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【 人の苦しみって こんなに 痛いものだとは 思わなかった】

140622-1写真
大学病院に 知人の お見舞いにいった。


寺に 1本の電話が かかった。

先日、元 大リーガーと結婚した 有名人の母親だ。
腰の 調子がとても悪く
とうとう 思い切って 手術をしたそうだ。

『夢の中で 法主さんの 唱えるお経の声に
勇気付けられ 無事、手術が終わりました』

知らなかった ものだから
あくる日の 今日、大慌てで 見舞ったのだ。

ところが 病院にいってみれば
病状は 思ったより かなり悪いのだ。

全部で ボルトを8本 埋め込み固定したのだが
そのうちの 1本が 少し歪んでいて
とても 痛く その ときどき
病院中 響き渡るような大声で喚くのだそうだ。

『手術の 成功とか失敗とかを 云々するのではない。
この 病院に 全てを 託したのだから。

これから この痛みを どうするかが
最大の 課題なのです。
法主さんも お知恵を かしてください』

「いや はて わたしは 寺に帰って
奥さんが 痛みから解放されるように
本尊さんに一生懸命に お願いするだけです」

『わたしは 小さなときから 母親に連れられ
小豆島 八十八ケ所 霊場巡拝をさせて頂き

困った 人がいたら 手を差し伸べるのよ
と、いい聞かされて いました。

常に 母の教えにしたがい その様に
実行させて 頂いておりましたが

人の苦しみって こんなに 痛いものって
思わなかった』

わたしたちは 自分がされて 嫌なことは
決して 人にはするなと 教えられてきた。

他人を 傷つけることすら 大逆罪なのに
実の 親が 子供を【虐待】するのだ。

その 言い訳が
『ムシャクシャ していたから』
『子育てよりも 新たな 彼氏のほうが
大切だったから』

監禁しておいて 水も食べ物も 与えないで
「食べ物を 与えないで 死ぬと思ったか?」
の 質問に なんの屈託もなく「はい 」

そっちは 良いかもしれないが
されたほうは たまったものではない。

お見舞いに いった 奥さんは
自分が 体験してみて
本当の 産みの苦しみを はじめてしった。

【慈悲】という 言葉が ある。

仏の心で 人の 気持ちが分かる。
相手の 立場に立って行動する。

【慈】
純粋な 愛情で 見返りは求めない。

【悲】
相手の 悲しみ 苦しみを 自分のこととして
考える。

『慈悲だとか いつくしみとか
言葉では 分かっていました。

しかし 助けを求めている人の
悲痛な叫びは それを 体験した人でなければ
理解できないのです』

1人 1人が それを体験したならば
人を 苦しめ 困らすような 無慈悲な人間は
絶対に 現れないで あろう。
合掌
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