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【 苦しみ 悲しみを 乗り越えて 』

昨夜 親戚や友人とお茶を飲む機会を与えてもらった。
住職一家だけが若く 話題はそちらの方に向いた。
『私も 住職ぐらいの 年齢の時は死にものぐるいで働いた。
住職は良いな。曲がりなりにも親がいるもの。』
もう一人が
『私も それぐらいの時、親が死んで
それからというもの 世間の風当たりは強くなった』
『独立した年だった』
もう一人も
『私もそうだ。床に伏していても良い。
《親の重し》という物を 嫌というぐらい 経験させて貰った』苦労話になった。
ジジも昭和54年に 母親が 56年に老僧が遷化して、丸裸になったジジへの風当たりは強く
いうに言えない苦節が有り いまだに息子の代まで引きずっている。
その 最たる理由は《嫉妬 》から生じたものだった。
【 なんで 親や お爺さんのような人たちが 寄って集って…( 昭和54年といえば
ジジも今の住職よりも若かった ) 虐めるのだが』
若さに任せて 《地獄も極楽もあったものか》と 自責の念にかられたりした。
昨夜、友人達は 各々、回顧した。若きあの日、あの時、人しれず 涙したことを。
お釈迦さまは 言われている。『 人前では 笑顔で迎えるが 、全ての衆生は 苦しみを
背負って生きている。長い歴史の中で 葬式を出してない お家が 果たして有るだろうか?
誰一人 病気もしないで 楽しい生活を育み続けている お家が 一体、何件あるだろうか?
そして 一切の衆生は 父母との別れ、子供との別離、死苦八苦に耐え 悲しみを乗り越えて、
笑顔で接しているのだ。汝( なんじ) 1人だけで苦しく、悲しいのでは ない】
友人との会話で 忘れかかっていた お釈迦さまの言葉を 思い出した。
『明朝より 晴れ晴れとしたジジの 顔をみせるぞ ! 』
と、誓ったのだが はて? 今日のジジの顔は いかに?
合掌
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