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【 慢心を 戒める 】

ジジの【Facebook】に 1本の メッセージが入った。
お名前をみて ピン ときた。
しかし あんな ご高名な方から 片田舎のジジなんかに 来るはずがない。
同姓同名だろうと、高を括っていた。
ところが《子供の頃 あなたと 小豆島の野山を 駆け巡った わたしです』とあった。
『 やはり 画伯だ ! 』
突然の お便りの 懐かしさ、幼少期の回顧が錯綜して ジジの胸は千々に乱れた。
小学校、中学校と それは画伯の絵のセンスは 群を抜いており、やがて東京の
有名 美術大学に お入りになったと聞いて 誰も 疑わなかった。
今は 絵をお書きになっている 傍ら 画家を 養成する先生だと 聞いている。
小豆島の 誇りの 画伯だ。
画伯が 《 大阿闍梨や 法主でなくて、昔のように ワコちゃんと呼びたいね》と 仰る。
子供の頃、誰もが ジジの事を 『ワコちゃん』と呼んでいた。
僧侶や 画伯の壁を 取り去って 《け礒なき 》付き合いをしようと申しているのだ。
嬉しいね。
人間、偉くなったら【傲慢無礼】な 態度を取りたいのもだ。
ごうまん とは《驕り 昂ぶって 人を見下す》事だ。
もっと 面白いのは 地位も名誉も (僧侶 としては 勿論、地位とか名誉の話は否定する)
明らかに 大差がついて居る人が 何かの条件の元に 対等 又は 格下にみて
『~くん』呼ばわりをしている 場面に直面した時だ。
劣等感に 苛まれながら、孔雀が 空 一杯 大羽を広げている 姿だ。
大きければ 大きいほど 首を垂れる 稲穂の様に 出世すれば する程、
《慢心》の心を 捨てなければならない。
ジジも あの 懐かしい、ご高名な《画伯》の純真な心に諭されて
口では偉そうに申しても 忘れかかっていた《慢心》を改めて 考えさせられた。
画伯、これからも 色んな 教授 宜しくお願い致します。
合掌
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