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【 独生独死独去独来 】



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もう少しすれば 秋の彼岸だ。
今年も 1年の 4分の3が 過ぎさり

正月に 誓い
そして 心を込めて書いた 初書きが
首を 傾けたまま こちらを向いている。


多勢の人たちが 忙しく 行き交う。
数えきれない程の 人たちが
早足で何処かに 向かっては 去っていく。

もし、ここで 誰かが いなくなっても
誰 1人 気がつかないだろう。

『東京砂漠かあ』

腕まくらを したまま
吸い込まれるように 高く
雲 1つない 真青な秋空を見上げ
女学生のように 感傷に浸っているのは
わたし 1人では ないであろう。

仏教の 言葉に こんなのがある。

《 独生 独死 独行 独去 》

《身 みずから これにあたりて
代わるものあることなし》

わたしたちは この世に たった 1人で 生をうけ
死ぬときも たった 1人で 去っていく。

わたし 1人が この荒波を乗り越えていかねばならず
誰1人として 代わってくれるものはない。

どんなに 愛するひとであっても
愛しい 人であっても 代わりに生きてゆくことは
到底 できる話では ない。

[ 肉体の 連れはあっても 心の つれは いない ]

どんなに 多くの人に 囲まれていても
自分の 気持ちが 分かってくれる人が
居ないということは こんなに寂しいことはない。



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そして わたしの 何時もの 台詞
『 あなたは 真の 友人は 何人いますか?』だ。

『1人だ 』
『5人だ』
『たくさん 居るよ』

そして その人には 自分の 気持ちを
つつみ隠さず なんでも 言える ?

よく お互いの心の 奥底を 探り合ってみると
『ああ、ここでは 言わない方が いい』
一呼吸 おくことがあるだろう。

話し合えば 会う程、こころが 噛み合わず
お互いの 感覚や 価値観を
浮き彫りにしてしまうことが ある。

『 あの人には なんでも 言える』

これは 言える範囲で 言える程度なら
『 なんでも 言える 』で、
自分の 悲しみ 苦しみを 【真から】話せ、
【真から】分かってくれるひとが 居るならば
どれだけ 救われるだろう。


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【真の 友人】を つくり 維持するには
相手の 心中を しっかりと 把握した上で
お互いの 思いの 違いを認めて
歩み寄らなければならない。

相手に 我がこころを 理解して貰うことであって
わが 心を 無理やりに 押し付けることではないのだ。

無理やりに 押し付けておいて
『あの人は わたしの 心を さっぱり理解してくれない。
あんな人とは 思はなかった』と。

【東京砂漠】のなかで 人知れず 死んで行く人。

数は 数名だが 我が遺体を前に
心から 悲しんで くれる人。

人生、どちらが 幸せなのだろう。

寂しくて 何かをしなければ ならないのだが
何をしても わたしに心を
紛らわすことはできない。

悠々自適に 秋空を 観ながら
感傷にふける わたしで あった。

合掌



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