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【わたしたちの 心は狂象に足枷なく 欲望に流れる】

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スリランカに お参りに行った時の話だ。

キャンディーにある 本山に向かう途中、
ゆったりとした 田園地帯が ひろがる。
時間が 止まったような感じだ。

と、1人の少年が 大声で叫んだ。

その先には 少々汚れた野良着を着た
少女が しゃがんでいる。

その横には
数頭の牛が ノンビリと 草を喰んでいる。

『君の牛が 離れて 隣の畑に入っているそ』

言葉は分からないが そう言っているのだろう。

彼女は 立ち上がり 離れた牛のほうに
ゆっくりと 移動し始めた。
1メートルにも 満たない棒切れを
1本 持っているだけだ。

【遺教経】に このように書かれてある。

〔まさに (眼耳鼻舌身の 五感である)
五根の 放逸を節制すべし

例えば 牧牛の人の 杖をとって
これを視せしめて 縦逸にして
人の苗嫁を 犯さしめざるがごとし〕

家畜が 隣の田畠に 入らないように
棒切れをみせて 節度を維持するように
人間的節度を持って 自己管理しなさい
と 言っているのだ。

五欲の根源は【心】であり
欲望への 刺激が多い 今日の生活の中は
自制が 大切である。

護摩壇には [壇線 ]という綱があり
四方を取り囲んでいる。

私たちは 聖域と 外域とを分ける
【結界】と よんでいる。

心を 集中させる為に
外界から 煩悩が 入らぬようにと
張り巡らされた 強靭な綱だが

逆に 折角 集中させた 聖心が染み出し
拡散しないようにしたものでもある。

心の 方向 (念)を 内側に向けていれば
心 落ち着き 安住する。

心の落ち着きと 清らかさを保っていれば
決して【欲望】は沸くこともない。

私たち、子供のように
あれも欲しい これも欲しいと 言わないよね。
合掌
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