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【過ちを 犯す 自分の弱さを認めれば 他人の 悪を 許せる】




150114-1写真


今、仏教の祖国である スリランカは
大統領選の 真っ只中である。

北海道よりも 少し 小さく
九州よりも 少し大きな スリ ( 光り輝く )
ランカ ( 島 ) である。

わたしも 謁見の栄誉を 受けたが
現大統領こそ 長年続いた 民族戦争 宗教戦争を
集結した 偉大な人なのだ。

シンハリという 全体の7割以上をしめる多数派 仏教徒と
南インドから 南下して スリランカ北部に住む
タミールという イスラム教の人たちが
26年に渡って( 民族戦争は 何百年も続いているのだろう)
憎しみあい いがみ合い 敵対しあい
7万人という 大切な 命までも 奪い合った。

何代もの 大統領が 無し得なかった 平和を勝ちとった
現大統領は 評価して当然だろう。

この 戦争の終結には
お互いが 自分の非を認め
お互いが お互いを 許しあったからこそ
実現したのだ。


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仏教の 祖国 インドも 残念ながら
国教は ヒンズー教であって 仏教ではない。

釈迦が お生まれになる 紀元前 5世紀までは
バラモン教という 民族宗教を 信仰していた。

13世紀に( 日本で言う 室町時代 ) に
イスラム国が でき
16世紀 ( 江戸期 初期 ) に ムガール帝国が
国内を 統一した時点で 仏教は 消滅する。

インドを お参りしてみると
ターバンを 巻いている民族、背の高い 民族、
髭を生やした民族と 見て判断する事はできるが

わたしたちから みて
同じ インド人という 1つの 民族ととしか見えない。

( カースト制は 残って いるものの )
何十という 民族と 何百という 部族が
寄り添うように 助け合って生活している。

俺は 仏教徒だ。
俺は イスラムだ。
俺は キリスト教だ。

そんなことを 言っていたら
こんな 平和な インドの旅は
迎えることが できなかっただろう。


150114-3image.jpeg

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キリスト教や ユダヤ教は
絶対に 過ちをしないのは 神のみであって
アダムとイブが 楽園を追放された そのときから
生まれながらにして【悪の子】として 生まれてくる。

人間は 神ではないのだから 必ず 悪いことをする。

しかし 神を信じ 神がその悪を お許しになることで
救われるのだ。

わたし達 仏教とは
【生まれながらにして 仏の子】として 生まれてくるが
少しずつ 是俗の 垢がたまり
大人になるに連れて 三毒をもつ
悪人に 成り下がってしまう。

しかし わたしたちも
【懺悔 ; ざんげと 読む】することによって
自分は 過ちを犯す 弱い人間で有ることを 認識し
同時に 他人の 弱さを許せる 人間になることが
教えられて いるのである。

自分自身の 弱さをしっかりと 把握しておかなければ
他人の 弱さを 認識できなくなる。

みなさんは どう ?

隣の 人の 悪を 許すことが できる?
合掌




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