

1人の 知人の 一家は 総出で お婆さんの介護をした。
片方の 家族は 言い争いが原因で 家を 出たまま、
家族に 何が起ころうとも 知らぬ存ぜぬだ。

『うちの子は 成績が よくって』

と、自慢するよりも 心根の優しい
慈悲と 智慧をもった子に 育てたいね。

そして そんな人のことを わたしたちは
『 お観音さん 』と いう。
合掌

【 花の色は移りにけりな いたずらに わが身世にふるながめせしまに】



150206-1写真


色はにほへど 散りぬるを
我が世 誰ぞ 常ならむ
有為の奥山 今日 越えて
浅き夢見じ 酔ひも せず


いろはにほへと …

有名な いろは歌は 高野山の宗歌であり
空海が 作ったことを ご存知な方は 少ないだろう。

本山は もちろん 高野山高校 聖歌隊のみなさんの
いろは歌の コーラスを聞くと
物悲しくなるのは わたしだけでは ないだろう。

わたしたちが 使っている あいうえお…だね。

一休さんが 子供たちを あつめて
地面に いろは を 教えている絵を
何度か みたことが あるだろう。

空海も 綜藝種智院という 日本で初めての
私学を 作って 子供たちを教えたんだよ。


150206-2image.jpeg

image.jpeg







諸行無常 是生滅法
消滅滅己 寂滅為楽

春に 匂い豊かに 我がよの春と
咲き誇っている 梅や桜の花も
やがては はらはらと 枝から 花びらを落とす。

森羅万象 縁ありて この世に生まれたものは
ことごとく 滅びなくてはいけない。

人間とて 然り。

いつまでも 若い若いと 思っていては いけない。
いつの間にか 歳を取ってしまい
遂には 死を迎えなければならない。

『 諸行は 無常である 』

自然の 摂理さえしっておれば
嘆き悲しむことはない。


150206-3image.jpeg

image.jpeg







わたしたち 人間を はじめ ありとあらゆる物は
因縁によって 生まれ 、去ってゆく
新陳代謝を 繰り返しているだけである。

この 永遠不滅の 真理に気がつけば
はかない 生命を 嘆いたり
無情で 浅ましい夢を 追って
物事に こだわることは ない。

煩悩の 迷いの酒に 酔ったりすることもなく
いつも 明るい心で 永遠に生き抜くという
安心した 信念を持つことが できる。

人生わずが 50年。
今は 少々 平均年齢が 伸びたからといって
大宇宙からみれば 瞬きのような 時間だ

せっかく 頂いた 大切な命だからこそ
生かされている 今、怠惰な日を 過ごさないで
充実した 日暮らしを 送らなければならない。

色は 匂えど 散りぬるを…。

空海は 歌のなかで わたしたちの
毎日の 生活の 大切さを教えたのだ。
合掌

【 みなさんも 1度、般若心経に 触れてみよう】





150205-1写真


何十年か 前の 話である。

住職と お勤めをしていたのだが
一箇所が どうしても お経があわない。

経本を 見せてもらったら
わたしたちが 勉強したのと 2文字違っている。

住職に 聞くと ( その当時は わたしが住職だが )
わたしたちが 使っていた 2文字は
今様でなく 不適切な言葉なので
真言宗 各山の 偉いさんの手で 書き換えられたそうだ。

釈迦の 教えというものは 何があろうが
絶対に 書き直される、変化してはならないことだ。

その時 その時の 人間の手で 少しづつ 書き換えれば
何年か過ぎると 完全に 釈迦の 伝えようとしたことが
曲解されてしまう。

しかも その 2字は 本を読めば読むほど
経を 唱えれば 唱えるほど
いろんな ところに 登場する。

『どうして この経本に 関してだけ
釈迦の 教えまで 曲げてでも 書き換えたのだろう? 』

偉いさん達の 決定なので
わたしの様な 外野が とやかく言う事は ないのだが

ともあれ、
この世にあるものの 全ては 変化するのだ。

赤ちゃんは いつの間にか 大きく成人し、
結婚して 新しい命が 誕生する。

やがて 歳をおい、病気になって 死んでいく。

金持ちが 逼塞し、貧乏人が 天下をとる。
新しいものは 古びてしまい、グラスは 割れる。

山や 海や 島までが 変化する。

そして
わたしたちの 心まで 変化するのだ。


150205-2image.jpeg

image.jpeg









【色即是空】【空即是色】

般若心経の 中に はっきりと 書かれている。

この世の中で 変化や 風化しないものは
なに一つ ない。

わたしたちが 住んでいる 現世 ( うつしよ ) は
朝陽の 前の霧のようなもの、夢幻であって
実体がなく 掴み所がない。

【真理】とは どんなことがあっても
絶対に 変わらない 不動の心のことだ。

わたしたちの 実生活の中で
猫の目のように コロコロ 変わると
信用のない 人間に なってしまう。

いちど こうと決めたら 大山の如く
揺らがない 心が 真理なのである。

【般若心経】は 三蔵法師が
孫悟空や 沙悟浄や 超八階と 一緒に
インドまで行き、釈迦の 教えの書かれた 本を
西安まで 持ち帰り 長い年月をかけて
大般若経 600巻として 編集した。

その 大般若経の 膨大な エキスを
たった 262文字を 凝縮した
とてもありがたい お経なのだ。

みなさんも 是非、般若心経に 挑戦して
移り変わるこの世で 本当の 真実とはなにかと
お勉強を してみるのも いいだろう。
合掌






150205-3image.jpeg

image.jpeg







【 わたしたちの 住んでいる 現世 ( うつしよ) は 幻のようなもの 】



150204-1写真



『えっ この ご染筆、
そんなにありがたい 物なんですか 』

「 これだけでは ないよ。
これも これも…。
あなたが 生まれる ずっと前の
管長さんの 染筆だから 知らないだろうけども」

『 なんと ! うっかりと 捨てるところでした』

住職と 2人での 話である。
ご染筆の 1つ 1つには どれにも 思い出がある。

本山布教師の 辞令を頂いて
当時の 管長猊下に 先輩と一緒に 挨拶にいくと
ちょうど 染筆を 書いていた 猊下から
『ほら』と、書きたての 半切を 頂いたこと。

結婚式が おわり 東京のホテルで
当時の 管長猊下に バッタリ会い
新婚旅行中で有ることが わかると
『ちょっと まっとれ』と。
お部屋に 引っ込んで 暫くして
『おめでとう』の 言葉と一緒に 頂いた染筆。

あれも これも いろんな 思い出がある。

「 管長猊下の 染筆を
デパートや その辺で 求めたのではない。
猊下の 優しいお心が この中に 詰まっているんだよ」


150204-2image.jpeg

image.jpeg







釈迦の お諭しの 言葉がある。

これは わたしの 財産だ。
わたしの 家だ、土地だ。
わたちの 息子だ、娘だ、女房だと
思い込み それは それは 大切にする。

愚かにも それらを 守ることに苦しんでいる。

自分の 身体でさえも 思うようにならないのに
財産や 子供が どうして 自分のものであろうか。

中国の 司馬温公という人も このように いう。

『子孫のために 万巻もの 書を 積んでも
子孫は それを 読まないかも しれない』

『子孫のために 大金を 残しておいても
子孫は それを 守ることができず
一文無しに なっているかも しれない』

『子孫を 未来永劫に 栄さそうと思えば
世の 人々のために 隠匿 ( いんとく )を
積んでおくことが 大切である』

確かに 大病院の 息子が 医者になるわけでもなく
財閥でも 子楽 孫貧乏と
孫の代で 食いつぶしているかも しれない。

この世に 有るものは 何 1つ 自分のものは ない。



150204-3image.jpeg

image.jpeg







ゆく川の流れは 絶えずして
しかも もとの水に あらず

よどみに浮かぶ うたかたは
かつ消え かつ結びて
久しくとどまりたる ためしなし

世の中に ある人と 住処と また かくの如し
( 方丈記 )


わたしたちが 住んでいる この現世 ( うつしよ ) は
霧や 幻、カゲロウのようなもので
なに一つ 自分の ものはない。

ただ わが身は 荷物の 一時預かり所の
職員のようなもので
天命と言う お客が 取りにきたら
いつなん時でも 引き渡さなければ ならないのだ。

カゲロウの ようなものを 大切にするよりも
日ごろの 隠匿を 積むべし とある。

隠匿
世のため 人のために 善行をつくせ。
だが 黙って やれ。

隠匿を 積めば やがては
自分や あとあとの 子孫に かえってくる。

あの 管長猊下が わたしたちに 下さった
ご染筆も 隠匿を 積まれたのだ。
合掌

【 節分 会 】




150203-1写真


大本山 【小豆島大観音】にて 節分祈祷が あった。

節分は 土用と同じで
立春、夏至、立秋、夏至の 1日 前の日だ。

四柱推命では この日までを 昨年の1日と見る。

季節の変わり目は、
邪気【 鬼 】が生じると考えられており
それを 追い払うために
悪魔払いの 行事が 執り行われた。

平安時代から【 鬼儺 】が 生まれ
西暦 706年には 宇多天皇が 鞍馬山の鬼が
京の都を 荒らすので 三石三升の 豆によって
目を潰して 退散させた とある。

鞍馬山の 鬼とは 比叡山でも そうだった様に
僧兵が 神輿を担いで 暴れまわって
いたのだろうね。

何にしても 今日は どのお家も
『鬼は ~ そと 』『福は ~ うち』と、
恵方巻きを ほうぼりながら 豆を撒くのだ。


150203-2image.png

image.png








【 それ 仏法 遥かに あらず
心中にして すなはち ちかし 】

青い鳥を求めて しあわせを求めて
地球の果てまでも あちこち 追い続けた。

しかし 青い鳥が いたのは
しあわせが あったのは なんと
自分の 心のなかに あったのだ。

自分の 考え方 1つで わたしたちは
世界一 しあわせ量の 多い 1人に なるだろうし
世界一 不幸な 悲劇の ヒロインにもなるのだ。

比叡山や 鞍馬山から お神輿を 担いで
下りてこなくても
自分の 心のなかに 堂々たる鬼を 飼っているのだ。



150203-3image.jpeg

image.jpeg






釈迦は 四諦八正道という 教えのなかで いう。

【 わたしたちの 最大の敵は《苦 》である。
苦を除いたその時に 本当のしあわせが 生まれる】

苦しみを 生じさせる 最も悪いものが 3つある。

【 三毒 】貪 瞋 痴 である。

⚫︎ 貪欲
⚫︎ 瞋恚
⚫︎ 愚痴

読めば 分かるし なんども 既に説明したので
今日は 省略するね。

望んだ これらの 1つ1つが 思うように
成就しなかった時に
わたしたちは 不平不満を 感じ
その時に 【 苦 】を 生じる。

小豆島大観音 節分祈祷の お護摩の火も
節分の 豆まき 鬼退治も
所謂、三毒を 自分の 心で やっつけよう
退散させようと しているのである。

恵方巻を ほうばるだけでなく
節分祈祷の 意味は、豆まきの 意味は? と、
考えてみるのも いい 節分会に なるだろう。
合掌

【 わたしたちは 心の 持ちかたによって 地獄にも 極楽にも いける 】




150202-1写真



『いつまでも 若い 若いと 思っていたら
いつの間にか 年寄りの仲間に 入ってしまった。
もう 余命いくばくも ないよ』

「この世の中は 無情というが 本当に そうだね。
生まれたが最後 どんなに 足掻いても
年をとって 病気になって 死んで行くんだ。
これは どんな人でも 絶対に避けられない」

『死ぬと 思うから 問題が起きるのであって
六道は 輪廻すると思えば ジタバタしなくて いい』

「わたしたちの 業( なりわい ) のなかで
善悪の 度合いによって 行く道、行く場所が
変わるんだろう。
地獄とか 極楽とか よく聞くよ」

わたしたちは 生前に 善行を尽くせば 天国に
悪行を続けた その果ては 地獄に堕ちると
言い聞かされて きた。

【 六道 】

地獄 餓鬼 畜生 修羅 人間 天。

両手を 上に向けて 広げてください。
左手の 小指が 疑獄、薬指が 餓鬼…と 読んでいく。

地獄には 針の山があったり 血の池 茹で釜とうがあり
鬼に 追い立てられて 苦しみから絶対に 抜け出せない。

餓鬼は よく 『 この ガキがー ! 』と、拳を振り上げるが
欲望の 塊で 幾らあっても 満足できず
欲求不満の 塊のことをいう。

畜生は 動物のように 弱肉強食。
他人に たいして 慈悲の心も 思いやりの 欠片もない。

修羅 修羅場とか 阿修羅とか よく 使うね。
戦争、戦いが 好きな人。
いつも 隣の人に 負けまいと 目をギラギラさせて
気の休まることもない。そんな人間のことを 阿修羅という。


150202-2image.jpeg

image.jpeg







人間界は わたしたちの 世界の事だから
言及することは 控えよう。

これで 右手の 小指まで きた。

六界とは この上に 天界が あるが
その 天界を 4つに わけて 十界に なる。

天上界 声聞界 縁覚界 菩薩界 如来界

天上界
やること なすこと 全て 上手くいき
他人の 喜びや 苦しみなどに 全くの無頓着で
得意の 絶頂にいる人。
この人たちを わたしたちは 有頂天という。

声聞界
釈迦の お話をきいて 納得し 満足して
この世の 道理を悟ることができた人がすむ 世界。
しかし 自分 1人だけ 悟り 幸せになることを
良しとする人。

縁覚界
桐 1つ 落ちて 天下の秋を 知る
自然界の 動きを見て この世は
縁によって 生まれ、縁によって 滅びるという
因縁を 悟った人たちが 住む世界。

しかし 声聞 縁覚 共に
自分さえ 悟り 幸せになれば いいと 考える人たち。

菩薩界
お観音さんとか お地蔵さんとか
皆さんも よく知っている お方である。
冠をかむったり瓔珞 首飾りを つけて
非常に 私たち人間に近い お姿をしているが

上求菩提の 峰高く 下化衆生の 谷深かし

自分とともに 他人を救い
悟りを 得させることが 目標である人の ことだ。

間違った 欲望を持つこともなくなり
我を通して 人とぶつかり合うことも 無くなり
急に 要らないからと 言って 怒り出すこともない。


150202-3image.jpeg

image.jpeg






天界は 言わずもがなだが
これで 右手の 親指まで たどり着いた。

わたしたちの 心は 絶えず ゆり動き
この 十指の 間を 行き来 している。

虐めて 苛めて 虐め抜いて
自殺に追いやる 心に なってみたり
欲望から 抜け出せず 欲求不満な日々を 送ったり
俺が 俺がと 人を押しのけ
喧嘩ばかりしてみたり

わたしたちの 心は 【 色即是空 】。
絶えず 揺れ動いているのだ。

よく 考えてみれば
わたしたちの 【地獄】【極楽】は
死んでから いくところでなく

わたしたしの 考えかた、心の 持ちかた次第で
生きている 今、何方にも いけるのである。

いつも安らかな 心を たもち
自分の なずべきことを なし
周囲の 人から 信頼され 尊敬され

万人と 手と手を つなぎ
しあわせな 日暮らしを する。

生かされている わたしたちの 生き様として
最高では ないか。
合掌

【 八つの 正しき 道 】



150201-1写真


やがて 梅がさき 桜がさき ウグイスが 鳴く。

待ちに待った 春は 結婚の シーズンでも ある。

『えんおうの ちぎり、ひよく れんりの ちぎり
きんしつ あいわす 』

『華燭の典を 挙げられ 偕老同穴の 契りを結ばれた
お二人に あられましたが ………』

来賓の 挨拶に 新郎新婦は 緊張し
今までに 経験したこともない
人生 最大にして 最高の 威儀を正す。

寺での 大法要にしても そうである。

庭儀理趣三昧 なんかでは 一介の僧侶が
入堂から 還列にいたるまで 厳かで ありがたく
目を見張るような 美しさで 執り行われる。

僧侶の 1人 1人が 一糸乱れず 威儀を正し
曼荼羅絵図を 演じなければ ならないのだ。

【 威儀 】とは
挙惜動治が 礼式にかなっていること
重々しい 態度、動作の ことである。

新郎新婦に しても 僧侶にしても
入学 就職の 面接の みなさんも
そこで 人生 最高の 威儀を正すわけだが

その時だけ 背筋を 伸ばすのではなくて
[ 演じるのでは なくて ]

毎日 毎日の 生活のなかで
自然と 身についているものでなければ
ならないものだ。

150201-2image.jpeg

image.jpeg








釈迦は このように 言われた。

【 人生は 苦である。
その 原因は 欲望であり
欲望を 捨てることによって
苦を抜き 楽を与えられる』

それを 実行するために
【 四諦 】【 八正道 】を お説気になった。

日に 日にの 生活のなかで
正しい 生活をしなさい。

正しいとは どの様な ことなのか?

辞書をひけば 間違っていないことだと ある。
だが、ただ 間違っていなければ 良いと
言うことでは ない。

道理に 叶っていることを
正しいと いうのだ。

日に 日にの 生活のなかで 道理にかなった
正しい 生活を しなさい。

【八正道】といって
その 正しい 生活方法は 8つの 方法がある。


150201-3image.jpeg

image.jpeg







《 八正道 》

① 正見 ( しょうけん )
正しく 物事を 見ることである。

② 正思惟 ( しょうしゆい )
正しい 考え方を すること。

③ 正言 ( しょうご )
正しい 言葉を つかう。

④ 正業 ( しょうぎょう )
正しい 行いを する。

⑤ 正命 ( しょうみょう )
正しい 生活を する。

⑥ 正精進 ( しょうしょうじん )
正しく 務め 励むこと。

⑦ 正念 ( しょうねん )
正しく物事を記憶して 正しい信念を持つこと。

⑧ 正定 ( しょうじょう )
正しく 落ち着いた 心を持つこと。

この世の中は
何が正しくて 何が 間違っているのか
見極めるのが むつかしい。

わたしたちの 生活でも そうだ。

朝 起きてから 夜 床に就くまでの間、
ありとあらゆる 色んな 出来事に 出くわす。

その時に なにが 正しくて
何が道理に叶っているのか
よくよく 観察し 把握して 行動せねばならぬ。

演じるのでは なくて
それが 身について なければ ならない。
合掌


プロフィール

子安観音寺

Author:子安観音寺
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
フリーエリア
検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
フリーエリア
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。