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【梅 一輪 一輪ほどの あたたかさ】

140625-1写真
とうとう 梅雨を 迎えてしまった。

[梅 一輪 一輪ほどの あたたかさ]

服部嵐雪の だれでも知っている詩だが
何故か 春先が 懐かしい。

今は 季語で春といえば 桜をさすが
元々は 梅であったらしい。

まだまだ 寒さ厳しいなか 桃の花が咲いた。

『こんな 寒さのなかで もう 花が咲くのか』
目を細めて 桃の花に 夢中になっていると
どこからか 甘酸っぱい梅の花の香が漂ってきた。

『どこから こんなに素敵な香が するのだろう』

匂いを頼って いけば
見事に 咲き乱れていた花の上で
ウグイスが 鳴いていた。

中国の載益の[探春詩]にも このようにある。
これも 以前 紹介したね。

尽日 春を訪ねて 春をみず
芒螇( 横は 革編]踏みあまねし 隴頭の雲
帰来して たまたま 梅花の下を 過ぎれば
春は 枝頭にあって すでに十分

春が 来たと 聞かされて
遥か遠い 国境まで行ってみたけれど
春は 居なかった。
ガッカリして家まで帰りふと梅の木を見上げたら
花が 零れんばかりに ほころび
春は そこまで 来ていた。

厳寒の中の 『はやく こい』と、
春が 来るのを 待ち侘びる。
人間なら 誰でも こころまちにするものだ。

これは 私たちは
【しあわせ】が 来るのを 待ち望んでいるのだ。

空海の 【般若心経秘鍵】に ある。

[それ 佛法 遥かにあらず
心中にして すなはち ちかし]

チルチルと ミチルが 青い鳥を求めて
ありとあらゆるところを
探し求めたが ついに 見つからなかった。

肩を落として 家までたどり着くと
青い鳥は お家の鳥かごで 囀っていた。

仏法でも おなじ。

しあわせを 求めて 努力をするが
しあわせは どこにも いなかった。

はっと 気がつけば
しあわせは 自分の 心の中に いたのだ。

自分の 考えかた1つで
しあわせにも 不幸にも その瞬間に なるのだ。

[梅 一輪 一輪ほどの あたたかさ]

梅雨を 迎えて この詩をよみ
とんでもない物を 思い出してしまった。
合掌
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