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【やろうという気持ちが 上達の 常】

【茶道】 【華道】ってしっている?

住職の妻が 暇をぬって 【お茶】【お花】を
習うことに なった。

茶の湯は 秀吉に 切腹を命ぜられた
千利休を 思い出すだろう。

いろんな お作法があって、

お手前を頂こうと 思えば、
はい回らなくては 出入りできない
【にじり口】という所から

刀や 持ち物を 一切置いて 入室する。

なかなか 難しいと 思うだろう。
それを 利休は 私たちの日常生活と
同じであって なんら難しい事は ないという。

《利休 道歌》

利休が 茶の道に 入るにあたって
10の 教えを といた。

用紙の都合で ここに3つ 紹介しよう。

●[その道に 入らんと 思う心こそ
我が身ながらの 師匠 なりけり]

学ぶ者の 心構え。
茶道に 限らず、学ぼうとする気持ちを
しっかりと 持つこと。

自分で 学ぼうとする 心こそが
上達の 第一歩である。

●[茶の湯とは ただ 湯を沸かして
茶を点 (た)てて、飲むばかりなると
知るべし]

茶の湯は 決して 難しいものでは無く

お湯を 沸かして 茶をたて、
まずは 神仏に お供えし

お客さまに 差し上げ、自分も頂くという
日常生活を 元としている。

会社や 学校、地域で『俺が 俺が』と
欲望を剥き出しにして 取り込むことだけを
考えるのでなく、

互いに 和をもって 尊敬しあって
生活しなければ ならない。

●[和敬清寂]
(和) お互いに 胸襟を開き、仲良くすること。
互いの 胸の内が 通ずれば 友人が増えていく。

(敬) お互いが お互いを 敬い合うこと。

高野山にも 【相互礼拝】【相互供養】とある。

(清) 清らかと いう事だが 目に見えるものの身が
清らかでなく、心の中が
満月のように 澄み切ってなければ ならない。

(寂) 寂しいという 意味ではない。
何が 起ころうとも 大地のごとく

動じない 心を 持つことを いう。

難しいものでは無い。

お客さまが 来られた。
面倒な顔をしないで 心から 迎える。

『まあ、お上がりになって お茶でも、一杯』
『わたしも 一緒に いただきます』

そんな、日常生活を点送りたいね。

ともあれ 住職一家には
頑張ってます欲しいものだ。
合掌
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