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【肉体 朽ちても 心は 永遠に】

130526-1写真

亡き ご両親、ご祖父母、愛夫、愛妻…。
楽しく 懐かしかったあの日を 思い出さない?

お父さん お母さんは 居なくても
心の中には、未だに生き続けて居るんだね。

ちょっと 取っ付きにくいかも 知れないが
ご詠歌を 勉強してみよう。

【ありがたや 高野の山の いわかげに
大師は いまだ 在しますなる】

今を去ること 800年、鎌倉時代の僧、
天台宗 比叡山の座主(管長)で
【慈円猊下】の作だ。

彼は、教学の面は勿論のこと
歌集拾玉集の 六歌仙の 1人で 高徳の僧だった。

猊下は 高野山の奥の院に 【入定】され
今だに 民のために、苦しんでいる人の為、
慈悲の手を 差し出していると伝えられる
弘法大師の お姿を 拝したい。

【即身成仏】の実証を得たいと
比叡の山から 高野山に 登られた。

奥の院は 一の橋から 2キロの 道のりがあり
その両横に 20万基を越える墓が立ち並ぶ。

天皇家をはじめ、有名な 武将 著名人の墓が
所狭しと 立ち並び
あれだけ 憎み合って 戦い続けた 2人が
今や 手に手を繋いで 仲良く
隣同士の 墓の中で 眠っている。

私も 若き日に 本山布教師として
お勤めをさせて頂いた 時は
夜な夜な 奥の院まで お参させて頂いた。

墓の周りには 20mをこす 杉の木が立ち
昼間でも、鬱蒼としている。

その中を お参りするのだ。
彼方此方で 山犬の遠吠えの声を聞く。

今でも 決して快適な参拝とは言えないだろうが
当時は、いうに言えない ご苦労があったろう。

そんな中、御廟前で修法三昧に 入られ
ついぞ 大師の姿を 拝することが出来た。

【ああ、ありがたや。
高野の山の 御廟の なかで (前で)
今だに 元気な姿でお大師さんは おいでた】

嬉しさのあまり 慈円猊下が
お読みになったのが これだ。

さて、皆さんは『そんな馬鹿な。
科学的に考えても、医学的に考えても
無茶苦茶だ』と、考えるだろう。

そこで 冒頭の
『お父さん お母さんとの 楽しい日々を
おもいださないか ?』と、くるのである。

お身体は 私たちの 目には
触れることないが、
心の中では、いつも優しい顔の
両親が 、愛しい目をした 旦那が、 妻が、

脈々と 生き続けて居るんだね。

結論だ。

空海は 【済世利人】といって
苦しみ悩んでいる人は、
分け隔てなく 御手を 垂れたもう。

ご両親も そうだ。

恥ずかしがる事なく
疑う 事なく

心の 底から 自分の本音を 出してみよう。
『お父さん、苦しいんです』
『お母さん、悲しいんです。
お母さんだったら、どうします?』

仏前で 花を供え、墓前で手を合わせて
心の 雄叫びを聞いて貰いなさい。

きっと 素晴らしい解決を
してくれると おもうよ。

そして、空海も 申している。

『いつでも、来なさい。
如何なる 悩みも 聞いてあげるよ。

初夏を迎え、高野山の お山は 密厳国土。
鳥も 鳴き、なんと長閑なことか』
合掌
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