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【 頭で 考えるとともに 体験を しよう 】



150222-1写真

小豆島八十八ケ所 霊場巡拝の お遍路さんも
チリンチリンと 錫の音も高々に
白装束に 金剛杖の お姿が 咲きこぼれる
梅の花 桜の花の 間を見え隠れする。

1人の 青年が お参りしてきた。

ずっと巡拝を続けていた 祖母が 寄る年波で
めっきりと弱り お遍路さんが 出来なくなった。

その おばあちゃんが 今年が 大学受験と
頭を悩ませている 孫をみて

『小豆島の 聖地を踏んで お大師さんに
背中を押して もらいなさい。
きっと 何かを 教えてくださる』

お大師さんでなく おばあちゃんに
背中を押されて 遍路を 決心したという。

『実際に体験して みなければ駄目だ。
頭の中ばっかりで 考えていると
全てが 前に進まない』

わたしたち 密教を 重んじているものの 行とは
空海の 教えを 理論的に学習することと
それを 実践していくことと 2本だてである。

かって 空海と 最澄は 法の友達で
お互いに 勉強した経本の 貸し借りをしていた。

ある日を 境にして 空海が 貸し出しを拒んだ。

『あなたは 比叡山を 捨てられますか?』と。

空海も 思いきったことを 言ったものだが
ここで 比叡山と 高野山の違いが 如実に出ている。

比叡山は 勉学を重んじ
高野山は 勉学の上に 行を重んじた。

『お大師さんが どれだけ 難行苦行なさったか
この身体で 体験してきます』

青年は 石段を 降りて行った。

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日本で 1番 最初に 砂糖が入ってきたのは
745年に 鑑真が 唐から持参したものを
孝謙天皇に 献上したのが 始まりだそうだ。

大化の改新から ちょうど 100年後だね。

日本の 1番 最初に 金平糖を 食した人は
織田信長だと いう。

孝謙天皇にしても 織田信長、豊臣秀吉も、
家来が 『お砂糖は どんな 味ですか?』ときくと
どのように 答えるのだろう。

『それは 雪のように 白くて
細かい 砂のように サラサラしており
口に入れると 舌がとろけるような 美味のものじゃ』

何百万の 軍を 1人で口説きおとす 大将が
弁舌さわやかに 説いてみても 誰 1人、
砂糖や 金平糖の味が 分からなかっただろう。

それなのに 小指の先に ちょっと付けて
舌の上に 乗せるだけで 一瞬にして
理解できただろうに。

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わたしたちも 日々の生活の中で
進もうか 撤退しようか 考えても考えても
判断が つかないことがある。

会社を 経営している方など
尚 一層の 苦悩だ。

『清水の舞台から 飛び降りると おもって』

そう言いながらも 躊躇している人がいる。
そんな人には こう言ってあげると いい。

『飛ばぬ 腰は 抜けぬ 』

行こうか 戻ろうかと 迷ったときは
取りあえず 進んだ方が いいのだ。

『お砂糖とは…』

と、能書きを 読み上げている暇があれば
自ら 小指に 砂糖をつけて
部下の 口元に 持って行って
『あとは 舐めるだけ』と 膳だてするべきなのだ。

また 清水の舞台にたって 飛ぼうか戻ろうかと
決心が 鈍っている部下には
そっと 背中を 押してやる心も 欲しいものだ。

その 行為こそ 青年に
『小豆島の 聖地を踏んできなさい』と
背中を 押した おばあちゃんの 心である。
合掌
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