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【執着心を 捨てたとき 私たちは 楽になる】

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お参りにこられた方が
苦渋の表情を浮かべ こう 言った。

『あろうことか ある人が
わたしの 恥部をさらけ出すんですよ。

真実ではないし 大したことないので
放って おきました。

ところが 二の矢 三の矢と
攻撃の手を ゆるめず 困っています』

私たちが住む 娑婆の世界、
仏さんの住む彼岸の世界に対して 此岸の世界
一般社会には よくある 話ですね。

以前、こんな たとえ話を したことがあったね。

お坊さんが 弟子と一緒に 川を渡ろうとしたら
若くて 美しい娘が 渡れなくて困っている。

お坊さんは 娘を ヒョイと背中に乗せて
川を 渡り切った。

弟子は お坊さんに 言った。

『僧侶の身で 女性を 抱いた。
してはならぬ行為では ないか』と。

お坊さんが 弟子に 不思議そうに 言う。

『あれ ?
あなたは 今だに 女性を抱いていたのか ? 』

お釈迦さんの 教えで 同じようなのが ある。

仏教を 広めるために
釈迦は 弟子出あるアナン尊者を つれて
各地を 伝導して歩いていた。

仏教拡大を恐れた バラモン教徒たちが
いろんな方法で 迫害をする。

「世尊よ。
どうして 反論をしないのですか。
私は 腹が立って 悔しくてなりません」

粉然とした アナンに 釈迦は諭す。

『アナンよ。
もし、あなたが 手に持っている物を
わたしに くれようとして
わたしが それを 受け取らなければ
その物は どうなってしまうのだろう』

「世尊が 受け取らなければ その物は
いつまでも わたしの 手の中にあります」

『そうだろう。
迫害も 悪口も 受け取らなかったら
いつまでも その人の 手の中に残る。

迫害をした人、悪口を 言ったひとが
【こだわり】として 持ってなければならないし
それが【苦】の種と なる。

アナンよ。
あなたは それを 受け取って
自分のものに したから 心を乱すのだ』

⚫︎こだわらない 心
⚫︎とらわれない 心
⚫︎かたよらない 心

執着心を 捨てたとき 私たちは 楽になる。

ただ、相手が 攻撃してきても
攻撃するだけの 材料が ないように
自分の身辺は
常に 綺麗にかたずけて おかねばならない。

合掌
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