スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【念仏には 無義をもって 義とす 歎異抄 第10章】

140710-1image.jpeg
140710-2写真
【般若心経】よりも 短い経で
【延命十句観音経】が ある。

短い 経なので その場で 覚えてしまえるが
【朝念観世音】【暮念観世音】が 出てくる。

朝に 夕に 経を唱えるのだが
せっかく 唱えるのだったら
口先で パクパクするのでは なくて
心から 唱えなさい という。

念仏婆さんの 話し 以前にもしたよね。

十句観音経では ないが 朝から晩まで
念仏を 唱えている お婆さんがいた。

『こんにちは。南無阿弥陀仏…』

こんな調子だから 死ぬまでに
何十万回 いや 何百万回 唱えただろう。

僧侶の 光明真言を 百万遍唱える【行】があるが
並大抵で できるものでは ない。

だから 婆さんの 【行】たるや たいしたものだ。

ところが とうとう 寿命尽きて
婆さんは閻魔さんの 裁きを うける。

『おまえは 地獄行きだーっ』

『ええっ ! 閻魔さん、それは 無いでしょう。
ご存知のように わたしは 何百万回と
念仏をとなえ 人々は 念仏婆さんと言いました』

閻魔さんは 婆さんの申告書の 【束】に
フーと 息を 吐きかけた。
すると 何百万札の申告書の 束が
四方八方に 飛んで行ってしまった。

『それみろ、おまえの お経には 魂が 入っとらん』

閻魔さんが 申告書を よく見ると
生前に ただ 1つ 良いことをした紙が 出てきた。

西国33箇所の 長谷寺が 改築の砌り、
一生懸命に念仏をあげて 寄付までしているのだ。

『うむ、この念仏は 本物だ』

婆さんは それを 認められ 極楽に行ったとさ。
めでたし めでたし

歎異抄 第10巻に このように 書かれてある。

【念仏には 無義をもって 義とす】

念仏は
子が 親に対して 万頼の信頼をし
無心に 縋りつくように
只々 仏を信じ 邪念や はからいを 捨て

一心不乱に お祈りをする。

仏に 何かを お頼みしたり
とくに 念仏を 唱えている 最中に
そんな 邪念や 雑念を 起こすこと自体、
大変 失礼なことである。

私たちも 念仏だけでなく
何かをするときに

見栄や 体裁でなく
心の 誠をおこして やろうね。

『これこそ 真の 念仏だ』
と、言って もらえるように。

合掌
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

子安観音寺

Author:子安観音寺
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
フリーエリア
検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
フリーエリア
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。