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【 四 無 量 心 】





150116-1写真



大巨匠 【天光軒 満月 】先生が
全国で 介護施設をなさっている 会長さんと
お参りになった。

『新春の ご挨拶に』と 申されるが
体調を 少し崩された 会長さんの
病気平癒 祈願の為であることは 分かっていた。

小豆島大観音を 皮切りに 恵門ノ不動
山ノ観音 そして 本坊 子安観音寺に帰ってきて
今、進行中の 本堂の 進捗具合を 見ていただいた。

丁度 宮大工 西嶋工務店の みなさんが
一心不乱に 屋根瓦を 張っていたところで
『わたしたちの 名前が 永遠に残るから』と、
みなさん 自筆で お名前を 残していただいた。



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『わたし 先日、大島に 行っていたんですよ』
一息ついて お茶を啜りながら 満月先生が いった。

「ああ 先生が 毎年 訪問されている島でしょう? 」

1年に 1度、
ハンセン病で 心身とも疲れ果てている人たちに
浪曲を 聴いてもらっては 心を癒していたのだ。

わたしの 幼い時、 八栗屋島に お参りした時は
真白な 着物をきて 楽器を鳴らす 傷痍軍人の方の横で
彼らは ひっそりと 横たわっていた。

ハンセン病は 青年期、決起盛んなときに
発病する例が 多かったのだが
ある日 突然、親兄弟 妻子と 突き放され
あちこちの 収容所に 送り込まれた。

自分の 病身を見つめ、杏樹と厨子王のように
最愛の 人たちと 断ち切られた
彼らの 悲しみと 憎しみは 想像に絶する。

『今は 親戚同様に わたしを迎えてくれますが
当初は なかなか 心を 開いてはくれませんでした。

「島に 来られた人たちは
和かな顔で また きますねって 帰っていく。
しかし 誰一人として 続けて訪島したものは ない」

先生が 島を訪ねはじめて 3年目だった。

みんなで 食事を 取っていたときに
横の テーブルをみると エビフライが 残っていた。

「だれも 食べないのなら
これ、わたしが 頂きますよ」

言うや否や 「アムッ」と 食べてしまったのだ。

『なんと !
汚くないのか、わたしたちの 食べ残しが…』

島の 方々と 先生との心が
1つになった 瞬間だった。



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《 四無量心 》

真実の 心、変わらない 心。
これを 仏心と言う。

⚫︎ [ 慈の こころ ]
全てのものに 慈しみをもつ 心

⚫︎[ 悲の こころ ]
世の中の 不幸に 悲しみを 持つことであり
哀れみの 心

⚫︎[ 喜の こころ ]
他人の しあわせを 喜び、
自分の 喜びを 他人に 施す心

⚫︎[ 捨の こころ ]
自分を 捨てて 人の 喜び しあわせを
守ろうとする こころ


そう 四無量心とは 慈悲喜捨の ことである。
[ 仏心とは 大慈悲 これなり ]
この 心の ある人を 仏といい 菩薩という。

満月先生は 正真正銘の お観音さんだったんだね。

わたしも みなさんも
口先だけの 見せかけの愛で なくって
真実の 心で 体当たりしたいものだね。
合掌



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