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【人と 話す時は 必ず 目をみて 話そう】

130911-1写真

メコン川 クルーズを している。

湖のように よどんだ水面は 流れがなく
何方が 上流か下流か分からないが

船は 中国の方向に向かって
進んで いるそうだ。

あちこちの村に 立ち寄り
食堂に入ったり、焼酎の蒸留をみたり
毛織物を みたりの 旅だ。

ある村に 立ち寄る為に 船から降りると
物売りの 少女が待っていた。

10歳ぐらいを リーダーに 三姉妹だ。

何を売っていたか 分からなかったので
通り過ぎて 食堂に入った。

ところがだ。
飲物を 頂いている間も
メインディッシュを頂いている間も

少女の つぶらな瞳は 決して
私たちから はなれない。

『新鮮な 魚が 入ったよー !
はい、いらっしゃい いらっしゃい ! 』

日本の 市場や スーパーマーケットの
情景が 思い出される。

大声で 呼びかけているものの
目は 泳いでいる。

客の 顔を、
いや 客の目を 全く見ては いないのだ。

この 少女のように 突き刺すように
直視されると 心は うごく。

【不雨花猶落】

修行僧が とう。

『アサガオの 花は、露をため
あおぎりの 葉は 秋の装いを つける。

この現実から 如何なる現実が
みえるでしょうか?』

住職が 応える。

『花は 雨に打たれなくても
咲いた時点から 落ちることが分かっている。

柳の 種子は 風のちからを 借りなくても
1人で 何処かに飛んで行く。

それが 自然の【真理】で 無常という。

あなたが 見ているのは、
真理 そのままでないか。

なぜ、 ちゃんと 見ないのですか』

目と 目とが 合えば
互いの気持ちが分かるのが
自然の真理だ。

目が 泳いで 口だけだったら
人の心は 得ることが出来ないのも

自然の 真理だ。

社長が 社員と 経営について検討する時も
教師が 生徒を 教える時も
父が 子供を 諭すときも

相手の 目を見て 話すのも
自然の真理だ。

ジジは 食事が 終わってから
少女から ゲットした事は 言うまでもない。
合掌
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