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【 諸行無常 は 世の習い 】

但馬まで お葬式に行った。

大きな遍路団体の 会長の 妹さんが
行年 73歳で 浄土に旅立ったのだ。

妹さんは 30年前に病魔に冒され
30年間の 壮絶な闘病生活の末 召されたのだ。

【会葬御礼】で団体長の 兄が 素晴らしいお礼を言った。

2人は《良き 兄 》であり《よき 妹 》で あった。

兄は 心から 妹を可愛がり、妹は 心から 兄を 慕っていた。

礼の最後に
『あと 10年は 元気でいて欲しかった』と涙して
声を絞り上げた時、
会葬者 みんな 声をあげて泣いた。

兄も 妹も 信仰熱心で 小豆島八十八ケ所霊場に
手をとりあって よく参拝された。

闘病生活は 《長く》《辛く》《痛く》《苦し》かった。
そんな辛苦を一切 見せず、
只々 心から ご本尊様に 、
お大師さまに《 病気回復》のお祈りをなさった。

とうとう 小豆島にお参りが出来なくなった時、
兄が お供物を持って帰った。

《病気回復》の為に ご本尊様にお供物をしていた
果物やお野菜だ。

彼女にとって
それは 只の 《フルーツ》や《野菜》ではなかった。

そのもの自体が ご本尊様であり弘法太師なのだ。

病魔に苛まれながら その度、お手紙を頂いた。
きっと 書くことすら辛かっただろう。

【この度は ご本尊様の お供物を兄におことずけ頂き
誠にありがとうございました。
《中略 》
このお供物を ご本尊様と思い
おかげを頂き、辛くて苦しいけど
もう一度 もう一度 快復し 小豆島の地を
踏ませていただく所存であります……」

最後の お手紙は もう 読むことすら出来なかったが、
ジジには その文字は一言一句
全て 読み取ることができた。心眼で…。

みなさん 余命を宣告されたら 30年間、病気と 闘う気力が有りますか?
石に 縋り付いてでも もう一度、元気になろうとする勇気が有りますか?

ジジは 思う。

妹さんには 彼女の両親であるとも頼り、
信じていた《ご本尊様、お大師さま》が居られ、
実兄が 常に 影になり日なたとなって
見守って下さったのだ。

お大師さまは 言われている。
【右の手と 左の手を合わせ 南無大師遍照金剛と 唱うれば
この 1つの身体を 幾十万に分けてでも、
その人の心の中に入り 助けてあげるよ】と。

そして釈迦も キリストも マホメットも 同じことを言うだろう。
苦しい時、困った時 『おかあちゃ~ん』と、
すがりつく人が必要なのだ。
妹さんは 今、お大師さまに手を引かれ
素晴らしい レンゲ畑を 渡っていることだろう.。
南無大師遍照金剛
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