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【まず 自分の 心を裸にする。人の信用は そこから 始まる】

140527-1写真
ご法事にいった。

住職と 同年代ぐらいの息子さんが
あまりにも成長しているので 驚いた。

子供もでき 今や お父さんの片腕として
頑張られているので 当然といえば当然だが。

子供の頃から 利発で スポーツマンで
大人と 対等な言葉づかいをする子だった。

よくあるね。

高校生ぐらいに なると
わたしを掴まえて『慧晃さん』と背伸びをし、
一としいって 子供でも生まれれば
『おじさん』『おじいさん』に 戻る人。

でも それは 孫が アンパンマンを卒業し
プリキュアに 変わってゆくのと同じく
人生の 1つの道程だと思えば かわいい。

本人の 年齢や 能力 経験に
相応しくない 言動をとることを
世間は 『小生意気な』と いう。

先ほどの 話ではないが
若いうちには 『誰でも 通る道程だ』と
可愛げに免じて 許してももらえるが

大人になっても 直らず
器も 度量も 小さいくせに
人を 見下ろしたり 偉ぶったり
驕り高ぶる態度を とるようになると

『傲慢な人』『驕慢な人』と
第三者から 敬遠されるように なる。

人から敬遠され 真からの友人が出来ないのは
心から人を信ずることができないからだ。

人より 自分の方が 成功している。
わたしの方が 具便者だ。
飛んでも 走っても 歌っても
わたしのほうが ずっと 上だ。

人を 見下ろすような人間は
本気で 人を信じたり 愛することがでいない。

そして その傲慢、驕慢の態度を
第三者は 絶対に 受けとらず 向こうからも
信じることも 愛することも ないからだ。

恋愛でも
『この人、本当にわたしの事を愛しているのかな』
信心でも
『もし、願いが叶ったら 巨額の寄付をしてあげる』

そんな 心を見抜かれたら
決して 正面から向き直ってこないだろう。

【まず 自分の 心を 裸にする】

『おかあちゃん 助けて ! 』

よくも得も 恥も 外聞も投げ捨てて
その 中に 飛び込んでゆく。

その心が その人に 届いたその時に、
太い 絆が生まれる。

ご法事の 息子さんは 1枚も 2枚も 剥けた。

態度物腰の 柔らかな 話していて
気持ちのいい 青年が そこに いた。

きっと 立派に父親の後を
継いでいくだろうな。
合掌
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