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【 効能書きを 書き並べるよりは ます 実践を】


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管子の 言葉がある。

【 衣食足りて 礼節を知る 】

衣服や 食べ物は わたしたちが生活する上での
根本であるから、それらが 満たされる事によって
心に ゆとりもでき 礼儀を知ることができる。

では 【礼節 】とは 如何なるものか?

[ 礼 ] とは 相手を 尊敬し 自分を謙遜し
その上で 行いを丁寧にすること。

[ 節 ] とは 礼をうくそうと するとき
時に即し 場合に応じて
自分の 行動がとれるように わきまえること。


今の 日本は 衣食住整い 物は満ち溢れている。

ならば 管子曰くの 礼節は どうか?
残念ながら 礼節は 地に落ち、
目を覆いたくなるような 現状である。

犬が 人間に噛みついたのは
たいした ニュースには ならないが
人間が 犬に噛みついたなら ニュースになる。

生徒が『殺してみたかった』と 人をさし、
夫人が 毒薬を盛って 主人や友人を 殺す。
親が 幼子を殺し、子供が 親を殴りごろす。

『礼節を 知る』なんて とんでもない話だ。

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最近 こんな話を 耳にした。

【世のため 人の為の 人づくり】

有名な先生が 講演をしてくださるというので
会場は 超満員で 熱気に溢れていた。

やがて 有り難いお話も 幕を閉じ
みなさん 口々に 『良いお話だった』と
賞賛しながら それぞれの家路に ついた。

ところが 大勢の聴取者だったので
高齢の おばあちゃんが 脚を取られて
もんどり打った。

脱兎のごとく 後ろからかけてきた男性は、
助け起こすのかと 思いきや
一瞥しただけで そのまま 駆け去ってしまった。

その 男性こそ 壇上で 熱弁を振るった本人だった。

知識だけを 頭に入れ、説教や 講演をしたところで
実行が 伴わなければ
礼節の [ 礼 ] だけに留まってしまう。

昔 中国に 道林禅師という 高僧がいた。
白楽天という学者が『仏教の真髄はなにか』と聞いた。

禅師は 『間違ったことをせず、 正しい事をせよ』
と 答えた。

『そんな事は 3歳の子供でも 知っている』と
肩を 落としたが 禅師は 更に 言った。

『それは 3歳の 子供でも知っていることだが
60歳に なっても 実行出来ないことだ』

理論が 先では ない。
まず 最初の 1歩を 踏み出しなさい。

語るよりも まず 進めだ。
合掌

【 頭で 考えるとともに 体験を しよう 】



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小豆島八十八ケ所 霊場巡拝の お遍路さんも
チリンチリンと 錫の音も高々に
白装束に 金剛杖の お姿が 咲きこぼれる
梅の花 桜の花の 間を見え隠れする。

1人の 青年が お参りしてきた。

ずっと巡拝を続けていた 祖母が 寄る年波で
めっきりと弱り お遍路さんが 出来なくなった。

その おばあちゃんが 今年が 大学受験と
頭を悩ませている 孫をみて

『小豆島の 聖地を踏んで お大師さんに
背中を押して もらいなさい。
きっと 何かを 教えてくださる』

お大師さんでなく おばあちゃんに
背中を押されて 遍路を 決心したという。

『実際に体験して みなければ駄目だ。
頭の中ばっかりで 考えていると
全てが 前に進まない』

わたしたち 密教を 重んじているものの 行とは
空海の 教えを 理論的に学習することと
それを 実践していくことと 2本だてである。

かって 空海と 最澄は 法の友達で
お互いに 勉強した経本の 貸し借りをしていた。

ある日を 境にして 空海が 貸し出しを拒んだ。

『あなたは 比叡山を 捨てられますか?』と。

空海も 思いきったことを 言ったものだが
ここで 比叡山と 高野山の違いが 如実に出ている。

比叡山は 勉学を重んじ
高野山は 勉学の上に 行を重んじた。

『お大師さんが どれだけ 難行苦行なさったか
この身体で 体験してきます』

青年は 石段を 降りて行った。

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日本で 1番 最初に 砂糖が入ってきたのは
745年に 鑑真が 唐から持参したものを
孝謙天皇に 献上したのが 始まりだそうだ。

大化の改新から ちょうど 100年後だね。

日本の 1番 最初に 金平糖を 食した人は
織田信長だと いう。

孝謙天皇にしても 織田信長、豊臣秀吉も、
家来が 『お砂糖は どんな 味ですか?』ときくと
どのように 答えるのだろう。

『それは 雪のように 白くて
細かい 砂のように サラサラしており
口に入れると 舌がとろけるような 美味のものじゃ』

何百万の 軍を 1人で口説きおとす 大将が
弁舌さわやかに 説いてみても 誰 1人、
砂糖や 金平糖の味が 分からなかっただろう。

それなのに 小指の先に ちょっと付けて
舌の上に 乗せるだけで 一瞬にして
理解できただろうに。

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わたしたちも 日々の生活の中で
進もうか 撤退しようか 考えても考えても
判断が つかないことがある。

会社を 経営している方など
尚 一層の 苦悩だ。

『清水の舞台から 飛び降りると おもって』

そう言いながらも 躊躇している人がいる。
そんな人には こう言ってあげると いい。

『飛ばぬ 腰は 抜けぬ 』

行こうか 戻ろうかと 迷ったときは
取りあえず 進んだ方が いいのだ。

『お砂糖とは…』

と、能書きを 読み上げている暇があれば
自ら 小指に 砂糖をつけて
部下の 口元に 持って行って
『あとは 舐めるだけ』と 膳だてするべきなのだ。

また 清水の舞台にたって 飛ぼうか戻ろうかと
決心が 鈍っている部下には
そっと 背中を 押してやる心も 欲しいものだ。

その 行為こそ 青年に
『小豆島の 聖地を踏んできなさい』と
背中を 押した おばあちゃんの 心である。
合掌

【 四国 霊場巡拝 八十八ケ所 】



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本四国 八十八ケ所霊場巡拝 したことある ?

白装束 ( 死装束 ) に 身を固め
家族とは 水さかづきを交わして
死出の旅路にでる。

生活上の 苦しみ、家庭のいきづまり
もう 治らないだろう 病気を抱えて
浮世の出来事 一切を投げ捨てて
故郷に 家族に 永遠の別れを告げて遍路にでる。

一縷の望みを かける遍路に【 三信条 】がある。

⚫︎ 摂取不捨
大師は 南無大師遍照金剛と 唱えるその者を
同行二人で 救ってくださる。
わたしたちを見捨てずに
護ってくださっていることを 忘れずに。

⚫︎愚痴や 妄語を 慎む
今まで なに不自由なく 暮らしていたわたしが
寝るところも ままならず 接待を 受けながら
1寺院 1寺院 参拝する旅である。
どこで どのように 野たれ死にするかもしれない。
決して 不平をいわず 感謝して参らなければならない。

⚫︎ 現世利益
今、生かされている この世での
大師の恵みを 感謝しながら
積もり 積もった 煩悩を 1つ1つ 消していく。

持ち物には このように 書かれている。

【 迷故十万空 】【 迷故三界城 】【同行二人 】
【何処有南北 】【 本来無東西 】

自然や 宇宙の中には 永遠の命があり
精進や 修行を 重ねながら
自分も また 無限の命と 一体化して まいります。



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室戸岬では 怒涛吹き付ける中 求聞持法を修したり
農民の為に 満濃の池を 作ったことは
史実として 大変有名なことだが

伊予の 【十夜ケ 橋 】の話も貴重な 話だ。

日も暮れ 空海が 一軒のお家に 一夜の宿を頼んだ。
しかし 家主は 苦渋の顔で それを断った。

あまりにも 貧乏な生活だったので
空海を 泊まらせることが 出来なかったのだ。

其の夜は 乞食同然に 橋の たもとに身を横たえ
露を 凌いだ。

日々の 生活の中で 喰うか 食わぬかで
精一杯 生きている わたしたちを
より良い生活に 導き、悟りに生きる為には
どうすれば 良いのだろうか?

其のことを 考えていると
1晩が 10日ほども 長く 感じたことだ。

【 ゆきなやむ 浮世の人を 渡つりは
一夜も 十夜の橋と 思わゆ 】

頭でっかちで 動かずして 考えるばかりするより
死ぬ気で 1度、お四国の 旅をしては どうだろう。

その ミニチュア版が 小豆島に ある。

3泊 4日… いや むりしたら 2泊 3日で
満願しますよ。
合掌

【 穢土の 1日の修行は 深山の 千日の修行に 勝る 】




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今を去ること 2500年前に
釈迦は ネパール ルンビニの
カピラ城の王子として誕生した。

人間は 生まれると 歳をとり
病気になって 死んでいく

【諸行無常】
我が力では どうすることも出来ない現実を嘆き
王子の 座を捨てて 城をでる。

【 四門出遊 】といって 有名な お話だ。

35歳で 成道 ( 悟り ) を 得るまでの 6年間、
ウルベーラの森に入り 身体を痛め 断食をする
苦行を 続けた。

ネーランジャラー河で 身も心も ボロボロになった
釈迦に スジャータという娘が 乳粥をあたえる。

諸転法輪といって ブッダガヤで 悟りを開いたとき
無情という真実を あるがままに 受け入れることでしか
心の 平安は 得られない。

苦行のように 身体を痛めることや
また 反対の 怠惰な毎日を送ることでは
しあわせは 得られない事を 悟る。

【 中道 】といって 右にも左にも 偏わらず
全ての ものに対する 執着を捨ててこそ
悟りを 得られる最善の道である。


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『お水取りを迎えれば春が来る 』と言われる
東大寺 二月堂の 修二会や
各地で行われる裸祭り、
京都 五山の送り火など

わたしたちは その メイエメントだけを見て
綺麗だ 優雅だと 賞賛し
面白おかしで 悦に入る。

しかし その前後には 僧侶たちが 長い期間
参籠といって 寺に 篭り、水氷をとって
最も 厳しい修行をしている事を
知っている人は 少ないであろう。

比叡山では 千日回峰行という 荒業があり
禅宗では 長期間の 座禅行があり
我が 真言宗でも 【求聞持法】といって
それは それは 厳しい 【 行 】 がある。

いづれも 1人きりで 己の肉体的 精神的苦痛に 耐え
心に奢る 煩悩の火を 抑える修行である。

この 苦行の話は 出家得度し 世俗を離れた
僧侶の話であって
皆さんの 実世界には 程遠い。

しかし 皆さんが 住んでいる 娑婆も
笑ってばかり 居られないのが 現実だ。

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【 穢土 ( えど ) の 1日の 修行は
深山の 千日の 修行に 勝る】

穢土とは この娑婆世界の事を いい
醜い 穢れたなかで 生きていく苦労は
1人きりで 深い森のなかに入って
1000日間の 修行をすることよりも
もっと 大変なことである。

この世は 【忍土】といって
歯を食いしばって 耐えていかなけれな
ならぬ事ばかりである。

世間での 修行は 対人関係の難しさが
第一で ある。

万座のなかで 悪口雑言を 浴びせられる。
悔しくて 仕方がない。

その 対処法は 先ず 相手の立場になって
考えることである。

『辱めてやろう』と 発した言葉でなく
わたしの 為を思って 泣きの涙で申したのかも
しれない。

本尊さまが
この人に 身をかえて 諭しているのかもしれない。

そう 思えば 仁王さんのような 相手の顔が
お観音さんのように 見えるのでは ないか。

【修行】とは 行を 修めると 書く。
行いを 正しくすることである。

正しい言葉を つかい、
正しい ものの 考えかたをし
正しい 行動をすることである。

合掌

【 般若心経 : 社訓 家訓 学訓 】



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どんな 小さな会社でも
核家族の 少人数の家庭でも
人の上にたって 人を導いていくうえには
自分の 人生哲学を 持つべきである。

人生哲学とが 経済理念とか 言葉は難しいが
自分が 生涯をとおして やろうと思うことを
書けば いいのだ。

【社訓】【家訓】【学訓】なのだ。

毛利元就の 家訓は 有名な3本の 矢だったね。

『1本の 矢は 直ぐに 折れる。
しかし 3本の矢は なかなか 折れない。
三兄弟 力を合わせることが 大切である』
わたしの 通っていた学校の 学訓は
【不撓不屈】だった。

【 訓 】というのは 戒めという 意味だ。
仏教では 【 戒 】という。

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幕末の ヒーロー、坂本龍馬と 同じ 土佐出身の
【三菱】の 創始者である 岩崎弥太郎の 家訓がある。

第 九条まで あって 少し長いのだが
これを 読んで 参考にして いただきたい。

1, 小事に 心をうばわれず 大事をすることを目的とせよ。
2. ひとたび 事を始めたら 必ず それに 成功せよ。
3. 投機的事業に 従事すべからく。
4. 国家の 利益を 心において 全ての事業を おこなえ。
5. 公共奉仕と まことの 純粋な精神を わすれるな。
6. 仕事に 精をだし 倹約し 他人に おもいやり あれ。
7. 適材を 適所に 用いよ。
8. 雇人を よく 取り扱え。
9. ことを 始めるにあたっては 大胆に
その 実行には 細心であれ。

【 岩崎家の 家訓】は いまでも
三菱の 社訓として 大切に 守られているそうだ。

我が社だけが、自分だけが 良かったら
それで良いでは無くて
国や 社会の 恩に報いる為に
ご奉仕をしようと 切々と 説いている。

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【 戒律 】という言葉がある。

[ 戒 ] は 自分で 自分を 戒めることである。
[ 律 ] は 他人から 定められることだ。

さて 自分で つくる 【 社訓 】【 家訓 】は
簡単で 分かりやすいものが いいのだ。

例えば 今日の 1日を 振り返ってみよう。

⚫︎ 全て 落ち着いて 行動したか
⚫︎ 約束は 守ったか
⚫︎ 楽しく 仕事をしたか

なんだ そんな事なら 誰でもできる。

そして それが達成された 暁には
人生哲学を もう少し 深めればいいのだ。

1度 自分で 自分を 戒めてごらん。
合掌
プロフィール

子安観音寺

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