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【ワシは 死にとうない 】

121217-1写真

お二人の お見舞いに 行った。

昨年 手術なさったのが 調子が悪く
先日、再入院したのだ。

都会から 娘さん達が 帰ってきて
病室は オモチャ箱を ひっくり返した
ような 賑やかさだ。

本人も 黄疸がでて 辛そうだが
家族に 囲まれて どこか 嬉しそう。

でも、夜がきて お祭りが終ったら
震撼とした 病室

寂しい だろうね。

【一日でも 長く 生きたい
死なない 方法は あるか ?】

人間が オギャーと 産まれて
吽と 息を引き取るまでの
大きな 疑問だろうね。

古くは 秦の始皇帝が
不老長寿の 妙薬を求め
それが 水銀だったり

最近では 清の 西太皇后が
いつまでも 美しくありたいと
願った。

無理だと 分かっていても
心の中では
『絶対に 死にたくない】との
思いを捨てきれないのが
私たちだ。

ここに 《四門出遊》という
有名な 釈迦の お話が ある。

今を去ること 2500年間 前。
釈迦は ネパール ルンビニにある
カピラ城の 王子として生を受けた。

夏 冬 雨季と それぞれの城を
多くの 侍女にかしづかれ 蝶よ花よと
何 不十ない生活を していた。

ある日、王子 シッタルタは
城の 東門から 城外にでた。

そこには、杖をつき 腰の曲がった
白髪や 髪の毛の薄い老人に出会った。

『これは どういう 人か ? 』
不思議に 思った シッタルタは尋ねる。

『老人です。
赤ちゃんから 青年、壮年と年月を経て
体力 気力が 衰え、
身体が 思うように 動かず
やがて 近い将来 死んでしまいます。
これが 老人です』

『この人たちだけが 老人になるのか?
それとも みんなが老人になるのか?』

『年を経れば
人間は誰でも こうなります』

シッタルタは 南門から外に出ようとする。
すると 明日の命も分からぬ人が
道端で 病気で苦しんでいるのに遭遇する。

『この人たちだけが 病気に なるのか?』

『人間は 誰でも 病気になり
その都度、苦しみます』

西の門から 城外に出ようとすると
誰かが 死んだのか
長いお葬式の列があり

多勢の 人たちが 嘆き悲しんで いた。

『この人だけが 死ぬのか ? 』

『オギャーと 産まれた者は
誰でも 必ず こうなります』

最後に 北門から 出ようとした時、
質素だが 気高く 威風堂々とした
修行僧に 出会った。

『これこそ、本当の しあわせを
知っている人では ないか』

シッタルタの 胸は 高まり
その日 1日は 楽しい ひと時を
過ごした。

『わたしも 城を出て 出家したい』

そのように 思い、
そのように 行動した。

『生老病死 、何事にも動揺することない
怒ることも 悲しむ事も
何かを 望む 心もない。

こう言う人は 《生》と《死》を乗り越えた。

【この世の 全ての苦しみは 執着から起きる】

執着の 心を 捨てよ。

【生きよう】とする
執着心を捨てろと いうのだ。

六道輪廻 する中で いっときは この身体、
この世から 去るけれど 善行を積み上げ
再び この世に 帰ってくる。

そのように 説教し、多くの人々を
しあわせに 導いた 大僧正が
病院にて 死を宣告されて

驚き 悲しみ
ひっくり返ったとか。

言うは やすく
行いは 難し…。
合掌
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