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【 合掌をすれば 相手も合掌を返し、微笑むと 微笑み返す 】




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交通量の多い 交差点で 老婆が転倒した。

誰 1人 救いの手を差し出す人もなく
人混みに もみくちゃにされながら
老婆に 為す術もない。

そんな中、少年が 助け起こし
向側の信号まで 負んぶして 渡った。

少年の 姿が見えなくなるまで
いつまでも いつまでも 両方の手を
掌に合わせて 合掌して見送ったのは
言うまでもない。

ところが この少年がゆすり たかり イジメ
何でもありの 札付きの 性悪であった。

【 右ほとけ 左はわれと 合わすての
なかぞ ゆかしき 南無の ひと声】

わたしたちの 心は 仏心と 悪心の狭間を
常に 行ったり来たり 揺れ歩く。

『なにとぞ いつも 仏心がもてますように』

胸の前で 手を合わせ 合掌するのである。


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キリストを 信仰している人たちは
困苦に あったときのみならず
勉学でも スポーツでも
事を起こす前には 必ず 十字を切る。

それに比べて 日本人は 信仰心のカケラも無い。

結婚式は教会で 初詣はお宮さん 葬式は 寺でと
お願いする場所も 相手も 一貫性が ない。

そんな 無信心な わたしたちが

テレビの クイズ番組なんかで
当たるか 当たらないか 大きな効果音と共に
待ちうけるその間、思わず知らずして
胸の前で 合掌して結果をみまもる。

合掌

『右の手と 左の手を 合わせると
シワと シワが 重なって し あ わ せ 』

『手の甲と 甲とを 合わせると 節と節が 重なる。
こすると 痛いので ふ し あ わ せ 』

これは 単なる語呂合わせだが
人の手には 表情があり
心の動きが そのまま あらわれる。

【神仏は 電車の 吊り革のような ものだ。
人は 人生の曲がり角がくると ぶら下がる】

わたしたちは 自分の力が 及ばなくなったとき
はじめて 神仏に 手を合わす。

願い事をするときは 懸命に手を 擦り合わせる。
感謝するときや 懺悔のときは 手を組み合わせ
尊敬の念を 表すときは そっと手を合わせる。

合掌を することは
わたしたちの悩みを乗り越えて
強く 正しく生き抜く 力が 湧いて来るのである。
合掌

【 一度 走り出した機関車は 終点まで 止まらない 】



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小豆島八十八ケ所霊場 第八十番札所

【子安観音寺】
本堂 再建も住職の一念が実り 大屋根に瓦が座り
10月4日の落慶に向かって 順調に仕上がっている。

姫路城 改修にも 携わっておられる
日本一の宮大工 西嶋工務店の みなさんが
愛情を込めて のみを ふるってくださっているのだ。

この 豪華絢爛の 大屋根の上に 大鬼瓦が 2つ
鬼瓦が 20 載ることになっている。

今日は 不思議なことが 起こった。

施主の お名前入りの大鬼瓦が 寺に到着した そのとき
突然 施主の方が ご家族で 参って来られ
屋根に 載せる前にご覧になって頂いた。

施主を はじめ、ご家族の 驚きと喜びは
如何許りの ものであったろう。

『ありがとう ございます。
これも 会長さんの 心温まる ご寄進のおかげです』

『いやいや、ご住職の 一念が
ご本尊さんに 伝わったのでしょう』

大屋根を 見上げながら 施主の方は そう言った.。


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三菱の創始者 岩崎弥太郎の 家訓に これがある。

【 ひとたび 事をはじめたら 必ず それに成功せよ】

熟慮に 熟慮を重ね ゴーサインが 出たならば
それが 成し遂げられるまでは
絶対に 棒をおって 投げ出しては ならぬ という。

わたしたちが 毎日 お唱えする
【 十句観音経 】の 経の なかにも これがある。

【 念念従心起 念念不離心 】

寝ても覚めても 常に心に 信じていると
その 念じている一念が 心から 生じてくる。

その一念が いっ時たりとも 心から離れないように
念じ続けるという ことだ。

道元禅師 も 同じようなことを 言われる。

『 一生懸命に 思いを念じていれば
必ず 成し遂げることが できるものである。

どんな強敵が現れても 難問題が山積しても
必死で 解決方法を 模索していれば
そのうちに きっと 良い方法が見つかるものだ。

神仏の 思わぬ助け舟があらわれ
かならずや 成功するだろう』と いう。


あなた方は どうであろう。

岩崎弥太郎や 十句観音経や 道元禅師の言葉に
『その 通りだ』と 両手を 広げられるだろうか。

あなた方が 今まで 取り組んできた仕事や
勉強や 趣味で 投げ出してしまった事は
ないだろうか?

人のせいに したり、ヘコ理屈を 述べるね。
それには 聞く耳を 持たぬと。

もう一度、御三方の 教えを読み直して
いざ 事を始めると 貫徹するまで頑張る
意気込みを 見せてほしいものだ。
合掌




【座禅瞑想の すすめ 】




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大本山 小豆島大観音も
【座禅瞑想】の 体験入学が ある。

日本では 【ヨーガ】といって
美容と 健康の為に 行っている行が ある。

大観音での 体験入学では

大学の 柔道や 空手のクラブ活動から
一般の 女性に至るまで 体験をする。

大体が 顧問の先生とかクラブ部長なんかが
代表で鞭打たれるのだが
瞑想していて 分けのわからない 部員は
叩かれた音と共に 背中が伸びる。

日本での 座禅は 《だるま大師》で有名な
曹洞宗の 道元禅師が 宋の国から 学んだものだ。

【只管打座】といって 何も考えず
只 ひたすら 座り、無心 無我の境地に 入る。

インドでは 3000年も 前から 仏教の前身である
【 バラモン教 】の行者が 修行の為に行っていた。

釈迦も 苦行僧と共に 座禅瞑想の 行に
明けくれていたのだろう。

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高野山でも 座禅瞑想の 根を耐やしては ならぬと
その当時の 管長猊下 堀田 真海大僧正の元に
【第一回 阿字観 講習会】が はじまった。

その日も 次の日も、その次も 雨で
当時でも 高齢であった 猊下のお教えが聞こえにくい。

猊下は 言われた。

『さすが、お山は 雨がよく降るのう。
伝授が 聞こえにくかったろう。
でも、それで 良いのだ。

何も考えず 只 ひたすら座り 無心無我の境地に入るのが
阿字観の 何よりの 秘伝だから』

座禅は【内観】といって
自分の 心の中を 覗いてみることから 始まる。

何日か 風呂に入らずにいると 新陳代謝で
我が 身体が 臭くなる。

生きると言うことは 浮世の塵によって
心が 汚れてくる ことである。

心身に 垢がたまり 臭くなったときには
早速 座禅瞑想をして 垢を 取り除かなけれな
ならない。

あなたが 順風満帆に 帆をあげているときも

また 逆境の境涯にあるときには
進んで 座禅瞑想をして
自分を みつめなおして みるといい。

すると そのとき あなたは 逆境を 取りのぞき
生かすことが 出来るであろう。
合掌


【 効能書きを 書き並べるよりは ます 実践を】


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管子の 言葉がある。

【 衣食足りて 礼節を知る 】

衣服や 食べ物は わたしたちが生活する上での
根本であるから、それらが 満たされる事によって
心に ゆとりもでき 礼儀を知ることができる。

では 【礼節 】とは 如何なるものか?

[ 礼 ] とは 相手を 尊敬し 自分を謙遜し
その上で 行いを丁寧にすること。

[ 節 ] とは 礼をうくそうと するとき
時に即し 場合に応じて
自分の 行動がとれるように わきまえること。


今の 日本は 衣食住整い 物は満ち溢れている。

ならば 管子曰くの 礼節は どうか?
残念ながら 礼節は 地に落ち、
目を覆いたくなるような 現状である。

犬が 人間に噛みついたのは
たいした ニュースには ならないが
人間が 犬に噛みついたなら ニュースになる。

生徒が『殺してみたかった』と 人をさし、
夫人が 毒薬を盛って 主人や友人を 殺す。
親が 幼子を殺し、子供が 親を殴りごろす。

『礼節を 知る』なんて とんでもない話だ。

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最近 こんな話を 耳にした。

【世のため 人の為の 人づくり】

有名な先生が 講演をしてくださるというので
会場は 超満員で 熱気に溢れていた。

やがて 有り難いお話も 幕を閉じ
みなさん 口々に 『良いお話だった』と
賞賛しながら それぞれの家路に ついた。

ところが 大勢の聴取者だったので
高齢の おばあちゃんが 脚を取られて
もんどり打った。

脱兎のごとく 後ろからかけてきた男性は、
助け起こすのかと 思いきや
一瞥しただけで そのまま 駆け去ってしまった。

その 男性こそ 壇上で 熱弁を振るった本人だった。

知識だけを 頭に入れ、説教や 講演をしたところで
実行が 伴わなければ
礼節の [ 礼 ] だけに留まってしまう。

昔 中国に 道林禅師という 高僧がいた。
白楽天という学者が『仏教の真髄はなにか』と聞いた。

禅師は 『間違ったことをせず、 正しい事をせよ』
と 答えた。

『そんな事は 3歳の子供でも 知っている』と
肩を 落としたが 禅師は 更に 言った。

『それは 3歳の 子供でも知っていることだが
60歳に なっても 実行出来ないことだ』

理論が 先では ない。
まず 最初の 1歩を 踏み出しなさい。

語るよりも まず 進めだ。
合掌

【 頭で 考えるとともに 体験を しよう 】



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小豆島八十八ケ所 霊場巡拝の お遍路さんも
チリンチリンと 錫の音も高々に
白装束に 金剛杖の お姿が 咲きこぼれる
梅の花 桜の花の 間を見え隠れする。

1人の 青年が お参りしてきた。

ずっと巡拝を続けていた 祖母が 寄る年波で
めっきりと弱り お遍路さんが 出来なくなった。

その おばあちゃんが 今年が 大学受験と
頭を悩ませている 孫をみて

『小豆島の 聖地を踏んで お大師さんに
背中を押して もらいなさい。
きっと 何かを 教えてくださる』

お大師さんでなく おばあちゃんに
背中を押されて 遍路を 決心したという。

『実際に体験して みなければ駄目だ。
頭の中ばっかりで 考えていると
全てが 前に進まない』

わたしたち 密教を 重んじているものの 行とは
空海の 教えを 理論的に学習することと
それを 実践していくことと 2本だてである。

かって 空海と 最澄は 法の友達で
お互いに 勉強した経本の 貸し借りをしていた。

ある日を 境にして 空海が 貸し出しを拒んだ。

『あなたは 比叡山を 捨てられますか?』と。

空海も 思いきったことを 言ったものだが
ここで 比叡山と 高野山の違いが 如実に出ている。

比叡山は 勉学を重んじ
高野山は 勉学の上に 行を重んじた。

『お大師さんが どれだけ 難行苦行なさったか
この身体で 体験してきます』

青年は 石段を 降りて行った。

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日本で 1番 最初に 砂糖が入ってきたのは
745年に 鑑真が 唐から持参したものを
孝謙天皇に 献上したのが 始まりだそうだ。

大化の改新から ちょうど 100年後だね。

日本の 1番 最初に 金平糖を 食した人は
織田信長だと いう。

孝謙天皇にしても 織田信長、豊臣秀吉も、
家来が 『お砂糖は どんな 味ですか?』ときくと
どのように 答えるのだろう。

『それは 雪のように 白くて
細かい 砂のように サラサラしており
口に入れると 舌がとろけるような 美味のものじゃ』

何百万の 軍を 1人で口説きおとす 大将が
弁舌さわやかに 説いてみても 誰 1人、
砂糖や 金平糖の味が 分からなかっただろう。

それなのに 小指の先に ちょっと付けて
舌の上に 乗せるだけで 一瞬にして
理解できただろうに。

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わたしたちも 日々の生活の中で
進もうか 撤退しようか 考えても考えても
判断が つかないことがある。

会社を 経営している方など
尚 一層の 苦悩だ。

『清水の舞台から 飛び降りると おもって』

そう言いながらも 躊躇している人がいる。
そんな人には こう言ってあげると いい。

『飛ばぬ 腰は 抜けぬ 』

行こうか 戻ろうかと 迷ったときは
取りあえず 進んだ方が いいのだ。

『お砂糖とは…』

と、能書きを 読み上げている暇があれば
自ら 小指に 砂糖をつけて
部下の 口元に 持って行って
『あとは 舐めるだけ』と 膳だてするべきなのだ。

また 清水の舞台にたって 飛ぼうか戻ろうかと
決心が 鈍っている部下には
そっと 背中を 押してやる心も 欲しいものだ。

その 行為こそ 青年に
『小豆島の 聖地を踏んできなさい』と
背中を 押した おばあちゃんの 心である。
合掌
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子安観音寺

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