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【人さまを指差した 自分が 自分の失策に 気がつかない】

131120-1写真
3人で 電車に 乗っている。

ジジ夫婦と スリランカの 高僧だ。
法要も 終わり お見舞いもあり
また、本堂再建の 勧進帳を持っての
寄附 勧募だ。

ちょうど 3人とも 座ることができた。
悪いくせで
誰か 変わってあげるかたが居るかなと
見渡しても いなかったからである。

スリランカの高僧は 自分の小さな トランクを
軽々と 網棚の 上にあげた。

と、横をみると 中学生か 高校生ぐらいの
生徒が 座っていた。

靴のまま 前のシートに 足を伸ばしている。
『あの ポーズの方が 疲れるだろうな』
『お家でも 土足で踏み歩いて居るのだろうか』

要らぬ 詮索をして居る間に
電車は プラットフォームに 滑りこんだ。

スリランカの高僧が
網棚から 荷物を 下ろしている。

『手伝って おあげしたら ?』

隣から 矢のような ヘルプの 催促だ。

立とうかな ?
腰を 浮かしそうに なった。
よく 考えてみると ジジが そのカバンを
持たせて頂いたときも 軽かったし

棚に 乗せたときも 軽々と のせた。
ここで、大袈裟にヘルプの行動を起こせば
かえって 僧正のプライドを傷つけるのでは?

瞬時、躊躇したときだった。

僧正の 隣に座っていた 若き女性が立ち上がり
2人して カバンを おろしたのだ。

ジジの 隣に座っていた人は
さあ 烈火のごとく 怒った。

【他人の 過失は 見えやすいが
自分の 過失は 見えにくい】

私たちは 人さまの 過失や 欠点や 失敗は
直ぐに 気がつき あれこれと指摘し
注文を つけたがる。

そうすることに よって
優越感に 浸れるからかも しれない。

ところが 自分の 悪事や 欠点となると
なかなか 気がつかなかったり

気が付いても 認めたくなかったり
他人からの 指摘や注意を 極度に 嫌う。

そんな 事では 私たちは 少しも成長しない。
自分の 間違いや 欠点に 真正面から 向きあい

人様からの 忠告は 真面目に聞かなければ
ならない。

電車の中で
生徒さんの 行動に 違和感を感じた ジジが
自分の 失策が 分かってなかったのである。

よく あるよね。
私たちの 日常生活で、そういう 事。
合掌
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