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【私が 愛しいあなたの心の中にはいり あなたは 私の真心の中に入る】

140126-1写真
『えっ 小豆島大観音の 法主さんが
いらっしゃった? 失礼のないように
綺麗にお掃除してから お通ししなさい』

玄関で 待機している ジジの耳に
家内の テンヤワンヤが 聞こえてくる。

『ご夫婦で 騒動をして いるのだろうか ? 』

暫く待ってから 仏壇の間に通されて驚いた。

90歳も 越えているだろう お婆ちゃんが
定年退職をして お家でおられる
私ぐらいの年恰好の方に 叱咤激励しているのだ。

煩悩を 持ったらいかんと 言い続けている
ジジが なんとも 羨ましく思った。

緒形拳の【楢山節考)では ないが
わたしも 年寄りに…母親にご指南もらいたい。

その両親もとっくの昔に 楢山にお参りしている。

【南方に 独り立ちて 幾千年
松柏を 隣となす 銀漢の 前
日を 頂き、籮衣(らい) して 物外 久し
函書 今向かう 相公の 辺】

この松の木は 南山(高野山)に 育って 幾千年。
その古い松や拍の木が 私の 唯一の友人である。

ボロボロの 蔦の衣を まとい
頭の上に太陽を受けながらの
修行生活も 長くなった。

空海の 書である。
百人一首の中で 藤原興風も うたっている。

【誰をかも 知るひとにせむ 高砂の
松も 昔の 友ならなくに】

長生きは 理想とされ 誰も望むことだが
歳を 重ねるにしたがって
長年の友人が 1人 また1人と居なくなってゆき
遂には わたし 1人残されて しまった。

気をおけない 友人とも死別してしまい
大昔から 立っていた老松が
私の たった1人の 友人であるという
老いの 悲しみの 歌である。

私たちの 心は 猫の目のように
コロコロ 変わる。

好きなものが 嫌いになったり
また その 反対で あったり。

急に 親しくなった 友人は
別れるのも 早いと聞く。

それは 別にしても
折角 縁あって友人になった わたしと あなた。
それを コロコロ変えて行くようでは
決して 【真の 友】は できない。

【入我我入】という 言葉があるが
わたしが 愛しい 友人の心の中に はいり
友人は 私の 真の心の中に 入っていく。

その 相手の 気持ちになり
互いの 思いやりの心を もつ

『そんな友人を つくり 大切にしなさいよ』

空海は 南山から 下界を見下ろして
私たちに そのように 諭されているのだ。
合掌
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