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【満天の 星空】

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広大無辺って 言葉が あるね。

ジジの 子供の頃 夏になると
父親に連れられて 海辺まで星を見に行った。

歌ではないが 海と 空の境界線から
視野 一杯に満天の星空が 飛び込んでくる。

2人して 砂浜に 寝そべる。

『宇宙って 不思議だな。
宇宙の果てに大きな 壁で 境界をすれば
その 向こうには 何が あるんだろう ? 』

本当に 不思議だ。
壁の 向こうには 一体、何が あるんだろう。

天下無敵の暴れ者 孫悟空が
三蔵法師と であった場面を思い出す。

宇宙の果てまで いって その柱に
印を付けてこいとの 仰せで
そらきた ガッテンと キント雲に乗って
意気揚々と 出かけるのだが

実は ご本尊さまの 手の 中指に印をつけ
得意満面に 帰ってきたのだ。

孫悟空は そこで 自分自身が
広大無辺な 大宇宙から見て
如何に 小さな 存在であるかを 知る。

飛行機から 見下ろしても
私たちの存在は 蟻や 蜂のようなものだ。

どの蟻が 頭がよく 端正な顔をしていて
よく働くかは 知る術も ない。

それが 大宇宙となると なおさらだ。
私たちの 存在は ミクロの 世界だね。

その ミクロが 偉そうに いう。

怒ってみたり 泣いてみたり
喜んで見たり 哀れんでみたり…

いくら傲慢になっても
声たかだか 叫んで見ても
大宇宙からみれば 塵のような もの。

自分自身は ちっぽけな ものだった。

空海も いう。

【空際は 人の察するなく
法身のみ 独りよく詳(つまび)らかにする】

この世の果てが どうなっているか
誰も それを 計り知ることはできない。

この 大宇宙 そのものである
大日如来だけが この広がりを知り
隅々まで ご承知だ。

私たちは 【足ること】を 知らなければならない。

そして【慈悲】は 広大無辺であって
私たちが 如何なる振る舞いや
恥ずかしい 振る舞いをしたとしても

それは 大日如来の 手の中だけのことで
如来は 決して 手から溢さずに

きっと 救ってくださる。

父と砂浜に 寝そべって
満天の星空をみた あの日が 懐かしい。
合掌
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