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【 山川草木 悉有佛性 私たちと同じように 皆 生命を持っている】



150106-1写真




寒風の中 寺の周りを 歩いてみた。

どの家も この家も 廃墟と化し
子供の声や 泣き声など 聞くこともない。

寺の真下に 性悪のガキ大将が いた。

もっと 大きかったかと 思ったが
ミカン畑が 今も名残として残っている。

目は 見えないが 耳の 物凄くいい お婆さんがいた。

ガキ大将のお宅で 遊びに夢中になっていたとき
お婆さんが 叫んだ。

『誰かが うちの ミカンを 盗んでいる』

わたしも ガキ大将も 全く 気づかなかったのだが
お婆さんの 命令一下
『こら 待てーっ』と 後を おった。

その お家に たどり着いたのだが
わたしも ガキ大将も 思わず息をのんだ。

戦後直後の事で どこのお家も 食料事情も良くない。

まるで 戦前か 戦時中のような 真っ暗な土間で
兄弟が 今、とってきたミカンを 大事そうに
分けあっていたのだ。

流石の ガキ大将も 一言も 声がでず
すごすごと 退散し、わたしも 後をおった。

お婆さんに これこれシカジカと 話すと
『もっと 持って行ってやれ』との事。

そのときの あの兄弟の 嬉しそうな顔と
それを見て喜ぶ ガキ大将の顔が 忘れられない。

思い出だけが 彷彿として 残り
だ~れも 居ない空虚な空間。

世の中は 移り変わっているのだ。


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わたしたちは お食事を 頂くとき
1番最初に 綺麗なお箸で 食膳の飯を
一箸分だけ 取り分けて片隅に置く。

【 じきじ作法 】といって 食事をするとき、

動物のように 【喰らいつく】のではなく
感謝とともに【頂く】のですよ、とか

動物のように 顔を食べものに近づけるのではなく
お箸を上手に使って 食べるにですよ とか

動物のように 音を出して食べては 駄目だ とか
お約束事が ある中で

その【動物】 いわゆる 餓鬼に 供養しなさい
と ある。

食事を 頂いたあと、感謝をしながら
食べる前に 取り置いた お物販を
鳥や 動物に 供養する。

法事に 行ったときに 施主の方が
『鳥に 食べられないように サランラップを
まくのですわ』との言葉に
ガッカリして 帰ることがある。


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高野山の 前管長猊下が よく仰っていた言葉に
《 一切衆生 悉有佛性 》がある。

比叡山でも 《 草木国土 悉皆佛性 》とあり

人間や 動物だけでなく 山や 海、空や 大地に至るまで
山川草木 全て ( 仏さんの ) 生命を 持っている。

無駄な 開発をしたり 何十億年も かかって
やっと出来上がった 資源を 僅か 100年や200年で
使い切ってしまう 勢いである。

『お互いが お互いに 助け合っていかなければ
地球環境なんか すぐに変わってしまう。

勿体無いことだ』

お出会いするごとに 前管長猊下は そう仰る。

そのためには わたしたちは
1人 1人に 思いやりの心を もち
1つ 1つに 感謝の気持ちを 持たなければ
ならない。

その 心を【仏心】といい 仏さんの心であるし
その行いは 【菩薩行】という。

あのときの おみかん。
あの友人は 今でも 思い出しているかな ?
合掌

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