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【天から 金銀財宝を降らせても 私たちの欲望は とどまらない】

131119-1写真
小豆島大観音の 大法要も 無事に終わった。

法要を迎えると 必ず 思い出す大恩人が居た。

俳画の 大家で 老僧の同級生だ。
寺の上に お家があって
『子供の頃は よく 老僧と寺であそんだ』と。

大阪に 出ている先生は 法要どこに
小豆島に 帰ってきた。

子供のような ところがあり
大観音の 落慶法要の日に 天気予報を見て
2人して 【てるてる坊主】を つくり
一心不乱に 手を合わせた。

そんな 先生が 晩年、
だんだん 島に帰れなくなるのを配慮して
寺の 上にあった 自分の屋敷を
寺に 寄付することを 言い出した。

2人して 現地までいったときに
画伯が 叫んだ。

『な~い 。私の 屋敷が ない !』

よく見ると 3メートルぐらい下に
隣の 畑は あるが 実際 先生の住んでいた
屋敷は 跡形もなく 消え去っていたのだ。

蛇が カエルを 飲んでいるような
歪な 形で 下の畑が 膨らんでいる。

『下の 畑の おやっさん、
ワテが 大阪に出て 小豆島に 居らんのを
知っていて 少しづつ 崩したな』

確かに そうだ。

はじめから 50坪もある 屋敷を崩したりしない。
雨や 嵐で 崩れた 土地を
少しづつ 少しづつ 鍬を入れていたら
いつの間にか 大邸宅は 姿を 消したのだ。

釈迦も いう。

【天が 金銭を 降らしても
欲は とどまるところを しらない】

『大金は要らなくても あと少し お金があれば』

『苦労してマンションは 得たもにの
一軒家にも 住みたい ものだ』

大抵の 人々は ほんの ちょっとした
願望を もっている。

ところが その 願望が 満たされると
その願望が 大きいか 小さいか
高いか 低いかは 別として

次なる 欲望が 湧いてくる。

1万円札を 富士山の高さまで積み上げた人は
こんどはエベレストを めざそうと。

たとえ 天から 金銀財宝を 降り注いでも
次の 欲望が 湧き上がり
決して 満足することは ない。

下の 畑の おじさんも
『これぐらいなら いいだろう』
それが 満たされれば
『また これぐらいなら いいだろう』と
崩していくうちに 無くなったのだ。

満たされた 欲望の 喜びは
アッというまに 終わり

満たされない 苦しみが
それが 満たさるるまで
長く 続くのだ。

【如実知自心】

足るを知る とこを 知り
無明の中で 欲望を 捨てることができれば
しあわせと 喜びの 日々を
送ることが できるだろう。
合掌
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