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【教育は 口ではなく 後ろ姿で するものだ】

131104-1写真
『おばあちゃん どうぞ お接待の おうどん』

ジジの 寺では 1人 参拝されても
1万人 参拝されても
全ての人に うどんの 接待が でる。

昭和32年度の 3度目の 本堂火災で
誰もが もう本堂は建たないだろうと思った。

焼けて 寄進を頂き その心を また消失し…。

それでも 先代の 血の滲むような 努力と
心あたたまる 檀信徒の 皆さんの
献身的な強力で
3度目の 本堂が 建った。

先代が 『この 暖かい ご恩に報いるために
参拝者 全員に ウドンの 接待をしよう』
昭和 35年から はじめた。

それは さて置き、
白装束で 身を固めた 豆遍路が
お経が 終わって 運ばれてきた 接待を
連れて こられた 祖母に 持って行っているのだ。

『おれ おれ ! 』
『わたし わたし ! 』
と、自分さえよかったら それでいい

他人が 喜んでいようが 悲しもうが
一切 我関せずの 腐れ切った この世代に
こんな 心根の 清らかな豆遍路が いたのだ。

孫 可愛さに お婆ちゃんのほうが
『先に よばれなさい』とか
『俺が 先だ』と、
兄弟で つかみ合いの 喧嘩は よく見る。

今日は お仕事で 一緒に 参れなかったが
豆遍路の パパも よく 小豆島の聖地を 踏み
今日の 白装束も パパが 幼少の頃、
それを着て 参拝していた ものだとか。

声 たかだかと 【般若心経】を 唱え
自分で 打ち鳴らす 木魚うの リズムも
下手な 先達よりも ずっと 上手だ。

お婆ちゃんは パパに
お大師さんが居て 今の私たちが ある。
私たちが 寄り添い 手を取り合って
人間関係が あるのだと 聞かせて育てた。

互いが 他人の苦しみを 自分の苦しみとして
【慈悲の心】と【方便のの羂索】を持ち
思い会い 助け合い 協力しあって
いかねば ならない。

その パパの 【後ろ姿】を豆遍路は
常に 見ていたのだ。

奈良の 薬師寺の 高田好胤 前 管長猊下は
常に 言っておられた。

『人間教育、特に 子供の 教育は
口で するものでなく
あなたの 背中で するものだ』

そうですね。
口で いくら 良いことを申しても
行動が ともわなかったり
反していると

聞かされているほうは それを 見ている。

『なんだ 社長 ! 』
と、指を 指されないように
みんなも 気をつけなければ いけないね。

先祖さんへの お花の お供え。
お爺ちゃんへの お茶湯の お供え。
本尊さんへの お供物の お供え。

いちいち パパが 言わなくても
その 後ろ姿を 見ているだけで

心根の 優しい 豆遍路が 育つのだ。

ジジの 孫が 大きくなったら
駆け引きなしで
成績優秀な人よりも
美男子よりも

こんな 優しい心を 持った人に
嫁がせたいな。

みれば みるほど
豆遍路の ちっちゃな 背中が
大きく 雄々しく みえた。
合掌
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