スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

私たちの 心は 永遠に生きている

【古代遺跡のミステリー】とか
【悠久たる古代のロマン】
とか古代人が建造した

遺跡が紹介されて大学教授やら考古研究者が
述べて居るテレビ等を吹き込んでよく見る。

エジプト文明、アステカ文明、マヤ文明、中国、インド、チグリス 、ユーフラテスと
挙げると枚挙にいとまないが 巨大遺跡の殆どが【 墓 】である。
その時々の権力者が [自分の存在感を未来永劫に世に残そうと] 造った欲望の塊である。
しかしその野望とは裏腹に 【 欲望の塊 】 の殆どが 一体 誰の墓やら分からないまま
現在に至って居ているので有る。『世紀の大発見である。まだ 特定はできないが、誰それの
墓で有るというとこが 有力視されました。』哀れなものである。未来永劫に世に残そうと
したものが 誰のものかも分からず、誰も手すら合せてくれないので有る。
弘法大師をはじめ、日本の殆どのお宗師さんの墓は 現在に至るまで信者さんは知って居て
そこに行けば 昼夜を分かたず線香の煙が絶えない。
大師は【 御遺告 】(ごゆいごう)と言って入定 ( にゅうじょう お亡くなりになること)
される時 この様にお告げになった。
『 我が身は この世(現世)で果てようとも 魂は永遠に皆さんの心の中にいるよ』
『手を合わせて 南無大師遍照金剛と唱えたその者の処には、この身体を幾十万に分けてでも
影の形に従うが如く その人の心の中に飛び込んで 助けるであろう』
《 大師は死んでは居ない。大師は いまだ ここに おわしますなる 》
昭和59年に 御遠忌 ( ごおんき) と言って大師が入定されて1150回目の 大法要があった。
死んでは居ないのだから、[ 法事 ] ではないのだが 所謂、法事だ。
法要は50年に一度、現代まで続いている。
心の 入って居ない 馬鹿でかい遺跡。[お教えが][お心が ] 未だに通っておられる 高野山。
さて、造った人は どちらを 喜ぶのでしょうね ?
そして 皆さんは、どちらの墓に入りたいのでしょうね ?
『ご法事なんかは もう どうでもいいわ 』『50回忌で切り上げました』
そんな悲しい事を 言わないで シッカリと墓を守ってください。そうでなければ
あなたの墓を見て 後代の方々が『 だれの 墓なんやろ ?誰の 骨やろ? 』と、いいますよ。
合掌
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

子安観音寺

Author:子安観音寺
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
フリーエリア
検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
フリーエリア
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。